Coolier - 新生・東方創想話

Project Kisaragi -Altanative-

2018/08/24 03:25:32
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青一色に染め上げられた天蓋の一点を穿つように高く上がった太陽が、完全な夏の到来を声高に告げていた。近頃にしては珍しい天然モノの蝉が、暑さに歓び求愛のメロディーを斉唱している。合成の物で溢れるこの世の中に於いて未だ確かに自然のものであるこの景色から、アクリル樹脂を一枚隔てた大学構内のカフェの中で、マエリベリー(メリー)・ハーンは、合成の珈琲豆を使って淹れられたモカチーノを飲んでいた。

 彼女は美しく輝く金色の髪を掻き揚げながら、彼女の相棒である宇佐見蓮子のことについて考えていた。待ち合わせをしたのに悪びれもせず、毎度のように遅れてくるその人は、おそらくいつもの様に、白いリボンの巻かれた黒い中折れ帽を被り、白のブラウスを着、スカートをはためかせながら急いだ振りをして遅刻を詫びるのだろう。さて、今日は何分遅れてくるだろう、5分くらいかな――などと、蓮子の目の様な色をしたモカチーノをスプーンでくるくる、とかき回しながら考えていた。やがて、当の遅刻魔が現れた。

「ごめんごめん、準備に手間取っちゃって」

蓮子の顔は汗で微かに上気している。

「5分40秒の遅刻ね。そんなに慌てるならもっと早起きすればいいのに」

如何にも不満げに詰ったが、自分の予想が当たったのを彼女は人知れず喜んだ。

「いやぁ、家のエントロピーが増えっ放しだからね。そのうちマクスウェルの悪魔でも家に招待しようかしら」

 頬に伝う汗をハンカチーフで拭いながら蓮子は話した。彼女の黒髪では夏場は光を吸収して暑そうだが、先ずそれを避けるための帽子が黒い上に、彼女は基本的にモノトーンな格好をしてくるのでどちらにせよ変化はなさそうだ。

「まずは人間の手で出来ることをしたほうがいいわね。それより今日は何処に行くの?」

 蓮子の申し開きを訊くのもほどほどに、メリーは本題へ話を移すために話題を切り替えた。行き先は勿論知っている。

「当然、きさらぎ駅に」


きさらぎ駅とは現実には存在しない駅の名前だが、都市伝説の一つにそれを確認することができる。


……ある女性が、仕事を終え帰宅しようとして、いつもの様に私鉄に乗った。何の変わりも無いはずの、いつもの車内がその日だけは雰囲気が違っていた。着く筈の駅に幾ら経っても着かないのだ。彼女は訝しんだ。乗客は皆、人形か置物にでもなったかのようで反応が無い。その電車は20分以上も停車することなく走り続けた。やきもきしながら待っていると、漸く電車は止まり、やっと駅らしきところに着いた。解放感からか思わず女性は電車を降りてしまった。そこには人は居らず、あたりには草原と山しか広がっていなかった。GPSは勿論使えず、公衆電話もタクシーも無いきさらぎ駅で彼女は彷徨うほかなかった。囃子の音が聞こえたり、見ず知らずの人間が急に、車に載せてやると言って現れたり、と様々なトラブルを経て、結局彼女は元の世界に戻ることが出来たのだが、その時には既に7年もの時間が経過していた……


……という荒唐無稽な話であり、真相も未だ闇の中ではあるが、その魅力は多くの人を惹きつけ、オカルトマニアを虜にしてきた。


蓮子とメリーもある種ではオカルトマニアと言えるのだが、彼女達は普通のそれらとは全く以て異質な存在なのである。というのも、彼女達は除霊や降霊などのような比較的まともな活動はせず、結界を暴き、異世界との交流を実地で行う、かなりな不良少女をやっているのだ。当然彼女達は真っ当な超自然現象信奉者に疎まれた。なぜならこの時代のオカルティストはもはや本来の意味での不思議など、もうどこにも求めていないからだ。情報化が極度に進化した、この奇形な社会においては、不思議であることそのものこそが罪であり、存在を認められていなかった。彼女達にはオカルティストとしての居場所は無かった。

