「うひゃー、びしょ濡れだぜ」
後ろ手で入り口のドアを閉め、箒を適当に立てかける。
突然の大雨に遭い、体中はびしょ濡れ。下着までもぐっしょりと濡れてしまっている。洋服が体に張り付いて気持ちが悪い。垂れた水滴がポタポタと床に落ちて小さな水溜りをいくつも形成してゆく。
「んん、なんだか妙だな。いつもだったらこのタイミングで声がするはずなんだが」
辺りを見回してみるが、人のいる気配は無い。扉は開いていたし、商品もそのまま置いてある。いつも霖之助が座っている椅子もそのままだ。
「ああ、トイレでも行っているのか。さすがにこの状態で中に勝手に上がるのも悪いしな、ちょっと待たせてもらうとするか。」
なんだかんだ言いながら霖之助は自分に甘いと魔理沙は思っている。品物を勝手に持っていっても文句はいうもののあまり怒りはしない。諦めていると言ってしまえばそれまでなのだが。
くしゅん、と小さくくしゃみをする。垂れてきた鼻水をあわててすすり、辺りを見回すがやっぱり誰も出てくる様子は無かった。
「おかしいぜ、香霖は何をやっているんだ。こんな可愛い子が雨に濡れてびしょ濡れだっていうのに。我慢しきれずに服を脱ぎ出すのを待っているのか?」
独り言を呟いてみるが、何の反応もない。香霖堂の外は相変わらずどしゃぶりの雨が降っており、このまま帰るという選択肢は今は選べないぜ、と魔理沙は思う。
「んん、本当に服を脱げって事なのか」
むー、と悩んでみる振りをするが、やっぱり霖之助が出てくる様子は無かった。さすがにちょっと心配になってくる。
「出かけてるわけ、じゃあないよなあ。だったら戸締りをしていないのはおかしいし、品物もそのままだ。誰かの襲撃に遭ったってのなら話は別だが何も取られた様子はないしな。まあ霊夢だったら何事も無かったかのような状態のままに必要な物だけ取っていくと思うんだが……だったら香霖がいないのはおかしいしなぁ、わざわざ追っていく理由が無い」
そう言ってゆっくりと中へと入ってゆく。中を濡らしてしまうのは嫌だったが、さすがのこの場合は仕方ないだろう。そのまま霖之助の部屋へと向かってゆくと、部屋の中からゴホゴホと誰かが咳き込む声が聞こえてきた
「……ああ、君か。悪いね、今日はちょっと」
ゴホゴホと霖之助が咳き込む。顔が赤い所を見ると風邪を引いてしまっているのだろう。
「なんだ、風邪を引いているだけか、心配して損したぜ」
「風邪を引いているだけとは酷いな。これでもかなり辛いんだが」
「自業自得って事だろ。夏風邪は馬鹿しかひかないっていうしな……くしゅん」
「おいおい、びしょ濡れじゃないか。どうしたんだい」
「ああ、ちょっと夕立に遭ってな」
「それでここに避難しに来たって訳か。まあいいさ、風呂場は知っているな。バスタオルあるから使うといい。風呂を使いたかったら使っても良いぞ。只、服の換えは無いけどね。」
「ありがたく使わせてもらうぜ………覗くなよ?」
「そんな貧相な物覗いても仕方ないだろう。せめてもうちょっと見ごたえのある体になってからそういうセリフは言って欲しいね」
「ふん、余計なお世話だ」
風呂へと行って見ると確かにバスタオルが置いてあった。濡れた服をそのあたりに掛けて一糸纏わぬ姿になってからふと思い出す。
「ああ、そういえば通路とか濡れたままじゃないか」
濡れた服のままそこらをあるきまわったせいで店先や廊下に水滴を散らしてしまっていた。それを思い出して誰に言うでもなく呟く。
「まあ、今のうちに拭いておくかな。どうせ風呂あったまるまで時間かかるだろうし、どうせ待つなら体動かしている方が冷えないだろうしな」
バスタオルを体へと纏いそっと物音を立てないように外へと出る。霖之助は相変わらず部屋の中で寝ているらしい。ゴホゴホと咳き込む音が部屋の中から聞こえてくる。
「まあ、さすがにこの姿を見られたくはないしな、丁度いいぜ」
さっき霖之助はああ言ってはいたが実際にはどうなのだろう、と魔理沙は思う。いや、紫や幽々子は別格としてもせめて咲夜や藍ぐらいの体にはなりたいかなぁ、と。
バスタオルのみを巻いたきわどい格好のまま濡れた廊下を丁寧に拭いてゆく。さすがに玄関まで出る気は無い。あそこは後で拭いても大丈夫だろうし、誰かが着たらなんて考えたくも無い。特に霊夢とか。どんな誤解をされるか、どんな誤解を頭の中でわざわざ組み立てて言い触らそうとするかなんてわざわざ口に出して言わなくても霊夢を知っている人なら誰でも分かるってものだろう。
「ま、こんなものかな。じゃあそろそろ……くしゅん」
くしゃみをしたひょうしにバスタオルが体から落ちる。あわてて拾い、辺りを見回すがもちろん誰もいない。
「過剰なサービスは自分の価値を下げる、ってな」
まずは湯船の中にゆっくりと入って冷えた体を温める。
ある程度の気温があるといっても雨に濡れたままだった体は冷えていて温かなお湯が心地よかった。
ふい~、と大きく息を吐いて肩まで浸かる。大きめの湯船は魔理沙が全身を横たえたとしても端まで届かないほどだった。
「それにしても、いつのまにあんな大きな鏡を付けたんだか」
いつの間にか風呂場の端の所に大きな鏡が据え付けられていた。前に来たときには無かった物だ。曇って自分の顔が良く見えない小さめの鏡が昔そこに据え付けられていた事は覚えている。
「というか、こんな鏡用意して何に使うんだか?」
いい加減体があったまってきて熱くなって来たので外へと出て桶のある方へと向かい、体を洗う事にする。良いにおいがする石鹸を手にとり、脱衣所に置いてあった体洗い用のタオルへと擦り付けて泡立てる。
「そういえばここの風呂にはいるのも久しぶりだぜ。昔はたまに遊びに来てたもんだがなぁ」
まず両手。その後で両腕を洗ってから背中の方へとタオルを回してゴシゴシと擦る。両手を順番に上下させて万遍無く洗った所で立ち上がってお腹から下半身、そして足を順番に洗う。
風呂からお湯を掬い、一気に体に付いていた泡を流す。何度か流した所で、ふと鏡に自分を映してみようかという思いが頭に浮かんできた。
鏡の前でしっかりと背を伸ばしながら立つ。
ふむ、と首を傾げながら自分の体を見つめる。まだ新しい物と思われる鏡は湯気で曇ったりせずにしっかりと自分の姿を映し出していた。
未発達な胸。くびれのない腰。おせじにもボリュームがあるとはいえないお尻。
「……これが本当にある程度は育つのか?」
体を横に向けて鏡の方を見るが、殆ど凹凸が無くて何となく悲しい気持ちになってくる。
普段だったらそんなの気にしない。こんな大きな鏡なんて家に無いから自分の体をまじまじ眺める事なんて無いのだし。
「うう、紫と幽々子は無理だとしても、だ。」
せめて女らしい体型にはなって欲しい、と切実に思う。
「少しは育ってくれるといいんだがなぁ。」
そう言いながら色々な方向から自分の姿を見る。確かにこんな体型では霖之助に貧相と言われても言い返せない。
「せめて馬鹿にされないぐらいに。あとは……」
じーっと視線を下へと向ける。
「頼む、早く生えろ!」
途端、ゴホゴホゲホッという誰かが咳き込むような音が壁の向こうから聞こえてきた。あわてて鏡の傍から離れる。
「ああ、そういえばこの向こう霖之助の部屋なんだっけか。」
さすがに今のは聞かれちゃまずかったか……と少し顔を赤くしながら魔理沙は小さく呟いた。
その頃。霖之助はだるい体へと鞭打ち焦りながら壁に張り紙をしていた。
偶然。そう、全ては偶然だったのだ。
けれどもこれなら商品になるだろう、高く売れるだろうと内心でほくそえむ。
そう、特にあのメイド長とかには。
雨に濡れていた服を一度水で洗い流してから魔法を使って一気に乾燥させる。帽子の形が多少崩れてしまった感もあるが、まあ概ね許容範囲内だと魔理沙は思った。
「悪いな、風呂借りたぜ。やっぱり一番風呂ってのはいいもんだ。香霖も後で入るといいんじゃないか。私のエキスが良い感じに出ているだろうしな」
「エキスって無茶苦茶な言い方だな。君はニボシか何かなのかい?」
「んん、さっきより顔赤いぜ。風邪が悪化でもしたのか?」
「あ、ああ。ちょっとね。」
「まあ風呂場にまで聞こえてくるような咳だったしな。早く良くなれよ、じゃないと私が物を持っていけなくなるじゃないか。」
「ひどい言い分だな。勝手に持っていかないでくれと何度も言っているだろう。」
「物々交換って奴じゃないか。私は食料を持ってきてここで料理を作る事があるだろう。乙女の料理は破格なんだぜ。」
「君が乙女って柄かい。」
「ま、それは置いといてだ。今日はどうするんだ?」
「どうするって何がだい?」
「店にきまってるじゃないか。開いているのに店には誰も居ない。盗んでくれって言っているようなものだぜ。」
「一応警報装置の様な物はおいてあるよ。只、君には反応しないようにしてあるけど。」
「何でだ?」
「どうせ取っていくんだろう、だったら反応させるだけ無駄じゃないか。あくまでも警報装置は警報装置だ。物理的に排除とかは出来ないんだよ。せいぜい音で驚かせるぐらいかな。」
「なんだ、役に立たないじゃないか。」
「だから反応させないようにしているんだよ。」
「で、だ。」
「どうした?」
「よかったら店番頼めないかい?」
「私がか?」
「ああ、風呂の代金ってことでどうかな。嫌なら嫌と言ってくれればいいさ。」
「まあ、別にいいが。何をすればいいんだ?」
「とりあえず今日予約が入っている人はさっきのうちにそこにある紙に書いて置いた。見ておいてくれると嬉しいな。臨時の客に対しては思った様に対応しれくれればいい。何か問題があったら僕に聞きにきてくれればいいし。」
「要するに適当にやれってことか?」
「僕がやっている事は君が良く知っているだろう?」
「ああ、品物を見にきただけの客に胡散臭いセールストークで半ば無理矢理に買いたくも無い品物を売りつけるという仕事だろう?」
「なんだそれは。まあいい、やってくれるのかい?」
「ああ、いいぜ。こんなことをやるぐらいでまた品物を自由に持って行って良いならお安い御用だ」
「……まあ、それは後で話すとしよう。そろそろ来る頃だから。頼めるかい?」
「ま、しかたないか。風邪ならしょうがないしな。早く良くなれよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「お邪魔するわ……って、なんで魔理沙がいるのよ」
「アリスか、待ってたぜ」
「待ってたって何をよ。私は貴方なんかに用事は無いわ」
「まあそう言うなって。そっちに用事が無くてもこっちには用事があるんだが」
