「なに?それじゃあ、給金なんかは一切もらってないってことなのか?」
昼下がりの図書館。図々しくも招かれざる客としてティータイムに上がり込んでいた霧雨魔理沙が、すっとんきょうな声をあげた。
「ええ、それがどうかしたかしら」
「どうかしたも、こうしたも」
魔理沙は持っていたティーカップをテーブルに置くと、前のめりになりながら十六夜咲夜を問いただした。
「お前は従者で、レミリアは謂わば雇用主だろう?それなのに給金の一つも寄越さないなんておかしいだろ絶対。ロードーキジュンホーイハンだぜ」
「何の魔法なのそれ」
「外の世界の呪文だ。唱えると金がもらえる」
魔理沙は鼻を膨らませながら咲夜に詰め寄ったが、咲夜はそれほど表情も変えず、静かに自分用のカップへ紅茶を注いでいた。
「いい?魔理沙。べつに私はお金が欲しくてお嬢様に仕えているわけじゃないの。だからお給金は必要無い。効くんだか効かないんだかわからないような外の世界の魔法も要らない」
「いいや、悪魔や神が許そうと私は認めん。これでも経営者の端くれなんでな、そういうところはしっかりさせたい」
「あのボロ屋は営業しているの?」
「客の居るか居ないかは関係ないぜ。開店休業も立派な開店だ」
それはさておき、と魔理沙は懐を探ると薄汚れた紙を取り出した。
そこには可愛らしい字で「請求書」と書かれている……ように見える。インクの汚れか、なにかしらの汚い液体によるシミなのか、詳細は滲んでしまっていて読むことはできない。
「これは私がアリスに宛てた請求書だ」
「請求書」
「私がアリスのせいで被った厄介事や、アリスのためにしてやった施しを書き連ねて一覧にしたものだ。そんでもってそれぞれに値段を付けてアリスに請求させてもらった」
「へえ、それで?」
「本当はもっとふんだくってやりたかったんだがな。長い付き合いでもあるし、ずいぶん勉強してやったのにアリスのやつ踏み倒しやがった。ひどい話だ」
「……ええ、本当にひどい話だと思うわ」
何がどうひどいかはコメントを控えさせてもらうけれども。咲夜はミルクたっぷりの紅茶をそっと口に近づけた。
「魔理沙が私に何をさせたいのかは分かってきたわ」
「話が早くていいねえ。レミリアからたっぷり絞りとってやれよ。お前の頼みならそんなに無碍にはされないだろ」
「結構。さっきも言ったけれどお金は私に必要ないの。買い物に必要な分は頂いているし」
「そう言うなって!ここは一つ、レミリアに花を持たせてやろうじゃないか」
「どうしてお嬢様が?」
「ここで器の広いところを見せればカリスマアップだろうが」
「余計なお世話ね」
「まあまあ、そこをなんとか」
「お茶請けのおかわりはいかが?」
咲夜の視線に冷たいものを感じ、やっと魔理沙が折れた。身を乗り出したままの姿勢からしぶしぶ座り直すと、砂糖だらけのクラッカーを口の中に3枚詰め込んだ。
「なかなか面白い話をしてるじゃない」
「おや、パチュリー様お戻りでしたか」
図書館の主、パチュリー・ノーレッジがいつもの青白い顔で表れた。今朝はある程度血色が良く、「喘息の調子も良いから里の本屋にでも行ってくるわ」と言って出かけていた。手提げ袋に何冊か本が入っているところを見ると出かけていった甲斐はあったようだが、もともと体力が無いパチュリーには堪えたのか、額には汗が浮かんでいる。パチュリーは魔理沙の隣の椅子に腰掛けると、既に用意されていたアイスティーを口に運んだ。
「パチュリーも興味が湧いてきたか?悪くない話だろ」
「ええ、つまりこういうことでしょ」
パチュリーは手近な紙とペンを手に取り、さらさらと一筆書いて魔理沙の眼前に突きつけた。そこに書いてある文字を見て、魔理沙はギョッとした表情を浮かべ、咲夜は小さく笑いをこぼした。
「こうして督促状を書けば今すぐ本を返してくれる。そうよね?」
「あ、いや、そういう話ではない。うん」
「経営者の端くれは、こうした契約事にこだわるのよね?そうでなくても、魔法使いと悪魔ほど契約に厳しい生き物はいないのだし、今すぐ返してくれるわね?」
「さて、長居しすぎたかな。あんまり店を空けると客が来てるか心配ダカラナー。あは、は、は」
魔理沙は残っていた紅茶を一気に飲み干し、袖で口元を拭いながら慌てて立ち上がった。
