Coolier - 新生・東方創想話

東方空行朔 ~Materializing Phantasm~ 1

2005/11/25 11:37:59
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十二月一日。
魔法の森。




夜明け間近の霧の中、霧雨魔理沙は呆けた顔と頭で危なげに飛んでいた。
意味のない三日連続の徹夜明けの彼女の思考はいつもよりも混沌白濁としていた。
それは風もなく澱みきっている今の霧と同じだった。
季節がら相当寒い時間帯だが、風がないこととあまりにも濃い霧とで今の魔理沙の脳まで寒気が届くことはなかった。
つま先から黄金の頭頂部までずぶぬれになりながらも、いまいち焦点の合わない眼でどこへともなく飛んでいた。
途中、梢を蹴っ飛ばして朝露を盛大にかぶったせいだった。帽子はそのときになくした。
飛んでいることにも向かう先にも霧の中を飛ぶこともその時間帯にも意味はないが、まるで空っぽになった魔理沙の頭のなかで誰かが命令しているかのように、魔理沙は飛んでいた。
次第に霧の白だけではなく、光の白が混じり始める。
夜が明けかけていた。
なんともなしに家から持ってきた、彼女には意味のない一枚の呪符を取り出した。
魔理沙は霧と朝露にぐしょぐしょになった符を掲げた。
ただその瞬間だけ、魔理沙は符の向こうに霧の切れ間を見つけた。
切れ間の向こう、未だ空を満たす夜気の中心に陽光の塊が見えた。
それは夜明けが待ちきれない朝、ではなく、眠りを忘れた朝が、場違いにもその場にいるようだった。

あれは──

暗転。
何かが魔理沙の脳へ届こうとした直前に、魔女の体は箒から滑り落ちて柔らかい草の上へと落ちてしまった。
痛みも感じずに反射的に起き上がり、そこでほとんど動作していなかった意識と思考が少しだけ魔理沙を動かした。
霧の切れ間を探したが、すでにそんな物はなく、辺りはただ白い闇が続くばかりだった。
「…ねむ」
魔理沙は呆けた頭でそれだけ理解すると、まだ霧の深い森の中へと歩いて引き返していった。
すぐ傍に落ちた箒があったが、それを気に留めるでもなく、どこかへ行ってしまった恋符のことも忘れて。
霧はそれからすぐにあけた。




           東

           方

           空

           行

           朔


     ~ Materializing Phantasm ~


一「絆 ~The Shape of YAKUMO~ 上」




八雲橙は近頃自分は式神としての自覚が高まりつつあると思っていた。
まず自分の上位式であり、師でもあり、家族でもある藍。
彼女に毎日起こされる前に目が覚めることが増えたのだ。
それは今日も続いた。
橙は藍が来る前に布団を片付け、着替えを済ました。
この時に自分にかぶさっていたはずの布団が部屋の隅まで退いていて、かつ、最近はめっきり冷え込んでいると言う現状に橙は気が付かなかった。
身を打つ寒さに鼻を啜りながらも得意げな顔で障子を開け放った。
今日もいい天気だった。
居間へと向かう途中で自分を起こしに来た藍と顔を合わせた。
「おはようございます、藍さま!」
「おはよう。だんだんとおきる時間が早くなったと思って早く来たつもりだったが、必要なかったようだな」
「へへー。式神として当然の心得です!」
「ふむ、その心意気やよし。…ところでもう寒い時期だ。紫様のように風邪を引かぬよう一枚多く布団を掛けて寝なさい」
「はい。って、今起きたばかりですよー」
「そうだな。じゃあ夜まで覚えておくこと」
「はー…ぁぃいっっ」
くしゅん。

