「あれー?」
「げっ……」
「れみちょんだー」
ふよふよと寄ってきた黒い球体の中から姿を表したルーミアに、レミリアはうげっという顔をした。
一方ルーミアは、いつもののほほーんとした顔でふよふよ寄ってくる。
「なにしてるのー」
「あ、あんたには関係ないわよ、どっか行きなさいよ」
「んみ?」
ちょこんと小首を傾げるルーミア。
そのままずいっと顔を近づけてくる。
「れみちょん、なんかちっちゃくないー?」
「うぐっ……」
ルーミアの言うとおり、なにがあったのかレミリアの体はいつもより二回りは小さい……というか、姿が幼くなっている。
「るーみゃ知ってるよ。そういうの『てこいれ』っていうんだよねー」
「あんたが何言ってるんだが1ミリもわかんないんだけど……」
「でー、なんでそんなになっちゃったのー?」
「うぅぅ……面倒だから説明してあげるわ。パチェのヤツにやられたのよ! もー、アイツってば毎度毎度ヘンないたずら仕掛けてくるんだから!」
「ぱっちゅんはれみちょんのこと大好きなのかー」
「はぁっ!? い、いきなり何言って……」
「るーみゃ知ってるよ。そういうの『つんでれ』っていうんだよねー」
「あんたどこでそんな事覚えてくるのよ……あーもーどっか行きなさいったら!」
そう言うとレミリアは飛んでいこうとするが、なんだかうまくいかない。
体と一緒に小さくなってしまった羽根をぱたぱたさせるだけで、ぜんぜん飛べていない。
「うーっ、うーっ!」
「どしたのー? とべないのー?」
「う、うるさいわね! ちょっと調子が悪いだけ……」
などと苦しい言い訳をしていると、なんだか空がどんよりとしてきた。
あっ、と思う間もなく、鉛色になった空からは土砂降りの雨が降ってくる。
「う、うひゃーっ!」
「あー、降ってきちゃったのかー。あ、れみちょんはきゅーけつきだから雨苦手なんだっけ」
そう言うとルーミアは、ひょいっとレミレアを後ろから抱きかかえた。
「ひゃあっ!? な、なにすんのよ!」
「るーみゃのお家に行くのかー」
「あ、あんたの家ぇ?」
「このへん、雨宿りできるところもないからー」
「ま……まともな家なんでしょうね……」
とか言っている間に、ルーミアはレミリアを抱え、森の中をふよふよ飛んでいく。
「ちょっと! もっとスピード出ないの!? あちちち、羽根の先っちょ焦げてる焦げてる!」
「もーあんまりあばれないでよー。落ちちゃうよー」
などとわたわたしながら、二人は雨の中をふよふよふらふら飛んでいく。
しばらく飛んでたどり着いたのは、魔法の森の奥、一本の大樹のところだった。
「こ、ここがあんたの家なの……?」
「自慢のまいほーむなのかー」
「いやこれ完全に鳥の巣箱じゃない!」
空に大きく枝を伸ばした大樹の枝の上にちょこんと乗っているのは、赤い屋根の小さな小屋だ。
いちおう作りはしっかりしているようだが、なんだか一抹の不安は拭えない。
「あんたこれを家って言い張るのは無理があるでしょ……」
「えー? そりゃーれみちょんのこーまかんに比べたらちょっとしょぼいかもしれないけどー、いいとこだよー?」
「ほんとかしらね……」
恐る恐る中に入ってみると、小屋の中にはベッドが一つ、棚が一つ、それとなんだかよくわからないガラクタがいくつか。
「あんたこれ……」
「んー? どしたのー?」
「物置にしか見えないんだけどこの家……」
「るーみゃはしがないのらよーかいだからー。ふにゃふにゃ」
「それにしたってもう少し彩りってものをね……は、ふぁ、はっくちょん!」
「へっくちょん!」
二人揃ってくしゃみが出たのがおかしかったのか、ルーミアはへにゃへにゃ笑っている。
「にゃはははー。あ、早く拭かないと風邪引いちゃうね。ほられみちょん、こっちこっちー」
ちょいちょいと手招きするルーミアに、レミリアは怪訝な顔。
「いや、だから拭くから、さっさとタオルよこしなさいよ」
「だからー、るーみゃが拭いてあげるー♪」
「はぁ!? いいわよそんなの、自分でできるわよ」
「でも今日はー、るーみゃの方がおねーさんだもーん。とりゃー♪」
「わぷっ!? こ、このっ! 調子に乗って!」
抵抗しようとするも、小柄なルーミアよりさらに小さくなってしまったレミリアは手が届かない。
楽しそうな顔のルーミアは、両手でレミリアを抱きしめるようにして体を拭いてやる。
諦めたのか疲れたのか、レミリアの抵抗は次第に弱くなっていく。
「えへへへー、なんかたのしー♪ るーみゃよりちっちゃい子ってあんまりいないから、新鮮だなー♪」
「ふがふがふが……あーもう! もういいでしょいい加減離しなさいよー!」
などを文句を言いながらも、レミリアは楽しそうに笑っている自分を今さら自覚した。
(……ヘンなヤツよね、こいつ。掴み所がないっていうか、なんにも考えてないっていうか……)
たまに美鈴と一緒に遊んでいるのを見かけたりするが、なんかもう完全にそのへんの子どもと変わらない。
本当に妖怪なのかも疑わしいくらいだ。
そう言えばこのルーミア、天狗や河童のようにほかに同じ種族の仲間がいるようには見えない。
(改めて考えると……こいつ、何者なのかしら?)
