幻想郷の夜空は美しい。
空を遮る無粋な構造物はなく、木を見下ろせるほどの高度を翔べば、星の海を泳いでいるかのような錯覚すら覚えてしまう。
何より、外の世界よりも空気が澄んでいるからか、翔んでいてとても気持ちが良い。
なので菫子は、こうしてちょこちょこ夜の幻想郷に遊びに来ては、一人でふわりふわりと空を翔んでいた。
翔ぶことそのものに主眼が置かれているので、目的地は特に無い。
本格的に眠りにつく前の、ちょっとした夜の散歩。
そんなノリで、今日も菫子は翔んでいた。
幻想郷と外界とでは気候が違うらしく、体に当たる風が冷たい。彼女はマントを体へと巻きつけながら息を吐きつつ、眼下を眺める。
闇夜とは言うものの、完全な闇ではない。星々の瞬きや月の光によって地上は照らされ、そこそこ見える。そんな柔らかな闇が、外界では見ることができない闇が、彼女は好きだった。
暫し跳んでいると、ふわぁとあくびを一つ。そろそろ外界に戻って普通に眠ろうかな、そんなことを考えていると、視界にキラリと光る何かが見えた。
大きな森林の開けた場所に、明かりが見えたのだ。
草木も眠る丑三つ時……にはまだ早いものの、人里から離れたこの土地で、人工の明かりが見えるのもおかしな話で。
気になった菫子は高度を落として着地し、そこに近づくことにした。
何か良からぬ相手だった場合を考えて、息を殺して忍び足で歩く。
木の根っこにつまずきかけたり、顔が枝葉にぶつかったりしつつも、草をかき分けじっくり時間をかけて接近すると、小さなガヤのようなものが聞こえてきた。話し声は一つや二つではない。クラスに満ちる、大人数が吐き出すざわめき。
こんな時間帯のどんちゃん騒ぎだなんて、常識的には考えられない。
菫子の好奇心が、曝きたい気持ちが疼く。はやる気持ちを抑えながら、彼女は姿勢を低く保ち、茂みに隠れながら慎重に観察した。
「お祭、り……?」
校庭の半分ほどの広さがある開けた場所に、思い思いに屋台が並べられ、そこで有象無象が食べたり遊んだりしているのだ。
問題は、その有象無象だった。
頭から耳を生やしていたり、スカートから尻尾を覗かせたり、背中の羽を揺らしたり、どう見ても人型ですら無い何かも混ざっている。
言うなれば、ここは妖怪のお祭り広場だったのだ。
ざっと見たところ、人間は一人もいない。菫子はたじろいだ。妖怪がこんな催しをしている事自体が初耳だったからだ。
同族が集う宴というわけでもなさそう。なら、これは何が目的なのだ?
まさか、種族を超えた結託? 反乱?
であれば大変だ。一刻も早く霊夢さんに知らせなければならないし、自分が今何かやらかしてしまった場合、自己責任で対処しなければならない。
敵対する可能性がある存在は、ごまんといる。明らかに多勢に無勢だ。
菫子は見なかったことにしつつ、朝になったら霊夢さんに通報しちゃおうかなと考えながら、その場を離れようとする。
しかし、彼女には運がなかった。
誰に向けるでもない作り笑いを浮かべながらそそくさと退場しようとした、その時。
「あれー? 人間がこんなところをほっつき歩いているなんて、どういう風の吹き回しなんだろう?」
菫子の肩が、背後からガッチリと掴まれた。
「ヒィッ!」
反射的に大きな声が出かけるも、両の手で口を押さえて何とか押し殺す。聞こえてきた声は一つ。背後の気配も恐らく一つ。であれば、敵は一人である可能性が高い。ここで自分の存在が明らかになってしまうような行為をしてしまえば、敵が増えてしまうのは必然。自身の判断力に菫子は自画自賛した。
「ふん、背後から狙ってくるだなんて卑怯者ね」
「背中から近づかせようとする隙だらけな自分を呪いなさい」
軽口を叩いてみるも相手は動じず、手の力を更に強めてきた。手の大きさからして明らかに童女のようだが、その握力は菫子以上のもので。菫子はジリジリとした痛みに顔を歪めつつ歯を食いしばる。
背後の彼女は淡々と話しだした。
「人間が人間で好き勝手やってるように、妖怪も妖怪で好き勝手やってるの。人間に迷惑がかからない程度にね。だから、これを博麗の巫女に告げ口されると困るの」
「安心して。私は結構口が堅い方だから。岩ぐらいに」
ズレた眼鏡を直しつつ答えるも、背後の彼女はクスクス笑うばかりで。
「口だけは達者ね。そんなこと信じるわけないじゃん」
「じゃあ……どうするの?」
「決まってるじゃない」
彼女は口を菫子の耳元へ近づけて、怪しく囁いた。
「……貴方は取って食べても良い人類だわ」
息が耳たぶを撫で、菫子の背筋に冷たいものが走る。
外の世界の自分が起きてしまえば逃走成功なのだが、あいにくその気配がない。こうなったら、超能力で相手の指を折って怯んでいる隙に全速力で撤退するか……? いや、相手の実力が未知数だ。逆に好戦的になったらどうなるか分からない。
考えを巡らせていると、またも誰かが背後から声をかけてきた。
「お主、今すぐそやつから離れよ」
少し独特なその口調に、菫子は驚き、引っ掴んでいる彼女は明らかに動揺していた。
「こ、これはこれは主催者様。いまのセリフは、一体全体どういうことですか?」
「言葉のとおりじゃよ、ルーミア殿」
「何故ですか。こいつは人間ですよ? しかも最近巫女とつるんでいる奴だ。ここで始末しないと」
彼女が言った傍から手の力が一層強くなる。菫子は痛みで顔をしかめた。
「そやつは儂の子分の中でも新参ながら抜群に化け力が高くてのう。特別稽古として、ここまで人間に化けたまま来るよう命令しておいたのじゃ」
「え、狸だったの?」
どう嗅いでも人間の臭いなんだけどなぁ、とルーミアと呼ばれた妖怪はくんくんと鼻を利かせる。
「なんか釈然としないんだけどなぁ……。まあ、いいっか。ミスティアとかリグルとか待ってるだろうし」
不満げに近い独り言をルーミアはこぼしながら手を離し、菫子の前に躍り出る。
菫子が手の大きさから推察したとおり、童女のような姿。けれど、漂わせる雰囲気はどこか冷たく暗いものがあって。目の前の存在は正真正銘妖怪なんだなぁと、菫子がふいに思っていると、ルーミアは歯を見せ笑いながら言った。
「命拾いしたね、お姉さん」
その場でくるりと半回転すると、金髪に巻かれた紅いリボンと黒いスカートを揺らし、彼女はそのまま茂みの外へと駆けていった。
彼奴の姿が完全に群衆の中へと消えてから、菫子はホッと一息ついて、後ろを振り返る。
「マミチャンありがとうー!」
そこには、菫子と縁がある二ッ岩マミゾウの姿があった。彼女の姿を視認すると、菫子は笑みを浮かべながら感謝の言葉を言い、マミゾウに抱きついた。
「ほっほ、危なかったのう、す、スミちゃん」
「ホントよもー! なんにもしてないのに『貴方は食べても良い人類だわ』なーんて言ってくるのよ? 怖いっていうか、変質者よね!」
未だ呼びなれない彼女の愛称を口にして、しおらしさすら感じられた先程の態度からの豹変ぶりに驚きつつ、マミゾウは苦笑いを浮かべた。
