Coolier - 新生・東方創想話

夏の光陰

2018/08/17 00:07:23
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 夏の日陰には死が潜んでいる。

 東風谷早苗はそんな益体も無いことを考えながら、ひたすらに空を見上げていた。空は憎たらしい程に太陽が輝いている。なにもこんな時に買い出しに行かなくてもよいのではないかとも思ったのだが、それでも早苗は夏の日差しが好きだった。つまりは必然だった。

 普段よりも随分と低めに空を揺蕩う。眼下には燦々と照らされた山道と木々と日差しでできた日影が、白と黒のようにはっきりとしたコントラストを出している。空は空で雲もなく、ただ青と光だけがあった。

 ほど近くに沢が流れていたので、早苗はふわりと降り立ち、近くの石に腰かけた。目の前には獣道と鬱蒼とした木々が広がっている。少なくとも人間が足を踏み入れるような場所ではないことは確かだった。買い物かごを漁る。これだけ暑いと喉も渇く。念のために持ってきた竹筒の蓋を開け、水で渇きを潤した。

 呆とする。木漏れ日が膝に当たって微かな熱を持っている。ふと、祖母のことを思い出した。


早苗ちゃん。麦茶よう


 早苗は、俗に言う『おばあちゃんっ子』であった。祖母は何かと早苗の面倒を見たがり、早苗もまたそんな祖母を好いていた。よく、両親にせがんで連れていってもらった。いつもにこにこと笑顔を崩さない、そんな人であった。少なくとも早苗は祖母に怒られたことは無かったし、当時子どもであった早苗もまた、祖母を悲しませるようなことはしてはいけないと感じていた。

 祖母の家は庭が広く、早苗はよく外で遊んでいた。あの頃、どんな遊びをしていたのかぱっとは思い出せなかったが、多分に祖母が近くにいるという安心感が、何をしても楽しくさせていたのかもしれない。

 縁側の少し開いた障子戸から、祖母はよく顔を出した。高校野球が好きだったことは覚えている。夏になると祖母の家に行くたびに、ブラスバンドの音楽と観客の歓声がブラウン管のテレビから漏れていた。


早苗ちゃん。西瓜、食べようか


 あの時もそうだった。祖母の家に行くときは大体が晴れていて、自分が日の光の下にいるからだろうか、祖母のいる居間は、いやに薄暗く感じることがあった。祖母がまるで影から突然現れたように見えることもあった。あの、温度差によるひんやりとした空気もあわさり、どこか早苗は光の下から見る夏の陰に死の匂いを感じたのだ。実際に自分も日陰に入ると、そんなことはどうでもよくなったのだが。

 みいんみいんと蝉が鳴いている。はっと意識が現実に戻る。うっすらとかいていた汗は、すっかりと引いていた。


お祖母ちゃん、か


 誰にともなく呟いて、早苗はその場を後にした。木々を抜けた先の空は突き抜けて青く、未だ太陽はさんざめいているかのように、己の存在を主張している。どうしてか、夏の日差しは生を強制させてくるように思えた。暑さで少しぼやけた思考を巡らせながら、早苗は山を下っていくのだった。







お、早苗じゃあないか


 早苗が人間の里に着いた頃には、昼と言うには少しばかり遅い時間になっていた。くうと鳴いた腹の虫を満たそうと蕎麦屋に入ったところで、見知った黒白魔法使いに出会った。挨拶もそこそこに、魔法使いは机を軽く叩いた。相席をしようということなのだろう。

 今日は一体何の用で。そう早苗が問うたところで、横合いから魔法使いの前に丼が置かれる。立ち上る湯気を見て、この時期なのに『冷や』ではないことに気づいた。ちゅるちゅると可愛らしく啜りながら、魔法使いは里の外れに用があると告げた。

 興味が湧いた早苗が付いていってもいいかと尋ねると、特に問題ないと魔法使いは返した。会話もそこそこにやってきたざる蕎麦を胃に収め、二人は店を後にした。


じいさんとばあさんの墓参りにさ、行こうと思ってたんだ。


 早苗は、隣を歩く魔法使いの私生活をあまり知らない。何度か家にお邪魔をしたこともあるし、されたこともある。神社にいる二柱も顔馴染みだ。普段から元気のある印象だからこそ、墓参りという言葉がどこか浮いて感じられた。

 魔法使いが幼い頃に生家を出ていったという話は、相棒である紅白の巫女から聞いていた。彼女がどのような人生を歩んできたかは早苗には想像が出来なかった。多分、それは幸せなことなのかもしれないとも思った。

 里の通りは影になるようなものが無く、日光は未だ容赦なく照りつけている。そんな中を、何人かの子どもたちがすれ違っていった。子どもたちはこんにちはという音声とともに、早苗の横をすり抜けていく。こちらの返事が聞こえていたか疑問ではあったが、魔法使いの元気だなあという言葉と笑顔で、どうでもよくなってしまった。