「まあパチュリーの冗談はともかく、あながち阿呆な話では無いと思うぞ、咲夜。実際お前は働き過ぎるくらいなんだ。何かしら見返りをもらってもいいとは思うんだがなあ」
それだけ言い残すと、魔理沙はパチュリーにせっつかれるように図書館を飛び出していった。文字通り、お尻には火がついていた。
「まったく、こっちは冗談じゃないのよ」
「すみません、しつこいネズミを追い払って頂きありがとうございました」
「粘着質なのは良くないのよ。本にとっても」
火符を放った魔導書をテーブルの隅に寄せ、パチュリーは手で軽く顔を扇いだ。冷たい紅茶を喉に流し込み、ふう、と一息つける。
「で、どうするの」
「はい?」
パチュリーからの突然の質問に、咲夜は思わず惚けた返事をしてしまった。質問の内容は分かるものの、意味が分からない。
「書いてみたらいいじゃない。請求書」
「単なる魔理沙の戯言です。気にする必要もありません」
「そうかしら」
咲夜は空いたグラスにお代わりを注ぐ。今日は気温も高い。ひんやりしたアイスティーはパチュリーの喉へどんどん流し込まれていき、2杯目が空になったころ、パチュリーが話し始めた。
「私も薄々感じ始めていたのよね。咲夜の働きに対してレミィも何かしら応えるべきじゃないかって」
「ですから」
「さっきも魔理沙に言ったけれども、私たちってそういうのにこだわるのよ。私も小悪魔には相応の対価を支払っているし。触媒無しに魔法は扱えない。油が無ければランプも点かない」
奥で書棚の整理をしている小悪魔へ、パチュリーは軽く手を振った。分厚く重い魔導書を何冊も抱えていた小悪魔だったが、笑顔と尻尾でそれに答える。文字通り額に汗するほどの労働の中、疲れの色を見せぬように振る舞う気丈さが見られた。信頼関係の成せる技であるな、と咲夜は思った。
「まあ、貴女が霞で動いてるんなら話は別だけど」
「ではそういうことにしておきましょう」
「咲夜の場合、あながち嘘ともとれないところがねー。でも、私だって紅茶で動いているわけではない」
パチュリーは立ち上がって辺りを見回した。積んである本を動かしてみたり、棚の隙間に手を突っ込んだりしている。
「ええと、このへんに」
見かねた咲夜が尋ねるよりも早く、小悪魔が羊皮紙とペンをパチュリーに手渡した。
そうそうこれこれ、とパチュリーが受け取ると、小悪魔は小さく会釈をして再び作業に戻っていった。羊皮紙とペンを持って椅子に座りなおしたパチュリーは、あっという間に一枚の書類を書き上げてしまった。
「古来より人付き合いを表す言葉は幾つも生まれてきた。水魚・管鮑・刎頸の交。友のためなら損得抜きで動くことだってできる。私もレミィのためならある程度まで寛容にしてきたつもりだし。だけども親しき中にも礼儀あり。日本だってそうね?恩賞を与えられない武士たちは不満を抱く。民から絞りすぎると噛みつかれる。金の切れ目が縁の切れ目であり、袖振り合うも他生の縁。振る袖には袖の下。袖の下からは金銀じゃらじゃらおまんじゅうが」
「つまるところ」
「さっき里の本屋でいい本を見つけたのよね。吹っ掛けられて買えなかったのよ」
パチュリーは書き上げた請求書をひらひらと咲夜に見せつけた。宛名はもちろん親愛なる親友に向けて、である。それが冗談なのか咲夜には判断がつかなかった。
「水魚の交わりなのでは?」
「魚ってさあ、いくらでも餌を食べるし欲しがるわよねえ」
ううむ、悪い顔をしているなあ。と咲夜は思った。「届けて頂戴」と言われるのも困るため、咲夜はお茶とグラスを片付けながらそそくさとその場を後にするのだった。
その翌日。テーブルからこぼれるほどのお目当て本に囲まれ、パチュリーの頬は緩みきっていた。陽気に当てられ、小悪魔もまた満面の笑みで主の横顔を見つめていたが、ティータイムの給仕に来た咲夜は困惑の表情を浮かべる他なかった。
「見てみなさい咲夜これこのレア魔導書を!貸本屋のやつ貸すのは良くても譲れないなんて言うから札束で横っ面ぶったたいてやったわよあははははは!」
「そ、それは良う御座いましたね」
「ついでに目ぼしいところ全部持ってきてやったわ!あっはははは!」
この方のこんな笑顔は初めて見ました。昨日はよく見なかったが、いったい請求書にはいくら書かれていたのだろう?
