それは、言うなれば亜空間だったか。
「なんで、私がこんなとこにいるんだ?」
「寝惚けた事言ってるんじゃないの。現実を見なさい」
即座に入る突っ込み。
霊夢か?
……いや、違うな。あいつならもうワンテンポ遅らせるだろう。
落ち着いているように見せて、実のところ一番当人が焦っている様は、間違いなく……。
「おお、アリスじゃないか。何やってるんだお前」
「……」
思いっきり呆れられた。
人がせっかく場を和ませる為にやってやったのに、ユダヤ式ジョークを解さない奴だ。
「ジョークというより現実逃避でしょ。ほら、もうすぐ開廷よ」
「心の声を読むなよ」
仕方なく、意識を現実へと戻す。
ざわざわとやかましい観衆。
押し黙って準備を整える係員。
俯き、ただ開廷の時間を待つ裁判長。
本の中では珍しい光景でも無かったが、こうして自分が内部に存在すると、また趣きが違う。
そう。
今、私達は法廷とやらに立っていたりする。
事の起こりは……そう、私のちょっとした思いつきだった。
日頃から考古学者としての活動に勤しむ私だったが、ここ最近に来て些かマンネリ化している気がした。
いくらヴワル魔法図書館や永遠亭の蔵書量が半端で無いとは言え、
こうも何度も通いつめていれば、そりゃ傾向のようなものも見えてくる。
と、言う訳で、新たな発見を求めて、はるばる冥界まで出張と相成った次第だ。
道中、通りかかったアリスをパーティーに加え、雲の上の結界を豪快に飛び越えた……そこまでは良かった。
だが、白玉楼に侵入した私達が見たものは、見慣れぬ集団に拉致されて行く幽々子の姿だったりした。
いや、拉致というのは正しくない。
何故なら、一番に立ち向かうであろう妖夢が、その光景を黙って見つめていたからだ。
余りにも奇妙かつ急な展開に、流石の私も状況把握に苦労したもんだが、それでもいくつか分かった事はある。
どうやら、幽々子が何か事件らしき物をやらかしたという事。
それを見つけた妖夢が、当局へと通報した事だ。
……当局って何やねん。だって?
あー、すまんすまん。説明が足りなかったな。
知ってるだろう? この間の春騒動の時にお出ましになられた閻魔様。
なんとかザナドゥとか、やたら長い名前の奴だ。面倒だから映姫って呼ぶが。
あれ以来映姫は、事ある毎に幻想郷各地へと出張しては、誰彼構わずにお説教を垂れ流してた。
一度ならまだしも、そんなものが何回も繰り返されれば、嫌でも風評は固定される。
即ち、『説教魔』と。
が、どうもその異名は、あいつ自身にとっては余り嬉しくない代物だったらしく、
ついには活動の方向性を変えていく決心をしたそうな。まったくを持って素晴らしい事だな。
で、映姫はこう宣言した。
「幻想郷の住人は争いごとの決着に関して無頓着過ぎます。
それは私の精神衛生上……ゲフンゲフン。えー、皆の心の平穏の為にも好ましくありません。
そういう訳で、今後はどのような細かい諍いであっても構いませんので、私の元へと通報することを勧めます。
綺麗に白黒付けて差し上げましょう」
だそうだ。
まぁ、言うなれば簡易裁判所を開設したって所か。
不思議な事にこれが以外にも好評だったらしく、何時の間にかこの裁判の存在は幻想郷全土にまで知れ渡ってた。
そんでもって、それは冥界でも例外ではなかったようで、今回妖夢が通報したのもここって訳だ。
「で、気が付けば、こんな事態になってたとさ」
「……魔理沙。貴方、さっきから誰と話してるの?」
「気にするな。社交辞令だ」
さて、私達が立っているのは、法廷の中心部。
裁判長から見て、右手に位置するスペースだ。
一般的に言う、弁護人が陣取る場所だな。
「まったく……どんな事件かも知らないのに、よくもこんな役を買って出たもんね」
「そう言うなって。お前だって、秘密の蔵とやらを覗いてみたいだろ?」
「……まぁ、そうなんだけど」
連行されて行く最中。幽々子は私達に弁護役を依頼してきた。
何しろ映姫の裁きはチョッパヤがモットー。事件発生から判決まで一日で完了しちまうんだから、
