Separate Ways(セパレートウェイズ)
アメリカのロックバンド、Journey(ジャーニー)による楽曲。
日本では野球の世界大会であるWBC(ワールドベースボールクラシック)の侍ジャパンのテーマ曲としての
知名度が高い。
妖怪の山の中腹に小さな穴がある。俺はそこでずっと暮らしている。全てに怯えるだけだった人間の頃、恐怖の存在だった
妖怪に自らがなった。
妖怪になったからといえ、人を襲うとか何か異変を起こしてやるとかそういうのは一切なく、ひっそりと気ままに読書をしたり
占術に磨きをかけていた。
いつしか水晶で幻想郷の結界等が張られたりする一部を除いた全ての場所を覗けるようになった。同時に、人間の頃よりも外の世界を見渡せるようにもなる。
この幻想郷も俺が人間だったころと比べると少しずつ変化していったと思う。しかし外の世界はその何百倍もめまぐるしく変貌を遂げる。今、俺が外の世界に行けばたちまちその流れについていけず屍となるだろう。
あっちの世界の人間達はもう夢とか愛とか、そういうのさえも純粋に見たり感じたりすることができなくなっているように見えた。
だが、それは今の俺もある意味似たようなものかもしれない。
俺もずっと誰かを好きになったということはない。
彼女と別れてから、ずっと。
人間だった頃、直接会話したことは無いが人里で暮らしていたので当然彼女を見る日もあった。博麗の巫女だけあって、里の同じ年齢に見える少女達とは一線を画していた。
その目はまるで雲一つ無い青空のように澄んで見えたと思えば、底無し沼のように冷たくも感じた。当時はまだまだ修行中の身だったし、博麗の巫女を占うなど恐れ多くてやろうという気は起きなかった。
……たらればにはなるが、もしもあの時にもっと占術を身に付けていたら、それで彼女を占術を通じ見ることが出来れば。
恋愛に関しては男の方が未練がましいと本に書いてあったが笑えないな。
水晶玉を覗き込めば、彼女が親しい友人達に囲まれて頬を赤らめていた。少女から大人へ。でも、今になって少女らしさというのがようやく出せたのではないかと思う。
そんな少女の心を取り戻した大人になった彼女の肩をそっと抱く男。顔は優男で体は細く、どう見ても喧嘩には向いて無くおそらく彼女に守られっぱなしの尻に敷かれっぱなしな存在だろう。
しかし彼女にこの表情をさせる程度には彼女に想われている。
とっくに終わってしまった恋が蘇る。
彼女と会話を交えた時、俺は幻想郷のルールを破った反逆者、彼女はルールを果たそうとする巫女。対照的な立場だった。
妖怪になったばかりでそもそも戦闘に向かない俺はあっという間に彼女に退治される瀬戸際まで追いつめられた。しかし、
恨みは湧かなかった。それどころか、すんでのところで彼女の心を一瞬覗けてしまったのだ。
彼女は表面は完全に博麗の巫女として振る舞っていたが、心の僅かな部分が泣いていた。
俺は知らないうちに口に出していたのだ。
「どうして泣いてるんだ?」と。
――彼女の手が止まった。博麗の巫女の顔のまま、口から小さな嗚咽が漏れた。
気づけば俺は最大の敵であろう彼女の背中に手を回し、抱きしめていた。
占術の書は燃やされたが、代わりの書を貰いそれに術をかけることで俺は生き延びた。彼女の計らいだ。
彼女が堂々とルールを破った初めてのことだ。
俺は何も知らない大馬鹿野郎だった。
彼女には幼少の思い出は殆ど無いという。両親の顔も知らず、物心ついた時から博麗の巫女。それ以上もそれ以下もない、
たったひとつだけの存在。
しかも、その気になれば代わりも用意できるというものだ。
幻想郷に人間として生きるのが惨めだと思っていたが、背中を丸めて膝を抱える彼女の姿を見て激しく胸が痛んだ。
形の上では完全に退治されたということなので俺は隠居の身。
恥ずかしながら恋愛事にはてんで縁もなく、年頃の女の子を楽しませる術は持っていない。
占術を磨き続け、占術を通じて外の世界を覗き続けることだけだ。
