「あーきがきーたー あーきがきたー どーこーにーきたー」
拾った木の枝をふりまわし、ご機嫌に歌いながら歩いているのはチルノだ。
その後をリグルと大妖精が続き、ルーミアは手を広げながら3人の周りを落ち着き無く走りまわっていた。
このあたりは色鮮やかな紅葉を湛えた山々に囲まれた田園地帯、4人が歩く道の両脇にある水田にはもう水は無く、収穫を目前に控えた稲穂が風に揺られ、黄金色に輝く海を創っていた。
「このあたりもすっかり秋だねー」
「そうだなー」
「あたい、ふゆがすきだからあきもすき なつはきらい!」
「私も、秋は空気が澄んでて紅葉がきれいだし、それに――」
「おいしいものがいっぱいなのだー」
「だねー」
「そっかー、私はあんまりかな」
嬉しそうに話す3人とは対照的に、リグルは一人、少し浮かない顔をして遠くを見るようにして言った。
「あー リグルさむいのちょーきらいだもんなー」
「まあな、それもあるんだけど――」
そこまで言ってリグルは言葉をつまらせた。
大妖精は けど? と話の先を聞こうとしたが、それはやぼな事だと思い、寸前の所で口には出さなかった。
そして過去の秋や冬のリグルの様子を思いだしてみたものの、寒さを嫌い家に篭って、寒い寒いと愚痴をこぼしている姿しか思い出せず、結局その先の言葉が何だったのかは分からなかった。
一方、そんなリグルと大妖精の様子には目もくれず、あとの2人はといえば、ルーミアがどこからか拾ってきた木の枝で突然チルノに切りかかり、チルノもそれに応戦してチャンバラごっこを始めていた。
2人は、えいっ という掛け声と共にカチンカチンと木の枝を何度か打ち合ったあと、サッと互いに間合いを取り、構えたままじっと睨み合った。
「なかなかやるな」
「おぬしこそ」
そう言いながら、刀を構える侍になりきった2人はじりじりと間合いをつめた。
遊びとは言え、いつどちらが先に切り掛かるか、という一触即発の緊迫した空気がそこにはあった。
大妖精とリグルもじっと2人の侍の勝負を、緊張の面持ちで見守った。
だが刹那、そこに割って入るかのように一匹の赤とんぼが睨み合う侍の間を通り抜けた。
そして赤とんぼはその後ぐるっと旋回したあと、チルノが構える刀の先にちょん と留まった。
「あ! あかとんぼ!」
「スキありなのだー!」
「ぎゃー!」
チルノが赤とんぼに気を引かれた瞬間、ルーミアの一撃がチルノのおでこを捉え、2人の侍の勝負は決した。
「いてて くっそーおぼえておれ!」
「またいつでもくるのだー」
「あ!」
「ん?」
「とんぼ! さっきのとんぼどこいった?」
手で抑えていたおでこの痛みなど早々に忘れて、チルノは先ほどの赤とんぼをきょろきょろと探しはじめ、ルーミアもあたりを見渡した。
「こっちだよ」
そう声がする方へ2人はぎょっと顔を向ける、赤とんぼがしゃべったのかと2人は一瞬思ったが、声の主はとんぼではなくリグルだった。
見ると、先ほどの赤とんぼがリグルの周りを嬉しそうに飛び回っているのが見えた。
リグルが手をさしのべると、赤とんぼはすぐさまその指先に留まり、リグルをみつめた。
リグルもそれに応えるように赤とんぼにやさしく微笑みかけると、それが合図だったかのように何処からともなく他の赤とんぼが5匹、10匹、20匹とリグルの元へ集まり始めた。
あっという間にできた赤とんぼの群れにチルノとルーミアは興奮してはしゃぎだし、大妖精も感動した様子でその光景を見ていた。
「それにさ」
「え?」
「さっきの話し」
「あ、うん――」
「私にとって秋は、虫たちとの別れの季節だからさ。この子達は今こうやって、最後のお別れを言いに来てくれたんだ」
その時大妖精は初めて はっとした。
リグルの能力は「虫を操る程度の能力」操るというのは言い方を変えれば意思疎通ができるという事。
そうなればリグルの虫への愛着と情は計り知れない。