二人だけの朝食を終えると、藍は橙を自室まで呼んだ。
「これが衣装だ。着てみなさい」
橙は短く返事をすると、丁寧にたたまれた藍色の衣装に手を伸ばした。
そこまでしてから自分が服を脱がなければ着替えができないことに気づき、手早く脱衣を始めた。
「寒いだろう。閉めるぞ」
パタンと背後で格子の合わさる音を聞きながら首を抜く。
脇腹につめたい空気を感じつつ、衣装を広げてみると、どうも着易い構造ではないようだった。
「ああ、これは少し複雑なんだ。私の式服に近い形をしていて、この生地の合わせ方にもいろいろと意味がある。
着るまでの手順にもな」
「?? よくわからないです。ただ着るのが大変みたいな」
「まあ本当に意味のあるところなどない。これらすべてに意味や効果があったら、橙にはとても着られないだろう。
ほらこの文様は退魔でこっちは厄除けらしいが、別になんともないだろ?」
「ぜんぜん平気です、藍さま」
「つまり模様自体には効果はなく、意味だけがデザインされた後から付け足されたんだ」
背後に回って帯を締め、首の後ろに回してあった紐を対にしてその裏を通す。
「あはっ!! くすぐった、あひゃ!」
「こら、じっとする」
「あははは!
 …ってそれだとこの式服って、式服の意味がないんじゃないですか?」
「たしかに人間達が本気で妖怪達に対抗するつもりだったらならば、そういう効果と意味のある物を作るだろうが、あの祭の性質上はむしろそんな物は邪魔なんだ。
 生きるか死ぬかのやり取りに用いるような物は、大体ほとんどの者は知らないほうがいい、というのがこの式服を作った者の考えだからね」
「へー、えっへへへっ!!」
橙が身をよじらせた拍子に型が崩れた。数箇所やり直さなければならない。
「ほら、動くな」
「だってくすぐったいです」
「そんなにくすぐったくもな」
「あっはぁ!!」
ばしっ。
反射的に欄の手を避けるように払われた手の甲が欄の鼻を打ち据えた。
「ああっ! ごめんなさい!」
「・・・くもないのね」
藍は鼻腔の奥に、つつと流れる物を感じて鼻を押さえた。
「もうきりぐわないな。いいや、腰は回さず、この辺で適当に止めておごうか」
その他にも橙のツボを避け、極めて適当に着せ付けを済ました。
そして鼻ぼっちょ。
「おし、終わり」
「いいんですか? 生地の合わせ方手順もすっ飛ばした気がするのですが」
「これ作った奴だって見てくれ第一で作っただけだろう。
 見てくれはいいし。面倒くさいし。誰も文句は言うまい」
「え、そーですか?」
「そうそう、気にするな」
(いいのかなあ。人間だってさすがに気にする奴もいると思うけどな)
橙が頬を掻いて思案しているところを、藍が短く抱きしめる。
「うん、かわいい。これで文句を言う奴はいないいない」
「ぷは。そ、そーですか」
まだ夢の中にいる三人目の部屋の前を通って玄関へ。
藍が脇においてある桐の箱から橙が着ている式服に似た色彩の靴を取り出す。
橙の小さな足に見事にフィットした。
敷居を一歩またいで振り返る橙の全身を見て、
「よし、上出来」
ぽんと両手を合わせた。
「気をつけてな、と紫様が仰っていた。そして私からもだ」
「はい、いってきます」
意気揚々と石畳を蹴って歩き出す橙。
二、三歩進んだところで、先ほど感じた疑問を藍に質問した。
何の意味もない式服を着て人間に示唆することに、なんとなく後ろめたさが残っていた。
「意味がないと知れば子供や浅慮な者は確かに怒るかもしれないな。
 だが、その式服の本当の意味は着る者の格をあげ、信心を高めることだ。
 むしろ危機より離れ、妖怪を退治する人間の里のど真ん中で、魔除け等と意味のないことだ。
 物に持たせる目的は簡潔なほどよい。
 それはそういう物なのだよ」
話を聞いているうちに焦点が藍の顔から玄関の屋根、白い空へと移っていく。
「ん~…、よくわからないけど、騙すつもりで作られた服ではないということですか?」
「騙すつもりさ。
 浅い人間は絶対に魔よけなどの効果を信じてその服を着る。
 道に通じればそれらに意味のないことを知ってあきれるか、憤慨するだろう。
 それ以上の意味に気がついても、それが真意かどうかなど見極めきれる者もいない。
 結果としてそれは人間という触れ幅には収まりきらない、人間を超えた物となり、神を模して身につけるのに相応しい服となっているわけさ。
 だからそれはそれでいいというわけだよ」
「…ますますわかりませんが、いいんですか。これで」
「そうさ」
「んー、じゃあこれは人間が作ったものじゃないんですか?」
「まさか妖怪がそんな意味のないものを作るわけがない。
 妖怪は意味のある物を作り、意味のない結果しか出さないからね。
 そんな意味のないものから意味を見出すものを作れるのは、人間の仕業だよ」
「???」
橙の視線は敷石に落ちてのの字を書いた。
「とにかく。
 結果としてどうでもいいことだから、気楽に済ましてきなさい」
「はあ」
小さく振られる藍の手を背に、橙は悩みながら人里へゆっくりと歩を進めた。
少しもしない内に考えるのを走り出す。
十二月一日の早朝のことだった。