「そんなに法外な値段は請求してないわ。これまでレミィのわがままに付き合ってきたときに消費したマジックアイテムの金額に、もろもろサービス料合わせてざっと [目玉が飛び出るくらいの数字] 円くらいよ」
咲夜は開いた口が塞がらなくなったので左手で自分のあごを支えることにした。
「それをお嬢様はどうなさったのですか」
「普通にくれたわよ。私もね、すんなり受け取るのも悪いと思ったから今後しばらくわがまま聞いてあげる約束してあげたけど」
さすがは我が主。その小さな体には収まりきらないほどの器の持ち主であらせられるものだ。果たして今月の生活費は大丈夫かしら。
「そういうわけよ咲夜。レッドデビルの懐たるや、紅魔館くらいすっぽり入っちゃうほど。貴女も少しくらい甘えちゃいなさいな」
「いえいえ、私はそういうわけには」
その時、耳をつんざく大爆音が図書館に響き渡った。小さなおみ足によって蹴り開けられた図書館の扉は、開くというよりブッ飛ばされ、破片と埃を撒き散らしながら壁に叩きつけられた。その場に居た者が状況を把握するよりも早く、悪魔の妹ことフランドールが息を切らせてパチュリーに詰め寄っていた。
「パチュリー!お姉さまにお小遣いもらったの!?いくら?どうやったの?私にもやり方おしえて!」
「ちょちょちょ待っててててててえええべべべ」
フランドールの怪力で胸元を揺さぶられたパチュリーが話せるようになるまで半刻ほどの時間を要した。かくかくしかじか、土気色をしたパチュリーの説明を受けたフランドールは、ちぎったノートと色鉛筆でカラフルな請求書を書き上げた。宛名はお姉さまである。
「これでお小遣いがもらえるのね?わたし、欲しいものがたくさんあるの!ありがとうパチュリーに咲夜!わたし急ぐから!」
小さな嵐はまたもや埃を巻き上げ、猛烈な勢いで図書館を後にした。今度は立ち上がった際に机が犠牲になった。もはや歩くこともできぬ魔女を小悪魔に任せ、咲夜は図書館の片づけをすることにした。
そのまた翌日。フランドールは自分の部屋を色とりどりのお菓子とおもちゃで埋め尽くし、幸せすぎるために静かに泣いていた。右を見ても左を見ても幸せしか映らないため、キャパシティをオーバーしたのである。フランドールが静かになったことにより、館には一時の平穏が訪れた。
余談ではあるが、噂を聞きつけた美鈴もまた、レミリアに請求書を叩きつけに行ったそうだが、その日から美鈴を見たものがいないため顛末は知れない。
そして数日の後、咲夜は一枚の請求書をしたためてレミリアの私室を訪ねていた。
「ようやく来たか?もう少し早いと思ったのだけれど」
「私もそのつもりは無かったのですが」
レミリアは待ちかねたように咲夜を出迎えた。咲夜も本来なら主に請求書などを差し出すつもりは毛頭無かったのだが、周囲がそうさせなかった。パチュリーやフランドールがおねだりをして期待通りの俸給を手に入れたと聞き、舘に勤めるメイド妖精たちがそわそわと湧き立ち始めたのである。自分たちも貰いたい、というのは不相応な願いだとわかってはいたものの、彼女らの中でとある疑問が浮かび上がった。「あのメイド長なら一体どんな請求をするのだろう」と。
「メイド達の間でどうにも良くない空気が漂っているもので。それならば、ひとつアクションを起こしておけばあの子らも納得するかと」
初めのうちは叱り飛ばし、くだらないと一蹴していた咲夜だったが、元より単純な妖精たちは飽きるのも早いが盛り上がっている間は手が付けられない。次第に日常の仕事も手に付かなくなり、結局咲夜が折れる形となった。
