それは大きな残骸だった。
僕はぱっと見で、それは鳥の死骸にも見えたが、鳥にしてはあまりにも大きすぎる。無論、ロック鳥のような、例外もいないわけではないが、それにしては、羽毛もない、無機質な金属むき出しではないだろう。
そのような代物が、ここ、無縁塚にでんと居座っていた。下に、まだ使えたであろう、数々の道具たちを犠牲にして。
それにしても、なんとも迷惑極まりないものである。もう壊れてしまっている以上、僕にはどうしようもないし、かといって、どかすほどの力もない。一体どうしろというんだろう。それ以上に僕は、昨日まで目をつけていた、数々の道具たちが下敷きになっていることが何よりも気がかりだ。これだけ大きなものである。重さも相当なもののはず。ということは、その下にもぐったアイテムたちはもう見る影もないくらいにぐしゃぐしゃになっていることだろう。ああ、無情な。まだ売れそうなものばかりだったのに。
「それにしても、これはなんという鳥なんだろう?」
そんな疑問が生まれた。もう壊れてしまったと思われるこの鳥もどきは、何者なのだろう。ちょっとだけ興味がわいた。僕は残骸に手を触れる。
しかし、僕の頭に飛び込んでくるのは、残骸としての情報しか流れてこなかった。もう使えない道具は残骸、ごみということか。この大きな大きな道具は、外の世界での役目を終え、ここ、幻想郷で永遠の眠りを求めに来たに違いない。ちょっと奇妙な話だが、僕はこの哀れな道具の冥福を祈った。
明くる日。
そのあまりに大きな物を見に、珍しい物好きなギャラリーたちが大勢集まっていた。子供のように無邪気にそれで遊ぶ妖精、興味本位でじろじろと観察する人間、そして、取材に来た顔見知りの天狗が、それぞれの思惑でその大きな鳥もどきを眺め、玩んでいた。
「ああ、こんにちは。いつぞやはお世話になりました」
「やあ、君は確か、文さん、だったかな?」
「はい、ご無沙汰しています。こちらに来られた、ということは、この道具を拾いに来たんですか?」
「えー、こんな面白いもの持っていくのー?やだ、絶対だめー!」
「ははは、いくら僕でも、そんな大きなものは持っていけないよ。今日はそれ以外を拾いに来たんだが、どうやらそれどころじゃないようだな」
「そうですね」
「ところで、君がここにいるということは、この道具を取材に来たのかな?」
「当然です、他の仲間にすっぱ抜かれないよう、超特急でここに来たんですよ」
「見て見てー!ほら、この変な羽みたいなもの、くるくる回るんだよ、おもしろーい!」
「無邪気、なのかな?」
「単に頭が悪いだけだろ?」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと、予想したとおり、魔理沙が手を振っていた。
「よ、今日も売り物の調達か?貧乏暇なし、だな」
「そう思うなら、ツケを少しでも払って、僕の経済負担を軽くしてくれ」
「そのうち払ってやるよ」
まるっきり払う気がないな、この調子だと。
「それにしても、ありゃなんだ?鳥にしては、変だし、でかいし」
「あれを鳥と混同しないでほしいですね。鳥に失礼です」
「香霖ならわかるか?いつものあれでわかるだろう?」
「いや、それがわからなかったんだ。どうやらあれはもう役目を終えているらしい。役目を終えた道具の名前なんて一つしかない。『残骸』だ。それ以上のことはなにもわからなかったよ」
「思ったより使えない能力だな、それ」
「そうかい?結構役に立つよ」
「おーい、何見てるのよー?こっちに来て一緒に遊ぼうよー!仲間に入れてあげないけどねー!」
「それにしても、これはなんでしょうかね?」
「さあね。わたしはあまり興味はないな」
「いずれにしても、あれはもう役に立たない骸だ。静かに眠らせてあげるのがいいと思うよ」
「おお、香霖にしては、ずいぶんとメランコリーなことを言う」
「詩人ですねえ」
