六月、それは梅雨の季節。
幻想郷全てに長雨が続く日々、それはこの魔法の森も例外ではなかった。
そんな森の奥深く、幻想郷には珍しい洋風の建物がある。
その窓辺に人影が一つ。
ここの家主で人形遣いことアリス=マーガトロイド、彼女には密かに悩みがある。
この季節、放っておくと家のあちこちに生えてくる気味の悪いもの・・・はこの際良い。
―――普段の彼女ならば良くない、と言うところだが。
今はそれ以上の問題があった。
彼女は本気で戦わない。
否、いつからか本気で戦うことが出来なくなっていた。
圧倒的な力で相手を叩き潰す、それでは面白くない。
弾幕はブレインだ、相手に合わせて力を抑えたほうがより楽しめるし。
(・・・もしも負けても本気でないなら大丈夫だ、って)
それ以前に彼女は強く、負けた経験など片手で足りた。
(そう、そんな頃―――)
それは例年より長く冬の続いたある日のこと。
―――
「・・・まずはこんなところかしら」
最初の弾幕が完成した。
黒い奴が突然私のフィールドに入り込み、配置していた人形達を落とし始めてからしばらく、アリスは敵を迎え撃つべく罠を張り巡らせていた。
この弾幕は不意打ちこそ出来るものの、速くもなく大して複雑なパターンでもない。
(でも、簡単に倒しちゃっても面白くないし)
そう思い、辺りに魔力を注いで罠としての弾幕を起動する。
アリスを中心にして薄赤い光の筋が浮かぶ。
宙にそれが走り、その瞬間にそれに沿うように無数の光弾が出現。
敵の周囲を囲むように回りながら中心へ殺到する。
敵は一瞬不意を付かれ動きを止めたが、次の瞬間には動き出し弾幕を回避する、
その動きは速く的確でこちらから見ても惚れ惚れするものだった。
(こんな動きの出来る相手なら、さっきのはちょっと手を抜きすぎたかな)
その証拠に敵は確実に回避を続けつつも攻撃を撃ち込んでくる。
直線的で速く、連射して次々と襲ってくるその攻撃は。
(・・・重い、まともに防いでたら長くは持たないかも)
幸い軌道そのものは読みやすい、ならばと回避を主体にし、牽制の弾を放つ。
相手もこちらの対応に反応し、高速弾ではなく星の弾幕をばら撒き始める。
「今度はこっちの番だぜ」
夜空に散らばる星型弾、その弾幕は実に美しかった。
パターンは簡単で動きも単純で読みやすかったが、しかし。
とにかく弾が多い。
しかし今シンプルなパターンは問題ではなく、むしろアリスを相手には強みにすらなりえた。
(もう、最初は綺麗かと思ったのに、動き出したら弾の間隔は微妙にずれてるし乱射してる弾もあるし・・・)
制御がなっちゃいない、という言葉は飲み込む。
今自分が苦戦を強いられているのは事実。
「弾幕はパワーだぜ、ちまちました小細工は性に合わないな!」
そう言うと火力を上げてきた、周囲の密度が増し、しかしアリスは針に糸を通すように攻撃を回避し続ける。
しかし抜ける、確かに苦戦はしたが普段と比べてのことだ、当たりはしない。
・・・こいつは嫌な奴だ、となんとなく思う。
両者共に決定打を与えられないままそういった攻防がいくらか続いて。
息切れからなのか敵の攻撃が止まった、その瞬間。
アリスが指を鳴らす、それと同時。
弾幕が起動する、回避しながらも仕掛け続けていた罠が動き出す。
再び光が走り光弾が現れる。
「・・・二度ネタかよ、芸が無いな」
それを聞いたアリスは、口元に笑みを浮かべて。
「これを見ても、まだそれが言えるかしら?」
言葉と共に周囲に多数の人形が現れ、それぞれが剣や弓を構え攻撃を仕掛ける。
人形と弾幕の多段攻撃、並みの相手なら何度落ちたか分からなくなるほどだ。
襲い掛かる密度の濃い弾幕と意思を持っているようにフェイントやトリッキーな動きから攻撃を繰り出す人形達。
だがしかし、その攻撃を越えて敵は無傷だった。
身に着けた洋服や装飾品には確かに傷が付いている、だが敵自身は無傷、かすり傷一つ無い。
その瞳は炎が揺らめくように輝き、強敵との戦いを心底楽しんでいるようだった。
そして不適に笑うと同時に、撃ち返していた攻撃の手を止めた。
(・・・何故?)
