「ねえ妖夢。人造人間に興味を持ったわ」
「はあ。それはまた突飛な……」
何の脈絡もなく、よく分からないことを言うのは幽々子様の気質だ。とっくに慣れているからそう驚かない。
……にしても幽々子様は暇なとき、いったい何を考えているのだろう。私は当然、幽々子様に比べれば暇がない。
暇を持て余すと、頭がどうなるか分かったものじゃないな。屋敷にずっと籠っているとこうなるのかも知れない。
「人工知能が必要なの。魂と魄ももちろん」
「……私で何かするつもりですか」
魂魄の二文字が、嫌な予感を放った。ほんの少しにたついた幽々子様の顔も。
いつもなら、私のお遣いが増えるだけで済みそうな幽々子様の暇つぶしも、今回はそう行かなさそうだ。
早めに、楽な方向にしなければ。
「幽々子様、一緒に倫理を学んではどうです?それからでも遅くないかと」
「妖夢みたいなのに倫理は通じないでしょ?でも面白そうね、倫理も」
こうかわされて。
「私は人造人間ではありません。人造人間はたぶんもっとメカニックな物でしょう?それなら河童かなんかに……」
「違うわ。私が創るのは人よ。機械、ましてや物なんかじゃないわ」
いつの間にか、造ることになってしまう。あーあ。
さて、何を持って来いと言われるやら。
……幽々子様はなぜか黙ってしまった。
「……幽々子様?それで、私は何を持ってくれば良いのですか?」
「やっぱり、聞いてくれたわね」
私の顔が、あはっ、と少し歪むのを見ると幽々子様はまた、にたついて私に言った。
「あなたが必要だと思う、魂の材料を持ってきて頂戴。たぶん何でもよくないけど、何でもいいわ」
ああ、一番困るやつだ。本当に何でもいいわけがない。
とにかく、お遣いを頼まれたわけだから、外に行かなくては。
◇ ◇ ◇
外に出たはいいけれど、どこに行こう。
……材料が揃ったら、私は魔改造されてしまうのだろうか。それは困りすぎる。やっぱり倫理学の本でも買っていくかな。
いや、幽々子様とはいえ、流石にそんなことはするはずがない。ちょっと半霊をかじるくらいのことしかしないし。
それに、何でもよくない、という言葉も引っかかる。これは私の考えが及ばないものを求めてたりするんじゃないかな。
となれば、他人に委ねるのが一番か。
思考を巡らすうちに、香霖堂に着いた。
「こんにちは、霖之助さん」
「あれ、珍しくないね。今日は何を探して?」
「えっとですね、魂の材料を……」
過程を説明すべきかとも思ったけれど、結局言っても意味が分からないだろうから、そのまま言った。
「あるけど、何を作るんだい?むき出しの魂?」
「えっ?えっと、人造人間です」
正直、ダメもとで聞いたのに普通にあると言われて驚いてしまった。
「人形みたいなもの?それとも機械みたいなもの?」
「人形みたいなやつです、たぶん」
「……どうやら君の意志で作ろうと思うものではないみたいだね」
そりゃそうですよ、そんなもの造って何になるんですか。なんて言いたいけれど、それは霖之助さんも承知しているはずだ。
「いいかい、おもちゃを作るにせよ、従者を作るにせよ、作る人間には責任がある。倫理学で近いことが学べるよ。これを」
「ありがとうござい……ます……」
ません、て言いたいところ、言えないのが従者ってものです。はあ。
結局、倫理学の本を買うことになるとは……せめて、魂の材料がどんなものか聞かなければ。
「因みに、魂の材料はまさかこれじゃ」
「違うよ。でも、直接作る人間が考えたものが正解になるから、君が人造人間を作ろうとしたとき、倫理学が材料だとどこかしら思うなら、それも材料だよ」
「……参考になりました」
嘘だ。たぶんなってない。
「あと、博麗神社に居ついている変な猫にも話を聞くといいと思うよ」
「参考になりました!」
◇ ◇ ◇
なんだかんだ、香霖堂には毎度微妙に助けられる。行くのを辞めない理由だ。
博麗神社に向かいながら、霖之助さんの言葉を吟味する。
人造人間を作る本人が、必要だと思ったものこそが材料。幽々子様が必要だと思ったのは……私が必要だと思うもの。
私が必要だと思ったものは……この本、だっけ?私はずっと幽々子様が必要とするものを探してきたし、今回も……
なんとなく、過去のお遣いが浮かんできて、頭の中がごちゃごちゃしてきた。
