穏やかな風にその黄金色の身をゆらす稲の香り 蒼く澄み渡った空
山々は少しずつ色を変え、木々には甘い香りを漂わせる果実がたわわに実る――
今年も幻想郷に秋がやってきた。
うだるような暑さは去り、夏の面影を消し去るかのように涼やかな風が幻想郷に吹き渡る。秋がもたらす清々しさ、野に里に実る木々の恵みや美しい景色が人々の行動力や探究心をくすぐり、その行動範囲を山へ川へと広げさせる。
もちろんそれは里に住む人間に限った事ではなく、幻想郷に住む全ての者にも言える事だった。
「ひまー」
そうぼやいたのはチルノだった。
「ひまなのだ」
「ひまだなー」
そう返事をしたのはルーミアとリグルだ。
3人は人間の里から少し離れた道中にある木陰に寝そべり、朝から何時間もそういったやり取りを繰り返していた。
「ひまー…」
「ひまなのだー…」
「だなー…」
なぜ3人が普段から遊んでいる湖ではなくこんな所で暇を持て余しているかというと、いつも3人と行動を共にしている大妖精の帰りを待ち続けているからなのだった。
「だいちゃんおそいな」
「あれからどれくらいたったのだ?」
「うーん、もう4時間ぐらいかな」
「てらこやのはなし、はやくききたいな」
そう、大妖精は今、人里にある寺子屋にいる。
男勝りでしばしば危険を省みない発言をするリグルと、普段から目が離せない子供のようなチルノとルーミア。そんな3人のお姉さん役のような立ち位置にいつもいる大妖精は「もっと自分がしっかりしなくては」という思いが強く、危険な事や、生活の知恵などを積極的に覚えては3人に教えたりしていた。
そうしているうちに自然と勉学にも興味を持つようになり、もっと勉強したいという思いから、寺子屋を営んでいる慧音を尋ねたのだ。
もちろん慧音は大妖精のその気持ちと熱意を深く理解し、快く受け入れたのだった。
そしてまずは体験入学として、半日だけ授業を受ける事となったのが今日この日であった。
3人は帰ってきた大妖精から寺子屋の話しをいち早く聞こうと、こうしてわざわざ人里の近くまでやって来てひたすら待っていたのだ。
「ひまー……」
「なのだー……」
「なー…… ん?」
リグルが相づちをうちながら、ごろん と身体の向きを変えると、その拍子に何かに気づき、はっと身体を起こした。後の2人もそれに気づき、身体を起こしてリグルが見つめる先に視線を移す。
すると少し遠くに授業を終えた大妖精がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「わー! だいちゃんだ!」
「あ! みんな!」
チルノの声に気づいた大妖精は3人の元へ走って急ぐと、3人がいる木陰までたどりついた頃にはすっかり息が上がってしまっていた。そんな大妖精に向かって、3人は「どうだった? どうだった?」と大妖精の身体を気遣う事も忘れて容赦なく一斉に聞いた。
大妖精は息を整えるために一度、ふーっと深呼吸した後、息が上がっていた先ほどの様子からうって変わって、突然目をきらきらさせながら、拳をぐっとにぎり、興奮を抑えられない様子で話した。
「と、とにかくすごかった!」
「それじゃわかんないのだ」
「もっと具体的におしえろって」
「だいちゃんおちついて!」
「えーっと えっとね XとYを足したら3になってXが2個とYが5個あるのを足したら9になる時Xは2なの!」
「へー! そーなのかー」
「え ルーミア今のわかったのか?」
「わからないのだ」
「えっと だからXがね」
「だいちゃんかわいそうに、きっとけーねにひどいことされたんだ…」
「ちがうよ!」
通常なら勉強というのは基礎的な内容から入り少しずつ理解していかなければいけないものなのだが、途中参加の大妖精には内容が難しすぎたようで、なんとなくは理解できても3人にうまく説明できるほどは自分でも理解できていなかったようだった。
ただ、掛け算もままならなかった大妖精が、なんとなくでもここまで理解できただけ十分すごいのだが。
「まさかずっとそんな内容の授業ばっかりじゃないよな?」
「ううん ちがうよ、他には文字の勉強とか、歴史の事とか」
「やっぱり面白くなさそうだな」
「えー、そんな事無いよ。
あ、他にもこの季節の植物の話とか、それを使った料理の授業もあったよ」
「それはおいしそうなのだ」
「あたい、りょうりはたべるのとくい!」
「あ あとね、慧音先生が、早くみんなと仲良くなれるようにって、来週寺子屋のみんなで命蓮寺に秋の遠足へ行く事になったの!」
大妖精は少しはにかみながらとても嬉しそうにそう話した。
「えんそくってなんなのだ?」
「え そこから?」
「あたいもわかんない!」
そう言うチルノとルーミアを見かねて、リグルが大妖精よりも先に、私は知ってるぞといったように手を腰に当てながら鼻高々に代わりに説明をはじめた。