幽々子としては藁にも縋りたい心境だったんだろう。
無論、そんなものを受ける義理は無いんだが、
成功報酬として、白玉楼に存在する宝物庫へのフリーパスを打診して来たからにゃ話は別だ。
事件の概要も知らない身とあっては、勝算も何もあったもんじゃないが、やる前から諦めるのは私の主義に反する。
だからやる。ただそれだけだ。
細かい事は始まってから考えりゃいい。
がこん
「静粛に! ……これより被告人、西行寺幽々子の審理を開廷します」
流石に慣れてるのか、映姫の進行は、堂に入ったものに見えた。
ちなみに、最初に鳴った鈍い音は、手に持った卒塔婆を叩きつけた音だ。どうやらアレが木槌の代わりらしい。
あんなもん繰り返してたら、その内机がぶっ壊れるんじゃなかろうか。
まぁ、私のものじゃないから、どうでもいいけど。
「それでは、検察側は冒頭弁論をお願いします」
検察ってーと私達の対戦相手みたいなもんか。
どれどれ、どんな奴が……。
「って、咲夜じゃないか。何やってんだ?」
「何って。見ての通りよ」
「いや、そうじゃなくて、どうしてお前がこんな場所でそんな事をやってるのか。という意味なんだが」
「その言葉、そっくり返させて頂きますわ」
「……むぅ」
確かにそれを言われると、反論できない。
要は、気が付けばそうなっていたという事なんだろう。深く追求するだけ無駄だ。
押し黙った私を、メイド服姿の検事がさも愉快そうに眺めているのが腹立たしい。
……しかし、弁護人の私達が素人なら、検察側も素人か。
実は咲夜は元検事だったとかいう説もあり得るが、流石にそいつは考えにくいし、
何よりあいつなら被告側に立っていた確率のほうが高い気がしてならない。
大丈夫なのかこの裁判。
「駄目でしょ」
心の声を読むな。
「では始めに、事件の概要について、初動捜査に当たった小野塚小町捜査員に証言して貰います」
って、あいつかよ。
死神が末端の捜査員って時点で、何か間違ってないかこれ。
<証言者1 小野塚小町>
『事件の概要について』
「ええと、本日午後2時45分頃、通報を受けたあたい……もとい、私は現場へと急行しました。
第一発見者の魂魄妖夢によれば、被害者は春風堂謹製桜餅が総計五つとの事です。
現場の状況及び決定的ないくつかの証拠から、白玉楼当主、西行寺幽々子に任意同行を求めた所、
拒否された為、強制連行に切り替えた次第です。
なお、その際に数十名の係官が致死に等しい損害を受けたことを付け加えます」
「裁判長。検察側はこの概要を証拠品として提出します」
「分かりました、受理します」
・証拠品(1)『事件概要』
「では、弁護人は尋問を……」
「ちょいと待て」
「……? 何ですか?」
「あー、いや、どこから突っ込んでいいのか、少し判断に困ってる。
どうやって通報したのか。とか、付け加えた部分のほうがよっぽどでかい事件だろう。とか、
尋問って言われても何をしたものか分からん。とか、……いや、それよりも何よりも」
「?」
「……この事件とやらの被害は、桜餅五つなのか?」
「まったくをもってその通りですが、何か?」
……。
霊夢よ、喜べ。
どうやら幻想郷には、お前以上に頭が春な奴らがわんさかといるようだ。
「なめるなぁああああああああああああああああああああ!!!!」
がこん!
「静粛に! 弁護人は意味も無くシャウトを上げないように! あまり騒がしいようだと退廷を命じますよ!」
「いっそ命じてくれ! 何が楽しくて、おやつ泥棒の裁判なんぞに参加しなきゃならないんだ!」
「……では、弁護人は尋問を」
「無視かよ!?」
……だめだこいつら。
早く何とかしないと……。
「魔理沙! 魔理沙ってば!」
「ああもう魔理沙魔理沙うるさいな! 一体何だってんだ!」
「いいから落ち着いて! 発想を逆転させるのよ!」
「ああ?」
何を言ってるんだこいつは。
台詞を出す場所、間違えてないか?
「いい? 確かにたかがおやつ泥棒だけど、逆を返すならその程度の解決で、報酬が手に入るのよ?
