注意) 今回、元ネタのある人物を、どの東方の住人に当てはめたらいいか迷い、結局オリジナルキャラにしました。あと文花帖P54を読んでるとさらに楽しんでいただけるかもしれません。前回までの話を知らなくても特に支障はありません。
何かがチルノたちを狙う。
チルノは自己能力を最大限に発揮してその何かに対抗する。
しかし咲夜たちには、その何かとチルノの戦闘が感じられなかった。
だが何かが確かにそこにいた。
チルノは咲夜たちに警告する、
「なんかいるっぽい」と。
その女は人間至上主義を携えてやってきた。少し茶色がかった瞳で紅魔館の内部を見学した後、妖怪とともに暮らす人間の意識調査をやりたいと言い出した。彼女は人間を守る半人半妖である、上白沢慧音の紹介状を持ってはいたが、紅魔館は彼女を要注意人物とみなし、それなりの対応をとった。調査結果が彼女の思惑通りにならないよう工作し、彼女自身に対しても、ここで働く人間や妖怪に対して、悪意のこもった調査報告をしないようにと釘を刺した。
「どういう意味かしら。」 妖怪を幻想郷から追い出し、人間だけの世界を作るべく、妖怪たちの歴史や活動を調べていると言う、最近現れた秘密結社の構成員、蘭堂アンジュは憤った。
「私が意識して偏った文章を書くとでもいうの、妖怪排斥を唱える結社と言われているけど、あれはあくまで一部の強硬派の話、本当は人間を守るための組織、私はこれでも穏健派で通っているのよ。」
「そうは申しません。」 メイド長の十六夜咲夜は答えた。
「人間と共存できる妖怪もいるのだと言う事を、知っていただきたいのです。あなたは、ご職業柄・・・。」
「むろん、そのとおりでしょうよ、しかしねえ、時々この辺でものすごい弾幕ごっこをしているでしょう、一体何のために戦っているのかしら。あれが人里に向けられたら、と心配する人間も多いわ。」
「もちろん、ともに暮らす紅魔館の仲間を守るためですわ。理由としては十分でしょう。」
「どうも、抽象的な言い方ね、何か隠してない?」
「では手間を省いて差し上げましょう。」 十六夜咲夜は厳しい表情で言った。
「われわれはお嬢様を守るために戦うのだ、弾幕中はそれさえも考えない。」
ふと表情を和らげて、言った。「模範的な回答だと思いませんか? 無難な答えです。この弾幕をごっことして楽しんでいる、などというよりは。」
「そんなふざけた者がいるの?」
「別にいてもいいと思いますわ。フラストレーションが晴れて、人間に迷惑をかけないでいられるのですから。」
咲夜は不愉快な気分になった。今までの歴史の中で、妖怪を排除し続けてきたのはむしろ人間ではないか。妖怪も確かに人を襲うが、人間絶滅など考えない。科学の発達で、ただの幻想だったという事にされた妖怪たちは、二度と人間の世界で暮らすことは出来ない。多くの妖怪たちをそうして消し去ってもまだ足りないというのか。異なる者を受け入れるのではなく排除するという人間の業、それはときとして人間自身をも苦しめるというのに。いや考えるのはよそう、人間とはそういうものなのだ。でなければ私もここに来る事はなかったのだ。諦めの感情が彼女を支配した。
* * *
結局アンジュは、「人間のために戦う」と言う答えを咲夜から聞くことは無かった。彼女には、人間が人外のために戦う図など想像できなかったし、その反対の場合はなおさらであった。かく言う自分も上白沢慧音のいる村で暮らしているが、あの人の場合は、あくまで人間の血がベースになっているから一緒にいられるのであって。やはり妖怪と人間は相容れない存在であり、同じ屋根の下で暮らすべきではないと思っている。
半人半妖である慧音は、人間が妖怪を一面からだけ見るのは危険だと思い、共存の可能性を知って欲しいと結社の人間にホームステイをもちかけた。しかしほとんどの者は見向きもせず、受け入れたのはアンジュのみだった。
「レミリアお嬢様の許しも得てあります、妖精に案内させて。空を飛んでみてはいかがでしょうか。」 と咲夜が持ちかけた。
空を飛ぼうと、ここにとどまっていようと、どうせ妖怪のいる場所が危険である事には変わりない、どんな生き物なのか見てやろうじゃないか。私も妖怪退治の心得はある。と考え、彼女は二つ返事で承諾した。
簡単な瘴気の耐久訓練を受け、何があっても紅魔館の責任ではないと言う承諾書にサインをする。ここで待っているようにと言われたテラスに出る。太陽が眩しい、彼女は髪をかき上げる。
銀髪は妖怪臭く見えると言う理由で染めた黒い髪だった。
* * *
「私が妖怪嫌いの人間のお守りですって。」
博麗霊夢に誘われ、紅魔館に遊びに来ていたチルノは、アイスティーのグラスを持つ手を置いて霊夢に向き直った。テーブルをはさんで向かい側に座る霊夢は血色が良くなく、咲夜にねだって作ってもらったハムサンドを食べている。弾幕ごっこで食料を巻き上げられてね、と霊夢。
