これは、前作創作話20の「藤原妹紅のこわしかた」の続編です。
先にそちらを読んで頂けるといっそう飴に味が出ると思います。
では、それをふまえて。
しばしお付き合いくださいませ。
月を見上げていた。
今日は三日月、綺麗だと思う。
綺麗だとは思うけど、好きにはなれない。
月から連想するモノが、憎むべきモノだったからだ。
憎かった月は、最近は嫌いになった。
そんな事をぼーっと考えていた時に、聞き慣れた声がした。
私が月を好きになれない理由そのものがこちらに近づいて歩いてくる。
「こんばんは、月の綺麗な夜ね。」
「………。」
「あら、ご機嫌斜めかしら。」
月は嫌いだ、そう言おうとしてやめた。
口を開きたくないからだ。
小さな飴を、口の中で転がしている。
既に味なんて殆ど感じられなくて、もうすぐ溶けてなくなってしまうだろう。
こんな時、何とも言えない気分になる。
噛んでしまえば、もう無くなってしまうのに私はいつもそうしようとはしない。
やがて、飴は完全に溶けて無くなった。
「お前自ら来るのは随分久しぶりね、輝夜。」
「そういえばそうね、いつぞやの宴会以来かしら?」
「最近の奴は全く手応えのない奴らばかりで、退屈しのぎにもなりゃしない。」
「あの巫女やその他大勢が強かったからじゃない?あんなのにはそう出会えるものじゃないわ。」
なるほど、そうかもしれない。
それを聞いて、私は数ヶ月前に戦った人間や妖怪を思い出した。
巫女と胡散臭い妖怪。魔法使いに人形遣い。吸血鬼にメイド。半死人と全死人。
そもそも、手応えどころか私が負けたのだが。
「全死人…また妙な言い回しね、せめて亡霊って言いなさい。」
「人の心を読むな、お前にはそんな力まであったのか?」
「全部声に出してたけど?独り言を呟く癖でもあったのかしら、貴方。」
「………。」
全然気付かなかった。
顔が赤くなりそうだったので、反対方向を向きながら輝夜に答えを返す。
勿論、話題を続けられては困るので、話は別方向に切り替える。
多分、今の輝夜は嫌らしく笑っているだろう。
「まあ、あんなのが何回も来ちゃたまんないよ、お前も負けたんだろ?」
「私だけじゃなく因幡達も永琳もね。最も、永琳は本気を出してたかどうか怪しいけれど。」
「あの従者、そんなに強いの?」
「なんなら今度の遊び相手にどうかしら?」
「…全力で断る。」
赤みがさした顔も落ち着いてきたであろう、私は輝夜の方に向き直って断りを入れた。
死なないもの同士の殺し合いなんてものは、私達だけで十分だ。
遊び相手、なんて酷なことを言うと思う。
確かに輝夜にとっても、そして最近の私にとっても。
ある意味遊びと言えるかもしれないけれど。
その「遊び相手」にとっては掛け値なしの殺し合いなのだから。
まったく――――。
「随分と素敵で最悪な感性ね。」
「なら生かして帰してあげればいいじゃない、生きて帰ってくる子、少ないわよ?」
「どうせ生きて帰したところで――――。」
お前が殺すんだろう?
そう面と向かって聞き返すのは流石に躊躇われた。
しかし、輝夜は何の迷いも無く言い切った。
「だって、私も遊びたいじゃない。仲間外れはずるいわ。」
「……疑問を感じろよ、その発言。」
私がそう返しても、輝夜は微笑んで何も言わなかった。
あの宴会の時とは違う、私の良く知る残酷な笑み。
ちなみに、私は輝夜が思っているほど送られてくる「遊び相手」を殺してはいない。
簡単な基準を決めていた。
まず、不意打ちを討ってくる奴は問答無用。
あちらも殺す気なのだから、何の容赦もする必要はない。
次に、最初に私に声を掛けてくる場合は対処が変わる。
それが戦う前の名乗りだったり、そもそも何をしに来たのかよく分かっていなかったり。
引き返した方がいい、と最初に忠告はするのだが、聞いてくれた試しはほとんど無い。
途中で負けを認めたら、その日は一晩家に泊めて2日に1度は来る慧音に引き渡す。
但し、人間だった場合は襲ってこない限りはなるべく穏便に、慧音が怒るから。
そんな感じで、確かに輝夜のところへ帰る奴は少ないのである。
輝夜のところへ帰るのは、途中で逃げたか私が負けたか。
と言っても、私から逃げたところで今度は輝夜と「遊ぶ」ことになるんだろう。
気の毒と思わなくもない。
例外、私が負けて輝夜のところに戻ったのはあの八人か―――。
いや、よく考えて見れば二対一じゃないか、卑怯だ。
「さっきから、何を物思いに耽ってるのかしら?」
「いや、過去の戦歴を。」
「勝ちも負けも対して差は無いでしょう?いつからかもう数えるのが面倒になってしまったけれど。」
「お前とじゃないよ。」
確か、一対一で輝夜以外に負けたことがあった気がする。
もう随分な歳だった筈なのに、何とも言えない威圧感に包まれていた。
確か、律儀に始める前に輝夜に飯の恩があるとかどうとか言って名乗ってきたんだっけ。
「って、今気付いたけど何で私はお前と月を肴に過去話に盛り上がってるの!?」
「あら、今頃気付いたの?私はてっきり今日はそういう席なんだと思い始めてたんだけど。」
「…戯言を、と言いたいとこだけど…。」
「まあいいわ、気付いたのなら妹紅―――。」