「遠足ってのはな、みんなで弁当持って、自分の足で遠くまで歩いて行って、 そこにいる悪いボスをやっつけて異変を解決する冒険の事を言うんだよ」
「あれ なんか途中からちがう…」
「ぼうけん! あたいもいっしょにぼうけんする!」
「わたしもいっしょにいくのだ!」
「あ、でもね、今度行く遠足は寺子屋の子たちしか行けないから、その、みんなとは行けないの…」
大妖精が申し訳なさそうに話すと、当然ながら3人は、ずるい、うらやましい、等といった事を口々に言うのだった。
もちろん大妖精本人も3人ともいっしょに遠足に行きたい気持ちは大きかったのだが、こればかりはどうにもすることができず、ただごめんね、と謝るしかなかった。
そのうち、困った様子の大妖精をみたチルノは、珍しく気持ちを察した様で、腕を組んで少し考えたあと、ひらめいた! と言って3人の注目を集めた。
「じゃあ4にんだけでえんそくいこ! 4にんでいへんかいけつ!」
「それがいいのだ」
「いいな 決定!」
「うーん でも大人の人が一緒じゃないと危ないよ、それに異変って…」
「大妖精ー そんな固いこと言うなよ」
「そうそう! そうときまったらさっそくれっつごー!」
「え 今から? でも、みんなも私も命蓮寺の場所なんて知らないし 時間ももうお昼だよ」
「じゃあはくれいじんじゃ! いへんといえばれいむ!」
「それがいいのだ ここからもそんなにとおくないのだ」
「だな、博麗神社なら行って帰ってきても夕方までには戻って来られる。よし、これで話はまとまったな。いいよな?大妖精?」
最後は半ば、リグルに丸め込まれるような形ではあったが、大妖精も3人と一緒に楽しみたい気持ちは一緒なので、色々とつっこみたい部分には目をつぶり、リグルの問いに対し、大妖精は「うん」と元気よく返事をした。
「よーし、しゅっぱつなのだー!」
「あ ぬけがけずるい! あたいも!」
そういってチルノとルーミアが神社の方へ向かって勢いよく空に飛び出した。
「おーい 2人とも! 遠足は歩いて行くんだぞー!」
「あ そうだった」
「わすれてたのだ」
先走った2人にリグルが叫び、2人は、てへへ と少しバツが悪そうに笑いながら戻ってきた。
そして4人は改めて顔を合わせると、よし! と目で意志を確認し合った後、一路博麗神社へと元気よく歩きだしたのだった――
山々は少しずつ色を変え、木々には甘い香りを漂わせる果実がたわわに実る――
今年も幻想郷に秋がやってきた。
うだるような暑さは去り、夏の面影を消し去るかのように涼やかな風が幻想郷に吹き渡る。秋がもたらす清々しさ、野に里に実る木々の恵みや美しい景色が人々の行動力や探究心をくすぐり、その行動範囲を山へ川へと広げさせる。
もちろんそれは里に住む人間に限った事ではなく、幻想郷に住む全ての者にも言える事だった。
「ひまー」
そうぼやいたのはチルノだった。
「ひまなのだ」
「ひまだなー」
そう返事をしたのはルーミアとリグルだ。
3人は人間の里から少し離れた道中にある木陰に寝そべり、朝から何時間もそういったやり取りを繰り返していた。
「ひまー…」
「ひまなのだー…」
「だなー…」
なぜ3人が普段から遊んでいる湖ではなくこんな所で暇を持て余しているかというと、いつも3人と行動を共にしている大妖精の帰りを待ち続けているからなのだった。
「だいちゃんおそいな」
「あれからどれくらいたったのだ?」
「うーん、もう4時間ぐらいかな」
「てらこやのはなし、はやくききたいな」
そう、大妖精は今、人里にある寺子屋にいる。
男勝りでしばしば危険を省みない発言をするリグルと、普段から目が離せない子供のようなチルノとルーミア。そんな3人のお姉さん役のような立ち位置にいつもいる大妖精は「もっと自分がしっかりしなくては」という思いが強く、危険な事や、生活の知恵などを積極的に覚えては3人に教えたりしていた。
そうしているうちに自然と勉学にも興味を持つようになり、もっと勉強したいという思いから、寺子屋を営んでいる慧音を尋ねたのだ。
もちろん慧音は大妖精のその気持ちと熱意を深く理解し、快く受け入れたのだった。
そしてまずは体験入学として、半日だけ授業を受ける事となったのが今日この日であった。
3人は帰ってきた大妖精から寺子屋の話しをいち早く聞こうと、こうしてわざわざ人里の近くまでやって来てひたすら待っていたのだ。
「ひまー……」
「なのだー……」
「なー…… ん?」
リグルが相づちをうちながら、ごろん と身体の向きを変えると、その拍子に何かに気づき、はっと身体を起こした。後の2人もそれに気づき、身体を起こしてリグルが見つめる先に視線を移す。
すると少し遠くに授業を終えた大妖精がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「わー! だいちゃんだ!」