彼女が俺の元を訪れるのは月に1、2回ほど。俺は占術で見た外の世界の様子を可能な限り面白おかしく
教えた。彼女は驚いたり、笑ったりしてくれた。
この時だけは博麗の巫女とか関係なく、霊夢という一人の少女だった。
奇しくも、俺が外の世界のことを話したおかげで解決に大きく役に立ったという異変も存在した。少し複雑だが、
彼女の役には立てたというのも嬉しく思う。
「博麗の巫女を辞めることになった」
その告白は俺達の世界を真っ二つに割った。彼女も年を重ね、次の世代の若い巫女が来たという。
噂によれば歴代でも最強・最高の巫女だという。
「同じ道を歩きたい人ができた」
巫女を辞めると言った時は淡々としていたのに、その言葉は震えていて、涙が頬をつたい乾いた土をほんの僅かに湿らした。
相手は里の普通の人間。そして、彼女を普通に見ていてくれた人間だ。
笑顔で伝えればいいのに、涙を流す。いや、きっと泣いてくれたのだ。俺のために。
愛は彼女の鎖を解き、霊夢という人間を解き放ったのだ。
――その相手は俺では無かったけれど。
水晶に大きく映る、彼女の挙式。もう彼女は巫女服を着て飛ぶことはない。普通の旦那を支える普通の妻となり
霊夢という人間の人生を歩む。
人間だけでなく妖怪や神、種族を越えた祝福の声や拍手が飛び交う。
どこかに孤独を感じていた彼女の姿は、もう無い。
今もこれからも俺達は会うことは無いだろう。
せめて彼女の愛がそのままであれと祈る。
もう一人だと感じることはない。
さようなら、愛した人。
――今でも恋しく思う。
もしも彼に愛を傷つけられることがあっても。
本当の愛なら乗り越えられる。
水晶玉越しに、叶うことのなかった彼女との口づけを交わす。
惨めな男の惨めな行為。
今でも君を本当に愛しているんだ。
唇を離し、水晶を涙が濡らす。
あの日彼女が泣いたように。
俺もまた今の生を歩まないといけない。
さようなら、愛した女(ひと)。
今でも、まだ、恋しくて……愛している。
アメリカのロックバンド、Journey(ジャーニー)による楽曲。
日本では野球の世界大会であるWBC(ワールドベースボールクラシック)の侍ジャパンのテーマ曲としての
知名度が高い。
妖怪の山の中腹に小さな穴がある。俺はそこでずっと暮らしている。全てに怯えるだけだった人間の頃、恐怖の存在だった
妖怪に自らがなった。
妖怪になったからといえ、人を襲うとか何か異変を起こしてやるとかそういうのは一切なく、ひっそりと気ままに読書をしたり
占術に磨きをかけていた。
いつしか水晶で幻想郷の結界等が張られたりする一部を除いた全ての場所を覗けるようになった。同時に、人間の頃よりも外の世界を見渡せるようにもなる。
この幻想郷も俺が人間だったころと比べると少しずつ変化していったと思う。しかし外の世界はその何百倍もめまぐるしく変貌を遂げる。今、俺が外の世界に行けばたちまちその流れについていけず屍となるだろう。
あっちの世界の人間達はもう夢とか愛とか、そういうのさえも純粋に見たり感じたりすることができなくなっているように見えた。
だが、それは今の俺もある意味似たようなものかもしれない。
俺もずっと誰かを好きになったということはない。
彼女と別れてから、ずっと。
人間だった頃、直接会話したことは無いが人里で暮らしていたので当然彼女を見る日もあった。博麗の巫女だけあって、里の同じ年齢に見える少女達とは一線を画していた。
その目はまるで雲一つ無い青空のように澄んで見えたと思えば、底無し沼のように冷たくも感じた。当時はまだまだ修行中の身だったし、博麗の巫女を占うなど恐れ多くてやろうという気は起きなかった。
……たらればにはなるが、もしもあの時にもっと占術を身に付けていたら、それで彼女を占術を通じ見ることが出来れば。
恋愛に関しては男の方が未練がましいと本に書いてあったが笑えないな。
水晶玉を覗き込めば、彼女が親しい友人達に囲まれて頬を赤らめていた。少女から大人へ。でも、今になって少女らしさというのがようやく出せたのではないかと思う。