――もはやこの世に不思議は消えた!神の墓場と化したこの世界を抜け出し、結界を隔てた不思議の世界、神の国に往こうではないか!
彼女達が大学に入学してから、法律で禁止されている「結界破り」を行って異世界を訪ねる『秘封倶楽部』というサークルを結成するのに、そう時間はかからなかった。


「まぁ、嘘くさいとはいえども試してみる価値はあるんじゃないかな。不思議だし」

そう言いながら、蓮子はメリーの髪の様な色をしたキャラメル・ソースのかけられたカフェラテを飲んだ。

「ところで、きさらぎ駅でやっちゃいけない事とかってあるの?」

 蓮子がカフェラテを飲むのを眺めながらメリーは訊いた。普通なら遅刻をしたのにゆっくり休憩しているとはどういうことだ、と小言の一つや二つは心に浮かぶものだが、蓮子が美味しそうに飲むので、その光景を眺めているのが愉しく、そのような気持ちは消えてしまっていた。

「うーんとねぇ」

 咥えたスプーンを上下させながら話す。ちょっとお行儀が悪いんじゃないかしら、といつもメリーは思うのだが。

「きさらぎ駅の物に干渉しない、ってことかな。精神が異世界の方向に引き寄せられて帰ってこれなくなるっていうし。向こうで人間に逢っても、それは人間に限りなく近い何かである可能性が高いから」

「ふぅん。都市伝説の割には結構危険そうね。ワクワクするわ」

 猫どころか知的生命体を葬り去ることのできそうな好奇心である。

「何かあったとしても、メリーと一緒なら何処にでも行けるんじゃないかしら」

「蓮子となら私、死んでもいいわ」

「まぁ、できたら生きて帰りたいけどねぇ」



 京都に首都が遷されてから、交通網の発展はより著しいものとなった。新東海道ヒロシゲに代表されるような高速鉄道や、都心に毛細血管のごとく張り巡らされた道路網は、日々を忙しなく生きるサラリーマンという赤血球を各地へ運ぶ。今では沖縄から北海道へ日帰り旅行を計画できるほどだ。かたや一般道と言えば、”新”新幹線に利用者をほぼすべて持っていかれ、当然のごとく急激に寂れていった。在来線もまたそのあおりを食らい、今春のダイヤ改正では、例えば旧山手線は1時間に1本程度まで減らされるほど、ローカルな路線へとなっていった。

そんな事情もあり、昔ながらの在来線はセレブか東北人並の時間間隔の持ち主でないと使用するのは厳しくなった。過疎の一途を辿る在来線に、少女二人が訪れている風景はある意味「不思議」であった。故に彼女らの存在を進んで認めようとする者は少なかった。


 レールの上を、列車が単調な音を鳴らして走る。資料でしか見たことのない在来線に二人は微かに高揚しているようにも見えた。不規則で、生命力に満ち溢れた植物が、スクリーンではない車窓から原始的な光景を映し出していた。乗客は居ない。

「まさか歴史的価値もある様なこんな列車に乗れるなんて、夢にも思っていなかったわ」

 がたん、ごとん――
「人も居ないし、好き勝手はできそうね。吊革なんて前時代的な物、始めて見たわ。懸垂にでも使えそうね」

 がたん、ごとん――
「でも、電車の中で結界を見つけたら、結界はどう動くのかしら?非慣性系なのかな」

 がたん、ごとん――
「結界は概念の壁だから、場の境ではあっても場所の境じゃないのよ。移動する神社に乗ってても、境内とそうでない場は変化しないでしょ?知識、常識、聖俗の切れ目が場に結界を産み出すのよ」


