四季映姫は疲労困憊だった。このところ、仕事が立て込み連日連夜、遅くまで働かされるので溜まったものではない。フラフラになりながら、遅くまで開いている立ち食いそばの屋台に駆け込む。本当は、もっと美味しい夕飯に行きたいが、この時間になると開いている飯屋がここしかない。明日は休みである。今日は頑張った自分へのご褒美だ。いつもはキツネか月見のところをキツネ月見そばにする。すぐさま、そばが運ばれてきた。疲れから、少し手元がおぼつかないながらも箸に手を伸ばし、横の唐辛子粉の小瓶にも手を伸ばす。疲れた日には、このピリッとした辛味が中々癖になる。今日は少し多めに入れようと小瓶を少し傾けたとき、ふと目眩がし、小瓶を傾け過ぎた。しまった、そう思った頃には遅く、唐辛子粉が山盛りになる。これはまずい。しかし、注文した以上は食べなければ、もったいないのは勿論、閻魔としてだ。
味は予想通り辛かった。むせながら麺を啜る。だが、不思議と美味しかった。今までの疲れを辛さが吹き飛ばしてくれた。汗をかき、目からは涙溢れ、大変だったが時間をかけ、ようやく食べ終えた。あれだけ辛いものを食べたせいか、お腹が痛む。しかし、あれは良いものだ。今後はもっと唐辛子粉をかけてそばを食べよう。
その日から、映姫は、そばに大量の唐辛子粉をかけるようになった。ある程度になると味に飽き、もっと唐辛子粉をかける。次第に、あの山盛りにした日と同じぐらいかけるようになった。仕事も比例するように増えた。とうとう、そば屋に常備している唐辛子粉で足りず、自分用の小瓶を持参しだした。勿論、身体が持つわけがなく、腹痛は止まない。だが、この激務の発散先がこれしか無いのだ。最初は体の心配をしていたが、いつしか忘れてしまった。
◆
陽が沈みかけた頃、今日は、いつもよりは早めに終わるだろう。四季映姫は最後の書類を書き上げ、判を押した。後はこの書類を運ぶだけだ。少し休憩しようかと考えたところで、ノックの音がした。どうぞ、と言うと小野塚小町が入ってきた。彼女は死神だ。三途の川の渡し船をしている。普段は私よりも早く仕事を終える彼女だが、日頃から仕事をサボるせいで私と同じく遅くまで残業していた。
「お疲れ様です。四季様」
少し疲れた口調だ。
「お疲れ様、小町。私は、この書類を運ぶ仕事が残っているから、先にどうぞ」
小町は、山積みの書類を眺める。
「これですか?それなら手伝いますよ」
正直驚いた。サボり癖の抜けない彼女が、お手伝いを申し出るとは
「良いのかしら?その口調だと少し疲れているみたいだけど」
「お安い御用です。最近の四季様、疲れているのか、顔色が優れていませんから」
まさか小町にまで指摘されるとは思わなかった。確かに、最近は激務に追われ体調が優れない。あの唐辛子粉のせいか胃も痛む。そんなこと考えているうちに、小町は書類を抱え、せっせと運び出した。私も遅れて書類を抱えて運ぶ。小町のおかげかすぐ終わった。さて、後は帰るだけだが、お礼も兼ねて小町を食事に誘ってみよう。ここのところ私の方が忙しいので、サボっている小町をしょっぴくこともできず、おまけに帰りが遅いせいか、中々話す機会も無かった。
「改めてお疲れ様小町、手伝ってくれたお礼に、私の奢りでご飯でもどうかしら」
「本当ですか!?四季様の奢りなら喜んでご一緒します。早速帰りの支度しますから、門の前で待ち合わせしましょう」
そういうなり小町は、私の返事も聞く前にそそくさと帰り支度を始め出ていってしまった。「全く小町ったら」独り呟いた。こういう時だけ元気なのだから。その元気さを仕事に向ければ仕事で残ることも無いというのに、呆れながら帰り支度を始めた。
門の前の小町と合流し、並んで歩き始めた。ああ、この時間なら行きつけの立ち食い蕎麦屋しか開いていない。