「用事って、何よ?」
怪訝そうな顔で魔理沙の顔をアリスは見つめてくる。さて、どう答えようかと思ったが、変な事を言うと何が起きるか分からないので諦めて紙に書いてあった通りに応対する事にする。さすがに今この場所で弾幕ごっこをやるわけにはいかないし。
「ああ、今日は店番をやっているんだ。香霖が風邪をひいてな。ちょっとした借りがあったからまあその埋め合わせって奴だな」
「なるほどね、じゃあ頼むわ」
「頼むって何をだ?」
「森近さんから話聞いてないの、私がとりに来る物なんて分かりきったはずなんだけど」
「ああ、ちょっとまて。」
手元の紙に視線を落とす。だが、来る人のリストが書いてあるだけで他には何も書いてはいなかった。
「来る奴の名前しか書いてないぜ。何が欲しいのか言ってくれないか?」
「……そんなの言えるわけないじゃない。」
「なんだ、口に出せないような物を注文していたのか?」
「違うわよ、今口にだしたら貴方にそのまま持っていかれそうで怖いからそう言っているだけよ」
そう言ってアリスは少し顔を赤くしながら大きく溜息を付いた。
「まあいいわ、また来るって言っておいて」
「ああ、伝えておくぜ。伝言代として商品の一部貰っておくが構わないよな?」
「構うに決まってるじゃない、何言ってるのよ」
「別にいいじゃないか。どうせ同じ物を沢山頼んでるんだろう。少しぐらい減った所で問題ないとおもうんだが」
「……少しでも減っていたら貴方の家に物を取りに襲撃に行くから覚悟しなさいよ」
「ああ、塩を撒いて待ってるぜ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ふいー、店番ってのも結構面倒な物なんだな」
香霖がいつも座っている椅子に腰掛けて近くにあった本を適当に読む。栞が推理小説に挟んであったのでとりあえず終わりの方だけ読んで犯人の名前を栞に書き込んで放って置いた。改めて手元にある紙を見ると次の客がくるまでに後数時間はあるらしい。
「暇だ、暇だ、暇だぜ。よく香霖はこんな所で暮らしていられるな。まるで霊夢の賽銭箱じゃないか。お金も客も全然入ってこないぜ」
なんとなく並べてある商品を眺めるが、特に自分にとってほしい物は見つからない。興味の無いものをじっと見ている気にもならず店内を何の気は無しにうろうろと歩き回る。
歩き回るのも飽きて何か良いものが無いかと物置へと探しに行こうかと考えた丁度その時に入り口のドアがガラリと音を立てて開いた。
「あれ、魔理沙じゃない。こんなところで何やってるの、って聞くまでもないか」
「霊夢じゃないか、奇遇だな。今日は何のようだ?」
「何の用ってそんなの決まってるじゃないの。玉露が切れたから買いに来たのよ」
「そうか、買いに来たのか。じゃあお金を払うんだな」
「賽銭が入ったら払うって霖之助さんには言ってあるわよ」
「いやいや、今日はツケは許可しないぜ。なんといっても私が店番をしているんだからな」
魔理沙が言った言葉が信じられないのか霊夢が軽く首を傾げた。
「店番って、魔理沙が?」
「ああ、そうだぜ。今日は金の無い奴には売れないという仕様になっているんだ。というわけで香霖が元気になるまで待つと良いぜ」
「別にいいじゃない。いつもの事なんだし。霖之助さんも諦めてるわよ」
「香霖は関係ないぜ、私が今自分が管理しているものを持っていかれたくない、って言っているだけなんだ」
「自分がって?」
「今は私が店番をしているってことは要するにこの店にあるものは全て私のものって事なんだろう?」
「いや、全然違うわよ」
「というわけで、この店にある物を強奪するってことは私から物を強奪するのに等しいという事になるんだな」
その言葉を聞いて霊夢がはあ、と溜息を付いた。何の気無しに頭につけてあるリボンを少しいじる。
「なんでそうなるのかは良く分からないけど。まあいいわ、そこの玉露貰っていくわよ」
「だからダメだと言っているじゃないか」
「別にダメって言われても持っていくんだけど」
「逃がさないぜ」
「逃げるわよ」
「逃がさないって言ってるだろう」
魔理沙のその答えに霊夢は不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、私をそう簡単に捕まえられるとでも思っているの?」
「思っていないぜ」
「……ならどういうつもりなのよ」
「要するに、だ。いまここでお前が玉露を持っていくとする。そうしたら私が神社に一直線に向かう。そして、神社の中へと入りスターダストレヴァリエを撃つというわけだ。べつにミルキーウェイの方がいいならそっちを注文してくれても構わないが」
「本気?」
「勿論だぜ」
怪訝そうに尋ねる霊夢に魔理沙は腰に手を当てて堂々と答える。霊夢が瞳を覗き込むと両目ともに『本気』としっかりと彫りこんであるのが見えた。
「…………今日のところはやめて置くわ、なんか魔理沙本気っぽいし」
「なんだ、やめておくのか。ごねるなら神社の真上からドラゴンメテオを撃つとかマスタースパークで真横から焼き尽くすとか色々言い様があったんだが」
「今日はなんていうか過激ね」
「いつも私は過激だぜ」
「そう言う事を言ってるんじゃないんだけど。まあいいわ、私帰るから」
「おいおい、もうちょっと私の暇つぶしに付き合ってくれよ。どうせ暇なんだろ?」
「店番してるんでしょ、だったら邪魔しちゃ悪いわ」
「店番しているから暇つぶしに付き合ってくれって言っているんじゃないか。香霖だっていつも本を読んでいるだろう」
「じゃあ魔理沙も読めば良いじゃない」
「魔導書とかの研究で本を読むならいいんだがな。自分の意思で小説とかを読む事なんて余り無いから疲れるんだよ」
「別にいいじゃない、暇つぶしなんだから」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
「ふうん。私には理解出来ない話だな」
「まあ、私はちょっと仕事あるから行くわよ。暇なら魔理沙にも手伝ってもらおうと思ってたんだけど」
「ほう、そんな強敵なのか?」
「強敵というかすばしっこい奴らしいのよね。しょうがないから紫にでも頼むわ」
じゃあね~、と手を振って霊夢が出て行く。その肩を魔理沙ががっちりと掴んだ。
「帰るのは良いが、その服の下にある代物を置いていってもらおうか」
「何のこと?」
「お前な、自分にそんなに胸があると思ってるのか?」
あくまでとぼけようとする霊夢の膨らんだ胸元を魔理沙が指差す。それはどうみても何かが入っているような状況にしか見えなかった。紫や幽々子なら自前なのだろうが、霊夢はというと―――
「………余計なお世話よ」
その指摘にはあ、と霊夢は大きく溜息を付きくのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「お、御願いがあるんですが~」
「なんだなんだ、紅魔館の役立たずの門番じゃないか」
「や、役立たずは酷いですよ。って、なんでここに貴方がいるんですか!」
「何でって店番をしているからだが。ところで何の用だ。お前が嗜好品とかを求めに来る余裕があるとは思えないんだが」
「うう、そんなにはっきり言わなくても」
「どうせ給料なんて貰ってないんだろ。私や霊夢みたいに盗んでいくわけじゃあるまいし一体何をしにきたんだ」
「酷い言い草ですね、給料が無いのは誰の責任だと思ってるんですかっ!」
「お前だろ、侵入者を通すから減給されまくってるんだって聞いたぜ」
「その侵入者本人が言わないで下さいよ!」
ああう~、と言って美鈴がよろよろと床に座り込む。
「んん、どうしたんだ?」
「こ、この三日水しか飲んでないんです。何か食べ物をもらえないかと思って」
「ここは慈善事業はやってないぜ」
「そこを何とか助けると思って」
御願いしますーといって美鈴は頭を下げる。きゅ~という情けない音が部屋の中に響き渡る。
「うぅ、お腹すきました……」
「なんていうか、不憫だな。食事も出ないのか?」
「働かざる物食うべからず、だそうで。私はちゃんと働いてはいるのにぃ」
「働いても結果を出せなければ働いていないのと同じだぜ」
「それはそうなんですけどねぇ」
「まあ相手が悪かったと思って諦めるのが良いぜ。人生諦めが肝心だ」
「諦めてもご飯は食べられませんて……あぁ、めがまわるぅ」
ふと、魔理沙は何の気無しに手元の紙に目をおろした、すると端の方に何故か美鈴が着たら食料を渡す事、とかいてあった。特に時間指定がされていない所をみると、別段予約をしているというわけではないのだろう。
「ああ、良かったな美鈴。香霖が気前良く食料を分けてくれるそうだぜ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、次に紅魔館のメイド長が何かを買いに着たらその分の金を追加するからばれない程度に持っていってくれと書いてあるぜ」
「ばれない程度ってどれぐらいならばれないんでしょう……」
「さあな、あいつは完璧らしいから少しでも増えていたら気づくんじゃないか?」
「う、うう。どれぐらいにしましょうか……」
食べ物が入ってくると分かって美鈴の腹の虫がさらに大きく騒ぎ出す。沢山食べたい、でもばれたら給料がまた貰えなくなるかも知れないという二つの考えが美鈴の頭の中をぐるぐるとかけめぐりそれに振られているのか只単に空腹のせいなのか美鈴の頭が不規則に揺れているのが魔理沙には見えた。
「じゃあ、お任せします……」
「お任せとかいうと大根のみ100本とかでもいいのか?」
「別にいいですよ、大根でも食べ物は食べ物なんですし。食べれるならもう何でも……」
「なんていうか、不憫だぜ。」
「もう諦めました、名前も覚えてもらえないし……」
よよよ、と美鈴が泣き崩れるような格好をする。
「似合わないぜ」
「………私悲劇のヒロインみたいだと思いません?」
「肉体派じゃないか」
「別に肉体派のヒロインが居ても良いと思いますよ」
「そんなもんか?」
「ええ、そんなもんだと」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
美鈴がダンボール3つに食料を満載して喜色満面で帰った後、魔理沙は店内を何の気無しにうろうろしていた。とくにすることも無いしやりたい事も無い。香霖と話でもしようかと思って寝室へ行ったものの、扉を少し開けたところで静かな寝息が聞こえてきたので起こさないようにそっと扉を閉めた。