これが密室殺人事件とかだったら、そもそも手出しのしようが無いでしょう?」
「む……」
言われて見れば、確かにアリスの言う通りかもしれない。
私達は魔法使いであって探偵じゃないんだ。
事が深刻になるにつれて、不利は大きくなるに違いないだろう。
なら、少しでも軽い論件であるほうが、状況的には有利という事か。
「あー、失礼。少し取り乱したがもう大丈夫だ。続けてくれ」
「……そうですか。では、弁護人は尋問をお願いします。……この台詞、三度目ですね」
知るか。
「って、そういや尋問って、何をすればいいんだ?」
「……呆れた。そんな事も知らずに弁護役をやろうとしてたの?」
「五月蝿いな。私は晩成型なんだ」
「なら今から早熟になりなさい。……尋問っていうのは、文字通り証人に対して問いただす事を指すの。
この場合だと、あの死神の証言には何らかのムジュンがあるに違いないわ。
そこを追求して、証言を覆すのよ」
「ふむ……」
幽々子が私達に弁護を依頼した際に、一つだけ確認しておいた事がある。
『お前は、犯人じゃないんだな?』
と、だ。
どんな事件であろうと、私達素人弁護人にとっては、この一点を確信できなければ話にならないからだ。
幸いというか、幽々子はこの質問に対して大きく頷いた。
それが正しいのかどうかはさておき、これで弁護の大前提は出来上がったという訳だ。
「分かった、やってみる。……ただ、一つだけ気になる事があるんだが」
「何?」
「どうして矛盾をわざわざカタカナで言うんだ?」
「……決まりごとなの」
そうなのか。裁判って奥が深いんだな。
<尋問開始>
「あー、午後2時45分頃という事だが、これは正確な時間なのか?」
「間違いない。細かく言うなら、通報を受けたのが午後2時43分38秒。
現場に到着したのが午後2時49分20秒だ」
「……そうか」
わざわざ秒単位まで持ち出すって事は、それだけ自信がある証言なんだろう。
白玉楼までどうやって6分弱で辿りついたのかは謎だが。
ともかくこれはアウト、と。
「被害者……って言うか、被害餅か。その桜餅だが、春風堂とやらは何か有名な店だったりするのか?」
密かに気になっていたのがここ。
店名まで証言に付け加える必要を感じなかったからだ。
概要を語るなら、桜餅が無くなっていた。だけで十分な筈だしな。
「知らないの? 和菓子好きで春風堂を知らない奴はモグリだよ。
その味と来たら言葉じゃ説明出来ない。甘味好きの猛者どもが全国各地から集ってくるくらいだからな。
ただ、店主が絵に描いたような職人気質の爺さんで、一日の生産量が凄く少ないのが難点かな。
あたいも暇を見ては通ってるんだけど、今だに買えた試しが……」
がこん!
「……こほん。まぁ、それくらい希少な品だという意味と思ってくれれば良い」
「あ、ああ」
おー、こわ。
上司は選ぶべきだな、うん。
まぁそれはさておき、希少な品だからこそ動機足りえるし事件足りえるって事か。
……何だか、どんどん悪い方向に傾いてる気がするのは何故だろうな。
「で、だ。幽々子を容疑者と断定した理由についてだが、決定的な証拠とやらは何なんだ?」
「ああ、それは『異議あり!!』
小町が口を開こうとした瞬間、咲夜がそれを遮るように声を上げた。
「……これも、決まりごとなのか?」
「……多分」
「どうしました十六夜検事?」
「その件に関しては、直接、第一発見者から聞いた方が早いと思われますわ」
「……成る程。弁護人も、それで宜しいですか?」
宜しいですか? って言われてもなぁ。
第一発見者って妖夢の事だよな。
……ま、これ以上小町を尋問しても、有利な情報は引き出せそうにないか。
