Coolier - 新生・東方創想話

でも大丈夫ですよ

2017/11/24 18:15:27
最終更新
サイズ
10.91KB
ページ数
1
閲覧数
1536
評価数
5/7
POINT
490
Rate
12.88

分類タグ

 ふぁう、とあくびが漏れた。
 軽く目をこする。薄く開いた目に、ひらひら、桜の花が舞いながら落ちていくのが映った。なんとなく、地面に落ちるまで見送る。私が座っている石の台座の根本、薄い花弁で作られた絨毯がまた一枚、厚くなった。
 いまは、暦の上では夏だ。神社の桜も、少し前まで葉桜の若々しい緑でいっぱいだった。でも、いま目の前を落ちていったのは、淡い紅をまとった花びらだ。
 夏だけど、博麗神社は春だった。おめでたいとかそういう意味じゃなくて、いや、霊夢さんは格好的にも性格的にもおめでたいかもしれないけど、そのような比喩的なものではなく、まさに季節が春だった。咲き誇る桜の木、ぽかぽか陽気、やわらかくそよぐ風、まぶたの重くなるうたた寝日和……もう、これ以上ないくらいに春だった。
 おかしいのは博麗神社だけじゃない。話題の索道をひとめ見ようと山の方へ足を延ばしてみたらすっかり紅葉した景色に出迎えられたし、霧の湖のあたりを通りがかったら肌を焼くように活き活きとした熱気に満ちていた(あれ、夏だからいいのかな?)。このぶんだと幻想郷のどこかでは真冬みたいにざんざん吹雪いているに違いない。
 幻想郷の季節がおかしくなっているのだ。
 もちろん、異変である。四季がしっちゃかめっちゃかになる異変――
 意識しないまま、こくり、と深く頭が垂れて、びくっと体が跳ねた。閉じかけていたまぶたが一気に開く。
 ああ、いけないいけない、ついうとうとしてしまって。これじゃなんのためのお留守番なんだかわかんないわー……。
 ふるふると首を振って、辺りを見回した。私のいる場所は建物や参道からすこし離れたところにあるから、境内が広く視界に入る。
 日中の博麗神社に人気はない。参拝客がいないのはいつものことだけれど、いまは家主である霊夢さんもいない。異変解決のために出かけているのだ。いつもどおり魔理沙さんも動いているらしく、神社にやって来たと思ったら、すぐに別の場所に向かっていった(ついでのように弾幕ごっこでのされた。ひどい)。世話焼きの仙人は姿を見せていないし、よく見かける三匹の妖精たちも、この異変で浮かれたかどこかへ遊びに行っているみたいだった。
 異変のさなかとは思えないほど、神社は静かで、平穏だった。
 まあ、異変といったって、ちょっと季節がおかしくなっているだけだものね。すぐに何が困るってわけでもないし、人里やお寺のほうは元の気候とあんまり変わりないらしいし。いつぞやと比べたら全然、全然……。
 足をぐにゃっと曲げて、石の上に寝転ぶような体勢になる。ざらざらとひんやりの混じったかたい感触。
 あれは、いつのことだったろうか。とっくに春になっているはずなのに、ずっとずっと冬の続いている時期があった。はた迷惑なやからが幻想郷中の春を独り占めしようとしたせいで、いっこうに冬が終わらなかったのだ。止まない雪の被害だとか、作物への影響だとか、里ではずいぶんと苦労したらしい。
 こんなに雪ばっかり続くんじゃ誰も外に出たがらず、ひいては参拝客の足が遠のいてしまう、これでは商売あがったりだ。そう怒った霊夢さんがなんとなく暖かい方へ暖かい方へと向かっていって、辿り着いたるはなんと冥界。春を集めていたのはそこで幽霊の管理をしている亡霊のお嬢様で、なんでも庭の桜を全部咲かせたかったんだとかどうとか……(って幻想郷縁起に書いてあるらしい。私は読んだことないけど、お寺の住職さんに教えてもらった)。春っぽい方を目指していたら首謀者にたどりついてしまうなんて、いかにも霊夢さんらしいなぁと思う。わがままなお嬢様を見事こらしめて異変は解決、幻想郷には無事に春が取り戻され、みるみる融けていく雪と対照的に一気に花開いた桜の下、しばらく宴会の日々が続くのでした。ちゃんちゃん。
 あのときのずっと寒さに震える日々と比べれば、今回の異変なんて極楽みたいなものだ。なにせ春だし。あの異変はだいぶ前のことのように思えるけれど、あれから数年も経っていない気もする。でも、当時といえばたしか、墓の方のお寺はおろか山の上の神社すら建っていなかったころだ。……おおう、そう考えてみるとかなり昔のことなんじゃない?