「どうして私がそんなことをしなくちゃなんないのよ。」
「むぐむぐ、それを私に聞くの。」 霊夢は猛烈にハムサンドにぱくつく。
「おなかが空いて、ここで何か食べさせて貰おうと思ったんだけど。ただで、という訳にはいかない。ギブ&テイク、これ常識ね、で、あんたはいつも暇そう。小人閑居して不善をなす。だからたまには世間の役に立つ事をするべきよ。そう思ったの。」
「要するに、私を労働力として差し出すから何か食わせろ。と約束をしたと・・・。」
「ご名答。」
「バカ! 鬼畜!」 つららを投げつけるチルノ。スウェイバックで鮮やかにかわす霊夢。
「まあそういわないで、一日、いや半日、人間のお守りに付き合ってあげるだけでいいのよ。それに、咲夜さんもあんたにそれほどの働きは期待しちゃいないわ。それより怒らせると怖いわよ。」
「うぐぐ、お、覚えてなさいよ。まあ暇つぶしになるかも知んないけど、それでその人間て何者?」
これを見て、と霊夢は幻想郷のブン屋、射命丸文の発行する『文文。新聞』のとあるインタビュー記事をチルノに見せた。人間が生態系の頂点に立つべきだの、妖怪は自然に反するから消滅させるべきだのといったような、傲慢と憎悪でできたような人間の言葉があった。
「すごい、いかにも人間の心の闇剥き出しって感じね、まだこんな奴が幻想郷にいたなんて。」
「私はそうは思わないわ、この環境下で、私たちみたいな関係が成り立つ事自体が一種の奇跡なのよ。で、今回来ているのはそのメンバーの女の人。なんでも、慧音に妖怪の素顔を知るべきだ、といわれたとかで。」
「妖怪嫌いならなんで半妖怪のいう事を聞くのよ。」
「それが人間の不思議なところよ。」
「はあ、どうせ弾幕ごっこで決めようとはいえないんでしょ、分かったわよ、霊夢。」
「何を訊かれても黙ってりゃあいいのよ。ただの遊覧飛行よ。」
チルノは肩をすくめる。
「あ、ところで霊夢のその巫女服、人間の里で買ったの。」
「ううん、霖之助さんに織ってもらったの。」 そして唇を曲げて笑うと、皿を返しに部屋を出て行った。
* * *
咲夜は必要な物を準備し終えると。ナイフの砥ぎ具合を確かめた。人里からやってきた頭の偏向した人間の体験飛行に付き合うという仕事は気が進まなかったが。飛び立ってしまえばそんなことは忘れられるだろう。
背嚢を背負って庭に出ると、妖精ともう一人の人間の女性が待っていた。蘭堂アンジュ。親しそうに咲夜に向かって手を振る。咲夜は小さく、うなずく。
この女は何を勉強しに来たのだろうか。人間は妖怪を征服しなければならない。などという材料を探すためか。いかにもそんなことを言いそうな顔をしている。
貸与されたメイド服は、いかにも着せられていると言った感じで、彼女には似合ってない。霊夢が一応人間を妖怪から守るのが仕事と言う事で、彼女のメイド服に仕込まれた魔よけの護符を点検する。
チルノは特別なイベントと言う事で緊張したのか、背中の羽をいつもより慎重に動かす。まず右側から、続いて左。
「よろしく、妖精さん。」とアンジュ。
「遊覧飛行には絶好の日和だな。」とチルノ。
スペルカードをテスト。チルノと咲夜は微弱な魔力をカードに送り込み、発動するかをチェックする。アンジュは一瞬周りの空気が冷たくなり、空間が歪んだような感覚を覚えた。それから咲夜は自分とアンジュの空間を能力を使って干渉し、二人は数センチ宙に浮かび上がる。彼女は感嘆の声をあげた。
咲夜は空間を操って空を飛べるが、その能力で他人を浮かび上がらせるのは初めてだった。一緒に飛ぶ者達はみな当たり前のように空を飛ぶのだ。しかし普通の人間は飛ぶことが出来ない。その当たり前の事実をいまさらながらに咲夜は噛み締めた。
(この子から見れば、私もずいぶん人間離れしてるものね。)
眠い目をこすって見送りに来たレミリアに言ってきますと告げて、三人は上昇して紅魔館を見下ろす。その後水平飛行にうつる。適当に幻想郷中を飛び回って、夕方までには帰ってくるつもりだった。
「すばらしい眺めね。あっ、あれはわたしの村、吾作さんが畑を耕してる。あの帽子は、慧音さんだ。」
アンジュは初めて見る風景に戸惑いながらも楽しんでいるようだった。咲夜とチルノの顔も少しほころぶ。
「目がいいのね。」 先を飛んでいたチルノが言った。
「双眼鏡で見たのよ。あら、きれいな川、ちょっと、川に沿って飛んでくれないかしら。それからもうすこし高度下げて。」
観光客が案内人に命ずるような調子だったが誰も気にしなかった。生かすも殺すもこちらの思いのままという相手に腹を立てることは無い。しばらくは静かだった。