分からない、分からないがそれはチャンスだった。
懐からスペルカードを抜き出す、手持ちの中でも最強のカードである虎の子だ。
込められた魔力が一瞬で開放され、辺り一面の場を捻じ曲げ一変させる。
「―――これで終わりよ!」
言葉と共に、弾幕が雪崩となって押し寄せた。
スペルカードによって作られた場はそのものが術者の味方だ。
熟練した使い手ならば何も無い空間からでも弾幕を展開できる。
そして人形達も動く、逃げ場など与えない、ここで確実に落としてみせると。
アリスはその弾幕に道を用意する、逃げ場ではなく、追い詰めるための道。
五本の道のうち、左側の二本には大勢の人形が待ち構えている。
右の二本は抜けられるように見えるが、途中で道が潰れるようになっている。
真ん中の一本、そこが勝負の場だ。
相手もそれは分かっているようで、ダミーの道には目もくれずに中央に用意されたわずかな隙間を走り抜ける。
(だけど、ここで終わりにする!)
人形では抑えられない、至近で弾幕を放ったところで密度は足りないし近接戦闘を仕掛けても相手のほうが一枚上手だ。
だから自分でとどめを刺す。
問題ない、この状況で追加の弾幕だなんて自分ですら避け切る自信はない。
だから撃つ。
これで終わりだ、敵は確実に詰んだ。
「―――どうして、私が攻撃を止めたか分かるか?」
一瞬、気が緩んだところに不意の声がかかる。
敵は笑っている、実に楽しそうに、実に面白そうに。
その様子に危険を感じる、まずい、このままでは何かが、そう思った瞬間。
「切り札は、最後まで取っておくものだぜ!」
懐から現れる一枚のスペルカード。
一瞬で世界が切り替わる、自分のものから、相手のものへと。
世界が震える、世界を構成する何もかもがそれを恐れている。
圧倒的な力の集結、そして放出。
閃光と共にアリスの意識は途切れた。
―――
それからか、あの黒い魔法使いに関わることが多くなったのは。
あいつが隣の家―――といっても魔法の森を挟んでかなりの距離があるが―――の住人だと知ったのもあれからだし。
宴会に呼ばれたこともあった、怪しい気配を探っていたら鬼なんてものが出てきたが。
互いに異変を探っていて、ぶつかり合ったとき。
マジックアイテムを蒐集していたら鉢合わせして弾幕合戦になったとき。
神社で霊夢と弾幕ごっこをしているとき。
魔理沙はいつだって全力だった、何に対しても全力で立ち向かい戦っていた。
私の最も近くにいて最も親しい人間、共に戦ったパートナー。
(・・・パートナーか)
思い出す、本気になれない自分に気付いた秋の日のことを。
―――
永夜の空に影が三つ。
夜を止めたアリスと魔理沙、それに立腹した霊夢の三人だ。
霊夢には話が通じていない、事態の原因が自分たちにあると誤解している上に。
(魔理沙は魔理沙で、全部私のせいみたいなことを言うし・・・)
霊夢の弾幕は誘導性のある符や結界による攻撃がメインだ。
前者はまだ動き自体は単純で分かりやすい、避けるのは難しいが。
(この結界がなかなか曲者なのよね)
単純にこちらの動きを抑制し封じてくるものもあれば、空間の一点と一点を繋ぎ合わせるような働きもする。
結界の術は境界の術でもあるという、まるであのスキマ妖怪のようだ。
その上テレポートのような移動を駆使して回避、攻撃を仕掛けてくる。
はっきり言ってしまえば反則の塊のような相手。
二人がかりで攻めてもなお分が悪い。
ひたすら広範囲に高密度でばら撒かれる符の連射。
さらに加えて使い魔のような物まで飛ばしている。
ある弾は結界の内側で反射し、またある弾は背後から現れる。
ただでさえ攻撃に意識を向ける余裕は無かったが。
隙を見て撃ち返すレーザーも全く当たる様子は無い、それは魔理沙も同様のようで。
(何なのよこの力は、妖怪なんかよりよっぽど化け物じみてるじゃない!)
