Coolier - 新生・東方創想話

こいしちゃん救出大作戦

2018/04/10 02:46:14
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この日、火焔猫燐の報告が地霊殿を揺るがした。

「なに!? 私のこいしが、下等妖怪の吸血鬼に捕まった!?」

地霊殿のお嬢様、古明地こいしが捕まったという。
玉座のさとりは目を見開き、普段の様子からは想像もできないほどの物凄い剣幕で聞き返した。
お燐は心身ともに萎縮したまま答える。
「は、はい……信じがたいことですが……。地上の、紅魔館とかいう屋敷に……」
「こいし……いくら無意識だからとはいえ、たかがコウモリごときに……」
さとりは背をもたれ、目を瞑り、衝撃の報告に唸った。
その間お燐は直立不動。主人の様子を恐るおそる見ていることしかできなかった。
「…………」
ようやくさとりは目を開く。そしてゆっくりと玉座から立ち上がった。その目は、確かな目的を見据え、確かな光を宿していた。
「お燐ッ!」
「はっ!」
「直ちに地上へ出発! 吸血鬼を根絶やしにし、その根城を徹底的に壊滅させるッ!」
「は、はぁっ!」

たった今から、さとりとお燐の、こいし救出大作戦が始まった。


…………


…………


…………


太陽の日差しが降り注ぐ地上に、さとりとお燐は這い上がってきた。
「地上なんて久しぶりですね」
新鮮な空気と日差しを受け、お燐は鼻を鳴らして深呼吸、あったかい気分に。
「関係ない。すぐにその紅魔館へ案内しなさい」
「は、はいっ」
氷の閉塞に引き戻されたお燐は、慌ててさとりを先導する。

そうしてしばらく飛ぶうちに、二人は遠方に紅い館を捉えた。

「さっ、さとり様、あそこです、あそこが紅魔館です……」
そそくさと木の茂みに隠れ、お燐は報告する。
「…………」
一方さとりは、遮蔽物などまるでない上空にいた。腕を組み、ただ真っ直ぐに紅魔館を睨みつけている。
「聞いた話じゃ吸血鬼の他に、魔女や大勢の妖精、また不思議な力をもった人間まで雇っているとか……」
隠れてほしいなあと思いながら、お燐は続ける。
「関係ない。奇襲をかける趣味はないし、話し合いなどもってのほか。正面から乗り込むわ、来なさい」
その思いを一蹴して、さとりは紅魔館へと一直線に飛んでいった。迷い揺らぎは一切ない。
「うへぇ……」
お燐は尻尾を股に挟みながら、ふよふよとさとりの後についていった。

二人は紅魔館正門に辿り着いた。
重厚な門の傍には門番が。しかし、寝ていた。
「さとり様、こいつ寝てますよ。チャンスです」
「この程度の門番を雇っているようでは、ここも甘い」
さとりはそう吐き捨てると、無表情でその門番の顔面に手をかざす。
「さ、さとり様ぁああ~~~っ……!」
慌ててお燐が割って入った。顔は青ざめ、必死になってさとりにしがみついている。
「お燐、下がりなさい」
「さとり様っ、チャンスというのはそういうことじゃ……!!」
「……敵は一匹残らず叩き潰すことが、勝利の鉄則。こいつを見逃して後々厄介になるようであれば…………お燐、判っているわね?」
「う、うへぇぇ……」
まだ侵入すらしていないのに、お燐はすでに疲弊していた。

さとりは跳躍、門を飛び越え紅魔館の敷地へ。お燐も渋々後へ続く。

敷地内に降りると、さとりは屋敷の扉に向けてすぐさま歩み出した。
「や、やけに静かですねえ。さとり様、道判るんですか?」
「尋問する相手も見当たらなければ、地図もない、なら進むだけよ。…………嗚呼こいし、今お姉ちゃんが行くからね……」
早足で紅魔館内部へと踏み込む。すると、地霊殿にも負けない豪華絢爛たる真紅の造りが、二人を迎えた。
「わあ……真っ赤ですねえ」
「そんなことはどうでいい。ついてこられなければ置いていくわよ」
屋敷の構造を知らないはずのさとりだが、その足取りはここの住人であるかのように迷いがない。
ズンズン先を行くさとりに、お燐は慌ててついていく。