「あ! みんな!」
チルノの声に気づいた大妖精は3人の元へ走って急ぐと、3人がいる木陰までたどりついた頃にはすっかり息が上がってしまっていた。そんな大妖精に向かって、3人は「どうだった? どうだった?」と大妖精の身体を気遣う事も忘れて容赦なく一斉に聞いた。
大妖精は息を整えるために一度、ふーっと深呼吸した後、息が上がっていた先ほどの様子からうって変わって、突然目をきらきらさせながら、拳をぐっとにぎり、興奮を抑えられない様子で話した。
「と、とにかくすごかった!」
「それじゃわかんないのだ」
「もっと具体的におしえろって」
「だいちゃんおちついて!」
「えーっと えっとね XとYを足したら3になってXが2個とYが5個あるのを足したら9になる時Xは2なの!」
「へー! そーなのかー」
「え ルーミア今のわかったのか?」
「わからないのだ」
「えっと だからXがね」
「だいちゃんかわいそうに、きっとけーねにひどいことされたんだ…」
「ちがうよ!」
通常なら勉強というのは基礎的な内容から入り少しずつ理解していかなければいけないものなのだが、途中参加の大妖精には内容が難しすぎたようで、なんとなくは理解できても3人にうまく説明できるほどは自分でも理解できていなかったようだった。
ただ、掛け算もままならなかった大妖精が、なんとなくでもここまで理解できただけ十分すごいのだが。
「まさかずっとそんな内容の授業ばっかりじゃないよな?」
「ううん ちがうよ、他には文字の勉強とか、歴史の事とか」
「やっぱり面白くなさそうだな」
「えー、そんな事無いよ。
あ、他にもこの季節の植物の話とか、それを使った料理の授業もあったよ」
「それはおいしそうなのだ」
「あたい、りょうりはたべるのとくい!」
「あ あとね、慧音先生が、早くみんなと仲良くなれるようにって、来週寺子屋のみんなで命蓮寺に秋の遠足へ行く事になったの!」
大妖精は少しはにかみながらとても嬉しそうにそう話した。
「えんそくってなんなのだ?」
「え そこから?」
「あたいもわかんない!」
そう言うチルノとルーミアを見かねて、リグルが大妖精よりも先に、私は知ってるぞといったように手を腰に当てながら鼻高々に代わりに説明をはじめた。
「遠足ってのはな、みんなで弁当持って、自分の足で遠くまで歩いて行って、 そこにいる悪いボスをやっつけて異変を解決する冒険の事を言うんだよ」
「あれ なんか途中からちがう…」
「ぼうけん! あたいもいっしょにぼうけんする!」
「わたしもいっしょにいくのだ!」
「あ、でもね、今度行く遠足は寺子屋の子たちしか行けないから、その、みんなとは行けないの…」
大妖精が申し訳なさそうに話すと、当然ながら3人は、ずるい、うらやましい、等といった事を口々に言うのだった。
もちろん大妖精本人も3人ともいっしょに遠足に行きたい気持ちは大きかったのだが、こればかりはどうにもすることができず、ただごめんね、と謝るしかなかった。
そのうち、困った様子の大妖精をみたチルノは、珍しく気持ちを察した様で、腕を組んで少し考えたあと、ひらめいた! と言って3人の注目を集めた。
「じゃあ4にんだけでえんそくいこ! 4にんでいへんかいけつ!」
「それがいいのだ」
「いいな 決定!」
「うーん でも大人の人が一緒じゃないと危ないよ、それに異変って…」
「大妖精ー そんな固いこと言うなよ」
「そうそう! そうときまったらさっそくれっつごー!」
「え 今から? でも、みんなも私も命蓮寺の場所なんて知らないし 時間ももうお昼だよ」
「じゃあはくれいじんじゃ! いへんといえばれいむ!」
「それがいいのだ ここからもそんなにとおくないのだ」
「だな、博麗神社なら行って帰ってきても夕方までには戻って来られる。よし、これで話はまとまったな。いいよな?大妖精?」
最後は半ば、リグルに丸め込まれるような形ではあったが、大妖精も3人と一緒に楽しみたい気持ちは一緒なので、色々とつっこみたい部分には目をつぶり、リグルの問いに対し、大妖精は「うん」と元気よく返事をした。
「よーし、しゅっぱつなのだー!」
「あ ぬけがけずるい! あたいも!」
そういってチルノとルーミアが神社の方へ向かって勢いよく空に飛び出した。
「おーい 2人とも! 遠足は歩いて行くんだぞー!」
「あ そうだった」
「わすれてたのだ」
先走った2人にリグルが叫び、2人は、てへへ と少しバツが悪そうに笑いながら戻ってきた。
そして4人は改めて顔を合わせると、よし! と目で意志を確認し合った後、一路博麗神社へと元気よく歩きだしたのだった――
こういった勝気なリグルはあまり読んだことがなかったので新鮮でした。
続きも楽しみにしております。