Coolier - 新生・東方創想話

貴方にお味噌汁を

2018/06/01 01:51:20
最終更新
サイズ
9.75KB
ページ数
1
閲覧数
2100
評価数
7/14
POINT
860
Rate
11.80

分類タグ

 夏の涼しい朝だった。蓬莱山輝夜は数日前から体調を崩し寝込んでいる鈴仙・優曇華院・イナバの寝室へ向かう。鈴仙は永遠亭の雑事を何百年も任せていることもありとても早起きだ。

 私が起こしに行く頃には目を覚まして挨拶で出迎える。たとえ体調を崩した日でも。襖を開けると挨拶は飛んでこなかった。

 鈴仙は未だに布団で横になっている。「おはよう、鈴仙」と呼びかけても反応はない。珍しい日もあるものだ。仕方ないので横にしゃがみ今度は肩を掴んで軽く揺すったが何の反応もない。

 まさか、掴んだ鈴仙の肩は気持ちひんやりとしている。そんなまさか、今の状況を信じられぬ私は手首を掴み、脈を確かめ、胸に手を当てて心臓の動きを確かめたがぴくりともしなかった。

 その現実を受け入れられぬ私はたくさんの皺が刻まれ、少し冷えた額をやさしく撫で、また起きそうな期待と労りを込めて「おやすみ鈴仙」とつぶやいた。

 永遠亭に鈴仙が住み始めてとても長い年月が流れた。

 最初は何かに怯えて、引き篭もり、部屋から出たと思えば竹林を眺めるだけの鈴仙は、いつのまにか私達に馴染み、日々の生活と異変を経て、いつしか私のことを「姫様」から「輝夜様」と呼ぶようになった。

 良くも悪くも天真爛漫、勝手に商売を始めて永琳に怒られて、異変では無茶をしてまた永琳に怒られて、鈴仙の偽物が暴れて勘違いした私が鈴仙を叱って、そんな可愛い鈴仙はいつだって永遠亭の中心だった。

 しかし時間は過ぎてゆき、いつのまにか鈴仙は数え切れないほどの歳と皺を重ね、私から背伸びをしてようやく届いた背もいつのまにか縮んで、腰も曲がって、私より小さくなった。

 昔は背伸びせずに取れた箪笥の上の籠も今は背伸びして取れるか取れないか、そんな鈴仙を見つけて私が籠を取って上げると必ず鈴仙はお礼に冗談を交える。
「ありがとうございます姫様、こんなに大きくなられて」
「あなたが縮んだだけでしょう」
「そうでしたね」
 と冗談を交わした後に見せてくれる鈴仙のはにかんだ笑顔が懐かしかった。

 身体の節々も悪くなった。歩く姿もぎこちなく、よちよちと歩いていた。さすがに薬売りの仕事が厳しくなったのか数十年前に辞めた。
 それでも「これが私の仕事ですから」と永遠亭の炊事、掃除、洗濯、雑用だけは譲らずこなしていた。
 それでも家から出なくなったわけではなく、時たまどこかへ出かけていた。
 そんな生活を繰り返していたある日、お昼の支度途中に鈴仙は倒れてしまった。

 歳を重ねてからの鈴仙は度々倒れていた。体力が無くなったのか、年に一度は風邪で数日寝込むことは珍しく無かった。だが、今回は違った。いつもよりすこぶる調子が悪い。

 永琳も私も、鈴仙も分かっていた。近年は鈴仙の体調がよろしくない日の頻度は上がっていた。最近は一ヶ月に一度寝込んでいた。もう鈴仙の身体は限界、よほどもっても一ヶ月、永琳の口から出た言葉はとても残酷なものだった。

 何かをしてあげたい、その気持ちで一杯だが私にできることは無い。できるとすれば残された時間、できるだけ鈴仙の横で看護してあげるくらいだ。そんなある日、布団で横になっている鈴仙の横で書物を読んでいると喉が渇いた鈴仙とのことですぐさま茶碗に水を注ぎ手渡した。
「すみません輝夜様。早く体調を治しますから」
 鈴仙は私に手を煩わせる度に必ず謝る。

「いいのよ、鈴仙は働きすぎよ。私ができることなら何でもするから」
 何でもですか、その言葉になぜか鈴仙は喰いついた。
「そうですね・・・輝夜様の作ったお味噌汁が食べたいです」
 味噌汁……鈴仙の急なわがままに疑問もあったが、そんなことを考えている時間は無い。二つ返事で頷いた。

 引き受けたものの、前に味噌汁を作ったのはいつだろうか、ずっと鈴仙に任せているのだ。

 何十、いや何百年、前に着たのはいつだったか、割烹着を着て味噌汁作りに取りかかる。鈴仙の見よう見まね、包丁を持つ手は震えるし、大根の切り方すらも分からない。不揃いに切られた大根、鈴仙がいつも綺麗な正方形に切る豆腐とは程遠いばらばらな豆腐。それでも挫けず作ってはみた。味見すると、お世辞にもおいしいとは言えぬもだった。味の薄い味噌汁だ。後から気づいたことだが出汁を取っていなかった。