やがて二人は、長大な廊下に出た。
さとりは、屋敷をしらみつぶしで探すつもりでいた。一室一室を覗きつつ、最奥目指してさとりは歩みを続ける。
「こうも部屋が多いと簡単には見つかりそうにないですね……」
「見つけるのよ。それとお燐、ここは敵地。呑気に眺めてばかりでなく、貴方も気を張っていなさい」
「は、はっ……」


さとりが釘を刺した矢先、二人の前方の一室から、妖精メイドが出てきた。


「あれ? お客さ――「んばっ!!!」

瞬間、さとりの気合砲が妖精メイドを撃ち飛ばした。メイドはなにが起こったか理解する間もなくばたんきゅー。

「ゲェ~……」
あまりに一瞬の、そして気の毒な出来事にお燐は青ざめた。
「このように、いつ敵が現れるか判らない。いいわね?」
「うへへぇ……。 ……おやっ?」
慄きふにゃふにゃと愛想笑いをしていたお燐が、猫耳をピクリと動かす。
「どうしたの? ……音が聴こえる?」
「はい……。なにか……重い物を打ち付けるような……」
さとりも耳を澄ませる。
「ふむ。聴こえるわね」
「ヤな予感がしますよさとり様……」
「行ってみなければ判らない。とにかく何かにおうわ、先にそっちを調べるわよ」
「はいっ」

二人は音のする方へ駆けた。


…………


…………


これまた重厚な扉を前にして、お燐は唾を飲む。
音は、明らかにこの扉の奥から響いていた。
「ここは図書館みたいですね……」
「図書館では静かにするのがマナーだけど……。お燐、震えているの?」
「うへぇ……正直帰りたいですね……」
「それはこの私が許さない。突入するわよ」
「南無サ――
お燐が祈りを捧げ終わる前に、さとりは勢いよく扉を打ち開けた。



「えっ……どちら様?」
「……おい、霊夢の知り合いか?」
「おん? 知らないわよあんな奴ら」
「と、いうことは……」

図書室の中にいたのは、パチュリー・ノーレッジ、霧雨魔理沙、博麗霊夢。
三人ともさとりとお燐を見て、目を丸くしている。

「思った以上に広い図書館……。しかもあの奥にあるでっかいものは……?」
しかしお燐は、彼女達よりも、その奥にある物体に驚きと興味を示している。
「デコボコしてて、家みたいで……一体?」

そこへ、魔理沙が前に出た。
「あー、あー、いいかー? なあ、お前ら、さっき来たやつの保護者か?」
「えっ?」
彼女からの呼びかけに、お燐が素っ頓狂な声を上げる。
「ここに来たんだ。そっちの奴と似た、変な紐みたいなのをまとったやつが。迎えに来たってことだな? メイドから聞いたんじゃなかったのか?」
「え? え? あたいは、隙間妖怪から……」

お燐は、隙間妖怪からこいしが捕まったという情報を得ていた。

「それって紫のこと? 咲夜のおつかいを肩代わりしたっていうの?」
霊夢が反応する。お燐の言ったことがよほど信じられない様子だった。同じ様子で魔理沙が続く。
「あいつがか? だとしたら咲夜はすれ違いか」
「……なんでもいいわ。とにかく連れ帰ってもらって。もうすぐロケットは完成する。またあの子にはしゃがれちゃ厄介よ」
パチュリーが、ロケットと呼んだ巨大な物体を見上げながら言った。

「…………!」

ここまでのやり取りを聞いていたお燐は、ほっと胸を撫で下ろして、安堵の表情でさとりに話しかける。
「さとり様……どうやらあたい達、相当変に身構えてたみたいで



「 そ れ よ り こ い し は ど こ な の ッ ! ! ! ! ! 」



「にゃあいっ!?」

そんな緩和は、さとりの咆哮により一瞬で消し飛んだ――


――「その声はお姉ちゃんね? こんなところまで来るなんて珍しいこともあるんだ」


すると、本棚の陰からこいしが姿を現した。別段怪我や異変はなく、いつも通りの様子だった。本を小脇に抱えている。
「こいし!」
さとりはすぐさま駆け出し、こいしを抱き寄せた。
「お姉ちゃん、ここの本すっごく面白いわー。うちにも欲しいなー」
「すぐに取り寄せるわ。さあ、今日はもう家に帰るわよ」
「はーい」
姉妹水入らず。二人は寄り添いながら出口に向かって歩いていった。