今は暇だから店内を回った回数を数えている。まもなく百回。未の刻も二つを回り、そろそろ次の客が来る時間となっていた。
「それにしても、藍は何を買いに来るんだか」
あの式は基本的になんでも出来るからな、と魔理沙は思う。出来れば自分の家の整理整頓のために欲しいと思うこともある。まあ、説教臭そうなので常に傍に居られるのは困るだろうけど。
ガラガラ、と音を立てて扉が開く。そこから入ってきたのは案の定、式の八雲藍だった。
「お邪魔する。霖之助殿は……魔理沙?」
「ああ、今頃寝てるぜ」
「……予約をしているはずなのに寝ているとは。まるで私の主がもう一人増えたような感じがするのは気のせいか?」
「ああ、単純に風邪で寝込んでるだけだぜ。別にサボってるわけじゃあない。私が代わりに店番をしているしな」
「なるほど。それで頼んでおいた品物は?」
「ああ。まだ聞いてないんだ。何が欲しいのか行ってくれれば取ってきてやるぜ」
「そうか、じゃあ頼もう。最高品質の羽毛布団が手に入ったと聞いて私の主が欲しがってな。それを予約しておいたんだ」
「布団か、紫らしいぜ。品探してくるから誰か着たらちょっと待ってもらうように頼めるか?」
「ああ、わかった。よろしく頼む」
藍の言葉を背中に受けながら魔理沙は倉庫の中へと歩を進めていく。鍵がかかっていたはずだが、つい最近霊夢に壊されてからはそのままになっている。霖之助が言うには仕方が無いのでここには高価な物を入れない様にしたらしかった。
「真っ暗だぜ。ロウソクぐらいは持って来るべきだったか?」
扉から差し込んでくる光だけを頼りに広い倉の中をゆっくりと進んでゆく。幸い布団は入ってすぐの所に置かれていたので特に問題は無く見つけられた。さすがに今日売るべき物を倉庫の奥深くに閉まって置く様な事はしないらしい。
「じゃ、これを持って……んん、これは何だ?」
布団を持ち、歩き始めた所で爪先が何か軽い物にぶつかった。体の向きを変えて地面を見ると、箱が落ちていた。額が入っていた様な大きさだが、くらくて表面に書かれていた文字は見えなかったが、鏡の絵が添付されていた。
「ほう、鏡か」
中身がないものかと辺りを見回してみるが、結局なにも見つからなかった。恐らくは風呂場につけた物なのだろうと思い諦めてその箱をぽいとその辺に投げ捨てると、大きな布団を抱えながら再びよろよろと前へと進み始めた。
「助かった。これで紫様から文句を言われる事が無くなるだろう」
「そんなあいつ布団には五月蝿いのか?」
「ああ。さすがに一日の半分以上。一年の三分の二近くを寝ているだけはある」
そう言った藍がきょろきょろと辺りを見回した。
「どうした?」
「いや、このタイミングで叩かれたりいきなり何かが飛び出してくる事が多いからな。まあ今日は他の所にいるのだろうけど」
「そうか、疲れたらいつでも私のところへこいよ。私が便利に使ってやるから」
その魔理沙の言葉に藍が苦笑する。
「いや、意味が無いし私は紫様の元を離れるつもりはない。まあ気が向いたら掃除ぐらいは手伝うとするか」
「ま、期待しないで待ってるぜ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……本当に暇だぜ。客が全く来ないじゃないか」
紙に書かれていた今日来る予定だった人物はさっきの藍で最後。あとは客が来れば応対をするという形になるのだけれど、藍が着てから既に一刻が過ぎているというのに一向に誰も訪れる様子はなかった。
手元の紙に書いてある店の終了時刻は戌の刻。既に外は暗くなっているのでこんな所に来る人間はさすがに居ないだろうとまで思ったところで、今日客として来ていたのは妖怪ばかりだったと思い直す。
「それにしても、なんだ。相変わらず香霖は寝ているのか?」
音を立てないようにそっと扉を開ける。中からは静かな寝息が聞こえてきて魔理沙は小さく頷く。
(そういえば香霖の寝顔って見た覚えが無いんだよな……)
起こさないようにゆっくりと歩を進める。寝ているベッドのすぐ近くまで来た所で壁の所が微かに明るくなっている事に気が付いた。
(んん、何だ?)
気にはなったが、とりあえず寝顔を拝見することにする。
少しその場で待って暗闇に目を慣らす。
カーテンを開けて月明かりを部屋へと取り入れる。暗闇になれた瞳はその明るさでも部屋の中の物が見える。
なんというか、普段の香霖とあまりにも変わらなさ過ぎて軽く笑ってしまった。途端、言葉が聞こえてきて起こしてしまったかと一瞬身を硬くするが、寝言だった様で意味不明な言葉がいくつか発せられただけだった。
(ふう、良かったぜ。流石に風邪を引いて寝込んでる時に起こしたくはないしな。)
そう思いながらそっとベッドの傍を離れて先ほど気になった張り紙の方へと向かう。よくよく見ないと気づけない微かな明るさ。窓の所にカーテンが閉めてあり部屋が真っ暗になっていたから分かった微妙な違い。
(さて、何なんだか。面白い物でも隠してあるのか?)
そう思いながら音を立てないようにゆっくりとその紙を剥していく。しっかりと壁に貼り付けられていてなかなか上手に剥す事が出来なかったが、端を上手く剥せたのでそこからゆっくりと丁寧に剥してゆく。
そして、魔理沙はそれを見つけた。
うっすらと目を開く。その目に映ったものは椅子に座った魔理沙だった。暗い部屋の中、月明かりに照らされながらそこに佇んでいた。
「ん……ああ。眠ってしまっていたようだね。魔理沙、今日の店はもう終わったのかい?」
「ああ、終わったぜ」
「そうか、手伝わせてしまって悪かったね。この埋め合わせはそのうちさせてもらうよ」
「そうか」
「……?」
そのそっけない様子に霖之助は何となく嫌な予感がした。魔理沙に気づかれないように張り紙の方をそっとみるが、それが剥された様子は無く、内心で安堵する。
「なあ、香霖。ちょっと聞きたい事があるんだが。」
「なんだい?」
「最近鏡を手に入れなかったか?」
「何でそんな事を聞くんだい?」
「いや、只単に倉庫で鏡の絵が描かれた箱を見つけてな。その中身が何処に行ったか聞きたかったんだ」
暗い部屋の中、俯いたまま魔理沙が霖之助に喋りかける。
「もう売ってしまったよ、残念なことにね」
「なんだ、そうか。残念だな」
魔理沙はそう言って会話を止めた。静寂が辺りを支配する。
蟲の鳴き声がいつの間にか止んでいることに霖之助は今更ながらに気が付いた。
「なあ、香霖」
「……なんだい、魔理沙」
「私の裸を見てどう思ったんだ?」
「……何の事だかさっぱり分からないんだが。」
内心の焦りと驚愕、混乱を無理矢理に押さえ付けて平静な様子を装う。
「いやいや。分かっているはずだぜ」
「僕は嘘をつくのは趣味じゃないんだけどね」
「ほう、そうか。それは良い心がけだ」
「ああ。やっぱり誠実さが一番だよ」
冷や汗や脂汗が全身から噴出してきていることに今更ながらに気づく。声が震えないようにするので精一杯で、腕がガクガクと震えているのに気づかれない様にすることすら出来なかった。幸いな事に両腕共に布団の下にあるのでこの暗さの中では一見した所では気づかれない所が幸いといえば幸いだろう。
「なあ、香霖」
「なんだい魔理沙」
「……いや、なんでもないぜ」
そう言って魔理沙は黙り込んだ。
二人とも一言も言葉を発しない。
魔理沙は黙って椅子に座っているだけ。普段の騒々しさを考えると信じられない事だった。
沈黙が辺りを支配する。
霖之助も魔理沙も全く動かない。
静かな二つの吐息だけが夕暮れに照らし出されている暗い部屋に響き渡る。
一体何を言えばいいのか霖之助は必死に頭をめぐらせるが、カラカラと音を立てて空転するばかりで何の知恵もよこしてくれない。
霖之助はベットから上半身だけ起こした姿で固まっている。何か声をかけるべきなのだとは分かっている。こんな時間が過ぎれば過ぎるだけ自分が何かをしたと白状しているようなものだからだ。
でも、動けない。動けばどうしても均衡は崩れるし、その後に一体何が起きるかなんて考えたくも無いからだ。
理由は良く分からないが、ばれてしまったことは間違いないだろう。カマをかけているという風に言えなくもないのだけれど―――
「なあ、香霖」
その沈黙を破ったのは魔理沙だった。
「な、なんだい?」
「いや、その、何だ。何でわざわざあんな事したんだ?」
「は……?」
「あー、いや。言いたく無いなら別にそれはそれでも良いんだが。」
歯切れの悪い言葉に霖之助は内心首を傾げた。自分に対する罵倒とか糾弾とか何かしらの言葉が発せられるのが当然だと思っていたところにこの反応。霖之助でなくとも理解出来ないだろう。特にいつもの魔理沙を知っている者であれば。
「怒ってるんじゃ、ないのかい?」
「怒ってるに決まっている」
「なら、何で僕に対して何もしようとしないんだい?」
「風邪」
「風邪?」
「そう、今日は香霖風邪ひいてるじゃないか。」
「そんな事で怒りをおさめてくれたのかい?」
「いやいや、おさめたんじゃなくて先送りにしただけだ。まあ、風邪が治った後を楽しみにしておくといいさ、お互いにな。」
「それは要するに」
「まあ、香霖の思ってる通りだろうな」
その言葉を聞いて霖之助は大きく溜息をついた。僕の命もここまでか、と内心で涙する。要するにこれは嵐の前の静けさなんだろう、と。嵐の前には静けさはない、暴風雨があると聞いた事もあるのだけれど。
『いや、何となくこんな事になる気はしていたんだ。でもしょうがないじゃないか。あれは事故だったんだ。僕はあの時まで使い方を知らなかったんだからこれは不可抗力だよ。だから魔理沙、勘弁してくれないかい?』
霖之助にとってこれは本心。使い方が分からずに四苦八苦していた所で偶然使い方を発見したのだ。結局は名前負けする只の鏡なのだろう、と諦めて風呂場に設置した所で偶然、本当に偶然あんな事が起こったのだった。勿論意図しての事じゃないし、その後ろの壁が抜けていたのにしたって単純に修理が終わっていなかっただけ。
だから、あれは事故。でも、
『見られた方にとってはたまったもんじゃないだろしなぁ』
ということもしっかりと理解している。だからこそ、魔理沙にばれなければ良いと考えていたのだけれど、何が理由かはわからないがばれてしまったようで。
「なあ魔理沙」
「なんだ?」
「いやいや。いままで楽しかったよ。騒々しかったけどな」
「……いきなり何を言うんだ。熱で頭でもおかしくなったのか?」
「そうだね、これが夢だったら良いと何回考えたかもう分からないよ。」