「ああ、構わないぜ」
「分かりました……では新たに証人として、魂魄妖夢を入廷させます」
ざわざわと暇人どもが声を立てる中、入れ替わるように妖夢が証言台に立った……ように見えた。
つーか、何で頭しか見えないんだ。
もしかして、あの証言台。小町の背丈に合わせて作ったんじゃないだろうな。
だとしたら大概の奴は高さが合わないぞ。
もっとも、比例させるまでもなく妖夢が小さいのは事実だが。
それを察してか、そっと足元にみかん箱が差し入れられたのを私は見逃さなかった。
だから何だ。って話だけど。
「証人、名前と職業を」
「あ、はい。魂魄妖夢と申します。ええと、白玉楼の庭師のようなものをやってます」
妖夢は、私の目から見ても些か緊張した面持ちだった。
さすがに法廷に刀剣類は持ち込めなかったんだろうから無理も無い。
あいつ、丸腰になると別人みたいに気弱になるからな……。
「庭師のようなもの?」
「あ、いえ、その、本来は幽々子様の剣術指南役が私の職なのですが、最近は殆ど形骸化してまして、
今の環境を一番分かりやすく表現するとそういう形に……で、でも、もしかしたら小間使いと言うほうが……」
「……結構。十分過ぎるほどわかりました」
聞くに堪えなかったんだろう、映姫は自ら回答を打ち切った。
「じゃあ妖夢。この事件に関して、貴方が見た事を証言して頂戴」
「あ、はい」
進行役が咲夜に入れ替ると、妖夢の様子がいくらか和らいだように感じられた。
……まずいな。この様子だと、懐柔されてる可能性が高い。
ただでさえ情報がゼロに等しいってのに、こりゃますます分が悪いぜ。
<証言者2 魂魄妖夢>
『事件当時に見た事』
「えーと、あれは確か二時半くらいだったと思います。
昼食の後片付けを終えて、屋内の掃除にかかるべく廊下を歩いていると、
何か居間のほうでがたがたと物音が聞こえたんです。
その時は、幽々子様が何かしてるんだろう、くらいにしか思わなかったんですが、
それから少しして、さっきの音が何となく気になって、もう一度居間へと向かいました。
襖を開けると、すでに中には誰もいませんでしたが、戸棚が開けっ放しになっているのが分かりました。
もしやと思って確認してみると案の定、桜餅が一つ残らず無くなっていたんです……」
「「「……」」」
私も映姫も咲夜も、一声に押し黙った。
言葉が見付からない、とは少し違う。
台詞ははっきりしているのだが、口にするのが躊躇われるって所だろう。
「……これって、どう考えても幽々子が犯人よねぇ」
「って、お前が言うな!!」
慌ててアリスの口を塞ぎにかかるが、時すでに遅し。
それを皮切りに、観衆が一斉に騒ぎ立て始めてしまった。
ちくしょう、私のトレジャーハンティング魂に水を差しやがって。
がこん! がこん!
「静粛に! 静粛に! い、十六夜検事! これは一体どういう事ですか!?」
「……どうもこうも無いわ。今、妖夢が証言したことが、この事件の全てを物語っているのです」
「……」
「直接現場を確認していない点を除けば、全ての事象は幽々子が犯人であると指し示しています。
裁判長、これ以上は時間の無駄ですわ。検察側は早急に判決を下す事を要求します」
「……そうですね。では……『ちょっと待った!!』
自分でも驚くくらい、すんなりと言葉が出た。
まるでこの時を待っていたかのように。
「魔理沙、貴方もようやく決まりごとを解してきたようね」
何故か嬉しそうにアリスが言う。
そんなに決まりごととやらを守らせたいなら、お前が矢面に立てって言いたい所だが。
「あんまり慣れたくもないんだけどな……裁判長!
