私には、こいしのことがよく分かりません。
せめてこいしの心が読めればなあと考えたことは、両手の指を2進数にしてもまだ足りないほどです。
・ ・ ・
「聞いてよお姉ちゃん」
こいしが久々に地霊殿に帰ってきて、その開口一番の言葉です。
「なんですかこいし、そんなこの間まで流行っていたギャグ動画の入りみたいなことを言って」
「なにそれ」
「知らないならそれでいいです。ちょくちょく外界に出ている妹に合わせようと外の流行りものを懸命に勉強したものの妹の文化圏を読み違えていた哀れなお姉ちゃんがここにいるというただそれだけのことですから」
「よく分かんないけどお姉ちゃんってノってくると早口になるよね」
「きもいですかそうですかそれが姉に対する態度ですかそんな娘を育てた覚えはありません」
「お姉ちゃん楽しそうでなによりだなって」
「こんなに優しい妹を持てるなんて私は果報者です」
隣でお燐が笑い死にかけていますが、それは無視です。誰が手のひらドリルですかまったく。
「えーっとそう、それでねお姉ちゃん」
こいしは大真面目な顔です。嘘です。こいしの表情なんて難しいもの、私には到底分かりません。
「私は無意識の海でついに真実を見つけたのです」
私は紅茶で喉を潤しました。
「真実ですか」
「そう、真実」
「人間とお友達になるのは難しい、とかですか?」
「それはお姉ちゃんの性格の問題」
「そんな残酷な真実には気付きたくありません」
「耳を塞がれるのはちょっと予想外かなー」
冗談はともかく。
「であれば、何の真実ですか?」
「あらゆるものの真実よ。世界や宇宙や全ての答え」
ふむ、とここで私は思案しました。こいしったらまた命蓮寺みたいな変な宗教に入信させられたのでしょうか。お姉ちゃん心配です。
「それで、その真実とは何だったのですか」
私は尋ねました。一瞬ですが、こいしの目からハイライトが消えました。
「42」
私は今でも、その言葉の意味を考えています。
・ ・ ・
「えーお姉ちゃん、まだオカルト持ってないの?おっくれてるー」
「ああ、ついにこいしにも反抗期が…お姉ちゃん悲しいです。ぐすん」
「きゅうりのきゅうちゃん丸かじりーの顔で言われても困っちゃうんだけど」
「こいし、あなたいつからサトリ妖怪に戻ったのですか」
「私としてはいつの間にお姉ちゃんがサトラレ妖怪になったのかが知りたいかなー」
はあと溜め息をついて私は言いました。
「いまさらこの眼以外の能力なんて要りませんよ。思い出に勝てる者なんてそう多くはいません」
「異変の時は2連敗したのに?」
それを言われると厳しいのですが。
「それに勿体ないよお姉ちゃん。都市伝説を入れ食いなんて贅沢なことをできるのは今だけだもの」
「今だけ、というのはどういうことですか」
私は首を傾げました。オカルトボールに使用期限なんてあるのでしょうか。
「もうすぐシンギュラリティーが起こるの。そうなったらもうこれまでよろしく一筋縄にはいかなくなるわ」
「技術特異点?どうしてここでAIの話になるのかしら」
「そっちじゃないよ。私が言っているのは虚構の特異点。サイエンスの情報量をフィクションの情報量が上回るの。言わば産業革命の逆再生、怪異の天下の再来よ」
「はあ、そうですか」
時折こいしはこういうことを言います。私をからかっているのか、それとも大真面目に言っているのか。どちらにせよ、私には預かり知らぬことですが。
「その気のない返事は信じてないね?」
「逆に聞かせてほしいのですが、どこに信じられる要素があるのですか?」
「ならこっちも言わせてもらうけど、妹のことを信じてあげられないお姉ちゃんってどうなのかな」
私は黙って両手を挙げました。降参のサインです。
所詮は私とてお姉ちゃん、妹には勝てない生き物なのです。とほほ。