強い風が吹いて大量の枯葉が木々の間より舞い散った。
湖から人里へ架けて伸びる細い道は、繰り返す木の葉の嵐によって下地が見えぬほどに落ち葉で敷き詰められていた。
その道は滅多に通る者がいないため手入れがほとんどされていない。よって本来本当に道がある場所を見極められる者もいない。
自分でも気がつかないうちに本来の道上に立つ紅美鈴は、やはり滅多に道を通らない者なので本来の道を見極められなかった。
それでも木があまり立っていない場所を選んで通れば、人里にたどり着けることを知っていたため、その通りにしていた。
すでに気温は肌を打つほどに下がっていたため、これが私用の時間でなければ両腕を抱えて文句の一つも垂れながら辿っただろう。
美鈴は下ろしたての真っ紅な衣装に身を包み、自らが舞い散る紅葉の中に身をおいていることの一体感に気持ちよさを覚えた。
急角度に視線を上げると、紅の上に碧天。
普段はただ寒いだけの門の前で見上げる空も、何の義務感もない心持で見ればなんと壮大で力強く美しいものか!
稀とはいえただの休日を、美鈴は半分も過ぎないところから満喫しきっていた。
知らず口元がつりあがり、目じりが垂れ下がる。
独り言が口をつく。

「里に着いたらお買い物ー。
 里に着いたらお買い物~。
 買い食い、立ち食い、食べ放題~。
 今日は楽しく前夜祭~。
 昨日のことは今日忘れ、楽しく楽しく・・・えーと、らんららーん」

自分で聞いていてもなんだかなー、と思うメロディーに歌詞ではあったが人に聞かせるわけでもなし、思う存分に歌った。
だが、

「丁度よかったーーーーーー!!!!」

ばさあ!!
道の脇から突如として木の葉以外の大きな物体が現れ、美鈴の眼前へと躍り出た。
一級の門番は緩みきったところへの不意打ちで肝を抜かしつつも、すぐさま数歩飛びずさって左手を物体へとかざし、

「えい!」

気合一閃。
下がった右足を刹那も置かず踏み込んで、手足のついた物体の額へ繰り出した。
が、いまさらながらに物体の全形を捉え、それが子供だとわかってしまった。
実質的な子供には手をあげてはならない。
美鈴のポリシーだった。

美鈴は足をくじきつつも無理やり進む方向を変え、勢いをそのままに木立へと突っ込んだ。

ずさーーーーーっ!!!!
「ほわっ!?」
物体がおののいている脇で、下ろしたての服を枯葉まみれにしつつ美鈴が立ち上がる。
「ご、ごめん、大丈夫かな? ついいつもの癖で…」
左足を引きずりながら木立から出てきて、物体、青い式服をまとった子供の化け猫に近寄った。
「わたしは大丈夫だけど、そっちこそ大丈夫? なんか痛そうな音がしたけど…」
「こんなの日常茶飯事…よ。
 それよりも、私に何か? どこかであった覚えも、ない気がするけど…」
「その、てっきり知り合いの鳥が歌ってるのかと思って、飛び出しちゃって」
「歌、聴いてたんだ…。しかもなんか鳥って。
 …まあ、これからは目で見てから飛びつくようにしたほうがいいわよ、あいつつ」
痛みのあまり膝を折りかける美鈴を、あわてて橙が支えた。
「痛そう。よく分からないけど、わたしのせいで、ごめんなさい」
「うう、情けない」
「…半泣きのところ申し訳ないけど、里への道って知ってる?」
「里なら、ここをこのまま真っ直ぐ。私も向かう途中だし、わからないようなら連れて行ってあげようか」
「本当? ありがとう!」
「あはは、いいっってええ! ごめん、ちょ、手はなさなっ」
支えを失った美鈴は橙の足元へと転げた。
「ご、ごめん! よっと…」
「ううぅ~、情けない…」
「じゃあ、わたしがおんぶするよ!」
「こんな小さい子に…。咲夜さんに知られたらどうなることか」
「小さい子じゃない。わたしは大妖怪・八雲紫さま、八雲藍さまに仕える式。
 八雲橙だよ!」
「やくもゆかり? どっかできいたような」
「あなたの名前は?」
「私はずーっと後にある湖の真ん中に立つお屋敷で働いている門番で、紅美鈴」
そんなところに屋敷なんてあったかな、と内心思いつつ、橙は美鈴を乗せたまま道の見えない道を進んだ。
橙の小さな足が落ち葉を踏むと、葉ははかない音を立てつつ秋の風の中に散った。
美鈴は自分よりも小さな者に負ぶさることに殊更情けなさを覚えた。しつこいほどに。
きっと見た目どおりの齢しか重ねていないだろうこの式は、しかし美鈴との体格差を考え、ずいぶんと腰を曲げて走っていた。
おかげで美鈴は負ぶさり疲れもなく、左足首に気功を当てて回復に専念できた。
主がどういう人物であったか未だに思い出せなかったが、この橙と言う式がいかによく育てられているかよくわかった。
先ほどの様子から、おそらく里には主からの命で行くのだろう。
(どう考えても、邪魔してるなあ、私…)
自分は休暇を貰って遊びに行くだけだし、なんかがんばっているこの邪魔をするのも大変に気がひける。
負ぶさって僅かも立たないうちに、美鈴は橙に呼びかけた。
「あのね、ここをこのまま真っ直ぐ行けば里に入るわ。
 何か用事もあるみたいだし私のことは大丈夫だから、…そもそも自業自得だし…、この辺で下ろしてくれてもいいよ」
目の前にある大きな耳だけを美鈴のほうへ向けながら、
「んー、それでもいいけど、実はまだお願いしたいことがあるんだけど…。だめかなあ」
「あら、こんな私でよければ何でも聞くわよ」
紅魔館で頼まれごとをされたとき、美鈴がつい言ってしまう台詞だ。
咲夜から、紅魔館の門番たる者が自分をむやみやたらに卑下しては様にならない、とは言われているのだが、卑下しなくてもいいほど自分に自信がない美鈴にとっては仕方のないことだった。
「わたし人里に入るの初めてで、あ、上は何回か飛んだんだけどね。
人里でいくつか用事を済ませないといけないんだけど、自信がなくて。
だからできたら案内とかしてくれると、ちょっとありがたいんだ」
「なんだ、そんな事でよかったらいくらでも。
 迷惑かけちゃったし、今日は休みだし。
 一日遊ぶつもりだったから、丁度いいわ」
「やった!
 ありがとう、えーと…」
「美鈴よ」
「めえりん!」