二人にひやかされて、僕はちょっとだけ気恥ずかしくなった。そんなにおかしなことを言ったかなあ。
「あらあら、珍しいものがあると聞いて早起きしてみれば……早起きは三文の徳とはよく言ったものねえ」
また僕の知り合いの声がした。今日は実に縁がある日だ。ついでに言うなら、今日の僕は、後ろから声をかけられる日でもあるらしい。
「なんだ、紫じゃないか。お前もこれを見に来たのか?」
「勿論ですわ。こんなに珍しいもの、めったに見れるものじゃないでしょう?」
「ああ、こんにちは。元気そうで何よりですよ」
「あら、いつかの古道具屋さん。まだ生きていらっしゃったの」
「ええ、おかげさまで」
僕は軽い挨拶を交わすと、また、あの大きな残骸に目を向けた。妖精はまだ遊び足りないようで、あっちこっちを弄り回して遊んでいる。よく飽きないものだ。それは紫も同じ感想だったらしく、きゃっきゃきゃっきゃ遊んでいる妖精を不愉快そうに見ている。
「はあ、せっかくの面白みが台無しね」
「そこまで言いますか」
「あの妖精はあれがなんなのか知らないで遊んでいるのね。あれは人間の愚かしさの象徴でもあるというのに、ね」
「なんだって、ちょっと聞き捨てならないな」
人間代表の魔理沙が、その一言にカチンと来たらしく、紫に食って掛かる。
「あら、貴方あれがなんなのか知らないからそんなことが言えるのよ」
「ああ、知らないぜ。だからどうだと言うんだよ」
「ちょっと待ってください。今のはさすがに魔理沙の言い分に賛同させてもらいたい。僕は人間じゃないが、僕が人間でも、いきなりそういう言い草をされたらむっときます」
「同意見ですね。まるで自分が何かを知っているかのような含みでそんなことを言われたら、わたしもちょっと怒ります」
「あらあら、三人とも、あれがなんなのか知らなかったのね。じゃあ、いい事を教えてあげるわね。あれ、人間同士が殺しあうために造ったものなのよ」
その一言に。
僕たち三人は凍りついた。
何も知らない妖精のはしゃぐ声が、なんとも忌わしく聞こえるのは決して気のせいなどではなかった。
「あれが、人殺しの道具、ですか?」
「ははは……冗談きついぜ、こんな馬鹿でかい図体したやつなら、人間くらい簡単にぺしゃんこに出来るだろうけど、そんなの、効率が悪いだけだろう?そんな暇なもののために人間がこんなもの造ったって言うのかよ?」
「造ったのですよ」
あっさりと、紫は見てきたかのようにうなずく。その様子はまったく迷いない。
「あれは空を飛んで、地上にいる人間を焼き殺すための道具です。それも町ひとつ分の人間をまとめて焼き殺すための、ね」
「これが、空を飛ぶんですか?信じられない、外の世界の人間は、自力で空を飛ぶことが出来ないことは知ってます。でも、こんなものが空を飛んで……人を焼き殺すなんて」
文さんは荒唐無稽すぎる話に戸惑いが隠せないようだ。それは僕だって同じ事。こんな大きな鉄の塊が空を飛んで……人を殺すなんて信じられるわけがない。
「もっとも、今じゃもっとすごいものが外の世界ではあるけどね。姿を消して、空を飛んで攻撃するやつとか、天狗より速く空を飛んで敵の国を攻撃するやつとか。あれはもう古いのよ。だからこんなところに流れ込んできたのね」
もう紫の言葉に反応できるだけ人間はここには存在しなかった。いや、もうそれが真実なのか、認めたくなかっただけかもしれない。魔理沙にいたっては、もう顔面蒼白で、身体が震えている。それは僕も同じことだが。
「あの子はどうやら、壊れるためだけに造られたもののようね」
「ちょっと待ってくれ、お前の言ってる意味がわからないぜ。壊れるために造った道具だって?それは一体どんな謎かけだ?」
「ああ、そうね。ちょっと難しかったかしら。じゃあ、言い方を変えて、あの子はね、敵を道連れにするためだけに造られたの。乗せた人間と一緒に、ね」
「人を乗せて……?」
