気づけば、深い眠りであった。虚空の重みに食まれている。
顔を横に向ける。鈍く赤い壁が、遠くに見える。ぬいぐるみが並べてある。顔を向けなかった方の壁は、体に近いことが手の感触から分かる。
そのまま手の感覚に委ね、動かせるだけ動かしてみる。
間もなく、布の塊が浮き上がった。知らぬ、柔らかさだ。
眠りが心地よいものだったかは、分からない。また、いつに、どこで眠ったか、記憶にない。
ここは……
「あっ!起きた?」
ひと際大きなぬいぐるみが、私の顔をぐいとのぞき込んだ。人間のものではない、紅い瞳がいやに見開かれている。こいつは……
「お姉様は勝ったのよね?歴史なんて所詮結果論よね?」
◇ ◇ ◇
「歴史ばっかり見てるお前には、運命は変えられないよ」
あの異変の夜、私が成り行きで戦った吸血鬼に言われた言葉。
私はこの言葉で、ある悩みを抱えることになった。
最初は歴史ばかり見ている、と言われたことに腹を立てた。
そうやってお前が歴史から目をそらしていられるのは、私のおかげだ。
私が日々歴史書を編纂し、それを聞いて安心しているからそんなことが言えるのだ。
歴史を知ろうとしない者の望む運命など、歴史になる価値もない。
一人、合点して怒りを抑えた私は、ある疑問を持った。
高尚な者が望んだ運命が、今の歴史なのだろうか――――
私はハクタクであり、歴史を編纂する存在だ。
と言っても、洗脳や、世界の書き換えが出来るわけではない。歴史はあくまでも個人が記憶する「知識」の一種でしかない。
その知識は歴史書から得られるものであり、私はその特定の知識の統一化を図っているだけだ。
何のためかと言えば、幻想郷の人間の安寧のためだ。
人間が歴史書を編纂すれば、必ず偏りが生じてしまう。寿命が短いためだ。
また寿命が短いことで人間は、歴史を知るために、その偏った歴史書に頼らざるを得なくなってしまう。
それは争いの種になる。私はそれを防ぐために、一人間では、いや、人間では知り得ないことも記述した歴史書を創る。
平等な歴史で、平等な世の中を創る。
材料はすべて過去にあって、新しいものなど何もない。そこから何かを創造するのは、不可能なことのようにも思える。
それでも、寺子屋の生徒たちや歴史に興味のある人間が私の編纂した歴史書を読んで、安心しているのを感じる。
私は、間違ったことをしているつもりは微塵もない。
けれどそれが、私の意志ではなく、運命に基づくものだとしたら――――
繰り返す。私はハクタクであり、歴史を編纂する存在だ。
歴史には、どんな秤でも量れないような、重みがある。
それは私がハクタクでなければ、おこがましさに変わり、歴史を編纂し、世を整えようなどとは思わせないためのものになるはずだ。
要は、歴史の編纂、いや、私のやっていることは改竄に近いだろう。不都合な事実を隠したりもしている。そんなことを行っていいのは、ハクタクだけのはずだ。
そしてハクタクはその権利を以てハクタクという存在である。
もし、歴史の改竄がハクタク自身の意志に基づいたものでないとすれば……
私は、何のために存在しているのだろうか。
お前は運命という漠然とした力に操られている、ただの人形だ。
あの吸血鬼の言葉は、ひょっとしてそんなことを示唆していたのか?