「ふにゃふにゃふにゃー……んー、急いで飛んだせいかなー、眠くなってきちゃったー……」
などと考えているレミリアをよそに、ルーミアはぽわんぽわんした顔であくびをしている。
そののんき顔を見ていると、考え込むのもなんだか無駄な気がしてきた。
「ふわわ……わたしもなんか眠くなってきちゃったわね……」
「そっかー、れみちょんはお昼に寝てるんだよねー。そんじゃ、いっしょにお昼寝しよー」
そう言うと、ルーミアはもぞもぞとベッドに潜り込む。
「れみちょん、どしたのー?」
ベッドの中から顔を出したルーミアは、シーツをぱたぱた。
「な、なに?」
「なにって、いっしょに寝よ?」
「えええ? イヤよそんなの! ほかにベッドないの?」
「ないよー。だからー、いっしょに寝よ? ほぉらー」
ベッドの中から手を伸ばしたルーミアが、レミリアを強引に引っ張り込んだ。
「えへへへー、だっこ、だっこー♪」
「きゃーっ! ちょ、ちょっとこら! 抱きつくな!」
「えー、いいじゃーん。るーみゃよりちっちゃい子ってあんまりいないからー、こういうのしてみたかったのー」
「知らないわよそんなの! ちょ、ばか! ヘンなとこ触るな! あ、あはは!」
「えへへー、むぃむぃ」
「きゃーばか! そんなとこ顔突っ込むな!」
そんな感じでベッドの中でぱたぱたしていると、レミリアはなんだか妙に安らいだ気持ちになってきた。
なんだろう。
なんだかひどく……懐かしい?
(なんだろ、この感じ……)
と、さっきまできゃっきゃと騒いでいたルーミアがぴたりと静かになった。
「……?」
不審に思って肩越しに様子をうかがうレミリア。
「……な、なに急に黙ってるのよ」
「……」
ルーミアの方は、何も答えずにレミリアの背中のあたりをじーっと見ている。
「ねー、れみちょん」
「な、なによ」
「はみ」
「ぴゃあああああああっ!?」
幻想郷の空をつんざく乙女の悲鳴。
ベッドからすぽーんと飛び出したレミリアは、そのまま壁まですっ飛んだ。
「ひゃーびっくりした。どしたの?」
ぜんぜんびっくりしたようには見えないのほほーん顔のルーミアに、レミリアは食って掛かる。
「どしたのじゃないでしょ!? あ、あんたなにいきなり人の羽に噛み付いてるのよ!?」
「えー……やーなんかー、目の前でぱたぱたしてるからー、じょーけんはんしゃで、ぱくって……」
「トカゲか!」
「えへへ、ごみーん」
ふにゃふにゃーと笑うルーミアの顔を見ていると、レミリアはなんだか異様な疲労感に襲われて、怒るのも無駄っぽくなってきた。
はあ、と小さなため息を漏らして、もぞもぞとシーツの中にもぐりこむ。
すると、ルーミアがまた後ろから両手を回して抱きついてきた。
「……噛まないでよ」
「もー、ごめんってばー……」
眠気の混じり始めたその声は、耳のすぐ側で聞こえた。
見た目が子供だからか、ルーミアは体温が高い。
ぎゅうっと密着した背中の暖かさに、レミリアはまた不思議な懐かしさを覚えた。
昔……そう、もう覚えていないくらい昔こういうことがあった気がする……。
(……)
思い出そうとするが、思い出せない。
そもそも数百年を生きる吸血鬼には、昔のことを思い出すということがあまりない。
ここ、幻想郷へ来る前や、自分が生まれた頃の記憶など、もうはるか遠くの出来事だ。
「ねー、れみちょん。おきてるー……?」
「な、なによぅ」
半分くらい寝ているのか、耳元でささやくような声音にすこしどきっとしながら、レミリアは答える。
「んー……なんかねー、前にもこんなこと、あったよーなきがするんだよねー……」
「えぇ……?」
「ねー、るーみゃとれみちょんって、前にも会ったこと、あったっけー……?」
ない、はずだ。
レミリアがルーミアと出会ったのは紅霧異変の後で、少なくともそれ以前に出会った記憶はない。
だが、レミリアも確かに奇妙な懐かしさを感じていた。
「そう言えば、さ……」
「んみー……?」
「あんた、ここに来る前って、どこにいたの? やっぱり、外の世界?」
「んー……」
ルーミアはレミリアの首筋に顔をすり寄せながら、むにゃむにゃと答える。
