永遠亭の朝は早い。凛と澄んだ空気、正門の閂を外す手が冷たくなる。
てゐは、ハァと両手を息で暖めてからよいしょと全身を使って大きな門を開いた。
するとそこには今日一番の客が律儀に門の開くのを待っていた。
いくらなんでも早すぎる時刻、門を叩かず待っていたのはさすがにそれを自覚していたかららしい。
客は一瞬てゐを不思議な目で見てから礼儀正しく頭を下げた。
「おはよう、因幡てゐ。すまない、お前が出迎えてくれるとは意外に思ってしまった」
「おはようございます。私だって朝は早いんです。どっかの誰かと違ってね。上白沢慧音サン」
「確かにそのとおりだ。よく考えると、お前はそういうところはしっかりしている様に見える」
いやいやすまない、ともう一度頭を下げる慧音の表情は穏やかに笑っていた。
悪くない朝だとてゐは思った、がすぐにそれは誤りだと思い直すことになる。
「朝の空気は健康にもいいし運気も最高ですから……姫様ならまだ寝てますよ。」
「いや……丁度いい。今日はてゐ、お前に用事がある」
慧音は穏やかな様子から一変、強い問いただすような口調で言った。
「なんでしょう?」
「単刀直入に言う。昨日、里の畑に兎の妖怪が入った。人参を、数本齧っただけだったが……しかし、これから冬に向けての大事な蓄えだ。作物は百姓の命、見過ごすわけには行かない」
「それは……申し訳ありません慧音さん。ですが、うちの兎たちにはそういうことをしないように言ってあります。野良兎の仕業かもしれません。詳しい話は鈴仙に、さ、どうぞ中へ」
腰の低い態度で面倒ごとを鈴仙に押し付けようとし、屋敷に入っていこうとするてゐを、慧音は腕を伸ばして止めた。
「いや、ここでいい。すぐに帰らなくてはならないからな。それに話はお前にあると言った」
私に? と本気で首をかしげるてゐの表情を確認してから慧音は言った。
「その、荒らしに入った兎だが、私が見つけて追いかけると逃げながらこんな事を言った」
”へへーん、人間なんて怖くないよ! おいらには最強の大妖怪、因幡てゐ様がついているんだ!!”
「片耳の折れた仔兎だった。本来ならあの場で無理やり捕まえて懲らしめてもよかったんだが……やはり何か事情があるのだな。その表情、何か悪巧みがあってのものとも思えん」
信じられない、と目を見開いた後、眉をしかめて口を閉じ片手を胸に当てぎゅっと握ったてゐの様子を見て慧音はそう言った。
あのバカ…何やってるのよ…… それは大きな心配と小さな失望。仔兎の気持ちが分からない。
確かに、あの子が人間に対して少しゆがんだ感情を持っていてもおかしくはない。そして、調子付かせたのは紛れもなくてゐ。演技も忘れて考え込んでしまったてゐは慧音の視線にはっと我に返る。その視線は探るものでも問い詰めるものでもなく、ただ厳しく警告をするときの視線だった。
「詳しい事情に興味はないが、兎の管理はお前たちの仕事だ。私は私の仕事を、里を守る、故に、次にこういうことがあったらそれ相応の対処をさせてもらう」
慧音はそれだけ言うと、まだ動揺しているてゐに背を向け帰って行く。
けれど、数歩進んで立ち止まり振り返らずに空を見上げて言った。
「あの兎はまだ幼子だったな。私は子をなした事はないが……やんちゃっこの躾の大変さはよく知っている」
わずかに肩を揺らす慧音。だがすぐにピンと背筋を伸ばす。背を向けたまま言う。
「だが。繰り返す、里の人間の命にもかかわる事だ。次は容赦できない」
今度こそ本当に慧音は帰っていった。
「話があるからついてきて」
てゐは庭の掃き掃除をしていた仔兎に声をかける。無機質なその物言いに、しかし仔兎は素直についてきた。
呼び出される事が分かっていたのだろう。
自分のしたこと、とそれがばれた事を理解できないほど頭の悪い仔兎ではなかった。
だから余計に、てゐには仔兎が人の畑を荒らすなどということをした理由が分からない。
馬鹿なことをして! と強く叱ればいいのだろうか。それとも、仔兎の境遇を考え同情して大目に見てやればよいのだろうか。てゐは少々難しく考えすぎて気がつけなかった、仔兎の単純な想いに。
だから、仔兎を二人きりの部屋に通して向かい合って座っても、すぐに言葉が出なかった。
迷いを見せないように、ただただ冷たく表情を固めて仔兎を見据えた。
仔兎は最初こそ落ち着きなかったものの、次第におとなしくなり、ついには俯いた。
それは、沈黙の責めに負け仔兎が反省したからだと、てゐは思った。反省しているのなら、厳しく叱る必要はない。