「御託は並べなくともいいよ。主の務めとして、偶にはあいつらを喜ばせてやるのも面白かったが、私もお前が何を望んでくれるのかが楽しみでね。さ、早く見せてみな」
「はあ、では恐縮ですが」
そう言って、咲夜はしずしずと請求書を差し出した。丁寧にロウで封がしてあったが、レミリアはプレゼントを受け取った子供のように、鼻歌交じりにびりびりと雑に開いた。はじめは楽しげに読み始めたレミリアだが、困った顔を見せたかと思うと目をしかめ、最後には請求書を放り出して大きく高笑いをした。
「ふっはははは!なんてことだ、こりゃあ私には払えない!」
涙を流して大笑いする主を、従者はくすくすと笑みをこぼしながら見つめていた。
咲夜の請求書には次のように書かれていた。
ご奉仕料 ―――――――― 「時価」
昼下がりの図書館。図々しくも招かれざる客としてティータイムに上がり込んでいた霧雨魔理沙が、すっとんきょうな声をあげた。
「ええ、それがどうかしたかしら」
「どうかしたも、こうしたも」
魔理沙は持っていたティーカップをテーブルに置くと、前のめりになりながら十六夜咲夜を問いただした。
「お前は従者で、レミリアは謂わば雇用主だろう?それなのに給金の一つも寄越さないなんておかしいだろ絶対。ロードーキジュンホーイハンだぜ」
「何の魔法なのそれ」
「外の世界の呪文だ。唱えると金がもらえる」
魔理沙は鼻を膨らませながら咲夜に詰め寄ったが、咲夜はそれほど表情も変えず、静かに自分用のカップへ紅茶を注いでいた。
「いい?魔理沙。べつに私はお金が欲しくてお嬢様に仕えているわけじゃないの。だからお給金は必要無い。効くんだか効かないんだかわからないような外の世界の魔法も要らない」
「いいや、悪魔や神が許そうと私は認めん。これでも経営者の端くれなんでな、そういうところはしっかりさせたい」
「あのボロ屋は営業しているの?」
「客の居るか居ないかは関係ないぜ。開店休業も立派な開店だ」
それはさておき、と魔理沙は懐を探ると薄汚れた紙を取り出した。
そこには可愛らしい字で「請求書」と書かれている……ように見える。インクの汚れか、なにかしらの汚い液体によるシミなのか、詳細は滲んでしまっていて読むことはできない。
「これは私がアリスに宛てた請求書だ」
「請求書」
「私がアリスのせいで被った厄介事や、アリスのためにしてやった施しを書き連ねて一覧にしたものだ。そんでもってそれぞれに値段を付けてアリスに請求させてもらった」
「へえ、それで?」
「本当はもっとふんだくってやりたかったんだがな。長い付き合いでもあるし、ずいぶん勉強してやったのにアリスのやつ踏み倒しやがった。ひどい話だ」
「……ええ、本当にひどい話だと思うわ」
何がどうひどいかはコメントを控えさせてもらうけれども。咲夜はミルクたっぷりの紅茶をそっと口に近づけた。
「魔理沙が私に何をさせたいのかは分かってきたわ」
「話が早くていいねえ。レミリアからたっぷり絞りとってやれよ。お前の頼みならそんなに無碍にはされないだろ」
「結構。さっきも言ったけれどお金は私に必要ないの。買い物に必要な分は頂いているし」
「そう言うなって!ここは一つ、レミリアに花を持たせてやろうじゃないか」
「どうしてお嬢様が?」
「ここで器の広いところを見せればカリスマアップだろうが」
「余計なお世話ね」
「まあまあ、そこをなんとか」
「お茶請けのおかわりはいかが?」
咲夜の視線に冷たいものを感じ、やっと魔理沙が折れた。身を乗り出したままの姿勢からしぶしぶ座り直すと、砂糖だらけのクラッカーを口の中に3枚詰め込んだ。