そして冬が来るとこのとんぼのように、春や夏に成虫になって空を飛んでいるものの類は冬が来る前、つまり秋には産卵を終えてその生涯を閉じる、つまりリグルとは永遠の別れとなる。
それは毎年秋が来るたびに、何度も、何度も繰り返されるのだ。
少し考えればリグルの気持ちも察する事ができたかもしれないが、大妖精はそんなことは今まで一度も考えた事が無く、それをひどく後悔した。
「そっか… ごめん、私、さっき秋が好きだなんて言っちゃった リグルにとっては、悲しい季節だよね…」
「ううん、ちがうよ、悲しいんじゃなくて、くやしいんだよ」
「え?」
大妖精は少し理解に苦しんだ。
ほんの1年 いやもっと短い間でも、意思を通わせた仲間とあれば、死に別れる事が悲しく無いわけがない。
しかも悲しくないのにくやしいというのはどういう事なんだろう、と。
少し考え込んでいる大妖精の様子を見て、リグルは更に続けた。
「いや、本当は悲しくないって言うとウソになる、けど、それ以上に、悲しんでるのが私だけ、それがくやしい。この子達本人は死ぬ事を当たり前の事だと思って、全然気にも留めていないんだ」
「そうなの?」
「うん、自分が死んでも、ちゃんと残した子孫がいる、自分が死んでも、その身体は土に還って子孫をささえる糧となる。命は無くなっても、自分がそこからいなくなることは決して無い。だから悲しくない。って、毎年出会うどんな虫たちも口をそろえてそう言うんだ。私は、まだそれを受け入れられるほど大人じゃない。 だからくやしい」
リグルの話しを聞きながら、大妖精は黙って何も言わず、ただ相づちを打っていた。
その方がどんな言葉よりも相応しいと思った。
そしてリグルもまた、辺りを飛んでいるとんぼを見つめたまま何も言わず佇んだ。
沈黙する2人、しかし嫌な雰囲気はない。
気持ちを共有して、どこか満ち足りたような、それでいて悲しげな。
そんな2人の複雑な気持ちを表すかのように、周囲の稲穂がざわざわと風にゆれる音が2人を包んだ。
「強いんだね、虫さんたちは」
しばらくして大妖精がようやく口を開き、リグルはそれに対し、うん とだけ短く答えた。
「おーい! なにやってんのー!」
「ふたりともおそいのだー!」
2人がそうしている間に、とんぼの群れにはしゃいでいたと思っていたチルノとルーミアは
いつの間にかずいぶんと遠くまで進んでしまっていた。
その声にはっとした2人は急いでチルノ、ルーミアの方へ向かい、赤とんぼの群れもその後に続いた。
「待ってー! 今行くからー!」
「2人とも早すぎるぞー!」
そう声をかけながら走る2人からは、先ほどのしめっぽい表情は消え、出発する時に意思を通い合わせた時のような、意気揚々とした顔に戻っていた。
4人が合流してしばらく進むと、先ほどのきれいに手入れされていた水田地帯とはうってかわって長らく人の手が入っていない荒れ果てた田畑が道の両脇に広がっていた。
昔はこの辺りまで農業が行われていたようだが、今は枯れた雑草が地面を覆い、苔生した生垣も崩れる等して見る影も無かった。
「ねー、どうしてこのへんはこんなにばっちいの?」
「えっと、この先に神社へつながる獣道があって、その辺りは人を襲う悪い妖怪が出るって言われてるの。だからたぶんそこから妖怪が出るようになって、今は誰も近寄らなくなっちゃったんじゃないかな?」
「おー! おもいだした、このあたり、むかしわたしがよくにんげんをおそってたところなのだ」
「げ、お前のせいじゃん」
「わはー」
「はんけつ! にんげんがわるい」
「何で!?」
たわいも無い話をしながら4人ととんぼ達が更に進むと、歩いていた道が急に途切れ、替わりに大きな木々と、それに複雑に巻きついたツタでできた森の壁が立ちはだかっていた。
「だいちゃん、つぎはどっち?」
「えーっと、確か道なりにいけばそのまま獣道につながってるはずなんだけど」
「道間違えたかなぁ」
「みんなこっちなのだー」
3人が話していると、ルーミアが一本の木を指差しながらその木の元へ走っていった。