そのうち、景色を眺める事に飽きてきたのか、いろいろと話し掛けてきた。人間である咲夜に対しては特に、どこの出身か、紅魔館にどれくらいいるのか。故郷へ帰りたくなる事はないか、などなど。
咲夜は適当に答えていたが、『なぜ紅魔館にいるのか』と訊かれて返答に窮した。
「他に行く場所が無かったからですわ。」
進路を確認すると言う口実で時間を引き延ばした後。咲夜はそう答えた。
「結果として、確かにそうなるだろうけど。いや、いろいろとあったのね、ごめんなさい。咲夜さん。」
「いえ、お構いなく。それに、咲夜でいいわ。」
アンジュは無遠慮に咲夜の心に割り込んでしまったと気付き、慌てて話題を変える。
「じゃあ咲夜、弾幕を撃ち合っているとき、何を思ってあなたは戦うの?力を示すため? 大切な誰かを守るため?」
この問に答えるのは簡単だった。
「何も。何も考えない。空白よ、体験させてご覧にいれます。」
チルノに目配せで合図し、弾幕ごっこの実演を見せる。咲夜が無数のナイフをチルノに投げつけ、チルノはすんでのところでかわす。続いてチルノが雪のような妖弾をばら撒く、幾何学的な模様を描いて二人に迫る。
「お嬢さん、じっとしてな、少しでも動いたら結構痛いよ。」
アンジュの目の前を高速の氷弾が掠める、彼女はチルノの警告を守り、というよりも、眼前で繰り広げられる弾幕のすさまじさに動けなくなる。
「喰らいなさい。」
「!!」
気がつくと前方に回った咲夜が自分にナイフを投げつけてくる。殺される、そう思って目をつぶった。
「あれ、なんともない。」
しかし来るはずの痛みと衝撃を感じない。恐る恐る目をあけると、ナイフが目の前の空間に制止していた。
ナイフは一瞬で消え、咲夜の手元に出現する。
「感想はどうよ?」 チルノが誇らしげに訊いた。
「不意打ちに備えるべきだった。うかつだったわ。予想はしていたのに。」
「どういう意味よ。」
アンジュはそれっきり口をつぐんだ。わずわらしさから解放されて、二人はせいせいした。
快晴の空が綺麗だ、眼下の空を、大妖精たちだろう、チルノと違って暖気を好む妖精たちが飛んでいく。透明な羽が陽光を反射して、まるでガラス細工のようだ。
「咲夜、あれ見て。」
その美しさに見とれていた咲夜は、突然聞こえたチルノの声でわれに返った。
「何も見えないじゃない。」
「そんな事ない、確かに、大きな壁がある。」
咲夜にはなにも見えなかったが、次の瞬間、何か嫌なものが壁のように迫ってきている。そういう気配を感じた。目には何も見えないが、チルノの言葉を信じ、スプリットSの要領で直ちに引き返す。咲夜は人間が全生物の頂点に立つとは信じておらず。この世には人外にしか見えないものがある事をよく知っていたから。チルノも後に続く。
しかし、見えない違和感がスピードをあげて迫ってくる。その肌にまとわりつくような空気は、後方からだけでなく、上下左右からも感じられるようになっていく。まるで見えない大魚が自分たちを飲み込もうとしているような錯覚を咲夜は覚えた。唯一いつもの空気を感じ取れる前方に向けて、全速力で飛ぶ。何かの罠に嵌められたに違いなかった。
「ショックに備えて!」
咲夜が思わず叫ぶ。次の瞬間、衝撃が来た。萃香に足をつかまれて漬物石に叩きつけられたよう。目が見えない、耳が鳴る。
* * *
灰色の靄が広がっている。三人はどこかの地面に倒れていた。咲夜が最初に目を覚ます。地表は黒く、わずかにガラスのような光沢があった。空は灰色で、太陽も月も星も出ていない。温かみも色彩も感じられない世界だった。外界にいたころ、自分がその異質な能力ゆえに監禁されていた部屋を思い出し、涙が出そうになるのを咲夜はこらえた。アンジュとチルノはまだ気を失っている。この二人を忘れて泣いているわけにはいかない、と自分に言い聞かせる。
遠くを見渡すと、数百メートル離れたところに古風な民家が立っていた。時空をあやつって二人を運んでいこうと思っていると。アンジュがようやく目を覚ます。
「あなた、故意にやったわね。どうして・・・。」
「ここはおそらく、幻想郷じゃない。」
「何を言ってるのよ。あれ、この子、まだ気絶してる。」
アンジュが指差した方向を見ると。チルノはまだ眠っていた。ゆすったり、わきの下をくすぐったりしてみるが、一向に起きる気配がない。
「この子は私が背負っていくから、咲夜さん、だったかしら。あなたは周囲を警戒してて。」
「あら、妖怪は嫌いじゃなかったのかしら。」
「妖精は別よ、それにこの状況で一番強そうなあなたの両手が塞がるのはよくないし。」
こうして、二人は最初に咲夜が見つけた遠くの民家目指して歩き出す。咲夜がナイフを持ち、その前をチルノを負ぶったアンジュが歩く。しかし誰かが襲ってくる気配はない。空気は普通で、熱くも寒くもない気温だった。