「みー……よくおぼえてなぁいー……でもねー……」
「でも、なによ……」
「なんかー……知ってる気がするー……」
「知ってるって、何をよ」
「れみちょんの、においー……」
「なにそれ……」
シーツの中に苦笑を漏らすレミリア。
ルーミアの吐息が、少しだけ近づいた。
また耳元でふにゃふにゃ笑って、ルーミアはレミリアの髪に鼻先を寄せてきた。
「みー、くんくん」
「きゃ、ちょっとぉ、くすぐったいでしょ」
首をすくめつつも、レミリアは深い安堵を覚えた。
「ねー、れみちょん」
「なによぅ」
「だれかといっしょに寝るのって、いいねー……」
ルーミアの両手が、少しだけ深くレミリアの小さな体を抱き寄せた。
その感触に不思議な満足を覚え、レミリアは首筋に当たるルーミアの寝息を感じながら、目を閉じた。
――まどろみの中に浮かび上がるのは、安らぎの記憶。
陽の光に身を焼かれ、陽光のもとから追いやられた彼女らを、天鵞絨のごとく優しく包み込んでくれる――夜の闇。
(そういやこいつ、宵闇の妖怪とか言ってたっけ……)
なんか、知ってる気がする、とルーミアは言った。
レミリアも、このとき同じことを思った。
ルーミアの匂いを、知っている気がする。
それは……夜の匂い。
小さな両手の中でもぞもぞ動き、向きを変える。
後ろを向くと、ルーミアは相変わらずののほほーん顔で、すやすやと寝息を立てていた。
(……ヘンなヤツ)
胸の中でそうひとりごちて。
レミリアはちょっとだけ、のんきな寝顔に自分の頬をすり寄せた。
先に目を覚ましたのはレミリアの方だった。
小さな窓の外を見ると、とっぷりと日は暮れて、彼女らの時間だ。
「ん……あっ! 体、もとに戻ってる!」
効果時間が解けたのか、レミリアの体は本来の姿を取り戻していた。
「ふふん、このわたしのパーフェクトボディを取り戻したからには、パチェのヤツに食らわしてやらねばならん、然るべき報いをッ!」
などとベッドの上でふんぞり返ってフラットな胸を張っているレミリアの足元で、何かがもぞもぞと動いた。
「うーんむにゃむにゃ、もう食べられないよぅ」
「うわ、初めて聞いたわこんなテンプレ寝言」
レミリアの足元では、寝る前と……というかいつもと変わらないのほほーん顔のルーミアがふにゃふにゃ言っている。
「ていうかあんたいつまで寝てるつもりなの! いい加減起きなさいよ!」
「むぃー?」
もぞもぞと起きてきたルーミアの顔は、やっぱりまだ寝ぼけている。
「むぃー、なにー?」
「やっぱりまだ寝ぼけてるわねこいつ。ほら、あんたも妖怪ならこれからが活動時間なんじゃないの?」
そう言いながら、レミリアはルーミアのほっぺたをぷにぷにしてみたり。
「うー、うー、むぃー……」
「うははは! さっきまでお姉ちゃんぶってたくせに。ほれほれー」
ぷにぷにほっぺっをつついていると、なんだかむやみに幸福感が湧き出てくる。
――それが、夜の王たるレミリアに致命的な隙を生じさせた。
「ぱっくん」
「ぴゃああああああっ!?」
幻想郷の夜空に、ふたたび乙女の悲鳴がこだまする――。
「げっ……」
「れみちょんだー」
ふよふよと寄ってきた黒い球体の中から姿を表したルーミアに、レミリアはうげっという顔をした。
一方ルーミアは、いつもののほほーんとした顔でふよふよ寄ってくる。
「なにしてるのー」
「あ、あんたには関係ないわよ、どっか行きなさいよ」
「んみ?」
ちょこんと小首を傾げるルーミア。
そのままずいっと顔を近づけてくる。
「れみちょん、なんかちっちゃくないー?」
「うぐっ……」
ルーミアの言うとおり、なにがあったのかレミリアの体はいつもより二回りは小さい……というか、姿が幼くなっている。
「るーみゃ知ってるよ。そういうの『てこいれ』っていうんだよねー」
「あんたが何言ってるんだが1ミリもわかんないんだけど……」
「でー、なんでそんなになっちゃったのー?」
「うぅぅ……面倒だから説明してあげるわ。パチェのヤツにやられたのよ! もー、アイツってば毎度毎度ヘンないたずら仕掛けてくるんだから!」
「ぱっちゅんはれみちょんのこと大好きなのかー」