証人に対する尋問は弁護側の権利だ。判決を下す前に、その権利を行使させて貰うぜ」
「無駄な事を……ま、確かに魔理沙の言う通りね。存分に尋問して頂戴」
「あ、あの、それを決めるのは私なんですが」
不適な笑みを浮かべる咲夜も、泣きそうな顔の映姫も、私の意識には入らない。
今、相対すべきなのは、ただ一人だ。
「……」
こちらの意気を察したのか、妖夢もこれまでとはうって変わり、引き締まった表情になっていた。
面白い。そうでなくっちゃな。
<尋問開始>
「昼食後に居間を通りかかったって?」
「……その通りだけど、何か?」
「いや、お前達って、いつも何処で食事を取ってるんだ?」
「あ、そういう意味ね。確かに普段は居間で取ってるけど、
今日は幽々子様が動きたくないって言うから、台所に近い部屋にしたのよ」
動けよ。
っと、そうじゃなくてだ。
「近い部屋、って言われてもな。正直、あのお屋敷って構造が複雑すぎていまいちよく分からないんだが」
「うーん……でも、どう説明すれば良いのか……」
「裁判長、ここで事件当時の白玉楼上面図、及び現場写真を証拠品として提出します」
「分かりました。受理します」
「って、そんなもんあるなら先に出せ!!」
・証拠品(2) 『白玉楼上面図』
・証拠品(3) 『現場写真』
「ったく……調子が狂うったら無いぜ」
「諦めなさい、ここはそういう場所なのよ。
ほら、今のうちに証拠品を確認しておきましょう。
ゲームと違って選択肢が無いんだから」
「ゲーム? 選択肢?」
「……ノイズよ。忘れて」
良く分からないが、忘れる事にする。
さて、まず上面図だが、いかにも古風な日本の屋敷といった感のある間取りだった。
犯行現場となった居間に通じる襖が計2箇所。
片方は廊下へと繋がっていて、恐らくこれが妖夢が物音を聞いたポイントと思われた。
そしてもう片方の襖は別の部屋へと通じており、その部屋から再び襖によって3つに分岐している。
早い話、あちらこちらが繋がってるんで、どうとでも動けると言って良いだろう。
で、居間から廊下伝いに数部屋を通り過ぎた先に、台所がある。
食事をしたってのはこの辺の部屋のどれかと思われた。
別に直接指し示して貰うする必要は無い、居間ではなかったと確認出来れば十分だ。
そして、どう見てもこっちの方が重要だろうと思われる現場写真に目を通す。
見慣れた……とまでは言わないが、何度か尋ねた事はあるので、現場となった居間の構造は大体把握していた。
写真にうつっている画像も、私の記憶と特に違っている点は見当たらない。
……見当たらない?
「……どういう事だ?」
「どうしたの、魔理沙?」
「いや、おかしいだろこれ。犯行の現場なんだからいくらか荒らされてるって考えるのが普通じゃないか。
だってのに、この写真じゃ、何が起こったのかも分からないぜ?」
「……確かにそうね。写真を撮るよりも早く現場整理を行うとも思えないし。
その辺も含めて揺さぶってみると良いんじゃないかしら」
よっしゃ、僅かながらに可能性が見えてきた気がするぜ。
……まぁ、本当に僅かだけど。
「居間から音が聞こえたって言ったな。具体的にどんな音だったか分かるか?」
「どんな、ねぇ。がたがたと……そう。何か棚とかを揺さぶるような……そんな音だったと思う」
「棚、か」
妖夢の言を鵜呑みにするなら、犯人が戸棚を漁っていた音と取るのが自然だろう。
だが……。
「そんな音がしたってのに、なんで一度は無視したんだ?」
「続けて言ったじゃないの。幽々子様が何かをしていると思ったって。
幽々子様が奇行に走るのなんて、別に珍しい事でもないし」
「……むぅ……」
悔しいが、とても説得力があった。
伊達に長い事、生活を共にしている訳じゃないな。
「それで、少し経ってから気になって戻ったというのは?」
「桜餅を居間に仕舞っておいたって思い出したからよ」
「ふむ……って、そういや、その桜餅ってのは、どうやって入手したものなんだ?