「聞きたいことは山ほどあるんじゃが、ここでの立ち話もなんじゃし、祭り……いや、ふぇすてぃばるを見に行かんか?」
「フェスティバル?」
「そう、ふぇすてぃばる」
突然出てきた意外な横文字に、菫子は目をしばたたかせた。
◆
彼女達は深秘異変の後にも交流が続いていた。
特に菫子はマミゾウに対し、結果的に罠に嵌める為の策略だったわけだが、生身で幻想郷へ行くための手助けをしてくれたことに関しては恩を感じていた。
マミゾウもまた、外界との直接的なコネクションを維持する上で、菫子との友好関係を続けることは有益だと判断している。
そんな彼女たちは肩を並べ、雑多な妖怪達の群れに紛れて歩いていた。
露店に群がり、少人数で固まって歩き、ビールを呑んでいる様子は、時々肩が触れてしまう程の距離を歩く異形のものを除けば、至って普通のお祭りに見えてしまって。
チグハグな状況を、菫子は好奇心半分恐怖心半分と言った様子できょろきょろと周囲を見渡していた。
「物珍しいかえ?」
「うん。この前の博麗神社の宴会でも、こんな数の妖怪は見かけなかったから」
マミゾウは菫子の言葉に苦笑しながら答える。
「妖怪退治を生業としている巫女の神社に妖怪が集まってくること自体、そもそもおかしい気もするんじゃが……。確かにこの規模で集うのは幻想郷でも稀じゃよ。時にスミちゃん、どうやってここを見つけたんじゃ?」
「たまたまよ、たまたま。気分転換に夜のお散歩ってことでフラフラと飛んでたら、明かりが見えて、気になったから近づいてみたの。そしたら、妖怪がたくさんいて、ひえーって驚いちゃって」
身振り手振りを交えて話す彼女の様子からして、嘘を話しているようではない。マミゾウは頭を抑えながら言った。
「迂闊じゃった……。人払いの結界は張っておいたはずなんじゃがのう……」
「やっぱり、私みたいな人間がここに紛れ込むのはマズかった?」
「想定外じゃよ」
「えへへ、ごめんなさい」
笑みを浮かべ頬をかきながら菫子は小さく謝った。マミゾウはため息をつき、懐から葉っぱを取り出して菫子に差し出した。
「これを持ってなさい」
「なにこれ?」
それを摘んでひらひらさせながら菫子は聞く。
「一見ただの木の葉じゃが、それにはちょっとした仕掛けが施してあっての。我が同族 でなくとも、対象を化けさせることが出来る優れものじゃ。ただし、使える回数は一回のみ。もし、今度またこういう催しに近づいてしまい、その時下賤な妖怪に絡まれそうになったら使うんじゃぞ?」
「おー、ありがと」
「いたずらで使ったりせぬようにな」
「わかってるって」
菫子が木の葉をポケットに仕舞うと、香ばしい匂いが鼻を突いた。どうやら食べ物を扱う屋台が多いゾーンに来たようだ。
匂いといえば、菫子は先程の金髪妖怪に言われたことを思い出し、一つの疑問が浮かんだ。
「さっき『人間の臭いがする』って言われたんだけど、妖怪はそういう臭いが嗅ぎ分けられるの?」
「種族によっては可能じゃろうが、妖怪が感知出来るものと言えば、大抵は人間の雰囲気じゃよ。あやつ――ルーミアと呼ばれているあの妖怪も、恐らく雰囲気を差して言ったんじゃろうな」
「だとすると、私が人間だって周りの妖怪にバレたりしない?」
「儂の雰囲気で希釈しておるのじゃよ。……決して儂が匂うわけじゃないからの? 勘違いせぬようにな?」
「う、うん」
別にそんなこと一ミリも思っていないけれどとつぶやこうとしたものの、真剣な表情のマミゾウに軽く圧倒され、菫子は小さく頷くしか無かった。すると、彼女の視界の隅に、美味しそうな焼き鳥屋さんが映った。
顔をパァッと輝かせながら、菫子はマミゾウにせがむ。
「ねえねえマミちゃん、私焼き鳥食べたーい」
「え……まあ良いじゃろう。ただし、今日のことを誰にも話さないと約束するなら、じゃ」
「わかってるって。マミちゃんに嫌われたくないしねー。あ、ねぎまで」
「本当に大丈夫じゃろうな……? そこのお主、ねぎまと、そうじゃな、ビール瓶を一本ずつ頼む」
マミゾウに声をかけられた妖怪――山童は、へいと返事をすると、炭火焼きされた熱々のねぎまと、冷たく冷やされたビール瓶を差し出した。マミゾウは懐から小銭を渡し、受け取る。
菫子は笑顔を浮かべながらねぎまを手にし、夢中で口に頬張る。年頃の若者に共通する体重増加への恐怖心は、彼女には無かった。
落ちそうになるほっぺたを押さえながら、改めて周りを見渡す。
「にしても、本当に外界のお祭りみたいだわ……。あ、外界と言えば。マミちゃん、今度は何時頃こっちに遊びに来るの?」
二人は都合が合えば外の世界でも交流していた。菫子にとってその時間はとても有意義なもので、幻想郷でマミゾウと逢う度にまた遊ぼうとせがんでいた。
けれど彼女の思いに反して、マミゾウからの返事は良いものではなかった。
「雪解けまではちょっと厳しいかもしれぬのう」
「雪解けって……春? えー!? なんでそんな期間が空いちゃうの?」
「部下の教育とかもあるんじゃが、何より、結界を超えるのがちょいとキツくなるんじゃよ」
「冬の時期に?」
「うぬ。管理人は冬眠する質でのう、一見すると冬の時期は薄くなりそうなんじゃが、それが逆に行き来しにくくなるんじゃよ」
従者がご主人様の分まで張り切るからなんじゃろか、と呟きながらマミゾウはビールをぐいっと飲む。
「冬眠するんですか……。というか、それだと私も行き来しにくくなりそうじゃないですか?」
「それは心配せんで良い。お主と儂とでは渡る方法が違うからな」
「ところで、マミちゃんはどうやってこっち来てるの?」
「それは企業秘密じゃ」
怪しく微笑みながら人差し指を立て口元に当て、誤魔化す。菫子がこの手の質問をすると、マミゾウは決まって煙に巻くのだ。
始めこそ菫子は臆せず何度も同じ質問をぶつけていたが、最近では半ば諦めている。
やっぱりね、と彼女がつぶやいていると、周りのざわめきが一層大きくなった。まさか、自分が人間であることがバレた? 菫子はマミゾウに体をすり寄せつつ辺りを警戒する。
「なになに!? 私は無害よー!」
「そろそろ始まる時間じゃったか。スミちゃん、せっかくだから見ていくかの?」
「え、ちょっと、うわぁ!」
マミゾウは菫子の手を掴むと、スルリスルリと人混みをかき分けていく。足をもつれさせながらも、菫子は何とか地面を蹴って彼女の後へついていく。少しの間早足で駆けると、マミゾウが立ち止まり、前方を指差して呟いた。
「うむ、ここらへんでよいかの」
菫子がつられて目線を向けると、そこにはステージのようなものが作られていた。暗闇に包まれていたが、次の瞬間に上部のライトが光り、舞台に立つ二人の姿を映し出していた。
黒を基調とした洋服に身を包み、サングラスを掛けたその姿は、まさにパンクユニットそのもので。
そのさまは、まるでテレビの中でしか見たことがないライブステージ。幻想郷でこんなものが見られるとは思っていなかった菫子は、驚きの余り口が開きっぱなしになった。