「小町、今からだと行きつけの立ち食い蕎麦屋しか無いのですが、宜しいですか?」
「良いですよ、四季様の奢りですからね」
小町は楽しそうに答える。全く、どこにそんな元気が残っていたのやら。そうこう考えているうちに立ち食い蕎麦についた。明日は休みだ。自分自身のご褒美として、私は月見キツネそばを注文する。小町も続いて同じ月見キツネそばを注文する。1分もしないうちに、熱々のそばが出される。箸を手に取り、ポケットから唐辛子粉の小瓶を取り出す。これが無ければ始まらない。山盛りの唐辛子粉をかけ、手を合わせ「いただきます」と言い食べ始めようとすると、小町が怪訝な顔でこちらを見つめていた。
「その・・・四季様、それ食べるのですか」
「えぇ、どうかしましたか」
「そんな量の唐辛子粉、お腹壊さないのですか」
「大丈夫ですよ、もう慣れましたから」
嘘だ。前は腹痛程度だったが、休みの日になると数時間は瓦屋とお友達になるほど胃の調子は優れない。小町を納得しかねる顔だったが、食べ始めた。先に小町が食べ終えた。私も少し遅れて食べ終え水を一杯飲み、汗を拭う。お代を支払い、店を後にした。
帰りは途中まで小町と同じなので並んで歩く。唐辛子粉で少し熱くなったせいか、夜風が気持ちい。
「ようやく明日は休みですね」
「本当ですよ、あたいも疲労困憊です」
小町はサボっていたからでしょ、と付け足す。小町は「へへっ」と苦笑いでごまかす。突然、視界がぼやけた。更に身体が云うことをきかず小町に持たれる「きゃん」と小町は素っ頓狂な声を上げて私を受け止める。小町は「きゃん」なんて可愛い声を出すんだな、下らないことを考えているうちに私の意識は途切れた。
◆
私が目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。身体を起こすとまた見知らぬ部屋だった。小町が横の布団で寝ている。確か、昨日は仕事を終え、その後に小町とそば屋で食事をした。その後は小町と途中まで歩いて・・・そこからの記憶が無い。何があったのだろうか、私が記憶の糸を辿っていると、横で寝ていた小町が起きた。起きてそうそう、小町はおはようの挨拶もなく、私の両肩を握りしめ「大丈夫ですか」と初めて見る緊迫した顔になる。えぇ、私はその勢いに押され少し戸惑う。昨日は何があったのか、私が聞く前に小町は昨晩の顛末を語りだした。
そば屋を後にして2人で歩いてた所、私は急に倒れてきたらしい。最初は何かと思ったが、目をつむり、幾ら話しかけても反応もない。気を失った私を抱え、小町の家にとりあえず運んできたのだと。それじゃ医者のところへ行きますか、話終えた小町は身支度を始めた。
「小町、大丈夫です。気分が優れていなかっただけですから、流石にそこまでお世話になるわけには」私はそう言い立ち上がるが、少しふらつく。
「まったく駄目じゃないですか、ほら、医者のところまでは私がおんぶしますから」
そこまでは・・・と言いたかったが、やはり足がおぼつかないので、私は小町に甘えた。小町の背中は暖かった。そのせいか、私はすぐ眠りに落ちた。
私が目を覚ますと竹林に入っていた。ということはあそこか、名前は忘れたが異変の時に会ったうさぎの雇い主が医者だったはずだ。
診てもらい、日々の激務と偏食に至るまでを話したが少し医者の顔が引きつっていた気がするが気のせいだろう。横で見ていたうさぎは明らかにひいていた。診断結果はただの過労と偏食だった。胃薬を貰い、これを飲んで数日は安静すること、食事も胃を刺激しないものにすることを強く言われた。
帰りは流石におんぶが恥ずかしいので自分で歩こうとしたが、小町に「無茶は駄目ですよ」押されて結局おんぶになった。自宅まで送って貰い、小町にお礼を述べ後は1人で何とかすると伝えたが聞いて貰えなかった。小町は少し怒った顔で
