Coolier - 新生・東方創想話

私はあいつが大嫌い

2018/04/02 00:17:53
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 雲居一輪は小さな賢将と呼び称えられるナズーリンのことが気に入らなかった。
 初めての出会いからしてそうだ。寅丸星の御目付け役として現れた彼女は、大した能力も持たない癖にやけに尊大な態度を取っていた。
 何時も星の側に居るような奴であり、聖に対しても謙遜する素振りすら見せない。逆に聖の方が腰を低くして接しているのが見ていて面白くなった。何よりも癪に障るのはナズーリン自身が大した力を持っていないことだろう。毘沙門天の加護を受けていなければ、あんな奴に頭を下げることは有り得ない。それでも聖が敬っている相手だから下手に手を出すこともできない、虎の威を借る狐ならぬ虎の威を借る鼠だと心の内で嘲り笑っていた。
 決定打になったのは千年前で、命蓮寺が存続の危機に晒された時だ。妖怪退治が集団で迫ってくる最中、返り討ちにしてやろうと命蓮寺の皆が機運を高めている時にナズーリンは事もあろうか「君達は馬鹿なのか」と呆れるように零したのである。

「今の君達に毘沙門天の加護を受け取る資格はないな。毘沙門天の信仰に傷をつけないためにも私達はここで退散させてもらうよ」

 元よりナズーリンのことを嫌っている者が多い中だ。勝手にしやがれ、と思った者も多いに違いない。その中の一人に一輪も含まれている。
 彼女一人ならば誰も止めなかった。しかしナズーリンは星の腕を手に取って、無理に立たせようとしたのだ。これは命蓮寺一門にとって許されざるべき行動だった。何故ならば寅丸星は命蓮寺門下の最古参であり、そして誰よりも聖のことを慕っていることを皆が知っているからだ。しかしナズーリンは意にも介さずに「当たり前だろう? 此処に毘沙門天の代理が居ると不都合なんだ」と涼しい顔で言ってのける。
 我慢の限界は超えていた。殴りかからなかったのは誰よりも早くに聖が周囲を威圧したためだ、怒りは脅えによって上書きされる。その威圧感を最も受けているはずのナズーリンは汗一つ流していなかった。それが憎たらしくて気に食わない。毘沙門天の加護を受けていなければ、そのような態度を取れるはずがないのだ。
 込み上がる殺意を抑えきれずにいると「一輪」と聖に咎められる。悔しいが、今は抑えるしかない。

「……君達は少し考え直すと良い、今こそ聖が何を目指していたのか考える時だ」
「ナズーリン、早く星を連れて出て行きなさい」
「分かっているよ、聖。……残念だよ」

 最後に零すとナズーリンは先に寺を出て行った。
 残された星は聖を見つめると「今までありがとうございました」と震える声で深々と頭を下げる。
 そして二人は命蓮寺から消えて行った。その直ぐ後で「どうして二人を赦すのか!」と聖に問い詰めたが「いずれ分かる時が来ますよ」と悲しそうに微笑むだけで何も教えてくれなかった。この時、聖とナズーリンの間に自分の知らない繋がりがある時に初めて気づいたのだ。そのことを教えてくれなかった聖に酷く苛立ち、かといって聖を恨むこともできないから、全ての恨みと憎しみの矛先はナズーリンへと向いた。
 命蓮寺と妖怪退治の決戦は、終始、命蓮寺側の劣勢になった。その直接的な原因もまたナズーリン、彼女が命蓮寺を出ていく直前に発した言葉が妖怪達に迷いを生んだ。決戦前夜までに一割が命蓮寺を離れて、残った妖怪もまた迷いを抱いたままの者が多くて、結束できないまま押し留められたのだ。
 ――あの時、ナズーリンがあんなことをしなければ、あんな奴らだって追い払うことができたのにッ!

「聖、貴方だけでも逃げてください! 貴方が生きていれば、まだッ!! 貴方が生きているだけで私達は何時までも待てますッ!」

 命蓮寺が封印される直前、彼女一人だけならば包囲網も突破できると考えて一輪は叫んだ。しかし聖は首を横に振ってみせる。

「私には命蓮寺を束ねる者としての責務があります、ここで逃げ出すわけにはいきません。それに私の理念は星が引き継いでくれます、私が居なくても命蓮寺は生き残ります。本当にナズーリンは上手くやって……」
「ナズーリン! またナズーリンですかッ!!」

 追い詰められていたこともあって、もう我慢なんてできなかった。

「あの小賢しくて矮小な鼠風情がッ! どうして、あんな奴を聖は敬うのですッ! 星だってそう、どうしてあんな鼠に従っているのよッ! ふざけるな、ふざけるなッ!! 私だって、私だって……ッ!!」

 握り締めた拳を向ける相手は此処には居ない、我慢できない想いを吐き出すことは叶わない。
 何よりも許せないのはナズーリンが聖に信頼されているという事実、何よりも我慢ならないのは聖に信頼されていない自分だ。こんなにも自分は聖の言い付けを守り、身を捧げて来たというのにどうしてナズーリンなのか。星ならまだ我慢できる、しかし聖を敬ってすらもいないナズーリンが自分よりも頼られていることが許せなかった。
 糞ッ、と言葉を吐き捨てる。怒りをそのままに全身の妖気を感情のままに昂らせた。