思わず毒づくが意味はない。
目の前にあるものが現実であり、今はただ避け続けるしか手が無かった。
これが途切れたら弾幕で流れを握る、こちらの番になれば二人で攻められる分圧倒的に有利なはず。
その時を待ち、今は耐える。
しかし一向に攻撃の手が緩む様子は無い、上下前後左右、八方、十六方と密度を増す弾幕に対し、むしろ徐々に余裕は無くなってきている。
「・・・反撃して来ないのね、ならまだまだ行かせてもらうけど」
死刑宣告のように暗い響きで、力量の差を思い知らせるように言葉が飛ぶ。
その手に握られていたものは一枚のスペルカード。
霊夢の得意とする夢想封印のカードだった。
そして世界の変化を感じた瞬間、目の前に七色の光が溢れた。
飛ぶ、ただひたすらに全力で飛ぶ。
だが引き離せない、七つの弾丸は取り囲むように追ってくる。
回避だけに全ての神経を集中する、音が消え、色が消え、世界の動きが遅くなる。
背後の気配を察しとっさに急ブレーキ、目の前を上から下に赤い弾丸が抜けていく。
即座に反転し加速、緑と青の弾を体をひねり紙一重で避ける。
・・・だがそこまでだった。
その瞬間目の前にあったのは霊夢。
回避された弾をコントロールして引き戻し。
さらに追加の弾幕を至近距離で放とうとする姿があった。
もう間に合わない。
もとより左右に逃げ場はないし、前も塞がれている。
先ほど回避した弾は後ろからアリスを襲うだろう。
スペルカードを発動させようにも、もはやこの距離では間に合わない。
―――詰まれた、完全に。
何をしても手遅れだった、アリスはそう悟り目を閉じる。
その瞬間目蓋に浮かぶ黒い少女の姿。
(・・・魔理沙、ごめん)
そう心の中で呟いたその時。
「―――諦めるにはまだ早すぎるぜ!」
声が届いた。
光も届いた。
光の魔砲が目の前の弾幕を飲み込み、穴を開ける。
即座に立ち直り反射的に離脱、次の瞬間には次弾が飛んでいた。
「霊夢もアリスも、私がいるってことを忘れすぎだ」
「こんな適当な弾幕だけ寄越して・・・私たちはペアだ、そこのところ忘れるなよ」
お前もな、と付け加える。
「さあ、仕切りなおしだ。今度はこっちの番だぜ!」
魔理沙の反撃が始まる。
星屑の連打、それを横目に見ながら、まるで自分がここにいないかのように感じていた。
魔理沙はいつだって最後まで諦めない。
最後の最後まで手を尽くし、全力で戦う。
魔理沙が言ったように、私たちはペアだ。
・・・ならば私は?
全力で戦っているだろうか?
否。
全力を出すことが怖い。
全力を出して、それでなお負けることが怖い。
怖い、本気になるということはこんなにも恐ろしいものだったのか。
私は、魔理沙のパートナーとして相応しくないのだろうか。
「・・・アリス?」
怪訝そうな魔理沙の声で現実に引き戻される。
突然立ち止まって動かなくなったのだから当然だろう。
だけど分からない、どうしたらいいのか。
まるで闇の中に一人放り出されたように不安が胸を締め付けていく。
(動かないと)
だが動けない。
(戦わないと)
だが戦えない。
(本気を出さないと―――)
―――だが、怖い。
その様子に何を感じ取ったのか。
「・・・下がってろよアリス、私がなんとかする」
―――!?