その後、私はこいしと一日かけて相談し、最終的には「妖怪1足りない」を私のオカルトとすることを決めました。これは勢いに乗っている相手の足を軽く引っ張ってみたり、注意を軽く逸らしてあげたり、はっと冷静にしてあげたりするだけの怪異です。それだけなら大したことはありませんが、私の読心の力と組み合わせたなら恐ろしいほどに効果てきめんでしょう。なおそれをこいしに言ったところ、珍しく分かりやすく神妙な顔で「なんともお姉ちゃんらしいチョイスだね」と返されたのはよく分かりません。傍でそれを聞いて「…うわあ」などと心の中で引いていたお燐には後で罰を与えましたが、それはまた別の話です。
・ ・ ・
「お姉ちゃんって、私が生まれた時のことは覚えてる?」
「残念ながら覚えていないのです。恥ずかしいことです。私は薄情者です。ごめんなさいこいし、私はもう罪の意識に耐えられそうにもありません」
「お姉ちゃんの三文芝居はどうでもいいんだけど、それはともかくお姉ちゃんは覚えてなくて当然だよ。だって私は生まれた頃から無意識の妖怪だったもの」
「そうですね、眼を閉じる前のあなたと閉じた後のあなたは殆ど別人ですからね」
「そういうことじゃないから」
あのね、と言ってこいしは語りだしました。
私は鬼の宴会場で生まれたのよ。うん、変なことを言っている自覚はあるわ。でも本当のことだもの。
当時のお姉ちゃんは、それはそれは恐ろしい存在だったのよ。規律の違反者を厳しく断罪し、細かいこと言うなよなんてからから笑う鬼さんたちの心を想起でずたずたにして、怨霊に少しでも怪しい動きがあれば数百回にも及ぶ死の記憶の再生で反抗心を根元からへし折っていたの。鬼よりも鬼畜な妖怪だとか、鬼神も怯える少女だとか、裏ではそんなとんでもない二つ名で呼ばれていたのよ。まったく今の穏やかなお姉ちゃんには似ても似つかないよね。
そんなわけだったから、鬼の酒宴のなかでお姉ちゃんの話題が出た時には、なぜお姉ちゃんはあんなに強いのかとかなぜあんなに容赦がないのかとかが主な議題に上がっていたんだけどね。そんな折に一人の鬼さんがぽつりと言ったの。
まるで、子連れの母熊だよな、って。
お姉ちゃんの実態はむしろ、退屈しのぎという面がかなり強かったんだけど、鬼さんたちはその言葉に深く納得したの。なにせ地霊殿は一人で住むには無駄に広いし、それにその説は分かりやすかったものね。
当時はもちろん地霊殿にはペットなんていなかったから、お姉ちゃんの守っているものってなんだろうということになった時には当然、縁者だろうという結論に達したの。それも恐らく子供じゃあないだろう、父親がいないのは少々妙だし、それに子供は手がかかりすぎる。となれば、妹あたりがいちばんありえる話だろう。そんな風にして、お姉ちゃんの守っているものはどんどん設定が膨らんでいったの。
曰わく、我々が今まで気付かなかったのはそういう能力をもっているからに違いない。
曰わく、姉とは違って人懐っこいに違いない。
曰わく、人懐っこい娘にサトリの眼は負担が重すぎるに違いない、恐らく彼女はサトリの眼を閉ざしているのだろう。
曰わく、彼女が人懐っこくて気付かれないように振る舞う能力を持つのなら、地霊殿の外を出歩いていてもおかしくないだろう。
とまあ、こんな風に。
それでね、それだけだったら単なる与太話で終わったはずなんだけど、面白がった鬼さんの一人が酒の注いだ杯を一つ余分に置いてみたの。その空想上のお姉ちゃんの妹がもし本当にいるならば、そいつの席も用意しておかねば困るだろう、なんて言ってね。
そこに更にもう一つ。その鬼さんが暫く放っておいた杯を何の気なしに見てみると、なんだか少し減ってる気がしたんだって。まず間違いなく気のせいだったんだろうけど、あろうことかその場のみんながそれを信じちゃった。
そう、「何かがいる」と認識しちゃったの。
妖怪の発生は認識から。そこで鬼さんたちが私の存在を信じちゃって、私の存在を認識した、そのことによって私は生まれたの。
だから、つまり私は鬼の宴会場で生まれたというわけなのよ。
こいしは話し終えると満足したのか何処へともなく去っていきました。