「…………話がよく見えないんだが」
「僕が死んだら死体は桜の木の根元にでも―――」
「あのなあ、香霖」
そう言ってはぁ、と魔理沙は溜息を付いた。
「まさかとはおもうが私が香霖に何かするとか考えているんじゃないだろう?」
「――――――――はい?」
「あー、いや。勘違いはしてもらいたくは無いんだが、私は裸を見られたことは怒ってるんだ。それは当然の事だろう?」
「まあそれはそうだね。」
「だからそれについてはしかるべき報いは受けてもらう。それについての依存は?」
「ない、けど……」
「じゃあ聞かせてもらおうか。何でわざわざ覗き見なんてしてたんだ、香霖らしくもない。さっきは私の貧相な物なんて見ても仕方ないと言っていたじゃないか。」
「まあ、それはそうなんだけど。」
「じゃあ、何でだ?」
ぐいっと魔理沙が身を乗り出して香霖のベッドに両手を付く。
「私は理由が聞きたいんだ。ごまかさないで真面目に答えてくれると嬉しいんだが。ああ、いや。勘違いはするなよ。」
「勘違いって何が言いたいのか良く分からないんだけど……。まあ、別に僕に悪意があったわけじゃないんだ。あれは不幸な事故であって」
「事故?」
「あ、うん。アレは元々使い方が分からなかった代物でね。普通の鏡にしか見えなかったからもう諦めて風呂場の鏡の代わりにしようと思ったんだよ。前の鏡物凄く曇っていたのは知っているだろう?」
「ああ、あの小さい奴か?」
「そうだね。だから本当に僕に悪気は……」
「はあ、なんだ。別に私の―――」
「まあそういう事なんだけど……魔理沙?」
何故か俯いていた魔理沙に霖之助は声をかける。その声に驚いたのか一瞬びくっと体を震わせた。
「な、なんでもないっ」
「大丈夫かい。僕の風邪でもうつしちゃったんじゃ―――」
心配そうに霖之助が魔理沙の額に触ろうと手を伸ばすがそれを慌てて払いのける。
「何でも無いんだ気にするなまた今度来るからお詫びはその時に頼むぜそれじゃっ!」
一息に息継ぎも無しにそれだけの言葉を言い切ると魔理沙はぴゅーっと文字通り脱兎のごとく走り出す。そのままの勢いで何故か頭から扉へとぶつかり、ゴンという大きな音を立てた。
「だ、大丈夫かい魔理沙?」
その問いに魔理沙は頷くだけで答えた。
ドアを開け、外に出て霖之助から自分の姿が見えなくなったところで魔理沙は立ち止まった。言うべきか言わないべきか一瞬だけ悩んで結局ぽつりと小さく呟くだけに留めた。
「もう勘違いしてしまう様なことはしないでくれよな―――」
そう言って魔理沙ははぁ、と小さく溜息を付いた。
それから時間が少し経った。
霖之助はまだだるい体を押してゆっくりと店頭へと向かっていた。それは一応念のために戸締りの確認ぐらいはしておこうと思っての行動だ。
さっきのやりとりで心と体にかなりの負担がかかっていたのか一度は殆ど治ったと思っていた風邪がまたぶり返してきてしまったようで、ガンガンと痛む頭を左手で抑えながらゆっくりと前へと進んでゆく。
窓を一つ一つ確認し、一応風呂場の窓にも鍵を閉める。薄暗い通路をゆっくりと歩きながら玄関まで来たときにふと目の端に何かおかしな物が映った様な気がした。
「……箒?」
ゆっくりと近づいてみると、やっぱり廊下に立てかけられていたのは魔理沙の箒だった。まさかこれを置いて帰るはずもないから、魔理沙はまだこの近くにいるということになるのだろう。
「魔理沙~?」
声を掛けてみるが、どこからも返事は無い。何となく心配になって店の方へ向かってみると、案の定魔理沙が段差の所で座り込んでいた。
「何だ、香霖か。いや、なんだか体がだるくてな。」
霖之助が近づいていって魔理沙の額に手をやると、今度は払おうとはせずに軽く顎を上に上げただけだった。
「なんだ、熱があるじゃないか。どうして黙っていたんだい。」
「今になって、急に……」
「悪いね。僕の風邪をうつしてしまったのかもしれない。」
「…………」
「魔理沙?」
体がふらり、と揺れたかと思うとそのまま横に力無く倒れ始める。それを霖之助は慌てて支えた。
少し待っても魔理沙からの返事が無い事を確認すると、そのまま一息に抱きかかえる。そして腕の中で荒い息を吐いて目を瞑っている魔理沙を見て軽く頭を振ると、元来た道をゆっくりと歩き始めた。
「こう……りん?」
ぼう、とした頭で小さく呟く。
一体何を言ったのか良く分からなかったが、自分が布団の中で眠っていると言う事ぐらいは魔理沙に理解出来た。
「おや、起きたのかい?」
「え、と……」
熱い頭はくらくらして上手く思考がまとまらない。一体自分はどうして布団の中に居るのかも良く分からなかった。
「覚えてないかい、魔理沙。」
覚えていない、とは何だろうとまで考えた所でやっと店の中で倒れたのを思い出し、起き上がろうとしたところで霖之助の手によって体が押さえつけられた。
「だめだよ、まだ寝てなくちゃ。それよりも……」
「それよりも?」
「起きたんなら僕の服を離してくれると嬉しいんだけどな。じゃないと今までみたいに魔理沙が起きるまで僕もこのベッドで寝ていなくちゃならなくなる」
今になってやっと気づいたのか、慌てて魔理沙が掴んでいた霖之助の服の裾をあわてて離す。
「え、あ。ご、ごめんなさい。」
その言葉に霖之助はおや、と軽く眉を上げた。
「なんだか今の魔理沙は女の子っぽいね。いつもの元気な君もいいけどそういう君も僕は好きだよ。」
「え、あ、うう……」
その言葉を聞いて魔理沙の体温がさらに上がった。慌てて顔を布団で隠そうとするが、自分のからだの下敷きとなっているせいで口の辺りまでしか届かなかった。
「また熱があがったんじゃないか?」
「だ、大丈夫だからっ!」
放っておくとまた額を触られてしまうと言う事が魔理沙には分かっていたので慌ててそういい切る。
「ならいいんだけど。それだけ大きな声が出せるなら本当に大丈夫だろうね。」
「あ、ああ。私は大丈夫だぜ。」
「そっか、じゃあ僕は行くよ。ゆっくりおやすみ、魔理沙。」
そう言って立ち去ろうとした霖之助の服を気が付いたら魔理沙は後ろから掴んでいた。
「何だい?」
「い、いや、その、なんだ。香霖はどこで寝るんだ?」
「僕かい? 僕ならその辺りで寝るつもりだけど。」
「香霖だって風邪引いてるんだろ、だったら悪化しちゃまずいじゃないか。」
魔理沙が言おうとしていることに気づき、霖之助は苦笑しながら魔理沙に対して向き直る。
「いや、そういうわけにも行かない。魔理沙はもう子供じゃないんだ。それは理解しているんだろう?」
「―――たまには」
「ん?」
「風邪を引いているときぐらい良いじゃないか」
「いや、でもなぁ」
「鏡のお詫び」
「うっ……」
「これで良い。私の気が変わらないうちにこの辺で妥協しておくのが良いんじゃないか?」
「そうなのかな」
「まあ、別に香霖に何か害があるわけでも無いだろうし。別に何もしないんだろう?」
「それは当然だよ。僕が魔理沙に何かするわけ無いじゃないか。」
「なら、問題ないだろ。二人とも風邪を引いているならうつす心配も無いしな」
「そういうものなのかなぁ」
「それにさ、さっきも一緒に寝てたんだ。だったらいまさらそんな事言っても仕方ないじゃないか。」
そう言っておそるおそる魔理沙は布団を捲った。いつの間にか自分が寝巻きに着替えさせられていた事に気づき、顔を真っ赤にする。
「お、おい香霖。この服は……」
「それは、だね。君が―――」
霖之助が自分の服を、とまで考えた所でオーバーヒートしたのか、魔理沙の意識はそこでブラックアウトした。布団を持ち上げていた腕がパタンと落ち、霖之助が慌てるのを見たのが結局その日の最後の記憶となった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ん・・・・っ」
小さく息を吸って、小さく息を吐き出す。
起きたときには隣には誰も居なかった。触ってみたけれど温もりもなかったからけっこう彼がこの場を去ってから時間が経っているのだろうな、と魔理沙は思う。
昨日倒れてから自分が何を言っていたのか、何をしていたのかはよく覚えていなかったけれど、霖之助に一緒に寝て欲しいと頼んだ記憶だけは残っていた。
手を組んで思いっきり腕を上にと伸ばす。体はまだすこしだるかったが、もう殆ど治ってしまったとかんがえられるだろう。よくよく考えてみると、倒れたのなんか始めての経験だった。もしも空を飛んでいる最中だったら、と考えると今更ながらに恐ろしい。
昨日の教訓、風邪を甘く見ないようにしよう。
…………ではなく。
服も着替えずにそのまま廊下をゆっくりと進んでゆく。それ以前に、自分の服がどこにあるのかもわからないのだからどうしようもないという話もあるのだけれど。
遠くからトントンというまな板を包丁で叩く音が聞こえてきた。どうやら霖之助は朝食の準備をしていたらしかった。自分から料理を作ろうとしている所をみると、自分と同じように風邪は治ったのだろう、と魔理沙は考える。
「よう、香霖。元気か?」
「目が覚めたのかい、魔理沙。僕は元気だよ、魔理沙はどうだい?」
何かを切っていた手を止めて霖之助は魔理沙の方へと向き直った。後ろでは鍋がぐつぐつと煮え立っていてそこから良い匂いが漂ってきていた。
「ああ、私も元気だぜ」
「そうか、それはよかったよ。もうすぐ準備できるからそこに座っておくといい。何か今食べたくない物はあるかい?」
その問いに魔理沙は一瞬だけ考えた後、首を振った。
「そうか。ならこのままでいいかな」
そう言って再びまな板へと向き直り、トントンという規則正しいリズムを刻み始める。その後姿を見ながら、魔理沙はじっと椅子に座っていた。
「なあ、香霖。」
「なんだい?」
「昨日の事は絶対に誰にも言うなよ」
「分かっているよ」
「そうか、分かっていてくれているならいいんだ」
「当たり前じゃないか。君の裸をみてしまっただなんて誰かに言える訳無い」
「…………」
その言葉を魔理沙は数秒自分の中で沈黙と共にかみ締め、
「まあ、香霖ならそう言うと思ったよ……」
諦めたかの様に溜息を付きながら大きく肩を落とす事となり―――
そして、当然のように霖之助は魔理沙の言外の抗議に全く気づくことも無く、規則正しくまな板を叩き続けているのだった。
(おわり)
後ろ手で入り口のドアを閉め、箒を適当に立てかける。
突然の大雨に遭い、体中はびしょ濡れ。下着までもぐっしょりと濡れてしまっている。洋服が体に張り付いて気持ちが悪い。垂れた水滴がポタポタと床に落ちて小さな水溜りをいくつも形成してゆく。