何やら希少な代物らしいが」
「昨晩、永遠亭の人達が遊びに来てて、その時にお土産に貰ったのよ。
それで、明日のおやつにしようって決めてたのに……」
「……」
なのに直前になって全部食われちまった、ってか。
そりゃ、怒りもするわな。
……っと、いかん。私は幽々子の弁護人だった。
一々証人に同情してたら話が進まない。
「桜餅が気になったお前は、慌てて居間に飛び込んだ、と。
だが、人影は無く、戸棚にあったはずの桜餅も無くなっていた……そういう訳だな?」
「ええ、そうよ」
『ちょっと待った!!』
「って、私の台詞を奪うなよ」
「……だって、たまには発言しないと忘れられそうだし」
お前は目立ちたいのか目立ちたく無いのか、どっちなんだ。
そんな意図を込めて睨みつけて見るが、既にアリスの視線は妖夢へと飛んでいたりする。
……まぁいいや。あいつも突っ込むべきポイントは分かってたみたいだしな。
「裁判長。妖夢の発言は、ある証拠品と決定的にムジュンしているわ」
「え? それは一体……」
「……これよ!」
「それは……現場の写真、ですか?」
「その通り。……妖夢は確かに言ったわ。『戸棚が開けっ放しになっていた』と。
でも、この写真に映っているのは、ごく普通の居間の風景のみ。
戸棚はおろか、小物の一つさえ動かされた形跡が無いのよ!」
「確かに……その通りですね」
「では一体どういう事なのか? 考えられる可能性は二つ。
妖夢が何らかの意図で嘘を述べている。
もしくは……検察側の何者かが、現場保全の原則を無視した、と」
アリスは言葉を切ると同時に、検事席を睨みつけた。
こうして理論整然と述べる時のアリスは、本当に活き活きとしている。
しているんだが……。
「とんだ言いがかりね。決定的な状況証拠にも成り得る現場に手を加えるなんて有り得ない事だわ。第一……」
「第一……何よ?」
「そもそも、貴方が今偉そうに述べた二つの可能性の他に、もう一つの可能性があるとしたら?」
「も、もう一つ?」
……これだ。
圧し返されると、簡単に弱みを見せちまう。
普段はそうそう見られる物でも無いんだが、相手が咲夜じゃ仕方ないだろうなぁ……。
「そう。あるのよ、もう一つの可能性が。
妖夢は決して嘘は吐いていない。でも、客観的事実を述べた訳でも無いのよ」
「……あ……」
何かに気が付いたのか、妖夢が間抜けに口をぽかんと開けていた。
直接示唆するんじゃなくて、間接的に気がつかせる辺りは上手いと言わざるを得ない。
「す、済みません。少し証言を訂正させて下さい」
「……分かりました。では、新たに証言してもらいましょう」
<証言者2 魂魄妖夢>
『居間で見たものは何か?』
「事態に感づいた私は、居間へと入りました。
そこには既に誰もいなかった……ここまでは先程言った通りです。
ですが、桜餅を仕舞っていた戸棚は少し特殊でして、傍目には花瓶としか見えないものなんです。
防犯対策と言いますか、大事なものや忘れたくないものを入れておくのに使っていたんです……」
「花瓶……ですか?」
「はい。その写真にもしっかり映っています」
・証拠品(4)『花瓶を模した戸棚』
「確かにありますね。……では弁護人、尋問をお願いします」
……って言われてもなぁ。
花瓶って、この箪笥の上に置いてある奴だろ。
これの何処が戸棚だってんだ……反則も良い所だ。
でもまぁ、足元に踏み台も置いてあるからなぁ。
アリスはアリスで何か考え込んでるし……。
「弁護人? 尋問はしないのですか?」
「あ、いや、するぜ。勿論」
とは言え、どうしたものやら……とりあえず適当に揺さぶるしか無いか。
<尋問開始>
「あー、お前はこれが戸棚だって言うが、これにどうやって物を入れるんだ?」
「騙し絵。って知ってる?」
「ああ、上下反転するとまるで違う絵に見えたりとか、無限に上昇と下降を繰り返す水流とか、そういうのだろ?」
「そうよ。でも、この花瓶に使われてるのは、どっちかって言うと擬態、かな」
「ぎ、擬態だと?」
「直接見れば分かると思うけど、これ、花瓶とそこから周囲30センチくらいの空間も含めて、
実際にはその場に存在してないのよ。
だから、傍目には花瓶が置いてあるだけに見えるけど、実際にはそこに物を入れるスペースが存在してるって訳」
「な、成る程、そういう事か」
これだけスラスラと言ってのけるって事は、嘘ではないんだろう。
アリスの突っ込みは、綺麗に無効化されたって訳か。
「この花瓶……戸棚に関しては、捜査員も確認済みです。妖夢の証言に偽りはありませんわ」
……こいつ、全部分かってて突っ込ませやがったな。
メイドのくせに、どこまでもサディスティックな奴だ。
「んー、とりあえず戸棚は良しとして、その中に入っていた桜餅の事だが、
具体的にどう入っていたんだ」
「どう……って、普通に箱の中に並べて置いといたけど」
「箱ってのは、店で買ったままってことか。……んで、その箱ごと綺麗に無くなっていたと?」
「え? いや、違うわ。中身だけ」
「にゃに?」
……拙い。
とてつもなく拙い事を聞いてしまった気がする。
「仮に、物取りの仕業なら、手間を考えて箱ごと持ち去るのが普通でしょう。
でも現実には、中に入っていた桜餅だけが綺麗に無くなっていた。
これが何を意味するのか? ……考えるまでも無いわね。その場で食べたって事よ」
「……ぐぐぐ……」
案の定、というか咲夜に突っ込まれた。
これでますます外部犯の線は薄くなった。
しかも、だ。
『食べる』というキーワードは、ある人物を極めて明確に映し出してくれる代物だ。
状況証拠が薄い以上、こういう心象的なものの影響は極めて大きいだろう。
「ねぇ、魔理沙……」
「言うな……頼むから……」
考えれば考えるほど、ある一つの結論が輝いて見え出した。
それは即ち……。
「……裁判長、もう十分ではないでしょうか?