「そんな身体で家事できますか? 私がしますから、四季様は布団でお休みください」
口では強がったが、本音を言えば有り難かった。私は小町にお願いし、身の回りのお手伝いを頼んだ。後でお返しをしなければ、何をお返ししようか、そう考える暇もなく布団に入り、1分も立たないうちに私は眠りについてしまった。
目が覚めると小町が何か作っているのが見えた。私に気づいた小町から話しかけてきた
「おはようございます、まだ昼ですけどね。朝は忙しくて言い忘れていましたから」
そう言いながらお盆に土鍋を載せ運んできた。何だろうか、私は小町に問う。
「それは・・・」
「おかゆです。刺激が無いものですからね」
そう言い、土鍋の蓋を開け、湯気が上がる。熱々のおかゆを匙ですくい、小町はふーふーと軽くさましてから「四季様、あーんですよ」とからかうような満面の笑みで私の口へ近づける。しまった、小町はこれが狙いだったのか。しかし、頼んだ以上は小町に逆らえない。私は恥ずかしさで沸騰しそうだったがおかゆを口にした。美味しい、それは本当に何の変哲も無いおかゆで、小町が味付けを忘れたのか塩の味すらせず素の味だったが美味しかった。そういえば最近はそばしか口にしていなかった。おまけにそれを激辛にして食べていた。こんな普通の食事が久しかった。何故か分からぬが少し涙が溢れてしまう。
「もしかしてまだ熱かったですか」
私の涙に気づいた小町が心配な顔になる。
「大丈夫、思ったより熱くてちょっとね。ほら、まだまだあるから早くあーんして頂戴」
あーんのおかわりを所望されると思っていなかったのか小町は少し顔を赤らめ、少し言いずらそうに話し出す。
「あのー四季様も自分で食べられるようですし、さっきのはちょっとしたお遊びでして、正直なところあたいも恥ずかしくて・・・」
「何を言ってるのですか小町。お手伝いを申し出たのはあなたからですよ」
なんだ小町も恥ずかしいじゃないか、小町は恥ずかしそうに、またふーふーと冷ましてから匙を私の顔に近づける
「あーんがありませんよ」私は小町に容赦なく指摘する。
小町は顔を下に向け「あっ・・・あーんです」と恥ずかしさのあまり言葉を詰まらせ顔を隠した。
「ほらほら、元気がありませんよ小町」
結局食べ終わるまで小町から始めた茶番に付き合わせた。
◆
今週も閻魔としての仕事を終えた私は立ち食いそば屋に駆け込む。
いつも通りキツネ月見そばを注文する。そして箸の横にある唐辛子粉に手を伸ばす・・・のは止めた。横で小町がジロジロと見ている。
「四季様、だめですよ」小町は頬を膨らませて私に注意を促した。
あの日から小町は私に付きっきりだ。仕事は勿論、こうして今、仕事終わりの食事ですら付いてくる。それもあって仕事は早く終わる。そしてようやく仕事も落ち着いて最近は早く帰れるし体調も優れてきた。私は少し笑いながら答える。
「はいはい、分かっていますよ小町」
麺を啜る。そういえば先日倒れてから小町にお礼をしていないことを思い出した。確か明日は私も小町もお休みだ。
「小町、明日なのですが空いてますか?」
油揚げにかじろうとしていた小町は答える
「はぁ、何も予定ありませんけど」
「それは良かった。この前のお礼も兼ねて、明日は私の奢りでお昼良いかしら?」
小町は油揚げを箸から落として笑顔になる。
「本当ですか!? 四季様なら喜んでご一緒させて頂きます」
「それは良かった。私のお気に入りだから楽しみにしといてくださいね」
四季様のお気に入りですか、なお更楽しみですよ、と小町は言い子供みたいにはしゃいでいる。全く、小町ときたら、仕事終わりだというのに、どこからその元気がの湧くのだろうか、そこが好きなのだけど。さて、冷めないうちに、私は油揚げに箸を伸ばした。
