闇、闇、闇。
墨よりも黒く染まった闇だけが私の周りにある。
闇は私にまで浸蝕し、自己と外界の境界をあやふやにする。
闇はどこかなれなれしい。 ベッタリと体に張り付き、私の手足すら欠片も視ることはできない。
闇に私の存在が溶け出し、もはや自分ではどこまでが自身の体かすらも分からず、そしてそんなことにも意味はない。
真の闇は混沌と同義だ。
境界を作るためには光がいる。
闇に封じられた秘を暴き出す、光。
しかし、光はもうそこにはない。
...さぁ閻魔様。白黒はっきりつけてくれ。
どうか、世界を滅ぼした咎人の罪を裁いてはくれまいか。
ーー人間の身でありながら境界に飲み込まれ、自身の境界を無くし、友人を殺し、世界の境界を歪め、混沌の妖魔になり果てた、おろかな私の罪を。
マエリベリー・ハーンの罪を。
「浄頗梨の鏡。映したヒトの罪を暴く聖なる鏡。確かに貴女には道しるべが必要なのでしょう。迷える者を導くのも私の仕事。ならば応えましょう。」
「これより、四季映姫・ヤマザナドゥの名の下に、浄頗梨裁判を、始めます。」
私の能力が持つ限り。そんな呟きが聞こえた気がした。
そして私が光に照らされる。
そう、最初の頃は無害な、今から思えば平凡な能力でした。
結界の裂け目を見れるだけの平凡な能力。
きっとそれくらいなら私以外にもいたのです。
けれど、だんだんとおかしくなっていきました。
...そう、確かに言われればその頃からでした。蓮台野の入り口を見たあの時が転機だったのかもしれません。
今もはっきりと覚えています。美しく恐ろしい“満開に咲いた”夜桜。
その頃から時々夢の中でおかしな事が起こり始めました。
いえ、夢がおかしいわけではありません。
夢の中で、これが夢だと理解できる...それはただの明晰夢にすぎませんから。
ちょっと夢の中の持ち物を持ってきてしまうくらいのもの。
...少なくともそれが夢だと信じていた時までは。
いや、それは違うか。夢と現実は同じ物差しの上にある物ですから。
その二つが結界によって隔てられているにすぎない...
それを私は知っていたはずなのに、実際理解していなかった。
それを私に教えたのは彼女でした。
今から思えば私は彼女の好奇心を満たすための道具に過ぎなかったのでしょう。
夢を現実に変えるのよ。彼女は私に言いました。
どうして結界暴きが禁止されているのかを考えようともしなかった。
オカルトが否定された世界。
それはオカルトがいないのではなく、結界の向こう側に押し込めたからこちらの世界にいないだけ。
結界暴きはそのバランスを崩壊させる。
...そうですね。すみません。話を進めましょう。
結界暴きをする度に私の能力が強くなっていくのが感じ取れました。
そしてその力の万能感に酔いしれていきました。
最初は境界を見るだけだったのが、夢で境界を越え、現実で境界を越え。
その頃には自分の能力も自由自在に使えるようになりました。
鏡に向こうの世界を映したりなんて明らかに異常なのに、もはやそんな事は気になりませんでした。
私たちは結界に負担を掛け過ぎたのでしょう。
現実に近づき過ぎた幻想は、常識という結界を打ち壊し、遂に現実への浸食を始めました。
...ええ、しかし、本当の地獄はこれからです。
幻想の世界は私の能力のホームグラウンド。
人の身には余る、常軌を逸した能力を制御するなんて最初から出来るわけが無い。
現実と幻想の境界が、生と死が、生き物と物質がぐちゃぐちゃになりました。
生きた人が、目の前でミキサーにかけられたように、どろどろになって、空間に溶けてゆく。
全てのものが一つになり、全ての意思が一つになる。
重なり合った全ての世界はただ一つに統合されていく。
そこに美しさは無くただ醜さだけが在る。
全てのものは例外なくミキサーにかけられ、一緒になる。
彼女もまた、例に漏れず、スムージーになりました。
...私の目の前で。
ああ、神様、私はどうすれば良かったのでしょう?