途端に、輝夜の空気が変わる。
私は、それを感じながらも自分が負けた、恐らく一対一では唯一の黒星をくれた年寄りの名前を思い出すのに忙しかった。
「――――今夜も、遊びましょう?」
そう、最近その年寄りに似た奴を見たような。
「…やっぱり、私は月が嫌い。」
目の前で楽しそうに微笑む輝夜を見ながら。
何気なしに答えになってない答えを返して、私も微笑を返した。
まあ、月が憎いとまで思っていた昔の頃より、良いのかもしれない。
「月も夜もお前も私も、死んでしまえ!!!!」
よく分からない言葉を、私は叫んだ。
意識が戻った時、私は永遠亭にいた。
もっと言うと、布団に寝ていて横では輝夜が微笑んでいた。
こいつ、最近笑ってばっかり。
「…あれ、何で私はこんなところに?」
「いらっしゃい藤原妹紅。永遠亭に歓迎するわ。」
「…記憶がない…。」
「頭を潰されてまだ記憶が残っているというのなら、それは興味深いわね?」
それを聞いて、なんとなくそんな事があったような気がして、気分が悪くなった。
つまり、私は負けたらしい。
頭潰すって、お前人の意識が無くなってからそこまでやってたのか。
「平然と言うな加害者!!……そっか、負けたのか。」
「貴方こそ、平然と言うのね?少し前なら、殺す殺すって喚いてた筈なのに。」
「そういえばそうね、お前と戦う前にあんなに話し込んだのも初めてだし。」
「違うわ妹紅、遊ぶ前に、でしょう?」
「…どっちでもいいだろ、そんなの。」
とはいえ、それが正しいのだろう。
以前の私があれほど抱いていた、輝夜に対する憎しみが。
以前の私があれほど抱いていた、やりきれない胸の奥の黒い塊が。
あの宴会以来、薄れているのだ。
「負けた後に、殺す殺すと喚く―――。みっともないな、そんなの。」
「じゃあ、今度私が負けた後は優雅におはようの挨拶をすればいいのかしら?」
「…いつもの事じゃないの?」
「…それもそうね。」
そう考えて、まるで。
昔の喚いていたであろう私が過去の人物のように思えて、馬鹿らしくなった。
今の私は、遊んでいるのか?
そんな最悪な嗜好、いや思考か?…どっちでもいいや。
そんなの、持ちたくないんだけど。
「…やだなあ、悪影響もいいところだわ。」
「なんのこと?今日の貴方、言葉が飛びすぎで理解するのが難しいわ。」
「理解されてたまるか、まあ、気付いたことだし私はそろそろお暇するよ。」
「さて、ここには貴方の貧乏庵と違って月見酒を楽しむ余裕があるのだけれど?」
「…人の話、聞いてる?」
「さて、ここには貴方の貧乏庵と違って月見酒を楽しむ余裕があるのだけれど?」
「ああ、そうだな、お前はそういう奴だった…。」
人の話は聞くけれど、人の言うことなど聞くはずもない。
蓬莱山輝夜は、そういう奴だった。
「月見酒ねえ。私はそもそも月なんて好きじゃないんだけど。」
「肴は何か作らせましょうか。永琳に何か頼んでくるから貴方は先に縁側で待ってなさい。」
「………。」
ジャイアニズム。
その天上天下唯我独尊な思想は、あいつの為にある言葉なのだ。
そんな訳の分からない考えが、頭の中に浮かんできた。
そもそもジャイアニズムって何だ、何言ってるんだ私。
「というか、天上天下唯我独尊ってそういう意味では無いのですけれど…。」
「…ん、何だ輝夜の従者じゃないか。って輝夜はさっきお前を探しに行ったのよね?」
「ええ、だから私はここにいるのです。」
「…主人が主人なら、従者も従者でいい性格してるわ。」
「お褒めの言葉恐縮です。それより妹紅さん、独り言呟く癖は、御早めに治した方がよいかと思いますよ?」
「いや、普段こんなに独り言なんて言わないんだけど、あの馬鹿と会話してるとどうも調子が狂うのよ。」
「姫も普段はそんなに喋りませんよ。あれは上機嫌な証拠です。」
「人を殺しといて上機嫌ってねえ…。」
本当に、調子が狂う。
そもそも慧音と話している時は私が注意される側なのだ。
私にツッコミの技術は備わっていない。
かと言って、別に慧音と話してる時に私がボケてるわけでも―――ってもういい。
と、そんな事を思っていると輝夜の従者――永琳が襖を開けて出て行こうとする所だった。
「では、ゆっくりしていって下さい、肴はもう縁側に用意しておきましたから。」
「仕事早いねぇ。」
「言われると分かっていることは、始めから用意しておくものですよ。」
「ありがと、なんか悪いね。」
「いえいえ、お礼を言うのはこちらの方です。姫をよろしくお願いしますね?」
「のしつけてお返しするわ。」
「そこを何とか。」
「お気持ちすら結構よ。」
「…残念です。」
そう言って、今度こそ永琳はいなくなった。
一つ溜息をついて、私も縁側に。
輝夜はもう座って待っていた。
「遅かったわね、迷ったのかしら?」
「別に、よろしくお願いされてただけ。」
「………?」
「わからなくていいわ、さて何に乾杯するの?言っとくけど、月は嫌だよ。」
「決まってるわ、貴方の永遠亭初訪問記念よ。」
「…それなら、まあいいか。」
乾杯、と小さな声が上がった。
何となく、輝夜は最初からこれの為に私を訪ねてきたのではないか?