「なかなか面白い話をしてるじゃない」
「おや、パチュリー様お戻りでしたか」
図書館の主、パチュリー・ノーレッジがいつもの青白い顔で表れた。今朝はある程度血色が良く、「喘息の調子も良いから里の本屋にでも行ってくるわ」と言って出かけていた。手提げ袋に何冊か本が入っているところを見ると出かけていった甲斐はあったようだが、もともと体力が無いパチュリーには堪えたのか、額には汗が浮かんでいる。パチュリーは魔理沙の隣の椅子に腰掛けると、既に用意されていたアイスティーを口に運んだ。
「パチュリーも興味が湧いてきたか?悪くない話だろ」
「ええ、つまりこういうことでしょ」
パチュリーは手近な紙とペンを手に取り、さらさらと一筆書いて魔理沙の眼前に突きつけた。そこに書いてある文字を見て、魔理沙はギョッとした表情を浮かべ、咲夜は小さく笑いをこぼした。
「こうして督促状を書けば今すぐ本を返してくれる。そうよね?」
「あ、いや、そういう話ではない。うん」
「経営者の端くれは、こうした契約事にこだわるのよね?そうでなくても、魔法使いと悪魔ほど契約に厳しい生き物はいないのだし、今すぐ返してくれるわね?」
「さて、長居しすぎたかな。あんまり店を空けると客が来てるか心配ダカラナー。あは、は、は」
魔理沙は残っていた紅茶を一気に飲み干し、袖で口元を拭いながら慌てて立ち上がった。
「まあパチュリーの冗談はともかく、あながち阿呆な話では無いと思うぞ、咲夜。実際お前は働き過ぎるくらいなんだ。何かしら見返りをもらってもいいとは思うんだがなあ」
それだけ言い残すと、魔理沙はパチュリーにせっつかれるように図書館を飛び出していった。文字通り、お尻には火がついていた。
「まったく、こっちは冗談じゃないのよ」
「すみません、しつこいネズミを追い払って頂きありがとうございました」
「粘着質なのは良くないのよ。本にとっても」
火符を放った魔導書をテーブルの隅に寄せ、パチュリーは手で軽く顔を扇いだ。冷たい紅茶を喉に流し込み、ふう、と一息つける。
「で、どうするの」
「はい?」
パチュリーからの突然の質問に、咲夜は思わず惚けた返事をしてしまった。質問の内容は分かるものの、意味が分からない。
「書いてみたらいいじゃない。請求書」
「単なる魔理沙の戯言です。気にする必要もありません」
「そうかしら」
咲夜は空いたグラスにお代わりを注ぐ。今日は気温も高い。ひんやりしたアイスティーはパチュリーの喉へどんどん流し込まれていき、2杯目が空になったころ、パチュリーが話し始めた。
「私も薄々感じ始めていたのよね。咲夜の働きに対してレミィも何かしら応えるべきじゃないかって」
「ですから」
「さっきも魔理沙に言ったけれども、私たちってそういうのにこだわるのよ。私も小悪魔には相応の対価を支払っているし。触媒無しに魔法は扱えない。油が無ければランプも点かない」
奥で書棚の整理をしている小悪魔へ、パチュリーは軽く手を振った。分厚く重い魔導書を何冊も抱えていた小悪魔だったが、笑顔と尻尾でそれに答える。文字通り額に汗するほどの労働の中、疲れの色を見せぬように振る舞う気丈さが見られた。信頼関係の成せる技であるな、と咲夜は思った。
「まあ、貴女が霞で動いてるんなら話は別だけど」
「ではそういうことにしておきましょう」
「咲夜の場合、あながち嘘ともとれないところがねー。でも、私だって紅茶で動いているわけではない」
パチュリーは立ち上がって辺りを見回した。積んである本を動かしてみたり、棚の隙間に手を突っ込んだりしている。