いつも考える前に言葉が口を突くのが美鈴だった。
早く気功を施さないとこの格好のまま人間の里へ入場してしまうことも、実は美鈴とて人里に来るのは久しいことだということも、橙の歓声の後に思い出した。


お遣いに味方を得たためか、橙は少しだけ体勢を上げ、張り切って疾駆した。
そのため美鈴は全力で左足の回復にかからなければならなくなった。さもなければ幼児に負ぶわれてさらし者となることは必至。
途中で橙が何かを話しかけてきたが、興奮して走る為の振動と大量の気の放出に口を開くことなどかなわなかった。
橙もただ喋りたかっただけなのか、返答がないことを気にする様子もなく話を続けていた。
折角気合を入れて纏め上げた長髪が、ところどころほつれだした頃、人里に入った。
あわてて橙の肩を引いて停止させ、美鈴は人目につくかどうかのぎりぎりでその背から降りた。

「足はもういいの?」
「はは、大丈夫、大丈夫。 思ったよりも大したことなかったみたい、あははっ!」
左足で地面を蹴って見せた。
橙は笑顔でよかったと言ってさっそく歩き出した。
「あれ、案内はいいの?」
「あ、そだった」
照れ笑いを浮かべつつ美鈴へと向き直った。
「とりあえずどこに行けばいいのかな」
「途中で話したよ? 聞こえなかった?」
美鈴はやぱっりそうかと内心思いつつ、素直に聞きなおした。
橙は身振り手振りを交えながら最初の目的地と、それを含めたお遣いの内容を話し出した。
(なんかこう、かわいいなあ)

「えっとね、最初はお祭の偉い人のところに行きたいんだ。
 その偉い人にお祭で使うサイグが今どこにあるか聞いて、そこまで行って、サイグがちゃんとまだ使えるか見るの。
 んで、サイグは使い終わってからまた仕舞わないといけなくて、仕舞うときに使う御札をわたしが作って、偉い人に渡すの。
 あとは前夜祭を最後まで見守って、ゆっくり帰る」

家に帰るまでがお遣いです、と美鈴の口から小さく漏れる。
「なんか言った?」
「ううん、なんでも。
 それじゃあ最初は偉い人、のところだね」
「家を出てから思ったんだけど、藍さまもさすがにもうちょっと詳しく言ってくれないとわからないのにねえ」
美鈴は頷きつつも、詳しく言われた上で自分が町を知らないことがばれたら気まずかったことを考え、内心ほっとした。
これなら人に聞いたところで問題はないだろう。
「今日は文字通りお祭の前の日だから、多分あっち(にあったと思う)の広場でみんな準備してるよ。
そこで偉い人を人に聞いて探せばいいと思うよ」
「偉い人っていうほどだから、肉体労働してない人間だね」
紫さま。
「偉い人度合いにも寄ると、私は思うな。多分、あなたの用件を直に聞いてくれるくらいの偉い人は、現場で指揮を取ってると思う」
お嬢様>咲夜さん。
「ああ、そういう偉い人もいるよね」
藍さま。
「じゃあわたしは偉くない人かなあ。
その辺の人間と一緒…、ちょっと嫌」
橙、は何かを手に提げて家を後にする里人をひねた目で見据えた。
「あはは、それは私も一緒ね。
でも私は嫌じゃないな。ほら、あの人間も笑ってるし、あなたもここに来るまで笑顔だったわよ」
美鈴、は歩き遠のいていく里人に笑顔で手を振る女の里人を見てしみじみと言った。
「めえりんと一緒なのは嫌じゃないよ。でも人間と一緒って言うのが嫌」
「でもこれから会う偉い人は人間だよ、きっと」
「む、むー…」
「里に来る前に人間と会う覚悟をしておかなきゃいけなかったね。
 何が嫌なのか、人間を上司に持つ私にはよく分からないけれど。
 とりあえずはお遣いしないと、ね」
「うー、っと、めえりん。 背中押さないでー」