「ははは、あいつら姉妹だったのか。何がともあれ一件落着だな」
「あの子がロケットで遊びだしたときには冷や汗かいたけどね。一歩間違えば大惨事だったわ」
「……まあ、とりあえずもう大丈夫そうね。私は帰るわよ」
満足した様子でロケットを眺める魔理沙。変わらぬ調子で作業を続けるパチュリー。帰った霊夢。
三人は、今の出来事を特に問題とすることなく、明日も元気に生きていくのだろう。


そして。
ニコニコ笑顔の妹に、家に帰るまでが作戦とばかりに真剣な、しかしどこか和らいだ顔で、付きっきりの姉。

「穏便に済んで本当に良かったよ……」

主人から少し離れたところで、お燐は改めて胸を撫で下ろすのだった。


…………


…………


…………


…………


何日か経って。

お燐の報告が、再び地霊殿を揺るがした。

「なに!?!? 我が愛妹こいしが、下等生物の月人に捕まった!!??」

さとりの鬼にも勝る形相に、お燐はハゲ上がるくらいに萎縮して応える。
「は……はいっ……。信じがたいことですが……。遥か上空の……月、に…………」
さとりは、玉座から落ちるくらいにうなだれて、低く唸った。
「こいし…………。いくら無意識だからとはいえ、あんなところに……」
だが、その目に宿る光は、数日前のものとなんら変わりなかった。
「お燐ッ!!!」
さとりは玉座から立ち上がった。力強く、堂々と。
「直ちに月へ出発ッ! 月人を根絶やしにし、その星を徹底的に壊滅させるッ!!!」
彼女の触手が一本、唸りを上げて、玉座をバラバラに粉砕した。
「ハ、ハイッ!!! はいぃぃ……」
お燐は了解するほかなかった。


…………


…………


…………


…………


月。
そこでは、依姫vs霊夢&魔理沙、レミリア&咲夜の、決戦が行われていた。
もっとも、霊夢らは依姫の『祇園の神』の力による、剣の檻に囚われているのだが。

「まいったぜ……」

魔理沙はぼやき、依姫に対して思う。
(まったく隙がない。霊夢と同じ能力と言ったって、見るからに力の差は歴然だ。吸血鬼は余裕の表情だが、何を考えているか分からんし。咲夜も隙を窺ってるが、動けそうもないし……。こんなのまともに戦ったら勝てるわけがないぜ。 よし、こうなりゃお得意の逃げ………………ん?)
彼女はこの状況を打開すべく様々な考えを巡らせていた。
しかしそれは、天からの轟音でかき消された。

「なんだっ?」

その場にいる全員が空を見上げる――

直径10メートルはある隕石が、彼女らに迫っていた――

「ええええええええっ!?」
驚きの悲鳴を上げる霊夢ら。
「なっ!?」
これには依姫もびっくり。
隕石は、依姫の後方に衝突した。
轟音と爆風が辺りを襲うが、霊夢ら人間にも耐えられる程度で、思いの外衝撃は小さかった。
「な、なんなんだ? ……どうせなら、あいつに当たって欲しかった気もするが」
魔理沙は帽子を押さえながら、落ちてきた隕石に目をやる。霊夢や咲夜も、顔が強張らせて様子をうかがっている。レミリアは、少し驚いた顔をしていたが、すぐに不敵な笑みを戻した。

「…………」

地面に剣を刺したまま、隕石に向き合う依姫。霊夢達から目を離してはいるが、隙はない。
「ただの隕石ではない。これは、魔力の類で形成されたものか……」
すると次の瞬間、隕石から巨大な火柱が噴き上がった。