……いや、そんなことはないはずだ。そこまで考えた発言があいつに出来るものか。
そもそも、運命を正体不明の強い力だと考えている私が間違っているんじゃないだろうか。
そうだ。歴史が運命の産物なのではない。運命が歴史の産物なのだ。
事実としての歴史は、決して改竄出来ない。
歴史が自分の思い通りでないことを悔やんだ者が、そのどうしようもなさを運命と名をつけて崇拝した結果じゃないか。
そうとなれば、あの吸血鬼はやはり取るに足らない存在だ。
……しかし、異変を解決したのは、あいつらが運命を変えようとした結果ではないか。
私がしたことはあくまでも対処で、解決ではなかった。
どうも、運命には無下にできない力があるような気がしてならない。
……試してみよう。歴史が運命を作るのなら、再び改竄して、戻せばいい。そうでないなら―――
私は、あの吸血鬼が住む紅魔館に向かった。
◆ ◆ ◆
「おはようございます、お嬢様。いきなりですが、来客です」
「おはよう咲夜……負けたの?」
「いえ、以前打ち負かした相手ですわ。今更戦う必要もありません」
「……そう」
もう、夜か。起きたばかりだというのに来客の相手だなんて、怠くて仕方がない。
咲夜に済ませてもらおうとも考えたが、咲夜が私のところまで通す限り、そうはいかないのだろう。
軽く、ベッドの中で伸びをして、体を起こす。いつも通りだ。
「失礼する。目覚めのところ、いきなりで済まない。」
ああ、誰だっけ。
「……ハクタク?何の用?」
「今更と思うかもしれないが、永夜異変のとき、お前が私に言った言葉を覚えているか」
「あー?そうねぇ……何だったかしら?」
「お前にとってはどうでもいいことみたいだな。"歴史ばかり見てるお前に、運命は変えられない"って言ったんだ」
「ああ、言ったね。その通りだったでしょ?」
そうだ、あの夜、こいつは人里を隠して……何にも、ならなかったんだ。
「そうだな、異変の解決は確かにお前と従者のおかげだ。感謝している。だから、お前が運命を操るのをもう一度見てみたいと思ってな」
「ふん、運命を操るねぇ。確かに私の能力だけど、私が使おうと思わないと使えない能力だからな」
「どういう意味だ?」
「お前に使えって言われて、はいはいって使っても、十分に発揮されないって意味さ」
「そうか。じゃあ私が、お前に能力を使いたいと思わせれば良いんだな?」
「……まあ、そうね。出来るならだけど」
何のつもりだろう。色んな意味で頭の固い奴に、面白いことができるもんか。
「弾幕勝負ならもう少し遅くにして頂戴。まだ眠いの」
「そのつもりで来たわけではない。私はな、お前に運命を操る能力を授けに来たんだ。正確には、歴史を操る能力だ」
「……何言ってんの?私はとっくに運命を操れるし、操った結果が歴史になるんだよ。お前が崇めている歴史にな」
運命を操ることを不可能だと思うやつはたくさんいる。けれど、高圧的に出てくるようなら、分からせるだけの余裕が私にはある。
「お前はそう考えるのか。私は、歴史のどうにもならない様こそが、運命ってやつだと思うんだよ」
「全てが過去にあると思うやつは愚かで仕方ないね。運命ってのはね、過去を全部ひっくり返して、私が思うように収束するのよ」
「ほう。そう思うなら、試そうじゃないか。運命が歴史を作るのか。歴史のどうにもならない様こそが運命なのか。決着をつけよう」
「お前の目的はそれか。私に能力を使わせるつもりなのね。……いいわ。運命の力で、あなたの思い通りにならない歴史を作ってあげるわ!」
口車に乗せられているような気がしないでもない。けれど、能力を使うなら、本能的になるべきだ。
「では、私がお前の存在を、歴史を喰うことで隠す。"運命を操る程度の能力"を持つという事実を含めてだ。異変の夜、人里を隠した要領でな。その後お前は、お前を認識できなくなった人間の従者に運命を操る力を発揮してみてくれ。そこで、お前が問題なく力を発揮できれば、従者は私の能力から目覚めて、お前の姿を再び認識できるようになるだろう」
「……ふん、要はハクタクの能力は人間にしか効かないから、咲夜で試せってことでしょ?私の能力は絶対だし、咲夜も人間離れしているから余裕ね」
「そうか、楽しみにしているぞ。ところで、もし私の能力が勝ったら、お前はどうするつもりだ?運命の崇拝を続けるつもりか?」
向こうにも自信があるようで、血が滾るのを感じる。私の能力がより絶対に近づくのがわかる。なめるな!