背中から羽を生やしている妖怪がギターの調整をしている姿を後方に、頭から耳を生やしている妖怪が一歩前に出て、叫ぶ。
「ヤッホー! みんな、盛り上がってるかーい!」
お腹に響くような、とんでもない爆音。かと思うと、周囲の観客からそれに負けないぐらいの拍手と声援が飛び出した。
あっけにとられている菫子など当然視界に映っていない彼女は、マイクも使わず観客に宣言する。
「今日は半年に一度のアングラフェスタ! 私達の美声に酔いしれるも良し、私達と一緒に日々の不満をぶちまけるのも良し! 今宵は感情むき出しで、いこうじゃないか!」
羽を生やした妖怪も前に出て、耳を生やした妖怪へ目配せをする。
「最初を飾るのは私達、鳥獣伎楽! メンバーは私、幽谷響子とミスティア・ローレライの二人! 強制解散は三桁! 伝えたい想いは幾星霜! 数多の障害乗り越えて、お前らに届けるぜ! 最高の叫びを! 一曲目、感情の摩天楼 ~ Cosmic Mind!」
高らかな曲名宣言を合図に、ミスティアが激しくギターを掻き鳴らし、旋律に合わせて響子が喉を震わせる。
音響機器は全く見当たらないのに、離れたマミゾウと菫子の元まで届くのは妖怪のなせる技か。だが、必要以上に音量が大きいと、菫子は感じていた。リズム感やメロディよりも、声の大きさに比重をおいているのではと思わずにはいられない。
それ以上に驚くべきは、かき消されないようにと言わんばかりに投げかけられる歓声。
音の奔流に菫子は揺さぶられながら呟く。
「な、中々尖ってますね」
「最初は聞くに堪えないノイズ混じりの爆音じゃったんだが、儂が目をつけてプロデュースし、少しは音楽としての体制を整えてみたんじゃ」
一応気を使って言ったのは正解だったと菫子は胸をなでおろすも、マミゾウから正直に言ってもよいのじゃよ? と伝えられ、すぐさま本心を吐き出した。
「こんな音楽を聴きにみんな集まってたんですか!? おかしいでしょ! 絶対耳がおかしくなっちゃいますって!」
「無論、単純に聴きに来たわけではないぞい。奴らのことをもっとよく見てみろ」
マミゾウにそう言われ、観客を見てみるも、有象無象ががなりたてているようにしか見えない。菫子はげーっという表情を浮かべながら呟いた。
「各々が好き勝手に騒いでるだけじゃん」
不満げな彼女の隣で、分かってないなぁと言いたげな表情を浮かべながらマミゾウは答える。
「ソコが大事なんじゃよ。此処に集まっている者の大半は、普段は群れることも出来ない、妖怪の中でも地位の低い、あんぐらな奴らばかりでのう。そいつらは弱く、ガス抜きの仕方すら知らん。下手に暴れれば、霊夢殿にたちまち退治されてしまうじゃろう。そうなると復活も難しい。だからこうして、不用意な衝突で人妖双方が不利益を被る結果にならぬよう、上手いこと考えたんじゃよ。ちなみにこの催しの正式名は『アンダーグラウンドフェスティバル』。参加者はライブを聞いて盛り上がり、不平不満を解消する。儂ら主催者側はショバ代で儲かる。一石二鳥じゃ」
「つーまーりー、ストレス発散場ってことか」
確かに、飛んで跳ねて声を張り上げれば、少しは気が紛れるかもしれない。が、菫子にとってこの類の物は余り好きではなかった。
こういうものは集団行動を是とするような奴らが好むもので、自身のような孤高で静謐な者には程遠いものだ、と。
菫子が冷めた目線を浮かべる隣で、マミゾウはステージ上で演奏する彼女たち――いつの間にか白いジャケットを羽織った妖怪が鳥獣伎楽の後でドラムを叩いている――を差して言う。
「スミちゃんも馬鹿騒ぎをして、日頃の鬱憤を晴らしてみるか?」
「いやー、私は妹紅との特訓で体を動したりするほうが発散になるからヘーキ。それにしても、意外だわ。妖怪なんてどいつもこいつも自由に好き放題暴れてるものだと思ってた」
「それでは無法地帯と化してしまうじゃろうに。力ある者は秩序を重んじるものじゃ。目先の欲にくらむようじゃ、まだまだ」
「これは小銭稼ぎじゃないの?」
「金儲けも大事じゃが、メインの目的ではないからのう」
かかとマミゾウが笑っていると、群衆をかき分けて、何者かが彼女の傍に近づいてきた。どうやら彼女の子分らしく、その表情は切迫していた。そいつはマミゾウの服を執拗に引っ張り、注意を自身へと向けさせる。
「おうおうどうした、耳を貸せと? ふむ、……え、彼奴が?」
報告を受け、マミゾウが驚いたような表情を浮かべながらステージを見る。すると突然、演奏していたその場に何者かが乱入したのだ。
頭部から二本の小さな角を生やし、所々ボロボロな服を纏っているそいつは演奏者を無理やりどかすと、大声で何かを喚き散らし始めた。
だが、距離が離れすぎている所為か、菫子らの場所までは声が歓声にかき消され、よく聞こえてこない。
マミゾウは頭を抱えながらフワリと舞い、別の意味で騒がしくなっているステージ上へと直行した。
「――ってんだろ! たく、わからず屋の雑魚共が! ……お、これはこれは、二ッ岩殿。如何様で?」
「大事な催しに虫が入りこんだようでのう、駆除しにまいった」
片腕を軽く上げつつマミゾウは返答する。それを無視して乱入者――鬼人正邪は噛み付く。
「へっ、あの時は手助けしてくれた癖に。負けたらすーぐ切り捨てる。強者はいつもそうだ。反吐が出る」
「あれからあっけなく捕まって、身ぐるみを剥がされ、随分と小物になってしまったのう。哀れじゃ。もう少し上手いことやってくれると期待していたんじゃが」
「好き勝手に期待寄せてんじゃねぇ! なら、私も好きにやらせてもらうぞ!」
言い終わるや否や、ステージを蹴り、両手を彼女の首へと伸ばす。同時に、マミゾウが腕を下ろし、それを合図に部下の狸達が正邪へと飛びかかる。
「所詮雑魚……なっ」
狸の山を一匹ずつ抱きかかえながら退かすと、そこに奴の姿はなく、身代わり地蔵がごろりと転がっていた。マミゾウがしきりにあたりを見渡すも、影一つ見えない。
「マミちゃん! 上!」
観客をかき分けステージに近づいていた菫子が、天を差し叫ぶ。マミゾウが上空へと視線を向けると、飛んで逃げる正邪の姿があった。彼女は響子に近づいて素早く耳打ちすると、追うように地面を蹴って飛翔した。
「あー、はい、観客のみなさーん! なんか乱入しましたけど、続行するように言われたので、気にせず行きましょー! ではここからは、プリズムリバー三姉妹と共にスペシャルアンサンブルを――」
どよめきが再び歓声へと戻る前に、菫子は有象無象の隙間を通り抜けて林の方へ抜けると、地面を蹴って空へと翔んだ。
◆
鬼人正邪は幻想郷全土の追っ手から逃げていたものの、とうとう捕まり、道具は取り上げられ、こっぴどく絞られた後、監視下におかれた。けれどその監視の眼をくぐり抜け、奴はまたも逃げだしていた。