「正確には、人間がこれを動かすの。当然よね、大きいとはいえ、これも道具なのだから。で、もう一度言うけど、あれは人と共に、敵に体当たりして、もろとも死ぬことを前提に造られた物なのよ。外の世界では、『とっこう』と言うらしいわね」
「理解できないぜ……」
「わたしだって理解できるものじゃないわ。もっとも、人間が起こす戦争自体、わたしは理解不能だけどね。同属同士で殺しあって、何の得があるかしら?」
それは僕も同じ事を考えていた。少なくとも、幻想郷の人間たちは戦争を知らない。戦争が如何に無益でばかばかしいことかと言うことを知っているからである。それは霊夢や一部の人間を見ていればわかる。
しかし、どうやら外の世界の人間と言うのは、技術ばかりが先に進んで精神的なところは何一つ進歩がないようである。もしかしたら、外の世界の人間たちは技術を生み出すことに躍起になって、自らを育てようとする意欲をはるか昔になくしてしまったのかもしれない。それはとても悲しいことに僕は思えた。
「どう?わたしの話は気に入っていただけたかしら?」
「…………」
「あら、誰も何も言わないのね?それは無言の肯定と受け取らせてもらいますわ」
済ました顔で、紫はあの残骸を見物しだした。僕ら三人は、顔を見合すと、とてもそれ以上あれを見る気になれずに、その場から立ち去ってしまった。
それから一週間。
あれ以来、僕はあの無縁塚に行っていない。とてもそんな気分になれなかったし、何より、あの忌わしい人殺しの道具を見るのがつらかったのだ。
とはいえ、段々と店の商品が乏しくなってきたので、僕は、そんなことをいっていられる状況ではなくなった。
僕はあの無縁塚に足を向けた。相変わらず、あのでかい残骸がでんと居座っているが、もう珍しいものではなくなってしまったらしく、ギャラリーは誰もいなかった。まあ、これは幸いだと思う。あまり拾い物をしている姿を見られたくないからな。
日が暮れだし、とりあえず、今日のめぼしいものは回収したし、今日はもう帰ろう。そう考え、何気なくあれを見上げる。それはよく見てみれば、無機質ながらも、全体の形は、割と美しく見える。尻尾のような部分が折れ、翼らしい何かは片方がもげ、頭であろうところは、硝子がわれ、むき出しの中身をさらけだしていても、不思議と心ひきつけるものがあった。だから僕はなおさら、これが人殺しの道具だったとは、僕には到底信じられなかった。
「霖之助さん、やっぱりここだったわね」
いつかと同じように、また後ろから声をかけられた。よくよく僕は、ここでは背後から声をかけられる宿命にあるらしい。
「……霊夢か。今日はどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないわよ。お店に遊びに行ったと思ったら、お店は閉まってるから、ひょっとしたらここじゃないかって、勘を頼りに来てみたの」
「そうか、それは悪かったね」
「あら、あれは……ああ、この間紫が言ってた戦闘機とかいうやつね」
そう言うと、霊夢はあの大きなものをじっと眺めた。その目には、あまり感慨深いものはなさそうだ。
「紫から聞いたのかい?」
「ええ、あんまり興味ないから、神社でお茶を飲んでたけど……ちょっと信じられないわね。こんな大きなものが、人を乗せて、空を飛んで、それから……人を殺すなんて」
「君も聞いたのか。これのこと」
「ええ」
「君はどう思う?これが人を殺していく姿を想像して、怖くならなかったかい?」
「どうして?」
まるで何を言ってるんだ、言わんばかりに、霊夢は首をかしげた。
「どうしてって……当然じゃないか、これだけの大きなものが空を飛んで人を殺すところを想像したら、誰だって怖くなるよ」