「そうだねぇ。残念だけど、お前の能力が勝つ可能性は皆無よ。私の能力は絶対。お前の能力がどれだけ強かろうが、運命には一切関係ないわ。邪魔をしようとしても無駄。私の能力が一瞬でそれに対応しておしまいよ」
「相当な自信だな。じゃあ、早速能力を使わせてもらうよ。従者への別れの挨拶はいらないか?」
「いらないわ。ただ、能力を使うならお互いに離れた方がやりやすいでしょ?お前の無力は直接見てもつまらなかったしね。……さようなら」
「私は……いや、何でもない」
ハクタクは何かを言いかけて、出て行ってしまった。挨拶もなしかい。
……いつも通りに過ごそう。私こそが、私の能力だ。
今夜の月はどうだろうか。……いやに細い月だ。満月であれば、なあ……
◇ ◇ ◇
あの自信に満ちた言動。運命という言葉の力強さ。私は、不安にならずにはいられなかった。
しかし、能力を使うなら、ああいう風に、己の強い意志に任せた方が良いのだろう。
吸血鬼の部屋を出た私は、食事の用意のためか静かになった廊下で、能力を発動した。
私の能力が勝ったら、すぐに能力を使って戻してやるつもりだったが、その気は失せた。向こうが頼むまで待とうじゃないか。
ただ、それはあいつのプライドが許さないだろう。
吸血鬼はもう一匹いたはずだ。あいつが寂しい思いをしないように、今のやり取りを話してやろう。
……ついでに、言いそびれたことも……
◆ ◇ ◆
「……ああ、フランね」
事態を把握しろ、と私は冷静な頭で自身に念じている。冷静でない、異常なことだ。
ここで寝ている理由を、目の前の吸血鬼に違和感を説明させろ。
なのに。
「当然、勝ったわ。私の能力は、歴史さえも操るのよ」
口が、暴走している。気づけば、表情も。
「そうね、お姉様は変わっていないわ。起きたときの癖とか」
「そんなに乱れてるかしら」
「寝ぐせもそうだけど、別の癖にも気づいたわ」
.
徐に、私が、起き上がる。説明がつかない。鏡に向かう。……なぜ、鏡の位置が分かる?
そこに映るのは……あの、吸血鬼じゃないか。
「そう、いつもと変わらないじゃない……フランの部屋で起きたことはおかしいけど」
「あのね、咲夜がね、寝ているお姉様がハクタクに見える、だなんて言い出したから、私がちょっと怒ったの。そしたら咲夜はね……」
「待って、まず、フランが私をここに連れてきたの?」
「そうよ。咲夜は混乱しているようだったから、一緒にいない方がいいと思って。だっておかしいでしょ?ハクタクに見える、だなんて言いながら寝ていて喋らないお姉様を、お姉様と認識できるのよ?」
「……咲夜に会う。今すぐ。どこにいるの?」
私は一連の会話を、傍聴しているようであった。半分ほどは、私が話しているというのに。
ハクタク、という単語に、私の心臓は大きく反応した……気がした。
姿も、意識も、何一つ呑み込めない。
どこかに取り残されて呆然としていると、あの人間の従者が現れた。
「おはようございます、お嬢様。お食事がまだでしたね。どうします?」
「咲夜。私は、何に見える?」
「お嬢様はお嬢様に見えます。それ以外のものには見えませんわ」
「私の姿よ。咲夜の眼には、私がちゃんと吸血鬼に見えているの?」
「はい。お嬢様は確かに、吸血鬼です」
わずかな間の後に、従者ははっきりとした声で答えた。
私は……
「そう、ならいいわ。食事は軽く済ませるわ。用意して頂戴」
「かしこまりました」
従者は瞬く間に消えてしまった。私が、私であるための何かが、消えてしまったようで焦りを感じる。
いや、全ては、他人の話だ。私の話ではない!
「ねえ、フラン。あなたはハクタクから勝負の話を聞いたんでしょ?あいつはなんて言ったのかしら」
口が動く。
「色々言ってたけどね、お前の姉が、困っているようだったら助けてやってくれ、だって」
勝負?助けてやってくれ?
頭が追い付かない。ただ、私は困っている。
それなのに!
