妖夢が拗ねた。
今まで素直な良い子だったので知らなかったが、妖夢は怒ると口を閉ざすタイプだったらしい。
きっかけは老婆心。
『十円玉にタバスコをかけるとツヤツヤになるのよー』と、誇らしげに知恵袋を公開する紫に唆され、それじゃあ楼観剣もピカピカにしてあげましょう、と優しさと本場の唐辛子で出来たタバスコをポン刀に振りかけたのが二時間前の秋の朝。
錆びた。
「嘘ォ」
何で出来てんのコレ。
仮にも名刀。『斬れば分かる』との理不尽な理論武装の下、幻想郷中をしばき廻った頼もしい人斬り包丁である。まさかタバスコ如きに膝を折るとはお釈迦様でも思うまい。
「どうしましょう」
「謝るしかないでしょう」
しかしそこは大物二人。冥府を預かる桜の姫に、変態一家の首領(ドン)である。
突然のハプニングにも動じることなく、その振る舞いは泰然としたものだった。
「ねえ妖夢」
「ちょっといい?」
「楼観剣が」
「錆びました」
「「ごめんなさい」」
上に立つ者は物事の道理を弁えている。悪いことをしたらごめんなさいを言うのだ。
朝餉の支度に向かう妖夢を呼び止め、紫と二人、ぺこりと頭を下げた。
無垢な瞳で素直な謝罪。
しかし妖夢は差し出された楼観剣をしばしぽかんと眺めると、
「紫様も幽々子様も……酷いです」
と一言呟いたきり、黙して俯いてしまった。
焦ったのは主二人だ。細かく言うと紫と私。
「ちょ、ちょっと幽々子、マズいんじゃない?」
「妖夢、怒ってるわね」
ふと見れば白刃の腹には数滴の雫が落ちていた。勿論、乙女の涙が青錆を溶かし――なんて都合の良い奇跡は無い。
そこにあるのは悲しみに暮れる少女と、事ここに至って漸く事態の重さを知った御主人様とその悪友であった。
「マズいわ紫。妖夢は切れ味の悪いポン刀よりも、妖忌との思い出が汚されたことを怒るタイプ。このままじゃ朝餉はおろか、今日一日飲まず食わずよ」
「それは宜しくないわね。今日は『映画とショッピングを堪能した後、夜景に彩られた豪華なディナーとしゃれ込むのだ』と、藍と橙は朝からマヨヒガを出ているのよ。今日の妖夢は私にとっても生命線。何とか機嫌を直して貰わないと」
肩と肩をくっつけてひそひそと話す。
「ああ、紫。可哀想に。置いていかれたのね」
『遊びに来た』と朝早く寝所の鴨居の透かし彫りから、まろび出てきた理由はそれか。
「分かってくれるのは貴方だけよ幽々子。そんな訳で、今日は妖夢の献身が欠かせないの。誠心誠意謝って、解れた絆を修復しなくてはいけないわ」
「ええ、そうね。私と貴方は一蓮托生。お互いに、妖夢(の食事)無くして明日は無いわ」
「バリバリの依存心が潔いわね。結構。それじゃあネゴといきましょう」
肩と顔を離し、内緒話を打ち切って妖夢に向き合う。
「妖夢、話を聞いて頂戴」
「……紫様」
「悪いのは幽々子なの」
「えっ!? そこで保身に奔るの!?」
「私は止めたのよ。けれども幽々子ったら楽しそうに、一滴二滴とタバスコを……」
「ちょっと紫! 楽しそうだったのは貴方でしょう! 振りかけたタバスコを靴下で摩り込むように……」
見苦しく罪を押し付けあう紫と私。
と、
「……もう、いいです」
ダメ人間まっしぐらな私達を見限るように、妖夢は俯いたまま去ってしまった。
「大体タバスコで錆びるなんておかしいのよ! 貴方の靴下の酸味が原因なんじゃないの!?」
「酸味って何よ!? 風味といって頂戴な! これだから自分で厨房に立たない箱入りは……ねえ、妖夢?」
「くっ……この期に及んでまたも妖夢を取り込む心算!? 聞いて妖夢、紫なんて普段はカスタネットと餃子の皮で……あら?」
「何よ幽々子。普段の私がどうしたのかしら?」
「妖夢がいないわ」
「……おや?」
ギャアギャア喚いていた御蔭でそんな事にも気付かなかった二人である。妖夢が愛想を尽かすのも無理なきこと。
ぽつねんと残された二人。
それからしばらく経った今に至っても、自室に篭ってしまった妖夢が出てくる気配は無いのであった。
◇
「参ったわねえ」
「おなかがへったわねえ」
きゅいー、と紫の腹の虫が鳴った。
私達は夏場の犬のように、茶の間でペタリと寝っ転がっていた。
「やっぱり機嫌の自然治癒を待つのは無理なんじゃないかしら」
「そうね……刀は武士の魂ですものね。見苦しい責任回避の一幕も後押ししてしまったし、こちらから積極的に打って出るべきかもしれないわね」
「ねえ幽々子、どうしたら妖夢は機嫌を直してくれるかしら」
「ううん……食べ物で釣るというのはどうかしら?」
空腹の辛さは万人共通である。この私ですら耐え難い苦痛なのだ。それを癒す良質の食料の提供は、壊れた人間関係を修復して余りある謝意と好意の証明ではなかろうか。
「幽々子、貴方じゃないんだから」
「どういう意味かしら。けど紫、朝から何も食べていないのは妖夢も同じなのだし、やっぱり餌付けは有効だと思うわ」
「その表現自体が既に失敗を予感させるのだけど、まあいいわ。幽々子がそう言うのならやってみましょう。……で、妖夢を釣る食べ物は何処にあるの?」
「……」
「……」
妖夢は決して美食家という訳ではない。訳ではないのだが、日頃私があれやこれやと料理に注文をつけているうちに、大層舌が肥えてしまっている。
その気になれば干し肉一つで市街戦にカッ飛んでいく妖夢であるが、ご機嫌取りとなればその舌を満足させるだけのものを用意しなければならないだろう。干し肉や蜜柑で済むとは思えない。かといって三ツ星レストランが胸を張るような見事な料理があるのならば、そんなの私が真っ先に食べている。
「困ったわね。オジギソウじゃダメかしら」
「私なら果たし状と受け取るわ」
「まあ、失礼ね。魔界のオジギソウは気性が荒いのよ」
「ここは冥界でしょう」
「そうだったわね」
意外と美味しいんだけどなあ。
「雑食なんてもんじゃないわね幽々子は。とにかくオジギソウは却下よ。この家には他に何か食べ物は無いのかしら」
「そうね……蜜柑は昨日食べちゃったし、甘栗も昨日食べちゃったし……。――ああ、昨日遊びに来たレミリアのお土産……も食べちゃったわね」
咲夜謹製ウィスキーボンボンは大変美味しゅうございました。
「食べてばかりじゃないの。甘味ばっかり、昨日だけでそんなに食べたの?」
「だって美味しいんですもの」
やれやれと紫が嘆息する。
「妖夢の分は残してあげてないの?」
「全部食べちゃったわ」
「まったく……」
え? 呆れられてる? 何か悪いことしたのかしら、私。
「あ、昨日の夕餉のビーフシチューが少し残っているかもしれないわ。妖夢のシチューは美味しいのよ?」
「幽々子、加害者の手土産が自分の作った料理じゃ、直る機嫌も消し飛ぶわ」
「そうかしら? ああ、でもダメね。シチューは夜中におなかが空いたので食べちゃったわ」