それを確認して、私ははあと溜め息をつきました。今度の話はどこからどこまでが本当なのでしょうか、と。
こいしにこういう類の話を聞かされるのは、今回で3度目です。ちなみに1回目はこいしが友達ができないことを嘆いて自分の眼を潰した話で、2回目は自分と他人の区別のつかなくなったこいしを救うために私がこいしの眼を潰した話でした。
まったく、こいしの与太話好きは困ったものです。私にはこいしの心は読めませんから、こいしの話がどこまで本当でどこからが嘘か、どれが本当なのかみんな嘘なのか、まるでさっぱり分からないのです。
せめて私がこいしの生まれた時のことを覚えていたなら、或いは私がこいしの心を読めたなら。そうすれば、こんな気苦労も少しばかりは減るのですが。私はやれやれと首を振りました。
・ ・ ・
「ねえこいし」
「どうしたのお姉ちゃん」
「こいしは、地上や外の世界に行くのは楽しいですか」
「そりゃもちろん。楽しくなければ行かないって」
「そうですか」
「お姉ちゃんって、たまに変なこと訊くよねー」
「否定はしません。では変なことついでにもう一ついいですか」
「うん、いいよ」
「こいしは、地霊殿にいて楽しいですか」
「…分かってないなー。ねえお姉ちゃん、私にとって地霊殿は世界の基準点なのよ。私にはここに帰らない生活なんて想像できないわ」
「そうですか」
「そんなにあっさり返されると熱弁を振るった私の立場がないんだけど」
「嬉しさのあまり言葉が出なくなったのです。それくらい察してほしいものですね」
「…そっか」
「そうです」
「…ねえお姉ちゃん」
「なんですかこいし」
「子供ってね、好きな相手には意地悪しちゃうのよ。嘘吐いたり、からかったり」
「…」
「私も、きっと子供なのね」
「…そうですか」
・ ・ ・
私には、こいしのことがよく分かりません。
けれども時折、分からなくてもいいのではないかと、そんなことを思うのです。
せめてこいしの心が読めればなあと考えたことは、両手の指を2進数にしてもまだ足りないほどです。
・ ・ ・
「聞いてよお姉ちゃん」
こいしが久々に地霊殿に帰ってきて、その開口一番の言葉です。
「なんですかこいし、そんなこの間まで流行っていたギャグ動画の入りみたいなことを言って」
「なにそれ」
「知らないならそれでいいです。ちょくちょく外界に出ている妹に合わせようと外の流行りものを懸命に勉強したものの妹の文化圏を読み違えていた哀れなお姉ちゃんがここにいるというただそれだけのことですから」
「よく分かんないけどお姉ちゃんってノってくると早口になるよね」
「きもいですかそうですかそれが姉に対する態度ですかそんな娘を育てた覚えはありません」
「お姉ちゃん楽しそうでなによりだなって」
「こんなに優しい妹を持てるなんて私は果報者です」
隣でお燐が笑い死にかけていますが、それは無視です。誰が手のひらドリルですかまったく。
「えーっとそう、それでねお姉ちゃん」
こいしは大真面目な顔です。嘘です。こいしの表情なんて難しいもの、私には到底分かりません。
「私は無意識の海でついに真実を見つけたのです」
私は紅茶で喉を潤しました。
「真実ですか」
「そう、真実」
「人間とお友達になるのは難しい、とかですか?」
「それはお姉ちゃんの性格の問題」
「そんな残酷な真実には気付きたくありません」
「耳を塞がれるのはちょっと予想外かなー」
冗談はともかく。
「であれば、何の真実ですか?」
「あらゆるものの真実よ。世界や宇宙や全ての答え」
ふむ、とここで私は思案しました。こいしったらまた命蓮寺みたいな変な宗教に入信させられたのでしょうか。お姉ちゃん心配です。
「それで、その真実とは何だったのですか」
私は尋ねました。一瞬ですが、こいしの目からハイライトが消えました。
「42」
私は今でも、その言葉の意味を考えています。
・ ・ ・
「えーお姉ちゃん、まだオカルト持ってないの?おっくれてるー」
「ああ、ついにこいしにも反抗期が…お姉ちゃん悲しいです。ぐすん」