やがて民家にたどり着く。その色彩のない世界には場違いな建造物だったが、何故だかずっと昔から当然のようにここにあったという感じがする。この世界を統括しているのだと訴えるような存在感があった。ごめんくださいと一言言うが、何の気配もない。アンジュは躊躇せずあがり込む。
「ちょっと、誰かの罠かもしれないじゃない。」 咲夜が声を荒げた。
「どうせこの空間に飲み込まれた事自体罠なんだから、どこにいようと同じ。」
「ずいぶんな度胸の持主ね。」
そういう咲夜も火のついた囲炉裏のある部屋を見つけ、-なぜ火がついているかは考えない事にして-、リュックサックの中の弁当を広げた。どこにいようと自分たちが袋の鼠なら、ここで待っていた方がすぐ敵を迎撃できると開き直ったのだ。
「あなたもたいした根性ね。」 アンジュがあきれて言った。
「あなたほどじゃありません、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですわ。」
「まあ、この妖精が目覚めるまで待ちましょ。」
弁当は洋風の紅魔館には似合わぬ握り飯と沢庵だった。チルノの分はとりあえずしまっておき、咲夜はアンジュに一人分の包みを渡す。
「ふむ、この沢庵は・・・。」 畳の座って、アンジュはしげしげと見た。
「きっと村の田吾作さんが漬けたのね。」 「そうなのかしら。」
「しかし驚きね、紅魔館がこんな空間を所有してたなんて。」
「ちょっと、ここは私たちも知らないわよ。もう日が暮れてもいいはずなのにまだ明るい。お嬢様は吸血鬼だけど、それを差し引いて考えても、こんな殺風景なところ御気に召すはずがないわ。」
「そうだとすると、ますます怪しい。」
「何が。」 アンジュは沢庵をかじる。誰が漬けたか、それでわかるとでもいうように。
「紅魔館は人間の里から食料を供給されている。」
「それくらいは知っていますわ。」と咲夜。「その見返りに、妖怪退治を引き受けているわ。」
「どうしてかというとね、咲夜、ここだけの話、紅魔館を自立させないためなのよ。強大な魔力が一人歩きしないように、腹をすかせて人間狩りをしないように。食料を自給する習慣をつけさせたくないの。」
「まあ。」 咲夜には初耳だった。「そんな制約があるなんて。それは知らなかった。じゃあ、ここは紅魔館の食料生産の秘密基地だとでも言うの、異次元の壁で仕切られた?」
アンジュはうなずいた。が、咲夜にはそんな考えはアンジュの妄想だとしか思えなかった。
「あなた、普通の人にはない特別な能力を持ってるでしょ。」 唐突に彼女は話題を変えた。咲夜がうなずく。
「いいこと、咲夜、その能力はあくまで人間のために使うべきよ。あなたも人間だから。」
「どうして。私はこの能力のせいでみんなに・・・。」 咲夜の声が弱まる。
「ええ、おそらく、口の悪い連中に『化け物め』とか言われたんじゃないかって事ぐらい私にもわかる。でも、人間であるあなたに偶然か必然かその力が備わった。それを使えば、妖怪に食われる人間を救えたかもしれない。その力をもともと強い妖怪たちに奉仕するために使うなんて・・・。」
「私だって、人間の世界で、当たり前の幸せをつかみたかった!」
言葉をさえぎって、咲夜が叫ぶ。自分自身、これほど感情的になったのは久しぶりだと思った。
「恋をして、結婚して、子供を生んで、この能力を皆のために役立てたかったわ。でもみんなが私を『お前なんて生まれてくるべきではなかった』なんて言う。この言葉が今もどれだけ私を苦しめるか。命の危険を感じることさえあった。で都合のいいときには『その力を人間に役立てろ。』? ふざけないで! 今の私にとってはあんたみたいな人間よりも、お嬢様や館のみんなこそ大切な家族。家族を守って何が悪い。」
咲夜の怒りに、アンジュは少したじろいだ、だがなおも彼女を説得しようとする。
「ふざけてなんかいないわ。あなたの事を思って言ってるのよ。たしかに、あそこで働くメイドの中には、妖怪も含めて、やっぱり外界から排斥され、ここを唯一の居場所としている者が多いことは認める。でもね、あの吸血鬼はそういった孤児を拾うと称して、あなたのように特別な能力を持つものを集めて教育してる。幻想郷の支配者として当然のノーブレス・オブリージュだ、というのが名目だけど、しかし実態は・・・。」
「あなたの言う事はめちゃくちゃよ。」 咲夜はハンカチを丸めて投げつけた。
「それじゃあ、まるで、紅魔館こそ人間界征服を目論んでいる。そんな風に聞こえるじゃないのよ。」
「そうでないと断言できる?」
咲夜はアンジュの顔を、たっぷり、十秒ほど見つめ、「本気で言ってるのかしら?」
アンジュは貸し出された水筒の紅茶を飲んだ。
「紅魔館だけで何が出来る。たしかに幻想郷一強力な弾幕使い集団でしょう。しかし全幻想郷を相手にするには兵士が足りない。それにお嬢様はそんなくだらない、いかにも人間じみた誇大妄想は抱いてない。」