自分はこの子の手本となれるよう、毅然とした態度で罪を明らかにし、処罰を言い渡せばいい、何せ自分はこの子の前では最強の大妖怪なのだから、カリスマを見せなくては。
てゐは、つまり甘やかしてしまったのだ、仔兎に最強のお姉ちゃんと慕われる状況に深く考えもせず慣れてしまっていた『自分』を。
「人里を荒らしてはいけない。それは永遠亭のルールだったはずよ」
「……わかってます。でも、おいら人間に仕返しがしたかったんだ、今なら何があってもお姉ちゃんが守ってくれるから! でしょ?」
「あなたの荒らした畑は、あなたとあなたの父親を撃った人間のものなの?」
「違うけど、でも」
「ならどうしてそんなことをしたの?」
「でも……お姉ちゃんが守ってくれるって言ったから」
仔兎は言い訳にならない言い訳を繰り返しながら、ちらちらとてゐの表情を伺った。
まるで何かを期待しているようなその様子にてゐは少し苛々した。理由が分からないから。
それとも自分はただのいたずら仔兎を買いかぶっていただけなのだろうか、とも思った。
「もうしないこと」
「でも」
「でもはもういらない! もうしないこと。いい?」
「……」
仔兎は黙ってしまった。どうしようかと迷ったてゐだが、しつこく問いただすのも器が小さいと思った。
だからこれで許してやる事にする。
「分かったならいいわ。仕事に戻りなさい」
「え、それだけ……?」
「もうしなければ許してあげるから。仕事しないとまた鈴仙に絡まれるわよ?」
許してあげたはずなのに、仔兎の様子は酷く空ろで、寂しげだった。
「お姉ちゃん」
「何?」
「もしおいらがまた人間の里に降りたら……守ってくれる?」
「そんな事は二度としないこと、って言ったでしょ?」
「お姉ちゃんのバカ!!」
仔兎は、バン! と畳を叩いて立ち上がると勢いよく部屋を飛び出していった。
「ちょっと……」
てゐは突然の出来事に驚いて、すでに誰もいない廊下に手をやったまま少しの間放心していた。
そしてその視界に現れたのは、苦笑いする鈴仙であった。
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったけど、ほら私たち兎だし。それにしても『てゐお姉ちゃん』も難しいわね」
「なによ、何がおかしいのよもう、さっぱりわかんない!」
「まぁまぁ」
鈴仙はぺたんと座ったまま怒るてゐの頭にぽんぽんと手をのせた。てゐにすぐ振り払われるが気にせず鈴仙は言った。
「あの子はきっと、てゐにかまってもらいたかっただけ。心配させて、思いっきり怒られて、それでも守ってあげるからって言われたかったのよ」
「なにそれ。何でそんな回りくどい事するの……危ないまねまでしてさ」
「てゐは、あの子と自分を重ねてるみたいだけど、やっぱり違うわ。小さいうちからてゐ見たいに割り切って考えたりできないもの。あの子が欲しかったのは最強のカリスマリーダーじゃなくて、『最強のお姉ちゃん』なの」
鈴仙は澄ました顔をしつつも、しつこくてゐの頭に手をのせてウリウリと撫ぜた。
うっとうしいので足を引っ張って転ばせてやる。キャッとしりもちをつきてゐと目線のあった鈴仙はそれでも得意げな顔で言った。
「てゐ、心って難しいんだから、計算して動いてるとすれ違うわ」
その指摘は少し違う気もした。
鈴仙はたまたま上の立場に立って調子に乗ってるだけの気もしたが、けれどてゐは納得した。
例えばてゐがいつも計算で動いて割り切った考えをしているなら、永遠亭に、そして何より目の前の鈴仙にこんな感情を持ったりしていない。鈴仙はてゐのそんな気持ちを知らないわけじゃなくて、今ただ失念しているだけ。
ほんの小さな気持ちの動きだと思えるほどに当たり前になっているから、分かっていてもすれ違う。
それならば……
「鈴仙、私あなたが大嫌いよ」
てゐは無表情で淡々と言い放った。
鈴仙は一度ギョッと驚いた顔をしたがすぐにむっと頬を膨らます。
その顔が面白くて、てゐは噴出してしまった。
「このぉ、嘘つき兎!」
「アハハ」
怒った振りをして耳を掴もうとする鈴仙の手をくぐりぬけ、てゐは部屋から飛び出す。
さぁ、鈴仙に仕返しも済んだし、次はあの仔兎を捕まえて思いっきり叱ってやろう。
トラップの森百連発なんかいいかもしれない。
”助けて下さいもうしません” って泣き出したらかっこよく助けてあげて、最後に優しくそっと耳を重ねてあげよう。
仔兎が本当に鈴仙の言ったとおりそれを望んでいるかは分からない。けれど、そのほうが自分らしいとてゐは思った。
「どこいったー!?」
大声で屋敷を飛び回るてゐ。
けれど、仔兎は見つからない。
日が暮れる。一度楽観的になった気分も暮れて、冷たい水のような闇に飲まれていく。