「きゅうりのきゅうちゃん丸かじりーの顔で言われても困っちゃうんだけど」
「こいし、あなたいつからサトリ妖怪に戻ったのですか」
「私としてはいつの間にお姉ちゃんがサトラレ妖怪になったのかが知りたいかなー」
はあと溜め息をついて私は言いました。
「いまさらこの眼以外の能力なんて要りませんよ。思い出に勝てる者なんてそう多くはいません」
「異変の時は2連敗したのに?」
それを言われると厳しいのですが。
「それに勿体ないよお姉ちゃん。都市伝説を入れ食いなんて贅沢なことをできるのは今だけだもの」
「今だけ、というのはどういうことですか」
私は首を傾げました。オカルトボールに使用期限なんてあるのでしょうか。
「もうすぐシンギュラリティーが起こるの。そうなったらもうこれまでよろしく一筋縄にはいかなくなるわ」
「技術特異点?どうしてここでAIの話になるのかしら」
「そっちじゃないよ。私が言っているのは虚構の特異点。サイエンスの情報量をフィクションの情報量が上回るの。言わば産業革命の逆再生、怪異の天下の再来よ」
「はあ、そうですか」
時折こいしはこういうことを言います。私をからかっているのか、それとも大真面目に言っているのか。どちらにせよ、私には預かり知らぬことですが。
「その気のない返事は信じてないね?」
「逆に聞かせてほしいのですが、どこに信じられる要素があるのですか?」
「ならこっちも言わせてもらうけど、妹のことを信じてあげられないお姉ちゃんってどうなのかな」
私は黙って両手を挙げました。降参のサインです。
所詮は私とてお姉ちゃん、妹には勝てない生き物なのです。とほほ。
その後、私はこいしと一日かけて相談し、最終的には「妖怪1足りない」を私のオカルトとすることを決めました。これは勢いに乗っている相手の足を軽く引っ張ってみたり、注意を軽く逸らしてあげたり、はっと冷静にしてあげたりするだけの怪異です。それだけなら大したことはありませんが、私の読心の力と組み合わせたなら恐ろしいほどに効果てきめんでしょう。なおそれをこいしに言ったところ、珍しく分かりやすく神妙な顔で「なんともお姉ちゃんらしいチョイスだね」と返されたのはよく分かりません。傍でそれを聞いて「…うわあ」などと心の中で引いていたお燐には後で罰を与えましたが、それはまた別の話です。
・ ・ ・
「お姉ちゃんって、私が生まれた時のことは覚えてる?」
「残念ながら覚えていないのです。恥ずかしいことです。私は薄情者です。ごめんなさいこいし、私はもう罪の意識に耐えられそうにもありません」
「お姉ちゃんの三文芝居はどうでもいいんだけど、それはともかくお姉ちゃんは覚えてなくて当然だよ。だって私は生まれた頃から無意識の妖怪だったもの」
「そうですね、眼を閉じる前のあなたと閉じた後のあなたは殆ど別人ですからね」
「そういうことじゃないから」
あのね、と言ってこいしは語りだしました。
私は鬼の宴会場で生まれたのよ。うん、変なことを言っている自覚はあるわ。でも本当のことだもの。
当時のお姉ちゃんは、それはそれは恐ろしい存在だったのよ。規律の違反者を厳しく断罪し、細かいこと言うなよなんてからから笑う鬼さんたちの心を想起でずたずたにして、怨霊に少しでも怪しい動きがあれば数百回にも及ぶ死の記憶の再生で反抗心を根元からへし折っていたの。鬼よりも鬼畜な妖怪だとか、鬼神も怯える少女だとか、裏ではそんなとんでもない二つ名で呼ばれていたのよ。まったく今の穏やかなお姉ちゃんには似ても似つかないよね。
そんなわけだったから、鬼の酒宴のなかでお姉ちゃんの話題が出た時には、なぜお姉ちゃんはあんなに強いのかとかなぜあんなに容赦がないのかとかが主な議題に上がっていたんだけどね。そんな折に一人の鬼さんがぽつりと言ったの。
まるで、子連れの母熊だよな、って。
お姉ちゃんの実態はむしろ、退屈しのぎという面がかなり強かったんだけど、鬼さんたちはその言葉に深く納得したの。なにせ地霊殿は一人で住むには無駄に広いし、それにその説は分かりやすかったものね。