「!?」

鮮血のように真っ赤な火柱に包まれた隕石は、溶けるように砕け散っていく。

(崩れた隕石の中に…………人影!?)
依姫は心の内で驚愕する。
火柱の中に、二つの人影。その影は、依姫達の方に向かって、徐々に歩み寄ってくる。

「何者……?」
依姫はもちろん、霊夢達も息を飲む。

そして出てきた。
噴き上がる火柱を悠々と潜り抜け、古明地さとりが姿を現す。その隣をげんなりお燐がとぼとぼ歩く。

「あいつらって、この前の」
「なんでここに!?」
驚く霊夢と魔理沙。
他の者は訝しげにさとりらを見ている。

「さ、さとり様……なんだか、取り込み中だったみたいですよ……」
ただならぬ雰囲気を感じて、お燐はぶるぶる震え出した。
雰囲気だけでない、依姫との絶望的な格の違いに、本能的に萎縮していた。

「関係ない。 お燐、今すぐここの主導者を探し出し、私の前に連れてこいッ!」
「ひぃぃぃ……! は、はいぃっ!」
だかさとりの一喝で、お燐はそれ以上に縮み上がった。

「聞き捨てならないことを言うね。貴方達はなんだ?」
同時に依姫が、二人の前に立ちふさがる。
「ひょえぇっ……さ、さとり様あっ……」
腰が抜けたお燐は、もはや威嚇する気力すらない。膝をつき、目を潤ませて主人に縋る。
さとりは、圧倒的プレッシャーを放つ依姫に対しても一切動じず、氷よりずっと冷たく、鋭い目付きで睨み返している。
「お燐…………貴方はあんな女一人を前にした程度で、我が妹の救出を拒否すると言うの?」
そしてお燐に一切目もくれずに言い放った、自分に従えと。
「ひいいいい……」
お燐は泣いていた。前門の虎、後門のさとりとはこのことだと思い知った。
結局、彼女は後門からの強大な圧迫感に押される形で、震える膝を鳴かせながらなんとか立ち上がった。

「……黙って見ていれば、ずいぶん事が進んでるみたいだね」
「お嬢様、あの方々をご存知で?」
「いや、知らない。ただこれじゃあ、私の活躍がさらに後回しになりそうだ」
さとり達の反対側。傍観を続けていたレミリアは、まだまだその状態が続きそうなことに、ぶぅと不満を漏らした。


「ふむ? 奴(依姫)がここの主導者だったのね。手間が省けたわ、お燐」
「うへへぇ……」
そんなレミリア達の思念を読み、さとりは改めて依姫に敵意を向ける。
お燐はさとりの側にぴったり付き添い、窮鼠のような目で依姫を睨む。

「そっちも戦うつもりのようね。けど残念ながら、私には先客がいる。……貴方達! この二人の相手を」
対する依姫は、霊夢陣とさとり陣を交互に見てから、玉兎の軍団を使役した。
「はっ!!!」
銃剣を持った玉兎ーズ。五十人程の軍団は、さとり一行を素早く取り囲む。
「う、うさぎの軍団っ? 一匹コレクションに欲しいねえ……」
「くだらない……。 ばっ!!!」
さとりはカッと目を見開いて気合を飛ばした。
「ひゃああー!?」
衝撃波が走り、前方の地面が抉れた。玉兎の陣形をまとめて吹っ飛ばし、瓦解させる。

「うおおっ!? あいつ、容赦なしだ!」
「いい展開ね。今のうちにこっちも仕掛けない?」
「いやいや待て待て。だからってあいつ(依姫)に敵うと思うか!?」
人間ガールズ達はきゃいきゃい騒ぐ。
そこへ依姫が向き直る。
「……邪魔が入ったね。 で、どうするの? 動いても構わないのよ? 祇園様の怒りに触れるけど」
「こ、降参っ! 降参だ! あいつらやレミリアはともかく、もう私らは勝ち目があるなんて思っちゃいない! お互い大きな被害を被るだけだ!」
魔理沙は大きくかぶりを振って、降参の意を示した。
「あら、あっけない」
「た、ただな、幻想郷には知的で美しい決闘ルールがあるんだが……――
そして、依姫の機嫌を伺うように、ある提案を。