 しかしながらもうお日様は沈んでいる。他のおかずもてゐが準備してくれた。できなかった、と鈴仙の期待を裏切ることはしたくない。
 鈴仙には大変申しわけないが、この味噌汁を出すしか無い。

 恐る恐る鈴仙の元へ運ぶ。
 鈴仙は私の作った味噌汁をみるなり満面の笑みを浮かべていた。
「本当に作ってくださったのですね」
 鈴仙は本当に喜んでいた。そんな鈴仙を目の前にするだけでこみ上げてくるものを必死に抑え、唇を噛み締めて「なめないでちょうだい、これくらい朝飯前よ」 精一杯強がった。

 鈴仙はお椀を両手で持ち、ふうふうと弱々しい吐息で少し冷ましてから啜る。おいしいですとても暖かい味です、と笑顔でつぶやいてくれた。
「これで私にもしものことがあっても大丈夫です」
 縁起でも無いことは言わないの、悲しい感情を必死に押さえる。
 鈴仙は目をつむり、急に昔話を始めた。

 ――私が永遠亭で住み始めた頃です。その時の私は自分がここに居ても良いのだろうか、いつか追い出されるのでは無いだろうか、不安で不安で仕方なかったのです。

 それに口を開くこともままならぬ私は永遠亭で竹林を眺めるか、食事をするか、寝ているかの毎日でした。そんなとある日、輝夜様から夕食に出すお味噌汁の用意して欲しいとお願いされました。私は今まで料理なんてまともにしたことはありませんでしたが、その当時は何もしていない居候、断れませんでした。

 ずっと昔の記憶を辿り、誰かが作っていた姿を思い出し見よう見まね、野菜を切るのなんて初めてに等しい、大きかったり小さかったり、不揃いな野菜たちの詰まったお味噌汁を口にした姫様は、美味しい、と静かに呟いてくれたのを今も覚えています。そのときに姫様はおっしゃってくれました。

「ずっとここに居て良いから、毎日このお味噌汁を作って頂戴」と、その日から、ずっと輝夜様にこの味をお届けしなければと心に誓ったのです。


 しゃべり疲れたのか、鈴仙は少し休憩してからまたしゃべりだす。
「でも、私はもう輝夜様にお味噌汁をお作りなることができないかもしれない。そんな不安な気持ちで一杯でした。だからとても安心しました」

 そんな大昔のことを……それはもう鈴仙が永遠亭で住んでまもない頃、鈴仙は慣れない土地、生活のせいか口数も少なく、何かに怯え、何もせず寝ては起きる生活を繰り返していた。

 味噌汁を作らせたのはただの思いつきだった。陰で見守っていると、鈴仙の手付きにぎこちなさは感じたものの、器用なのか作る文には難なくこなしていた。だが、慣れぬことなのか味はいまいち、しかしながら器用さを活かせばこれから上手くなる見込みはある。

 何か自信になればと味を褒めた。それが良かったのか、その日を境に鈴仙は永遠亭の雑事を手伝うようになり、次第に溶け込んでいった。

 また縁起でも無いことを。
「今は身体を休めて、また元気になったら私に美味しい味噌汁の作り方を教えて欲しいの、今日の出来は私的にはいまいちなのよ」
 鈴仙はいつもの笑顔で「はい、是非ともお願いします」と引き受けてくれた。

 その三日後の朝、鈴仙は二度と目を覚ますことは無かった。

 鈴仙が亡くなって一週間たった。
 鈴仙のいない永遠亭はとても静かで、変わったことと言えば鈴仙の抜けた分、炊事、洗濯に少しだけ挑戦してみた。永琳は止めたが、暇なのよと返したらそれ以上は何も言わなかった。

 今日も洗濯を終え、何も考えず竹林を眺めていた昼下がり、珍しい来客がやってきた。

 藤原妹紅だ。あまりにも急な来客にいつもなら塩対応で出迎えるだろうが、そんな気分ではなかった。何も言わず妹紅は縁側で腰掛けている私の横へ座る。

「おまえに渡した方が良い物があってな」
 妹紅は古びたノートを私に差し出す。

 なぜ妹紅がノートを……不思議ではあったがとりあえずノートを開いた。ノートには懐かしい見覚えのある鈴仙の字で味噌汁の細かい作り方が書き詰められていた。調味料各種の分量、作る手順、野菜の切り方に煮崩れしない形、季節に合わせた野菜、具の分量までこと細かくまとめられている。

 なぜこのノートを、それに妹紅が所持しているのか私が問う前に妹紅はこのノートの経緯を話し始めた。

 ――少し前からさ、鈴仙ちゃん、私の家で味噌汁作りとこのノートを残すことに熱心だったんだ。

 なんでかって聞いたら、自分があまり長くないこと、歳のせいで舌があまり分からないこと。だからこのノートを残すことが私の使命なのだって、それと私に試食して味を確かめて欲しいと、永遠亭では皆に迷惑をかけてしまうからできないと。