冥界という特殊な場所、しかも念入りにカモフラージュまで施して保管した桜餅を見つけ出し、
あまつさえその場で食べきってしまうという天に唾する諸行。
成し得る存在はただ一人……西行寺幽々子以外におりませんわ」
「その通りですね。私も確信しました」
……くそぅ。
格好よく反論したい所だってのに、さっぱり文言が浮かばないぜ……。
……っていうか、幽々子。犯人、お前だろ?
一応弁護する立場の私ですらこう思うんだから、他の連中なんて端っからお前以外に無いって思ってる筈だぜ。
「……当法廷は、これ以上の審理の必要性を認めません
よって、この場で判決を下したいと思います」
あー、もう駄目だ。
どだい、下調べも無しに弁護をするなんて無茶な話だったんだ。
んな非常識な事が出来る奴なんてせいぜいあの反則……
……
……
反則?
「被告、西行寺幽々子をゆう「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
なんてこった!
こんな初歩的な事に気付かないとは……。
「ど、どうしました弁護人! 薬が切れましたか!?」
「あいつらと一緒にするな! そうじゃなくって、気が付いたんだよ!
幽々子と並ぶ……いや、幽々子以上に犯人の疑いが強い奴に!」
「……馬鹿馬鹿しい。魔理沙、貴方これまでの流れを聞いていたの?
いい? 事件が起こったのは冥界は白玉楼。
生者……人の形を取るものは、存在すら認識してないのが大半なのよ。
仮に知っていたところで、辿りつくのが非常に困難な地理条件である事に変わりは無いわ。
しかも、その上で妖夢の目を完全に欺きつつ、花瓶のトリックを見抜き、
桜餅だけを食べて去っていくなんていう非常識極まりない犯行よ。
相当に白玉楼の内部に精通したものにしか行える筈が無いわ。
物的損害が桜餅のみであるという件を無視しても、そんな奴は幽々子以外誰も……!?」
勢いよくまくしたてていた言葉が、唐突に途切れた。
咲夜は十二分に頭が切れる、だからこそ気が付いたんだろう。
『そんな奴』について。
「それに、だ。確かに状況証拠は消去法で幽々子が犯人であると指し示していたさ。
……だがな。それと同時に、幽々子が犯人であるという確たる証拠も残されてはいなかったんだ」
「……くっ……」
「裁判長!」
「な、なんですか?」
「弁護側は、新たな証人を召喚する事を希望するぜ」
「し、証人ですか? ですが、事件の関係者はもう全員……」
「違う。そう考える事自体が落とし穴だったんだ。
あんたも心当たりがあるんじゃないか? 幻想郷の内情に精通し、冥界の連中と縁が深く、
かつ、どんな距離であろうとも一瞬にしてゼロと等しくしてしまう能力の持ち主。
とどめとばかりに、生きる迷惑と名高い困ったちゃん。そんな奴を……」
「……まさか、貴方が言っているのは」
「ああ。スキマ妖怪、八雲紫だ!」
<続く>
全部が脳内で逆裁っぽく動いてますよ。
的確なキャスティングと、上手く彷彿させる手腕に感服しました。
とても面白いです。
事件概要とか。
いや、やったのは2ch版のみですが。
あれってまず最初に証拠を積んでから裁判に行かんといけないんですよね。
その手間がめんどくて買ってませんが。
それからだれもつっこまなそうなことを。
咲夜さんって、カルマ検事?(ムチナイフ
…ただなんとなく言ってみたかっただけです。
逆裁を2,3だけですがプレイした私にはタイムリーすぎますっ!
後半、ものすごく楽しみにしていますっ!!
まんま裁判長な映姫様良いし、冥ちゃんな咲夜さんにもシビれます。
後半が楽しみです。