......その神様もどろどろになってしまった。
光が止み、私の声が収まって行く。
「...聞いていましたか?貴女の、貴女自身の独白を。 浄頗梨の鏡に映された、貴女自身の懺悔の言葉を。」
......。
「貴女は自身の欲により許されざることをしました。」その通りだ。
............。
「既に貴女は人と異形の境界も無くなっていますが、少しの間だけ、この私の能力で境界を作りましょう。
少しの間だけ、貴女を人として扱いましょう。」
違う、人じゃない。 いや妖怪でもない。だから能力を使うんだよ。
...そう。
............そうか。
「貴女は白です。
いやお前は黒だよ。いやいや白の方が面白いわよん。お前は黒だろ。どっちも黒だ。妖怪は裁けないんだろ。知ったことか。
白よ。
...もうこの人も呑まれるのか。
「貴女にはこの先の未来を見なくてはならない。見る資格などないじゃろ。見てもらわなきゃ困るぜ。見ろ。見るな。人間に見られるものか。
この先に未来がある。
...貴女はそこにいたの。やめて、うるさい。うるさい。静かにして。
私は貴女を許しません。許しましょう。許すな。許せ。許さない。どっちでもいい。いいや貴女は許せない。無理だな。
しっかりしなさいマエリベリー。
貴女はまだ私を利用するの?
みんなひとつだ。
貴女もひとつだ。
お前はひとりだ。
お前は一つにはなれない。
お前は世界に一人でいるしかない。
それは罰か?
いいや、罪だ。
貴女、宇佐見蓮子は赦された。
お前は赦してくれないようだ。
私は許してあげないようだ。
しかし貴女の近くにいよう。
闇は、いつでも馴れ馴れしい。
私の中の私が
何度も何度も何度も
何度も無尽蔵に繰り返し繰り返す
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し
繰り返し
歌う。唄う。あなたの、世界の、子守唄。
眠れ。睡れ。矛が闇をかき回すまで。
国生み神話はまだ遠く。
墨よりも黒く染まった闇だけが私の周りにある。
闇は私にまで浸蝕し、自己と外界の境界をあやふやにする。
闇はどこかなれなれしい。 ベッタリと体に張り付き、私の手足すら欠片も視ることはできない。
闇に私の存在が溶け出し、もはや自分ではどこまでが自身の体かすらも分からず、そしてそんなことにも意味はない。
真の闇は混沌と同義だ。
境界を作るためには光がいる。
闇に封じられた秘を暴き出す、光。
しかし、光はもうそこにはない。
...さぁ閻魔様。白黒はっきりつけてくれ。
どうか、世界を滅ぼした咎人の罪を裁いてはくれまいか。
ーー人間の身でありながら境界に飲み込まれ、自身の境界を無くし、友人を殺し、世界の境界を歪め、混沌の妖魔になり果てた、おろかな私の罪を。
マエリベリー・ハーンの罪を。
「浄頗梨の鏡。映したヒトの罪を暴く聖なる鏡。確かに貴女には道しるべが必要なのでしょう。迷える者を導くのも私の仕事。ならば応えましょう。」
「これより、四季映姫・ヤマザナドゥの名の下に、浄頗梨裁判を、始めます。」
私の能力が持つ限り。そんな呟きが聞こえた気がした。
そして私が光に照らされる。
そう、最初の頃は無害な、今から思えば平凡な能力でした。
結界の裂け目を見れるだけの平凡な能力。
きっとそれくらいなら私以外にもいたのです。
けれど、だんだんとおかしくなっていきました。
...そう、確かに言われればその頃からでした。蓮台野の入り口を見たあの時が転機だったのかもしれません。
今もはっきりと覚えています。美しく恐ろしい“満開に咲いた”夜桜。
その頃から時々夢の中でおかしな事が起こり始めました。
いえ、夢がおかしいわけではありません。
夢の中で、これが夢だと理解できる...それはただの明晰夢にすぎませんから。
ちょっと夢の中の持ち物を持ってきてしまうくらいのもの。
...少なくともそれが夢だと信じていた時までは。
いや、それは違うか。夢と現実は同じ物差しの上にある物ですから。
その二つが結界によって隔てられているにすぎない...