しかし、小槌の魔力は既に回収され、脅威とまではいかないと判断されたのか、手配書が配られることもなく、誰も本気でとっ捕まえようとは考えていなかった。
が、それとこれとは話は別。催しを邪魔された落とし前はつけてもらわねば。マミゾウは正邪を拘束すべく、一気に正邪の上空へ躍り出ると、スペルカードを展開した。
「壱番勝負『霊長化弾幕変化』!」
彼女から全方位弾が放たれ、直後に人間の形に変化すると、黄色い自機狙い弾を正邪めがけて射出。上へ上へと向かっていた正邪は急停止すると、ポケットから市松模様の布を取り出し、身を包んだ。すると、弾は彼女を素通りし、通り抜けてしまった。
その不思議な道具に、マミゾウは見覚えがあった。
「先程の地蔵にひらり布……お主、どこでそれを」
「一部だが取り返したんだよ。戸締まりぐらいしておけって阿呆共に注意喚起でもしとくんだな!」
舌を出し挑発すると、呪いのデコイ人形を使ってショットをばら撒きつつ、マミゾウへと接近する。
「不可能弾幕は置いてきたんじゃが、別のとっておきを使ってやろう。『ワイルドカーペット』!」
カードを切ると、犬型弾と鳥型弾が正邪めがけて四方八方から波のように押し寄せる。けれど奴は動じること無く、デコイ人形から天狗のトイカメラへと持ち替え、弾幕を切り取りながら進む。
その時、上昇していた菫子が視界に彼女たちを捉えた。加勢しようとスペルカードを口走りかけた刹那、正邪の背中にキラリと光る球状の物体が見えた。注視すると、それは巨大な爆弾のようなもので。きっとアイツは、それをマミちゃん目掛けてぶん投げるのだろう。菫子は注意を逸らさせる為にカードを切った。
「念力『パワーポールランサー』!」
電柱をアポートし、サイコキネシスで加速させ、槍のように投擲する。
単純明快でまっすぐな弾幕。正邪はギリギリの距離でそれを察知し、クルリと回転しながら回避を試みる。電柱は激突すること無く奴の直ぐ側を通過した。
「しまっ」
しかし、回避のために体勢を崩してしまった影響で、背中に隠し持っていた四尺マジックボムが正邪の手の内からスルリと抜け落ちた。正邪が声を漏らし、手を伸ばすも、落下速度のほうが遥かに早く。少ししてボムは爆発し、空に巨大な華が咲いた。
正邪は苦々しい表情を浮かべながら、下方の菫子を睨みつけ、喚く。
「邪魔してんじゃねぇぞ!」
トイカメラをかなぐり捨て、隙間の折りたたみ傘を振り回したかと思うと、正邪の姿が消えた。
恐れをなして逃げたのだろうか、と菫子が首を傾げていると、マミゾウが上空から急降下しながら叫ぶ。
「背後じゃ!」
咄嗟に振り向くと、
「頭を潰してやる!」
そこには、レプリカの打ち出の小槌を振りかぶる正邪の姿があった。背後をとられるのは今日でこれが二回目だなと菫子は考えながら、マンホールの蓋をアポートし、受け止める。
「変化『二ッ岩家の裁き』!」
直後、駆けつけたマミゾウがスペルカードを宣言し、小槌を受け止められて動きが止まっていた正邪に食らわせる。彼女の体が煙に包まれたかと思うと、鳥類に変化し、ゴァーゴァーと鳴きながら地上へと落下していった。
「五位鷺。青白く光ってくれたら、発見するのも楽なんじゃがのう」
マミゾウは小さく息を吐くと、兎型の弾を射出し、メモ用の木の葉を貼り付け、地上へと送る。これで部下に命令が伝わり、彼奴もすぐに捕まるだろう。
「大丈夫じゃったか?」
手配を済ませた後、彼女は菫子に話しかけた。手をヒラヒラと揺らしながら、菫子は答える。
「ハンマーの攻撃で手がしびれたけど、平気。それより、ごめんなさい。足手まといになっちゃったかな」
「そんなことないぞい。ないすふぉろーじゃった」
「ありがと。ところで、彼女はなんて妖怪なの?」
霊夢さんや早苗は大幣を、魔理沙さんはミニ八卦炉と、道具を駆使して闘う者は菫子の周りによくいる。だが、複数所持し、用途別に駆使するスタイルは見たこともない戦法だったので、彼女は気になっていた。
「天邪鬼じゃよ。因みに使っていたものは反則アイテムじゃ。普通にルール違反じゃから、真似したらいかんぞい」
「なるほど。にしても、彼女も可哀想ね、天邪鬼として好き勝手しようとしたら、あんな仕打ちを受けちゃうんだもん」
落下していった方向を見ながら、菫子はそう呟く。
「強者のルールに従えぬ者は、爪弾きされてしまう。この場合、儂という強者に、彼奴は拒絶されたということじゃ」
「アングラなら誰でもウェルカムな催しじゃなかったの?」
菫子の疑問に対し、マミゾウは煙管を取り出し、一服吸ってから言葉を返す。
「催しの目的は、妖怪の……とりわけ、儂らの種族に近い者や、どの勢力にも属さない下層な奴らの活性化じゃ。妖怪の勢力争いで大切なのは何より地盤固めじゃからのう」
「勢力、争い?」
「妖怪同士で、人間には――霊夢殿には迷惑がかからぬ範囲で、な」
「……まるで陣取りゲームみたい」
「そうじゃ。弱者なんぞ、強者というプレイヤーの駒に過ぎぬ」
ひどく冷たい言葉に、菫子は若干呆気にとられた。
「幻想郷って、誰にとっても楽園だと思ってた」
マミゾウは淡々と言葉を続ける。
「ここは強者が、特別な者が、上に立つ者が、正義であり絶対なんじゃよ。お主はその特別な層としか関わっていないから、そう感じていたのじゃろう」
カースト制度が強固に存在しているのは、外の世界と変わらない、という事なのか。その事実が、菫子にとってはなんだか哀しく思えてならなかった。
抱いた想いが表情に出ていたらしく、マミゾウは小さく微笑みつつ、気を使ったように優しい口調で彼女に声をかけた。
「幻滅したかえ?」
「別に、そういうわけじゃ」
「なーに、お主には関係ない話じゃて」
そう微笑まれても、と菫子は思う。
自分が楽園だと思いこんでいた世界が、自分の見えないところで、仲良くしている特別な層によって維持されている。それは、わざと自分の目から隠されているような印象を受け、胸が少しざわめく。
このざわめきは、もどかしさから来るものなのだろうか。自分が秘封倶楽部だから――隠されたものを曝きたいという思いからくるモノなのなのだろうか。
菫子は、小さくひとりごちる。
「霊夢さんたちも、私に隠れて何かやってるのかな」
「人に言えないことなんてたくさんあるじゃろうに。スミちゃんもそうじゃろう?」
「確かにそうだけど……」
「秘封倶楽部 も大変そうじゃな。そういったものも曝きたくなってしまうのじゃろう? はてさて、その先には、一体何が残っているのかのう」
「……」
マミゾウの問いに、菫子は答えるすべを持っていなかった。
夢なら夢のままで、綺麗なままであって欲しい。
しかしそれは、秘封倶楽部という看板が許さないだろう。
私は――。
あぐねている彼女の体を、風が強く打ち付ける。
それは、普段よりも冷たく感じられた。
空を遮る無粋な構造物はなく、木を見下ろせるほどの高度を翔べば、星の海を泳いでいるかのような錯覚すら覚えてしまう。