「ええと、このへんに」
見かねた咲夜が尋ねるよりも早く、小悪魔が羊皮紙とペンをパチュリーに手渡した。
そうそうこれこれ、とパチュリーが受け取ると、小悪魔は小さく会釈をして再び作業に戻っていった。羊皮紙とペンを持って椅子に座りなおしたパチュリーは、あっという間に一枚の書類を書き上げてしまった。
「古来より人付き合いを表す言葉は幾つも生まれてきた。水魚・管鮑・刎頸の交。友のためなら損得抜きで動くことだってできる。私もレミィのためならある程度まで寛容にしてきたつもりだし。だけども親しき中にも礼儀あり。日本だってそうね?恩賞を与えられない武士たちは不満を抱く。民から絞りすぎると噛みつかれる。金の切れ目が縁の切れ目であり、袖振り合うも他生の縁。振る袖には袖の下。袖の下からは金銀じゃらじゃらおまんじゅうが」
「つまるところ」
「さっき里の本屋でいい本を見つけたのよね。吹っ掛けられて買えなかったのよ」
パチュリーは書き上げた請求書をひらひらと咲夜に見せつけた。宛名はもちろん親愛なる親友に向けて、である。それが冗談なのか咲夜には判断がつかなかった。
「水魚の交わりなのでは?」
「魚ってさあ、いくらでも餌を食べるし欲しがるわよねえ」
ううむ、悪い顔をしているなあ。と咲夜は思った。「届けて頂戴」と言われるのも困るため、咲夜はお茶とグラスを片付けながらそそくさとその場を後にするのだった。
その翌日。テーブルからこぼれるほどのお目当て本に囲まれ、パチュリーの頬は緩みきっていた。陽気に当てられ、小悪魔もまた満面の笑みで主の横顔を見つめていたが、ティータイムの給仕に来た咲夜は困惑の表情を浮かべる他なかった。
「見てみなさい咲夜これこのレア魔導書を!貸本屋のやつ貸すのは良くても譲れないなんて言うから札束で横っ面ぶったたいてやったわよあははははは!」
「そ、それは良う御座いましたね」
「ついでに目ぼしいところ全部持ってきてやったわ!あっはははは!」
この方のこんな笑顔は初めて見ました。昨日はよく見なかったが、いったい請求書にはいくら書かれていたのだろう?
「そんなに法外な値段は請求してないわ。これまでレミィのわがままに付き合ってきたときに消費したマジックアイテムの金額に、もろもろサービス料合わせてざっと [目玉が飛び出るくらいの数字] 円くらいよ」
咲夜は開いた口が塞がらなくなったので左手で自分のあごを支えることにした。
「それをお嬢様はどうなさったのですか」
「普通にくれたわよ。私もね、すんなり受け取るのも悪いと思ったから今後しばらくわがまま聞いてあげる約束してあげたけど」
さすがは我が主。その小さな体には収まりきらないほどの器の持ち主であらせられるものだ。果たして今月の生活費は大丈夫かしら。
「そういうわけよ咲夜。レッドデビルの懐たるや、紅魔館くらいすっぽり入っちゃうほど。貴女も少しくらい甘えちゃいなさいな」
「いえいえ、私はそういうわけには」
その時、耳をつんざく大爆音が図書館に響き渡った。小さなおみ足によって蹴り開けられた図書館の扉は、開くというよりブッ飛ばされ、破片と埃を撒き散らしながら壁に叩きつけられた。その場に居た者が状況を把握するよりも早く、悪魔の妹ことフランドールが息を切らせてパチュリーに詰め寄っていた。
「パチュリー!お姉さまにお小遣いもらったの!?いくら?どうやったの?私にもやり方おしえて!」
「ちょちょちょ待っててててててえええべべべ」