「はぁっ!? い、いきなり何言って……」
「るーみゃ知ってるよ。そういうの『つんでれ』っていうんだよねー」
「あんたどこでそんな事覚えてくるのよ……あーもーどっか行きなさいったら!」
そう言うとレミリアは飛んでいこうとするが、なんだかうまくいかない。
体と一緒に小さくなってしまった羽根をぱたぱたさせるだけで、ぜんぜん飛べていない。
「うーっ、うーっ!」
「どしたのー? とべないのー?」
「う、うるさいわね! ちょっと調子が悪いだけ……」
などと苦しい言い訳をしていると、なんだか空がどんよりとしてきた。
あっ、と思う間もなく、鉛色になった空からは土砂降りの雨が降ってくる。
「う、うひゃーっ!」
「あー、降ってきちゃったのかー。あ、れみちょんはきゅーけつきだから雨苦手なんだっけ」
そう言うとルーミアは、ひょいっとレミレアを後ろから抱きかかえた。
「ひゃあっ!? な、なにすんのよ!」
「るーみゃのお家に行くのかー」
「あ、あんたの家ぇ?」
「このへん、雨宿りできるところもないからー」
「ま……まともな家なんでしょうね……」
とか言っている間に、ルーミアはレミリアを抱え、森の中をふよふよ飛んでいく。
「ちょっと! もっとスピード出ないの!? あちちち、羽根の先っちょ焦げてる焦げてる!」
「もーあんまりあばれないでよー。落ちちゃうよー」
などとわたわたしながら、二人は雨の中をふよふよふらふら飛んでいく。
しばらく飛んでたどり着いたのは、魔法の森の奥、一本の大樹のところだった。
「こ、ここがあんたの家なの……?」
「自慢のまいほーむなのかー」
「いやこれ完全に鳥の巣箱じゃない!」
空に大きく枝を伸ばした大樹の枝の上にちょこんと乗っているのは、赤い屋根の小さな小屋だ。
いちおう作りはしっかりしているようだが、なんだか一抹の不安は拭えない。
「あんたこれを家って言い張るのは無理があるでしょ……」
「えー? そりゃーれみちょんのこーまかんに比べたらちょっとしょぼいかもしれないけどー、いいとこだよー?」
「ほんとかしらね……」
恐る恐る中に入ってみると、小屋の中にはベッドが一つ、棚が一つ、それとなんだかよくわからないガラクタがいくつか。
「あんたこれ……」
「んー? どしたのー?」
「物置にしか見えないんだけどこの家……」
「るーみゃはしがないのらよーかいだからー。ふにゃふにゃ」
「それにしたってもう少し彩りってものをね……は、ふぁ、はっくちょん!」
「へっくちょん!」
二人揃ってくしゃみが出たのがおかしかったのか、ルーミアはへにゃへにゃ笑っている。
「にゃはははー。あ、早く拭かないと風邪引いちゃうね。ほられみちょん、こっちこっちー」
ちょいちょいと手招きするルーミアに、レミリアは怪訝な顔。
「いや、だから拭くから、さっさとタオルよこしなさいよ」
「だからー、るーみゃが拭いてあげるー♪」
「はぁ!? いいわよそんなの、自分でできるわよ」
「でも今日はー、るーみゃの方がおねーさんだもーん。とりゃー♪」
「わぷっ!? こ、このっ! 調子に乗って!」
抵抗しようとするも、小柄なルーミアよりさらに小さくなってしまったレミリアは手が届かない。
楽しそうな顔のルーミアは、両手でレミリアを抱きしめるようにして体を拭いてやる。
諦めたのか疲れたのか、レミリアの抵抗は次第に弱くなっていく。
「えへへへー、なんかたのしー♪ るーみゃよりちっちゃい子ってあんまりいないから、新鮮だなー♪」
「ふがふがふが……あーもう! もういいでしょいい加減離しなさいよー!」
などを文句を言いながらも、レミリアは楽しそうに笑っている自分を今さら自覚した。
(……ヘンなヤツよね、こいつ。掴み所がないっていうか、なんにも考えてないっていうか……)
たまに美鈴と一緒に遊んでいるのを見かけたりするが、なんかもう完全にそのへんの子どもと変わらない。
本当に妖怪なのかも疑わしいくらいだ。
そう言えばこのルーミア、天狗や河童のようにほかに同じ種族の仲間がいるようには見えない。
(改めて考えると……こいつ、何者なのかしら?)
