「ふむ、これはスーパーボールだね」
霖之助は、未知の素材で作られた赤い玉を鑑定していた。
鑑定を依頼したのは、これを無縁塚で拾った魔理沙である。
「スーパーボール!いい名前だ。お宝の予感がする。それで、どう使うんだ?」
「用途は……投げる、落とす」
「どれ、ちょっと借りるぞ」
魔理沙がスーパーボールをサイドスローで投げると、時速160kmのスーパーボールは商品棚に立てかけられていた曜変天目茶碗に命中し、明後日の方向に跳ね返った。茶碗は割れた。
「何も起こらないじゃないか」
「僕の大切なコレクションが破壊された気がするのだけれど、どう思う?」
「大変だな。頑張れよ」
霖之助は諸行無常のことを考えることにした。
「うーん。落とす方をやってみるか」
魔理沙はスーパーボールを拾い上げて、今度は普通に手を離した。スーパーボールは何度か跳ねて、店の入口近くまで転がっていった。
「これだけ?おい、どうすればこいつは発動するんだ?」
「形あるものはいずれ……えっ、なんだって?」
「どうしたらこいつの真価を発揮できるんだよ」
「さあね。スーパーボールと名付けられたことから、作られた当時は相当画期的だったものに違いないが、どう見たってただのボールだし、お手上げだ」
魔理沙は頭の中で、魔法使いとしての知識の引き出しを開けては閉めて、しっちゃかめっちゃかに手がかりを探したが、どうにも掴めそうになかった。
「ごめんください。PUBGがやりたいんですけど、ゲーミングPCありませんか」
「おお早苗、ちょうどいいところに」
「何でしょう?」
「スーパーボールって知ってるか」
「ああ、そんなものもありましたね」
「どう使えばいいかわからないんだ」
「いや、使うも何も……ちょっとお借りしますよ。せいっ」
早苗は魔理沙からスーパーボールを受け取ると、トルネード投法で投擲した。
時速190kmで飛び出したスーパーボールは商品棚に立てかけられていたピカソの『鳩と小さなえんどう豆』を貫通し、棚の奥で跳ね返り、空けた穴から再び現れ、きれいに早苗の手もとに戻った。
「よくよく考えてみれば、絵というものは、画材の積層に過ぎない」
霖之助はもはや諸行無常について完全に悟っていたので動揺しなかった。
「なるほど。つまりこれはブーメランみたいなものなんだな」
「色々できますよ。嫌いな人間に投げつけたり、嫌いな人間の上に落としたり、嫌いな人間のお弁当に仕込んだり」
「外の世界はひどい場所なんだな」
「個人的な問題だと思う」
「要はただのおもちゃなんですけどね。よく跳ねるというだけです」
魔理沙は明らかに失望した。
「なんだつまらん。完全に名前負けだ。こいつが付喪神になっても、能力は『跳ねる程度の能力』だぜ」
「かわいそうに」
「早苗は奇跡を起こすんだろ。もうちょっと面白くしてみろよ」
「嫌われるタイプの無茶振りですよそれ。まあせっかくだしやってみましょうか」
奇跡は起こされた。
同時刻、少名針妙丸が広大な逆さ城で一人住む寂しさに耐えられず、今度は霊夢に成敗されないよう、こっそりと打ち出の小槌をお気に入りの筆に使って友達を作ろうとすると、うっかり足を滑らせ、小槌を窓から落としてしまった。小槌はたまたま付近で弾幕ごっこを行っていた妖怪の弾幕に衝突し、奇跡的な角度で弾き飛ばされ、香霖堂の天井を貫通し、早苗の手元のスーパーボールに衝突した。
あたりは煙に包まれた。現れたのは一人の付喪神である。
「私はスーパーボールの付喪神。名前は超越玉子とでもいいましょうか」
「霧雨魔理沙だ」
「東風谷早苗です」
「森近霖之助」
「日焼けしたチルノだよ」
超越玉子はふりふりの和服に身を包んだ赤髪の付喪神だった。幻想郷の少女なので、可愛らしい外見である。