何より、外の世界よりも空気が澄んでいるからか、翔んでいてとても気持ちが良い。
なので菫子は、こうしてちょこちょこ夜の幻想郷に遊びに来ては、一人でふわりふわりと空を翔んでいた。
翔ぶことそのものに主眼が置かれているので、目的地は特に無い。
本格的に眠りにつく前の、ちょっとした夜の散歩。
そんなノリで、今日も菫子は翔んでいた。
幻想郷と外界とでは気候が違うらしく、体に当たる風が冷たい。彼女はマントを体へと巻きつけながら息を吐きつつ、眼下を眺める。
闇夜とは言うものの、完全な闇ではない。星々の瞬きや月の光によって地上は照らされ、そこそこ見える。そんな柔らかな闇が、外界では見ることができない闇が、彼女は好きだった。
暫し跳んでいると、ふわぁとあくびを一つ。そろそろ外界に戻って普通に眠ろうかな、そんなことを考えていると、視界にキラリと光る何かが見えた。
大きな森林の開けた場所に、明かりが見えたのだ。
草木も眠る丑三つ時……にはまだ早いものの、人里から離れたこの土地で、人工の明かりが見えるのもおかしな話で。
気になった菫子は高度を落として着地し、そこに近づくことにした。
何か良からぬ相手だった場合を考えて、息を殺して忍び足で歩く。
木の根っこにつまずきかけたり、顔が枝葉にぶつかったりしつつも、草をかき分けじっくり時間をかけて接近すると、小さなガヤのようなものが聞こえてきた。話し声は一つや二つではない。クラスに満ちる、大人数が吐き出すざわめき。
こんな時間帯のどんちゃん騒ぎだなんて、常識的には考えられない。
菫子の好奇心が、曝きたい気持ちが疼く。はやる気持ちを抑えながら、彼女は姿勢を低く保ち、茂みに隠れながら慎重に観察した。
「お祭、り……?」
校庭の半分ほどの広さがある開けた場所に、思い思いに屋台が並べられ、そこで有象無象が食べたり遊んだりしているのだ。
問題は、その有象無象だった。
頭から耳を生やしていたり、スカートから尻尾を覗かせたり、背中の羽を揺らしたり、どう見ても人型ですら無い何かも混ざっている。
言うなれば、ここは妖怪のお祭り広場だったのだ。
ざっと見たところ、人間は一人もいない。菫子はたじろいだ。妖怪がこんな催しをしている事自体が初耳だったからだ。
同族が集う宴というわけでもなさそう。なら、これは何が目的なのだ?
まさか、種族を超えた結託? 反乱?
であれば大変だ。一刻も早く霊夢さんに知らせなければならないし、自分が今何かやらかしてしまった場合、自己責任で対処しなければならない。
敵対する可能性がある存在は、ごまんといる。明らかに多勢に無勢だ。
菫子は見なかったことにしつつ、朝になったら霊夢さんに通報しちゃおうかなと考えながら、その場を離れようとする。
しかし、彼女には運がなかった。
誰に向けるでもない作り笑いを浮かべながらそそくさと退場しようとした、その時。
「あれー? 人間がこんなところをほっつき歩いているなんて、どういう風の吹き回しなんだろう?」
菫子の肩が、背後からガッチリと掴まれた。
「ヒィッ!」
反射的に大きな声が出かけるも、両の手で口を押さえて何とか押し殺す。聞こえてきた声は一つ。背後の気配も恐らく一つ。であれば、敵は一人である可能性が高い。ここで自分の存在が明らかになってしまうような行為をしてしまえば、敵が増えてしまうのは必然。自身の判断力に菫子は自画自賛した。
「ふん、背後から狙ってくるだなんて卑怯者ね」
「背中から近づかせようとする隙だらけな自分を呪いなさい」
軽口を叩いてみるも相手は動じず、手の力を更に強めてきた。手の大きさからして明らかに童女のようだが、その握力は菫子以上のもので。菫子はジリジリとした痛みに顔を歪めつつ歯を食いしばる。
背後の彼女は淡々と話しだした。
「人間が人間で好き勝手やってるように、妖怪も妖怪で好き勝手やってるの。人間に迷惑がかからない程度にね。だから、これを博麗の巫女に告げ口されると困るの」
「安心して。私は結構口が堅い方だから。岩ぐらいに」
ズレた眼鏡を直しつつ答えるも、背後の彼女はクスクス笑うばかりで。
「口だけは達者ね。そんなこと信じるわけないじゃん」
「じゃあ……どうするの?」
「決まってるじゃない」
彼女は口を菫子の耳元へ近づけて、怪しく囁いた。
「……貴方は取って食べても良い人類だわ」
息が耳たぶを撫で、菫子の背筋に冷たいものが走る。
外の世界の自分が起きてしまえば逃走成功なのだが、あいにくその気配がない。こうなったら、超能力で相手の指を折って怯んでいる隙に全速力で撤退するか……? いや、相手の実力が未知数だ。逆に好戦的になったらどうなるか分からない。
考えを巡らせていると、またも誰かが背後から声をかけてきた。
「お主、今すぐそやつから離れよ」
少し独特なその口調に、菫子は驚き、引っ掴んでいる彼女は明らかに動揺していた。
「こ、これはこれは主催者様。いまのセリフは、一体全体どういうことですか?」
「言葉のとおりじゃよ、ルーミア殿」
「何故ですか。こいつは人間ですよ? しかも最近巫女とつるんでいる奴だ。ここで始末しないと」
彼女が言った傍から手の力が一層強くなる。菫子は痛みで顔をしかめた。
「そやつは儂の子分の中でも新参ながら抜群に化け力が高くてのう。特別稽古として、ここまで人間に化けたまま来るよう命令しておいたのじゃ」
「え、狸だったの?」
どう嗅いでも人間の臭いなんだけどなぁ、とルーミアと呼ばれた妖怪はくんくんと鼻を利かせる。
「なんか釈然としないんだけどなぁ……。まあ、いいっか。ミスティアとかリグルとか待ってるだろうし」
不満げに近い独り言をルーミアはこぼしながら手を離し、菫子の前に躍り出る。
菫子が手の大きさから推察したとおり、童女のような姿。けれど、漂わせる雰囲気はどこか冷たく暗いものがあって。目の前の存在は正真正銘妖怪なんだなぁと、菫子がふいに思っていると、ルーミアは歯を見せ笑いながら言った。
「命拾いしたね、お姉さん」
その場でくるりと半回転すると、金髪に巻かれた紅いリボンと黒いスカートを揺らし、彼女はそのまま茂みの外へと駆けていった。
彼奴の姿が完全に群衆の中へと消えてから、菫子はホッと一息ついて、後ろを振り返る。
「マミチャンありがとうー!」
そこには、菫子と縁がある二ッ岩マミゾウの姿があった。彼女の姿を視認すると、菫子は笑みを浮かべながら感謝の言葉を言い、マミゾウに抱きついた。
「ほっほ、危なかったのう、す、スミちゃん」
「ホントよもー! なんにもしてないのに『貴方は食べても良い人類だわ』なーんて言ってくるのよ? 怖いっていうか、変質者よね!」
未だ呼びなれない彼女の愛称を口にして、しおらしさすら感じられた先程の態度からの豹変ぶりに驚きつつ、マミゾウは苦笑いを浮かべた。
「聞きたいことは山ほどあるんじゃが、ここでの立ち話もなんじゃし、祭り……いや、ふぇすてぃばるを見に行かんか?」