「ふーん、助けねぇ。私がフランに頼るほど困ったことがあったかしら?姉より優れた妹は存在しないのよ」
「ああ、やっぱりお姉様のままね。助けは必要ないってことなら、あいつは……」
「「さようなら、って」」
声が、重なった。
顔を横に向ける。鈍く赤い壁が、遠くに見える。ぬいぐるみが並べてある。顔を向けなかった方の壁は、体に近いことが手の感触から分かる。
そのまま手の感覚に委ね、動かせるだけ動かしてみる。
間もなく、布の塊が浮き上がった。知らぬ、柔らかさだ。
眠りが心地よいものだったかは、分からない。また、いつに、どこで眠ったか、記憶にない。
ここは……
「あっ!起きた?」
ひと際大きなぬいぐるみが、私の顔をぐいとのぞき込んだ。人間のものではない、紅い瞳がいやに見開かれている。こいつは……
「お姉様は勝ったのよね?歴史なんて所詮結果論よね?」
◇ ◇ ◇
「歴史ばっかり見てるお前には、運命は変えられないよ」
あの異変の夜、私が成り行きで戦った吸血鬼に言われた言葉。
私はこの言葉で、ある悩みを抱えることになった。
最初は歴史ばかり見ている、と言われたことに腹を立てた。
そうやってお前が歴史から目をそらしていられるのは、私のおかげだ。
私が日々歴史書を編纂し、それを聞いて安心しているからそんなことが言えるのだ。
歴史を知ろうとしない者の望む運命など、歴史になる価値もない。
一人、合点して怒りを抑えた私は、ある疑問を持った。
高尚な者が望んだ運命が、今の歴史なのだろうか――――
私はハクタクであり、歴史を編纂する存在だ。
と言っても、洗脳や、世界の書き換えが出来るわけではない。歴史はあくまでも個人が記憶する「知識」の一種でしかない。
その知識は歴史書から得られるものであり、私はその特定の知識の統一化を図っているだけだ。
何のためかと言えば、幻想郷の人間の安寧のためだ。
人間が歴史書を編纂すれば、必ず偏りが生じてしまう。寿命が短いためだ。
また寿命が短いことで人間は、歴史を知るために、その偏った歴史書に頼らざるを得なくなってしまう。
それは争いの種になる。私はそれを防ぐために、一人間では、いや、人間では知り得ないことも記述した歴史書を創る。
平等な歴史で、平等な世の中を創る。
材料はすべて過去にあって、新しいものなど何もない。そこから何かを創造するのは、不可能なことのようにも思える。
それでも、寺子屋の生徒たちや歴史に興味のある人間が私の編纂した歴史書を読んで、安心しているのを感じる。
私は、間違ったことをしているつもりは微塵もない。
けれどそれが、私の意志ではなく、運命に基づくものだとしたら――――
繰り返す。私はハクタクであり、歴史を編纂する存在だ。
歴史には、どんな秤でも量れないような、重みがある。
それは私がハクタクでなければ、おこがましさに変わり、歴史を編纂し、世を整えようなどとは思わせないためのものになるはずだ。
要は、歴史の編纂、いや、私のやっていることは改竄に近いだろう。不都合な事実を隠したりもしている。そんなことを行っていいのは、ハクタクだけのはずだ。
そしてハクタクはその権利を以てハクタクという存在である。
もし、歴史の改竄がハクタク自身の意志に基づいたものでないとすれば……
私は、何のために存在しているのだろうか。
お前は運命という漠然とした力に操られている、ただの人形だ。
あの吸血鬼の言葉は、ひょっとしてそんなことを示唆していたのか?