そんな、この霊夢を相手に一人だなんて。
「無理よそんなの!」
「無理でもだ、今のお前を前になんて出せるわけないだろ」
「・・・正直、足手まといにしかならないぜ」
真剣な顔でそう言い切るとにやり、と不適に笑って。
「まあ何とかする、そこで見てろよ」
そう言って魔理沙は全速力で飛び出し、霊夢がそれを追う。
その日は結局、異変の犯人を見つけることはできなかった。
―――
そうして気付いた。
私は本気を出さないのではなく、出せないのだと。
あの後、魔理沙は傷だらけになって戻ってきた。
その姿には少なからずショックを受けたし。
(・・・私がもっとしっかりしていれば)
それが出来なかったからこそ、自分の身だけでなくパートナーまでも危険に晒し傷つけてしまった。
月の異変はその後無事解決したが、この事実はアリスの心に暗い影を落としていた。
そうして、彼女はその事実を忘れるかのように研究に没頭した。
自分が本気を出せないことも、魔理沙に足手まといだと言われた事実も。
全部、忘れてしまいたかった。
そうして冬を越した。
春も過ぎた、外は何やら騒ぎになっていたようだけど、気にする余裕もなかった。
季節は春と夏の境、梅雨になった。
(でもやっぱり、逃げられなかった)
目をそらしてきたその結果は散々なものだった。
簡単な実験ですらミスが目立ち、薬の調合では材料を忘れた。
魔法の詠唱は間違え暴発させ。
「・・・もう人形も上手に作れない」
指には血のにじんだ真新しい包帯がいくつも巻かれていた。
やっぱりこのままじゃいけない、そう思ったのが先日のこと。
どうすればいいか、それを考える上で思い浮かび続けていたのは魔理沙の姿。
だから想う、出会いと気付きを、そのときの彼女を。
そうして雲に隠れた陽は登り、沈み、月が巡り。
それが一回。
―――窓辺で過ごし。
四回。
―――頭を抱え。
十回。
―――もはや起き上がる気力も無く。
十三回目。
―――物音一つしないまま。
十五回目、姿を見せることなく陽は沈み、雲の彼方に月の輝く頃。
雨の音に混じって、聞き逃してしまいそうな音が小さく響く。
ノックの音だ。
(・・・誰だろう?)
この家を訪れるような相手に、ノックをするような手合はいなかったはずだが。
重い体を引きずるようにして立ち上がる。
(そういえば、このところ何も食べてなかった)
衰弱した体に玄関までの距離は長かった、やっとの思いで辿り着き。
「どなた?」
自分の声に愕然とした。
まるで老婆の怨嗟のような声。
知らないうちに千も二千も歳を取ったかのようだった。
「―――私だ」
少し驚いたような魔理沙の声。
答える声には間があった、この声に驚き躊躇ったのか。
しかしそれを否定するように扉が開かれる。
しばしの無音、それが自分を責めているように感じられるのは気のせいか。
我慢比べのようなその状況と空気に耐えかねて口を開く。
「ど、どうしたのよ魔理沙、いつもならノックなんて」
「―――アリス」
それを遮って魔理沙が話す。
「・・・おかしいか?
でもそれはこっちの台詞だ、今までも十分普通じゃなかったがここ最近のお前は輪をかけておかしい」
少し溜めて。
「・・・表に出ろよアリス、決着を付けさせてやる」
決着?
「決着って何よ・・・」
そう言うと魔理沙は少し黙って。
「・・・分からないか、荒療治してやろうって言うんだよ」
荒療治?