「フェスティバル?」
「そう、ふぇすてぃばる」
突然出てきた意外な横文字に、菫子は目をしばたたかせた。
◆
彼女達は深秘異変の後にも交流が続いていた。
特に菫子はマミゾウに対し、結果的に罠に嵌める為の策略だったわけだが、生身で幻想郷へ行くための手助けをしてくれたことに関しては恩を感じていた。
マミゾウもまた、外界との直接的なコネクションを維持する上で、菫子との友好関係を続けることは有益だと判断している。
そんな彼女たちは肩を並べ、雑多な妖怪達の群れに紛れて歩いていた。
露店に群がり、少人数で固まって歩き、ビールを呑んでいる様子は、時々肩が触れてしまう程の距離を歩く異形のものを除けば、至って普通のお祭りに見えてしまって。
チグハグな状況を、菫子は好奇心半分恐怖心半分と言った様子できょろきょろと周囲を見渡していた。
「物珍しいかえ?」
「うん。この前の博麗神社の宴会でも、こんな数の妖怪は見かけなかったから」
マミゾウは菫子の言葉に苦笑しながら答える。
「妖怪退治を生業としている巫女の神社に妖怪が集まってくること自体、そもそもおかしい気もするんじゃが……。確かにこの規模で集うのは幻想郷でも稀じゃよ。時にスミちゃん、どうやってここを見つけたんじゃ?」
「たまたまよ、たまたま。気分転換に夜のお散歩ってことでフラフラと飛んでたら、明かりが見えて、気になったから近づいてみたの。そしたら、妖怪がたくさんいて、ひえーって驚いちゃって」
身振り手振りを交えて話す彼女の様子からして、嘘を話しているようではない。マミゾウは頭を抑えながら言った。
「迂闊じゃった……。人払いの結界は張っておいたはずなんじゃがのう……」
「やっぱり、私みたいな人間がここに紛れ込むのはマズかった?」
「想定外じゃよ」
「えへへ、ごめんなさい」
笑みを浮かべ頬をかきながら菫子は小さく謝った。マミゾウはため息をつき、懐から葉っぱを取り出して菫子に差し出した。
「これを持ってなさい」
「なにこれ?」
それを摘んでひらひらさせながら菫子は聞く。
「一見ただの木の葉じゃが、それにはちょっとした仕掛けが施してあっての。
「おー、ありがと」
「いたずらで使ったりせぬようにな」
「わかってるって」
菫子が木の葉をポケットに仕舞うと、香ばしい匂いが鼻を突いた。どうやら食べ物を扱う屋台が多いゾーンに来たようだ。
匂いといえば、菫子は先程の金髪妖怪に言われたことを思い出し、一つの疑問が浮かんだ。
「さっき『人間の臭いがする』って言われたんだけど、妖怪はそういう臭いが嗅ぎ分けられるの?」
「種族によっては可能じゃろうが、妖怪が感知出来るものと言えば、大抵は人間の雰囲気じゃよ。あやつ――ルーミアと呼ばれているあの妖怪も、恐らく雰囲気を差して言ったんじゃろうな」
「だとすると、私が人間だって周りの妖怪にバレたりしない?」
「儂の雰囲気で希釈しておるのじゃよ。……決して儂が匂うわけじゃないからの? 勘違いせぬようにな?」
「う、うん」
別にそんなこと一ミリも思っていないけれどとつぶやこうとしたものの、真剣な表情のマミゾウに軽く圧倒され、菫子は小さく頷くしか無かった。すると、彼女の視界の隅に、美味しそうな焼き鳥屋さんが映った。
顔をパァッと輝かせながら、菫子はマミゾウにせがむ。
「ねえねえマミちゃん、私焼き鳥食べたーい」
「え……まあ良いじゃろう。ただし、今日のことを誰にも話さないと約束するなら、じゃ」
「わかってるって。マミちゃんに嫌われたくないしねー。あ、ねぎまで」
「本当に大丈夫じゃろうな……? そこのお主、ねぎまと、そうじゃな、ビール瓶を一本ずつ頼む」
マミゾウに声をかけられた妖怪――山童は、へいと返事をすると、炭火焼きされた熱々のねぎまと、冷たく冷やされたビール瓶を差し出した。マミゾウは懐から小銭を渡し、受け取る。
菫子は笑顔を浮かべながらねぎまを手にし、夢中で口に頬張る。年頃の若者に共通する体重増加への恐怖心は、彼女には無かった。
落ちそうになるほっぺたを押さえながら、改めて周りを見渡す。
「にしても、本当に外界のお祭りみたいだわ……。あ、外界と言えば。マミちゃん、今度は何時頃こっちに遊びに来るの?」
二人は都合が合えば外の世界でも交流していた。菫子にとってその時間はとても有意義なもので、幻想郷でマミゾウと逢う度にまた遊ぼうとせがんでいた。
けれど彼女の思いに反して、マミゾウからの返事は良いものではなかった。
「雪解けまではちょっと厳しいかもしれぬのう」
「雪解けって……春? えー!? なんでそんな期間が空いちゃうの?」
「部下の教育とかもあるんじゃが、何より、結界を超えるのがちょいとキツくなるんじゃよ」
「冬の時期に?」
「うぬ。管理人は冬眠する質でのう、一見すると冬の時期は薄くなりそうなんじゃが、それが逆に行き来しにくくなるんじゃよ」
従者がご主人様の分まで張り切るからなんじゃろか、と呟きながらマミゾウはビールをぐいっと飲む。
「冬眠するんですか……。というか、それだと私も行き来しにくくなりそうじゃないですか?」
「それは心配せんで良い。お主と儂とでは渡る方法が違うからな」
「ところで、マミちゃんはどうやってこっち来てるの?」
「それは企業秘密じゃ」
怪しく微笑みながら人差し指を立て口元に当て、誤魔化す。菫子がこの手の質問をすると、マミゾウは決まって煙に巻くのだ。
始めこそ菫子は臆せず何度も同じ質問をぶつけていたが、最近では半ば諦めている。
やっぱりね、と彼女がつぶやいていると、周りのざわめきが一層大きくなった。まさか、自分が人間であることがバレた? 菫子はマミゾウに体をすり寄せつつ辺りを警戒する。
「なになに!? 私は無害よー!」
「そろそろ始まる時間じゃったか。スミちゃん、せっかくだから見ていくかの?」
「え、ちょっと、うわぁ!」
マミゾウは菫子の手を掴むと、スルリスルリと人混みをかき分けていく。足をもつれさせながらも、菫子は何とか地面を蹴って彼女の後へついていく。少しの間早足で駆けると、マミゾウが立ち止まり、前方を指差して呟いた。
「うむ、ここらへんでよいかの」
菫子がつられて目線を向けると、そこにはステージのようなものが作られていた。暗闇に包まれていたが、次の瞬間に上部のライトが光り、舞台に立つ二人の姿を映し出していた。
黒を基調とした洋服に身を包み、サングラスを掛けたその姿は、まさにパンクユニットそのもので。
そのさまは、まるでテレビの中でしか見たことがないライブステージ。幻想郷でこんなものが見られるとは思っていなかった菫子は、驚きの余り口が開きっぱなしになった。
背中から羽を生やしている妖怪がギターの調整をしている姿を後方に、頭から耳を生やしている妖怪が一歩前に出て、叫ぶ。
「ヤッホー! みんな、盛り上がってるかーい!」
お腹に響くような、とんでもない爆音。かと思うと、周囲の観客からそれに負けないぐらいの拍手と声援が飛び出した。