味は予想通り辛かった。むせながら麺を啜る。だが、不思議と美味しかった。今までの疲れを辛さが吹き飛ばしてくれた。汗をかき、目からは涙溢れ、大変だったが時間をかけ、ようやく食べ終えた。あれだけ辛いものを食べたせいか、お腹が痛む。しかし、あれは良いものだ。今後はもっと唐辛子粉をかけてそばを食べよう。
その日から、映姫は、そばに大量の唐辛子粉をかけるようになった。ある程度になると味に飽き、もっと唐辛子粉をかける。次第に、あの山盛りにした日と同じぐらいかけるようになった。仕事も比例するように増えた。とうとう、そば屋に常備している唐辛子粉で足りず、自分用の小瓶を持参しだした。勿論、身体が持つわけがなく、腹痛は止まない。だが、この激務の発散先がこれしか無いのだ。最初は体の心配をしていたが、いつしか忘れてしまった。
◆
陽が沈みかけた頃、今日は、いつもよりは早めに終わるだろう。四季映姫は最後の書類を書き上げ、判を押した。後はこの書類を運ぶだけだ。少し休憩しようかと考えたところで、ノックの音がした。どうぞ、と言うと小野塚小町が入ってきた。彼女は死神だ。三途の川の渡し船をしている。普段は私よりも早く仕事を終える彼女だが、日頃から仕事をサボるせいで私と同じく遅くまで残業していた。
「お疲れ様です。四季様」
少し疲れた口調だ。
「お疲れ様、小町。私は、この書類を運ぶ仕事が残っているから、先にどうぞ」
小町は、山積みの書類を眺める。
「これですか?それなら手伝いますよ」
正直驚いた。サボり癖の抜けない彼女が、お手伝いを申し出るとは
「良いのかしら?その口調だと少し疲れているみたいだけど」
「お安い御用です。最近の四季様、疲れているのか、顔色が優れていませんから」
まさか小町にまで指摘されるとは思わなかった。確かに、最近は激務に追われ体調が優れない。あの唐辛子粉のせいか胃も痛む。そんなこと考えているうちに、小町は書類を抱え、せっせと運び出した。私も遅れて書類を抱えて運ぶ。小町のおかげかすぐ終わった。さて、後は帰るだけだが、お礼も兼ねて小町を食事に誘ってみよう。ここのところ私の方が忙しいので、サボっている小町をしょっぴくこともできず、おまけに帰りが遅いせいか、中々話す機会も無かった。
「改めてお疲れ様小町、手伝ってくれたお礼に、私の奢りでご飯でもどうかしら」
「本当ですか!?四季様の奢りなら喜んでご一緒します。早速帰りの支度しますから、門の前で待ち合わせしましょう」
そういうなり小町は、私の返事も聞く前にそそくさと帰り支度を始め出ていってしまった。「全く小町ったら」独り呟いた。こういう時だけ元気なのだから。その元気さを仕事に向ければ仕事で残ることも無いというのに、呆れながら帰り支度を始めた。
門の前の小町と合流し、並んで歩き始めた。ああ、この時間なら行きつけの立ち食い蕎麦屋しか開いていない。
「小町、今からだと行きつけの立ち食い蕎麦屋しか無いのですが、宜しいですか?」
「良いですよ、四季様の奢りですからね」
小町は楽しそうに答える。全く、どこにそんな元気が残っていたのやら。そうこう考えているうちに立ち食い蕎麦についた。明日は休みだ。自分自身のご褒美として、私は月見キツネそばを注文する。小町も続いて同じ月見キツネそばを注文する。1分もしないうちに、熱々のそばが出される。箸を手に取り、ポケットから唐辛子粉の小瓶を取り出す。これが無ければ始まらない。山盛りの唐辛子粉をかけ、手を合わせ「いただきます」と言い食べ始めようとすると、小町が怪訝な顔でこちらを見つめていた。
「その・・・四季様、それ食べるのですか」