「御存知の通り、私は跳ねることしかできません」
超越玉子が足踏みすると、彼女は香霖堂の天井を頭からぶちぬき、15メートルの高さまで飛び上がって、何度か跳ねたあと着地した。
「これだけです……どうやって生きていけばいいのでしょうか?」
場に流れるのはいたたまれない空気だった。みなが一つの生命を生むという行為がもたらす責任に耐えられなくなってしまったのである。
「香霖、持ち主だろ。どうにかしてやれよ」
「どうにかと言われても……どうせ数日でもとに戻るだろう。せっかく体を得たんだし、気の向くままに旅でもしてみたらいいんじゃないかな。例えば、そこの現人神さんの神社に連れて行ってもらったりね」
「うちで引き取るんですか?」
「もとはといえば君が余計なことをしたからこうなったんだろう」
「魔理沙さんがそそのかしたからじゃないですか」
やいのやいのと責任をなすりつけ合う三人を、超越玉子は絶望の眼で眺めていた。
「私、やっぱり迷惑ですよね。もうボールに戻ります。あとは好きにしてください」
香霖堂は再び煙に包まれた。煙が晴れると、赤い玉がころころと三人の足元に転がった。
この時、三人のうち全員が、今するべきことを認識した。
幻想郷で暮らす者たちは、いずれ閻魔の裁きを受ける。よって、ある意味自決させてしまったという大罪を何らかの形で償わなくては、死後大いに苦しむ可能性が高いのである。
「やっぱりこいつはうちで引き取るか。私は知っての通りの収集家だし、いつも通りに借りていくぜ」
「いえ、私が買い取ります。外の世界のものを見ると、どうしても郷愁に駆られるので」
「これは非売品にするよ」
「いやいや、森近さんが持っていても楽しめませんよ。外の世界が出身の私が持つからこそ価値があるのです」
「そんなことないさ。僕だって嫌いな人間に投げたりする」
誰一人として引かなかった。かかっているものを考えれば当然である。
「わかった。公平にじゃんけんで決めよう」
「大富豪がやりたいです」
魔理沙の提案に対し、早苗は己が最も得意なゲームを提案した。
地元で負け無しだったのである。
地元というのは、実家のことである。
「いいだろう。大富豪をやろうじゃないか。一位が好きなようにすればいい。香霖、トランプあるよな?」
「ああ、もちろんだ」
「そうそう、香霖はカード混ぜるの禁止だからな。お前は触ったらカードの種類わかるだろ」
「気付かれてしまったなら仕方ないな。でも前回の負けは返さないよ。イカサマは現場を押さえないと」
以前、魔理沙と霖之助は二人で大富豪を行ったのであるが、霖之助は自分の能力を駆使して恣意的にトランプを混ぜ、相手の手札を最弱にし、みごと魔理沙の負債を二倍にしたのである。
「私は奇跡を起こしてしまうかもしれませんが、それはイカサマではないですよね?」
早苗の確認に、魔理沙はにやりと含みのある笑みを作った。
「重々承知。問題ない。だが、そんな程度でこの幻想郷に潜む悪鬼たちに勝てるかな……」
「なんですかそれ」
魔理沙は重々しく口を開いた。
「奇跡を超える豪運、思考を超える策略、凡人ゆえの特別――お前、そんなレベルの質問をするようじゃ、いずれ負けるぜ。大富豪で天下を取るなんて夢のまた夢さ」
早苗は神妙な面持ちでごくりと唾を飲んだ。
「……いいでしょう。やってみせようじゃありませんか。なりますよ、大富豪王に」
早苗が大富豪王へと至る道、それは茨の道。否、一歩踏み出すたびに鋭い針が足を貫く針山地獄である。
しかし、彼女はその道を歩むと決意した。
これは、その序章に過ぎないのだ。
霖之助は、未知の素材で作られた赤い玉を鑑定していた。
鑑定を依頼したのは、これを無縁塚で拾った魔理沙である。