 ……そうであるならば――場の切れ目が結界となるならば――互いの世界の認識を違えた二人の間には、結界が張られてしまっているのではなかろうか?
 きさらぎ駅と現世とを繋ぐ結界は程なくして見つかった。秘封倶楽部の座標系では静止系にあるようで、高速で動く結界に慌てて突っ込むなんてことは無かった。メリーが蓮子の手を取り、異世界へ開かれた門戸を通る。


 人の気配は消え、アルカディアの風が二人をそっと撫でる。

先に原始的な光景、と述べたが、そこにはさらに原始的な光景が広がっていた。無論乗客どころか駅員も居ない。看板のきさらぎと言う文字が幽かに見て取れた。駅の後ろには見渡す限りの草原が広がっており、空と地との境界を産み出していた。なすがままに生えた植物は長短大小を問わず、やたら逞しく育っているようにも見える。どうやらホームにも野生の力が行き届いていると見えて、ミヤコワスレが、罪深き地霊を固めたアスファルトを裂いて、立ち尽くすように咲いていた。

振り返って線路側を見ると、大きな山がそびえ立っていた。植物こそ鬱蒼と茂っているのだが、不思議なことに動物の気配はしない。牧歌的な自然がどこまでも続いているのに、どことなく張り詰めた、狭苦しい様な感を覚えた。

「……着いたのかしら?」

 暫く景色に圧倒されていたと見えるメリーが口を開いた。

「着いたのねぇ」

 霊感の無い蓮子にも感じ取ることのできる異世界の匂い。蓮子は感嘆からか、メリーの言葉におうむ返しの様に応えた。

「調べてみる?……って言ってもキメラが居るわけでもないし、面白そうなものは無いわね」

「うーん、もうちょっと派手なのを期待したんだけどなぁ」

 命を懸けた遊び、もといサークル活動にしては暢気な二人は、駅の構造物を叩いたり回したりしてみたが、これと言って変化が無かったので、とりあえず線路に沿って歩いてみることにした。

 枕木は大概が朽ち果てている。恐らく廃線となって久しいのだろう。レールも、とても実用に耐えられそうにない。いたるところから伸びている草が線路を優しく抱いているようにも見える。ひとひらの雲がゆらりと空を流れていく。天蓋には、夜に備えて地平の下へと帰る支度をしている太陽が映っていた。

「これこれ。線路の上を歩くなんて時代小説でしか読んだことが無かったから、一度やってみたかったのよー」

 蓮子がわざとらしくスカートを翻して、昔の映画のヒロインみたいな真似をする。妙に似合っているのがメリーには少し妬けた。

 スクリーンに上映するタイプの映画の様な、いかにも青春と言ったようなやり取りをしていると、メリーが奥の方に何かを見つけた。

「あら、トンネルじゃない。しかもかなり長そうな」

 トンネルには伊佐貫と書いてある。これもまた駅同様、かなり年季の入っているものらしく、錆が侵食していた。トンネルが長いのか、それともその先に世界が無いのか、向こう側の景色は確認できなかった。トンネル内部の景色が暗くてよく見えないので、中へ入ろうかとした時だった。


 何かがおかしい。ここには蓮子とメリーの二人しかいない筈で、駅からトンネルまで歩いた四半刻、動物はおろか虫ひとつ居ない筈だった。

生命の気配は中々に消せるものでは無い。というのも生命は周りの環境を変質させる能力を持っていて、特に動物となると気の流れが変わるのだ。気の流れは人間には視認しづらいが、存在を感じることはできる。気の変化は居心地、雰囲気などにも影響を与える。あまり親しくない人とでは気の流れが入り乱れているため、空気が悪くなる。また、中には気の流れを認識できない人も居るが、そういう人は空気が読めないと言われる。つまり気の動きは生命の存在であり、『生命の様に動く物体』しかなかったこのきさらぎ駅に現れた気の乱れは異形のものの到来を告げる印に他ならなかった。