 山の上の神社の巫女……早苗さんが霊夢さんに神社の明け渡しを要求したあの出来事は今でも強く印象に残っている。霊夢さんのと少し似た雰囲気の服を着た見知らぬ女の子がやってきたかと思えば、開口一番『この神社には信仰が足りません!』だもの。忘れようもないインパクトだ。
 いきなり山の上に現れたという神社。行ってみたいのはやまやまだったけれど、天狗たちが強く警戒していたせいか、山全体がなんとなくピリピリとしていてとても近寄りがたかった記憶がある(それが今じゃ里の近くから索道でひとつなぎなのだから、時代というのは変わるものだなぁなんて、知った風なことを言ってみたくもなったり)。
 結局、山の上の神社、守矢神社の土を初めて踏めたのは、霊夢さんがそこの神様と話をつけて何週間か過ぎてから。山の雰囲気もだいぶやわらいだころだった。
 えっちらおっちら八合ほど山を登ると山頂へのルートから外れる階段があり、昇った先で出迎えるは古めかしい大構えの鳥居、そこをくぐると立派な注連縄のかけられた本殿があって、参道の奥にはやたらおっきな湖。境内の感じは博麗神社とそんなに変わらないのだけれど、山の上という立地のこと、崖の方からは幻想郷の雄大な自然が色鮮やかに広がるのを一望できた。閉ざされた世界だけれど、見下ろす景色にはまだ行ったことのない場所や見たことのない光景がたくさんあるんだという想像がむくむくと膨らんで、期待で胸が満たされるようだった。吸い込んだ空気は爽やかに澄んでいて、それが山登りで疲れた体のすみずみまで行きわたるころ、よし、しばらくここに居候しようと私は決めたのだった。
 そこの神様と遭遇したのは居候を始めてから三日ほど経ってのことだったと思う。私が陰に隠れてひっそりと神社の守護をしているところに、御柱と注連縄で飾り付けたいかにも仰々しい格好の神様……八坂様がひょいっとやって来たのだ。八坂様は驚く私をよそに『あら、狛犬なんかもいるのね』などとひとり合点していた。なんでも余所者が居つき出したことには早々に気づいていたが、ほんとにただ居ついているだけで何か悪さをたくらんでいるわけでもなさそうだし害がないなら放っておこう、それでも一応どんなやつか一目見ておくかと思って私を探していたのだと。
 博麗神社の守護をしていて霊夢さんに気づかれたことはなかったし、こちらでは祭神の姿なんて目にすることもなかったからはじめはとても驚いたけれど、守矢の神様は見た目の威厳とは裏腹にずいぶんと気さくで、とても話しやすかった。『自分の世話は自分でしますんで、しばらくおじゃましてもいいですか』と尋ねると『構わないよ。本物の狛犬ならむしろ歓迎ね』ということで、守矢神社での守護ボランティアは公認(?)となったのだ。ああ、でも、ついに霊夢さんにも気づかれちゃったわけだし、これからは博麗神社でこそこそすることもないのかな……。
 神様のことを思い返しているうちに、沈んでいた記憶が浮かんでゆらゆら漂い出したので、妙に気になったそいつを少しずつすくい上げてみる。
 そう、あれは、八坂様とお話ししていたときのことだ。話もだいぶ盛り上がってきた、というときに、八坂様がふっとこぼすように言ったのだ。『しかし、お前のほんとうの信仰は私たちにはないんだね』……たしか、うん、そんな感じのことを。
 私はどう応えたんだっけ。よく意味がわからなくて、きょとんとしていただけかも。ありうる。八坂様は八坂様で『気にしないでくれ。ただの独り言さ』とごまかしていたし。
 こうして振り返ってみると、あのとき八坂様がなにを考えていたのか、なんとなく分かるような気がする。
 私は神様をお守りするという役割を背負って生まれた身だ。けれど神様に深い信仰を捧げているのかというとたしかに、ちょっと違う、という気がする。好きだけど、崇め奉る、というのではなくて、そそられる、ぐらいの感覚だろうか。神様ともある程度フランクに接しはするけれど、上下関係はしっかりと根付いていて、でもそれが重りにはならない。そんな具合のゆるい信仰である。
 ほんとうに信心深いひとと比べれば自分の信仰は敬虔と呼べるほどのものではないと思う。神様がそこにいることを認め、共に在ることを忘れない、それだけのことでも十分なのだと守矢の神様は言っていたけれど、そんなのはこの幻想の地に住まうものにとっては当たり前のことだ。だからこそ、心からの祈りを捧げるものたちの様子を眺めるのは興味深いことだったし、それが見られる寺社仏閣という場所も自然と好きになって、ついつい居ついてしまうのだ。
 信仰、信仰かぁ。
 私が疑ってないもの。それを信じることで救われた気持ちになれるもの。
 私のなかにあるそれが神様の方を向いてはいないことに、ほんのひととき言葉を交わしただけで守矢の神様は気づいていたのだろう。狛犬のくせになんたる不届きもの、とか怒られなかっただけありがたく思うべきなのかな。でも、こればっかりは仕方のないことですよ。だってここは幻想郷なんだもの。そう、私がずっと見てきたのは……。
 いつの間にか閉じていた目をパチリと開く。山の上の神社の光景は消え、見慣れた博麗神社の境内へと一瞬で入れ替わる。思い出にふけるうちに半ば眠りかけていたみたいだ。まったく、春の陽気は油断ならない。
 境内はやっぱり私ひとりだけ。
 視界の端、博麗神社の本殿が目に入る。ずっと昔から変わらずそこにあるかのような佇まいだけれど、地震で倒壊したこともあるんだよなぁとなんとなく思い出す。それも立て続けに二回。あの地震があったのは、私が博麗神社から離れ、守矢神社に居ついていたころのことだった。偶然なんだろうけど、ちょうど私が留守のときに神社が倒壊するなんて、まるで私の加護がなくなったせいみたいでちょっとおかしい。しかし、ううん、守護を買って出ている番犬としてはそれでいいのだろうか……
 ……なんてことを考えつつ顔を参道へと戻したら、
「あ」
「うん?」
 なんか霊夢さんがいた。
 いた、というか、出現した、というか。ついさっきまで誰もいなかったし、誰かが近づいてくる音も気配もなかったのに、参道の石畳に霊夢さんが立っていた。いったいいつの間に?