それを私は知っていたはずなのに、実際理解していなかった。
それを私に教えたのは彼女でした。
今から思えば私は彼女の好奇心を満たすための道具に過ぎなかったのでしょう。
夢を現実に変えるのよ。彼女は私に言いました。
どうして結界暴きが禁止されているのかを考えようともしなかった。
オカルトが否定された世界。
それはオカルトがいないのではなく、結界の向こう側に押し込めたからこちらの世界にいないだけ。
結界暴きはそのバランスを崩壊させる。
...そうですね。すみません。話を進めましょう。
結界暴きをする度に私の能力が強くなっていくのが感じ取れました。
そしてその力の万能感に酔いしれていきました。
最初は境界を見るだけだったのが、夢で境界を越え、現実で境界を越え。
その頃には自分の能力も自由自在に使えるようになりました。
鏡に向こうの世界を映したりなんて明らかに異常なのに、もはやそんな事は気になりませんでした。
私たちは結界に負担を掛け過ぎたのでしょう。
現実に近づき過ぎた幻想は、常識という結界を打ち壊し、遂に現実への浸食を始めました。
...ええ、しかし、本当の地獄はこれからです。
幻想の世界は私の能力のホームグラウンド。
人の身には余る、常軌を逸した能力を制御するなんて最初から出来るわけが無い。
現実と幻想の境界が、生と死が、生き物と物質がぐちゃぐちゃになりました。
生きた人が、目の前でミキサーにかけられたように、どろどろになって、空間に溶けてゆく。
全てのものが一つになり、全ての意思が一つになる。
重なり合った全ての世界はただ一つに統合されていく。
そこに美しさは無くただ醜さだけが在る。
全てのものは例外なくミキサーにかけられ、一緒になる。
彼女もまた、例に漏れず、スムージーになりました。
...私の目の前で。
ああ、神様、私はどうすれば良かったのでしょう?
......その神様もどろどろになってしまった。
光が止み、私の声が収まって行く。
「...聞いていましたか?貴女の、貴女自身の独白を。 浄頗梨の鏡に映された、貴女自身の懺悔の言葉を。」
......。
「貴女は自身の欲により許されざることをしました。」その通りだ。
............。
「既に貴女は人と異形の境界も無くなっていますが、少しの間だけ、この私の能力で境界を作りましょう。
少しの間だけ、貴女を人として扱いましょう。」
違う、人じゃない。 いや妖怪でもない。だから能力を使うんだよ。
...そう。
............そうか。
「貴女は白です。
いやお前は黒だよ。いやいや白の方が面白いわよん。お前は黒だろ。どっちも黒だ。妖怪は裁けないんだろ。知ったことか。
白よ。
...もうこの人も呑まれるのか。
「貴女にはこの先の未来を見なくてはならない。見る資格などないじゃろ。見てもらわなきゃ困るぜ。見ろ。見るな。人間に見られるものか。
この先に未来がある。
...貴女はそこにいたの。やめて、うるさい。うるさい。静かにして。
私は貴女を許しません。許しましょう。許すな。許せ。許さない。どっちでもいい。いいや貴女は許せない。無理だな。
しっかりしなさいマエリベリー。
貴女はまだ私を利用するの?
みんなひとつだ。
貴女もひとつだ。
お前はひとりだ。
お前は一つにはなれない。
お前は世界に一人でいるしかない。
それは罰か?
いいや、罪だ。
貴女、宇佐見蓮子は赦された。
お前は赦してくれないようだ。
私は許してあげないようだ。
しかし貴女の近くにいよう。
闇は、いつでも馴れ馴れしい。
私の中の私が
何度も何度も何度も
何度も無尽蔵に繰り返し繰り返す
繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し
繰り返し
歌う。唄う。あなたの、世界の、子守唄。
眠れ。睡れ。矛が闇をかき回すまで。
国生み神話はまだ遠く。