 断っても良かったけれど結局押し切られて炊事場を貸してやった。まあ味噌汁だけでなくおかずも作ってくれて私としては食事の手間が省けて助かったよ

 なるほど、鈴仙が時たま出掛けていたのは妹紅の家に出向いていたのか、それにしてもなぜ、味噌汁を。

 ――鈴仙ちゃんもさ、歳だから手も足もおぼつかないし、無理しなくても良いじゃないかと、そうしたらそれはできません、と答えて永遠亭に住み始めるきっかけを話してくれたんだ。

 月から逃げ出してさまよい、永遠亭に流れ着いた頃、何もせず毎日を過ごしていた私に姫様から「お味噌汁を作って頂戴」と頼まれた。味噌汁どころか料理の経験も無い。

 それでも居候の私には断ることなんてできない。作った味噌汁はひどいもので、味どころか、野菜もまともに切れない。それでも輝夜様は美味しいと、ずっと居て良いから毎日作って頂戴と褒めてくれた。

 その後、本格的に料理について勉強して出汁を取ること初めて知った。だから、あのときの味噌汁は出汁が無い、とても味の薄い味噌汁で、それでも褒めてくれた輝夜様の優しさを裏切るわけにはいかない、と語っていたよ。少しだけお前のことを見直したよ。

 昔はさ、感覚で味を加減できたけれど、それが難しくなったらしいんだ。だからノートにまとめて残しておく必要があるのだって。

 そのためにこのノートに自分の知っている限りの知識と技術を詰め込んで、もしもの時が来た、もしくは来る前にノートを渡して輝夜様の望むお味噌汁の味を途絶えさせたくない、と言われてさ、何も言い返せなかったよ。


 妹紅の話を聞きながらぱらぱらと頁をめくる。鈴仙、大変だったわね、私の知っている以上に頑張りやさんだったなんて、ノートの最後の頁には鈴仙が倒れる八日前の日付と目標が書いてある。

『輝夜様にお味噌汁の作り方をお教えすること』

 その一行だけでこの一週間抑えていた感情が溢れ出した。鈴仙、声にはならない。口だけ動かすので精一杯だった。あの時、ずっと居ていいと言ったじゃない、それなのに、私だけを残して勝手にどこかに行って、とても優しい鈴仙に何もしてやれなかった自分の不甲斐なさ。

 既に枯れていたと思っていた涙があふれ出す。ノートを握りしめ嗚咽する。鈴仙ちゃんは本当に優しい子だよ、そう囁いてから妹紅は背中を摩ってくれた。

 その日から私はそのノートを元に味噌汁を毎日作り続けた。

 ノートを見ながら作ると多少はうまくできた。それでもまだまだ鈴仙の味にはまだ遠い。

 それを一年ほど続けたある日、鈴仙の味に少しだけ近づいた。不揃いだった大根も鈴仙のノートを参考にいちょう切りにして、ばらばらだった豆腐も綺麗な正方形とまでは行かぬが形は崩れていない。出汁もしっかり取る。永琳も「鈴仙の味に近いわね」と褒めてくれた。てゐも鈴仙の味と言ってくれた。

 もちろんこれで終わりではない。もうひとり、味を確認して貰わなければ。おまたせ鈴仙、心の中でつぶやいてから、永琳とてゐと私と、今はもういない、ぽっかり空いた食卓の貴方にお味噌汁を。
姫うどんで長め?のお話を書いてみたら死別モノに。明るいお話にしたつもりなので気に入って頂けたら幸いです。
KoCyan64
http://twitter.com/KoCyan64
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.330簡易評価
1.100モブ削除
こういうお話は初めて読んだかもしれません。淡々と過ぎていく文章が、いい意味で終わりを表現していると思いました。御馳走様でした。
2.100南条削除
面白かったです
鈴仙の残した物が確かに受け継がれていくところに熱いものを感じました
3.70仲村アペンド削除
味噌汁という家庭感のあるアイテムと永遠亭のイメージが合わないのが逆に良い点だったかと思います。ちょっと文章が整頓されてない印象だったのが少し残念ですが
6.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
淡々としてるのに何か染みこむ感じが心に響きました
姫様の味噌汁飲みたいわー
鈴仙と輝夜、輝夜と妹紅の関係もやさしくて好きです

ただもの凄いヤボですが
輝夜は永琳と身長が変わらない位長身です
うどんちゃんは妖夢位のおチビちゃんだったりします
あんまり気にしなくていいと思いますが、念の為

やさしい時間をありがとうございます
10.80名前が無い程度の能力削除
あったかい
14.10名前が無い程度の能力削除
後の範馬バキ味噌汁エンドである