非常に唐突な話ではあるが、我が宿敵兼友人の少女――古明地こいしは変人である。
普段から何を考えているかわからないというか、何も考えていないというべきか、とにもかくにも突拍子のない行動に出ることも数知れず。
もし、面霊気たる私の――秦こころの表情が面の力を借りることなく、普通の人間のように多彩であったなら、幾度も驚きで表情を歪めていただろう。
ある時は唐突に歌ってみたり、ある時は妖怪なのに子供の相手をしてみたり、またある時は私にセクハラまがいのイタズラをしてみたり。
とまぁ、いつもいつも突拍子のない行動に驚かされがちなわけではあるのだが。
今私の目の映る事態は、これまたおかしな光景であった。
「ねぇこころちゃん! 首輪をしてみない!?」
「お前はいったい何を言っているんだ」
人里の甘味処で、なおかつお昼時で人が集まっているというのに、ニコニコ笑顔で私に首輪をさしだす彼女に対して、呆れて言葉をこぼした私は何も悪くないと断言したい。
こいしの言葉がきっかけとなり、私たちの席に一斉に集まりだす視線の数々。
それは奇異の視線であったり不審の視線であったり、または男の下卑た視線と様々だが、いずれにせよあまり良い視線でないことだけは確かなようだ。
まぁ、それはいい。
いや、あんまりよろしくはないのだが、今はそれよりも問いたださなくてはならないことがある。
一度、気持ちを落ち着けるように息を一つついて、あいも変わらず笑っている彼女に問いかけるためにあらためて視線を向けた。
「我が宿敵よ。いったいなぜ私に首輪をすることを強いているのか、納得のいく説明をしてもらいたいのだが?」
「……?」
「いや、『なんでそんなこと聞かれるのかわからない』みたいな顔をされてもだな……」
こてっと首をかしげるしぐさは小動物のようでじつに愛らしいのだが、その手に持った首輪がアンマッチすぎて色々と台無しだ。
私が説明を聞かないと首輪をしないと悟ったのか(説明されてもする気はないが)、彼女は頬を膨らませながら首輪を机に置き、指でいじりながら言葉を紡ぎ始めた。
「ペットたちが言ってたの。首輪は「私はあなたのものです」という証なんだって。だから、こころちゃんも私のものになってくれないかなって」
「いや、その理屈はオカシイ。というかなぜ私がこいしのものにならなければいけないんだ」
「え?」
「なぜそんな不思議そうなのか」
ひたいに手をやり呆れたようにため息を一つつきながら、きつくねめつける……としたかったのだが、こんな時ばかりは表情の動かないわが身が呪わしい。
それでも私が首輪をする気はないと悟ったのか、ぷーっと頬をふくらませてこいしは少し残念そうに「ぅえ~」とだらしない声を一つ。
それにしても、いつもはこちらが断るとすぐにやめて次の行動に移るぐらいにはサッパリとしている彼女だが、今回ばかりは妙にあきらめが悪い。
いったい首輪の何にそこまで情熱を傾けられるのか、それとも私が知らないだけで一般的なことなのだろうか?
……後で聖か神子に聞いてみたほうがいいのかもしれない。
そうやって意識を今後のことへ考えを巡らせていた頃だろうか。
いまだ不満げな表情を隠すこともなく首輪を指で弄りながら、こいしはぽつぽつと言葉を紡ぎはじめた。
憂鬱な思いののった言霊を、小さく小さく、ただただ思い返すかのように声音に乗せて。
「だって、私のものになってくれれば、ずっと一緒にいてくれるわ。ペットたちはみんなそうだった。こんな私でも、親しみを持って接してくれる。あの時みたいに――私を嫌って、私を恐れて、私の前から去っていかないもの」
――ほんの一瞬、息が詰まるかのような感覚は、はたしてどんな感情によるものだったのだろう。
哀れみか、憐憫か、それとももっと別の何かであったのか。
いつものこいしは馬鹿みたいに笑顔ばかりで、それが余計に今の彼女が浮かべている陰鬱な表情を引き立たせたのかもしれない。
――私は、彼女の過去に何があったのかを知らない。
覚り妖怪であるはずなのに、心を読む力を封印したのだと語る少女。
以前、どうしてそんなことをしたのかと聞くと「だって、心を読めてもなにもいいことなんてないもの」と教えてくれたのを覚えている。
思えば、初対面の時も「感情なんてもとより持ち合わせていない」と、能面のような笑顔で口にしていた。