「聖が逃げないと云うのであれば構いません」
「一輪?」
「私は此処で人間共を迎え討ちます。この拳で立ち塞がる全てを殺し尽くしてやります」
「待ちなさい、一輪! それでは駄目なのよ!」
「待ちません!」

 一輪は聖に背を向ける、そして両の拳同士を打ち合わせる。

「私だって命蓮寺門下、聖のことを慕う気持ちでは星にも負けません」

 言い放って一輪は駆け出した。
 死地に赴くために、此処で散る覚悟を決めて。
 そうすることでナズーリンや星よりも先んじることができると少しの希望を胸に抱いて駆けるのだ。

 だから駄目なのよ、と聖が呟く声を一輪は聞き逃して。

 結果として命蓮寺は妖怪退治に負けた。
 命蓮寺門下の大半が地底に封印されて、聖だけが魔界に飛ばされる。
 そうして命蓮寺は滅んだのだ。



 地底に落ちた後、命蓮寺に居た妖怪は皆、散り散りになってしまった。
 聖の存在で成り立っていた結束は時間と共に風化して、また一人、また一人と一輪の元から去って行った。もしもまた聖が復活した時に手を貸すと約束して、一輪では確証のない口約束をするのが精いっぱいだった。
 そして残ったのは村紗水蜜と雲山の二人だけとなる。雲山は命蓮寺門下と云うよりも一輪に付き従ってるだけであり、ムラサはといえば飄々とした性格で熱心に修行を取り組んでいたところを見たことがない。正直なことを言えば、良い印象はあまりない。命蓮寺の教えを守ると云うよりも聖が好きだから付いて来ていただけの奴だと思っていた。
 だから最後まで残ったのがムラサだったのは少し意外だった。

「何故なら私は星蓮船の船長だからさ。船長は乗員が全員降りる最後まで居残るものなのよ」

 理由を問うと、そんなことを言って笑うのだ。
 はぐらかされているのだと一輪は感じた、しかしムラサが居たから千年もの時間を待ち続けることができたんだと思っている。
 ムラサと雲山と三人でボロボロになった星蓮船を修理する日々、百年が過ぎた頃には終わり、残りの九百年間は適当にのんびりと過ごしていた。
 いずれまた機が訪れるのを待ち続ける。そうしている内に聖への想いもあやふやになって、ナズーリンへの怒りも萎れていった。
 千年過ぎてもナズーリンのことは嫌いだ、だから出会ったら殴ろうと思った。
 それだけを考えた、それ以上は考えなかった。



 千年の歳月が過ぎて、地上に出た一輪を出迎えたのはナズーリンだった。
 次に会ったら殴ってやろうとずっと心に決めていた相手だ。しかし千年以上も恨み続けることは難しくて、直ぐには手を出せなかった。何か殴る理由が欲しくて、少しくらいは言い分を聞いてやろうと考えた。自分の知るナズーリンは口が悪くて、きっと直ぐに殴る理由を作ってくれると一輪は思ったのだ。
 懐かしい反応があったから、とナズーリンは告げると今、二人が暮らしているという場所に案内してくれた。

 地上で暮らす二人は質素な生活を送っていた。
 財宝を集める能力を持つ星が居るにも関わらず、二人が暮らすのは小さな掘っ立て小屋だ。
 思わず、問うてみるとナズーリンは苦笑して「余った分は御主人が全部、貧しい人に分けてしまうんだよ」と肩を竦めてみせる。
 案内をされるままに掘っ立て小屋に入ると星は経典を手にお経を唱えていた。ナズーリンが云うには毎日、千年間、一日も絶やさずに唱え続けてきたらしい。
 自分が地底で最後にお経を唱えたのは何時だろうか、聖の教えも全て思い出せなくなっている。記憶が色褪せてしまっている。
 体が震えて、星に声をかけることができなかった。

「星、ナズーリンッ! また遊びに来たよッ!」
「今日は何を教えてくれるのさ!」

 掘っ立て小屋に二人の子供が飛び込んできた。片方はボロっちい服装で如何にも農民の子と云った出で立ちで、もう片方は妖怪に成り立ての妖獣だった。

「はい、そうですね……ん?」

 星が振り返った時、息が止まる思いだった。

 ナズーリンが緑茶を淹れる。千年前では高級品、今はさほど高くないのだとナズーリンは告げる。

「こんな場所で暮らしているけども御主人のおかげでお金には困っていない。堕ちても毘沙門天の代理だね」

 少し疲れた様子でナズーリンが渇いた笑い声を零す。
 星は子供二人と遊んでいる。礼儀作法のなっていない二人は、どう見ても寺の門下には見えない。ムラサも腕まくりをすると二人の遊びに加わり、ナズーリンの傍に居るのは自分だけになってしまっている。子供の笑い声がする。穏やかな時間、星とナズーリンはどんな生活を送ってきたのだろうか。
 子供二人がムラサの腕に捕まって、ぐるぐると回転している姿を見ていると、ふとナズーリンが口を開いた。