「そんなことあるわけないでしょう?そもそも、霖之助さんは怖がりすぎなのよ。あれが空を飛ぶですって?あんなに大きな鉄の塊がどうやって?あれが人を殺すって?空を飛ぶかどうかも信じられないのに、そんなたわごとを信じろって言うのかしら?大体、貴方といい、魔理沙といい、紫の話を大げさに聞きすぎなのよ」
「なんだなんだ、すると何かい?君は紫の言うことは信じていないのかい?」
「当然でしょう?人が互いを殺しあうなんて先時代的な考え方を、今の外の人たちがするはずないのだから」
「えらく自信たっぷりだな。その言葉に根拠はあるのかい?」
「ないわ」
ちょっとずっこけたくなった。自信たっぷりに言う霊夢をちょっとだけ頼もしいとさえ感じてしまった僕が情けない。
「うーん、強いて言うなら……勘、かな?」
「か、勘?」
「そう、勘」
勘……そうか、勘か。こりゃかなわない。僕はひさしぶりに大声で笑った。こんなに大きな声で笑ったのはどれほど前のことだろうか。
「ちょ、ちょっと何なのよ、もう。そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「ああ、ごめんごめん。そうか、勘か……くくく」
「もう、いい加減にしてよ!」
霊夢の怒った顔がなんともおかしくて、僕はまた大笑い。でも、さっきまでの憂鬱な気分が一気に吹き飛んだ、そんな気がした。
そう、あの巫女が勘でありえないと断言したんだ。外の人間はそんなに愚かな生き物でない、今の僕には根拠のない確信に満ち溢れていた。
明日はきっといい日になる。そんな気がした。
僕はぱっと見で、それは鳥の死骸にも見えたが、鳥にしてはあまりにも大きすぎる。無論、ロック鳥のような、例外もいないわけではないが、それにしては、羽毛もない、無機質な金属むき出しではないだろう。
そのような代物が、ここ、無縁塚にでんと居座っていた。下に、まだ使えたであろう、数々の道具たちを犠牲にして。
それにしても、なんとも迷惑極まりないものである。もう壊れてしまっている以上、僕にはどうしようもないし、かといって、どかすほどの力もない。一体どうしろというんだろう。それ以上に僕は、昨日まで目をつけていた、数々の道具たちが下敷きになっていることが何よりも気がかりだ。これだけ大きなものである。重さも相当なもののはず。ということは、その下にもぐったアイテムたちはもう見る影もないくらいにぐしゃぐしゃになっていることだろう。ああ、無情な。まだ売れそうなものばかりだったのに。
「それにしても、これはなんという鳥なんだろう?」
そんな疑問が生まれた。もう壊れてしまったと思われるこの鳥もどきは、何者なのだろう。ちょっとだけ興味がわいた。僕は残骸に手を触れる。
しかし、僕の頭に飛び込んでくるのは、残骸としての情報しか流れてこなかった。もう使えない道具は残骸、ごみということか。この大きな大きな道具は、外の世界での役目を終え、ここ、幻想郷で永遠の眠りを求めに来たに違いない。ちょっと奇妙な話だが、僕はこの哀れな道具の冥福を祈った。
明くる日。
そのあまりに大きな物を見に、珍しい物好きなギャラリーたちが大勢集まっていた。子供のように無邪気にそれで遊ぶ妖精、興味本位でじろじろと観察する人間、そして、取材に来た顔見知りの天狗が、それぞれの思惑でその大きな鳥もどきを眺め、玩んでいた。
「ああ、こんにちは。いつぞやはお世話になりました」
「やあ、君は確か、文さん、だったかな?」
「はい、ご無沙汰しています。こちらに来られた、ということは、この道具を拾いに来たんですか?」
「えー、こんな面白いもの持っていくのー?やだ、絶対だめー!」
「ははは、いくら僕でも、そんな大きなものは持っていけないよ。今日はそれ以外を拾いに来たんだが、どうやらそれどころじゃないようだな」
「そうですね」
「ところで、君がここにいるということは、この道具を取材に来たのかな?」
「当然です、他の仲間にすっぱ抜かれないよう、超特急でここに来たんですよ」