どう考えてもいつものようにうまく治療を施せなかったようだ。
自分の不覚とはいえ思ったよりも悪いひねり方をしてしまったようだった。
とりあえず歩くにも走るにも支障はないからいいだろうか。
これが後になって響かなければいいが、と美鈴は二つに纏めたお団子の中心にじっとりとした視線を感じつつ思った。
(折角のお休みなのになー)


人通りがいつもより多くなった往来で、橙の姿はよく目立った。
通りにある多くの人間が通り過ぎる橙へ視線を向けた。
美鈴とは違い、どう見ても妖の類である橙は、妖怪に狙われる立場である人間にとっては反応せざるを得ないのだろう。
無理やりに橙の背中を押して往来を行く美鈴は、なんとなく橙が人間を嫌う理由が分かった気がした。
自分が目立たないから獲物と上司以外の人間を意識しないだけで、見かけを誤魔化せない妖怪は皆、橙のような感情を抱いているのではないかと。
美鈴はそれを考えると、やや足早に橙を広場へと押していった。
ここにいる人間達が、決して畏怖や嫌悪の視線を向けていたのではないとは気がつかずに。
(なんか今)
(目の前を)
(青くてて)
(ちっちゃくて)
((((かわいいのが通り過ぎて行ったような))))
「先生、いまのなんか青くてめんこい化け猫の格好した娘っ子。
 ありゃどこのモンだらなあ」
「ふむ。恐らくどこかの式だな」
「シキってなんじゃ?」
「あんた、式も知らんのかえ。
 魔法使いとかのいうことを何でも聞く小さくてかわいいもんのこっちゃよお」
「へえ、便利な娘っ子だったかあ」
「なんの用事かしらね」
「黒んとこの着物さ買いに来たんでねが。
 めんこい格好ばしよっと、祭にでんと」
「かもしれんねえ。
 ウチにもよってくれっとええね、ねえ、先生」
「繁盛すればそれに越したことはないだろうが、来てもあまりものめずらしい目で見てくれるな。
 どうもさっきの顔は機嫌のよさそうな顔ではなかった」
「そうれもそんだなあ!
 かっはっはっはは」
「おめさの顔が怖かったんじゃなかっぺ。
 まんずいい顔でもなか」
「そりゃまずいな!」
(なぜこの夫婦だけおかしな訛りがあるんだ…)
先生と呼ばれたワーハクタクは店先の箒を片付けながら思った。


「偉い人っていえば、祭司のことかな。祭具がどうのって巫女様と昨日か一昨日話していたし。
 祭司はあっちの長椅子で横になってるおじさんだよ。深津って人」
昼時だったためか、いろいろな資材が散乱している広場に人はあまりいなかった。
二人は広場中央で組み上げかかっている櫓の傍で板をより分けている青年に声をかけた。
青年の指差すほうへ素直に視線を向けた先には長椅子の上でだらしなく寝そべっている中年親父がいた。
「ね、寝てる…!? かなり偉い人間かもしれない…」
「昨日の今日だからねえ。あれで疲れているんだよ。
 でもまあ、寝てから少し時間もたってるし、遠慮なく起こしてくれていいと思うよ。
 そんなかわいいお嬢ちゃんになら尚更さ」
「……」
先程とは打って変わって橙への対応が柔らかい青年を見て、美鈴は早速自分が何か勘違いをしているのではないかと思った。
「ありがとうございました。
 ほら、橙も」
どう見たって普通に善意を向けてくれている。
美鈴はすでに青年に背中を向けている橙の肩を持って向きなおさせる。
「お礼。お礼」
「…ありがとう」
橙はあくまで視線を合わせずむくれた顔だが、青年は笑顔で応えた。
(ただの人見知りなのかな)
青年と橙のやり取りを考えている間に、橙はすでに祭司の元へ走り寄っていた。