「紅魔館の住人はみな特別な能力を持っている。あの影の薄そうな、控えめな門番さんだって、私たちにとっては神の領域そのもの。もし兵隊さえつければ、一夜にして千倍もの戦力になりえる、ということよ。兵士は人間や妖怪でなくてもいい、式神や使い魔でも、紅魔館にはそれを造りだす能力がある。」
「紅魔館にちょっかいを出す妖怪は、あなたたち里の人間にとっても脅威なのよ。」
そうね、とアンジュは気のない返事をした。
「正直、紅魔館がなくたって私たちは自身を守る事ができる。鍛え抜かれた自警団の男たちや、村を守る結界をはれる術者がいる。あと慧音さんもいるし。」
「別段私たちとよい関係を築かなくても、里を守る事が出来る、そう言いたいのね、あなたは。」
「そうよ。」
それをアンジュは確かめにやってきたのだと咲夜はようやくその意図をつかんだ。紅魔館という、気まぐれなお嬢様が支配する、わけわからん、寄せ集めの集団、いわば人間界を裏切って出てきた者たち、人里にいれば退治されるか座敷牢以外に居場所がないような妖怪や人間たち―に自分の里が守られているというのがアンジュには面白くないのだ。人間の里は、人間の崇高な意識と偉大な力によって守られるべきである。それがアンジュの信条なのだった。
「私たち以外の妖怪がより強大な力を持っていたら、あなたのような考えは真っ先に打ち砕かれていたわ。」
「私はその反対だと思う。そんじょそこらの妖怪を退治するには、紅魔館ぐらいで十分だってことよ。いざとなったら村の屈強な漢たちが立ち上がるわ。」
アンジュが心底そう信じているらしい事が、咲夜には不気味だった。と同時に、そう感じる自分はやはり異端的な存在なのかもしれないと思ったりもした。しかし、妖怪を滅ぼす事を目的にしている秘密結社の人間たちは、とんでもない錯誤をおかしている。妖怪は人々の幻想、暗闇の中に何かが潜んでいるのではないか、とか、月にはウサギが住んでいるのではないか、などといった人間の幻想が生み出した存在だ。それが完全消滅する時は、人間が完全消滅する時である。あるいは、人間が滅ばなくても、幻想することを止めてしまえば妖怪は無くせるだろうが、そんな無味無臭な人間社会は、たとえ自分がもはや関わりをもたないでいられたとしても、より危険を孕んでいる気がする。幻想郷すら消えてしまうかもしれない。
これが咲夜の人外と共に暮らすメイドとしての実感だった。しかしアンジュには理解されないだろうし、理解して貰おうとも思わなかった。どうせ人は色眼鏡を通してでしか世界を認識することが出来ない。せいぜい自分を含めた人間に出来る事は、頭脳を総動員してより透明度が高そうな色眼鏡を選ぶ事だけなのだ。その色眼鏡が本当に他人のものより透明に近いのかは神にしか分からないだろう。私は私の、アンジュはアンジュの色眼鏡の世界で生きればいい。醒めた心で咲夜はそう思った。いざとなったら彼女の言うように、自分や紅魔館の存在は無用になるかもしれないが、そのときはアンジュの信ずる屈強な漢たちとやらも、もはやどこにも残ってはいないだろう。
あるいは・・・もしアンジュ自身が、自分のように幻想郷ですら異端視される特質の持主で、やはり人々から抹殺されかけるようになったとしたらどう感じるだろうか。そうなればいい、などとは願わなかったが、そういう状況に彼女を立たせてみたいものだと咲夜は思った。そうすれば自分の気持ちが少しは理解できるだろう。
「私だって何不自由なく暮らしてきたわけじゃない、人間社会の理不尽さだって何度も見てきた。でもね、それでも私は、人間に生まれて人間と一緒に暮らすのが一番幸せだと思えるの、だって私、人間だから。あなたも気をつけないと、ある日妖怪と手を組んで人間狩りをしている自分を発見するかもしれない。それでもなんとも思わないの。」
「そういうあなたこそ、結社の人間に利用されているだけかも知れないと思った事はないの。」
「たとえ上がそう考えていたとしても、私は私の目的でこの結社に所属している。いいこと咲夜、あなたが吸血鬼を愛しても、吸血鬼があなたを愛するという保障はない。」
食事は終わりよ、と咲夜は言った。アンジュは肩をすくめて、立った。
* * *
ここがどんな世界なのか調べる必要があった。紅魔館となんらかの関係があれば、たとえば秘密の弾幕特訓場のようなものならば、帰れる可能性があった。しかしそうではないとすると、絶望的だった。アンジュの信念をもってしても、二度と紅魔館へは戻れないだろう。こんな殺風景な場所で、相容れない人間と気絶したままの妖精といっしょに餓死、というロマンのかけらもない最期を想像し、咲夜は自分もずいぶん悲観主義になったものだと自嘲した。だがもし二度と戻れないのなら、せめてここが何処なのかを見極めたい、そしてこの現象の張本人に一発蹴りいれてから死んでやる、と咲夜は思った。