 さやさやと流れていた風が止まったようだ。動物が居ないせいか、本来ざわめく筈の木々(オブジェクト)が、まるで3Dモデルの様に固まっている。その気配以外は全て。

「ね、ねぇ、メリー?貴女、振り向ける?」

 『こういう事』に敏くない蓮子の顔に、玉のような汗が浮かんでいる。

「……帰れなくてもいいのなら」

 メリーはトンネルの先を見据えたまま話すしかなかった。

 おそらくこの世のものでは無い存在が近づいているという感覚は、二人の間で共有されていた。振り返って姿を確認すれば、なんてことは無いただの小動物かも知れない。言葉の通じる人間かも知れない。逸る好奇心を恐怖と不安が辛うじて振り向くことを思いとどまらせていた。

 

 音のない世界は限りなく空虚だ。それが暗闇であればなおさらだ。音は空気の揺らぐその姿であり、存在の姿でもある。今こうして視界を暗がりに置いている以上、頼りになるのは空間の動く声であり、気配を感じるのにそれがしないということが彼女達の様々な感覚を洪水させていた。


 徐にトンネルの方へと歩き出す。空間の鳴く声を求めて。

するとどういうわけか、村落も何もない所なのに、太鼓と鈴の音が聞こえてきた。祭囃子の様なその音は、拠り所のない世界を破壊するのに十分な効果があった。二人は”存在”が存在したことに安堵した。

もしかすると、それこそが理性の殺害者だったのかもしれない。


「祭囃子かしら……?」

「踊って何もかも忘れたいわねぇ」

 危機感のないとぼけた会話が、理性の欠如を物語っていた。

トンネルを進むにつれ、背後の気配が強くなっていく。一度安堵した心は恐怖をまた感じさせるには力が弱すぎた。ただ一つ残った好奇心だけがやかましく彼女達の体内で叫んでいた。

かつて人間は知らない物事を恐れた。世の中の全てを知ろうとして、謎が解けてなお知り続けようとしていた。人間は知らない事を減らすために知ったことを共有し始めた。知識は情報としてパッケージリングされ、地球の裏側で起こったことでもすぐに知ることが出来た。情報網は瞬く間に発展を遂げ、奇形と言えるほどにまでに成長したそれが好奇心を殺した。情報が留まることなく供給され、拡散され、そして延々と人々の元へたどり着く。こうして情報を得るという行動は人間の営みから消えた。人間に自らの手で知ろうという知的好奇心はもう失われていた。


しかし人類すべてが情報を得ること、「知ろうとすること」をやめたわけではない。原動力となるのは使命か余暇かあるいは好奇か。そうすることで不思議探究者は知の神髄を究めるのだろうか?あるいは知の神髄などと言うものはなく、好奇心と別れを告げることが正解となるのだろうか?
情報化が人間の知的好奇心を殺したのならば、メリーの知的好奇心は理性を殺した。メリーは、少しの逡巡の後、ゆっくりと振り向き、視線を上げた。


“向こう側”の景色はまるで、星々瞬く宇宙を描いたような煌めきを持っていた。トンネルの暗闇と景色の暗闇が混ざり合い、モノとモノの境界を失わせていた。悠久の宇宙を顕現させたような景色に目を奪われていると、身体がふわりと一瞬浮くような感触に包まれた。それは直ぐに大きな、素早い力に変わった。見えないが確かにそこにある、得体の知れない強い力がメリーの身体を引きずり込む。抱き寄せられるように”向こう側”に連れ去られていくメリーの脳内には後悔と恐怖のほかに、いまだ鳴りやまぬ好奇心の鐘の音が鳴り響いていた。メリーが悲鳴ともつかぬ声をあげて後ろへと引っ張られていくのに気付いた刹那、蓮子は自らの危険も顧みずに振り返り、メリーを捕まえ”こちら側”へと取り戻そうとした。