 祖母は身体が弱かったと魔法使いは話し始めた。よく本を読む人であったと。それが自分の好奇心を形成しているのだろうなと話す。おじい様はどうだったのかと早苗が尋ねると、魔法使いは笑いながら、おっかない人だったなあと答えた。

 田んぼとあぜ道。遠くには山々が広がっている。青と緑と光の白が影を消して、そうして二人は歩き、里の外れの一角で歩みを止めた。いくつもの墓石が、結構な間隔を空けて並んでいる。ここで待っていると早苗が告げると、魔法使いは困ったような笑みを浮かべ、歩いていった。

 墓は、死の象徴なのだろうか。だが日光を反射している墓石を見ても、早苗はそこに死を連想は出来なかった。墓というものは死の象徴であるのかもしれないが、それと同様に、生の象徴であるような気もしたのだ。墓は家なのだから。浅慮なのかもしれないと、くつくつと早苗は笑う。

 祖母は元気にしているだろうか、気がかりではある。不意に、土の匂いが鼻をついた。そこで早苗は得心する。土の匂いは、死の匂いの一部なのだと。







 魔法使いと別れ買い物を済ませた頃には、既に日は山の向こうへと傾き、中天では星たちがちらちらと瞬き始めていた。遅くなってしまったと考えながらも、早苗はゆっくりと里の大通りを歩いていく。建物からは灯りが漏れ、どこからともなく喧騒が聞こえてくる。

 既に日の光は弱まっているのに、それでも尚、幻想郷の人間たちは生を楽しんでいた。ぞわぞわとした感覚が早苗の腕を走る。そんな大通りから、早苗は一本違う道へ足を踏み入れた。

 最初こそ店が並んでいたが、それも段々とまばらになり、長屋街へと続いていく。喧騒ははるか遠く微かに聞こえ、周りはただ、薄暗い茜とそれよりも尚暗い影が充満していた。

 今日は一日、そんなことを考えていたからだろうか、早苗の腕を走っていた感覚は甘い痺れとなり、頭へ胸へと広がっていく。来た道を引き返し、大通りへと戻ると、先程よりも闇は幾分か濃くなっており、それでも喧騒は止んでいなかった。

 黄昏時、逢魔時。秋の茜空とは違う。湿気の所為だろうか少しばかり滲んだ空は、生と死を曖昧にさせているように感じられた。

 ふと、祖母の家から帰るときの物寂しさを思い出した。あの感情は、今この瞬間に感じたものと似ているように感じたのだ。陰が祖母を連れて行ってしまうような、祖母が陰に溶けていくような漠然とした不安が、それでも祖母の家や街から漏れる灯りが、安心と不安がないまぜになった、そんなものだった。

 里を後にして神社に戻ってくる頃には日は完全に沈み、闇は濃さを増していた。二柱は最初こそ心配の感情を顔に浮かべていたが、早苗の表情を見ると、笑った。


 何か楽しい事でもあったのかい?


 神たちの言葉に早苗は内緒ですと返し、台所へと消えていった。 

 その夜、早苗は手紙を書いた。祖母に宛てたものだった。聞いてもらいたいことが沢山あった。きっと出すことも届くことも無いであろう手紙を、早苗はゆっくりと書いていった。







 明くる日の朝。やはり空はカンカン照りで、文句をつけたくなるほどに蝉たちが鳴いている。早苗は縁側から境内へと降りたつと、今しがた自分がいた縁側へ視線を向けた。

 風通しを良くするために、障子戸は開けてある。縁側から見る居間は濃い日陰になっていて、そこにはやはり死が潜んでいた。
夏の日と影は、どうしてあんなにくっきりとするのでしょうか。未だに分かりません。夏の夕暮れ時に感じたような、ワクワクと恐怖が入り混じる感覚を思い出していただけたら幸せです。

最後に、この作品を読んで下さった方に感謝を。ありがとうございました。
モブ
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コメント



0.180簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
夏の日陰には死が潜んでいる
めっちゃいいっすね
4.100サク_ウマ削除
淡々と読者を引き込んでくるその文章力に脱帽です。ご馳走様でした。
5.100名前が無い程度の能力削除
夏の空気を強く感じる作品でした。
台詞が全て地の文で書かれているのも手伝って雰囲気が抜群に良い。
6.80名前が無い程度の能力削除
夏の光陰のコントラストに生と死を感じる感覚すごく解ります
普段墓参りをする季節になるとぼんやりと感じていたことを言葉にされたようなはっとする感覚がありました
7.90名前が無い程度の能力削除
おっしゃるような夏の"あの"感じが、まさに感じられました。お見事です。
9.100乙子削除
土の匂い、雨の匂い、夜の匂い、影の匂い、夏にはこんなに死が潜んでいるのに

よかったです、死にたくなりました。
11.100仲村アペンド削除
生死の概念が曖昧で不明瞭になっていく感じがしてとても引き込まれました。大変良かったです。