鈴仙と他兎たちと一緒に屋敷中を捜してもいない。
「もしかして、外に出ちゃったんじゃ?」
「でも、それなら門番が見てるはずよ」
「ねぇ、てゐ。まさかと思うけど今日の門番の係って……」
「あ……私だった」
深夜の竹林をただ闇雲に走り抜け、仔兎は迷っていた。
月は無く星の光もまばらで暗い。狭い視界のすぐ先の闇から何かが出てきそうな静寂。
怖さと寂しさからすぐにでも永遠亭に引き返したくなる。
時折こっそりそうしたようにてゐお姉ちゃんの布団にもぐりこんで寝たい。
次の日怒られるのだけれど、ごめんなさいと謝ればお姉ちゃんは許してくれた。
てゐお姉ちゃん……初めて会った時の強くて優しいてゐと今日の少し冷たく感じたてゐを思い浮かべる。
ほんの少し切なくなった。
今日のてゐが何か本当に特別冷たかったわけではないが、つい人里へ降りてしまった事で昔を思い出し身近な何かにただただ無条件ですがりたいと思っても幼い兎にはしょうがない事であった。
何より、てゐは何があっても守ると、仔兎に言ったのに……だから、このまま永遠亭に帰るのもどこか嫌だった。
怖くてどうしようもなくて、でもこのまま帰りたくもない。
結局、仔兎はてゐが迎えに来てくれるのを待っていた。
何をしたって、てゐお姉ちゃんなら何とかしてくれる、そう純粋に信じていた。
俯いて歩いていた仔兎の視界が突然淡く明るくなる。
竹林がそこで終わっていて、その少し先から松明の灯が周囲を照らしていた。
いつの間にか人里近くまで降りていたらしい。
永遠亭へ来てからまだ二月とたたない仔兎が知るのは永遠亭周辺と人里へ向かう道のみ。
だから、このまま里の周囲を回れば知っている道に出るだろう。
とりあえず迷って本当に帰れないという事態だけは避けられた、とほっとする仔兎。
けれど、もう夜も遅い、なぜこんな時期に明かりがついているのだろう。収穫の祭りはまだ先だ。
ハッと仔兎は気がついた。すぐに踵を返し竹林に走り込みそのまま奥へと闇雲に走る。逃げる。
二度と里に近づいてはいけない、そう言われていた。
あの灯は見回りの灯、畑を荒らす兎を見つけるために、自分を捕らえるために。
迂闊だった。見つかったかもしれない、里を守るという半妖はとても鋭いと聞く。
逃げなきゃ!
ひたすら走って、走って、走って……やがて歩き出し、自らの淡い影にふと違和感を覚えて立ち止まった。
真っ直ぐに高く高く立ち並ぶ竹が風にゆれサワサワと鳴る。
そのまた遥か上を見上げると、あぁ、今日は実に見事な『新月』
ならば、そうであるならば、そのまばらな星の中、真っ暗な宇宙を白く照らして浮かぶ赤いあれは何?
強い光を受けずとも、紅く淡く全身からほのかな燐光を発するがごとく浮かぶそれは人の形。
その雰囲気に理屈では言いようのない戦慄を覚えた。
白と赤の混じる光の中、それは両手を広げ服を弱風になびかせて目を瞑る少女。
彼女の作り出す得体の知れない神々しさに息を呑む。
やがて、少女は目を開いた。真っ直ぐにはるか天上から仔兎を見下ろす。
「素敵な月夜ね、兎さん」
月など無い。彼女も仔兎もそんなことは知っている。
彼女はそれが気の聞いた洒落であると自ら全く疑ってないようで、クスクスと肩を揺らした。
なるほど、確かにいい月夜。
里を荒らす非力な仔兎の妖怪が、得体の知れない恐怖を前に思わず助けを求める月はない。
代わりに浮かぶ絶対的な赤い何かが狂気にすら頼れない獲物を見るには最高の夜。
「私は博麗が巫女、霊夢。あなたが今回の騒ぎの黒幕なのかしら? 小さな兎さん」
博麗。聞いた事がある。
人にあだをなす妖怪を封じる巫女。それは、非力な妖怪たちの間では死神の名に等しい。
だが、彼女が行動を起こすのは真に幻想郷を揺るがす事件があったときのみと言う。
自分は、そんなたいそれたことをしでかしてしまったのだろうか? 仔兎は自問する。
ただ、甘えたかっただけなのに……
そんな仔兎の葛藤などに霊夢は全く興味を示さない。
ただ、話に聞いて想像していたよりもはるかに幼く小さい兎の妖怪を注意深く観察し、一つため息をついた。
「慧音に手伝って欲しいと言われて、たまには人の役に立てとか言われてわざわざ来たって言うのに。犯人がこんな仔兎とはね、慧音は一体何を考えているのかしら」
逃げなきゃ。
仔兎はわき目も振らずその場から駆け出すが、突然目の前に降って突き刺さった大きな四角い符に行く手を阻まれた。
「あぁそっか。てゐがどうとかとも言ってたわね。あの嘘つき兎が何か企んでるとしたらやっぱり私の仕事かしら。でもねぇ……」
嘘つき兎?