 などと驚きはしたけれど、霊夢さんも霊夢さんでなにやら戸惑っているようで、辺りを見回して首をかしげている。どういう状況だろう。
 そのまましばらくぽけっと霊夢さんの様子を眺めていたが、ハッと我に返った。状況は分からないけれど、なにはともあれ待っていた家主の帰還である。私はこの場にふさわしい言葉を探した。
「ええと、おかえりなさい」
「ん? ああ、あんた、まだいたのね」
「ええ、しっかりお留守番してましたよー」
 私がいることなんて気にも留めてなかったと言わんばかりの、霊夢さんらしいツレない返事である。何度かうとうとしちゃったのは内緒にしよう。
 私はスッと立ち上がって霊夢さんに近寄った。ちょっと不意をうたれた気分だけれど、なんにせよ、霊夢さんが帰ってきたのだから首謀者はとっちめられたのだろう。この異変ももうすぐ終わるのかと思うと少しだけ名残惜しい。
「霊夢さんが戻ってきたって事はもうすぐ神社の春が終わるんですねぇ」
「だと良いねぇ」
 と思ったら、おや?
「随分と弱気ですね。首謀者には逢えたんですよね」
「勿論よ。活動範囲を妖精まで広げないように念を押してきたわ」
「妖精、活動範囲?」
「妖精を暴走させていたので、季節が狂っていた、という事らしいのよ」
「ふーん」
 妖精なんか暴れさせてなにするつもりだったんだろう。ん、活動範囲? 妖精以外にも手を出してたってこと? そういえば神社で見かけた春告精も本来の春は終わったというのにやたら張り切っていた気がしたけれど、その辺りも関係あるのかな。……まあ、私が気にすることでもないか。
 それより。
「何か歯切れが悪いですね」
「実は……。約束というか、戦いの途中で一方的に念を押しただけで。どうやら罠に嵌められたみたいで逃げられちゃったんだよねぇ」
「あらら、霊夢さんにしては珍しいですねぇ」
 つい、驚きの声があがった。首謀者と対峙して霊夢さんが取り逃がすとは。今回の相手はそれほどのやり手ってことなのかな。腕を組んでううんとうなる。
 霊夢さんはさっきまで私が座っていた石台に腰を下ろした。
「あいつら、不思議な扉で何処にでも移動出来るみたいで、気が付いたら消えてたわ」
 なんともいえないしかめっ面。あしらわれたことへの不機嫌より、何をされたのか分からない……そんな戸惑いが強くうかがえる。霊夢さんでもこういう表情をすることがあるんだな、と思ったら、言葉は勝手にこぼれて出た。
「でも大丈夫ですよー」
「?」
 何を言い出すつもりだこいつは、なんて呆れにも似た疑問符が浮かんで見えそうな表情。私も内心、思わず漏れた言葉にちょっと驚いていた。
 ああ、でも、間違ったこと言おうとしてるわけじゃないしね。私の中の無意識が伝えるべきことだと思ったんだろう。だったら、うん、ちゃんと言葉にして伝えておこう。
 笑みは自然と、信じていることなのだから、何の気のない風に。そうして私は、ちっちゃくともたしかな信仰を口にした。
「最終的に霊夢さんが負ける筈無いですからねー」
言葉を超えたシンパシーがあったのを言葉に直したかったはずです
たたら
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.70簡易評価
1.100さくらの削除
あうんちゃんに癒されました。
のほほんとしたテンポが良かったです。
2.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのとしました。
3.無評価キューネン削除
幻想郷における狛犬としての在り方をびっしり描写されながら最後のあうんが抱く霊夢への敬愛が表現された作品で、すごく楽しみながら読ませていただきました。
4.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く良かったです
5.80仲村アペンド削除
呆けたようでも確かな信頼と情があるのだと感じさせてくれる、良いあうんちゃんでした。
7.80もなじろう削除
あうんちゃんかわいい