「……幽々子は凄いのね」
珍種発見、みたいな目でまじまじと見られる。
「……まあ、腹ペコちゃんも可愛いけれどね」
失礼な言い草である。健啖を茶化すなど神に対する挑発と同義だ。全ての神が大人しく歩いて帰るとは限らないということを、紫は学ぶべきである。
「後は非常食の乾パンと水くらいかしら」
紫は言って聞くタマでもないので咎めず話を進める。
「乾パンと水じゃちょっとねえ。まあ非常事態と言えなくもないけれど、戦時中の友情じゃないんだからもう少し味付けの濃いものでないと、効果薄ではなくて?」
「そうかもしれないわね。ああ、そういえば乾パンも昨日食べちゃってたわ」
「そこまでいくと寧ろ武勲ね」
そうでしょうとも。
たゆん、と胸を張る。
「それじゃあ結論として、このお屋敷には今食べ物は無いのね?」
「すぐに食べられるものは無いわね。勿論朝餉の材料はあるのでしょうけど、私は包丁なんて握ったこと無いわ」
紫もそこらへんは一緒だろう。露出癖のある優秀な式を持つ前はそれなりの自炊もしていたらしいが、式の教育が済むと同時に生活能力を手放した紫は、今では立派な要介護老人である。霊夢や魔理沙がある種の敬愛を込めて、彼女の事を密かにリンガリングオールド(徘徊老人)と呼称していることを私は知っている。というか、皆知っている。
「それじゃ餌付けは無理ね。まさか生野菜でご機嫌をとる訳にもいかないでしょうし」
「……そうかしら?」
「幽々子?」
その発言は看過出来ない。
「紫、そうとは限らないんじゃないかしら。生野菜、なんて貴方は軽んじるけれど、妖夢の用意した季節の食材は鮮度180%を誇る畑の宝石よ。人の手による加工が施されていないという理由だけで、一段下に見るのはどうかと思うわ。新鮮な野菜はそれだけで食卓を薔薇色に染める主力兵器(メインディッシュ)。肉や魚の援護射撃など無くとも、立派に過去の確執と刺し違えてくれるだけのポテンシャルを秘めているわ」
常々抱いている野菜への熱い思いをブチ撒ける。
「古くは山神への捧げ物も、盆の精霊流しも主役はナマの野菜じゃないの。妖夢の怒りを静める……いえ、鎮めるにあたって、野菜ほどの適任は他に無いわ」
怪訝な顔をする紫の手を取り、立ち上がらせる。
「キマリよ紫。厨房に行きましょう。優しさのすれ違いを柔らかく包み込んでくれるのは、取れたてのキュウリとゴボウしかないわ」
「……まあ幽々子の好きになさいな」
しぶしぶながらも手を引かれるままについて来る。なんだかんだ言っても厨房まで付き合ってくれる紫は良い友である。
「さあ紫、そこの戸棚から笊(ざる)を出して洗っておいて頂戴」
かったるそうにスキマに手を突っ込む紫を尻目に、朝餉に化ける予定だった野菜達に手を伸ばす。
まだ泥のついたそれらをザッと濯いで水を切る。調味料など鮮度で十分。見よこの瑞々しさを。キュウリにトマト、ナスにゴボウにホウレンソウ。朝日を弾く自然の恵みは目に良く舌に良く、正に鮮烈。
「いいわ妖夢。これだけの食材、よくぞ手に入れたわ。――紫!」
袖を捲った両手に残る水滴を“悉皆彷徨”で吹き飛ばす。
「手拭で拭けば良いじゃないの」
野暮を呟く紫から受け取った大きな笊に野菜を並べていく。見目良い配置など考えもしない。手に取った順に、片っ端から笊に乗せる。見栄えなど――これほどの珠玉を前に、加えるものがあるだろうか。
「さあ良いわ――征くわよ紫! ようむー、ようむー!」
笊を抱えて妖夢の自室へ。ふわふわぱたぱた紫と駆ける。
「妖夢! さあこれでも喰らいなさい!」
襖を開けるのももどかしく、楼観剣の前で消沈する妖夢に山盛りの野菜を突き出した。
「……幽々子様?」
浮ぶクエスチョンマーク。構うものか。
「さあ! 妖夢、さあ!」
ずい、と更に突き出す。
「妖夢! 妖夢、カモン!」
手のひらを上にした西欧式の手招きを交え、地雷原で竦んでしまった戦友(カメラート)に呼びかけるような必死さで、一際ツヤの良い新鮮なキュウリを妖夢の口に捻じ込んだ。
「Oh~Taste good! Once more!」
大はしゃぎでもう一本。
「……」
二本のキュウリを咥え、しばし呆然としていた妖夢は、無貌のまま笊に手を伸ばして一本のゴボウを手に取った。
「ああ、やっぱりゴボウからいくのね。私もそうじゃないかな、って思っていたの。安心して妖夢。出来るだけ泥は――」
ごん、と鈍い音。
「――あいたっ」
取れたてのゴボウで主人の頭を小突いた妖夢はそのまま、
――天上剣 天人の五衰
返す刀で色とりどりの弾幕を解放したのだった。
◇
「どうするのよ幽々子。泥沼じゃないの」
「困ったわね。もう少し泥を落としておいた方が良かったかしら」
「そんな問題ではないと思うわ」
「まさかゴボウで天上剣を使うなんてねえ」
威力も切れ味も格段に落ちるが痛いものは痛い。とばっちりを食った紫と二人、取るものも取らず妖夢の部屋から逃げ出したのだ。
「ああ、野菜は持って帰ってくれば良かったわ……」
「まあおなかは膨れるけれど、それは根本の解決にはならないわ」
まいったわねー、とゴロゴロ畳を転がる。
「あんなに美味しそうな野菜なのにねえ、紫?」
「あの場合味は問題ではないわ」
「えー?」
ゴロゴロゴロゴロ。ちゃぶ台にぶつかった。
「難しいわねえ」
「やっぱり妖夢相手に餌付けは無理よ、幽々子。けれども何かを贈る、というのは悪くない方向だと思うわ」
ちゃぶ台の向こう側で同様に転がる紫が言う。
「食べ物はダメだった。なら今度は後に残る物ではどうかしら。腹よりも、形や心に残る何かを」
「プレゼントか。そうね、紫。和解にプレゼントは付き物よね」
「そうよ幽々子。相手の嗜好を吟味した上での心を込めた贈り物。これでグラっとこない者はないわ」
そうだ。ただの贈り物ではダメなのだ。相手の気持ちを無視した一方通行の愛など、カミソリレターと大差ない。思い遣りあってこそのプレゼントだ。独りよがりの押し付けでは相手を困らせるだけなのだ。
贈呈の基本に立ち返り、戦慄する。
ああ、私は愚かだ。適当に土を払っただけの野菜など、妖夢が欲しがったことがあっただろうか。あの笊に乗っていたのは空転する緑黄色の恋心。私だけが愛好する、飽くなき食への拘りだったのだ。そこには妖夢を慮るものは一切含まれていない。全て私の独りよがりな暴走だった。
「ああ、ごめんなさい妖夢。貴方の望むものを用意すべきだったのね。そして紫、ありがとう。貴方は五分前の菜食兼美(ベジタリアンビューティ)を正してくれた」
「分かってくれれば良いのよ幽々子。貴方は、いえ、貴方達はいくらでも遣り直せる。さあ、今度こそ考えましょう。妖夢が真に喜ぶ贈り物を」
「ええ、そして訪れる豪華な食事を!」