「スーパーボール!いい名前だ。お宝の予感がする。それで、どう使うんだ?」
「用途は……投げる、落とす」
「どれ、ちょっと借りるぞ」
魔理沙がスーパーボールをサイドスローで投げると、時速160kmのスーパーボールは商品棚に立てかけられていた曜変天目茶碗に命中し、明後日の方向に跳ね返った。茶碗は割れた。
「何も起こらないじゃないか」
「僕の大切なコレクションが破壊された気がするのだけれど、どう思う?」
「大変だな。頑張れよ」
霖之助は諸行無常のことを考えることにした。
「うーん。落とす方をやってみるか」
魔理沙はスーパーボールを拾い上げて、今度は普通に手を離した。スーパーボールは何度か跳ねて、店の入口近くまで転がっていった。
「これだけ?おい、どうすればこいつは発動するんだ?」
「形あるものはいずれ……えっ、なんだって?」
「どうしたらこいつの真価を発揮できるんだよ」
「さあね。スーパーボールと名付けられたことから、作られた当時は相当画期的だったものに違いないが、どう見たってただのボールだし、お手上げだ」
魔理沙は頭の中で、魔法使いとしての知識の引き出しを開けては閉めて、しっちゃかめっちゃかに手がかりを探したが、どうにも掴めそうになかった。
「ごめんください。PUBGがやりたいんですけど、ゲーミングPCありませんか」
「おお早苗、ちょうどいいところに」
「何でしょう?」
「スーパーボールって知ってるか」
「ああ、そんなものもありましたね」
「どう使えばいいかわからないんだ」
「いや、使うも何も……ちょっとお借りしますよ。せいっ」
早苗は魔理沙からスーパーボールを受け取ると、トルネード投法で投擲した。
時速190kmで飛び出したスーパーボールは商品棚に立てかけられていたピカソの『鳩と小さなえんどう豆』を貫通し、棚の奥で跳ね返り、空けた穴から再び現れ、きれいに早苗の手もとに戻った。
「よくよく考えてみれば、絵というものは、画材の積層に過ぎない」
霖之助はもはや諸行無常について完全に悟っていたので動揺しなかった。
「なるほど。つまりこれはブーメランみたいなものなんだな」
「色々できますよ。嫌いな人間に投げつけたり、嫌いな人間の上に落としたり、嫌いな人間のお弁当に仕込んだり」
「外の世界はひどい場所なんだな」
「個人的な問題だと思う」
「要はただのおもちゃなんですけどね。よく跳ねるというだけです」
魔理沙は明らかに失望した。
「なんだつまらん。完全に名前負けだ。こいつが付喪神になっても、能力は『跳ねる程度の能力』だぜ」
「かわいそうに」
「早苗は奇跡を起こすんだろ。もうちょっと面白くしてみろよ」
「嫌われるタイプの無茶振りですよそれ。まあせっかくだしやってみましょうか」
奇跡は起こされた。
同時刻、少名針妙丸が広大な逆さ城で一人住む寂しさに耐えられず、今度は霊夢に成敗されないよう、こっそりと打ち出の小槌をお気に入りの筆に使って友達を作ろうとすると、うっかり足を滑らせ、小槌を窓から落としてしまった。小槌はたまたま付近で弾幕ごっこを行っていた妖怪の弾幕に衝突し、奇跡的な角度で弾き飛ばされ、香霖堂の天井を貫通し、早苗の手元のスーパーボールに衝突した。
あたりは煙に包まれた。現れたのは一人の付喪神である。
「私はスーパーボールの付喪神。名前は超越玉子とでもいいましょうか」
「霧雨魔理沙だ」
「東風谷早苗です」
「森近霖之助」
「日焼けしたチルノだよ」
超越玉子はふりふりの和服に身を包んだ赤髪の付喪神だった。幻想郷の少女なので、可愛らしい外見である。
「御存知の通り、私は跳ねることしかできません」
超越玉子が足踏みすると、彼女は香霖堂の天井を頭からぶちぬき、15メートルの高さまで飛び上がって、何度か跳ねたあと着地した。