「見て見てー!ほら、この変な羽みたいなもの、くるくる回るんだよ、おもしろーい!」
「無邪気、なのかな?」
「単に頭が悪いだけだろ?」
後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと、予想したとおり、魔理沙が手を振っていた。
「よ、今日も売り物の調達か?貧乏暇なし、だな」
「そう思うなら、ツケを少しでも払って、僕の経済負担を軽くしてくれ」
「そのうち払ってやるよ」
まるっきり払う気がないな、この調子だと。
「それにしても、ありゃなんだ?鳥にしては、変だし、でかいし」
「あれを鳥と混同しないでほしいですね。鳥に失礼です」
「香霖ならわかるか?いつものあれでわかるだろう?」
「いや、それがわからなかったんだ。どうやらあれはもう役目を終えているらしい。役目を終えた道具の名前なんて一つしかない。『残骸』だ。それ以上のことはなにもわからなかったよ」
「思ったより使えない能力だな、それ」
「そうかい?結構役に立つよ」
「おーい、何見てるのよー?こっちに来て一緒に遊ぼうよー!仲間に入れてあげないけどねー!」
「それにしても、これはなんでしょうかね?」
「さあね。わたしはあまり興味はないな」
「いずれにしても、あれはもう役に立たない骸だ。静かに眠らせてあげるのがいいと思うよ」
「おお、香霖にしては、ずいぶんとメランコリーなことを言う」
「詩人ですねえ」
二人にひやかされて、僕はちょっとだけ気恥ずかしくなった。そんなにおかしなことを言ったかなあ。
「あらあら、珍しいものがあると聞いて早起きしてみれば……早起きは三文の徳とはよく言ったものねえ」
また僕の知り合いの声がした。今日は実に縁がある日だ。ついでに言うなら、今日の僕は、後ろから声をかけられる日でもあるらしい。
「なんだ、紫じゃないか。お前もこれを見に来たのか?」
「勿論ですわ。こんなに珍しいもの、めったに見れるものじゃないでしょう?」
「ああ、こんにちは。元気そうで何よりですよ」
「あら、いつかの古道具屋さん。まだ生きていらっしゃったの」
「ええ、おかげさまで」
僕は軽い挨拶を交わすと、また、あの大きな残骸に目を向けた。妖精はまだ遊び足りないようで、あっちこっちを弄り回して遊んでいる。よく飽きないものだ。それは紫も同じ感想だったらしく、きゃっきゃきゃっきゃ遊んでいる妖精を不愉快そうに見ている。
「はあ、せっかくの面白みが台無しね」
「そこまで言いますか」
「あの妖精はあれがなんなのか知らないで遊んでいるのね。あれは人間の愚かしさの象徴でもあるというのに、ね」
「なんだって、ちょっと聞き捨てならないな」
人間代表の魔理沙が、その一言にカチンと来たらしく、紫に食って掛かる。
「あら、貴方あれがなんなのか知らないからそんなことが言えるのよ」
「ああ、知らないぜ。だからどうだと言うんだよ」
「ちょっと待ってください。今のはさすがに魔理沙の言い分に賛同させてもらいたい。僕は人間じゃないが、僕が人間でも、いきなりそういう言い草をされたらむっときます」
「同意見ですね。まるで自分が何かを知っているかのような含みでそんなことを言われたら、わたしもちょっと怒ります」
「あらあら、三人とも、あれがなんなのか知らなかったのね。じゃあ、いい事を教えてあげるわね。あれ、人間同士が殺しあうために造ったものなのよ」
その一言に。
僕たち三人は凍りついた。
何も知らない妖精のはしゃぐ声が、なんとも忌わしく聞こえるのは決して気のせいなどではなかった。
「あれが、人殺しの道具、ですか?」
「ははは……冗談きついぜ、こんな馬鹿でかい図体したやつなら、人間くらい簡単にぺしゃんこに出来るだろうけど、そんなの、効率が悪いだけだろう?そんな暇なもののために人間がこんなもの造ったって言うのかよ?」
「造ったのですよ」
あっさりと、紫は見てきたかのようにうなずく。その様子はまったく迷いない。