ちゃぶ台の足の間から右手を伸ばし、同じくこちらに伸ばされた紫の白い手をしっかと握った。
「それじゃ何が良いかしらね。妖夢は庭師だから……脚立とかかしら」
「確かに脚立は便利だけれど……妖夢は普段脚立無しで剪定しているの?」
「使ってるわね。その脚立を妖夢の私有財産に進呈する、というのでは駄目なのかしら」
「駄目に決まっているでしょう。何処の弱小企業よ貴方は」
贈り物って難しい。
「庭師関連は駄目よ。庭師はあくまで妖夢の仕事。おそらく不満は持っていないでしょうけれど、少なくとも好きで始めた事ではないわ。もっと妖夢自身の内から出た趣味や好物は無いの?」
「妖夢の好きな事ねえ。料理かしら」
「却下。それは貴方が喜ぶからしているのよ、幽々子。他には無いの?」
「ううん……唄、とか」
「唄?」
昔、妖夢が今よりずっと小さい頃の事。
幽霊が怖い、お爺様が怖いと妖夢は度々私の布団に潜り込んできた。そんな時、私は決まって一つの唄を歌ってやったものだ。
懐古と郷愁を引き伸ばしたような、色の無い唄だったと思う。生憎此方は子守などとは縁の無い、冥府のお姫様稼業である。レペルトワールといえば鎮魂歌の類に尽きる。お気に召さないからといって、他に相応しい子守唄の心当たりなどは無かった。
思えば小さな子供が好む唄ではなかったのではないか。老人の午睡じみて閉じた旋律に妖夢はしかし、
『ゆゆこさまのうたを、ゆめにみました』
赤い目を擦りながら、朝になるとそう言って笑おうとするのであった。
子守唄が妖夢にとって良いものであったかどうかは分からない。が、それでも毎晩のように枕を持ってやって来る妖夢の瞳には、確かに期待の光があったのだ、と思うのは自惚れだろうか。
「子守唄、ね」
ふうん、と紫は笑った。穏やかな声だった。
「朧げな記憶から引っ張り出した唄よ。本当に子守唄だったかどうかも分からないし、きっと歌詞も音程も滅茶苦茶よ」
「それで良いのよ。母や姉が歌ってくれた自分だけの為の唄。子守唄なんてそれで十分」
八雲紫は追想する。
幽々子は、いや――ゆゆこは手鞠が好きだった。誘死の桎梏に心を閉ざすより以前、西行寺の家人と唄に合わせて鞠をついているところを何度も見た。おそらくはその時の唄なのだろう。西行寺の父と母、そして数え切れぬ程の従者に囲まれて笑っていた少女。
最早忘却の海に半ばまで沈んでいるであろう、ころころと弾むような手鞠唄が西行寺幽々子にとっての子守唄であるのだ、と八雲紫は満足気に瞳を閉じて、一つの思い出に蓋をした。
「良い唄、だったのでしょうね……。どんな唄だったの?」
「ええ、歌い出しは『大きなノッポの鬼嫁』だったかしら」
百年いつも動いていた御自慢の鬼嫁さ。そんな誇らしさを乗せてフレーズを告げる。
「ああ、良い唄ね。今はもう動かない……って、鬼嫁!? 幽々子、貴方そんな唄を枕元で囁いていたの!?」
紫の瞳が驚愕に開かれる。
「ええ、そうよ」
「……それで悪意が無いのだから恐れ入るわ。嫌味を囲むテーブル、出涸らしと雑巾の絞り汁が織り成す真昼のタイトロープ。そりゃ夢にも出るわよ」
え? 何かマズかったのかしら?
「良く分からないのだけれど、その評価からすると子守唄では妖夢の機嫌は直らないのかしら?」
「直る訳がないでしょう。そんな家庭内不和の賛美歌で修復される人間関係があったら見てみたいわ。まったく、そんなアホらしい小ネタの前フリにされた、私の美しい思い出の気持ちが分かって?」
そんなこと言われても。
「歌ってあげましょうか」
「結構よ。チクタクチクタクなんてサイコホラーもいいところだわ」
ぺっ、と握った手を捨てられる。
「酷いわね」
「酷いのは貴方の記憶力よ。兎に角子守唄は却下。そんな胃の痛むララバイで眠りに就いた、幼い妖夢が不憫でならないわ」
酷い言われようだった。
「それじゃどうしましょう。唄も駄目、野菜も駄目じゃ八方塞だわ」
「幽々子の謝意は百年の確執と野菜で構成されているの?」
現時点では概ねその通りである。
「もっと考えなさい。妖夢のことを思えば色々とある筈よ」
「考えてはいるのだけどねえ」
妖夢はあまり物を欲しがらない。好悪や物欲が欠けているという訳ではないのだが、それらを表に出さないのだ。従者としては美点であるのだろうが、それがヘソを曲げた従者にクラスチェンジすると、此方としては手を出し辛い事この上ない。
「まあここでゴロゴロ考えていても埒が明かないし、蔵でも物色しながら考えましょうか」
屋敷の裏には小さな蔵がある。小さいといってもそれは屋敷に比しての表現であり、実際のサイズは博麗神社が三つは収まる程であるのだが。
「そう……ね。確かに茶の間よりはヒントが転がっていそうね」
「でしょう。ここ数年は入る機会も無かったけれど、手入れはされている筈よ」
私が最後に立ち入ったのは、まだ妖忌がいた頃だ。
ふわりと立ち上がる。
「気の利く従者ね。藍にも見習わせたいわ」
虎挟みのように口を広げたスキマに呑まれた紫が、障子の向こうで溜息をついた。
「『式は従者じゃない』んじゃなかったの? それに妖夢に出来て藍に出来ない事なんて無いように見えるけれど」
障子格子に指を引っ掛けてスライドさせる。既に紫は廊下を大分進んでいた。勝手知ったるなんとやらである。
「そりゃあ出来るけどねえ。最近は不精は駄目だ、怠惰は敵だと口煩いのよ。偶には動け、なんて……まったく、その為の式でしょうに」
やれやれと、紫は滑るように廊下を曲がっていった。
「惚気なんて珍しいわねえ」
望まぬ形の式なぞあるなら見てみたいものだ。
小さく呟いて、藍の小言に目を細める紫を想像し、それが妖夢と自分に当て嵌まるだろうかと数十年後の楽しみに胸を暖めながら、小走りに蔵へと向かった。
◇
蔵の中は晩秋の空気が凝っていた。妖夢の忠実(まめ)な性格の御蔭で埃っぽさは大した事ないのだが、刃物のようなひやりとした冷気が居心地を損ねていた。
「まーそんなの関係ないんだけどね」
くるくるくるー、と飛び回る。
「私は寒いのは嫌よ」
「あら、紫の方がよっぽど寒さに強いじゃない」
「強ければ寒くないという訳ではないの。妖怪と亡霊は違うのよ」
「そんなものかしら」
「そんなものよ。……にしても」
紫はぐるりと蔵を見回した。
採光窓を名乗るには些か粗雑な壁の矩形から差し込む白い帯が、薄暗い蔵を二分している。扉側から紫が言う。
「詰め込んだわね。そう狭くもない蔵なのに、足の踏み場も無いじゃない」
「蔵というのはそういうものでしょう」
「オーナーに依るわよ。一度、博麗神社の納戸を御覧なさいな」
「機会があればそうするわ。今は何をおいても捧げ物の探索よ」
そろそろ腹時計が電池切れで軋みだす頃だ。早急に手を打たねばならない。