私はそんなことは望んでない。
「何よ・・・私の気も知らないで!」
「分かってるさ!どうせ一人で考えてても答えを出せないんだろ!」
分かっているのか。
本当に分かっているのか。
分かってない、そんなことじゃない。
第一、本当に分かっているなら。
「なら放っておいてよ!」
その姿を見たくなかった、あの夜を思い出すから。
まだ会いたくなかった、隣に立つ資格は無いから。
話したくなかった、まだ答えを出せていないから。
「魔理沙になんて―――」
言ってしまう。
「―――会いたくなかったのに!」
言った。
言ってしまった。
突き放してしまった。
急速に頭が冷めていく。
心配してくれていたのに。
取り返しの付かないことをした。
「・・・帰ってよ」
「もう来ないでよ!」
思いとは裏腹に言葉を重ねていく。
向き合いたくない。
本当は向き合いたくなんてない。
考えたくなんてなかった。
「―――逃げるのか」
そんな私に、まだ声を掛けるのか。
「まだ逃げるのか、アリス=マーガトロイド!」
その言葉はどの弾丸よりも速く。
どの弾幕よりも正確に。
何よりも一直線に、アリスの心を貫いた。
「明日の正午、博麗神社で待ってる」
そう言って躊躇い無く踵を返し立ち去る。
一度も振り返ることなく、黒い姿は森の闇の中へ消えていった。
―――
PM 0:03 博麗神社上空。
アリス=マーガトロイドは苦戦していた。
今より時を遡ること三分。
待ち構えていた魔理沙はアリスに対し一方的に宣戦を布告。
不意打ちの攻撃でイニシアチブを握った。
その弾幕は苛烈にして的確。
弾幕はパワーだという自身の心情に反するかのように着実にアリスを追い詰める。
星の群れは渦を巻き、レーザーは曲がり、直進するはずの弾丸はホーミングしながら追ってくる。
だが強い、敵を追い詰めるためだけに計算され尽くした弾幕に死角は無い。
加えて、普段と全く違うこの弾幕に不意を突かれたこともあってか回避の動きは鈍い。
そうして戦いが始まってから丁度五分、アリスは背後からの一撃に最後の逃げ道を断たれた。
何故こんなことをするのか。
―――これはまさに、過去の再現。
乗り越えなければならない過去の一瞬。
戦いの中で生まれた想いは。
戦いの中でしか昇華できない。
答えは分かっている。
ずっと考え続けていたのだから。
(魔理沙はいつも全力だ)
分からないはずがない。
その姿をずっと近くで見続けていたのだから。
(負けることを恐れていない)
今までも理解していた。
理解していたが、実行することが怖かっただけ。
(本当に怖いのは負けることじゃない)
(本気で戦い敗れて、心が折れてしまうことだと思ってた)
それだけでは戦えなかった。
それだけでは守れなかった。
(だから本気になりたいと願うなら)
(もしも負けても、折れてしまわないように強くならないと)
要するにそれは。
前に進むために傷つくことを恐れるなという、ただそれだけの話。
どうすればいいのか、それが分かっているのならば。
足りないものは歩を進める勇気。
決して諦めず歩き続ける、未来を望む心だけ。
―――
魔理沙には見えていた。
アリスの動きの変化、絶望的とも言える弾丸の嵐をより速く的確に鋭角に、
弾幕の隙間を紙一重で抜けるその動きが。
ようやくだ。
ようやく同じ舞台に上がってきた。
抑えていた力を全開に。
まずは後退、距離を開ける。
右手と左手に最高の力を。
笑みの浮かぶ唇には言霊を。
同じ領域に辿り着いた相手を。
全身全霊の力で迎撃するために。
スペルカードを開放する。
あらゆる魔砲の頂点、幻想郷最強の一撃。
ファイナルマスタースパーク。
間合いは十分。
通常ならばどんな攻撃も届きはしない超々長距離。
しかし届かせる、最強の魔砲はこの距離すらも一瞬で零にする。
―――力は十分だ、さあ始めよう。
「い――っけえええぇぇぇぇぇ!!」
構えた両手の先から発射される光の帯。
それは一瞬で空を翔け、相手との距離を喰らい尽くす。
立ち塞がる全てのものを喰い、押しのけながら光条が走る。
しかし魔理沙には見えていた。
発射する直前、アリスがスペルカードを構え詠唱する姿が。
聞こえはしなかったが唇は読めた。
(・・・サクリファイス?)