あっけにとられている菫子など当然視界に映っていない彼女は、マイクも使わず観客に宣言する。
「今日は半年に一度のアングラフェスタ! 私達の美声に酔いしれるも良し、私達と一緒に日々の不満をぶちまけるのも良し! 今宵は感情むき出しで、いこうじゃないか!」
羽を生やした妖怪も前に出て、耳を生やした妖怪へ目配せをする。
「最初を飾るのは私達、鳥獣伎楽! メンバーは私、幽谷響子とミスティア・ローレライの二人! 強制解散は三桁! 伝えたい想いは幾星霜! 数多の障害乗り越えて、お前らに届けるぜ! 最高の叫びを! 一曲目、感情の摩天楼 ~ Cosmic Mind!」
高らかな曲名宣言を合図に、ミスティアが激しくギターを掻き鳴らし、旋律に合わせて響子が喉を震わせる。
音響機器は全く見当たらないのに、離れたマミゾウと菫子の元まで届くのは妖怪のなせる技か。だが、必要以上に音量が大きいと、菫子は感じていた。リズム感やメロディよりも、声の大きさに比重をおいているのではと思わずにはいられない。
それ以上に驚くべきは、かき消されないようにと言わんばかりに投げかけられる歓声。
音の奔流に菫子は揺さぶられながら呟く。
「な、中々尖ってますね」
「最初は聞くに堪えないノイズ混じりの爆音じゃったんだが、儂が目をつけてプロデュースし、少しは音楽としての体制を整えてみたんじゃ」
一応気を使って言ったのは正解だったと菫子は胸をなでおろすも、マミゾウから正直に言ってもよいのじゃよ? と伝えられ、すぐさま本心を吐き出した。
「こんな音楽を聴きにみんな集まってたんですか!? おかしいでしょ! 絶対耳がおかしくなっちゃいますって!」
「無論、単純に聴きに来たわけではないぞい。奴らのことをもっとよく見てみろ」
マミゾウにそう言われ、観客を見てみるも、有象無象ががなりたてているようにしか見えない。菫子はげーっという表情を浮かべながら呟いた。
「各々が好き勝手に騒いでるだけじゃん」
不満げな彼女の隣で、分かってないなぁと言いたげな表情を浮かべながらマミゾウは答える。
「ソコが大事なんじゃよ。此処に集まっている者の大半は、普段は群れることも出来ない、妖怪の中でも地位の低い、あんぐらな奴らばかりでのう。そいつらは弱く、ガス抜きの仕方すら知らん。下手に暴れれば、霊夢殿にたちまち退治されてしまうじゃろう。そうなると復活も難しい。だからこうして、不用意な衝突で人妖双方が不利益を被る結果にならぬよう、上手いこと考えたんじゃよ。ちなみにこの催しの正式名は『アンダーグラウンドフェスティバル』。参加者はライブを聞いて盛り上がり、不平不満を解消する。儂ら主催者側はショバ代で儲かる。一石二鳥じゃ」
「つーまーりー、ストレス発散場ってことか」
確かに、飛んで跳ねて声を張り上げれば、少しは気が紛れるかもしれない。が、菫子にとってこの類の物は余り好きではなかった。
こういうものは集団行動を是とするような奴らが好むもので、自身のような孤高で静謐な者には程遠いものだ、と。
菫子が冷めた目線を浮かべる隣で、マミゾウはステージ上で演奏する彼女たち――いつの間にか白いジャケットを羽織った妖怪が鳥獣伎楽の後でドラムを叩いている――を差して言う。
「スミちゃんも馬鹿騒ぎをして、日頃の鬱憤を晴らしてみるか?」
「いやー、私は妹紅との特訓で体を動したりするほうが発散になるからヘーキ。それにしても、意外だわ。妖怪なんてどいつもこいつも自由に好き放題暴れてるものだと思ってた」
「それでは無法地帯と化してしまうじゃろうに。力ある者は秩序を重んじるものじゃ。目先の欲にくらむようじゃ、まだまだ」
「これは小銭稼ぎじゃないの?」
「金儲けも大事じゃが、メインの目的ではないからのう」
かかとマミゾウが笑っていると、群衆をかき分けて、何者かが彼女の傍に近づいてきた。どうやら彼女の子分らしく、その表情は切迫していた。そいつはマミゾウの服を執拗に引っ張り、注意を自身へと向けさせる。
「おうおうどうした、耳を貸せと? ふむ、……え、彼奴が?」
報告を受け、マミゾウが驚いたような表情を浮かべながらステージを見る。すると突然、演奏していたその場に何者かが乱入したのだ。
頭部から二本の小さな角を生やし、所々ボロボロな服を纏っているそいつは演奏者を無理やりどかすと、大声で何かを喚き散らし始めた。
だが、距離が離れすぎている所為か、菫子らの場所までは声が歓声にかき消され、よく聞こえてこない。
マミゾウは頭を抱えながらフワリと舞い、別の意味で騒がしくなっているステージ上へと直行した。
「――ってんだろ! たく、わからず屋の雑魚共が! ……お、これはこれは、二ッ岩殿。如何様で?」
「大事な催しに虫が入りこんだようでのう、駆除しにまいった」
片腕を軽く上げつつマミゾウは返答する。それを無視して乱入者――鬼人正邪は噛み付く。
「へっ、あの時は手助けしてくれた癖に。負けたらすーぐ切り捨てる。強者はいつもそうだ。反吐が出る」
「あれからあっけなく捕まって、身ぐるみを剥がされ、随分と小物になってしまったのう。哀れじゃ。もう少し上手いことやってくれると期待していたんじゃが」
「好き勝手に期待寄せてんじゃねぇ! なら、私も好きにやらせてもらうぞ!」
言い終わるや否や、ステージを蹴り、両手を彼女の首へと伸ばす。同時に、マミゾウが腕を下ろし、それを合図に部下の狸達が正邪へと飛びかかる。
「所詮雑魚……なっ」
狸の山を一匹ずつ抱きかかえながら退かすと、そこに奴の姿はなく、身代わり地蔵がごろりと転がっていた。マミゾウがしきりにあたりを見渡すも、影一つ見えない。
「マミちゃん! 上!」
観客をかき分けステージに近づいていた菫子が、天を差し叫ぶ。マミゾウが上空へと視線を向けると、飛んで逃げる正邪の姿があった。彼女は響子に近づいて素早く耳打ちすると、追うように地面を蹴って飛翔した。
「あー、はい、観客のみなさーん! なんか乱入しましたけど、続行するように言われたので、気にせず行きましょー! ではここからは、プリズムリバー三姉妹と共にスペシャルアンサンブルを――」
どよめきが再び歓声へと戻る前に、菫子は有象無象の隙間を通り抜けて林の方へ抜けると、地面を蹴って空へと翔んだ。
◆
鬼人正邪は幻想郷全土の追っ手から逃げていたものの、とうとう捕まり、道具は取り上げられ、こっぴどく絞られた後、監視下におかれた。けれどその監視の眼をくぐり抜け、奴はまたも逃げだしていた。
しかし、小槌の魔力は既に回収され、脅威とまではいかないと判断されたのか、手配書が配られることもなく、誰も本気でとっ捕まえようとは考えていなかった。
が、それとこれとは話は別。催しを邪魔された落とし前はつけてもらわねば。マミゾウは正邪を拘束すべく、一気に正邪の上空へ躍り出ると、スペルカードを展開した。
「壱番勝負『霊長化弾幕変化』!」