そんな事を思っていた。
月を見上げながら、意味の無い会話は続く。
嫌いな月も、別に悪い気分ではない。
「それにしても、今回の貴方はやけにあっさり倒れたわね。」
「んー。ちょっと考え事をしてた、から?」
「何を?」
「いや、お前以外に私に一対一で勝った奴って今まで居たかなーなんて。」
「ああ、過去の戦歴ってそういう意味…。それで、居たのかしら?」
「一人だけ。やけに礼儀正しくて無茶苦茶強かった爺さん。名乗ってたんだけど、どうも名前が思い出せなくて。」
そう言うと、輝夜は少し不満げな顔をした。
「…なんか、気に入らないわね、そんな人が居ただなんて。」
「いや、全部お前の差し金でしょうが。」
「それはそうだけど…。他に覚えてることはないの?」
「何か一宿一飯の恩、だとか。恨みはないが御免だとか。」
「もっと分かりやすい特徴を思い出しなさい、今度は私が「遊ぶ」んだから。」
「…そう言われても。というか何その物騒な台詞は!?」
「そういえば、恩義とか固い言いまわしのお爺さん、確かに居たわね。」
「人の話を聞く癖をつけような、輝夜。」
そんなことを言っていると、後ろから永琳がその名を告げた。
「魂魄 妖忌、そう名乗っておられました。」
「ああ、そうそうそんな名前!よく覚えてたねアンタ。」
「魂魄妖忌…ああ、この前の亡霊にくっついてたのもそんな確か魂魄だったわ。」
「あー、道理で無茶苦茶強かったわけだ。あの時は死ぬかと思ったよ。」
「死んだんでしょう?」
「いや、死んだけどね。」
思い出したというだけで、どうという事は無いけれど。
それだけでも、今日ここへ来た意味があったかな?なんて私は思った。
「ところで輝夜、飴持ってない?」
「飴?お酒の肴には随分合わないものを言うのね。」
「まあ、無いならいいよ。」
「…ほんと、今日の貴方は変ね。」
「変じゃなきゃ、お前と月見酒なんてしてないよ。」
「…それもそうね。今日は泊まっていきなさい、部屋はいくらでも余ってるわ。」
「…はいはい。」
どうせ断っても無駄だし。
心でそう思いながら、輝夜と二回目の杯を合わせた。
私の人生は、味の無い飴のようなモノだと思う。
長生きしすぎて、驚くこともなく、新鮮に感じることもありはしない。
味の無い飴。舐め尽くした飴のような日々。
でも、口の中に入ってる飴とは違って最後まで溶けきることはない。
殺し合いを遊びと言い切る、この最後の飴の味は、何時まで経っても無くなりはしないのだ。
まあ、味がここに来て変わるなんて全く予想外だったけど。
永遠に同じ味だと思っていたけれど。
とりあえず、月が好きになる日まではこんな日々を過ごしていようと思う。
永遠にそんな日は来ないかもしれないけれど。
月も夜も私も輝夜も、しばらくは変わらないだろう。
そしてもってそろそろ飽きるかなって頃に、溶けて無くなってる気がする。
人生の楽しませ方をよく心得てるなあと。
妹紅の舐める飴も、楽しませ方を知ってるのでしょう。違うのは溶けて無くならないことだけ。
…いや、妹紅が楽しみ方を知ってると言うべきなのかな?趣深いお話をどうもでした。
形あるもの必ず崩れ、もし例外にも壊れないものがあるのならそれはもう同じものでは無いのでしょうね。
ちょっと物足りないかな、と思えるくらいが何事も丁度いいのかもしれません。どもでしたー。
妹紅がたまらんです。できれば次作もこの二人でお願いします。