確かあのスペルカードには、今の一撃に対抗できるような力は無いはず。
放っていたビットからアリスが光に飲み込まれるのは見えていた。
回避した姿も確認していない。
ところで。
これらの魔砲には共通する三つの弱点がある。
一つ目は視界。
当然だが、この魔砲を放ってしまえば目に映るものは光のみ。
これはビットを新たな視点として配置することで解決した。
二つ目は旋回性能。
ひとたび回避されてしまえば追いつくことは難しい。
これは光条の大型化。
そして射程を伸ばすことで距離を大きく開き、小さい角度で広範囲をなぎ払うことで解決している。
―――背後に放っていたビットから反応。
どういう仕掛けかは知らないが攻撃は回避され、その後瞬間移動で背後に回られた。
そして三つ目の弱点。
それは単純に『重い』こと。
いくら魔法といえど、この世の物理法則から完全に無関係ではいられない。
強烈な破壊力を撃ち出す代償としての反作用が発生する。
これが旋回性能の原因、反作用を受け続けながら高速で旋回することなど不可能。
故に魔理沙は一つの動きを選択する。
両手で受けていたその反作用を片手で押さえつける。
本来両手で受けてなお負担の大きいそれに左手が悲鳴を上げる。
服が破れ、皮膚が裂け血が噴き出し筋肉が歪み骨が軋む。
右手は懐から真横へ、スペルカードを構える。
術者は空でありながらもストックされた魔力が魔法を完成、一瞬で力を溜めて放つ。
放たれた光は推進力となり一瞬で魔砲を振り回す。
魔の双砲は一瞬で背後に迫っていたアリスを飲み込む。
二度目は無い。
今度こそ直撃した。
ビットから送られていた映像も、アリスが何の抵抗も出来ないまま飲み込まれたと示している。
(・・・頑張ったけど、ここまでか)
それでもアリスが壁を一つ乗り越えたことは事実なのだ、墜落する前に受け止めてやるか。
そう思ったその瞬間。
「―――あんたなら」
不意の声が響く。
「この状況からでも、何かしてくると思ってたわよ!」
光を突き抜けて、傷だらけになりながらもアリスが迫る。
―――
分かっていた。
諦めることなど無いと。
だからこの結末は読めていた。
しかし防御のためにほぼ全ての魔力は消費されている。
次の一撃で終わらせられなければそれで終わりだ。
「―――上海、蓬莱!」
この結果を読んで、既に配置を済ませていた人形たちに指示を飛ばす。
上空に待機させていた上海、そして魔理沙の後方にいる蓬莱。
先ほど身代わりになった蓬莱には酷な話だが、もう一働きしてもらおう。
頭上と背後、避けがたい二方向からの十字砲火。
即座にスペルカードを発動。
残った魔力を全て人形たちに充填。
現状を把握される前に一瞬で終わりにする。
さあ、決着を付けよう。
瞬間。
虚を突かれていた魔理沙に赤い二本のレーザーが直撃する。
しかしその成果を確認する間もなく、アリスの意識は沈んでいった。
―――
霧雨魔理沙の朝はそれなりに早い。
鳥が鳴き始める頃には目覚まし時計を止め、顔を洗って朝食を作る。
―――のだが。
どうも外と思しき方向から夜雀が歌う声が聞こえる。
一応鳥の声ではあるがこれはちょっと違うだろう、と思いつつ意識が半分覚醒する。
(・・・朝っぱらからうるさいな)
そう思いつつ、未だ鳴っていない目覚まし時計に手を伸ばす。
・・・すかっ。
枕元をさらう手が空を切る。
(そういや昨日、ちゃんとネジ回したか?)