「メリー!メリーっ!」

 今までに聞いたことのないような大きな声で蓮子がメリーを呼ぶ。蓮子は限界まで腕を伸ばしメリーの手を握ろうとする。メリーもそれに応えて、引き込まれつつも懸命に腕を伸ばす。必死になって伸ばした指先が触れ合った瞬間、もう二度と、秘封倶楽部として蓮子の隣に居ることができないかもしれない、という大きな恐怖が寒気と共にメリーを包み込んだ。触れ合った指はすぐに離れていった。再び指先が触れ合うことはなく、”向こう側”の景色のブラックホールへと吸い込まれていく。宇宙のような景色はまるで水面のごとく揺れ動き、メリーは宇宙に溺れていく小惑星のようにも見えた。

 メリーの爪の先まで景色に飲み込まれたのを目の当たりにした蓮子は、こうなったらメリーとどこまでも共に行こうとして飛び込んだ。が、メリーを飲み込んだ景色はすぐまたトンネルの一部へと逆戻りし、蓮子は地面に腹を打つこととなった。

結界は明らかに二人の袂を、運命を分かつことになった。



蓮子はしばらく呆然として、そしてゆらゆらと力なく立ち上がった。出口を求め歩く蓮子の姿にはさっきまでの快活さはない。歩みを進めるたびに大きくなっていく祭囃子の音にも心躍ることはなかった。あまりにも突然で呆気ない今生の別れに、涙すら流すことができなかった。

太陽は地平線の下へと身を隠し、代わりに満月が姿を現した。無論月を見ている余裕もなく、ところどころ怪我した身体を重そうに動かす蓮子は、どうやって歩いたのか、どれくらい歩いたのか、それすらもわからなくなっていた。

喪失感が身体の怠さに拍車をかけた。もともと人を歩かせる気のない線路が朽ち果てた状態とあっては、一般的な女子大生である蓮子の体力を奪うには十分すぎた。歪んだ枕木に足を引っかけて、蓮子は線路へと倒れこんでしまった。

……私はもうここで行き倒れてしまうのかなぁ……

異世界に来て、秘封俱楽部として活動を重ね、今ここに初めて宇佐見蓮子は死を意識した。墓を暴いても、キメラに遭っても、微塵も恐れを抱かなかった蓮子が、死んでしまうのかもしれないという恐怖を強く感じているのだ。あぁ、どうせ死んでしまうのならメリーの隣で息絶えたかった……と、そんな夢を思い描きながら、蓮子はゆっくりと目を閉じた。意識は遠のき、景色は揺らぐ――

目が覚めたのはおそらくその日から一週間も経っては居ないはずだが、2,3日は経過していたものとみえる。気づいたらそこは賽の河原で、目の前には三途の川が……ということはなく、ただコンクリートの天井が見えるだけだった。どういうわけかは知らないが、倒れたところで元の世界に戻れたということだろうか。

 話を聞いたところ、夜中に踏切の近くでボロボロの状態で倒れていたらしく、煙草を買うついでに外に出た男性によって発見され保護されたという。

 もしかしたらメリーも同じように外の世界に戻されたかもしれない、と淡い期待を抱いて、メリーのことについて聞いてみたが、やはり要領を得なかった。メリーは、本当に異世界へ往ってしまったのだという現実が、蓮子を大いに落胆させた。

 彼女は当然絶望したし、また会いたいという気持ちは日に日に募っていった。程なくして体調も回復し退院する運びとなったときも、彼女の心はもはやこの世界になかったといってもいい。


 退院した後の蓮子は、傍目には異常と言ってもよかった。割と外面の良い彼女は余程何かのタスクを抱えていない限り、いつも気さくに話しかけてきたり、快くおしゃべりをしたりするのだが、まったくと言っていいほどの無口になり、ずっと図書館で本を漁り、朝から夜まで椅子に根を生やしたように机に向かうようになった。そして彼女はどこから情報を手に入れたのか、書庫に保管されているという禁書の棚まで漁り、彼女が図書館から出てきた後には、霊能関係の本がごっそり消えていた、なんてこともあった。