整理もつかないまま、博麗神社に着いてしまった。
「ん、珍しいわね。とりあえず参拝して」
「仏教徒なんですけどね、どちらかと言ったら……」
「それ聞き飽きたからさっさと」
霊夢に言われるまま、適当に参拝を済ませた。本よりずっと安いけれど高いんだろうな。
「で、何しに来たの?」
「変な猫に会いに来たの」
「ああ、お燐のことね。お燐、変な人が呼んでるよ」
「ちょっと、いや、変な猫で通じるのね」
私は物理的に変なだけだ。と言うか霊夢も十分過ぎるくらいに変人だ。
まもなく、黒猫が駆けてきた。軒下に座っている私たちの前で止まると、それは変身した。
「じゃじゃーん!」
「「変ね」」
「いや、変な人じゃなきゃ火車を見たら逃げるよ!」
おかしな光景におかしな会話だけれど、これぞ幻想郷流。この勢いで魂の事も、もう知らないって投げてしまいたいところ。そうはいかないけど。
「で、あたいに何の用?」
「えっとですね、魂の材料を探してまして。あっ、もちろん自分の意志で」
「嘘ね」
「霊夢に用はないから。なんでもないわ」
霊夢の言う通り、嘘だ。けれど、もう本はいらない。
「魂の材料ってことは、魂を作るつもりなの?」
「まあ、そうです。ゆくゆくは人造人間を」
「ふーん。それであたいに魂を譲ってほしいってわけね」
「えっ?そう、そうです」
魂を、譲る?火車が死体を集めるのは知っていたけれど、魂もコレクションしているとは。魂って、そんなに魅力的な物かしら。
けれど、これはラッキーだ。魂そのものを手に入れられれば、後はそのまま使うなり、分解して使うなりすればいい。
この本に書かれてる内容とは違いすぎるだろうけど。絶対間違ってるけど。
「そうだねえ、あたいは別に魂に執着は無いけれど、魂も元生き物だからね。あれ、元、なのかな?今も生きてるからまだ生き物か」
「そんなことどうで……確かに大切なことですよね」
ああ、死体を集めるようなやつにも倫理観があるんだな。私にもない訳じゃ……今はちょっとあれなだけで。
「魂にも意志はあるからね。魂が変人さんについていくことを選べば、それでいいんじゃないかな」
変人さんに突っ込みを入れたいところだけれど、我慢、我慢。面倒な話が続きそうだし、霊夢の目つきも穏やかじゃないし。
「魂を手なずけるには、どうすればいいでしょう?」
「うーん、あたいの近くに魂が留まるのは自分の死体に未練があるか、拾って焼いてくれたことに感謝してるかのどっちかだしねえ。どっちも無理だね」
「そうですか……あっそうだ。なら新しい体を用意したら気に入ってくれますかね」
自分で言っておいて難だけれど、とんでもなく非倫理的な考えだ。言ってしまった感が否めない。
「そんなことをしなくても、何匹かの魂は変人さんのそれを気に入るんじゃないかな?」
火車は私に共する半霊を指さすと、その手をそのまま空に掲げた。
すると、なんということでしょう。火車の指先に魂が集合して、私の方に飛んできたではありませんか。
「こ、これは……」
「強い魂に惹かれるのが魂の性質だからね。意志が強くなるとこんな風に分かりやすい形をとって現れるんだ」
「はあ、なるほど。大体分かりました」
正直、ほとんどわかっていない。それまで魂はどこでどうしていたのか、というか半霊は強い魂だったのか。聞きたいことが増えてしまったけれど、
今はこの、半霊にふわふわとしたものが巻き付いている状態で、屋敷に帰ることを優先せねば。
「その分はあげるけど、不安定だからね。半霊が弱くなって、信用がなくなって、魂たちが暴走してもあたいは一切の責任をとらないよ」
「そ、そうですか」
さっき香霖堂で聞いた責任という言葉が途端に重くなった。ますます早く帰らねば。
「ありがとうございました。次会うときは妖夢って呼んでください、お燐さん」
「はいはーい」
「あー、妖夢、帰るなら魔理沙のとこに寄っていくといいわ」
「今、不安定なの霊夢にも分かるでしょう」
「魔理沙は今あんたと同じように魂の研究をしているのよ。この前むき出しの魂を魔法で保存して私に見せてくれたっけ」
「……本当?」
霊夢が、みょんに親切だ。放置していたのに。けれど、魂の保存は魅力的だ。まだ、夕飯の買い物が残っている。
「私が変に優しいとか思った?それなら、私は魔理沙の研究に協力しているだけで、あんたはどうでもいいの」