腰を抜かして座り込んでしまっていた仔兎が霊夢の言葉に初めて恐怖以外の感情を抱いた。
「お姉ちゃんは……嘘つきなんかじゃない」
「何か言った?」
「てゐお姉ちゃんは最強なんだ! おまえなんかに嘘つき呼ばわりされる筋合いはない!」
「あら……」
怯えていたはずの仔兎が急に大声を出して反発してきたことに霊夢は驚いた。
立ち上がってこちらを見ている。よく見れば足はわずかに震えているが、その瞳に疑いの色はない。
こんな小さな兎相手にしても……そう思っていた霊夢だが、ここまではっきりと自分を否定されては黙って見過ごせない。霊夢のプライドは結構高かった。
すぅっと地面に降り立つ。ひらひらの赤と白がふわりと舞い、一呼吸置いて浮いていた髪がゆっくり降りた。
一歩仔兎に近寄る。
仔兎は霊夢を睨んだまま後退る、けれど背後の四角い符に邪魔された。
距離が詰まる。
「てゐが何考えてるか知らないけれど、あなたを倒せば終わるのね?」
「お、おいらに何かしたら、お姉ちゃんがただじゃおかないぞ!」
「そう、それで?」
霊夢はさらに一歩仔兎に近寄った。
仔兎の脅しなどまるで意に介さず余裕の笑みを見せる。
己以外の何者も恐れないその笑みが仔兎にはただ、怖かった。
「うぁぁぁ!」
叫んで、背後の符を取って霊夢に投げつける。
けれど四角いそれはひらひらと一メートルほど舞って落ちた。
霊夢はクスリと笑った。
「例えばあなたは、紅の館を知っているかしら? 運命さえ自由に操る吸血鬼、ありとあらゆるものを破壊する悪魔、或いはあなたは、桜散る冥界を旅したことはある? ほとんどのものを斬り捨てる庭師とたやすく人を死にいざなう亡霊の姫君。あなたは、自分の住む場所がどんなところか知っているの? 月をも隠し地も宇宙も欺いた月の頭脳と永遠に生くるその姫君。私は、全てに、勝ったわよ?」
「っ!」
「鬼も、死神も、閻魔すら退けた私にあのてゐが何をするっていうのよ?」
「お姉ちゃんを馬鹿にするな、最強なんだ、だってそう言ったんだ!!」
「じゃぁ、見せてみなさい。……無理ね、ただ黙って見なさい」
風がやみ、竹のざわめきが止まる。わずかな星の光が頭上でぐにゃりとゆがんで紅く潰れた。
風景が音をなくしていく。空気がまるで違っていく。霊夢の存在感だけがどんどんと増す紅くて白い世界。
仔兎が初めて見る、それは結界。二本の線が仔兎の前後に浮かんだ。
仔兎の投げた四角い符がぶれることなくピタッと浮かび上がった。
そして真っ直ぐと仔兎めがけて飛んでくる。
「ひゃ」
仔兎はどうする事もできずに手で顔を覆う。
符は仔兎の前の線で突然消えた。そしてすぐ仔兎の後ろの線からわずかに方向を変えて飛び出てくる。
それは仔兎の折れた耳の上をかすって行った。
「運はいいのね、でも次はそうは行かないわよ」
霊夢は御祓棒を両手で持って小さく振った。すると霊夢の周囲に小さな符が浮かび上がっていく。
一枚、二枚、三枚…十枚…二十枚…百、或いは千か、数え切れない小さな符が宙にピタッと静止し霊夢の合図を待つ。あれが全て四方に散らばり、方向を変え仔兎を襲うのだ。まだ始まっていないというのに、仔兎にはそれが今まで見たてゐの弾幕とも、鈴仙の弾幕ともまるで違うことが分かった。
それらは、まだ仔兎にも隙間を目で追う事ができた。それが手加減であったという事を初めて知る。
これから来るのは本気の弾幕、幻想郷を守る神に仕える巫女の手加減のない攻撃が仔兎を襲うのだ。
怖い。震えが止まらない。
まともに受けたら耳の怪我程度で済むわけがない。
怖い。逃げようにも足が動かない。
どうしてこんな事になったのか、なぜこんな目にあって、今どうして自分は一人なの?
絶望に、もはや昔の自分なら諦めていた。
けれど今の仔兎が考えられたのはもはやたった一つだけ。
「助けて! お姉ちゃん!!!」
「あきらめなさい」
一斉に符が動き出す、まるで一枚一枚が意思を持つかのように順番に隊列を組み真っ直ぐに、或いは横に、符が散らばる。
それらは線を越えると消え、背後の線から方向を変えて現れる。速いもの、遅いもの、隊列を組まずに線すら越えて自由に飛び散るもの。あぁもうほんの一瞬で仔兎の思考の限界を超えた。
世界中がありとあらゆる空間と思考が霊夢の符で埋め尽くされた。
次は仔兎自身も符で埋め尽くされ消える番。
だからその仔兎の最後の一瞬きの後には、その身も心も真っ白いもので埋め尽くされたのだ。
何が起きたかなんて分からない。
ただ激しく体が揺さぶられた、冷く堅い弾でなく暖かさと柔らかさに包まれた。
覚悟していた痛みも衝撃もない。
目を開けると、自分をてゐが、お姉ちゃんが抱きかかえてくれていた。
あの、どうやっても避けようもないと思えた弾幕の中に飛び込んで、仔兎を抱きかかえて、そして弾幕の外まで符をかいくぐって飛び出た。
すごい、すごい、やっぱりてゐお姉ちゃんは最強なんだ、きっとこんな巫女なんてすぐにやっつけて助けてくれる!
「お姉ちゃん!!」
「このバカ!!」
パシン!!
仔兎の頬をてゐは思いっきり叩いた。
痛い、涙が出る、止まらない、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん…………お姉……ちゃん?