どこかで誰かが口にした「元々狂っていたのか」という言葉も、あぁ、きっとその通りなのだろう。
心も、感情も、能力も、そのすべてを捨ててしまいたいと思うほどの過去とは、一体どのようなものであったのだろうか。
でもそれは、――きっと今の私が不躾に踏み入ってはならない場所だ。
今の彼女を形成するに至ったであろう事実を知ろうとするには、私はまだ未熟で幼く、経験も想いもまるで足りていない。
まだまだ希望の面の制御ができておらず、自分のことでさえ満足いかない者が、どうして人の心にたやすく踏み入れることができようか。
それでも胸にざらつくこの感情は、きっと一言で言い表せるものではない複雑なもので。
あぁ、今の私は確かに――この少女にそんな表情をしてほしくないと、そう思ってしまっていたのだ。
「むぐ!?」
無言で団子を口に突っ込むと、驚いたような声がこぼれてこいしの視線がこちらに向く。
驚きで目をぱちくりと瞬かせる彼女をよそに、私は構わず言葉をつづけた。
なんてことはない、ただ私自身の内にある紛れもない本心を。
「馬鹿。そんなものなくったっておまえの前から勝手にいなくなったりするもんか。大体、前の希望の面はおまえが持ったままなんだ。返してもらわなきゃ困る」
「それに」と、そこまで口にして今までのことを思い返す。
数奇で珍妙な出会いと、これまでの彼女との振り回されながらも楽しかった時間を。
そうして――やはり、私はこう思うのだ。
「そんな顔ぜんぜん似合わないんだから、いつもみたいに笑ってればいいんだ。おまえは」
嘘偽りのない、心からの本心。
面に頼らなければ表情の変化がうまくできない私には眩しいとさえ思う、憧れにも似た笑顔。
そんな彼女の眩しい笑顔が――本人の前では絶対に言ってなんかやらないけれど、私はたまらなく好きなのだ。
それが例え、――伽藍洞の心から生まれたものであったとしても。
そんな言葉を口にした私を、彼女はどう思ったか。
驚いていたのか、きょとんとした表情のままこちらを見つめて動かない。
正直、今は自分の表情筋のかたさがありがたい。
もし他のみんなと同じように表情が浮かべることができていたなら、きっと私は照れて顔を真っ赤にしていたに違いないのだから。
「もしかして、慰めてくれてる?」
「知らない」
「もっと言うと、こころちゃん実は照れてるでしょ?」
「照れてない」
だっていうのに、こいしはこっちの心情の変化を本能的に察知したらしく、満面の――あぁ、本当に彼女らしい良い笑顔で私の顔を机越しにのぞき込んでくる。
プイっと顔を背ければ、それを追うように体を乗り出して回り込むようにのぞき込んでくすくすと笑う。
「ありがと、こころちゃん」
こいしの言葉が、通りのいい歌のようにするりと耳に滑り込む。
彼女の礼にどう返していいのかわからず、私は「別に」と小さく言葉をこぼして照れ隠しに視線を逸らした。
そんな私の様子がおかしかったのか、小さく笑いながら彼女は元の位置に戻っていった。
……まぁなんにせよ、いつもの調子に戻ったようで何よりだ。
彼女があんな調子では私も調子がくるってしょうがない。
何はともあれ、ようやくひと段落といったところだろうか。
小さく息を一つつき、喉の渇きを潤すために湯飲みに注がれたお茶を堪能していると――
「あ、そうだ!」
――何やら思いついたのか、ぽんっと手を叩いたこいしの表情はすっかりいつもの調子で、だからこそ不吉なものを感じざるおえないわけで。
我関せずを貫くつもりでわざとらしくズズズとお茶をすすりながらそっぽを向く私だったが、彼女はそんなことにも頓着せずに先ほどの首輪を手に取った。
なぜだろう。すさまじく嫌な予感がする。
お茶を飲みながらもすぐに動き出せるように気持ちを移していた私をよそに――何故か、こいしは顔を赤らめ恥ずかしそうにしながら小さく微笑み。
――あろうことか、その首輪を自分自身の首にはめた。
「私がこころちゃんのものになればよかったんだね!」
「ぷぴっ!?」
とんでもない行動と爆弾発言を前に、思わずお茶を吹き出した私は断じて悪くないと思いたい。
放射状に飛び散るお茶、どよめく店内、再び集まる様々な視線、驚きのあまりむせる私と、テレテレと頬に手を当てて恥ずかしがるこいしというカオス極まる地獄絵図。
まてまてまてまて!? なぜそうなった!!? なぜそうなる!!!? おかしいだろう絶対!!!!?