「んん、なんだか妙だな。いつもだったらこのタイミングで声がするはずなんだが」
辺りを見回してみるが、人のいる気配は無い。扉は開いていたし、商品もそのまま置いてある。いつも霖之助が座っている椅子もそのままだ。
「ああ、トイレでも行っているのか。さすがにこの状態で中に勝手に上がるのも悪いしな、ちょっと待たせてもらうとするか。」
なんだかんだ言いながら霖之助は自分に甘いと魔理沙は思っている。品物を勝手に持っていっても文句はいうもののあまり怒りはしない。諦めていると言ってしまえばそれまでなのだが。
くしゅん、と小さくくしゃみをする。垂れてきた鼻水をあわててすすり、辺りを見回すがやっぱり誰も出てくる様子は無かった。
「おかしいぜ、香霖は何をやっているんだ。こんな可愛い子が雨に濡れてびしょ濡れだっていうのに。我慢しきれずに服を脱ぎ出すのを待っているのか?」
独り言を呟いてみるが、何の反応もない。香霖堂の外は相変わらずどしゃぶりの雨が降っており、このまま帰るという選択肢は今は選べないぜ、と魔理沙は思う。
「んん、本当に服を脱げって事なのか」
むー、と悩んでみる振りをするが、やっぱり霖之助が出てくる様子は無かった。さすがにちょっと心配になってくる。
「出かけてるわけ、じゃあないよなあ。だったら戸締りをしていないのはおかしいし、品物もそのままだ。誰かの襲撃に遭ったってのなら話は別だが何も取られた様子はないしな。まあ霊夢だったら何事も無かったかのような状態のままに必要な物だけ取っていくと思うんだが……だったら香霖がいないのはおかしいしなぁ、わざわざ追っていく理由が無い」
そう言ってゆっくりと中へと入ってゆく。中を濡らしてしまうのは嫌だったが、さすがのこの場合は仕方ないだろう。そのまま霖之助の部屋へと向かってゆくと、部屋の中からゴホゴホと誰かが咳き込む声が聞こえてきた
「……ああ、君か。悪いね、今日はちょっと」
ゴホゴホと霖之助が咳き込む。顔が赤い所を見ると風邪を引いてしまっているのだろう。
「なんだ、風邪を引いているだけか、心配して損したぜ」
「風邪を引いているだけとは酷いな。これでもかなり辛いんだが」
「自業自得って事だろ。夏風邪は馬鹿しかひかないっていうしな……くしゅん」
「おいおい、びしょ濡れじゃないか。どうしたんだい」
「ああ、ちょっと夕立に遭ってな」
「それでここに避難しに来たって訳か。まあいいさ、風呂場は知っているな。バスタオルあるから使うといい。風呂を使いたかったら使っても良いぞ。只、服の換えは無いけどね。」
「ありがたく使わせてもらうぜ………覗くなよ?」
「そんな貧相な物覗いても仕方ないだろう。せめてもうちょっと見ごたえのある体になってからそういうセリフは言って欲しいね」
「ふん、余計なお世話だ」
風呂へと行って見ると確かにバスタオルが置いてあった。濡れた服をそのあたりに掛けて一糸纏わぬ姿になってからふと思い出す。
「ああ、そういえば通路とか濡れたままじゃないか」
濡れた服のままそこらをあるきまわったせいで店先や廊下に水滴を散らしてしまっていた。それを思い出して誰に言うでもなく呟く。
「まあ、今のうちに拭いておくかな。どうせ風呂あったまるまで時間かかるだろうし、どうせ待つなら体動かしている方が冷えないだろうしな」
バスタオルを体へと纏いそっと物音を立てないように外へと出る。霖之助は相変わらず部屋の中で寝ているらしい。ゴホゴホと咳き込む音が部屋の中から聞こえてくる。
「まあ、さすがにこの姿を見られたくはないしな、丁度いいぜ」
さっき霖之助はああ言ってはいたが実際にはどうなのだろう、と魔理沙は思う。いや、紫や幽々子は別格としてもせめて咲夜や藍ぐらいの体にはなりたいかなぁ、と。
バスタオルのみを巻いたきわどい格好のまま濡れた廊下を丁寧に拭いてゆく。さすがに玄関まで出る気は無い。あそこは後で拭いても大丈夫だろうし、誰かが着たらなんて考えたくも無い。特に霊夢とか。どんな誤解をされるか、どんな誤解を頭の中でわざわざ組み立てて言い触らそうとするかなんてわざわざ口に出して言わなくても霊夢を知っている人なら誰でも分かるってものだろう。
「ま、こんなものかな。じゃあそろそろ……くしゅん」
くしゃみをしたひょうしにバスタオルが体から落ちる。あわてて拾い、辺りを見回すがもちろん誰もいない。
「過剰なサービスは自分の価値を下げる、ってな」
まずは湯船の中にゆっくりと入って冷えた体を温める。
ある程度の気温があるといっても雨に濡れたままだった体は冷えていて温かなお湯が心地よかった。
ふい~、と大きく息を吐いて肩まで浸かる。大きめの湯船は魔理沙が全身を横たえたとしても端まで届かないほどだった。
「それにしても、いつのまにあんな大きな鏡を付けたんだか」
いつの間にか風呂場の端の所に大きな鏡が据え付けられていた。前に来たときには無かった物だ。曇って自分の顔が良く見えない小さめの鏡が昔そこに据え付けられていた事は覚えている。
「というか、こんな鏡用意して何に使うんだか?」
いい加減体があったまってきて熱くなって来たので外へと出て桶のある方へと向かい、体を洗う事にする。良いにおいがする石鹸を手にとり、脱衣所に置いてあった体洗い用のタオルへと擦り付けて泡立てる。
「そういえばここの風呂にはいるのも久しぶりだぜ。昔はたまに遊びに来てたもんだがなぁ」
まず両手。その後で両腕を洗ってから背中の方へとタオルを回してゴシゴシと擦る。両手を順番に上下させて万遍無く洗った所で立ち上がってお腹から下半身、そして足を順番に洗う。
風呂からお湯を掬い、一気に体に付いていた泡を流す。何度か流した所で、ふと鏡に自分を映してみようかという思いが頭に浮かんできた。
鏡の前でしっかりと背を伸ばしながら立つ。
ふむ、と首を傾げながら自分の体を見つめる。まだ新しい物と思われる鏡は湯気で曇ったりせずにしっかりと自分の姿を映し出していた。
未発達な胸。くびれのない腰。おせじにもボリュームがあるとはいえないお尻。
「……これが本当にある程度は育つのか?」
体を横に向けて鏡の方を見るが、殆ど凹凸が無くて何となく悲しい気持ちになってくる。
普段だったらそんなの気にしない。こんな大きな鏡なんて家に無いから自分の体をまじまじ眺める事なんて無いのだし。
「うう、紫と幽々子は無理だとしても、だ。」
せめて女らしい体型にはなって欲しい、と切実に思う。
「少しは育ってくれるといいんだがなぁ。」
そう言いながら色々な方向から自分の姿を見る。確かにこんな体型では霖之助に貧相と言われても言い返せない。
「せめて馬鹿にされないぐらいに。あとは……」
じーっと視線を下へと向ける。
「頼む、早く生えろ!」
途端、ゴホゴホゲホッという誰かが咳き込むような音が壁の向こうから聞こえてきた。あわてて鏡の傍から離れる。
「ああ、そういえばこの向こう霖之助の部屋なんだっけか。」
さすがに今のは聞かれちゃまずかったか……と少し顔を赤くしながら魔理沙は小さく呟いた。
その頃。霖之助はだるい体へと鞭打ち焦りながら壁に張り紙をしていた。
偶然。そう、全ては偶然だったのだ。
けれどもこれなら商品になるだろう、高く売れるだろうと内心でほくそえむ。
そう、特にあのメイド長とかには。
雨に濡れていた服を一度水で洗い流してから魔法を使って一気に乾燥させる。帽子の形が多少崩れてしまった感もあるが、まあ概ね許容範囲内だと魔理沙は思った。
「悪いな、風呂借りたぜ。やっぱり一番風呂ってのはいいもんだ。香霖も後で入るといいんじゃないか。私のエキスが良い感じに出ているだろうしな」
「エキスって無茶苦茶な言い方だな。君はニボシか何かなのかい?」
「んん、さっきより顔赤いぜ。風邪が悪化でもしたのか?」
「あ、ああ。ちょっとね。」
「まあ風呂場にまで聞こえてくるような咳だったしな。早く良くなれよ、じゃないと私が物を持っていけなくなるじゃないか。」
「ひどい言い分だな。勝手に持っていかないでくれと何度も言っているだろう。」
「物々交換って奴じゃないか。私は食料を持ってきてここで料理を作る事があるだろう。乙女の料理は破格なんだぜ。」
「君が乙女って柄かい。」
「ま、それは置いといてだ。今日はどうするんだ?」
「どうするって何がだい?」
「店にきまってるじゃないか。開いているのに店には誰も居ない。盗んでくれって言っているようなものだぜ。」
「一応警報装置の様な物はおいてあるよ。只、君には反応しないようにしてあるけど。」
「何でだ?」
「どうせ取っていくんだろう、だったら反応させるだけ無駄じゃないか。あくまでも警報装置は警報装置だ。物理的に排除とかは出来ないんだよ。せいぜい音で驚かせるぐらいかな。」
「なんだ、役に立たないじゃないか。」
「だから反応させないようにしているんだよ。」
「で、だ。」
「どうした?」
「よかったら店番頼めないかい?」
「私がか?」
「ああ、風呂の代金ってことでどうかな。嫌なら嫌と言ってくれればいいさ。」
「まあ、別にいいが。何をすればいいんだ?」
「とりあえず今日予約が入っている人はさっきのうちにそこにある紙に書いて置いた。見ておいてくれると嬉しいな。臨時の客に対しては思った様に対応しれくれればいい。何か問題があったら僕に聞きにきてくれればいいし。」
「要するに適当にやれってことか?」
「僕がやっている事は君が良く知っているだろう?」
「ああ、品物を見にきただけの客に胡散臭いセールストークで半ば無理矢理に買いたくも無い品物を売りつけるという仕事だろう?」
「なんだそれは。まあいい、やってくれるのかい?」
「ああ、いいぜ。こんなことをやるぐらいでまた品物を自由に持って行って良いならお安い御用だ」
「……まあ、それは後で話すとしよう。そろそろ来る頃だから。頼めるかい?」
「ま、しかたないか。風邪ならしょうがないしな。早く良くなれよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「お邪魔するわ……って、なんで魔理沙がいるのよ」
「アリスか、待ってたぜ」
「待ってたって何をよ。私は貴方なんかに用事は無いわ」
「まあそう言うなって。そっちに用事が無くてもこっちには用事があるんだが」
「用事って、何よ?」
怪訝そうな顔で魔理沙の顔をアリスは見つめてくる。さて、どう答えようかと思ったが、変な事を言うと何が起きるか分からないので諦めて紙に書いてあった通りに応対する事にする。さすがに今この場所で弾幕ごっこをやるわけにはいかないし。