「そのきがなに?」
「あれ? あの木、なんか変」
「そうか?」
大妖精が言うように、その木は確かに周りの木と少し様子が違った。
他の木が秋に赤や黄色に葉を染めたり、色を変えないものは少しずつ葉を落としているのに対し、その木だけ時間が止まったかのように、新鮮で青々とした鮮やかな葉をまとっていたのだ。
「これを……っ! こうなのだぁ!」
ルーミアは少し後ろに下がった後、助走をつけて、自分の体より1周りも2周りも太いその木に体当たりをした。
普通ルーミア程度の妖怪の力なら、鈍い音とともに簡単に弾き返されるのがオチなはずなのだが、
ルーミアは弾き返されるどころか、そのままズバッ! という音と共に太い幹を突き抜け、そこに大きな穴を開けて見せた。
「うわー! ルーミアすげぇ!!」
「どうなってるんだ。ルーミアにそんな力があったなんて知らないぞ」
「ルーミアちゃん…!?」
3人があっけにとられていると、先ほど開けた穴からルーミアがひょっこり顔を出した。
「えへへ、ここ、むかしにんげんをおそったあと、いつもここにひきずりこんでたら、そのうちさとのにんげんがはりぼてでふさいでいったのだ」
「あぁ… 獣道に出てくる人を襲う悪い妖怪って、やっぱり確実にお前の事だろ」
「えっと…うーん、よくできた張りぼてだけど、なんていうか、子供だましだね」
「えへへー、それほどでもー、なのだ」
「褒めてない」
「ルーミアすごいのな!」
「凄くありません」
そんな事を言いつつ、リグルが木の穴を覗くと、その奥に細い道がずっと続いているのが見えた。
博麗神社へ繋がる獣道だ。
「とりあえずまぁ、ここで合ってるみたいだし ここを抜ければもう少しで博麗神社に着くな」
「おもってたよりちょっとだけとおかったのだ」
「うん、そうだね、のんびりしてたら帰るまでには日が暮れちゃいそう」
「みんな、どんまい!」
「何でお前だけひと事なんだよ」
当初は日が暮れるまでには余裕で戻ってこられる予定だったのだが、今日は昼前から行動を開始したことに加え、秋になるにつれ日が沈む時間も早まってきていたため、思っていたより早く日が暮れてしまいそうだった。
「じゃ、先を急ぐとしようか」
リグルがそう言って、獣道に入っていこうとすると、急に誰かに呼び止められたような気がして、その場で立ち止まり振り向いた。
先ほどまでついてきていたとんぼ達だった。
とんぼ達は4人から少し後ろに距離を取り、皆こちらを向いて空に留まっていた。
「そっか、お前たちはこの先は飛びにくいもんな。ありがとう… 来年、お前たちの子供たちに会えるのを楽しみにしてるよ」
リグルがそこまで言うと、とんぼ達は再び嬉しそうにリグルの周りを飛び回ったあと、群れを崩してばらばらに4人の元から飛び去っていった。
チルノとルーミアは飛び去っていくとんぼ達に元気よく手をふり、リグルは一瞬寂しそうな顔をしたが、チルノ達と共に笑顔でとんぼたちが飛んでいくのを見送った。
大妖精はリグルの表情を少し伺い、気持ちを察しながらも皆に習って元気にさよなら、と手をふった。
「よっし! だれがいちばんはやくつくかきょうそう!」
「おーなのだ!」
チルノが空気を変えるようにいきなり拳を高々と上げて言うと、側にいた大妖精の腕を強引に引っ張り、まだ走りだしていないルーミアに先を越されまいと走りだした。
「ちょっと、チルノちゃん何するの 待って!」
「こんどはチームせん! ふたりでさきにゴールしたほうがかち! いまきめた!」
「あ! ぬけがけはずるいのだ!」
「おいおい、そんなに急ぐと危ないぞ」
「リグル! はやくしないとまけるのだ!」
そう言いながら、ルーミアはリグルの事を待ちきれずに2人を追って1人走りだしてしまった。
「あ リグル待てよー! チーム戦だろー!?」
そう言ってリグルも走りだし、ルーミアと先に行った2人の後を急いで追った――
続きが気になる終わり方でした
るーみあちゃんこわい