そんな私の心境を知ってか知らずか、首輪をした彼女は再び机から乗り出して、下からのぞき込むような上目遣いで私の顔をじっと見つめてきた。
うるんだ瞳、ほんのり朱色に染まった頬、そのうえ首輪をしたことによる征服感とも背徳感ともつかぬ感情もあって、元々整った顔立ちだったこいしの顔が近くに来ることがいつも以上に私の心をかき乱し、まるで白昼夢を見ているかのようだ。
ごくりと、知らずのうちに生唾を飲み込む。
あぁもう、本当にこいしはズルい。
これが――無意識というやつなのか!?
「どうしたのこころちゃん? あ、こころちゃんのものになったんだからご主人様って言った方が良いのかな?」
「――ッ!!?」
きっと、そこまでが私の限界だった。
代金分のお金を机に置いた私はさっと立ち上がると、有無言わさずこいしの腕を引いて店内の視線から逃れるように甘味処を後にした。
恥ずかしかったというのもある。周りの視線に耐えられなくなったというのも、もちろんある。
だけどそれ以上に――今のこいしを少しだけ……本当に少しだけ、自分以外の誰にも見せたくないと、不覚にも思ってしまったのだ。
「……おぉ、これがいわゆる散歩プレイ」
「断じて違う! いいからそれをはずせ馬鹿!」
こいしに見えるように般谷の面を後ろ向きに被って返答しながら、づかづかと彼女に視線を向けないままに手を引いて歩く。
本当に、いつも彼女に振り回されっぱなしだ。
普段から何を考えてるかもわからない。
というよりも何も考えてないんじゃないかとさえ思えてくる。
今みたいに突拍子もない行動に出ることも数知れない。
それでも――そんな彼女と一緒にいることが楽しいと思っている自分がどこかにいて。
それも決して悪くないと、そう思っている自分がいる。
それは、なんてことはない話。
いつもいつも突拍子もなくて、わがままで、でも笑顔の眩しい彼女が――私は、たまらなく好きなのだという話。
今も、そして多分――これからも。
普段から何を考えているかわからないというか、何も考えていないというべきか、とにもかくにも突拍子のない行動に出ることも数知れず。
もし、面霊気たる私の――秦こころの表情が面の力を借りることなく、普通の人間のように多彩であったなら、幾度も驚きで表情を歪めていただろう。
ある時は唐突に歌ってみたり、ある時は妖怪なのに子供の相手をしてみたり、またある時は私にセクハラまがいのイタズラをしてみたり。
とまぁ、いつもいつも突拍子のない行動に驚かされがちなわけではあるのだが。
今私の目の映る事態は、これまたおかしな光景であった。
「ねぇこころちゃん! 首輪をしてみない!?」
「お前はいったい何を言っているんだ」
人里の甘味処で、なおかつお昼時で人が集まっているというのに、ニコニコ笑顔で私に首輪をさしだす彼女に対して、呆れて言葉をこぼした私は何も悪くないと断言したい。
こいしの言葉がきっかけとなり、私たちの席に一斉に集まりだす視線の数々。
それは奇異の視線であったり不審の視線であったり、または男の下卑た視線と様々だが、いずれにせよあまり良い視線でないことだけは確かなようだ。
まぁ、それはいい。
いや、あんまりよろしくはないのだが、今はそれよりも問いたださなくてはならないことがある。
一度、気持ちを落ち着けるように息を一つついて、あいも変わらず笑っている彼女に問いかけるためにあらためて視線を向けた。
「我が宿敵よ。いったいなぜ私に首輪をすることを強いているのか、納得のいく説明をしてもらいたいのだが?」
「……?」
「いや、『なんでそんなこと聞かれるのかわからない』みたいな顔をされてもだな……」
こてっと首をかしげるしぐさは小動物のようでじつに愛らしいのだが、その手に持った首輪がアンマッチすぎて色々と台無しだ。
私が説明を聞かないと首輪をしないと悟ったのか(説明されてもする気はないが)、彼女は頬を膨らませながら首輪を机に置き、指でいじりながら言葉を紡ぎ始めた。
「ペットたちが言ってたの。首輪は「私はあなたのものです」という証なんだって。だから、こころちゃんも私のものになってくれないかなって」
「いや、その理屈はオカシイ。というかなぜ私がこいしのものにならなければいけないんだ」
「え?」
「なぜそんな不思議そうなのか」
ひたいに手をやり呆れたようにため息を一つつきながら、きつくねめつける……としたかったのだが、こんな時ばかりは表情の動かないわが身が呪わしい。
それでも私が首輪をする気はないと悟ったのか、ぷーっと頬をふくらませてこいしは少し残念そうに「ぅえ~」とだらしない声を一つ。
それにしても、いつもはこちらが断るとすぐにやめて次の行動に移るぐらいにはサッパリとしている彼女だが、今回ばかりは妙にあきらめが悪い。
いったい首輪の何にそこまで情熱を傾けられるのか、それとも私が知らないだけで一般的なことなのだろうか?