「メリー……絶対に助けるからね……」

 蓮台野に行った時も、トリフネを訪ねてみた時も、高千穂の景色をその目に焼き付けた時も、彼女はメリーの目を気持ち悪がっていたが、今となっては心の底からその厄介な能力を持った目を羨ましく思っていたし、同時に、メリーを救おうとするのに何の役にも立たない己の非力さを嘆いた。

 


 蓮子の努力は実ったというべきか、肩にかからないくらいだった髪の毛が腰につくまでの歳月は無駄ではなかったらしい。もう一度、メリーに会うため、その為だけに彼女は全てを投げうって力を手に入れたのだ。

 彼女は再び、きさらぎ駅へと向かった。

 動いているのに生命を感じないこの駅も二度目となると慣れたものだ。種の分かっているマジックを見るようなもので、さほど不気味ではない。割り方を間違えた割りばしみたいな枕木の上をひょいと歩き、彼女はまた、トンネルの前で立ち止まった。


 祭囃子が聞こえる。


「待っててね、メリー」

彼女は、トンネルへと足を踏み入れた。

 瞬間、生温い風が顔を撫でていく。背中にはまたただならぬ気配を感じた。もう迷わない、すぐそこにメリーは居る。彼女は、決断めいて振り返った。今度は好奇心では無く、決意で。

 漆黒の中にきらきらと煌めく何かがある。それは星のようで、多分星ではない。だいたい星がトンネルの中から見えるわけがないのだ。非現実的なことを不思議がって恐れているようでは人ひとりさえ救えない。臍の中から引っ張られるような力を受けて、世界に吸い込まれる。煌めく光はグルグル回る……



「あら、ようやく来たのね」

メリー?
「結構退屈だったのよ、待ってる時間って。知ってる? 待つ側と待たせる側の時間感覚は気持ちの問題ではなく本当に変化しているってことを」

メリーにしてはやけに大人びたような感を覚えた。周りには赤紫のような背景に沢山の目が浮かんでいて、床がない癖に彼女は空間に座っていた。

「でも、これでようやく代わりが用意できたわ。世界を秩序立てる者として」

一体何を言っているの?メリーは異世界に呑まれておかしくなってしまったのだろうか?
「私はね。新しい世界を見つけたの。不思議が不思議のままにある、そんな素晴らしい世界を」

「め、メリー、何を言って……」

「メリーなんて呼ばないで。私たちは神の墓場になった、くだらない”外の世界”から境界を越えたの。新たな世界へ、全ての理想、幻想を映した世界、幻想郷へと」

未だ困惑の中にいる彼女を抱き上げながら優しく諭す。頬にぱらりと、緩やかな滝のように流れたのを、片手で掬いだすようにかきあげる。

「だからね、」

もう、これ以上は聞きたくない。メリーであって、メリーでない、こんなメリーに会うために私はここまで来たわけじゃない。

「新しく、生まれ変わりましょう? 『博麗の巫女』として」

 そういうとにわかに彼女は唇を重ねた。不気味な背景はいつの間にか失せ、代わりに背景はどこかの屋敷の中を映したようだった。暴力的なほどに甘美な口づけは不思議なほどに無味だった。それは、このわけのわからない世界に閉じ込められ、私はどうなるんだろうか、という疑問さえもどこかに消し去っていってしまった。彼女はキャラメル・ソースのような色をした髪が何度か頬に当たるのを感じて、ほどなくして奇妙な多幸感の中まどろみに身を任せるようにして気を失った。


 それは彼女たちの冒険の終わりであり、博麗の巫女の、はじまりの日であった。
6年くらい前に書きかけた原稿をそのままにしておくのは良くないなと思って供養しました。叩くだけ叩いてください。
はすみ
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コメント



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2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.80モブ削除
きさらぎ駅の不透明な部分を表現したのが面白かったです。
5.90名前が無い程度の能力削除
素晴らしくて文章に魅せられました
オチが惜しい気がした