橙には見たところさっきの人間と変わらない程度の年に見えた。
人間の感覚を大して当てにしない橙にとっては、ここに長椅子がいくつか並べられて同じように寝そべる人間の男が何組もあったら、たちまちわからなくなっていただろう。
「…ちょっと、そこの偉い人」
反応なし。よく眠っていた。
「ちょっとー、偉い人ー」
偉い人は狭い幅しかない長椅子の上で器用に寝返りを打った。
ぴくり、と橙の右の眉が上がる。
「こらあ、偉い人っ、起きてっ」
橙は一応お遣いで来ているという意識があるため、人間に乱暴を働くことは堪えていた。
思わず鋭く伸びだしそうな爪を理性で押さえて、偉い人の肩をゆすった。
そこでやっと偉い人はうめきながら上体を起こして、橙へと視線をやる。
「ああ? 寝すぎたか? もうそんな時間かい、すず」
「わたしはすずってんじゃないよ。
 藍さまのお遣い」
「らんさまのおつかい? どこの子だい」
「だからわたしは人間じゃないの」
「???」
偉い人はどうやら寝ぼけているらしく、目をこすりながら椅子に座りなおした。
そこに美鈴がやって来る。
「こんにちは。私はこの子の付き添いです。
 …で、どこにあるかわかった?」
「ああこんにちは。
 おお。こりゃ、綺麗な人だな。
 ということは、…あんた村の者じゃないね。じゃあ、この子もすずじゃない?」
「だからそう言ってんじゃん。
 藍さまのお遣いだって。
 寝ぼけないでよ」
「こ、こら、橙」
偉い人はやはり不思議そうに首を捻る。
そして橙の格好をまじまじと見て、よけに首を捻る。
痛くないのだろうか。
「まあ、よくわからないけど…、すずが変な格好してたのかな。
 なんかすごくよく似た服を着ていた気がするんだけど」
「夢でも見たんじゃないの。
 それはいいから祭具がどこにあるか教えてよ」
「祭具?
 ああ、じゃあお前さんがお狐様かい」
「だーかーら、わたしはお遣いなの!
 もう、ちゃんと話聞いてよ!」
「まあまあ」
美鈴が橙の両肩をぽんぽんと叩いて宥めた。
橙はちょっと落ち着いた。
「ああ、ごめんよ。寝ぼけてたかな…。
 うん、祭具は昨日櫓が崩れたから、また結局神社に預けたんだよ。
 巫女様もその方がいいって言ったから」
「あれ、藍さまはこっちにあるって言ってたけど」
「ごめんな。ちょうど伝言を頼んだ後にそう決まったんだ」
「聞いてないし…。いいけどさあ。
 で、神社ってどこの神社?」
「博霊神社だよ。
 巫女様もちょっと忙しいみたいで、いま神社にいるかどうかわからないんだけど…。
 ちょっと人に聞いて来ようか」
青年が立ち上がろうとしたところを、橙は手で制した。
「いいよ、別に。
 あそこの巫女なら知ってるし、人間が探すよりわたし達で探したほうが早い」
「そうかい?」
青年は美鈴を見上げた。
「えーと、お心遣いありがとうございます。
 まあ、なんか、そういうことらしいので、すみません」
「ははっ、いやいや、お狐様に頼んでおきながら不手際で、こちらこそ申し訳ない。
 じゃあ、えと、お遣い様」
「何」
「うん、巫女様が神社にいなかったら里にいるはずです。
 あまり里にはお降りにならないので、その辺りの者に適当に尋ねて頂ければすぐにわかるはずです」
先に神社に向かわれるのでしたらね、と祭司は付け加えた。
「どうする?」
美鈴は橙の肩に両手を添えたまま首をかしげて尋ねた。
聞く前から祭司を明らかにおもしろくなさそうに見る橙の答えはわかっていた。
「神社行こう」
言って駆け出そうとする橙を逃さない美鈴。
「了解。
 祭司さんありがとうございました」
ぐい、とまた祭司の目の前に橙を戻した。
「…ありがと」
「気をつけていかれませ」
実年齢よりも明らかに若そうな祭司は笑顔で二人に手を振った。

祭司の前から二人の人間外が走って神社へ駆けて行く。
「んー、ああいう人たちは空飛んでいくものだと思ってたけど、人によるのかねえ」
と独り言ちた。
少しして、その視界に何の変哲もない里人の格好をしたすずをみて、やはりさっきのは夢だったのかと、思い直した。