「ああ、今日は店番をやっているんだ。香霖が風邪をひいてな。ちょっとした借りがあったからまあその埋め合わせって奴だな」
「なるほどね、じゃあ頼むわ」
「頼むって何をだ?」
「森近さんから話聞いてないの、私がとりに来る物なんて分かりきったはずなんだけど」
「ああ、ちょっとまて。」
手元の紙に視線を落とす。だが、来る人のリストが書いてあるだけで他には何も書いてはいなかった。
「来る奴の名前しか書いてないぜ。何が欲しいのか言ってくれないか?」
「……そんなの言えるわけないじゃない。」
「なんだ、口に出せないような物を注文していたのか?」
「違うわよ、今口にだしたら貴方にそのまま持っていかれそうで怖いからそう言っているだけよ」
そう言ってアリスは少し顔を赤くしながら大きく溜息を付いた。
「まあいいわ、また来るって言っておいて」
「ああ、伝えておくぜ。伝言代として商品の一部貰っておくが構わないよな?」
「構うに決まってるじゃない、何言ってるのよ」
「別にいいじゃないか。どうせ同じ物を沢山頼んでるんだろう。少しぐらい減った所で問題ないとおもうんだが」
「……少しでも減っていたら貴方の家に物を取りに襲撃に行くから覚悟しなさいよ」
「ああ、塩を撒いて待ってるぜ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ふいー、店番ってのも結構面倒な物なんだな」
香霖がいつも座っている椅子に腰掛けて近くにあった本を適当に読む。栞が推理小説に挟んであったのでとりあえず終わりの方だけ読んで犯人の名前を栞に書き込んで放って置いた。改めて手元にある紙を見ると次の客がくるまでに後数時間はあるらしい。
「暇だ、暇だ、暇だぜ。よく香霖はこんな所で暮らしていられるな。まるで霊夢の賽銭箱じゃないか。お金も客も全然入ってこないぜ」
なんとなく並べてある商品を眺めるが、特に自分にとってほしい物は見つからない。興味の無いものをじっと見ている気にもならず店内を何の気は無しにうろうろと歩き回る。
歩き回るのも飽きて何か良いものが無いかと物置へと探しに行こうかと考えた丁度その時に入り口のドアがガラリと音を立てて開いた。
「あれ、魔理沙じゃない。こんなところで何やってるの、って聞くまでもないか」
「霊夢じゃないか、奇遇だな。今日は何のようだ?」
「何の用ってそんなの決まってるじゃないの。玉露が切れたから買いに来たのよ」
「そうか、買いに来たのか。じゃあお金を払うんだな」
「賽銭が入ったら払うって霖之助さんには言ってあるわよ」
「いやいや、今日はツケは許可しないぜ。なんといっても私が店番をしているんだからな」
魔理沙が言った言葉が信じられないのか霊夢が軽く首を傾げた。
「店番って、魔理沙が?」
「ああ、そうだぜ。今日は金の無い奴には売れないという仕様になっているんだ。というわけで香霖が元気になるまで待つと良いぜ」
「別にいいじゃない。いつもの事なんだし。霖之助さんも諦めてるわよ」
「香霖は関係ないぜ、私が今自分が管理しているものを持っていかれたくない、って言っているだけなんだ」
「自分がって?」
「今は私が店番をしているってことは要するにこの店にあるものは全て私のものって事なんだろう?」
「いや、全然違うわよ」
「というわけで、この店にある物を強奪するってことは私から物を強奪するのに等しいという事になるんだな」
その言葉を聞いて霊夢がはあ、と溜息を付いた。何の気無しに頭につけてあるリボンを少しいじる。
「なんでそうなるのかは良く分からないけど。まあいいわ、そこの玉露貰っていくわよ」
「だからダメだと言っているじゃないか」
「別にダメって言われても持っていくんだけど」
「逃がさないぜ」
「逃げるわよ」
「逃がさないって言ってるだろう」
魔理沙のその答えに霊夢は不敵な笑みを浮かべた。
「へえ、私をそう簡単に捕まえられるとでも思っているの?」
「思っていないぜ」
「……ならどういうつもりなのよ」
「要するに、だ。いまここでお前が玉露を持っていくとする。そうしたら私が神社に一直線に向かう。そして、神社の中へと入りスターダストレヴァリエを撃つというわけだ。べつにミルキーウェイの方がいいならそっちを注文してくれても構わないが」
「本気?」
「勿論だぜ」
怪訝そうに尋ねる霊夢に魔理沙は腰に手を当てて堂々と答える。霊夢が瞳を覗き込むと両目ともに『本気』としっかりと彫りこんであるのが見えた。
「…………今日のところはやめて置くわ、なんか魔理沙本気っぽいし」
「なんだ、やめておくのか。ごねるなら神社の真上からドラゴンメテオを撃つとかマスタースパークで真横から焼き尽くすとか色々言い様があったんだが」
「今日はなんていうか過激ね」
「いつも私は過激だぜ」
「そう言う事を言ってるんじゃないんだけど。まあいいわ、私帰るから」
「おいおい、もうちょっと私の暇つぶしに付き合ってくれよ。どうせ暇なんだろ?」
「店番してるんでしょ、だったら邪魔しちゃ悪いわ」
「店番しているから暇つぶしに付き合ってくれって言っているんじゃないか。香霖だっていつも本を読んでいるだろう」
「じゃあ魔理沙も読めば良いじゃない」
「魔導書とかの研究で本を読むならいいんだがな。自分の意思で小説とかを読む事なんて余り無いから疲れるんだよ」
「別にいいじゃない、暇つぶしなんだから」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
「ふうん。私には理解出来ない話だな」
「まあ、私はちょっと仕事あるから行くわよ。暇なら魔理沙にも手伝ってもらおうと思ってたんだけど」
「ほう、そんな強敵なのか?」
「強敵というかすばしっこい奴らしいのよね。しょうがないから紫にでも頼むわ」
じゃあね~、と手を振って霊夢が出て行く。その肩を魔理沙ががっちりと掴んだ。
「帰るのは良いが、その服の下にある代物を置いていってもらおうか」
「何のこと?」
「お前な、自分にそんなに胸があると思ってるのか?」
あくまでとぼけようとする霊夢の膨らんだ胸元を魔理沙が指差す。それはどうみても何かが入っているような状況にしか見えなかった。紫や幽々子なら自前なのだろうが、霊夢はというと―――
「………余計なお世話よ」
その指摘にはあ、と霊夢は大きく溜息を付きくのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「お、御願いがあるんですが~」
「なんだなんだ、紅魔館の役立たずの門番じゃないか」
「や、役立たずは酷いですよ。って、なんでここに貴方がいるんですか!」
「何でって店番をしているからだが。ところで何の用だ。お前が嗜好品とかを求めに来る余裕があるとは思えないんだが」
「うう、そんなにはっきり言わなくても」
「どうせ給料なんて貰ってないんだろ。私や霊夢みたいに盗んでいくわけじゃあるまいし一体何をしにきたんだ」
「酷い言い草ですね、給料が無いのは誰の責任だと思ってるんですかっ!」
「お前だろ、侵入者を通すから減給されまくってるんだって聞いたぜ」
「その侵入者本人が言わないで下さいよ!」
ああう~、と言って美鈴がよろよろと床に座り込む。
「んん、どうしたんだ?」
「こ、この三日水しか飲んでないんです。何か食べ物をもらえないかと思って」
「ここは慈善事業はやってないぜ」
「そこを何とか助けると思って」
御願いしますーといって美鈴は頭を下げる。きゅ~という情けない音が部屋の中に響き渡る。
「うぅ、お腹すきました……」
「なんていうか、不憫だな。食事も出ないのか?」
「働かざる物食うべからず、だそうで。私はちゃんと働いてはいるのにぃ」
「働いても結果を出せなければ働いていないのと同じだぜ」
「それはそうなんですけどねぇ」
「まあ相手が悪かったと思って諦めるのが良いぜ。人生諦めが肝心だ」
「諦めてもご飯は食べられませんて……あぁ、めがまわるぅ」
ふと、魔理沙は何の気無しに手元の紙に目をおろした、すると端の方に何故か美鈴が着たら食料を渡す事、とかいてあった。特に時間指定がされていない所をみると、別段予約をしているというわけではないのだろう。
「ああ、良かったな美鈴。香霖が気前良く食料を分けてくれるそうだぜ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、次に紅魔館のメイド長が何かを買いに着たらその分の金を追加するからばれない程度に持っていってくれと書いてあるぜ」
「ばれない程度ってどれぐらいならばれないんでしょう……」
「さあな、あいつは完璧らしいから少しでも増えていたら気づくんじゃないか?」
「う、うう。どれぐらいにしましょうか……」
食べ物が入ってくると分かって美鈴の腹の虫がさらに大きく騒ぎ出す。沢山食べたい、でもばれたら給料がまた貰えなくなるかも知れないという二つの考えが美鈴の頭の中をぐるぐるとかけめぐりそれに振られているのか只単に空腹のせいなのか美鈴の頭が不規則に揺れているのが魔理沙には見えた。
「じゃあ、お任せします……」
「お任せとかいうと大根のみ100本とかでもいいのか?」
「別にいいですよ、大根でも食べ物は食べ物なんですし。食べれるならもう何でも……」
「なんていうか、不憫だぜ。」
「もう諦めました、名前も覚えてもらえないし……」
よよよ、と美鈴が泣き崩れるような格好をする。
「似合わないぜ」
「………私悲劇のヒロインみたいだと思いません?」
「肉体派じゃないか」
「別に肉体派のヒロインが居ても良いと思いますよ」
「そんなもんか?」
「ええ、そんなもんだと」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
美鈴がダンボール3つに食料を満載して喜色満面で帰った後、魔理沙は店内を何の気無しにうろうろしていた。とくにすることも無いしやりたい事も無い。香霖と話でもしようかと思って寝室へ行ったものの、扉を少し開けたところで静かな寝息が聞こえてきたので起こさないようにそっと扉を閉めた。
今は暇だから店内を回った回数を数えている。まもなく百回。未の刻も二つを回り、そろそろ次の客が来る時間となっていた。
「それにしても、藍は何を買いに来るんだか」
あの式は基本的になんでも出来るからな、と魔理沙は思う。出来れば自分の家の整理整頓のために欲しいと思うこともある。まあ、説教臭そうなので常に傍に居られるのは困るだろうけど。