……いや、そんなことはないはずだ。そこまで考えた発言があいつに出来るものか。
そもそも、運命を正体不明の強い力だと考えている私が間違っているんじゃないだろうか。
そうだ。歴史が運命の産物なのではない。運命が歴史の産物なのだ。
事実としての歴史は、決して改竄出来ない。
歴史が自分の思い通りでないことを悔やんだ者が、そのどうしようもなさを運命と名をつけて崇拝した結果じゃないか。
そうとなれば、あの吸血鬼はやはり取るに足らない存在だ。
……しかし、異変を解決したのは、あいつらが運命を変えようとした結果ではないか。
私がしたことはあくまでも対処で、解決ではなかった。
どうも、運命には無下にできない力があるような気がしてならない。
……試してみよう。歴史が運命を作るのなら、再び改竄して、戻せばいい。そうでないなら―――
私は、あの吸血鬼が住む紅魔館に向かった。
◆ ◆ ◆
「おはようございます、お嬢様。いきなりですが、来客です」
「おはよう咲夜……負けたの?」
「いえ、以前打ち負かした相手ですわ。今更戦う必要もありません」
「……そう」
もう、夜か。起きたばかりだというのに来客の相手だなんて、怠くて仕方がない。
咲夜に済ませてもらおうとも考えたが、咲夜が私のところまで通す限り、そうはいかないのだろう。
軽く、ベッドの中で伸びをして、体を起こす。いつも通りだ。
「失礼する。目覚めのところ、いきなりで済まない。」
ああ、誰だっけ。
「……ハクタク?何の用?」
「今更と思うかもしれないが、永夜異変のとき、お前が私に言った言葉を覚えているか」
「あー?そうねぇ……何だったかしら?」
「お前にとってはどうでもいいことみたいだな。"歴史ばかり見てるお前に、運命は変えられない"って言ったんだ」
「ああ、言ったね。その通りだったでしょ?」
そうだ、あの夜、こいつは人里を隠して……何にも、ならなかったんだ。
「そうだな、異変の解決は確かにお前と従者のおかげだ。感謝している。だから、お前が運命を操るのをもう一度見てみたいと思ってな」
「ふん、運命を操るねぇ。確かに私の能力だけど、私が使おうと思わないと使えない能力だからな」
「どういう意味だ?」
「お前に使えって言われて、はいはいって使っても、十分に発揮されないって意味さ」
「そうか。じゃあ私が、お前に能力を使いたいと思わせれば良いんだな?」
「……まあ、そうね。出来るならだけど」
何のつもりだろう。色んな意味で頭の固い奴に、面白いことができるもんか。
「弾幕勝負ならもう少し遅くにして頂戴。まだ眠いの」
「そのつもりで来たわけではない。私はな、お前に運命を操る能力を授けに来たんだ。正確には、歴史を操る能力だ」
「……何言ってんの?私はとっくに運命を操れるし、操った結果が歴史になるんだよ。お前が崇めている歴史にな」
運命を操ることを不可能だと思うやつはたくさんいる。けれど、高圧的に出てくるようなら、分からせるだけの余裕が私にはある。
「お前はそう考えるのか。私は、歴史のどうにもならない様こそが、運命ってやつだと思うんだよ」
「全てが過去にあると思うやつは愚かで仕方ないね。運命ってのはね、過去を全部ひっくり返して、私が思うように収束するのよ」
「ほう。そう思うなら、試そうじゃないか。運命が歴史を作るのか。歴史のどうにもならない様こそが運命なのか。決着をつけよう」
「お前の目的はそれか。私に能力を使わせるつもりなのね。……いいわ。運命の力で、あなたの思い通りにならない歴史を作ってあげるわ!」
口車に乗せられているような気がしないでもない。けれど、能力を使うなら、本能的になるべきだ。
「では、私がお前の存在を、歴史を喰うことで隠す。"運命を操る程度の能力"を持つという事実を含めてだ。異変の夜、人里を隠した要領でな。その後お前は、お前を認識できなくなった人間の従者に運命を操る力を発揮してみてくれ。そこで、お前が問題なく力を発揮できれば、従者は私の能力から目覚めて、お前の姿を再び認識できるようになるだろう」
「……ふん、要はハクタクの能力は人間にしか効かないから、咲夜で試せってことでしょ?私の能力は絶対だし、咲夜も人間離れしているから余裕ね」
「そうか、楽しみにしているぞ。ところで、もし私の能力が勝ったら、お前はどうするつもりだ?運命の崇拝を続けるつもりか?」
向こうにも自信があるようで、血が滾るのを感じる。私の能力がより絶対に近づくのがわかる。なめるな!