「あれは空を飛んで、地上にいる人間を焼き殺すための道具です。それも町ひとつ分の人間をまとめて焼き殺すための、ね」
「これが、空を飛ぶんですか?信じられない、外の世界の人間は、自力で空を飛ぶことが出来ないことは知ってます。でも、こんなものが空を飛んで……人を焼き殺すなんて」
文さんは荒唐無稽すぎる話に戸惑いが隠せないようだ。それは僕だって同じ事。こんな大きな鉄の塊が空を飛んで……人を殺すなんて信じられるわけがない。
「もっとも、今じゃもっとすごいものが外の世界ではあるけどね。姿を消して、空を飛んで攻撃するやつとか、天狗より速く空を飛んで敵の国を攻撃するやつとか。あれはもう古いのよ。だからこんなところに流れ込んできたのね」
もう紫の言葉に反応できるだけ人間はここには存在しなかった。いや、もうそれが真実なのか、認めたくなかっただけかもしれない。魔理沙にいたっては、もう顔面蒼白で、身体が震えている。それは僕も同じことだが。
「あの子はどうやら、壊れるためだけに造られたもののようね」
「ちょっと待ってくれ、お前の言ってる意味がわからないぜ。壊れるために造った道具だって?それは一体どんな謎かけだ?」
「ああ、そうね。ちょっと難しかったかしら。じゃあ、言い方を変えて、あの子はね、敵を道連れにするためだけに造られたの。乗せた人間と一緒に、ね」
「人を乗せて……?」
「正確には、人間がこれを動かすの。当然よね、大きいとはいえ、これも道具なのだから。で、もう一度言うけど、あれは人と共に、敵に体当たりして、もろとも死ぬことを前提に造られた物なのよ。外の世界では、『とっこう』と言うらしいわね」
「理解できないぜ……」
「わたしだって理解できるものじゃないわ。もっとも、人間が起こす戦争自体、わたしは理解不能だけどね。同属同士で殺しあって、何の得があるかしら?」
それは僕も同じ事を考えていた。少なくとも、幻想郷の人間たちは戦争を知らない。戦争が如何に無益でばかばかしいことかと言うことを知っているからである。それは霊夢や一部の人間を見ていればわかる。
しかし、どうやら外の世界の人間と言うのは、技術ばかりが先に進んで精神的なところは何一つ進歩がないようである。もしかしたら、外の世界の人間たちは技術を生み出すことに躍起になって、自らを育てようとする意欲をはるか昔になくしてしまったのかもしれない。それはとても悲しいことに僕は思えた。
「どう?わたしの話は気に入っていただけたかしら?」
「…………」
「あら、誰も何も言わないのね?それは無言の肯定と受け取らせてもらいますわ」
済ました顔で、紫はあの残骸を見物しだした。僕ら三人は、顔を見合すと、とてもそれ以上あれを見る気になれずに、その場から立ち去ってしまった。
それから一週間。
あれ以来、僕はあの無縁塚に行っていない。とてもそんな気分になれなかったし、何より、あの忌わしい人殺しの道具を見るのがつらかったのだ。
とはいえ、段々と店の商品が乏しくなってきたので、僕は、そんなことをいっていられる状況ではなくなった。
僕はあの無縁塚に足を向けた。相変わらず、あのでかい残骸がでんと居座っているが、もう珍しいものではなくなってしまったらしく、ギャラリーは誰もいなかった。まあ、これは幸いだと思う。あまり拾い物をしている姿を見られたくないからな。
日が暮れだし、とりあえず、今日のめぼしいものは回収したし、今日はもう帰ろう。そう考え、何気なくあれを見上げる。それはよく見てみれば、無機質ながらも、全体の形は、割と美しく見える。尻尾のような部分が折れ、翼らしい何かは片方がもげ、頭であろうところは、硝子がわれ、むき出しの中身をさらけだしていても、不思議と心ひきつけるものがあった。だから僕はなおさら、これが人殺しの道具だったとは、僕には到底信じられなかった。
「霖之助さん、やっぱりここだったわね」