「まあ、そうね。妖夢の喜びそうな物はこの中に……あら、これは凄いわね。全部真剣なのかしら?」
「うん?」
紫が指す辺りにふわふわ飛んでいく。
「ああ、これは妖忌が集めたものね。ええ、全部間違いなく本物の日本刀よ」
よく整頓された蔵の中で異彩を放つ混沌とした一角。桐箪笥の蔭になって決して日の当たらない死角に、数十もの日本刀が散らばっている。
「へえ。よくもまあこれだけ集めたものね。使いもしないくせに。蒐集家だったとは知らなかったわ」
「違うわ紫。これは楼観剣と白楼剣を妖夢に譲ってから集めたものよ」
『皆伝の前払いだ』と気前良く霊刀を放り投げたものの、己の腰に差すスペアを用意していなかったらしい。慌ててあちこち駆けずり回り、妖忌は一月程かけて山の様な刀を集めてきたのだ。
「ふうん。それじゃこの子達はお眼鏡に適わなかったのね」
妖忌は集めた刀から二本を手に残し、屋敷を去った。ここにある刀は彼の残滓だ。
「可哀想ね。それなりの名刀揃いらしいのに」
「助眞に兼定、安綱か。まったくね。これだけの刀を差し置いてあの男の腰に納まったのは一体どんな名刀なのか、見当もつかないわ」
紫は呆れたような声で首を振った。
「ふふ。名刀なんかじゃないわ。妖忌は『これが似合いだ』なんて、一等切れ味の悪い刀を持っていったのだから」
「……まあ、そんなことしそうな男ではあったわね」
紫は今度こそ正真正銘の呆れ声を出した。
「まあ妖忌はいいわ。それよりも幽々子、この刀はどうかしら」
「どれ?」
「どれでも良いわ。妖夢はそこそこの剣の腕だし、名刀に興味が無い事もないんじゃないかしら」
広げた扇で刀を指す紫。
「ううん、興味はあるでしょうけど……受け取らないと思うわ」
扇に煽られて埃が舞う。乱雑に折り重なる刀は最低限の手入れすらされていない。妖忌が蔵に突っ込んだままなのだ。巨大な蔵の隅々まで掃除を怠らない妖夢が敢えて手をつけていないのならば、それなりの理由があるのだろう。
「そう。それじゃ仕方ないわね」
半ば以上予想した答えだったのだろう。紫はあっさり頷いて刀の前から歩み去った。
「あら、こっちも凄い量ね。ここから……向こうの端まであるじゃないの」
数秒もせずに、今度は桐箪笥の裏から声が上がる。
抑揚に乏しい、それでいて明るい声は、一瞬思考を覆った湿っぽい霞をかき消した。
「今度は何?」
一度だけ目を閉じ、刀の山を記憶に焼付けてから、いつもの顔でひょいと箪笥を飛び越える。
「黒の飛白(かすり)に春色のワンピース。ミニにフレアに……これは何処かの制服かしら? 随分と揃えたものね。へえ、生地も悪くない」
ずらりと吊るされた衣服の間を愉しげに歩く紫。色とりどりの着物の森をうきうきと散策している。
「寧ろ紫のお気に召したようね」
「まあね。けど良い趣味じゃないの。ああ、これでいいじゃない。妖夢だって女の子よ。蔵の掃除をしながら服を眺めて、袖を通したいと考えた事は少なからずある筈だわ。この中からいくつか可愛らしいものを見繕ってプレゼントすれば、妖夢の気も晴れるのではないかしら」
なるほど。言われてみれば妖夢だって御洒落をしたい年頃だろう。ドレスを贈るというのは悪くないかもしれない。
「それともこれらは妖夢の持ち物なのかしら?」
「いいえ違うわ。妖夢は……考えてみればあまり服を持っていないわね」
自室の箪笥に収まるほどしか所持していないのではないか。
「まったく……肝心なところで粗忽な御主人様ね。自分の着物はこれ程あるのだから、偶には従者の格好くらい気にかけてあげなさい」
「私だってそんなには持っていないわ」
「嘘おっしゃい。ここからあちらまで、百や二百ではきかないでしょう」
「これは妖忌の服よ」
「ええ……!?」
衝撃に、木製ハンガーを握り潰す紫。
「これも!?」
「ええ」
「これも!?」
「ええ、そうよ」
網タイツとナース服を手に絶句する紫。何か問題でもあるのだろうか。
「ここにあるのは全て妖忌の戦装束よ。命を懸けるに値する勝負の際には、たっぷり三十分は懊悩して衣装を選び抜いていたわ」
ああ、懐かしい。今でも目を閉じれば色を持って蘇る。
『案ずることはありません。必ず生きて帰りましょう』
そう言ってはちきれんばかりの二の腕をナース服に通した妖忌は、迷いの無い瞳で頷くのだ。その無骨な忠心は見送る私の不安を一瞬でかき消してくれた。タイトスカートに浮ぶ引き締まった臀部は、『老いて益々健在』を公言する半人剣士の象徴であった。
「武装(ドレスアップ)した妖忌に敵はいなかったわ。一刀の下に倒れるか尻尾を巻くか。生涯無敗は傷の無いドレスが証明しているわ」
「……それは断じて戦装束ではないわ」
紫の声は何故だか震えていた。
「え? けれどこの服は霊夢のものとそっくりだし、これなんて咲夜が着ている服と同じデザインじゃない。彼女らはこれで弾幕ごっこに臨むわ。それを戦装束と云わずして何と呼ぶのかしら」
「巫女服もメイド服も、戦の為のものではないの。彼女らは巫女でありメイドであるからコレを着ているのよ」
「えー? 妖忌だって着てたわよぅ」
そしてよく似合っていたのだ。
「このホワイトブリムは妖忌の魂よ。いくら紫でもそれを否定する事は許さないわ」
「その魂がどっかオカシイのよ」
「何ですって?」
莫迦な。おかしくなどない。特注のストッキングを肩に掛けてムダ毛の処理をする妖忌の晴れやかな顔が、何よりもそれを証明している。
「いいこと、紫? ここにある着物はいわば妖忌の半生よ。勝利する事、西行寺を護る事だけを貫いて生きてきた妖忌。苛烈を極めるその生き様は修羅の道よ。ただの一度も倒れる事の許されない男はその身を最も険固な鎧で覆った。それがこの百を超えるドレスの数々。ここにあるコスチュームは妖忌の武装であるばかりでなく、西行寺を護り抜いた盾でもあるの。そして妖忌は言っていたわ。セーラー服には心があると。バニースーツには人生があると。……ネコミミを付けて屋敷を闊歩する妖忌は西行寺の誇りだったわ。彼はその信念に則ってゴスロリの極意を近所の子供達に――」
「ス、ストップ! そこまででいいわ幽々子。そこで止(や)めましょう。というか、止めてあげて」
はて、止めてあげて、とはどういうことだろう。
よく分からないが紫の目は本気だ。しかも微かに潤んでいる。妖忌の心意気が伝わったのだろうか。
ならば良い。流石は紫だ。武勇伝はまだまだ序の口ですらないというのに、妖忌の素晴らしさを涙するほど理解している。
「紫、分かってくれたのね」
妖忌の名誉は守られたのだ。
「ええ、痛いほど分かったわ。いい、幽々子? その話は口外法度よ。誰にも言っちゃ駄目。妖忌の名誉の為よ」
「え? え、ええ、紫がそう言うなら……」
あれ? 妖忌の名誉って今私が守ったんじゃないの?