フランドールの怪力で胸元を揺さぶられたパチュリーが話せるようになるまで半刻ほどの時間を要した。かくかくしかじか、土気色をしたパチュリーの説明を受けたフランドールは、ちぎったノートと色鉛筆でカラフルな請求書を書き上げた。宛名はお姉さまである。
「これでお小遣いがもらえるのね?わたし、欲しいものがたくさんあるの!ありがとうパチュリーに咲夜!わたし急ぐから!」
小さな嵐はまたもや埃を巻き上げ、猛烈な勢いで図書館を後にした。今度は立ち上がった際に机が犠牲になった。もはや歩くこともできぬ魔女を小悪魔に任せ、咲夜は図書館の片づけをすることにした。
そのまた翌日。フランドールは自分の部屋を色とりどりのお菓子とおもちゃで埋め尽くし、幸せすぎるために静かに泣いていた。右を見ても左を見ても幸せしか映らないため、キャパシティをオーバーしたのである。フランドールが静かになったことにより、館には一時の平穏が訪れた。
余談ではあるが、噂を聞きつけた美鈴もまた、レミリアに請求書を叩きつけに行ったそうだが、その日から美鈴を見たものがいないため顛末は知れない。
そして数日の後、咲夜は一枚の請求書をしたためてレミリアの私室を訪ねていた。
「ようやく来たか?もう少し早いと思ったのだけれど」
「私もそのつもりは無かったのですが」
レミリアは待ちかねたように咲夜を出迎えた。咲夜も本来なら主に請求書などを差し出すつもりは毛頭無かったのだが、周囲がそうさせなかった。パチュリーやフランドールがおねだりをして期待通りの俸給を手に入れたと聞き、舘に勤めるメイド妖精たちがそわそわと湧き立ち始めたのである。自分たちも貰いたい、というのは不相応な願いだとわかってはいたものの、彼女らの中でとある疑問が浮かび上がった。「あのメイド長なら一体どんな請求をするのだろう」と。
「メイド達の間でどうにも良くない空気が漂っているもので。それならば、ひとつアクションを起こしておけばあの子らも納得するかと」
初めのうちは叱り飛ばし、くだらないと一蹴していた咲夜だったが、元より単純な妖精たちは飽きるのも早いが盛り上がっている間は手が付けられない。次第に日常の仕事も手に付かなくなり、結局咲夜が折れる形となった。
「御託は並べなくともいいよ。主の務めとして、偶にはあいつらを喜ばせてやるのも面白かったが、私もお前が何を望んでくれるのかが楽しみでね。さ、早く見せてみな」
「はあ、では恐縮ですが」
そう言って、咲夜はしずしずと請求書を差し出した。丁寧にロウで封がしてあったが、レミリアはプレゼントを受け取った子供のように、鼻歌交じりにびりびりと雑に開いた。はじめは楽しげに読み始めたレミリアだが、困った顔を見せたかと思うと目をしかめ、最後には請求書を放り出して大きく高笑いをした。
「ふっはははは!なんてことだ、こりゃあ私には払えない!」
涙を流して大笑いする主を、従者はくすくすと笑みをこぼしながら見つめていた。
咲夜の請求書には次のように書かれていた。
ご奉仕料 ―――――――― 「時価」
……美鈴は?
テンションの上がったパチェと涙するフランちゃん可愛い
素敵な紅魔館、今は一人足りないけど
面白かったです
最近紅魔組のss読んでなかったので、なんだか懐かしい気持ち
面白かったです
一人一人キャラらしさ?が出ていて微笑ましかったです
優しく楽しい紅魔館のメンバーが良かったです
幸せすぎて泣いちゃうフランちゃんが最高でした
美鈴……
やり取りの一つひとつが面白くて、締めもとても良かったです。
美鈴はどうなってしまったのか…
いい作品に出会えたこと、プライスレス
やりとりが小気味良い感じで