弁当を片付け、ナイフを手にし、となりの部屋へと通じているふすまを開けてみる。しかし何もない八畳ほどの和室が広がっているだけだった。しかし油断はしたくない。さらに奥へと続いているふすまに手を掛けようとしたアンジュを止める。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、でしょ。」 彼女は咲夜の声を聞かずにふすまを開け、隣の部屋へ移った。
そこも畳とふすま以外何もない和室だった。安全を確認すると、咲夜もアンジュの提案を受け入れ、探索を開始する。
「もしここから出られたら、チルノ汁をおごるわ、いや、水道水にしましょう。」 と咲夜。
行けども行けども同じデザインの部屋が現れる。永遠に続くかのよう。一種の催眠状態に陥りそうな感覚を咲夜はこらえる。
「ねえアンジュ、そろそろ戻った方がいいわ、あの子も一人ぼっちだし。」 チルノはまだ目覚めていない。
「ずいぶん弱気になったものね。」 アンジュがからかう。
「別に、ただ・・・。」 咲夜が言いかけたところでアンジュが人差し指を口に当て、静かにしろと促す。
「何か、隣の部屋から音が聞こえる、聞いた事もない音が・・・。」
ふすまに耳を開けると、低い音が連続して聞こえてくる。まるで外界の電気モーターのようだ。
「開けてみましょう、今回の黒幕がいるかも知れない。どうなるにせよ、何か進展があるはず。」
アンジュもうなずく。
「そうね、咲夜、私たちが殺されて終わるにせよ、勝って帰れるにせよ、何かが起こるならさっさとどうにかなってしまえばいい。」
ひょっとしたら、彼女と自分は根本的なところで似ているかもしれない。価値観は水と油だが、想像していたような人間ではなかった。そう思いながら咲夜はふすまを開けた。
「うわあ。綺麗。」 「館にもこんな部屋があればいいのにね。」
部屋の中はひんやりと冷たく、冷えた空気が天井のダクトから吹き込んでいる。和室とはひどく不釣合いな洋風の部屋だったが、天井や壁がパステルカラーの色で塗られ、このような状況でさえなければ住んでみたいとさえ思える可愛らしい部屋だった。調度品は幻想郷にはない材質で出来ているらしいが機能美と温かみを兼ね備えた形をしている。部屋の片隅には椅子と机があり。机には我々がパソコンと呼ぶ機械の薄型ディスプレイとコンピュータ本体が置かれている。しかしアンジュはそのような物を見た事がないし、咲夜もパソコンを知ってはいるものの、使い方はさっぱりである。
パソコンと反対側の壁に、大きな姿見が掛けられている。この部屋の持主はよほど外見に気を使っているのだろうか。咲夜の心に奇妙な妄想が生まれる。まるでこの鏡から、この世界全ての人間や妖怪が、弾幕少女が生まれ出てくるかのような・・・。
「やめなさい。」
アンジュが鏡に手を伸ばしているのを見て、咲夜は叫んだ。まるで夜雀に手を出して食おうとしている亡霊嬢を見かねて出したような嫌悪の声だったが、咲夜のその警告は、その気持ちよりもずっと現実的なものだった。咲夜がそれに気づいたのは、アンジュがきゃっと声を上げて鏡の中に吸い込まれ、急いで彼女を引っ張り出した、そのときだったが。
「アンジュ、耳が。」 「えっ?」
咲夜は見た、アンジュの頭に猫耳が生えていた。そして左の瞳が猫のような瞳孔に変化していた。
「この・・・、鏡、きっと引きずり込んだ人間を妖怪に作り変えてしまうのよ。くそったれ! わけがわからない。」
「長居は無用よ、さっさと引き上げましょう。・・・でも、なんて言うか、結構似合っているわよ、その耳。」
「馬鹿な事いわないで。」 アンジュの耳がぴんと立つ、正常に耳として機能しているらしい。ご丁寧にもとの耳は消失している。妖怪嫌いだけに、自分が人外になってしまった事がショックのようだ。
「化け物になってしまった。咲夜、あなただけ出口を探して帰りなさい。私はもう・・・。」
「耳がそうなった程度で、あなたを化け物扱いするような連中なら紅魔館にくればいいわ。」
「ついさっきまであった人間の耳が、いまは猫耳、おかしいじゃないのよ、ねえ?」
アンジュはかすれた声で笑う。錯乱してくれるなよ、と咲夜は心の中でつぶやく。
チルノのいる部屋へ戻る。チルノはまだ気絶していた。この空間への入り口が妖精である彼女にしか見えなかったという事は、ここから出るにはやはり彼女を起こすしかないという事だろう。
「起きろー。」 咲夜はチルノをさかさまにして揺すってみる。しかし、チルノは目覚めない。
「ショック療法というのはどうかしら。」 アンジュが提案する。