「ふにゃふにゃふにゃー……んー、急いで飛んだせいかなー、眠くなってきちゃったー……」
などと考えているレミリアをよそに、ルーミアはぽわんぽわんした顔であくびをしている。
そののんき顔を見ていると、考え込むのもなんだか無駄な気がしてきた。
「ふわわ……わたしもなんか眠くなってきちゃったわね……」
「そっかー、れみちょんはお昼に寝てるんだよねー。そんじゃ、いっしょにお昼寝しよー」
そう言うと、ルーミアはもぞもぞとベッドに潜り込む。
「れみちょん、どしたのー?」
ベッドの中から顔を出したルーミアは、シーツをぱたぱた。
「な、なに?」
「なにって、いっしょに寝よ?」
「えええ? イヤよそんなの! ほかにベッドないの?」
「ないよー。だからー、いっしょに寝よ? ほぉらー」
ベッドの中から手を伸ばしたルーミアが、レミリアを強引に引っ張り込んだ。
「えへへへー、だっこ、だっこー♪」
「きゃーっ! ちょ、ちょっとこら! 抱きつくな!」
「えー、いいじゃーん。るーみゃよりちっちゃい子ってあんまりいないからー、こういうのしてみたかったのー」
「知らないわよそんなの! ちょ、ばか! ヘンなとこ触るな! あ、あはは!」
「えへへー、むぃむぃ」
「きゃーばか! そんなとこ顔突っ込むな!」
そんな感じでベッドの中でぱたぱたしていると、レミリアはなんだか妙に安らいだ気持ちになってきた。
なんだろう。
なんだかひどく……懐かしい?
(なんだろ、この感じ……)
と、さっきまできゃっきゃと騒いでいたルーミアがぴたりと静かになった。
「……?」
不審に思って肩越しに様子をうかがうレミリア。
「……な、なに急に黙ってるのよ」
「……」
ルーミアの方は、何も答えずにレミリアの背中のあたりをじーっと見ている。
「ねー、れみちょん」
「な、なによ」
「はみ」
「ぴゃあああああああっ!?」
幻想郷の空をつんざく乙女の悲鳴。
ベッドからすぽーんと飛び出したレミリアは、そのまま壁まですっ飛んだ。
「ひゃーびっくりした。どしたの?」
ぜんぜんびっくりしたようには見えないのほほーん顔のルーミアに、レミリアは食って掛かる。
「どしたのじゃないでしょ!? あ、あんたなにいきなり人の羽に噛み付いてるのよ!?」
「えー……やーなんかー、目の前でぱたぱたしてるからー、じょーけんはんしゃで、ぱくって……」
「トカゲか!」
「えへへ、ごみーん」
ふにゃふにゃーと笑うルーミアの顔を見ていると、レミリアはなんだか異様な疲労感に襲われて、怒るのも無駄っぽくなってきた。
はあ、と小さなため息を漏らして、もぞもぞとシーツの中にもぐりこむ。
すると、ルーミアがまた後ろから両手を回して抱きついてきた。
「……噛まないでよ」
「もー、ごめんってばー……」
眠気の混じり始めたその声は、耳のすぐ側で聞こえた。
見た目が子供だからか、ルーミアは体温が高い。
ぎゅうっと密着した背中の暖かさに、レミリアはまた不思議な懐かしさを覚えた。
昔……そう、もう覚えていないくらい昔こういうことがあった気がする……。
(……)
思い出そうとするが、思い出せない。
そもそも数百年を生きる吸血鬼には、昔のことを思い出すということがあまりない。
ここ、幻想郷へ来る前や、自分が生まれた頃の記憶など、もうはるか遠くの出来事だ。
「ねー、れみちょん。おきてるー……?」
「な、なによぅ」
半分くらい寝ているのか、耳元でささやくような声音にすこしどきっとしながら、レミリアは答える。
「んー……なんかねー、前にもこんなこと、あったよーなきがするんだよねー……」
「えぇ……?」