博霊神社は決して里のすぐ近くにあるわけではない。
むしろ遠い。
それこそ人間から見ても人外から見ても等しい距離に思えるほど、複雑な意味で遠い神社だったはず。
だというのにこの数日、神社には里人が用を持ってやってくるということに、石段を登りきる直前になって美鈴はやっと違和感を覚えだしていた。
二人は博霊神社の鳥居をくぐって奥を覗き込んだ。
とりあえず人の気配も怪しい気配もない。
「れえむー、人里のほうから来ましたー」
「どこかの白兎じゃないんだから…」
橙はいち早くお遣いを完遂したいらしく、ずかずかと境内に乗り込んでゆく。
(人の気配はしないけど、人がたくさんいた気配がする。
 偶にはこういうこともあるのかな。紅魔館にもこのくらいの人の入りがあってもいいのにな。
 狩りが楽そうだし)
美鈴はどうにも霊夢の気配を感じなかったが、とりあえず橙の後を追いかけながら霊夢の影を探した。
賽銭箱の前を二人が通りかかっても声をかけられない。
そのことから美鈴は確実に霊夢がここにいないだろうことを悟った。
二人はやがて本殿の裏手へと回り、扉が全開なっている蔵を見つけた。
「なにあれ、無用心」
「祭具って今日はまだ出していないんだよね?」
「って、あの人間はそう言ってた」
とりあえず中をのぞいてみるが、暗いばかりでよく中は見えなかった。
だが、
「祭具ならここにはないぜ」
と、背後から二人の疑問に答える声。
聞き覚えのある声に橙はびくっと肩を震わしながら、美鈴は普通に、振り返った。
「なにしてんだ、こんなところで。
 そんな珍しい取り合わせで」
そこにいたのは山吹色の浴衣に身を包んだ、見慣れない魔理沙だった。
手には湯気の立つ湯呑。
「ああ魔理沙丁度いいわ。
 霊夢知らない?」
「知らないな。
 私もあいつに用があって来たんだが、いないみたいだぜ」
「そう、里のほかに用事でもできたのかしら」
「さあな。
 せっかく頼まれ物を持ってきたってのに何してんだか」
大げさにため息をついた魔理沙と、美鈴の陰に隠れていた橙と目が合う。
「で、お前ら祭具と霊夢になんか用なのか」
「まあね。
 そういえば、どうしてそこに祭具がないこと知ってるのよ」
「知ってるって言うか、朝に霊夢と、ん?」
そこまで言って魔理沙は美鈴の背後に回り込む。
橙がいる。
「まさか祭具に用があるのはお前じゃないよな?」
「…そうだけど」
「なんだそりゃ」
「なにが、なんだそりゃ、なのよ」
「だって朝にここから祭具を持ってったのはお前だろ。
 なんだ、失くしたのか?」
「「は?」」
美鈴と橙は魔理沙の不可解な言葉に思わず顔を見合わせる。
「違うよ。ここには今日はじめて来たし」
「あー?
 っても朝来たときにはもうここは空いてて、霊夢はお前に祭具を渡して村まで行ってもらったって、言ってたぜ。
 朝に石段でちょうどその格好をしたお前とすれ違ったぜ。
 私の記憶が確かならばな」
「でもこの子は朝から私と一緒にいたわよ」
「そんなこと私は知らないぜ」
それだけ言って蔵の向かいにある離れの縁側に腰をかける魔理沙。
後ろの戸が開いていることから、どうやら中にいたようだ。
「どうなってるの?」
橙が不安げに美鈴を仰ぎ見るが、美鈴もわけが分からない。
「さあ…、とりあえず、祭具と霊夢を探したらいいのかな…。
 ここに祭具は、ないんでしょ?」
「さあな。
 言ってみただけだぜ」
意外と似合っている浴衣の裾を持って胡坐をかく魔理沙は、ミニ八卦炉から薬缶をはずして湯呑にお茶を注いだ。
それをすする魔理沙に橙は無性に苛立ちを覚えた。
「どうせこの中に入って物色したんでしょ。
 本当は祭具持ってるんじゃないの?
 変な嘘までついてさっ」
「橙っ」
といいつつも、それはあるかもしれないと美鈴は思った。
大して付き合いのあるわけでもなく、しょっちゅう紅魔館の物を持っていかれるし。
「物色はした。
 だけどその蔵が開いているのも、私が朝来たときからだぜ。
 まあ信じる信じないはお前の勝手だし、私はどうでもいいがな。
 それに少なくともそんな物、」
魔理沙の指が橙の胸元あたりに向けられる。
「いらないし。
 私には意味のないものだからな」
「う゛ーー……」
「え、橙、祭具持ってるの?」
「お前はお前で、祭具が何か知らなかったのか…」
「ああ! ごめん!
 そうそう、祭具ってこれなの。この服と靴、それと私は今もっていないんだけど」
「狐の面だな」
またも唸る橙。
美鈴はてっきり祭具とは何か貴金属でできた仏具のようなものを連想していたため、少し面食らった。
だがここに橙が着ている上で、更にないとはどういうことなのか。
「ああ、うん。これね、全部で八着あるの。
 これを人間の子供達が着て、祭祀の時になんか踊るんだって。そのための祭具なんだ」
「なるほどね。
 これって貴重なものなの?
 まあ、かわいいけど」
「なんか着ると魔除けとか厄除けとか不浄浄化とか煩悩祓いとかの効果があるらしいな。
 私が知らない施術のようだが、なんかインチキ臭いんだよな、それ」
「ぐ…、そんなことないもん。
 まあ魔理沙なんかが分かるような術がかかった物なんか、祭具にできないし」
「人には向き不向きって奴だぜ」
「へえ、すごいね。
 それ着ても平気なんて」
「あ、あははははは!
 ほら、そこは、なんていうか」
「狐の面まででセットなんだろ。
 どうせ全部そろわなきゃ式服を模しているだけに、完成しないんだろ。
 そういう形式ばってるのはやっぱりいらないな」
「まああ、なんか、そういうこと、なんだよ」
「へえ、その発言、あんたの容疑が深まる気がしないでもないけど」
「だから好きにしろ。
 私が用があるのは今は霊夢だ」
そういいながらまたお茶を注ぐ魔理沙。
いつもの無粋な帽子を大きなリボンで肩に回している辺り、浴衣が似合うだけに勿体無いなと美鈴は思った。
それはともかく、
「どうしようか、橙。
 私達もとりあえず霊夢探す?」
もとは、魔理沙と一緒に探すということだろう。
橙は絶対に嫌だった。
人間の中でも魔理沙は最上位に苦手な部類に入ったからだ。
例え魔理沙が妖怪でもきっと最上位に苦手な部類だろう。
「ううん。村に戻って祭具探そう。
 用があるのは祭具だし」
「じゃ、そうしよっか」
やはり橙は言うが早く石段へと駆け出していったが、今度は美鈴も橙をとめない。
ただ魔理沙に去り際の挨拶をしようと思ったら、薬缶を離れに押し込めて戸を閉めながら、
「ちょっと待て」
「なに?
 霊夢なら知らないって言ったと思うけど」
縁側から魔理沙らしくもなく足を畳んで降り、草履を履きながら美鈴に手招きをした。
「朝はともかくとしてだ。お前はあいつと一緒にここに来たんだよな?」
「そうだけど」
「私が石段ですれ違ったあいつは狐の面まで着けていたが、あいつは最初からつけていなかったのか?」
「そうよ」
魔理沙がいまいち何を言いたいのか、いつもならば分からないだろう美鈴だったが。
結局のところ、美鈴もなんとなく魔理沙と同じことを考え始めていた。