「そうね。」 咲夜も同意し、チルノを火がついている囲炉裏に近づける。
「ほらほら~、早く目覚めないと溶けるわよ。」
チルノから汗のような液体が漏れ、体の一部ではなく、全体が少しずつ小さくなっていく。
「やべっ。」 「咲夜が変な事するから。」 「言い出しっぺはあんたでしょ。」
二人は急いでチルノを囲炉裏から遠ざける。しばらくして、溶解がとまりほっとする。
「どうしたもんかしら。」 咲夜はチルノの羽を指でぴんっと弾く。
「う~ん。」 チルノが声を出した。
「この羽、敏感なのかしら。」 咲夜はチルノをうつぶせにすると。何枚もの羽を一度につかみ、上下左右に動かしてから、その手を離した。
ぱたぱたぱた、ぱたん。
咲夜が手を離した後も羽がしばらくひとりでに動いており、やがて止まる。もう一度羽を動かす、今度はもっと多めに動かす。
ぱたぱたぱたぱた・・・ぱたん。
すると、手を離した後、一度目より長時間動いてから止まった。
「咲夜、何遊んでいるのよ?」 「ひょっとして。」 咲夜は羽をさらに大きく長く動かしてみる。
ぱたたん、ぱたたん、ぱたぱたぱたぱた・・・ぱたたたたたたたたたたたたた・・・ぶ~~ん。
羽音とともに、冷たい風が巻き起こる、二人は腕で顔を覆う。
「ちょっ?なによこれ。」 「もしかしたらって思ったんだけど、まるで原動機ね。」
チルノの羽が勢いよく羽ばたき、目がぱっちりと開く。
「こ、ここはどこ。」 「詳しくは後で話すわ。それよりここから早く出ましょ。二人とも。」
「なんだか・・・、私、寝てる間何かがあんたたちを狙ってて、それで・・・、それで私が一生懸命押しとどめようとしてたような気がする。」
「多分、本当だと思う。私もそれで耳と目がこうなったぐらいで済んだのかも。」 アンジュがつぶやく。
「きっとこの空間からの出口が見えるのはあなただけよ。」 咲夜は荷物をまとめ、帰る準備をした。
* * *
外に出ようとする、しかし、いくら歩いても玄関が見つからない。空間がいじられているのか、それとも、単に迷っただけなのか。玄関から囲炉裏のある部屋まではそんなに離れていないはずだが。
「こっちよ。」 不安を感じ始めた二人に対し、チルノが確信に満ちた声で言う。
「こっち。」 「次は右、左、そしてまっすぐ。」 チルノは迷わず進む方向を選択する。二人の人間もそれに倣う。
「悪戯で人を迷わせる名人なのよ、私たち妖精は。それを迷わせるなんて1億万光年早いのよ。」
一億万という数字はないし、光年は距離の単位だ。しかし咲夜とアンジュの二人には、自信に満ちた表情で先頭を歩くこの妖精が、何よりも頼もしく感じるのだった。
「ねえアンジュ、人外も満更捨てたものではなくて?」
「ええ、でも紅魔館の監視は止めないわ。それに、彼女は妖精であって妖怪ではない、前にも言ったでしょ。」
「さいですか、そのぶんだと、ショックから立ち直ったようね。」
ついに外へ出る、チルノはこの家にある何か、あるいは何者かが自分たちをここへ引きとめているのだという意味のことを言った。
「じゃあ、お礼をしなきゃねえ。」 咲夜の目が光る。
「チルノ、あの屋敷を凍らせることは出来るかしら?」
「もちろんよ。」 チルノはありったけの冷気を自分に集め、外からは小さなあばら家にしか見えない家屋に向けて放つ。たちまち家屋全体が氷に包まれる、家が水晶の中に封じ込められたかのようだ。
「いまだ!」 チルノが羽を激しく上下させて言う。早く撃て、と催促して言うように感じられる。
「仕上げよ。」 咲夜が何処から取り出したのか、無数のナイフを氷の一点に連続して投げ続ける。巨大な氷に亀裂が走り、やがて亀裂は家にも波及して、粉々に砕け散った。無数の氷の破片が三人に降りかかる。しかし破片は三人に突き刺さる寸前でどこへともなく消滅した。アンジュはただその光景を見つめているだけだった。
雰囲気の異なる空気が三人を包み込み、気がつくと目の前に青空が広がっていた。みんな空を飛んでいる。正しくは自由落下。二人が急いで飛べないアンジュを引っぱり上げる。冷気をもたらした反動で、チルノの温度が20℃近くまで上がっていたが、冷えつつある。
「咲夜、これはどういうことなの。」
「どうやら時間通りに帰れそうね。」 いつもの幻想郷の風景。咲夜の懐中時計だけが、余分な時を刻んでいた。
「まさに時間と空間の隙間だ。」 アンジュがつぶやいた。 「猫耳と猫目がなければ・・・・・・白昼夢のよう、信じられない。」
咲夜も同じ気持ちだった。少し疲れた、時間を止めて昼寝でもしたい気分だった。
* * *