「ねー、るーみゃとれみちょんって、前にも会ったこと、あったっけー……?」
ない、はずだ。
レミリアがルーミアと出会ったのは紅霧異変の後で、少なくともそれ以前に出会った記憶はない。
だが、レミリアも確かに奇妙な懐かしさを感じていた。
「そう言えば、さ……」
「んみー……?」
「あんた、ここに来る前って、どこにいたの? やっぱり、外の世界?」
「んー……」
ルーミアはレミリアの首筋に顔をすり寄せながら、むにゃむにゃと答える。
「みー……よくおぼえてなぁいー……でもねー……」
「でも、なによ……」
「なんかー……知ってる気がするー……」
「知ってるって、何をよ」
「れみちょんの、においー……」
「なにそれ……」
シーツの中に苦笑を漏らすレミリア。
ルーミアの吐息が、少しだけ近づいた。
また耳元でふにゃふにゃ笑って、ルーミアはレミリアの髪に鼻先を寄せてきた。
「みー、くんくん」
「きゃ、ちょっとぉ、くすぐったいでしょ」
首をすくめつつも、レミリアは深い安堵を覚えた。
「ねー、れみちょん」
「なによぅ」
「だれかといっしょに寝るのって、いいねー……」
ルーミアの両手が、少しだけ深くレミリアの小さな体を抱き寄せた。
その感触に不思議な満足を覚え、レミリアは首筋に当たるルーミアの寝息を感じながら、目を閉じた。
――まどろみの中に浮かび上がるのは、安らぎの記憶。
陽の光に身を焼かれ、陽光のもとから追いやられた彼女らを、天鵞絨のごとく優しく包み込んでくれる――夜の闇。
(そういやこいつ、宵闇の妖怪とか言ってたっけ……)
なんか、知ってる気がする、とルーミアは言った。
レミリアも、このとき同じことを思った。
ルーミアの匂いを、知っている気がする。
それは……夜の匂い。
小さな両手の中でもぞもぞ動き、向きを変える。
後ろを向くと、ルーミアは相変わらずののほほーん顔で、すやすやと寝息を立てていた。
(……ヘンなヤツ)
胸の中でそうひとりごちて。
レミリアはちょっとだけ、のんきな寝顔に自分の頬をすり寄せた。
先に目を覚ましたのはレミリアの方だった。
小さな窓の外を見ると、とっぷりと日は暮れて、彼女らの時間だ。
「ん……あっ! 体、もとに戻ってる!」
効果時間が解けたのか、レミリアの体は本来の姿を取り戻していた。
「ふふん、このわたしのパーフェクトボディを取り戻したからには、パチェのヤツに食らわしてやらねばならん、然るべき報いをッ!」
などとベッドの上でふんぞり返ってフラットな胸を張っているレミリアの足元で、何かがもぞもぞと動いた。
「うーんむにゃむにゃ、もう食べられないよぅ」
「うわ、初めて聞いたわこんなテンプレ寝言」
レミリアの足元では、寝る前と……というかいつもと変わらないのほほーん顔のルーミアがふにゃふにゃ言っている。
「ていうかあんたいつまで寝てるつもりなの! いい加減起きなさいよ!」
「むぃー?」
もぞもぞと起きてきたルーミアの顔は、やっぱりまだ寝ぼけている。
「むぃー、なにー?」
「やっぱりまだ寝ぼけてるわねこいつ。ほら、あんたも妖怪ならこれからが活動時間なんじゃないの?」
そう言いながら、レミリアはルーミアのほっぺたをぷにぷにしてみたり。
「うー、うー、むぃー……」
「うははは! さっきまでお姉ちゃんぶってたくせに。ほれほれー」
ぷにぷにほっぺっをつついていると、なんだかむやみに幸福感が湧き出てくる。
――それが、夜の王たるレミリアに致命的な隙を生じさせた。
「ぱっくん」
「ぴゃああああああっ!?」
幻想郷の夜空に、ふたたび乙女の悲鳴がこだまする――。