いつかと同じように、また後ろから声をかけられた。よくよく僕は、ここでは背後から声をかけられる宿命にあるらしい。
「……霊夢か。今日はどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもないわよ。お店に遊びに行ったと思ったら、お店は閉まってるから、ひょっとしたらここじゃないかって、勘を頼りに来てみたの」
「そうか、それは悪かったね」
「あら、あれは……ああ、この間紫が言ってた戦闘機とかいうやつね」
そう言うと、霊夢はあの大きなものをじっと眺めた。その目には、あまり感慨深いものはなさそうだ。
「紫から聞いたのかい?」
「ええ、あんまり興味ないから、神社でお茶を飲んでたけど……ちょっと信じられないわね。こんな大きなものが、人を乗せて、空を飛んで、それから……人を殺すなんて」
「君も聞いたのか。これのこと」
「ええ」
「君はどう思う?これが人を殺していく姿を想像して、怖くならなかったかい?」
「どうして?」
まるで何を言ってるんだ、言わんばかりに、霊夢は首をかしげた。
「どうしてって……当然じゃないか、これだけの大きなものが空を飛んで人を殺すところを想像したら、誰だって怖くなるよ」
「そんなことあるわけないでしょう?そもそも、霖之助さんは怖がりすぎなのよ。あれが空を飛ぶですって?あんなに大きな鉄の塊がどうやって?あれが人を殺すって?空を飛ぶかどうかも信じられないのに、そんなたわごとを信じろって言うのかしら?大体、貴方といい、魔理沙といい、紫の話を大げさに聞きすぎなのよ」
「なんだなんだ、すると何かい?君は紫の言うことは信じていないのかい?」
「当然でしょう?人が互いを殺しあうなんて先時代的な考え方を、今の外の人たちがするはずないのだから」
「えらく自信たっぷりだな。その言葉に根拠はあるのかい?」
「ないわ」
ちょっとずっこけたくなった。自信たっぷりに言う霊夢をちょっとだけ頼もしいとさえ感じてしまった僕が情けない。
「うーん、強いて言うなら……勘、かな?」
「か、勘?」
「そう、勘」
勘……そうか、勘か。こりゃかなわない。僕はひさしぶりに大声で笑った。こんなに大きな声で笑ったのはどれほど前のことだろうか。
「ちょ、ちょっと何なのよ、もう。そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「ああ、ごめんごめん。そうか、勘か……くくく」
「もう、いい加減にしてよ!」
霊夢の怒った顔がなんともおかしくて、僕はまた大笑い。でも、さっきまでの憂鬱な気分が一気に吹き飛んだ、そんな気がした。
そう、あの巫女が勘でありえないと断言したんだ。外の人間はそんなに愚かな生き物でない、今の僕には根拠のない確信に満ち溢れていた。
明日はきっといい日になる。そんな気がした。
そもそも群れというのは身を守るために組織されたもので、味方という概念は敵という対立概念無しには存在できないからしてなんやかやうんぬんかんぬんえんやこら。
もう少し掘り下げて欲しい気もしますが、掘り下げも起こらない霊夢のようなスタンスが幻想ならではなんですかね。
ちょっと住処を離れれば攫われたり喰われたりで人間同士争っていられるほど
余裕のある環境ではないでしょうし、強大な一個人が大規模な異変を発生させたり
収めたりしてしまう世界で弱者の群れがどれだけ役に立つかは疑問です。
……まあ総力戦がないといっても幻想郷はそれなりにハードな環境ですが。
食料扱いですし。
ところであの飛行機は何かと悩むことしきり。
紫が特攻機と言っててプロペラあるから剣? とか考えるオレは微妙に軍事ヲタ……
あれは戒めでしょうか
0点のテストを隠して親に100点採ったよ! と言って「すごいわね!」と言われた時のような、妙な緊迫感(罪悪感)があります
SF的なことになるんで自重します。