「人間の子はね、捨て子だったんだ。よくある凶作時の口減らしで、御主人が拾って来たのを世話してる。何も子宝まで引き寄せなくてもいいのにね」

 ふふっと含み笑いをするナズーリンは自分の知っている姿ではなくて、

「もう一人は天狗の子でね、妖怪の山で虐められていたのを逃げ出してきたみたいなんだ。いずれ妖怪の山に帰すつもりでいるよ」

 そう告げるナズーリンに何時ものような傲慢さはなく、

「そして、あの二人が私達が過ごしてきた千年間の結果だ」

 そして、何処か垢抜けてしまったようにあっさりとしていた。

「聖は凄いね。私達が千年過ぎても叶えられなかった理想を――局所的とはいえ、聖は百年にも満たない時間で生み出したんだよ」

 そう告げるナズーリンは、とても小さく見えた。この時、初めてナズーリンが本来、ただの鼠に過ぎないことを知った気がする。
 ふざけるな、と叫びたい。それを言うだけの資格が今の一輪にはない。聖の理想はなんだったのか、思い出すまでもない理念が、今は思い出さなければ出て来ない。だが忘れない、絶対に忘れてはならない。これを忘れてしまったら二度と命蓮寺の門下生を名乗れない。
 その言葉は――人妖平等、そのために弱い妖怪を昇華させようとしてきた。だがそれは弱者救済に過ぎない。
 ただ二人、たった二人だが、ナズーリンと星は更にその先を目指していた。

「ふざけるなッ!」

 全てを理解した時、声が出た。

「ふざけるな、ふざけるなッ!!」

 言葉が止まらない、自分自身が赦せなくて仕方ない。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁッッ!!」

 涙が溢れ出して止まらなくなった。
 呆気にとられるナズーリンと星、脅える二人の子供、ムラサが一輪の体を抱き締められた。
 そのまま掘っ立て小屋の外まで押し出される。

 此処は無縁塚、ムラサに抱き着かれたまま背中を撫でられる。
 悔しかった、そして惨めだった。誰よりも聖のことを敬っていなくて、最も遠い場所に居たナズーリンが聖の教えを理解して、そこから更に先を目指していた事実に耐え切れなかった。自分は今まで何をして来たのだろうか、どれだけの時間を無駄にして来たのだろうか。どうして自分はもっと修行に励まなかったのか、そうでなくてももっと時間を有効に使えたはずだった。
 こんな有様では聖に合わせられる顔もない、そうして嗚咽を零しているとナズーリンが掘っ立て小屋から現れる。

「それじゃあ聖を助けに行こうじゃないか」

 そう告げるナズーリンは前に見た時のような太々しい態度に戻っていた。見慣れたはずの姿は癪に触り、そして懐かしく感じられる。

「正直なことを云うとね、ずっと前から御主人は限界に近かったんだよ。捨て子の世話をしていなかったら今頃、正気を保てていない。あれは苦肉の策だったんだよ」

 淡々と語る姿は、わざと相手を刺激するように感じられて、

「そんな時に君達は星蓮船を持ってきてくれた。これで聖の封印をこじ開けることができる。よくぞ、ここまで復元してくれたよ。君達の千年に意味はあった」

 どうして、そんな風な言い方しかできないのかと苛立つ気持ちを抑えきれない。

「ん、どうしたんだい? 聖を助けるんだろう? それとも聖への想いは千年程度で薄れるものだったのかな?」

 やっぱりナズーリンのことが嫌いだと思った。
 こんなやり方しかできない不器用な鼠が嫌いで嫌いで仕方ない。小さな賢将なんていう二つ名は即刻返上すべきだと断言する。
 この馬鹿な賢将を思い改めさせてやるために、何時か絶対に殴ってやろうと一輪は心に決めた。


 これは後で知ったことだが、無縁塚に子供を捨てると翌日には忽然と姿を消す神隠しの噂がある。
 そして十年程度が過ぎた頃合いで、ひょっこりと人里に姿を現すようだ。
 今日もまた子供が一人、人里へと帰る。
 飢饉を逃れるために一時だけ手放した子供、何時もよりも早い帰還に両親は大層喜んだそうな。
まふ
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コメント



0.430簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
好き嫌いの別れるお話かなと思いました。私は好きです。もう少し長ければと思い、この点数にさせていただきました
5.70奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
6.80四覚を失う程度の能力削除
気がついたら頬にあったかい液が流れていた
これくらいの長さがベストなのだろうけど、続きが読みたくなるような卑怯な終わり方だと思う(褒め言葉)
8.100名前が無い程度の能力削除
設定が素ン晴らしい
一部の台詞が台本っぽくて棒読みのように感じられたけど、劇のようなものなんですかね?
凄く面白かったです
11.90名前が無い程度の能力削除
いい話でした
12.100南条削除
面白かったです
目の前のことを受け止めたが故に激昂する一輪が良かったです
15.80Mankey削除
ナズーが素敵だけど、一輪がちょっとジミなように感じられました