「じゃあ、さっき離れの中で寝てた私を起こしたのは、あの橙じゃないんだな?」

「違うね、それは」
「だな。
 …さて、私もどうせ里に戻るつもりだったからな。
 勝手についてくぜ。少し後ろから」
「はあ…。
 せっかくの休日なのに」

石段の入り口から見ていた橙は、美鈴と魔理沙が一緒にこちらに歩いてくるのを見て、心底嫌そうな顔をした。



「あれ、さっきのお遣い様じゃないか」
「でも博霊神社に向かったんでしょう?
 いくらなんでも歩いていったのでは戻ってくるまでに時間がかかるでしょう」
「途中で飛んでいったのなら話は別だが、あの綺麗な子がいなかった」
「あの髪の赤い女の子ですね。 言われてみれば確かに…」
「すず、じゃないよな」
「すず? すずならあっちにいますよ」
「じゃあやっぱりお遣い様なのかな。
 …って、やっぱりあれはお遣い様だろ?」
「だからすずですってば」
「でもあの格好は」
「なにをいってるんです。
 明日の練習でしょう」



後編へ
美鈴をかわいく書きたいです。
無為
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コメント



0.230簡易評価
5.無評価名前が無い程度の能力削除
激しく読みにくいです。
何故わざわざ設定をいじっているのか分かりませんが、自動改行ぐらいは残してください。途中で読む気なくしました。
読み手に優しくない文章は誰も読んでくれませんよ。わざわざ苦労してまで読もうなんていう人はそんなにいないと思いますから。
10.50名無しな程度の名前削除
鼻ぼっちょ・・・・・・って?
話の流れから鼻に詰め物をする事だと思うのですが
ちょっと判りにくかったです(もしも標準語だったらゴメンなさい)。
内容としては中~後半にかけて言い回しが回りくどく感じました。
まだ後編があるので、それに対しての演出であればいいのですが、
もう少し段落や改行、言い回しなどを工夫すると読みやすくなると思います。
なんだかんだ書きましたが、続き期待してます。
15.-10名前が無い程度の能力削除
中途半端な技術を用いうるより、普通に創作された方が無難かと・・・
シンプルかつストレートにした方が良いと思います すこし残念です