ガラガラ、と音を立てて扉が開く。そこから入ってきたのは案の定、式の八雲藍だった。
「お邪魔する。霖之助殿は……魔理沙?」
「ああ、今頃寝てるぜ」
「……予約をしているはずなのに寝ているとは。まるで私の主がもう一人増えたような感じがするのは気のせいか?」
「ああ、単純に風邪で寝込んでるだけだぜ。別にサボってるわけじゃあない。私が代わりに店番をしているしな」
「なるほど。それで頼んでおいた品物は?」
「ああ。まだ聞いてないんだ。何が欲しいのか行ってくれれば取ってきてやるぜ」
「そうか、じゃあ頼もう。最高品質の羽毛布団が手に入ったと聞いて私の主が欲しがってな。それを予約しておいたんだ」
「布団か、紫らしいぜ。品探してくるから誰か着たらちょっと待ってもらうように頼めるか?」
「ああ、わかった。よろしく頼む」
藍の言葉を背中に受けながら魔理沙は倉庫の中へと歩を進めていく。鍵がかかっていたはずだが、つい最近霊夢に壊されてからはそのままになっている。霖之助が言うには仕方が無いのでここには高価な物を入れない様にしたらしかった。
「真っ暗だぜ。ロウソクぐらいは持って来るべきだったか?」
扉から差し込んでくる光だけを頼りに広い倉の中をゆっくりと進んでゆく。幸い布団は入ってすぐの所に置かれていたので特に問題は無く見つけられた。さすがに今日売るべき物を倉庫の奥深くに閉まって置く様な事はしないらしい。
「じゃ、これを持って……んん、これは何だ?」
布団を持ち、歩き始めた所で爪先が何か軽い物にぶつかった。体の向きを変えて地面を見ると、箱が落ちていた。額が入っていた様な大きさだが、くらくて表面に書かれていた文字は見えなかったが、鏡の絵が添付されていた。
「ほう、鏡か」
中身がないものかと辺りを見回してみるが、結局なにも見つからなかった。恐らくは風呂場につけた物なのだろうと思い諦めてその箱をぽいとその辺に投げ捨てると、大きな布団を抱えながら再びよろよろと前へと進み始めた。
「助かった。これで紫様から文句を言われる事が無くなるだろう」
「そんなあいつ布団には五月蝿いのか?」
「ああ。さすがに一日の半分以上。一年の三分の二近くを寝ているだけはある」
そう言った藍がきょろきょろと辺りを見回した。
「どうした?」
「いや、このタイミングで叩かれたりいきなり何かが飛び出してくる事が多いからな。まあ今日は他の所にいるのだろうけど」
「そうか、疲れたらいつでも私のところへこいよ。私が便利に使ってやるから」
その魔理沙の言葉に藍が苦笑する。
「いや、意味が無いし私は紫様の元を離れるつもりはない。まあ気が向いたら掃除ぐらいは手伝うとするか」
「ま、期待しないで待ってるぜ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……本当に暇だぜ。客が全く来ないじゃないか」
紙に書かれていた今日来る予定だった人物はさっきの藍で最後。あとは客が来れば応対をするという形になるのだけれど、藍が着てから既に一刻が過ぎているというのに一向に誰も訪れる様子はなかった。
手元の紙に書いてある店の終了時刻は戌の刻。既に外は暗くなっているのでこんな所に来る人間はさすがに居ないだろうとまで思ったところで、今日客として来ていたのは妖怪ばかりだったと思い直す。
「それにしても、なんだ。相変わらず香霖は寝ているのか?」
音を立てないようにそっと扉を開ける。中からは静かな寝息が聞こえてきて魔理沙は小さく頷く。
(そういえば香霖の寝顔って見た覚えが無いんだよな……)
起こさないようにゆっくりと歩を進める。寝ているベッドのすぐ近くまで来た所で壁の所が微かに明るくなっている事に気が付いた。
(んん、何だ?)
気にはなったが、とりあえず寝顔を拝見することにする。
少しその場で待って暗闇に目を慣らす。
カーテンを開けて月明かりを部屋へと取り入れる。暗闇になれた瞳はその明るさでも部屋の中の物が見える。
なんというか、普段の香霖とあまりにも変わらなさ過ぎて軽く笑ってしまった。途端、言葉が聞こえてきて起こしてしまったかと一瞬身を硬くするが、寝言だった様で意味不明な言葉がいくつか発せられただけだった。
(ふう、良かったぜ。流石に風邪を引いて寝込んでる時に起こしたくはないしな。)
そう思いながらそっとベッドの傍を離れて先ほど気になった張り紙の方へと向かう。よくよく見ないと気づけない微かな明るさ。窓の所にカーテンが閉めてあり部屋が真っ暗になっていたから分かった微妙な違い。
(さて、何なんだか。面白い物でも隠してあるのか?)
そう思いながら音を立てないようにゆっくりとその紙を剥していく。しっかりと壁に貼り付けられていてなかなか上手に剥す事が出来なかったが、端を上手く剥せたのでそこからゆっくりと丁寧に剥してゆく。
そして、魔理沙はそれを見つけた。
うっすらと目を開く。その目に映ったものは椅子に座った魔理沙だった。暗い部屋の中、月明かりに照らされながらそこに佇んでいた。
「ん……ああ。眠ってしまっていたようだね。魔理沙、今日の店はもう終わったのかい?」
「ああ、終わったぜ」
「そうか、手伝わせてしまって悪かったね。この埋め合わせはそのうちさせてもらうよ」
「そうか」
「……?」
そのそっけない様子に霖之助は何となく嫌な予感がした。魔理沙に気づかれないように張り紙の方をそっとみるが、それが剥された様子は無く、内心で安堵する。
「なあ、香霖。ちょっと聞きたい事があるんだが。」
「なんだい?」
「最近鏡を手に入れなかったか?」
「何でそんな事を聞くんだい?」
「いや、只単に倉庫で鏡の絵が描かれた箱を見つけてな。その中身が何処に行ったか聞きたかったんだ」
暗い部屋の中、俯いたまま魔理沙が霖之助に喋りかける。
「もう売ってしまったよ、残念なことにね」
「なんだ、そうか。残念だな」
魔理沙はそう言って会話を止めた。静寂が辺りを支配する。
蟲の鳴き声がいつの間にか止んでいることに霖之助は今更ながらに気が付いた。
「なあ、香霖」
「……なんだい、魔理沙」
「私の裸を見てどう思ったんだ?」
「……何の事だかさっぱり分からないんだが。」
内心の焦りと驚愕、混乱を無理矢理に押さえ付けて平静な様子を装う。
「いやいや。分かっているはずだぜ」
「僕は嘘をつくのは趣味じゃないんだけどね」
「ほう、そうか。それは良い心がけだ」
「ああ。やっぱり誠実さが一番だよ」
冷や汗や脂汗が全身から噴出してきていることに今更ながらに気づく。声が震えないようにするので精一杯で、腕がガクガクと震えているのに気づかれない様にすることすら出来なかった。幸いな事に両腕共に布団の下にあるのでこの暗さの中では一見した所では気づかれない所が幸いといえば幸いだろう。
「なあ、香霖」
「なんだい魔理沙」
「……いや、なんでもないぜ」
そう言って魔理沙は黙り込んだ。
二人とも一言も言葉を発しない。
魔理沙は黙って椅子に座っているだけ。普段の騒々しさを考えると信じられない事だった。
沈黙が辺りを支配する。
霖之助も魔理沙も全く動かない。
静かな二つの吐息だけが夕暮れに照らし出されている暗い部屋に響き渡る。
一体何を言えばいいのか霖之助は必死に頭をめぐらせるが、カラカラと音を立てて空転するばかりで何の知恵もよこしてくれない。
霖之助はベットから上半身だけ起こした姿で固まっている。何か声をかけるべきなのだとは分かっている。こんな時間が過ぎれば過ぎるだけ自分が何かをしたと白状しているようなものだからだ。
でも、動けない。動けばどうしても均衡は崩れるし、その後に一体何が起きるかなんて考えたくも無いからだ。
理由は良く分からないが、ばれてしまったことは間違いないだろう。カマをかけているという風に言えなくもないのだけれど―――
「なあ、香霖」
その沈黙を破ったのは魔理沙だった。
「な、なんだい?」
「いや、その、何だ。何でわざわざあんな事したんだ?」
「は……?」
「あー、いや。言いたく無いなら別にそれはそれでも良いんだが。」
歯切れの悪い言葉に霖之助は内心首を傾げた。自分に対する罵倒とか糾弾とか何かしらの言葉が発せられるのが当然だと思っていたところにこの反応。霖之助でなくとも理解出来ないだろう。特にいつもの魔理沙を知っている者であれば。
「怒ってるんじゃ、ないのかい?」
「怒ってるに決まっている」
「なら、何で僕に対して何もしようとしないんだい?」
「風邪」
「風邪?」
「そう、今日は香霖風邪ひいてるじゃないか。」
「そんな事で怒りをおさめてくれたのかい?」
「いやいや、おさめたんじゃなくて先送りにしただけだ。まあ、風邪が治った後を楽しみにしておくといいさ、お互いにな。」
「それは要するに」
「まあ、香霖の思ってる通りだろうな」
その言葉を聞いて霖之助は大きく溜息をついた。僕の命もここまでか、と内心で涙する。要するにこれは嵐の前の静けさなんだろう、と。嵐の前には静けさはない、暴風雨があると聞いた事もあるのだけれど。
『いや、何となくこんな事になる気はしていたんだ。でもしょうがないじゃないか。あれは事故だったんだ。僕はあの時まで使い方を知らなかったんだからこれは不可抗力だよ。だから魔理沙、勘弁してくれないかい?』
霖之助にとってこれは本心。使い方が分からずに四苦八苦していた所で偶然使い方を発見したのだ。結局は名前負けする只の鏡なのだろう、と諦めて風呂場に設置した所で偶然、本当に偶然あんな事が起こったのだった。勿論意図しての事じゃないし、その後ろの壁が抜けていたのにしたって単純に修理が終わっていなかっただけ。
だから、あれは事故。でも、
『見られた方にとってはたまったもんじゃないだろしなぁ』
ということもしっかりと理解している。だからこそ、魔理沙にばれなければ良いと考えていたのだけれど、何が理由かはわからないがばれてしまったようで。
「なあ魔理沙」
「なんだ?」
「いやいや。いままで楽しかったよ。騒々しかったけどな」
「……いきなり何を言うんだ。熱で頭でもおかしくなったのか?」
「そうだね、これが夢だったら良いと何回考えたかもう分からないよ。」
「…………話がよく見えないんだが」
「僕が死んだら死体は桜の木の根元にでも―――」
「あのなあ、香霖」
そう言ってはぁ、と魔理沙は溜息を付いた。
「まさかとはおもうが私が香霖に何かするとか考えているんじゃないだろう?」
「――――――――はい?」