…………


…………


…………


「ぬッ!!!」
「わあーっ!?」
さとりが眼力を飛ばすと、玉兎の一匹がぶっ飛んだ。
「今だ!」
その隙をついた別の玉兎が、さとりの後頭に銃剣を振り下ろす。
「やった!」
そう思ったのは、当人だけだった。さとりは依然、背を向けたまま。しかし玉兎は、銃剣の刃は、ピクリとも動かない。
刃は、一本の触手の先端で受け止められていた。
「ヒェッ……」
玉兎がそれを認識し、恐怖した時、真紅のサードアイが彼女を凝視していた。
「ま、待って……」
もう遅かった。サードアイの瞳から発射された破壊光線は、玉兎を飲み込んだ。

「ハァァァァァァーーーッ!!!!…………」

「ふ、吹っ飛んで、見えなくなっちゃった……」
他の玉兎達は大いに怯んだが、まだ闘志は潰えていなかった。
攻撃は続く。


「シャーッ!」
「いたーい!!」
反対ではお燐の爪攻撃が炸裂。
二人とも月の兎に引けをとることなく、善戦していた。

「ひ、ひるむなー! フォーメーションB!」
「おー!」
一匹の玉兎が指示を出した。崩れていた陣形はたちまち元通りに整う。さらに、二重の円陣となってさとりとお燐を囲んだ。

「ニャ!? は、速い!」
「流石は玉兎。逃げ足の速さの応用といったところか」

「はああああ!」
玉兎が一匹、正面からお燐に突進した。だがお燐に肉薄するすんでのところで飛び跳ね、彼女の頭上を越えていく。
「にゃ!?」
そこへ、続いて来た玉兎が脇からお燐へ殴打を叩き込んだ。
「うぐっ!」
不意の一撃に、お燐の体勢が崩れる。
「今だっ! 喰らえー!」
さらに飛び出してきた別の一匹による攻撃が振り下ろされる――
「ふんッ!!!」
――ところで、ひとっ飛びで駆けつけたさとりが、その玉兎を蹴り飛ばした。
「ぶへー!?」
「ッ!!!」
さらに追撃の眼力砲で、また一匹玉兎が吹き飛んだ。

「…………」
「あ、ありがとうございますさとり様」
「……これだけの人数を相手にしながら、目の前の一匹だけに気をとられるとは。死にたいの?」
「不甲斐ないです……」
さとりとお燐は背中合わせに、玉兎の軍団と対峙する。

「あ、あいつ(さとり)には単独でかかるなぁっ!――
「八方から攻めろ、か。どこからどう攻めようと同じこと。まとめてあの世へ送ってやる」
「う……こ、後悔するなよー!」
図星を突かれた玉兎達が、一斉にさとりに飛びかかる。
「お燐、離れなさい」
「え、は、はいっ!」
お燐はすぐさま飛び上がって距離を取る。その時に彼女は見た、全軍、三十匹を超える玉兎が、八方からさとりに向かっているのを。

「あ、あの数じゃっ……! さとり様ーーーっ!」



…………


…………


…………


「――大技を出して、それを潰すなり避けるなりで対処されたら負け、そんでもって負けたら大人しく引き下がるという、基本一騎打ちの戦いなんだ」
一方では、魔理沙が弾幕ごっこのルールについての説明を終えるところだった。
「ふうん、美しい方が勝ち……。判りやすくていいわね」
「だろ?」

「向こうは美しくも知的でもなんでもなさそうね」
「よ、余計なことはいうなよ霊夢」


その向こうでは、今まさに、玉兎の波がさとりに押し寄せるところであった。
「キェエエエエァ!!!」
さとりが雄叫びをあげた。すると彼女の袖やスカートの中から無数の触手が溢れ出し、玉兎達の足元へ伸びていく。
「う、うわあっ!」
「気持ち悪いよー!」
波は数瞬止まる。慌てて逃げる者や、触手を斬りつける者、持ち直して突撃を再開する者がいた。
しかしさとりにとって、もはやなんの意味もなかった。