「ねえ、紫?」
「いいのよ幽々子。何も言わなくても分かっているわ」
「そう……?」
紫はどこか畏れるようにドレスの森の一角を眺めている。
「ああ、達筆でしょう? 妖忌が言うにはスクール水着の名札は漢の看板だって……」
「いいって言ってるでしょ」
「そ、そう……」
しょんぼり。
「ここはもういいわ。他を当たりましょう」
「え? ドレスを贈るのは良い案だと思うのだけれど? 他ならぬ妖忌の戦装束ですもの。妖夢もきっと喜ぶわ」
「他ならぬ妖忌の服だから駄目なのよ。『お爺様が怖い』と貴方の布団に潜り込むほど妖夢は怯えていたのでしょう? こんな時に態々トラウマを叩きつける必要は無いわ」
「ええ? それは修行が厳しくて……」
「いいからこっち。ほら行くわよ」
ぐいぐいと引っ張られる。
「ちょっと待って頂戴。痛いわ、紫」
「いいから早く。あそこは魔境よ。もうアレじゃなければ何だって……そうね、この化粧台とかはどう?」
「これも妖忌の物よ」
「また妖忌!? ……それじゃこれは!」
「そのマスカラも妖忌の物よ」
「おいオッサン!」
紫が吼えた。まあ珍しい。
「妖忌一色じゃないの! この蔵にはそれしかないの!?」
「だってここは妖忌の蔵ですもの」
私の手を取ったまま歩を早める紫。真っ直ぐに出口を見つめて迷い無く進む。
何をぷりぷりしているのだろうか。
「もう結構。屋敷に戻りましょう」
「でも紫、まだ妖夢の……」
「ここには妖夢を喜ばせるものは何一つとして存在しないわ」
そうだろうか。祖父との暖かな思い出がギッシリ詰まったメモリアルパークだと思うのだが。
「それは共同墓地よ。……まあここも墓地みたいなものかもしれないけれど、当の妖忌はおそらく今も溌剌とハイヒールを響かせているわ。まったく、何の悟りを開いたのだか」
カッ、と申し分のないクォリティのキャットウォークをキメる、192センチの偉丈夫の不敵な笑みが目に浮ぶ。
ああ、彼は達者でやっているだろうか。
「兎に角さっさと出ましょう。この蔵は妖忌の心象世界よ。大悟に至った老剣士が世界の中心で厄介な性癖を叫ぶのは結構だけれど、爆心地で生存出来るのは彼だけよ。私や妖夢じゃ心のガイガーカウンターが弾け飛ぶわ」
「妖忌の匂いのする蔵なのに……」
縋る目を見せるも、
「濃すぎるのよ」
にべも無い。
ずるずると私を引っ張る紫は蔵を出ると、まるで猫を扱うかのように私を放り投げ、固い表情で鉄扉を閉めた。
「酷いわ紫。痛……くはないけれど、そんな豪快に投げっ放すことないじゃない」
ふよふよと彼女の首にとりついて恨み言を漏らすも、返事すらしてくれない。
「もう。紫、何に怯えているのか分からないけれど、妖忌は私達の大切な家族よ。彼と、彼の残したものを邪険にしないで頂戴。紫だって妖忌のこと、嫌いじゃなかったじゃないの。いつか彼が帰ってきた時、紫にも笑って迎えて欲しいわ」
「……」
「ゆかり」
「……ええ、大丈夫。妖忌のことは嫌いじゃない。それはかつてと変わらないわ。ちょっと彼に踏み込みすぎて驚いただけよ。心の隙間なんて見るもんじゃないわね」
口元を扇で押さえているものの、紫の顔は優しかった。
「隙間かしら……? 普段どおりの飾らない姿しかないと思うけれど……まあいいわ。紫が妖忌を好いてくれているのなら、他は全て些事ですもの」
「ちょっと。好き、なんて言ってないでしょう。そんな言葉生まれて此の方使ったこと無いわ」
嘘にもならぬ嘘を言う。このスキマはいい加減なことばかり言うのだ。
だがいつもの調子が戻ってきたようだ。いつの間にか紫の目は普段どおりの悪戯っぽいものになっていた。
「けど幽々子と妖夢は大好きよ?」
「はいはい、お言葉はありがたく。けどペットもそこに加えてあげなさいな」
「ペットじゃないわ。式よ」
式でもない。家族だ。
「そうだったわね」
伝えられて胸が温まる好きもあれば、伝える必要のない好きもある。
「茶の間に行きましょう、幽々子。妖忌もいいけど、今は妖夢を宥めなくては」
それでは私の妖夢に対する好きはどちらだろうか。そんな益体もないことを胸に引っ掛けながら、ふわふわと紫の後を追った。
「おなかがすいたわねー」
見上げた太陽はとうに中天を過ぎていた。
◇
「やっぱりね、楼観剣の錆を何とかしないと妖夢は許してくれないと思うのよ。誠心誠意謝って、今一度楼観剣を借り受けてから錆落としに取り掛かるべきじゃないかしら」
本格的に胃が空になると共に妙にクリアになった思考を携え、ちゃぶ台を挟んだ紫に言った。
「……」
茶の間に腰を落ち着けてしばらく、紫も私も無言で次策を練っていた。もうプレゼントは無理だろう、お互いにそれを薄らと感じていたからだ。
大体私にしろ紫にしろ、人に物を贈るなんて向いていないのだ。どちらかというと贈られる立場であるし、贈呈の気配りに腐心しようとも、気付いた時には周りの者が既に済ませている。柄では無いのだ。
それでは何が柄なのか、といえばそんな明確なものも無い。
紫はおやつの食べすぎで夕食を残した挙句、夜半を過ぎて腹が減ったとプリンを頬張り、己の式神に叱られる甲斐性無しであるし、私といえば狐狗狸さんの契約をコックタヌキさんの契約と読み解いて、十数年に亘り藍を紫の専属シェフだと思い込んでいた程の箱入りバタフライである。
代価や物品で失意を絡めとるような器用な真似など出来る筈がなかったのだ。寧ろそれを無粋と退(の)けるが我らの気質であったのではないか。
取れたての野菜だの枕元の鬼嫁だの、私達は何を迷走していたのだろう。妖夢が悲しみに暮れている。その仕立て人は私と紫だ。ならば心よりの謝罪と要因の除去を以って、妖夢の悲哀を切り払ってやるが主の務めだ。いや、主従の契りなど関係ない。この手で悲しみの底に突き落としてしまった者に、真に許しを請うのなら、そうするより他に術は無いのだ。
一体どうしてこんな遠回りをしてしまったのか。まさか昨日、美味だ芳醇だと調子に乗って胃にぶち込んだ四桁のウィスキーボンボンが効いているのだろうか。
だが野菜や網タイツを手にうろついたワケの分からん数時間は、全くの無駄であったかというとそれは違う。実に半日を費やした私と紫の迷走は、ただひたすらに妖夢を想った高密度の熟成期間だ。紫のノリツッコミや、自分でももしかしたらオカシイのかもと薄々感じていた妖忌の晴れ姿など、ひたすらに微妙なファクターが混入してはいるが、私の妖夢への想いはこの数時間の彷徨によってはちきれんばかりに膨らんでいる。
だから、この迷走はあるべくしてあったのかもしれない。
天衣無縫の桜守を全うする心の殻が、思いの外に厚かったのか。それとも単に私が妖夢に甘えきっていたのか。
どちらであろうと変わりはない。
霞は晴れた。
「当然といえば当然のことなんだけどね。本当、何で最初からそうしなかったのかしら」
ちゃぶ台に肘をついて息をつく。茶などない。妖夢がいなければそんなものも用意出来ないのだ。
「確かに当然の帰結ね。……仕方ない。それじゃちょっと早いのだけれど、妖夢に会いに行きましょうか」
紫は音も無く立ち上がる。
「早いって、何が?」
「ほら行くわよ」
そのまますたすたと歩いていってしまう。
「相変わらず紫は何を考えているのかサッパリだわ」
此方も音を立てずに追いかける。
まあ、何が早いのかは分からないが、話も早くて助かった。どうやら紫にとっては了解済みの展開のようだが……まあいいか。掴めない紫の人柄は今に始まった事ではない。