「あー、いや。勘違いはしてもらいたくは無いんだが、私は裸を見られたことは怒ってるんだ。それは当然の事だろう?」
「まあそれはそうだね。」
「だからそれについてはしかるべき報いは受けてもらう。それについての依存は?」
「ない、けど……」
「じゃあ聞かせてもらおうか。何でわざわざ覗き見なんてしてたんだ、香霖らしくもない。さっきは私の貧相な物なんて見ても仕方ないと言っていたじゃないか。」
「まあ、それはそうなんだけど。」
「じゃあ、何でだ?」
ぐいっと魔理沙が身を乗り出して香霖のベッドに両手を付く。
「私は理由が聞きたいんだ。ごまかさないで真面目に答えてくれると嬉しいんだが。ああ、いや。勘違いはするなよ。」
「勘違いって何が言いたいのか良く分からないんだけど……。まあ、別に僕に悪意があったわけじゃないんだ。あれは不幸な事故であって」
「事故?」
「あ、うん。アレは元々使い方が分からなかった代物でね。普通の鏡にしか見えなかったからもう諦めて風呂場の鏡の代わりにしようと思ったんだよ。前の鏡物凄く曇っていたのは知っているだろう?」
「ああ、あの小さい奴か?」
「そうだね。だから本当に僕に悪気は……」
「はあ、なんだ。別に私の―――」
「まあそういう事なんだけど……魔理沙?」
何故か俯いていた魔理沙に霖之助は声をかける。その声に驚いたのか一瞬びくっと体を震わせた。
「な、なんでもないっ」
「大丈夫かい。僕の風邪でもうつしちゃったんじゃ―――」
心配そうに霖之助が魔理沙の額に触ろうと手を伸ばすがそれを慌てて払いのける。
「何でも無いんだ気にするなまた今度来るからお詫びはその時に頼むぜそれじゃっ!」
一息に息継ぎも無しにそれだけの言葉を言い切ると魔理沙はぴゅーっと文字通り脱兎のごとく走り出す。そのままの勢いで何故か頭から扉へとぶつかり、ゴンという大きな音を立てた。
「だ、大丈夫かい魔理沙?」
その問いに魔理沙は頷くだけで答えた。
ドアを開け、外に出て霖之助から自分の姿が見えなくなったところで魔理沙は立ち止まった。言うべきか言わないべきか一瞬だけ悩んで結局ぽつりと小さく呟くだけに留めた。
「もう勘違いしてしまう様なことはしないでくれよな―――」
そう言って魔理沙ははぁ、と小さく溜息を付いた。
それから時間が少し経った。
霖之助はまだだるい体を押してゆっくりと店頭へと向かっていた。それは一応念のために戸締りの確認ぐらいはしておこうと思っての行動だ。
さっきのやりとりで心と体にかなりの負担がかかっていたのか一度は殆ど治ったと思っていた風邪がまたぶり返してきてしまったようで、ガンガンと痛む頭を左手で抑えながらゆっくりと前へと進んでゆく。
窓を一つ一つ確認し、一応風呂場の窓にも鍵を閉める。薄暗い通路をゆっくりと歩きながら玄関まで来たときにふと目の端に何かおかしな物が映った様な気がした。
「……箒?」
ゆっくりと近づいてみると、やっぱり廊下に立てかけられていたのは魔理沙の箒だった。まさかこれを置いて帰るはずもないから、魔理沙はまだこの近くにいるということになるのだろう。
「魔理沙~?」
声を掛けてみるが、どこからも返事は無い。何となく心配になって店の方へ向かってみると、案の定魔理沙が段差の所で座り込んでいた。
「何だ、香霖か。いや、なんだか体がだるくてな。」
霖之助が近づいていって魔理沙の額に手をやると、今度は払おうとはせずに軽く顎を上に上げただけだった。
「なんだ、熱があるじゃないか。どうして黙っていたんだい。」
「今になって、急に……」
「悪いね。僕の風邪をうつしてしまったのかもしれない。」
「…………」
「魔理沙?」
体がふらり、と揺れたかと思うとそのまま横に力無く倒れ始める。それを霖之助は慌てて支えた。
少し待っても魔理沙からの返事が無い事を確認すると、そのまま一息に抱きかかえる。そして腕の中で荒い息を吐いて目を瞑っている魔理沙を見て軽く頭を振ると、元来た道をゆっくりと歩き始めた。
「こう……りん?」
ぼう、とした頭で小さく呟く。
一体何を言ったのか良く分からなかったが、自分が布団の中で眠っていると言う事ぐらいは魔理沙に理解出来た。
「おや、起きたのかい?」
「え、と……」
熱い頭はくらくらして上手く思考がまとまらない。一体自分はどうして布団の中に居るのかも良く分からなかった。
「覚えてないかい、魔理沙。」
覚えていない、とは何だろうとまで考えた所でやっと店の中で倒れたのを思い出し、起き上がろうとしたところで霖之助の手によって体が押さえつけられた。
「だめだよ、まだ寝てなくちゃ。それよりも……」
「それよりも?」
「起きたんなら僕の服を離してくれると嬉しいんだけどな。じゃないと今までみたいに魔理沙が起きるまで僕もこのベッドで寝ていなくちゃならなくなる」
今になってやっと気づいたのか、慌てて魔理沙が掴んでいた霖之助の服の裾をあわてて離す。
「え、あ。ご、ごめんなさい。」
その言葉に霖之助はおや、と軽く眉を上げた。
「なんだか今の魔理沙は女の子っぽいね。いつもの元気な君もいいけどそういう君も僕は好きだよ。」
「え、あ、うう……」
その言葉を聞いて魔理沙の体温がさらに上がった。慌てて顔を布団で隠そうとするが、自分のからだの下敷きとなっているせいで口の辺りまでしか届かなかった。
「また熱があがったんじゃないか?」
「だ、大丈夫だからっ!」
放っておくとまた額を触られてしまうと言う事が魔理沙には分かっていたので慌ててそういい切る。
「ならいいんだけど。それだけ大きな声が出せるなら本当に大丈夫だろうね。」
「あ、ああ。私は大丈夫だぜ。」
「そっか、じゃあ僕は行くよ。ゆっくりおやすみ、魔理沙。」
そう言って立ち去ろうとした霖之助の服を気が付いたら魔理沙は後ろから掴んでいた。
「何だい?」
「い、いや、その、なんだ。香霖はどこで寝るんだ?」
「僕かい? 僕ならその辺りで寝るつもりだけど。」
「香霖だって風邪引いてるんだろ、だったら悪化しちゃまずいじゃないか。」
魔理沙が言おうとしていることに気づき、霖之助は苦笑しながら魔理沙に対して向き直る。
「いや、そういうわけにも行かない。魔理沙はもう子供じゃないんだ。それは理解しているんだろう?」
「―――たまには」
「ん?」
「風邪を引いているときぐらい良いじゃないか」
「いや、でもなぁ」
「鏡のお詫び」
「うっ……」
「これで良い。私の気が変わらないうちにこの辺で妥協しておくのが良いんじゃないか?」
「そうなのかな」
「まあ、別に香霖に何か害があるわけでも無いだろうし。別に何もしないんだろう?」
「それは当然だよ。僕が魔理沙に何かするわけ無いじゃないか。」
「なら、問題ないだろ。二人とも風邪を引いているならうつす心配も無いしな」
「そういうものなのかなぁ」
「それにさ、さっきも一緒に寝てたんだ。だったらいまさらそんな事言っても仕方ないじゃないか。」
そう言っておそるおそる魔理沙は布団を捲った。いつの間にか自分が寝巻きに着替えさせられていた事に気づき、顔を真っ赤にする。
「お、おい香霖。この服は……」
「それは、だね。君が―――」
霖之助が自分の服を、とまで考えた所でオーバーヒートしたのか、魔理沙の意識はそこでブラックアウトした。布団を持ち上げていた腕がパタンと落ち、霖之助が慌てるのを見たのが結局その日の最後の記憶となった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ん・・・・っ」
小さく息を吸って、小さく息を吐き出す。
起きたときには隣には誰も居なかった。触ってみたけれど温もりもなかったからけっこう彼がこの場を去ってから時間が経っているのだろうな、と魔理沙は思う。
昨日倒れてから自分が何を言っていたのか、何をしていたのかはよく覚えていなかったけれど、霖之助に一緒に寝て欲しいと頼んだ記憶だけは残っていた。
手を組んで思いっきり腕を上にと伸ばす。体はまだすこしだるかったが、もう殆ど治ってしまったとかんがえられるだろう。よくよく考えてみると、倒れたのなんか始めての経験だった。もしも空を飛んでいる最中だったら、と考えると今更ながらに恐ろしい。
昨日の教訓、風邪を甘く見ないようにしよう。
…………ではなく。
服も着替えずにそのまま廊下をゆっくりと進んでゆく。それ以前に、自分の服がどこにあるのかもわからないのだからどうしようもないという話もあるのだけれど。
遠くからトントンというまな板を包丁で叩く音が聞こえてきた。どうやら霖之助は朝食の準備をしていたらしかった。自分から料理を作ろうとしている所をみると、自分と同じように風邪は治ったのだろう、と魔理沙は考える。
「よう、香霖。元気か?」
「目が覚めたのかい、魔理沙。僕は元気だよ、魔理沙はどうだい?」
何かを切っていた手を止めて霖之助は魔理沙の方へと向き直った。後ろでは鍋がぐつぐつと煮え立っていてそこから良い匂いが漂ってきていた。
「ああ、私も元気だぜ」
「そうか、それはよかったよ。もうすぐ準備できるからそこに座っておくといい。何か今食べたくない物はあるかい?」
その問いに魔理沙は一瞬だけ考えた後、首を振った。
「そうか。ならこのままでいいかな」
そう言って再びまな板へと向き直り、トントンという規則正しいリズムを刻み始める。その後姿を見ながら、魔理沙はじっと椅子に座っていた。
「なあ、香霖。」
「なんだい?」
「昨日の事は絶対に誰にも言うなよ」
「分かっているよ」
「そうか、分かっていてくれているならいいんだ」
「当たり前じゃないか。君の裸をみてしまっただなんて誰かに言える訳無い」
「…………」
その言葉を魔理沙は数秒自分の中で沈黙と共にかみ締め、
「まあ、香霖ならそう言うと思ったよ……」
諦めたかの様に溜息を付きながら大きく肩を落とす事となり―――
そして、当然のように霖之助は魔理沙の言外の抗議に全く気づくことも無く、規則正しくまな板を叩き続けているのだった。
(おわり)
俺は好きだ
しかし・・・段ボール三箱分の水増しとかするから給料からさっぴかれるん
じゃないか美鈴・・・
そして美鈴はむしろ給料がマイナス地になりそうだな
これに尽きる
……が、おまい、ちと勘違いしてるってw 詳細はまた別途。
そして香霖。いろいろと苦労するな……
そしてこーりん俺と代わr(マスタースパーク
と思わず叫びたくなる程のつれなさが加減が……
魔理沙って絶対良い女になるのになぁ。勿体無いぜ、香霖。
魔理沙よ、道は遠そうだが頑張ってくれw
あいつはど真ん中ストレート以外は全部見送るから。