不意に、てゐはふらりとバランスを崩した。
慌てて仔兎はてゐを支えた。てゐの顔が苦しそうに歪んでいた。
ふと自分の手を見る仔兎。
真っ赤。
それは、てゐの白い服をべっとりと染める血の色。
「お姉ちゃん!?」
「無茶するからよ」
霊夢が目の前に立った。両手を腰に当てて口を尖らせて言う。
「私の本気の弾幕に横から飛び込んでこの子を助けるなんて、一発しか被弾しなかっただけ奇跡だわ」
「ちょっとした……ハンデよ。私はまだへい……き」
仔兎の肩を借りててゐは立ち上がり、懐からビンを取り出して中身を飲んだ。
やがて、その顔色がよくなりしっかりと霊夢を見据えて立つ。
「永琳の薬かしら? でもそれ、一時しのぎでしょう?」
「それで問題ないわ。霊夢、あなたを倒してこの子を連れて永遠亭に帰るだけだもの」
「何度やっても同じよ。あなたは、私に、勝てないわ」
それはまるで、林檎は落ちるとか、水は流れるとか……人はいつか死ぬ……だとか
そんな当たり前のことを言うようにさらっと霊夢は言ってのけた。自信たっぷりに。
そしてその言葉を先ほど見た弾幕の実力が裏付ける。
仔兎を抱えていたとはいえ、かわし切れなくて被弾したてゐの真っ赤に染まる服が真実だと告げていた。
「そんなこと……やって見なければわからない!」
「お姉ちゃん……」
「あなたは下がってなさい」
仔兎を手で横にやり、霊夢を仔兎から離すように移動するてゐ。
「何よ、ホントにまだやる気? あなたが諦めて降参するならもう今日はやめとくわよ」
「お姉ちゃんやめて!!」
仔兎が叫んだ。だって怖かった。
お姉ちゃんは最強だって信じてた。でも、目の前のてゐは怪我をしてる。
自分を助けて、無理して。もしまた被弾したら……父親のように帰ってこれなくなったら!!
怖い。前よりももっと怖い。
どこまでもどこまでも心が底なしの闇に落ちていく。
救いようのない身を引き裂くような恐怖感じたのは生まれてから二度目。
仔兎の瞳に涙が浮かぶ。
「お姉ちゃん……だめ、もう、諦めよう……もういいよ、おいらさえ諦めればそれでいいんだから……」
涙とともに溢れ出た諦めの感情を隠さず、仔兎はてゐに懇願した。
そう、諦めてしまえばいい。所詮無理なのだ。
絶対にできない事、かなわない事はある。
だから、諦めるのは間違いじゃない。
そんな事で仔兎はてゐに失望したりしないだろう。
でもね?
「でも」
そうてゐは言った。それは仔兎の口癖だった。
「でも?」
仔兎と霊夢が聞き返す。
てゐはその口癖が実は嫌いじゃなかった。
だってそれは、己の意思を絶対に貫き通す、そんな心の現われだと、てゐは感じたからだ。
でも、てゐが霊夢に絶対にかなわないと誰が決めたわけでも、ない。
「諦める? 笑わせないで博麗の巫女!! たかだか十数年神に仕えただけの、その寵愛がなければ何もできない人間が!! 私に? 諦めろ? 冗談は腋だけにしてこの紅白!!!」
てゐは永遠亭から人里のはるか先まで聞こえそうな大声で言い切った。
声量、気迫、自信、どれをとっても本気としか思えない挑発。
仔兎も、霊夢も一瞬何を言われたか分からない。
ゆっくりと理解して、仔兎はただただあっけに取られ、霊夢は顔を真っ赤にした。
「イナバは!」
怒った霊夢が口を開く前にさらにてゐは続けた。
「イナバは、古き神々の時代、この国の創世の頃から神と語り友情を交わし対等に生きてきた唯一の選ばれた高貴な一族! 永遠亭! この国よりはるかに歴史の古い月の民すらをも外敵から守り、その管理を任されたイナバの長たるこのてゐに、人の巫女ごときがもとよりかなう道理など、星が降り、月が壊れて隙間が埋まり、黒いのが俺俺言い出しても在りはしない!!」
言い切った。
もう、後には引けない。引くつもりなどてゐには無い。
諦めないと決めたのだ。嘘を突き通すとも決めた。仔兎にも強く生きることを知って欲しい。
何より、この先輝かしい未来を作る因幡てゐの歴史にただ一点の曇りをつけることも許されるわけがないじゃない!