……後で聖か神子に聞いてみたほうがいいのかもしれない。
そうやって意識を今後のことへ考えを巡らせていた頃だろうか。
いまだ不満げな表情を隠すこともなく首輪を指で弄りながら、こいしはぽつぽつと言葉を紡ぎはじめた。
憂鬱な思いののった言霊を、小さく小さく、ただただ思い返すかのように声音に乗せて。
「だって、私のものになってくれれば、ずっと一緒にいてくれるわ。ペットたちはみんなそうだった。こんな私でも、親しみを持って接してくれる。あの時みたいに――私を嫌って、私を恐れて、私の前から去っていかないもの」
――ほんの一瞬、息が詰まるかのような感覚は、はたしてどんな感情によるものだったのだろう。
哀れみか、憐憫か、それとももっと別の何かであったのか。
いつものこいしは馬鹿みたいに笑顔ばかりで、それが余計に今の彼女が浮かべている陰鬱な表情を引き立たせたのかもしれない。
――私は、彼女の過去に何があったのかを知らない。
覚り妖怪であるはずなのに、心を読む力を封印したのだと語る少女。
以前、どうしてそんなことをしたのかと聞くと「だって、心を読めてもなにもいいことなんてないもの」と教えてくれたのを覚えている。
思えば、初対面の時も「感情なんてもとより持ち合わせていない」と、能面のような笑顔で口にしていた。
どこかで誰かが口にした「元々狂っていたのか」という言葉も、あぁ、きっとその通りなのだろう。
心も、感情も、能力も、そのすべてを捨ててしまいたいと思うほどの過去とは、一体どのようなものであったのだろうか。
でもそれは、――きっと今の私が不躾に踏み入ってはならない場所だ。
今の彼女を形成するに至ったであろう事実を知ろうとするには、私はまだ未熟で幼く、経験も想いもまるで足りていない。
まだまだ希望の面の制御ができておらず、自分のことでさえ満足いかない者が、どうして人の心にたやすく踏み入れることができようか。
それでも胸にざらつくこの感情は、きっと一言で言い表せるものではない複雑なもので。
あぁ、今の私は確かに――この少女にそんな表情をしてほしくないと、そう思ってしまっていたのだ。
「むぐ!?」
無言で団子を口に突っ込むと、驚いたような声がこぼれてこいしの視線がこちらに向く。
驚きで目をぱちくりと瞬かせる彼女をよそに、私は構わず言葉をつづけた。
なんてことはない、ただ私自身の内にある紛れもない本心を。
「馬鹿。そんなものなくったっておまえの前から勝手にいなくなったりするもんか。大体、前の希望の面はおまえが持ったままなんだ。返してもらわなきゃ困る」
「それに」と、そこまで口にして今までのことを思い返す。
数奇で珍妙な出会いと、これまでの彼女との振り回されながらも楽しかった時間を。
そうして――やはり、私はこう思うのだ。
「そんな顔ぜんぜん似合わないんだから、いつもみたいに笑ってればいいんだ。おまえは」
嘘偽りのない、心からの本心。
面に頼らなければ表情の変化がうまくできない私には眩しいとさえ思う、憧れにも似た笑顔。
そんな彼女の眩しい笑顔が――本人の前では絶対に言ってなんかやらないけれど、私はたまらなく好きなのだ。
それが例え、――伽藍洞の心から生まれたものであったとしても。
そんな言葉を口にした私を、彼女はどう思ったか。
驚いていたのか、きょとんとした表情のままこちらを見つめて動かない。
正直、今は自分の表情筋のかたさがありがたい。
もし他のみんなと同じように表情が浮かべることができていたなら、きっと私は照れて顔を真っ赤にしていたに違いないのだから。
「もしかして、慰めてくれてる?」
「知らない」
「もっと言うと、こころちゃん実は照れてるでしょ?」
「照れてない」
だっていうのに、こいしはこっちの心情の変化を本能的に察知したらしく、満面の――あぁ、本当に彼女らしい良い笑顔で私の顔を机越しにのぞき込んでくる。
プイっと顔を背ければ、それを追うように体を乗り出して回り込むようにのぞき込んでくすくすと笑う。