紫は妖夢の部屋の前で待っていた。体を回し、どうぞ、とばかりにぴったりと閉められた襖を腕全体で指す。
その表情はよく分からなかった。襖の奥の妖夢ばかりを気にしていた。
「妖夢、入るわよ」
返事は無い。六秒待って襖を開けた。
今日この部屋に入るのは二度目だ。
一度目は野菜を手に闖入した。驚き呆れる妖夢の口に黄瓜を捻じ込んだ。やれやれである。そんなので許されるのならば閻魔は廃業だろう。何がカモンだ。
「お邪魔するわ」
私に続いて紫が入ってくる。
楼観剣を前に俯いて正座する妖夢の正面に、二人並んでこちらも正座した。
「妖夢、話があるの。今、いいかしら」
妖夢の姿勢は昼前と変わらないように見える。
ずっと刀を前に沈んでいたのか。思い描いて胸が痛んだ。
「貴方には――貴方と楼観剣には悪いことをしたわ」
妖夢は応えない。が、静かに聴いてくれている。
「妖忌に託された二刀を貴方がどれほど大切にしていたか。それを知っていながらこれでは、私の迂闊も度し難いわね」
迂闊というよりも罪悪である。妖夢が楼観剣と白楼剣に、姿を消した妖忌を投影していることくらい、粗忽な巫女ですら一目で分かる。庭木の剪定や、納豆の藁の両断にも用いられる二刀ではあるが、そこに込められた妖夢の切実は計り知れない。穢されて黙っていられるものではないのだ。にもかかわらず妖夢は半日口を閉ざしている。否、閉ざされている。
泣いて喚いて、詰る資格が妖夢にはある。
「聴いて頂戴妖夢。――私、西行寺幽々子は貴方に謝罪するわ。ごめんなさい妖夢。私は貴方の思い出を壊したのね」
短く、不器用に告げて、じっと妖夢を見つめる。
正式な謝罪の文言をなぞるよりも心を込めたかった。
「――」
数秒の沈黙。
「――はぁ」
それを溜息で破った妖夢は、
「八時間五十六分ですか。まったく、遅すぎます幽々子様。ぼうっとするのが駄目とは言いませんけど、もう少しシャッキリして下さい」
呆れていた。
「……? 遅いって、何が? いえ、それよりも妖夢、貴方怒っていないの?」
「怒ってますよ。ですがそれは楼観剣の事ではありません」
顔を上げた妖夢はそのままぷい、と横を向いてしまう。下、前、右と直角運動を小気味良く続けた小さな顔がぷくっと脹れている。
それは兎も角、妖夢は楼観剣以外の事で怒っているという。はて、何か他に妖夢の機嫌を損ねる事をしただろうか。いや、それよりもまずは、
「妖夢、ちょっと良く分からないんだけれど、とりあえず楼観剣を貸してくれないかしら? どうにかして錆を落としてみせるわ」
怒っていない、と言うが気にしていないという訳ではあるまい。それに妖夢が拒まぬ限り、此方が剣の錆を落とすのが筋である。
楼観剣の錆以上の怒りという台詞が非常に気懸かりではあるが、まずは壊れた日常を繕う事が先決である。
が、
「その必要はありません」
妖夢は眼前の楼観剣を抜刀すると、取り出した懐紙で刀身を挟み拭った。すると刀身の青錆はいとも容易く剥がれ落ち、懐紙の隙間からぱらぱらと舞い散った。
「……どうして? 錆なんて、拭っただけで落ちるものではないでしょう?」
西日を受けた楼観剣は曇りなく冴え渡っていた。
「最初から錆びてなんかいなかったのよ」
「紫? ……ああ、そういうこと」
早いだの遅いだのと、やっと得心がいった。
「貴方は何時間に賭けていたのかしら、紫?」
「十時間よ。あとちょっとだったのに」
悔しいわ、とちっとも悔しげな顔をせずに紫は言った。
「酷い友人ね。藍と橙に置いていかれた八つ当たりかしら」
「酷いのは幽々子様です。紫様と一緒になって謀った非礼はお詫び致しますが、私は第一声できちんとしたお言葉を頂けるものだと信じていました。ところが実際の幽々子様ときたら、紫様と漫才をするわ、根菜片手にはしゃぎだすわ、思わずスペルを解放するほどの乱行ぶり。零時間に賭けた私の忠心を返してください」
妖夢が渋い顔をする。
はてそれは忠心だろうか、との疑問も浮ぶが今は置いておこう。
どうやら紫は妖夢を巻き込んで賭けをしていたらしい。紫の言っていた『遊びに来た』とはそういうことだったのだろう。ゲームは『幽々子が本気でワビをいれるのは何時間後か』というところか。妖夢は零時間。紫は十時間後。思い返せば紫は常にのらくらと巧妙に私を誘導していた。茶々を入れたりプレゼントがどうのと勧めたり。そうした紫の誘導に惑わされるか、というのもゲームの内なのだろう。事実、私は九時間近くも翻弄されていた訳だ。
人様をネタに賭け事とは不埒千万、悪趣味にも程があるが、九時間もフラフラしていた負い目もあって然程腹も立たなかった。
「大体楼観剣がタバスコで錆びる筈がないでしょう。タバスコは還元作用こそあれ、瞬時の酸化を促すものではないわ」
くすくすと紫が言う。全く悪びれない声はこのスキマの常態である。
「あれは紫の靴下の瘴気で錆びたのだと思ったのよ」
「瘴気って何よ。私の愛用はシルク180%の高級靴下よ」
余分な80%は何処に編み込まれているのか。まあいい。このスキマはいい加減なことばかり言うのだ。
「それでは刀身にこびり付いていた富士壷の出来損ねは何だったのよ」
「幽々子様、楼観剣は妖怪が鍛えた成仏の剣です。白楼剣と違い、迷いを断つ剣ではありませんが、別の側面から斬りつける事で、魂と現世を別ちます。則ち――物理的な強制遮断です」
成る程。白楼剣が懊悩を切り裂く慈愛のメスならば、楼観剣は相手を問答無用で成仏させる執行者の手だ。迷いもしがらみも知った事かと快刀乱麻。些か乱暴な手段ではあるが、楼観剣に断たれた相手は間違いなく成仏する。ちっこい閻魔の裁きをすっ飛ばして、あちら側(私にとってはこちら側であるが)に送られるのだ。
「それじゃあれは」
「言うなれば残滓ですかね。楼観剣は何かに押し当てて引き切った時にその特性を現すものではありません。抵抗力の無い物ならば触れただけで成仏させます。タバスコの浄土など考えた事もありませんが……青錆に見えたあの物体は死骸です。カプサイシン豊富な赤い液体は『死んだ』のです。硬直や変色の理由は分かりませんが、おそらくは残り80%の瘴気の影響かと」
「ひどいっ」
「ふうん。それじゃその懐紙はどうして成仏しないのかしら」
「無闇な殺生をしないが為の使い手です。力を制御できなければ御師匠は剣を託したりはしません」
紫の憤慨は黙殺された。
「さて、それでは幽々子様。此方からもお詫びさせて頂きます。申し訳ありませんでした。主を欺く数々の無礼、奇行の果てとはいえゴボウでの叩擲、言葉で償いきれるものではないと心得ますが――どうか、お許し下さい」
深々と平伏する妖夢。それにぱたぱたと袖を振って笑い掛ける。
「いいのよ妖夢。詫びならそこで拗ねたフリをしているスキマに後でたっぷりとしてもらうわ。それに、私は何か妖夢を怒らせるようなことをしたのでしょう?」
そう。そんな様子も見えないが妖夢は腹を立てている筈なのだ。それが何なのかは未だに見当もつかないのだが、一体何が妖夢を怒らせたのかは会話の間も気になっていた。
「そ、それは……半分はもう良いのです。そ、その、私の為と言いながらも紫様と遊び続ける幽々子様が愉しそうで……何と言いますか、は、早くしてほしいと言うか、紫様が羨ましいというか……」
「あら、見てたの?」
「い、いえ……それは……半霊が……その……」
ぼふー、と顔を真っ赤にしてオロオロする妖夢。まあ可愛い。