そんな少女の心を取り戻した大人になった彼女の肩をそっと抱く男。顔は優男で体は細く、どう見ても喧嘩には向いて無くおそらく彼女に守られっぱなしの尻に敷かれっぱなしな存在だろう。
しかし彼女にこの表情をさせる程度には彼女に想われている。
とっくに終わってしまった恋が蘇る。
彼女と会話を交えた時、俺は幻想郷のルールを破った反逆者、彼女はルールを果たそうとする巫女。対照的な立場だった。
妖怪になったばかりでそもそも戦闘に向かない俺はあっという間に彼女に退治される瀬戸際まで追いつめられた。しかし、
恨みは湧かなかった。それどころか、すんでのところで彼女の心を一瞬覗けてしまったのだ。
彼女は表面は完全に博麗の巫女として振る舞っていたが、心の僅かな部分が泣いていた。
俺は知らないうちに口に出していたのだ。
「どうして泣いてるんだ?」と。
――彼女の手が止まった。博麗の巫女の顔のまま、口から小さな嗚咽が漏れた。
気づけば俺は最大の敵であろう彼女の背中に手を回し、抱きしめていた。
占術の書は燃やされたが、代わりの書を貰いそれに術をかけることで俺は生き延びた。彼女の計らいだ。
彼女が堂々とルールを破った初めてのことだ。
俺は何も知らない大馬鹿野郎だった。
彼女には幼少の思い出は殆ど無いという。両親の顔も知らず、物心ついた時から博麗の巫女。それ以上もそれ以下もない、
たったひとつだけの存在。
しかも、その気になれば代わりも用意できるというものだ。
幻想郷に人間として生きるのが惨めだと思っていたが、背中を丸めて膝を抱える彼女の姿を見て激しく胸が痛んだ。
形の上では完全に退治されたということなので俺は隠居の身。
恥ずかしながら恋愛事にはてんで縁もなく、年頃の女の子を楽しませる術は持っていない。
占術を磨き続け、占術を通じて外の世界を覗き続けることだけだ。
彼女が俺の元を訪れるのは月に1、2回ほど。俺は占術で見た外の世界の様子を可能な限り面白おかしく
教えた。彼女は驚いたり、笑ったりしてくれた。
この時だけは博麗の巫女とか関係なく、霊夢という一人の少女だった。
奇しくも、俺が外の世界のことを話したおかげで解決に大きく役に立ったという異変も存在した。少し複雑だが、
彼女の役には立てたというのも嬉しく思う。
「博麗の巫女を辞めることになった」
その告白は俺達の世界を真っ二つに割った。彼女も年を重ね、次の世代の若い巫女が来たという。
噂によれば歴代でも最強・最高の巫女だという。
「同じ道を歩きたい人ができた」
巫女を辞めると言った時は淡々としていたのに、その言葉は震えていて、涙が頬をつたい乾いた土をほんの僅かに湿らした。
相手は里の普通の人間。そして、彼女を普通に見ていてくれた人間だ。
笑顔で伝えればいいのに、涙を流す。いや、きっと泣いてくれたのだ。俺のために。
愛は彼女の鎖を解き、霊夢という人間を解き放ったのだ。
――その相手は俺では無かったけれど。
水晶に大きく映る、彼女の挙式。もう彼女は巫女服を着て飛ぶことはない。普通の旦那を支える普通の妻となり
霊夢という人間の人生を歩む。
人間だけでなく妖怪や神、種族を越えた祝福の声や拍手が飛び交う。
どこかに孤独を感じていた彼女の姿は、もう無い。
今もこれからも俺達は会うことは無いだろう。
せめて彼女の愛がそのままであれと祈る。
もう一人だと感じることはない。
さようなら、愛した人。
――今でも恋しく思う。
もしも彼に愛を傷つけられることがあっても。
本当の愛なら乗り越えられる。
水晶玉越しに、叶うことのなかった彼女との口づけを交わす。
惨めな男の惨めな行為。
今でも君を本当に愛しているんだ。
唇を離し、水晶を涙が濡らす。
あの日彼女が泣いたように。
俺もまた今の生を歩まないといけない。
さようなら、愛した女(ひと)。
今でも、まだ、恋しくて……愛している。
でも恋に破れてもなお生きようとする易者に強い男を見たわ……