「受け取れェェェェーッ!!!」

周囲に敷き詰められた触手がうなりをあげ、さとりを中心に竜巻のような大渦を作った。
「ひゃああああーーーーっ!!!??」
玉兎の集団を一気に飲み込み、一匹残らず切り裂いていく。
離れで見ていたお燐は、そのおぞましさと威力に、恐怖と感動を植え付けられた。
「あ、あたいの分まで……。流石さとり様……。心配なんて無用でしたね……!」
竜巻は止み、しゅるしゅると触手がさとりに巻き戻ってゆく。
衣擦れの音も止まったところで、ふうっ、とさとりは息を吐く。

「……これで全員? お燐ッ! まだ息のある者にトドメを刺し次第、向こうに見えた都へ進み、こいしを探しなさい!!」

「はっ? し、しかしさとり様は……?」

「私はあの女(依姫)に報いをくれてやらなければならない」
「ええっ!!!」
それを聞いて、無茶だ、とお燐は思った。誰が聞いてもそう思うだろう。
さとりは、なにか言いたげなお燐に向けて、ポツリと話し出す。
「人間達を捕らえていたあの技……奴はおそらく、神の力を自在に扱う能力を持っている」
「…………!」
「それはつまり八百万の技を持つということ。私達では到底敵わない」
「そ、そんな……」
「しかし勝敗は別…………判るわね?」
「うへぇ……」
自分達にとっての勝利とはなんなのか、それを考えるとお燐の取るべき行動は、さとりの指示の通りだった。だが、恐怖という足枷が、お燐の動きを鈍らせていた。
「さあ行きなさい」
「し、しかし……」
ここで、さとりの表情に冷たさが走った。
「……散歩が大好きなあの子が、今それをできずに心の奥底で涙している"かもしれない"という事。それ以外に何か理由が要る……?」
「いっ! いえっ! そんなことは
「ならさっさと行けッ!!!」
「はああいッ!!!」
お燐は脱兎の如く、都に向かって飛んでいった。


…………


一方その頃、魔理沙対依姫の弾幕ごっこが始まろうとしていた。

「先手必勝! 『スターダストレヴァリエ!』」

「…………」
溢れて迫る、星屑の波。だが依姫はまるで動じず、腕を胸の前でクロスさせ、ある構えをとった。
「キエエエエエエエァ!!!」
ところに、さとりが絶叫しながら突撃し、依姫の横っ面に膝蹴りを喰らわせた。
「ごッ はぁッ!?」
能力を発動する僅かな隙を突かれた依姫は、そのままブッ飛び彼方まで。
「カァァァァァァーーーーッ!!!」
さとりは間髪入れずに、スターダストレヴァリエを吸収し、さらに極限まで凝縮した妖気弾を、依姫が吹き飛んだ地点へ撃ち込んだ。
一瞬の閃光の後に巨大なキノコ雲が上がる。
そしてその数秒後に、先ほどの隕石よりもずっと凄まじい爆風が霊夢達へ押し寄せた。

「うわーーッ!?!?」
人間ガールズは三人揃って尻餅をつき、レミリアも目を細めて大股になりつつ耐えている。
「ま、またあいつ? それにしても恐ろしいくらいにクリーンヒットね。海まで飛んでいったわよ」
「お、おい! お前っ、何やってんだ!」

「フー……見ての通り、フルパワーでの攻撃よ。貴方は先手必勝という言葉を知らないの?」
「う……」

「まあいいでしょう。……さあこいし、今行くわ」
全ての力を出し切ったさとりは、すぐに月の都に向かって弱々しくも堂々と飛び去っていった。

「何あいつ? やるだけやって行っちゃったわ」
「どうやら月の都に向かったようですね。私達も行きますか?」
「まさか。この私の出番がなしってのはあんまりでしょう? あいつ(依姫)をキッチリ片付けてからにするわ」
「左様ですか」