「ありがと、こころちゃん」
こいしの言葉が、通りのいい歌のようにするりと耳に滑り込む。
彼女の礼にどう返していいのかわからず、私は「別に」と小さく言葉をこぼして照れ隠しに視線を逸らした。
そんな私の様子がおかしかったのか、小さく笑いながら彼女は元の位置に戻っていった。
……まぁなんにせよ、いつもの調子に戻ったようで何よりだ。
彼女があんな調子では私も調子がくるってしょうがない。
何はともあれ、ようやくひと段落といったところだろうか。
小さく息を一つつき、喉の渇きを潤すために湯飲みに注がれたお茶を堪能していると――
「あ、そうだ!」
――何やら思いついたのか、ぽんっと手を叩いたこいしの表情はすっかりいつもの調子で、だからこそ不吉なものを感じざるおえないわけで。
我関せずを貫くつもりでわざとらしくズズズとお茶をすすりながらそっぽを向く私だったが、彼女はそんなことにも頓着せずに先ほどの首輪を手に取った。
なぜだろう。すさまじく嫌な予感がする。
お茶を飲みながらもすぐに動き出せるように気持ちを移していた私をよそに――何故か、こいしは顔を赤らめ恥ずかしそうにしながら小さく微笑み。
――あろうことか、その首輪を自分自身の首にはめた。
「私がこころちゃんのものになればよかったんだね!」
「ぷぴっ!?」
とんでもない行動と爆弾発言を前に、思わずお茶を吹き出した私は断じて悪くないと思いたい。
放射状に飛び散るお茶、どよめく店内、再び集まる様々な視線、驚きのあまりむせる私と、テレテレと頬に手を当てて恥ずかしがるこいしというカオス極まる地獄絵図。
まてまてまてまて!? なぜそうなった!!? なぜそうなる!!!? おかしいだろう絶対!!!!?
そんな私の心境を知ってか知らずか、首輪をした彼女は再び机から乗り出して、下からのぞき込むような上目遣いで私の顔をじっと見つめてきた。
うるんだ瞳、ほんのり朱色に染まった頬、そのうえ首輪をしたことによる征服感とも背徳感ともつかぬ感情もあって、元々整った顔立ちだったこいしの顔が近くに来ることがいつも以上に私の心をかき乱し、まるで白昼夢を見ているかのようだ。
ごくりと、知らずのうちに生唾を飲み込む。
あぁもう、本当にこいしはズルい。
これが――無意識というやつなのか!?
「どうしたのこころちゃん? あ、こころちゃんのものになったんだからご主人様って言った方が良いのかな?」
「――ッ!!?」
きっと、そこまでが私の限界だった。
代金分のお金を机に置いた私はさっと立ち上がると、有無言わさずこいしの腕を引いて店内の視線から逃れるように甘味処を後にした。
恥ずかしかったというのもある。周りの視線に耐えられなくなったというのも、もちろんある。
だけどそれ以上に――今のこいしを少しだけ……本当に少しだけ、自分以外の誰にも見せたくないと、不覚にも思ってしまったのだ。
「……おぉ、これがいわゆる散歩プレイ」
「断じて違う! いいからそれをはずせ馬鹿!」
こいしに見えるように般谷の面を後ろ向きに被って返答しながら、づかづかと彼女に視線を向けないままに手を引いて歩く。
本当に、いつも彼女に振り回されっぱなしだ。
普段から何を考えてるかもわからない。
というよりも何も考えてないんじゃないかとさえ思えてくる。
今みたいに突拍子もない行動に出ることも数知れない。
それでも――そんな彼女と一緒にいることが楽しいと思っている自分がどこかにいて。
それも決して悪くないと、そう思っている自分がいる。
それは、なんてことはない話。
いつもいつも突拍子もなくて、わがままで、でも笑顔の眩しい彼女が――私は、たまらなく好きなのだという話。
今も、そして多分――これからも。
どよめく店内と動揺するこころの姿を想像したらクスッときました
とても面白かったです
はっきり 分かんだね
って君のスカートも…
首輪を自らはめ出すシーンはクスッときました。