「嫉妬ね。嫉妬なのね」
スキマに手を突っ込んで狐の尻尾をむしっていた紫の目がキラリと光る。いじけるフリは飽きたらしい。
「ち、違いますよ紫様。嫉妬なんて……」
「誤魔化しても駄目よ、妖夢。ねえ、幽々子? そうだ、今からじっくりと――」
畳の隙間から伸びた紫の手が妖夢の尻を目指す。
「誤魔化してるのは貴方でしょう、紫。人を肴にギャンブルを堪能したりして。後で償ってもらうわよ」
此方の謝罪はまごころではなく、物や体で払ってもらおう。
思わぬ愉しみに心躍らせながら、妖夢が気付く前に紫の手をぺちんと追い払った。
「で、残りの半分は?」
途端、妖夢は渋面に。慌てふためくファニーガールは二百由旬の彼方に消えた。
シマッタ。この機に乗じて誤魔化せばよかった。
「それは勿論食べ物の恨みです」
怖いんですよ、と睨まれる。
「食べ物? 何かあったかしら。ああ、午前のゴボウ達のこと?」
「違います。昨日のチョコレートです」
チョコレートの恨みとは何だろうか。昨日のショコラといえば咲夜お手製のウィスキーボンボンの事なのだろうが、それがどうして私に対する怒りにコンバートされるのであろうか。
「幽々子様、咲夜が気を利かせて物凄い数のチョコレートを作ってきてくれたのに、全部一人で食べちゃったじゃないですか」
ジト目の恨み節だ。
「ああ……だって美味しいんですもの。それに咲夜のスイーツはお酒だけじゃなくて色々入っているわよ? 妖夢にはまだ無理なんじゃないかしら」
「ですから、咲夜は気を利かせて幽々子様の分と私の分、二種類作ってきてくれたんです」
「あら、そうだったかしら」
これっぽっちも気付かなかった。そういえば甘味の強いものがいくつか交じっていた気もするが、それが妖夢用だったのだろうか。
「咲夜のお土産はいつも相手方それぞれに用意されているじゃないの。うちに来る時も私と藍と橙のそれぞれに、なにかしら作ってくるわよ」
そうなのか。
とすると昨日だけでなく、過去のお土産においても私は妖夢の分まで咀嚼していたことになる。
「そうだったの。ごめんなさい妖夢。全く気付かなかったわ」
「もう……。目の前で咲夜が言っていたじゃないですか。『こっちが貴方の、こっちは妖夢のものよ』って」
「チョコに気をとられてそれどころじゃなかったのよ」
「ええ、そうなんでしょうけどね……。咲夜、呆れてましたよ?」
「そういえばレミリアと咲夜がいつ帰ったのか覚えてないわ」
咲夜のウィスキーボンボンは時を忘れさせる味だった。
「食べ物第一もいいけれど、そればっかりじゃ駄目よ、幽々子?」
「紫、その言い方じゃ私がいつもおなかを空かせているみたいじゃないの。博麗神社の餓鬼道草子じゃないんだから、もう少し優雅な物言いがあるでしょうに」
失礼なスキマである。
「餓鬼道草子は私のスペルですが」
妖夢の不満は常に此方を向いている。
しまった。折角穏やかな流れになっていたのに。
「け、けど咲夜の気配りも大したものね。御主人様の世話だけでも大変でしょうに」
慌てて軌道修正を図る。
「外に気を配ると御主人様が喜ぶのでしょう。レミリアはプライドが高いもの。あれも全部レミリアの為よ、きっと」
「幼女まっしぐらね。けど、それでも気が利くことには変わりないわ」
「まあ、そうね。藍もそこだけは咲夜に敵わないわね」
それはそうだろう。どれほどの才能があろうとも、式神の最高スペックは術者のそれを超えることはない。気配りという点において咲夜に大きく遅れをとる紫の式である限り、藍が咲夜を凌駕する事は不可能である。
「けど妖夢なら遅れをとることはないわ」
ねー? とご機嫌を窺ってみる。
「リップサービスは結構です」
一瞬でバレる。しょんぼりである。
「幽々子様にお仕えする私が、誰かに引けを取ることなどありえません」
そっぽを向く妖夢。ほんのり頬が上気していた。
あら? 昨日レミリアが言っていたツンデレってコレの事?
「言うわね妖夢も。幽々子、良かったわね。愛の告白よ」
「なっ!? ゆ、紫様、こっ、告白なんてっ」
妖夢の顔は再び真っ赤に。
「あらあらまあまあ」
刀の口上などは立派なものだが、こういうところはまだまだ子供である。
「ゆ、幽々子様! 私は怒っているんですよ!?」
「怒ってるの?」
「う……、お、怒って……いる。……というか……拗ねてみたかった……というか……。い、いや、怒っています! そうでなければ紫様の企みに加担なんてしません!」
怒ってないらしい。
先程から感じる妖夢の空気も、嚇怒という感じではない。それは構って欲しいくせに素直になれない、何処かの誰かに似た自己主張だった。
「あらあら」
嵌められたという思いは既に無くなっていた。ボンボンを食べてしまったという後ろ暗さも、なんだかネガティブに感じなかった。
「後半部分は気にしなさいな」
紫の声も気にしない。
「ほ、本当ですよ、幽々子様? 怒っているんですよ?」
「ええ、妖夢が嘘をつく筈がないものね」
「うぅ……」
良し。天秤が此方に傾いてきた。あったまってきたところで攻勢に出よう。
「それじゃあこの辺で賞品を頂きましょうか。賭けをしていたのなら何か用意しているのでしょう?」
「……何を言っているの、幽々子?」
「トボけては駄目よ、紫。貴方達は非常識にも私をネタに賭けをした。人様のなけなしの罪悪感を突付いたギャンブルなんて趣味が悪いにも程があるわ。この時点で二人は有罪。まあ、妖夢はチョコレートの借りでチャラにしてあげるわ。けど読みを外したのは二人とも同じよ。賭けは引き分け。ドローゲームに――」
「ええ、ドローでしょ?」
「――なる訳がないでしょう。勝者のいない勝負など無い。取得者のいない賞品など無いの。貴方達二人が受賞資格を失ったのなら、賞品は私のところに来るのが筋でしょう」
何かおかしくて? と背中のデッカイ扇子を広げて威嚇する。
「妖夢はルーザー。紫はルーザー且つクリミナル。仕組まれた青錆に心悩ませた無辜なる私に、謝罪の意を込めて賞品を譲る義務があるとは思わないかしら?」
まあ、紫の気紛れには慣れっこであるし、妖夢に至ってはどうやら積もり積もったお菓子の恨みがありそうなので、別段腹も立たないのだが。
「そう、ですね。幽々子様へのお詫びの品は勿論用意してありますが、それとは別に私と紫様との間の賞品もお譲りするのが宜しいかと、私も思います」
「ま、そうね。正確な時間を当てられなくても近い方がニアピン賞を、なんて話も妖夢にしていたんだけれど、それも潔くないしね。いいわ。幽々子にあげる」
あれ、あるんだお詫びの品。それじゃなんだか貰い過ぎのような気もするが、まあいいか。頂けるものは何でも頂く主義だ。
「それから幽々子、ごめんなさいね。御蔭で有意義な一日を過ごせたわ」
「もういいのよ、紫。今日の貴方の弾けっぷりは、その心根の歪みから悪党面紙一重の含み笑いに至るまで、微に入り細を穿って余すところ無く藍に伝えておくから」
「えっ!? そ、それは困るわ」
オタオタと色を失う紫。
紫は人様に迷惑をかけたことがバレる度に、藍にこってりと叱られた挙句、一日おやつ抜きを言い渡される。
その際の紫のションボリ具合は相当なものだ。フワフワのシフォンを屈託無く頬張る橙の斜め後ろで、スプーンを咥えてメソメソしている紫の哀れな姿は、橙を遊びに誘いに来た夜雀や蛍に度々目撃されている。