「なら、始めましょうか」
霊夢は怒りの表情を冷たい笑いへと変える。
とたん、周囲が再び結果に閉ざされ、無数の符が宙に浮いた。
それらはほとんど隙間のない長い隊列を組み高速でてゐを襲った。
まずは大きく距離をとるてゐ。二本の結界の線よりさらに外側で待ち、十分とは言えないながらもわずかに拡大した符の隙間を最小限の動きで縫ってゆく。そして、霊夢を真っ直ぐ狙う弾だけをひたすら打ち返した。
霊夢は容易くその弾をかわすが、それでも避ける際にわずかに攻撃の波が弱まる。
このまま霊夢に攻め続けられたら負けるから、こちらから攻める為にもスキを作りだす。
辛い、痛い、血は止まっているけれど痛みまでは消えてくれない。体をひねって進むたびてゐの体に激痛が走る。
だが、顔をしかめすらせずに、霊夢にも負けない余裕の笑みを浮かべながら、てゐは反撃のチャンスをうかがった。
思った以上にしぶといてゐに、何よりその劣勢にもかかわらず余裕を見せる表情に霊夢は少し気を苛立たせた。
その感情の変化をてゐは見逃さなかった。
てゐはその場でいったん静止し、ベーっと舌を出す。霊夢の鋭い視線が止まった獲物を見逃すはずがなく、苛立ちも手伝っていつも以上にたくさんの符を纏めててゐに打ち込んだ。
それは、てゐの賭け。
これさえ乗り切れば、その向こうに広がる隙間は大きい。
普段のてゐなら絶対にしない圧倒的に分の悪い賭けだがしかし
今、勝たなくていつ勝つの!
「スキあり!!」
掛け声はハッタリでも気合は十分。服が地面にすれて破けそうになるのもかまわないほどの超低空飛行でてゐは目の前の弾の壁をくぐり、そのまま地面を転がりながら、広がる隙間に入り込み、起き上がると同時に波状弾幕を展開する。息継ぐ間もなく大きく反時計回りに霊夢を囲むように弾幕を張る。弧を描いて霊夢を襲う弾幕は後方のみががら空きである。けれど、後ろへ逃げればそれだけ半円が小さくなり余計に逃げられなくなるてゐの罠。
霊夢は迷うことなく、列を組んだ弾の弧に真正面から突撃し、真っ直ぐてゐへの最短距離を飛んだ。
理屈では一番隙間の大きい道。けれど、高速で回りながら弾の迫ってくるその道を迷わず選ぶのは霊夢の実力と天性の感をもってこそ。
「詰めが甘い」
まるで死神を気取ったかのような言い方で、霊夢がてゐとの距離を詰めると、てゐは初めて顔を悔しそうに引き攣らせ後方へ飛んだ。
やはり、霊夢は強い。このまままともにやってもてゐの勝てる確率は極めて少ない。
危ない橋を渡ってまでした攻撃も簡単にくぐられた。
けれど、てゐには二つ、霊夢にはない切り札がある。
てゐは後方へ逃げながら左右に弾幕の壁を張った。
モーゼの割った大海のようにそびえ立つ弾幕の壁が作る道は真っ直ぐてゐへ通じている。
一つは長い間生きてきて培った駆け引き、狡猾な罠。それは一般に褒められたものじゃないとしても、そんなものは使い方次第だ。自分と、自分の好きな周囲のみんなが幸せになれるなら、どこまでも狡猾にもなって見せる。
そう、幸せ、幸運。
道とはその先へ人を誘うもの。霊夢は、あからさまなてゐへ続く弾幕の道とてゐの慌てた表情に違和感を覚えた。
速度を緩めて、てゐとの間を一定に保つ、案の定、弾幕の壁は次第に狭まり、ついには閉じた。
その程度の罠、神の祝福とも言える霊夢の感の前では容易く避けられてしまう。
だが、てゐはそこまで計算に入れていた。霊夢が速度を緩めた事でできた時間の余裕の間にさらに後方、竹林の奥へと戦いの場所を移し、どんどんと弾を敷き詰めてゆく。そして、道を閉ざした壁はそのまま交差し歪み、今度はてゐへと通じる二股の道となる。そしててゐは自らの周りにたくさんの弾幕を回らせた。それがてゐの勝負をかけた全力の一撃である事は疑いようもない、それほどの数の弾をてゐは纏う。
右か、左か、或いはやはり真ん中を突っ切ってやろうか、霊夢は考えた。
先ほどの速くて多いだけで隙間の大きい半円の攻撃を思い出す、もしあれもこの罠の複線だとしたら正面突破は危険かもしれない。何より、不可能でないにせよ今度は隙間も小さい。抜けるのに慎重になり手間取ればてゐに狙い撃ちされる。
やはり、右か、左か選ばなくてはならない。間違いなく片方は罠。
正解を選べれば、至近距離からの霊夢の攻撃で間違いなくてゐは落とせるだろう。
最後の最後でこういった賭けを持ちかけてくるとは、面白い、と霊夢は思った。
一切自分が間違ったほうを選ぶとは思ってない、絶対の自信。
いいじゃない、選んであげるわ、右か左か、間違いなく正解をね! そう霊夢が思うと、突然さっきの仔兎が思い浮かんだ。そう、片耳が折れていた。
折れていたのは……左耳。
間違いない、それが正解だ、霊夢は自らの感と幸運を疑わなかった。