「えぇ、どうかしましたか」
「そんな量の唐辛子粉、お腹壊さないのですか」
「大丈夫ですよ、もう慣れましたから」
嘘だ。前は腹痛程度だったが、休みの日になると数時間は瓦屋とお友達になるほど胃の調子は優れない。小町を納得しかねる顔だったが、食べ始めた。先に小町が食べ終えた。私も少し遅れて食べ終え水を一杯飲み、汗を拭う。お代を支払い、店を後にした。
帰りは途中まで小町と同じなので並んで歩く。唐辛子粉で少し熱くなったせいか、夜風が気持ちい。
「ようやく明日は休みですね」
「本当ですよ、あたいも疲労困憊です」
小町はサボっていたからでしょ、と付け足す。小町は「へへっ」と苦笑いでごまかす。突然、視界がぼやけた。更に身体が云うことをきかず小町に持たれる「きゃん」と小町は素っ頓狂な声を上げて私を受け止める。小町は「きゃん」なんて可愛い声を出すんだな、下らないことを考えているうちに私の意識は途切れた。
◆
私が目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。身体を起こすとまた見知らぬ部屋だった。小町が横の布団で寝ている。確か、昨日は仕事を終え、その後に小町とそば屋で食事をした。その後は小町と途中まで歩いて・・・そこからの記憶が無い。何があったのだろうか、私が記憶の糸を辿っていると、横で寝ていた小町が起きた。起きてそうそう、小町はおはようの挨拶もなく、私の両肩を握りしめ「大丈夫ですか」と初めて見る緊迫した顔になる。えぇ、私はその勢いに押され少し戸惑う。昨日は何があったのか、私が聞く前に小町は昨晩の顛末を語りだした。
そば屋を後にして2人で歩いてた所、私は急に倒れてきたらしい。最初は何かと思ったが、目をつむり、幾ら話しかけても反応もない。気を失った私を抱え、小町の家にとりあえず運んできたのだと。それじゃ医者のところへ行きますか、話終えた小町は身支度を始めた。
「小町、大丈夫です。気分が優れていなかっただけですから、流石にそこまでお世話になるわけには」私はそう言い立ち上がるが、少しふらつく。
「まったく駄目じゃないですか、ほら、医者のところまでは私がおんぶしますから」
そこまでは・・・と言いたかったが、やはり足がおぼつかないので、私は小町に甘えた。小町の背中は暖かった。そのせいか、私はすぐ眠りに落ちた。
私が目を覚ますと竹林に入っていた。ということはあそこか、名前は忘れたが異変の時に会ったうさぎの雇い主が医者だったはずだ。
診てもらい、日々の激務と偏食に至るまでを話したが少し医者の顔が引きつっていた気がするが気のせいだろう。横で見ていたうさぎは明らかにひいていた。診断結果はただの過労と偏食だった。胃薬を貰い、これを飲んで数日は安静すること、食事も胃を刺激しないものにすることを強く言われた。
帰りは流石におんぶが恥ずかしいので自分で歩こうとしたが、小町に「無茶は駄目ですよ」押されて結局おんぶになった。自宅まで送って貰い、小町にお礼を述べ後は1人で何とかすると伝えたが聞いて貰えなかった。小町は少し怒った顔で
「そんな身体で家事できますか? 私がしますから、四季様は布団でお休みください」
口では強がったが、本音を言えば有り難かった。私は小町にお願いし、身の回りのお手伝いを頼んだ。後でお返しをしなければ、何をお返ししようか、そう考える暇もなく布団に入り、1分も立たないうちに私は眠りについてしまった。
目が覚めると小町が何か作っているのが見えた。私に気づいた小町から話しかけてきた
「おはようございます、まだ昼ですけどね。朝は忙しくて言い忘れていましたから」
そう言いながらお盆に土鍋を載せ運んできた。何だろうか、私は小町に問う。
「それは・・・」