…………


…………


…………


…………


月の都のど真ん中。こいしは瓦屋根に座って、月見団子を頬張っていた。隣には、なにかを包んだ風呂敷が置いてある。
「こいし!」
そこへ、ズダボロになったさとりとお燐が、落ちるようにやってきた。
「あ、お姉ちゃん!」
「こいし! 怪我ァない!? 嫌なことされてない!?」
「なんにもないよー。それよりね、もうここ飽きちゃったから帰りたいの」
「そうね。さっさと家に帰るわよ」
「そうしましょうそうしましょう!」
「あ、お姉ちゃん、せっかくだからお土産でも買っていく?」
「いや、今すぐ帰るわよ」
「帰りましょう帰りましょう!」


…………


…………


…………


…………


かくして、こいし救出大作戦は完遂された。
三人は床暖房のきいたあったかい我が家へと帰ってきた。

「ふうー……」

深いため息を吐いて、自室の安楽椅子に座るさとり。
ゆっくりと椅子を揺らして疲れを癒していると、こいしがやってきた。
「見て見てお姉ちゃん。こんなお酒あったの」
こいしは嬉しそうに、酒の入った壺を抱えていた。
「……見たことないわね。どこで見つけたの?」
「月のお屋敷にあったの。その時ちょっと味見してみたんだけどね、とっても美味しくて、いいお酒に違いないわ」
「ふ……。じゃあこれを、祝い酒にでもする?」
「うん!」

古明地姉妹は乾杯をする。

そして部屋の隅っこ。お空とお燐はお互いの毛づくろいをしていた。
「んん? あれ? お燐、ここんとこにハゲができてるよ? 大丈夫?」
「あはは、なんでもないよお空、もっとしておくれ~」
お燐は、親友のくちばしの感触を、今日ほど心地よく思った日はない、そう感じていた。
お燐はあの時、月の都で後から来たさとりをうまく先導し、こいし発見の一助となった。その功績をさとりから褒められ、体を撫でてもらった。電気が走るような快感をお燐は未だにはっきりと思い出せる。
これが、主人に付き従ったからこそ得られた恩恵なのだろうか? と頭に浮かんだところで、なんだかんだ自分も主人に傾倒しているなと、お燐は改めて自覚したのであった。
とはいえそんなことはすぐ忘れ、今は目を閉じ、お空のくちばしで突っつかれる気持ち良さを存分に味わうのだった。


「おいしーい」
「ええ、ほんとうに、美味しいお酒ね」
「こんないいものとられちゃあ、きっとぎゃふんじゃ済まないね」
「いやー……多分、気付いてすらいないんじゃない? ふふふ……」
「それもそうだね、うふふ」

今、さとりにいっぱいの笑顔を見せているこいし。いつまたいなくなり、旅に出るか判らない。
こいしが選んだことだから、さとりはそれでいいと思っていた。だがもし今回のようにこいしに危機が迫った時は、彼女がどこにいようと、相手が誰であろうと、必ず助けに行こう。さとりは、今自分の目の前で確かに存在している愛する者に向けて、心の中で再び誓いを立てた。


なにがともあれ、こいしは地霊殿に帰ってきた。地霊殿は平穏である。
この平穏は、今後も大切にされていくだろう。古明地さとりがいるかぎり……。


おしまい
こいしちゃんを救いにいくさとり様のお話です。

※私はスマホで書いており、文前のスペースを空白キー三連打で取ったつもりでいたんですが、反映されませんでした……。すいません。

レビューのやつ見ました。やはりさとり様は自身の能力に絶大な自信をお持ちの方だと思っておりましたよ。
白梅
簡易評価

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コメント



0.70簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
最初は戦闘民族的なさとりに違和感ありありだったけど
読み進めるともう作品とさとりの勢いに負けて
途中から違和感とかどうでも良くなった

大変に面白かったです
このさとりならきっと、フェムトファイバーすら余裕で引き千切ることでしょう
2.100ばかのひ削除
いい勢いです さとり様強すぎて笑いました
なんでこんなに強いのかとか考えるのも無粋ですね。妹のためですもん。
スペースは全く気になりませんでした。
3.100名前が無い程度の能力削除
いやいやwww
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
6.80Mankey削除
さとりん強い、引くくらい強い
こいしちゃんは良いお姉さんをお持ちですね