「レイマ……ありがとう、霊夢」
危ない危ない。霊夢とまともにやり合えば、弱さを晒すことになりかねない。そうなったら……考えるのは、止めておこう。
◇ ◇ ◇
さて、私は霊夢の話に乗るべきだろうか。
正直、魔理沙にかかわっても碌な目に合わないことはどこかで分かっている。
けれど、むき出しの魂を里に持ち込むわけにもいかないし、かと言って今このまま家に帰って、再びお遣いに出るようじゃ、夕飯の時間は確実に遅くなってしまう。
魂のことを言い訳に出来れば、とも思うけれど、正直これを気に入るとも限らない。
うーん、どうしようかなあ。
「おおっ、妖夢、何してんだこんなところで?」
そこまで考える間もなく、見つかってしまった。ああ、嫌な予感。
「お使いの帰り。魂の」
「魂の?命かけてお遣いしてるってことか?そりゃまたご苦労だな」
「ええ。ほんとうに苦労するの。むしろこの後ね……少し、手伝ってくれない?この魂を少し研究してもいいから」
「あ?魂の研究?私は魂より、そっちの本に興味があるぜ」
「あ、これ?別にあげてもいいけど、かわりにこの魂を魔法で保存してくれない?」
「ん、そうだな……分かった。いいか?魂の保存ってのは要は魂を非活性状態にすることだ」
「なるほど。冷凍保存とか?」
「違うな。熱を使うんだ。あっ、本が焼けちまうかもしれないから先に渡してくれ」
言うと同時に、魔理沙は私の手から本を奪った。てことは……
「あっ、ちょっと待って、本が焼けるなら私も―――」
「準備完了だ。恋府『マスタースパーク』!」
あ、やっぱり――――
いきなりの宣言と一緒に視界が真っ白になって、気づけば仰向けになっていた。
「じゃ、この本は貰っていくぜ。香霖が如何にも好みそうだなー」
そりゃそうですよ。貸本で儲かって向こうも嬉しいでしょうね……
「ああ、魂は……」
見ると魂は、非活性状態というより、点の元と言った方がいい状態になっていた。
魔理沙は、弾幕によって死んで?しまった魂を尻目に飛び去っていった。
本を奪われ、魂を殺され……たぶん、強い魂であるという信用も失ってしまった。これでは神社に戻っても仕方ないだろう。遅いし。
……夕飯の買い物をしなくちゃ。今晩は、昨日作っておいた煮物と、適当な魚を一匹ずつ買って食べるつもりだった……けど、予定変更。
さんざ歩いて疲れたし、手ぶらで帰れば幽々子様に何か言われること間違いなしだし、せめて、もっとおいしいものを食べなければ、気持ちが晴れない。
……良いお肉で、すき焼き。煮物の残りをぶっこんでも大した問題はないはず。雀の肉も買っていくかな。倫理的な問題で少し高いけど、もう倫理なんて糞くらえだ。今日だけは。
森を抜けて、里に着くと、真っ先に肉屋に向かう。高いお肉を手にするたび、その味を想像して唾液が出る。
……ひょっとして、こういうのが、魂にとって大切なことなんじゃないだろうか。そうだ。絶対そうだ。
幽々子様が魂の材料を何だと思っているかは分からないけれど、少なくとも私にとって、これは確実に魂の材料だ。
よし、これで堂々と帰れる……なんて、事は甘くないんだろうな。
◇ ◇ ◇
案の定、いつもより遅い時間に屋敷に着いた。
色々な面倒ごとを覚悟して、居間の戸を開ける。
「ただいま帰りました」
「あら妖夢、早かったわね。魂の材料はそんなに安かったかしら?」
「えっ?私はもう、遅くなったことを謝るつもりでいたのですが……」
意外にも、時間がかかるものと思われていたようだ。じゃあ、また探しに?……絶対嫌だ。
「まあ、時間なんてどうでもいいの。いいものが手に入ればね。早速見せて頂戴」
「ああ、ええっとですね……」
解説する前に、幽々子様は次々と買い物袋の中身を出していく。
「あら、いいお肉じゃない!雀も!見る限り、すき焼きなのね。嬉しいわ……で、魂の材料は?」
「えっと、それです」
「へ?もう何もないじゃない……あ、分かったわ。ホムンクルスを」
「違います」
「何も、持ってこれなかったのね」
「……はい、そうです……」
結局、すき焼きが魂の材料だ、なんて言えなかった。実験かなんかに使わないで普通に食べたいって思うし。後ろめたさもあるけど。
「すみません。色々探して、実際に魂を手に入れたり手から出て行ったりしたんですけどね」