当時はもちろん地霊殿にはペットなんていなかったから、お姉ちゃんの守っているものってなんだろうということになった時には当然、縁者だろうという結論に達したの。それも恐らく子供じゃあないだろう、父親がいないのは少々妙だし、それに子供は手がかかりすぎる。となれば、妹あたりがいちばんありえる話だろう。そんな風にして、お姉ちゃんの守っているものはどんどん設定が膨らんでいったの。
曰わく、我々が今まで気付かなかったのはそういう能力をもっているからに違いない。
曰わく、姉とは違って人懐っこいに違いない。
曰わく、人懐っこい娘にサトリの眼は負担が重すぎるに違いない、恐らく彼女はサトリの眼を閉ざしているのだろう。
曰わく、彼女が人懐っこくて気付かれないように振る舞う能力を持つのなら、地霊殿の外を出歩いていてもおかしくないだろう。
とまあ、こんな風に。
それでね、それだけだったら単なる与太話で終わったはずなんだけど、面白がった鬼さんの一人が酒の注いだ杯を一つ余分に置いてみたの。その空想上のお姉ちゃんの妹がもし本当にいるならば、そいつの席も用意しておかねば困るだろう、なんて言ってね。
そこに更にもう一つ。その鬼さんが暫く放っておいた杯を何の気なしに見てみると、なんだか少し減ってる気がしたんだって。まず間違いなく気のせいだったんだろうけど、あろうことかその場のみんながそれを信じちゃった。
そう、「何かがいる」と認識しちゃったの。
妖怪の発生は認識から。そこで鬼さんたちが私の存在を信じちゃって、私の存在を認識した、そのことによって私は生まれたの。
だから、つまり私は鬼の宴会場で生まれたというわけなのよ。
こいしは話し終えると満足したのか何処へともなく去っていきました。
それを確認して、私ははあと溜め息をつきました。今度の話はどこからどこまでが本当なのでしょうか、と。
こいしにこういう類の話を聞かされるのは、今回で3度目です。ちなみに1回目はこいしが友達ができないことを嘆いて自分の眼を潰した話で、2回目は自分と他人の区別のつかなくなったこいしを救うために私がこいしの眼を潰した話でした。
まったく、こいしの与太話好きは困ったものです。私にはこいしの心は読めませんから、こいしの話がどこまで本当でどこからが嘘か、どれが本当なのかみんな嘘なのか、まるでさっぱり分からないのです。
せめて私がこいしの生まれた時のことを覚えていたなら、或いは私がこいしの心を読めたなら。そうすれば、こんな気苦労も少しばかりは減るのですが。私はやれやれと首を振りました。
・ ・ ・
「ねえこいし」
「どうしたのお姉ちゃん」
「こいしは、地上や外の世界に行くのは楽しいですか」
「そりゃもちろん。楽しくなければ行かないって」
「そうですか」
「お姉ちゃんって、たまに変なこと訊くよねー」
「否定はしません。では変なことついでにもう一ついいですか」
「うん、いいよ」
「こいしは、地霊殿にいて楽しいですか」
「…分かってないなー。ねえお姉ちゃん、私にとって地霊殿は世界の基準点なのよ。私にはここに帰らない生活なんて想像できないわ」
「そうですか」
「そんなにあっさり返されると熱弁を振るった私の立場がないんだけど」
「嬉しさのあまり言葉が出なくなったのです。それくらい察してほしいものですね」
「…そっか」
「そうです」
「…ねえお姉ちゃん」
「なんですかこいし」
「子供ってね、好きな相手には意地悪しちゃうのよ。嘘吐いたり、からかったり」
「…」
「私も、きっと子供なのね」
「…そうですか」
・ ・ ・
私には、こいしのことがよく分かりません。
けれども時折、分からなくてもいいのではないかと、そんなことを思うのです。
家族への思いはちゃんと芯を持っているこいしちゃんに可愛さを感じました。
面白かったです。
さらっと罰されるおりんが不憫でよかったです
でも、お互いの「想い」がよく現れていて素敵です。