ふむ。考えてみれば、藍の気配りスキルは明らかに紫を凌駕している。となると式の最高スペック≦術者の技量というのは眉唾か。それとも実は紫はとんでもなく気の利く子なのか。
おそらくは後者なのだろう。紫は一つ先まで気を配った上でワケの分からん嫌がらせに臨む、抜かりのない奇人である。ベクトルが致命的にズレているだけで、気が利かない訳ではないのだ。
「ね、ねえ、幽々子。藍に黙っていてくれたら永琳手製の“蘇活 愛妻弁当-ライフゲーム-”をスキマから取り寄せてあげるわ。ど、どうかしら?」
いらんわそんなケミカル愛情。
気を抜くと弁当一つで人生を弄ばれかねない永遠亭住人には同情するが、代打を買って出る程の義理も義勇も持ち合わせてはいない。
「ダメよ。明日は橙のおやつを、指を咥えて見ていなさい」
「うぅっ……」
式神兼保護者への通報と賞品の横取り。こんなもんで許してやるとしよう。
今日の教訓は『謝罪はまごころで』であるが、それは対象によるということも同時に学んだ。賞品没収とプリンお預け。紫と私の間ではそんなもんでいいだろう。
「ところで妖夢、賞品は何だったのかしら? それに詫びの一品もあるとか。そっちも知りたいわね」
約束された明日の悲哀に膝をつく紫を尻目に、妖夢に訪ねる。
「はい。お詫びの品は豪華な食事です。今頃マヨヒガでは藍と橙が御馳走の仕上げに入っていることでしょう」
「まあ素敵」
鉄の理性で意識の外にブン投げてはいたが、現在、私の胃袋は数十年ぶりに全くの空っぽである。空腹なんてもんじゃない。胃液が胃液に喰らいつく仁義無き極限世界である。御馳走は何よりありがたい。
「あら、けど藍と橙は遊びに出かけて一日帰らないのではなかったの? ディナーを愉しんでからマヨヒガに帰る予定だとか」
「それは紫様のお言葉ですか? おそらくそれは出任せでしょう。紫様は朝早くにこの話を持ちかけてきましたが、マヨヒガを出る時には既に二人に食事を作らせ始めていたらしいので……スゴい量だと思いますよ」
「そうなの……」
賭けは置いてけぼりの腹いせを兼ねた暇潰しではなかったらしい。ということは紫が飯も食わずに彷徨の伴走をしたのは100%己の意思で、ということだ。紫はそう燃費の悪いボディという訳ではないが……物好きなことである。
「……それで賞品は?」
「ああ、そちらは……勝者は幽々子様と一緒にお風呂に入る権利を、と……」
「……え、何それ? お風呂なんていつも一緒に入ってるじゃない」
「え、ええ。ですから今日はどっちが一緒に幽々子様と、その……」
妖夢が赤面する。今日何度目だろう。
「その権利を私がどうやって受け取ったらいいのかしら」
「あ、ですから今日の入浴は幽々子様お一人でごゆっくりと……」
「……」
道程もアホらしければ目的もアホらしい。阿呆も二乗となれば、さて――。
「……ゆかり」
「……なによぅ」
失意の底で膝を抱えて丸くなっている紫に声をかける。
「藍と橙のご飯に免じて通報は取り下げてあげるわ」
「えっ、ほんと?」
わーい、と抱きついてくる紫。
「特別よ」
厄介を風に乗せる風船爆弾のような紫であるが、こういった人間臭さは何年生きても薄れない。或いは薄れないからこそ長い時を生きる事が出来るのかもしれないが――。
何にせよ、白玉楼に居を構える以前の時を失い、そして華胥のようにゆったりと冥府に馴染んでいく私には、彼女はとても眩しく見える。
「幽々子様も変わってなどいませんよ」
「妖夢……」
紫の髪を手櫛で梳きながら妖夢の頬をゆっくりとなぞる。
「ありがとう」
それは何に対する言葉だったのか。
偶には三人で入る風呂も悪くない。
ぼんやりとそんな事を考えながら、めくるめく御馳走に腹を鳴らした。
妖忌の蔵で止め。
でも審判が止めてくれないから試合続行。
最後のほんわかで昇天しました。
GJです。
少し残念ではありますが、常時楽しめました。 にしても紫様はデカイお方だなぁ。
生き生きとした妖忌にも涙しました。
めちゃくちゃ楽しかったです
それはそうと、とってもまったりとした優しい話です。
あと、お風呂場のシーンはまだですか。
(ない)
やたら素敵なはっちゃけ妖忌。
実に魅力的ですね。
そして読み終わってみれば、嘘の様に水の如くさらりと通る。綺麗で、果てし無く綺麗で見事な。
ここが己の内に描く色を公に開示する場なればこそ。
無駄なく精錬されたとリズムと匠な言葉回しに貴方の持つ美学すら感じました。
形容するならば、鉄の様であり、金の様でもある。
いや、形容など出来よう筈もありませんか私如きには。
作品を読み砕く事は、100度の口付けを交わすよりもその作者を理解できる、そんな言葉をどこかで聞いたことがありますが……
理解?及ぶ筈もありません。
私如き場末の権太の理解が及ぶ程度の舞台なんぞ、この作品には到底役不足。
ならば私に出来る事はただ伏して喜びに打ち震える事のみか。
ああ、そうか。私が貴方と貴方の作品に対して言える唯一の言葉が見つかりましたので、言わせて頂きます。
ありがとう。
ワンダリングでも良いかもしれませんが。
お爺様の晴れ姿に前が見えなくなったあとの、一杯の優しさが有り難い。
キチッと話を収束させる手腕に感服しました。
そんなツンデレ妖夢、君がいい。
作品の雰囲気がとても好きです。紫様は愛らしくも恰好良いなあ。
そこはかとなく瀟洒でまったり変態。ちょっぴりほんわか。
そんな貴方の作品が大好きです。
すばらしい、この一言に尽きます。
でも。
あああ…戦闘服姿の妖忌に脳味噌占拠されてしまった。
遠く引き伸ばしてもけして切れそうにないですね。
じいさん何やってんの!?ゆかりんベクトルずれてる気の利く子。
などなど色々と突っ込ませていただきました。
ギャグと平常時のメリハリも素晴らしかったです。GJでした。
どうしたらこういうセンスが出てくるのか。心から脱帽です。
ああー。見習う面尊敬する面私淑する面多々あれど、
やっぱり一番に見るべきはこの微に入り細に渡って計算され尽くした無秩序っぷりにあると思うのれす。
言うなれば世界中から蒐めた雑多な珍味を万人享楽せしむる小料理に仕立てたみたいなー。
……って無駄に格好ぶったコメント付けられる立場でもないのでおいそれと失礼しますね。
最後に。妖忌萌え(台無し
とても人間味のある幽々子様が可愛い。
どうして妖忌は、ゴスロリの極意やバニーの人生をを妖夢に伝授できなかったのか。。。
悔やんでも悔やみ切れませぬ。
でも幻想郷の連中って大半が自分の汚染域持ってるよね・・・
ゆかりんとゆゆ様の、絶対にかみ合わない歯車が軽快に異音を立てて高速回転しているかの如き遣り取りに魂を持っていかれました。
妖忌の蔵で一度瀕死の重症を負い掛けましたが続行。
紫さまのこの人間臭さが大好きなのですよ、我々は。
さしずめ界王拳を察知したスカウターの如く。
締めの暖かい雰囲気も大好きです。素敵でした。
あと…妖忌…w
いやぁ、楽しかったです。
大いに笑う時間と、素敵な読後の感触。
大変にごちそうさまでした。
何気にツッコめるゆゆ様も素敵。
しかし、途中まで本気でタバスコで錆びたと信じ込んでました
入れなおしたコーヒーも噴き出し、
最後はじんわり。
ありがとうございました。
達者に過ごしているのは絶対に間違いない
ひでぇ、妖忌ひでぇwww妖忌の孫だったことが妖夢最大の不幸だwww
もう最初の8行くらいでこれは面白い作品だと確信してました
腹筋が刺激されて大変でした。