「おかゆです。刺激が無いものですからね」
そう言い、土鍋の蓋を開け、湯気が上がる。熱々のおかゆを匙ですくい、小町はふーふーと軽くさましてから「四季様、あーんですよ」とからかうような満面の笑みで私の口へ近づける。しまった、小町はこれが狙いだったのか。しかし、頼んだ以上は小町に逆らえない。私は恥ずかしさで沸騰しそうだったがおかゆを口にした。美味しい、それは本当に何の変哲も無いおかゆで、小町が味付けを忘れたのか塩の味すらせず素の味だったが美味しかった。そういえば最近はそばしか口にしていなかった。おまけにそれを激辛にして食べていた。こんな普通の食事が久しかった。何故か分からぬが少し涙が溢れてしまう。
「もしかしてまだ熱かったですか」
私の涙に気づいた小町が心配な顔になる。
「大丈夫、思ったより熱くてちょっとね。ほら、まだまだあるから早くあーんして頂戴」
あーんのおかわりを所望されると思っていなかったのか小町は少し顔を赤らめ、少し言いずらそうに話し出す。
「あのー四季様も自分で食べられるようですし、さっきのはちょっとしたお遊びでして、正直なところあたいも恥ずかしくて・・・」
「何を言ってるのですか小町。お手伝いを申し出たのはあなたからですよ」
なんだ小町も恥ずかしいじゃないか、小町は恥ずかしそうに、またふーふーと冷ましてから匙を私の顔に近づける
「あーんがありませんよ」私は小町に容赦なく指摘する。
小町は顔を下に向け「あっ・・・あーんです」と恥ずかしさのあまり言葉を詰まらせ顔を隠した。
「ほらほら、元気がありませんよ小町」
結局食べ終わるまで小町から始めた茶番に付き合わせた。
◆
今週も閻魔としての仕事を終えた私は立ち食いそば屋に駆け込む。
いつも通りキツネ月見そばを注文する。そして箸の横にある唐辛子粉に手を伸ばす・・・のは止めた。横で小町がジロジロと見ている。
「四季様、だめですよ」小町は頬を膨らませて私に注意を促した。
あの日から小町は私に付きっきりだ。仕事は勿論、こうして今、仕事終わりの食事ですら付いてくる。それもあって仕事は早く終わる。そしてようやく仕事も落ち着いて最近は早く帰れるし体調も優れてきた。私は少し笑いながら答える。
「はいはい、分かっていますよ小町」
麺を啜る。そういえば先日倒れてから小町にお礼をしていないことを思い出した。確か明日は私も小町もお休みだ。
「小町、明日なのですが空いてますか?」
油揚げにかじろうとしていた小町は答える
「はぁ、何も予定ありませんけど」
「それは良かった。この前のお礼も兼ねて、明日は私の奢りでお昼良いかしら?」
小町は油揚げを箸から落として笑顔になる。
「本当ですか!? 四季様なら喜んでご一緒させて頂きます」
「それは良かった。私のお気に入りだから楽しみにしといてくださいね」
四季様のお気に入りですか、なお更楽しみですよ、と小町は言い子供みたいにはしゃいでいる。全く、小町ときたら、仕事終わりだというのに、どこからその元気がの湧くのだろうか、そこが好きなのだけど。さて、冷めないうちに、私は油揚げに箸を伸ばした。
おそばが食べたくなりました
短くもまとまっていて、テーマ性もあり、心温まる掌編でした。
そういう人選も含めて人間が描けていて良かったです
これ以上ないキャラチョイスでした
「なんでアンタは紅ショウガ山盛りの牛丼を食ってるんだ」
「『食べてみればわかる』ってトコかなァ…」
辛口はほどほどに、ですね。
実に良い関係のこまえーきでした!面白かったです!
文章が落ち着いた感じでそれでいて
映姫さまと小町が可愛く表現されていて好きです
あと、やっぱりこまえーきは最高なんだよなぁ
いざというときのこまっちゃん、頼りになるなあ。いい二人だ。
良かったです。