「ふうん。よく分からないけど、まあいいわ。……って、言ってあげる代わりに、すき焼きの準備しながら私の話を聞いてくれる?」
「えっ?……はい」
思いのほか、そこまで機嫌を損ねなかったようで一安心。というか、食事の準備しながら話すなんて、いつも通りじゃないか。
「妖夢、私が最初、人造人間や妖夢に興味があるって言ったら、あなたは自ら、何をすればいいか聞いてきたわね?」
「私に興味って……はい、そうでした」
「それで、私はあなたが必要だと思ったものを持ってきて、と言ったわ」
「ええ。そうでした」
「それで、妖夢はどんなものを探したのかしら?」
「えっと、幽々子様が気に入りそうなものを」
「やっぱりそうね。私が必要だと思いそうなものを、探していたのね」
「はい。結局持って帰っては来れませんでしたけど」
「つまり、探したけど失敗してしまった、ってことね。なんでそうなったか分かるかしら?」
今日の失敗。本を買ったこと。霊夢の言うことを信じかけたこと。魔理沙に会ったこと。それから……多すぎる。
「えっと、色々な理由があるんですが、説明した方がいいですか?」
「うーん、理由じゃなくて、原因ってことで、一つに絞ってみて」
「えーっと……すみません、どれか分からないです」
全部、なんて投げやりな答えが一番正しいかもしれない。けど、それでは余りにも悲しい。
「じゃ、妖夢が考えている中には一つも答えはないわね。いい?あなたが今日失敗した原因はズバリ、エラーよ」
「エラー?……人工知能ですか」
「ふふ、いいかしら。私が必要と思うものは妖夢が必要と思うもので、妖夢が必要と思うものは私が必要と思うもの。私が必要と思うものは……って、無限に続いてしまうの」
「それはつまり、私の探していたものは……存在しない、ってことですか」
「妖夢が最後まで、私が必要と思うものを探す、って考えをやめなければそうなるわね」
「はあ。じゃあ結局、今日のは無駄足だったってことですか……」
「違うわ。そうじゃないから、今話をしているんじゃない。それで、その無限ループから抜け出すには何が必要だと思うかしら?」
「うーん……自分の、オリジナルの考えですかね」
「正解よ。で、それを生むには、知性が必要だと私は思うの。妖夢は知性ってどんなものだと思う?」
「知性?」
今、話が少しごちゃついてきたと感じている私はたぶん、幽々子様に比べ、知性が足りないのだろう。
「頭の良さ、みたいな……」
「そう。じゃあ何も持って帰ってこれなかった妖夢には知性がないのね」
「え?いや、えっと……」
「はい、そうです。だなんて、思わないわよね。それは、妖夢が、妖夢なりの知性を自覚しているから。そうよね?」
「……そうなんですかね」
「難しく考えないで。精一杯考えたのに、あなたは頭が悪いですね、って言われたらいい気分はしないでしょう?」
「そうですね。プライドがありますから」
「そう、プライドよ!知性はプライドなの。妖夢が、このままじゃ終われないって思えば、無限ループからも、抜け出せるのよ」
「なるほど。でも私は……あっ」
そうだ。すき焼きを選んで、これぞ魂の材料だ、なんて考えたのは私にプライドがあるからじゃないか。
失敗で終われない。まだプライドは、死んでない!
「……幽々子様、失礼しました。さっき、何も持って帰ってこれなかったと言ったのは嘘です。私が持って帰ってきたのは、これです!」
ちょうど、すき焼きがよく煮え、食べ頃になった。
「いいものを持ってきたわね。……もう一度問うわ。あなたに、知性はあるのかしら?」
「あります。それ故、おいしいすき焼きを食べて、魂を元気にすることを選びました」
「ふふ、本当にいい選択だわ。疲れた日はすき焼きに限るわね」
「幽々子様は疲れてないじゃないですか。正直、せっかくの節約がって思いも……」
「今日は、ないわね」
「……ええ、幽々子様と同じ考えです!」
「ふふ、本当に人間らしいわね、あなたは」
最後の言葉が少し引っかかった。まだ、私で人造人間とか企んでるのかな。それも、柔らかいお肉と一緒に、卵でつるりと飲み込んでしまおう。
おいしいご飯に、笑う幽々子様。私の魂は今日も、絶賛稼働中です。
いや、例外もあるでしょうが、この作品についてはもっとエンディングまでに時間が必要だと思いました