―――余談だが、幻想郷に電池などというものはほとんど存在しないのでネジ巻き式である。
ネジを回したとか、回してないとか。
いや、そもそもそれ以前に。
(・・・布団に入った記憶が無い)
これはあれだろうか、もしかして若年性健忘症という奴―――
「―――ああ」
思索のうちに意識が完全に覚醒した。
そういえばアリスの人形に撃ち落されて、それきりだった。
まあ、それはともかくとして。
「・・・ここはどこだ?」
畳敷きの部屋にいた、ちなみに自宅にも和室はあるが、違う。
そうして困惑していたると後ろから声がかかった。
「あら魔理沙、お目覚めかしら」
声には聞き覚えがあった、その声は。
「霊夢?」
振り向いた先に居たのは博麗神社の主、博麗霊夢その人だった。
「・・・なんだ、神社か」
「なんだじゃないでしょうが。
頭の上で派手に弾幕ごっこしてたと思ったら、二人していきなり落ちてくるんだから」
放っておいたら屋根に二つ穴が開くところだった、と付け加える。
「で、昨日のあれは一体どうしたのよ、喧嘩でもした?」
・・・そういえば霊夢は事情を知らなかったか。
「いや、このところアリスの様子がおかしかったのも、いつまでも冬が明けなかったのも、
月がおかしかったのも花が咲いたのも、全部昨日で解決だ」
霊夢はそう、とだけ答えた、きっと分かってない。
「私はてっきり、魔理沙が浮気でもしたのかと」
思わずずっこける、布団の上でやるのは我ながら器用だと思うが。
「・・・誰が誰と浮気するって?」
と言うと霊夢は真顔になって。
「魔理沙が、パチュリーとかフランと」
・・・私は周りからそういう目で見られていたのか。
というか、浮気?
「浮気、ってことはあれか。私とアリスが要するにそういう関係だと」
パチュリーとかフランも。
噂の出所はどこだろうか、この間の新聞屋だったらちょっと灸を吸えてやらねば。
なんとなく気に入らないし。
ちょっと黒いし、速いし。
一体どうしてくれようかと考えていると、隣から寝返りを打ったような気配。
それにふと顔を上げるとアリスの方を向いていた霊夢が。
「・・・それにしても、幸せそうに寝てるわねえ」
と呟いていたので。
「悩みは昨日で綺麗さっぱり終わったからな」
と返しておいた。
その間には、満ち足りた幸せそうな顔で眠るアリスの姿。
その後、目を覚ましたアリスが真っ赤になって神社を半壊させたのはまた別の話。
いや、最後の一文を読んだら、そんな悲鳴が博麗神社から聞こえてきたのです
う~ん、私は⑨なので気の利いた感想とか書けないですけど、
綺麗な文だなって思いました。次作も楽しみにしてます~。
解決までのながれもスムーズです。が、ややスムーズに過ぎるような気もします。心情をテーマにするなら、もっと深く、言ってしまえばねちねちと鬱々とアリスの内面を描写してほしいです。すると今度はそれを打開できるだけの解決描写をしなきゃないので大変だとは思いますが……。
最初の戦闘が、決して下手ではないのですがちょっとかったるく思われました。落ち着いて読めばテンポを良くしようとしているのは感じられるのですが、どこか勢いに欠ける、という感じ。本気を出さずあれこれと考えながら戦っているアリス視点、というのを考えればダルいくらいが相応しいのですが、読んで楽しいかとはまた別の話。途中ならともかく、最初に読み進めにくさを感じさせるのはちょっと考えもの。でも、もう少し言葉とか描写とかを選べば良くなることでしょう。
あとラスト一文の浮き方が凄くないですか。
基本的に読みやすかったですし安定しているように感じられましたので、これからも頑張ってください。
長々書いてアレですが私の感想は話半分に受け取るとナイス。