全速力で二股の弾幕道へ入り、迷わず右を選ぶ。
同時にてゐが放った詰めの一撃は全て左へ向かい道を埋め尽くした。
たとえ霊夢が右を選んだのが分かっても、あわせて方向転換できるほど生半可な攻撃ではなかった。
左を選んだら確実に落とす、そういう賭け。
霊夢は、見事賭けに勝った
てゐの目前に迫り、至近距離からとどめの陰陽玉を放つ姿勢で、
しかし霊夢は突如全身を冷たく凍える激流に見舞われた。
つまり頭から水をかぶった。
「へ?」
何が起きたか分からない。冷たい。うん、冷たい。
服が水を吸って重い。よろよろと着地する。
ベキリと湿った嫌な音がして、霊夢の足元がおいそれと終了した。
「はがぅ」
博麗の巫女ともあろうものが、実に間抜けな声を上げ、穴に落ちていった。
それは、巫女が人間であったための敗北。てゐの最後の切り札。
「なっとくいかなーーーーーーーーーい!!」
穴の中から霊夢が叫んだ。頭上には逆さまにぶら下がった大きなバケツが揺れていた。
「お姉ちゃん! すごいよ、勝ったんだね!」
丁度、仔兎がてゐと霊夢を追いかけてきて追いついた。
てゐは仔兎を抱えて直ぐに霊夢の元に飛ぶ。
穴からふらふらになりながら飛び出てきた霊夢が何か言うよりも先に、てゐは仔兎ともどもぐいっと頭を下げた。
「ゴメンナサイ!」
「え、なんで?」
「いいから謝る!」
「は、はい……ごめんなさい」
いろいろ言いたい事があった霊夢だが、二羽の兎にそろって頭を下げられ言葉が出ない。
水浸しの袖をぎゅっと絞り、顔に張り付いた髪をはがしてムスッとした顔でてゐの真意を探る。
「今回は、うちの兎が里の人間にご迷惑をかけました。二度とさせませんのでお許しください」
「えー、でもやっぱり、お姉ちゃんが勝ったのに……」
「聞きなさい。強いものは常に礼儀を忘れてはダメなのよ。勝負には勝って、けれど非はわびる。それが本当に強い最強のお姉ちゃんなのよ! 分かった!?」
「そ……そうかぁ分かったよお姉ちゃん! おいらが間違ってた!」
仔兎はてゐの言葉に改めて目を輝かせると、謝ってるとは思えないほどのとびっきりの笑顔で霊夢に頭を下げた。
「里を荒らしてゴメンナサイ。もうしないので許してください!」
仔兎はたっぷり二回深呼吸できるほど頭を下げ続けた後、勢いよく顔を上げ、キラキラキラキラと瞳から星を出しながらてゐを見つめた。
ねぇ、おいら上手くできた? これでいい? おねえちゃん、褒めて、おいらがんばったよ。
瞳がそう語っていた。
「よし」
てゐはえらそうに頷き、仔兎の頭をなでた。
気持ちよさそうに目を瞑る仔兎。そしててゐは、霊夢の方を向いて苦笑いをし、撫でてないほうの手のひらを顔の前に持ってきて片目を瞑った。
唇が、ゴメンコレデユルシテ、と動いている。
霊夢は、呆れていた。
何だろうこのバカ姉弟は……こめかみに手をやる。
珍しく頭痛がしたのは水をかぶったからだけではないと思った。
ジトーっとてゐを見つめ返す。
後で説明してもらうわよ?
恩に着るわ
「帰る」
視線で会話した後、霊夢はふらふらと飛び上がりやるせない気持ちいっぱいで飛んで行った。
その後にぽたぽたとしずくの道ができていった。
「お姉ちゃん。助けに来てくれてありがとう。おいら、お姉ちゃんに酷い事言って飛び出したのに……」
「いいのよ。あなたを守るって言ったのは私よ? それに、お姉ちゃんは最強なんだからね!」
てゐは、ナンバーワーンとばかりに指を一本立てて掲げた。
すでに乾いていた仔兎の赤い瞳がまた少し潤む。けれど仔兎はそれを袖で拭いて優しく微笑んで言った。
「お姉ちゃん、最強はもういいよ」
「ぇぇ!!」
てゐは指を掲げたまま目をパチクリとさせる。
どういう意味だろう、嘘がばれた? せっかっくここまでしたのに! てゐは珍しく動揺した。
「おいらだって、いつまでも子供じゃないからね! それに、もうこんな無理、して欲しくない……」
「……バカ」
てゐはそっと仔兎の耳に自分の耳を重ねた。うさうさと柔らかい毛が触れ合う。
そしてぎゅぅっと仔兎を抱きしめた。
「その代わりね、おいら」
「その代わり?」
「うん、おいら、お姉ちゃんみたいに最高に素敵な嘘つき兎になるよ!!」
それから、少しして。
てゐの怪我は永琳の薬のおかげかたいしたことはなく治り、仔兎ともどもまたいつもの生活に戻っていた。
そしてこの日、てゐは仔兎を連れて博麗神社の境内を訪れた。
あの騒動の後、てゐと仔兎の行動が永琳にバレ、怪我が治り次第もう一度謝りに行くように言われていたのだ。
お土産の人参をたくさん持って鳥居をくぐると、慧音と霊夢が縁側でお茶をしている。
先にてゐたちに気がついた慧音が手を振った。
「こんにちわ、慧音に霊夢」
「あぁ、こんにちわ。久しぶりだな、そっちの仔兎もあれ以来か」