彼女から全方位弾が放たれ、直後に人間の形に変化すると、黄色い自機狙い弾を正邪めがけて射出。上へ上へと向かっていた正邪は急停止すると、ポケットから市松模様の布を取り出し、身を包んだ。すると、弾は彼女を素通りし、通り抜けてしまった。
その不思議な道具に、マミゾウは見覚えがあった。
「先程の地蔵にひらり布……お主、どこでそれを」
「一部だが取り返したんだよ。戸締まりぐらいしておけって阿呆共に注意喚起でもしとくんだな!」
舌を出し挑発すると、呪いのデコイ人形を使ってショットをばら撒きつつ、マミゾウへと接近する。
「不可能弾幕は置いてきたんじゃが、別のとっておきを使ってやろう。『ワイルドカーペット』!」
カードを切ると、犬型弾と鳥型弾が正邪めがけて四方八方から波のように押し寄せる。けれど奴は動じること無く、デコイ人形から天狗のトイカメラへと持ち替え、弾幕を切り取りながら進む。
その時、上昇していた菫子が視界に彼女たちを捉えた。加勢しようとスペルカードを口走りかけた刹那、正邪の背中にキラリと光る球状の物体が見えた。注視すると、それは巨大な爆弾のようなもので。きっとアイツは、それをマミちゃん目掛けてぶん投げるのだろう。菫子は注意を逸らさせる為にカードを切った。
「念力『パワーポールランサー』!」
電柱をアポートし、サイコキネシスで加速させ、槍のように投擲する。
単純明快でまっすぐな弾幕。正邪はギリギリの距離でそれを察知し、クルリと回転しながら回避を試みる。電柱は激突すること無く奴の直ぐ側を通過した。
「しまっ」
しかし、回避のために体勢を崩してしまった影響で、背中に隠し持っていた四尺マジックボムが正邪の手の内からスルリと抜け落ちた。正邪が声を漏らし、手を伸ばすも、落下速度のほうが遥かに早く。少ししてボムは爆発し、空に巨大な華が咲いた。
正邪は苦々しい表情を浮かべながら、下方の菫子を睨みつけ、喚く。
「邪魔してんじゃねぇぞ!」
トイカメラをかなぐり捨て、隙間の折りたたみ傘を振り回したかと思うと、正邪の姿が消えた。
恐れをなして逃げたのだろうか、と菫子が首を傾げていると、マミゾウが上空から急降下しながら叫ぶ。
「背後じゃ!」
咄嗟に振り向くと、
「頭を潰してやる!」
そこには、レプリカの打ち出の小槌を振りかぶる正邪の姿があった。背後をとられるのは今日でこれが二回目だなと菫子は考えながら、マンホールの蓋をアポートし、受け止める。
「変化『二ッ岩家の裁き』!」
直後、駆けつけたマミゾウがスペルカードを宣言し、小槌を受け止められて動きが止まっていた正邪に食らわせる。彼女の体が煙に包まれたかと思うと、鳥類に変化し、ゴァーゴァーと鳴きながら地上へと落下していった。
「五位鷺。青白く光ってくれたら、発見するのも楽なんじゃがのう」
マミゾウは小さく息を吐くと、兎型の弾を射出し、メモ用の木の葉を貼り付け、地上へと送る。これで部下に命令が伝わり、彼奴もすぐに捕まるだろう。
「大丈夫じゃったか?」
手配を済ませた後、彼女は菫子に話しかけた。手をヒラヒラと揺らしながら、菫子は答える。
「ハンマーの攻撃で手がしびれたけど、平気。それより、ごめんなさい。足手まといになっちゃったかな」
「そんなことないぞい。ないすふぉろーじゃった」
「ありがと。ところで、彼女はなんて妖怪なの?」
霊夢さんや早苗は大幣を、魔理沙さんはミニ八卦炉と、道具を駆使して闘う者は菫子の周りによくいる。だが、複数所持し、用途別に駆使するスタイルは見たこともない戦法だったので、彼女は気になっていた。
「天邪鬼じゃよ。因みに使っていたものは反則アイテムじゃ。普通にルール違反じゃから、真似したらいかんぞい」
「なるほど。にしても、彼女も可哀想ね、天邪鬼として好き勝手しようとしたら、あんな仕打ちを受けちゃうんだもん」
落下していった方向を見ながら、菫子はそう呟く。
「強者のルールに従えぬ者は、爪弾きされてしまう。この場合、儂という強者に、彼奴は拒絶されたということじゃ」
「アングラなら誰でもウェルカムな催しじゃなかったの?」
菫子の疑問に対し、マミゾウは煙管を取り出し、一服吸ってから言葉を返す。
「催しの目的は、妖怪の……とりわけ、儂らの種族に近い者や、どの勢力にも属さない下層な奴らの活性化じゃ。妖怪の勢力争いで大切なのは何より地盤固めじゃからのう」
「勢力、争い?」
「妖怪同士で、人間には――霊夢殿には迷惑がかからぬ範囲で、な」
「……まるで陣取りゲームみたい」
「そうじゃ。弱者なんぞ、強者というプレイヤーの駒に過ぎぬ」
ひどく冷たい言葉に、菫子は若干呆気にとられた。
「幻想郷って、誰にとっても楽園だと思ってた」
マミゾウは淡々と言葉を続ける。
「ここは強者が、特別な者が、上に立つ者が、正義であり絶対なんじゃよ。お主はその特別な層としか関わっていないから、そう感じていたのじゃろう」
カースト制度が強固に存在しているのは、外の世界と変わらない、という事なのか。その事実が、菫子にとってはなんだか哀しく思えてならなかった。
抱いた想いが表情に出ていたらしく、マミゾウは小さく微笑みつつ、気を使ったように優しい口調で彼女に声をかけた。
「幻滅したかえ?」
「別に、そういうわけじゃ」
「なーに、お主には関係ない話じゃて」
そう微笑まれても、と菫子は思う。
自分が楽園だと思いこんでいた世界が、自分の見えないところで、仲良くしている特別な層によって維持されている。それは、わざと自分の目から隠されているような印象を受け、胸が少しざわめく。
このざわめきは、もどかしさから来るものなのだろうか。自分が秘封倶楽部だから――隠されたものを曝きたいという思いからくるモノなのなのだろうか。
菫子は、小さくひとりごちる。
「霊夢さんたちも、私に隠れて何かやってるのかな」
「人に言えないことなんてたくさんあるじゃろうに。スミちゃんもそうじゃろう?」
「確かにそうだけど……」
「
「……」
マミゾウの問いに、菫子は答えるすべを持っていなかった。
夢なら夢のままで、綺麗なままであって欲しい。
しかしそれは、秘封倶楽部という看板が許さないだろう。
私は――。
あぐねている彼女の体を、風が強く打ち付ける。
それは、普段よりも冷たく感じられた。
実に煌びやかで賑やかな情景が続いていたのですが……
最後まで読み終えた途端、まるで凍り付いたようにその情景が色も音も動きさえも無くしたように感じられ、酷く物悲しい気持ちにさせられましたね
夢は夢のままにしておくのが良いのかも知れません
ミッ〇ーマウスの着ぐるみの中身とか曝いたらアカンのです
誤字報告
正邪が登場するくだりにて
『頭部から日本の小さな角を生やし、』→『頭部から二本の小さな角を生やし、』
寂しい気分になりましたが、この場合の一番上は八雲紫。そういう構図があり究極的に高い場所に居る。隠された部分は八雲紫が全てを握っている、となるのでしょう。