「これだけです……どうやって生きていけばいいのでしょうか?」
場に流れるのはいたたまれない空気だった。みなが一つの生命を生むという行為がもたらす責任に耐えられなくなってしまったのである。
「香霖、持ち主だろ。どうにかしてやれよ」
「どうにかと言われても……どうせ数日でもとに戻るだろう。せっかく体を得たんだし、気の向くままに旅でもしてみたらいいんじゃないかな。例えば、そこの現人神さんの神社に連れて行ってもらったりね」
「うちで引き取るんですか?」
「もとはといえば君が余計なことをしたからこうなったんだろう」
「魔理沙さんがそそのかしたからじゃないですか」
やいのやいのと責任をなすりつけ合う三人を、超越玉子は絶望の眼で眺めていた。
「私、やっぱり迷惑ですよね。もうボールに戻ります。あとは好きにしてください」
香霖堂は再び煙に包まれた。煙が晴れると、赤い玉がころころと三人の足元に転がった。
この時、三人のうち全員が、今するべきことを認識した。
幻想郷で暮らす者たちは、いずれ閻魔の裁きを受ける。よって、ある意味自決させてしまったという大罪を何らかの形で償わなくては、死後大いに苦しむ可能性が高いのである。
「やっぱりこいつはうちで引き取るか。私は知っての通りの収集家だし、いつも通りに借りていくぜ」
「いえ、私が買い取ります。外の世界のものを見ると、どうしても郷愁に駆られるので」
「これは非売品にするよ」
「いやいや、森近さんが持っていても楽しめませんよ。外の世界が出身の私が持つからこそ価値があるのです」
「そんなことないさ。僕だって嫌いな人間に投げたりする」
誰一人として引かなかった。かかっているものを考えれば当然である。
「わかった。公平にじゃんけんで決めよう」
「大富豪がやりたいです」
魔理沙の提案に対し、早苗は己が最も得意なゲームを提案した。
地元で負け無しだったのである。
地元というのは、実家のことである。
「いいだろう。大富豪をやろうじゃないか。一位が好きなようにすればいい。香霖、トランプあるよな?」
「ああ、もちろんだ」
「そうそう、香霖はカード混ぜるの禁止だからな。お前は触ったらカードの種類わかるだろ」
「気付かれてしまったなら仕方ないな。でも前回の負けは返さないよ。イカサマは現場を押さえないと」
以前、魔理沙と霖之助は二人で大富豪を行ったのであるが、霖之助は自分の能力を駆使して恣意的にトランプを混ぜ、相手の手札を最弱にし、みごと魔理沙の負債を二倍にしたのである。
「私は奇跡を起こしてしまうかもしれませんが、それはイカサマではないですよね?」
早苗の確認に、魔理沙はにやりと含みのある笑みを作った。
「重々承知。問題ない。だが、そんな程度でこの幻想郷に潜む悪鬼たちに勝てるかな……」
「なんですかそれ」
魔理沙は重々しく口を開いた。
「奇跡を超える豪運、思考を超える策略、凡人ゆえの特別――お前、そんなレベルの質問をするようじゃ、いずれ負けるぜ。大富豪で天下を取るなんて夢のまた夢さ」
早苗は神妙な面持ちでごくりと唾を飲んだ。
「……いいでしょう。やってみせようじゃありませんか。なりますよ、大富豪王に」
早苗が大富豪王へと至る道、それは茨の道。否、一歩踏み出すたびに鋭い針が足を貫く針山地獄である。
しかし、彼女はその道を歩むと決意した。
これは、その序章に過ぎないのだ。
面白かったです
大富豪に強い霖之助にはなるほど感があり、疾走感もあり面白かったです
付喪神がボールに戻る辺りのさり気無い毒がタイトルと関連があるかどうかは深く考えないことにします
スーパーボールを見つけただけでここまでの被害を描くとはさすがのひと言です!
誰もかれもが理不尽でよかったです