「バリボリ」
霊夢はせんべいをかじる音で返事した。
後ろに隠れている仔兎をてゐが無理やり前に立たせる。そして、その背中をぽんと叩いた。
「こないだは、ゴメンナサイ。もう里を荒らしたりしません」
慧音は真っ直ぐに謝る仔兎の頭にぽんと手をのせ、つよくぎゅっぎゅっと撫でた。
「分かればそれでいいよ」
暖かい力強い慧音の笑みに仔兎の緊張は直ぐに消え去った。
霊夢もせんべいを咥えたまま横から手を伸ばし仔兎の頭にのせようとしたが、仔兎は直ぐにてゐの後ろの隠れてしまった。宙に伸ばした手だけが残る。
「バリボリ……ねぇ」
腑に落ちない表情の霊夢。
「私、こないだの勝負が納得できないんだけど。絶対に勝ったと思ったのに。ていうか、反則っぽくないあれ?」
「アハ、弾幕勝負、としては反則かもね」
てゐは素直に認めた。
「でもね霊夢、勝負は私の勝ち。あれはね、右か左か選んだ時点で負け」
「そこなのよ、私、自慢じゃないけどそういう感をはずした事ないのよね、どっちもはずれなら気がついたと思ったのに」
「あなたみたいな人間を幸運にする程度の能力、幸運に導かれたのよ」
「えー」
「あれがみんな幸せに終わる結末だったってこと。それに、霊夢もいい事あったでしょ?」
確かに、あれ以来ときどき賽銭箱に小銭とか少しだけかじったあとのある人参とか入ってる事がある。
それがそこの仔兎の仕業だと霊夢は気がついていた。
それに今日も、こうしてお土産をもらっている。山盛りの人参を見る。
「……やっぱり納得できない。騙されてる気がする!」
「勿論、騙してますから」
「ははは、霊夢これは一本とられたな」
「面白くないわよ」
てゐの後ろでクスクス笑う仔兎を見ながら霊夢はまたせんべいを咥えた。
「私としては、あそこに霊夢がいた事のが不思議なんだけど」
「あぁそれは」
慧音はせんべいを仔兎に勧めながら言う。
「私が頼んだ。いたずら兎を見つけたらきつく懲らしめてくれと。どうにも私では甘やかしてしまいそうでな」
怖かったか? と仔兎に聞く。
丁度食べやすいようにせんべいを割っていた仔兎はかけらを足元に落としてしまった。
しょうがないな、と慧音が腰をかがめ拾ってやろうとすると、そのかけらの上に一粒のしずくが落ちた。
「おいら……怖かったよ、霊夢さん……おいらがやめてって言うのに……あんなこと、いや……やめて! タスケテ慧音さーん」
突然胸に飛び込んできた仔兎を抱きとめ、慧音は眉間に小さな皺を作って霊夢を見た。
「これは……確かにきつくしろとは言ったが、いささかやりすぎたのではないか……霊夢」
「ちょっと、慧音甘すぎよ。ていうか私そこまで酷いことしてな」
べー
「って今その兎、舌だした!」
仔兎はピョンっと慧音の胸から高く飛び上がり、後方一回転して着地。ビシッと指を立てて見せた。
「お姉ちゃん! 今のどうだった?」
「いい線行ってたけど、舌を出すタイミングがちょっと早い、40点」
「むぅ、厳しいなぁ。でも、次はもっとがんばるよ! ねぇ、この辺でちょっと遊んできてもいい?」
「いいわよ、でも怖い巫女に気をつけて」
「もちろんだよ!」
仔兎は元気よく跳ねていく。
はっはっは、と慧音は豪快に笑った。
バリボリ
「元気な仔兎だな、将来が楽しみだ」
「てゐみたいな嘘つき兎に教わるようじゃ、ゾッとしないわよ。どんな問題兎になることか」
けれど、てゐは酷くまじめな顔で、このときばかりは嘘偽りない本心で答えたのだ。
「あの子の将来? 私みたいな最高にプリチーな兎になるに決まってるじゃないの」
でも一番印象に残ったのはウサウサうどんげ……
ちょっと一緒にウサウサしてきます
すっきりと終わり、良い感じです。
「風にゆれウサウサと鳴る」と読み間違うくらい、ウサウサ中毒。
ウサウサ。
「スパ~ン」
頚を刎ねられた!!
そんな感じ?
力じゃなくて知恵、しかもちょっとずるせこい勝ち方が非常に良く似合い、そしてそれが格好良い。
良い兎SSでした。
やはり意地は張り通してこそ、ね?
えぇもう感動です。素晴らしい描画力だと思います。
登場人物の扱いもとても丁寧なので、細かな表情の動きなど深読みのしがいのある文章でした。
仔兎とてゐの心理描写も勿論ですが、霊夢の弾幕の描写が…とてもいい二重結界でした。SSの戦闘でここまで震えたのは初めてかもしれません。
兎にも角にも、満足させていただきました。ありがとうございました。
つーか霊夢かっこいいよ霊夢。でもちょっとムキになりすぎね。てゐが間に合わなかったらどうなったことか……
ウサウサ。
格好いい・・・いや、超プリチー!!!!!
あと、誤字だと思うのですが、霊夢の「なら、始めましょうか」の台詞の後、「周囲が再び結果に閉ざされ、」は「結界に閉ざされ、」ですよね。