だが紅魔館は事実を認めた。三人が帰ったとき、図書館の魔女やここの当主であるレミリアからいろいろと質問を浴びせられた。魔女のほうとは違い、レミリアは興味というよりも咲夜の事を案じて出した質問が多かったようだとアンジュは感じる。妖怪も愛する相手を思う気持ちは変わらないものなのだ。しかし、と彼女は自分に言い聞かせる。個と個の関係においてはどんなに親しく出来ても、集団レベルでそれが出来るとは限らない。一定の距離を置いて人間と妖怪は付き合ってきたし、これからもそうあるべきだろうという、自分の信念にはいささかの変化もない、と。
小一時間ほど質問攻めにあったあと、咲夜とチルノの三人で乾杯した。約束どおり、咲夜のおごりの酒で。その後アンジュはホームステイの日程を消化し、里へと帰っていった。咲夜は通常の職務を完璧かつ瀟洒にこなす日々へと戻り、空を仰げば、再び自由に舞う可憐な氷精の姿があった。
* * *
一週間ほど後、チルノは紅魔館主宰のお茶会 (参加者の持込の所為で酒宴と化したが) で酒を飲みながら、あの民家はなんだったのだろうとふり返っている。ふいに博麗霊夢がチルノの肩を叩き、隣に腰掛けて酒のつまみを差し出してくる。
「私が作ったの、食べる?」 「ちょっと、また私に何かを押し付けるつもりじゃ・・・。」
「ううん、あの時はごめんなさい。なんかこう、極限の空腹で、記憶がないのよ。てへへ。」
霊夢は悪びれもせず、舌を出して笑った。隣にいた咲夜から、あの時の霊夢はひたすら自己保存の本能で動くマシーンのようだった、と聞かされると、チルノは哀れむような、笑えるような気分になった。それで恨みは帳消しになる。
「あのアンジュって人のレポートがここに載ってるわよ。」 霊夢は結社の機関紙をチルノに見せる。ある日神社のポストにいつのまにか入っていたという。
「あの人、妖精とか妖怪とかへの偏見なくなったかな。」
「ぜんぜん。でもメイドさん達と氷精のことは誉めて書いてある。その他は相変わらず。例の調子よ。」
「あの人の猫耳と猫目、魔法で元に戻してもらったんだって。」
「ここの魔女は慣れたもんよ。どうしてこんな可愛らしい猫耳を捨てるのかと怒っていたわ。」
「この幻想郷では、妖怪に変化した人間や動物の話はいくらでもあるけど。あの家ってなんだったんだろう?」
「総合的に判断するとね。」 紅魔館の魔女、パチュリー=ノーレッジが二人の会話に割って入った。
「氷精さん、あなたはスキマ妖怪の人間収集センターを咲夜と二人で叩き潰したらしいの。あの妖怪嫌いの結社から感謝状が出るかもよ、嬉しい?」
「興味ないね、そんなの。」
「そう言うだろうと思った。」
あの家の持主は、暇つぶしに人間を妖怪に変えたりして遊んでいる最中だったのかもしれないとチルノは思った。
それに飽きたとき、悪戯を変えてくるだろう。
「ところで、あなたが気絶していたとき、何かを必死で止めていたというような夢を見たそうだけど。あれはたぶん・・・。」
パチュリーが言い終わらないうちに、チルノは湖に向けて飛び出していた。湖にこの前食われかけた大ガマがいたのだ。復讐の機会だ、しかし氷弾を放ったものの、適当にあしらわれてしまい、それならばとスペルカードを展開しようとしたとたん、再び丸呑みにされそうになる。チルノは必死にもがく。
「助けなくていいの?」 霊夢が隣の咲夜に訊いた。彼女もレミリアの勧めで給仕を他に任せ、少し酔っている。機嫌は悪くない。
「あの子はきっと、私たちには見えない凄い力を持っている。あの一件で確信したわ。だから大丈夫よ。」
(早くたすけろ~。)
「そう、咲夜さんが言うのならそうね。」
(勝手に結論出すな~。)
「今でも私たちの知らないところで、あの結社の人間と妖怪の激烈な戦闘が繰り広げられているのかも知れないわね。」
(激烈な戦いってここでやってるわよ、無視するな~。)
妖怪皆殺し。それでも幻想郷は最後まで残る? とんでもない、と咲夜はつぶやいた。妖怪がいなくなる日は幻想郷が消滅する日だ。多分、同じ幻想の生き物であるここの人間たちも同様だろう。幻想とされた存在が生きていられる場所。それがこの幻想郷。知性と戦闘能力を備えた弾幕少女の住むところ。
「ふむ」 霊夢は咲夜の想いを、少女特有の勘で悟ったとでも言うように息をついた。
(こっちの危機も悟ってよ。ああっ、もう消化されそう。)
「なんにせよ、食えるうちに食っとこうじゃないのよ。」
霊夢の作ったつまみは賑やかだ、きっと弾幕ごっこで勝ち、食料を巻き上げたに違いない。
「あら霊夢、この本は?」
「ああ、それね。『魂魄妖夢の家庭料理百科』よ。最近料理にこりだしたの。咲夜さんもどう?」
(もうダメかも~。)
「遠慮しておくわ。」 と咲夜。「ところで、このお酒、だれが作ったのかしら。」
「さあ、そういうことはアンジュさんが詳しいと思う。彼女に訊いてみればよかったのに。」
大ガマはチルノをのどにつまらせて、むせる。
インディアンとバンシーは誰だろう。楽しみ。