「そうだねぇ。残念だけど、お前の能力が勝つ可能性は皆無よ。私の能力は絶対。お前の能力がどれだけ強かろうが、運命には一切関係ないわ。邪魔をしようとしても無駄。私の能力が一瞬でそれに対応しておしまいよ」
「相当な自信だな。じゃあ、早速能力を使わせてもらうよ。従者への別れの挨拶はいらないか?」
「いらないわ。ただ、能力を使うならお互いに離れた方がやりやすいでしょ?お前の無力は直接見てもつまらなかったしね。……さようなら」
「私は……いや、何でもない」
ハクタクは何かを言いかけて、出て行ってしまった。挨拶もなしかい。
……いつも通りに過ごそう。私こそが、私の能力だ。
今夜の月はどうだろうか。……いやに細い月だ。満月であれば、なあ……
◇ ◇ ◇
あの自信に満ちた言動。運命という言葉の力強さ。私は、不安にならずにはいられなかった。
しかし、能力を使うなら、ああいう風に、己の強い意志に任せた方が良いのだろう。
吸血鬼の部屋を出た私は、食事の用意のためか静かになった廊下で、能力を発動した。
私の能力が勝ったら、すぐに能力を使って戻してやるつもりだったが、その気は失せた。向こうが頼むまで待とうじゃないか。
ただ、それはあいつのプライドが許さないだろう。
吸血鬼はもう一匹いたはずだ。あいつが寂しい思いをしないように、今のやり取りを話してやろう。
……ついでに、言いそびれたことも……
◆ ◇ ◆
「……ああ、フランね」
事態を把握しろ、と私は冷静な頭で自身に念じている。冷静でない、異常なことだ。
ここで寝ている理由を、目の前の吸血鬼に違和感を説明させろ。
なのに。
「当然、勝ったわ。私の能力は、歴史さえも操るのよ」
口が、暴走している。気づけば、表情も。
「そうね、お姉様は変わっていないわ。起きたときの癖とか」
「そんなに乱れてるかしら」
「寝ぐせもそうだけど、別の癖にも気づいたわ」
.
徐に、私が、起き上がる。説明がつかない。鏡に向かう。……なぜ、鏡の位置が分かる?
そこに映るのは……あの、吸血鬼じゃないか。
「そう、いつもと変わらないじゃない……フランの部屋で起きたことはおかしいけど」
「あのね、咲夜がね、寝ているお姉様がハクタクに見える、だなんて言い出したから、私がちょっと怒ったの。そしたら咲夜はね……」
「待って、まず、フランが私をここに連れてきたの?」
「そうよ。咲夜は混乱しているようだったから、一緒にいない方がいいと思って。だっておかしいでしょ?ハクタクに見える、だなんて言いながら寝ていて喋らないお姉様を、お姉様と認識できるのよ?」
「……咲夜に会う。今すぐ。どこにいるの?」
私は一連の会話を、傍聴しているようであった。半分ほどは、私が話しているというのに。
ハクタク、という単語に、私の心臓は大きく反応した……気がした。
姿も、意識も、何一つ呑み込めない。
どこかに取り残されて呆然としていると、あの人間の従者が現れた。
「おはようございます、お嬢様。お食事がまだでしたね。どうします?」
「咲夜。私は、何に見える?」
「お嬢様はお嬢様に見えます。それ以外のものには見えませんわ」
「私の姿よ。咲夜の眼には、私がちゃんと吸血鬼に見えているの?」
「はい。お嬢様は確かに、吸血鬼です」
わずかな間の後に、従者ははっきりとした声で答えた。
私は……
「そう、ならいいわ。食事は軽く済ませるわ。用意して頂戴」
「かしこまりました」
従者は瞬く間に消えてしまった。私が、私であるための何かが、消えてしまったようで焦りを感じる。
いや、全ては、他人の話だ。私の話ではない!
「ねえ、フラン。あなたはハクタクから勝負の話を聞いたんでしょ?あいつはなんて言ったのかしら」
口が動く。
「色々言ってたけどね、お前の姉が、困っているようだったら助けてやってくれ、だって」
勝負?助けてやってくれ?
頭が追い付かない。ただ、私は困っている。
それなのに!
「ふーん、助けねぇ。私がフランに頼るほど困ったことがあったかしら?姉より優れた妹は存在しないのよ」
「ああ、やっぱりお姉様のままね。助けは必要ないってことなら、あいつは……」
「「さようなら、って」」
声が、重なった。
読了後、色々考えさせられる話は好きです。