前書
「今夜は…月がきれいだね」
一瞬、(愛してるって事か………?)と思考を巡らせるもすぐさま(いや、それはないか………)とその可能性を捨て去ってしまう鈍感で自己評価が低い上に、相手を子供扱いしてしまう―――であった………それがルーミアが振り絞った精一杯の愛情表現であるとは気づく事は出来なかった………その時の事を―――は後年にあって後悔する事になる………過ぎ去った日々はもう二度とは戻っては来ないのだ………
###
太陽が世界を照らし、闇が世界を呑み込むのを幾度となく繰り返すうちにルーミアとのすれ違いの逢瀬の回数は少なくなり、やがてその闇には似つかわしくない暖かい陽だまりのような感情は日に日に冷たく暗いものになっていく
ルーミアの顔が、何時もの笑顔が、日に日に、色あせていく
どうしてなのか…―――は答えの出ない迷宮に自身を溺れさせる
ふと、ルーミアの言葉―あの日最低にも彼女の気持ちに気付いてあげられなかった時の言葉―を思い出す
もし、自身の都合の良いように解釈するなら…
もし、あの言葉がルーミアの精一杯の気持ちなら…
もし、あの時気づいてあげられたなら…
俺は、最低だ……だけど、まだ間に合う
決意、走る、闇へと、暗く、それでいて暖かい、闇へと
曇天、月が見えない
球体の闇、ルーミアが見えない
それでも…声なら届く、思いは伝えられる
俺はあえて、あの時と同じ言葉を使う
彼女が伝えたかった言葉を
―今夜は、月がきれいだな
###
―闇の中、深い闇の中
ルーミアは彼のこと―あの陽のぬくもりを教えてくれた彼のこと―を思う
夜の闇は、心地が良い
暗く冷たい、まるで夜の湖に自身を投げ出したような感覚は、生きている証である体温をそれと同化させ、孤独とともに自身を溶かしていく
私は、闇だった
何時だったか、闇の中にいた私に一条の光が差し込んだ
闇であった私には、その光は毒だ
眩しい、見えない、苦しい、痛い――
――暖かい――
私は、闇ではなかった
私を包む球体は、深淵を体現するものではなく、ただ光を浴びた事の無いただの丸い塊にしか過ぎなかった
光へと手を伸ばす
その光に、触れてみたかった
その光を、感じたかった
灼かれても構わない、この瞳が限界を超えたって良い
ただ、彼に触れたかった
――結果は、遼遠
成功でも失敗でもない、その距離
彼との距離は、私が腕を伸ばしたくらいでは埋まらなかった
いや、埋まるはずもなかった
私は、また溺れていく
ふと、気配を感じた
誰なのか…いや、もうどうでも良い
もう、私には関係ない
ただ、私の意思とは裏腹に、その声―私がずっと聞きたかったその声―は、多少乱暴に…あの時と同じように…私の"闇"を簡単に崩していく
―今夜は、月がきれいだな
###
闇の中、ルーミアは聞こえていたのだろうか
刹那と永遠が同じ場で時を刻む
暫時の沈黙の後、ルーミアは答える
曰く、今夜は曇っている、と
知っている、今日は一面の曇天だ
世界を、闇が包んでいる
それでも…俺は笑う
―月なら見えている、目の前に
困惑、逡巡、微苦笑
―ああ、本当に彼は、―――は度し難い
目の前にあるのはただの孤独の塊だ
美しさなんて微塵もない
ただ、彼はこんなものでも、こんな私でも月だと言ってくれている
それなら…彼に教えてあげよう
眩しくも愛おしい彼に、月についての蘊蓄を伝えてあげよう
―月は、陽の光があるから輝いているのだ―と
月と陽は決して交わることはない
交わったのなら、世界の秩序は悉く乱れてしまう
ただ、この瞬間、月と陽はお互いを求め、そして交わる
お互いが存在する意味となり、この世界を照らす
何時しか雲はどこかへ
空には、月が少し照れているかのようにその身を闇へと輝かせている
「今夜は…月がきれいだね」
一瞬、(愛してるって事か………?)と思考を巡らせるもすぐさま(いや、それはないか………)とその可能性を捨て去ってしまう鈍感で自己評価が低い上に、相手を子供扱いしてしまう―――であった………それがルーミアが振り絞った精一杯の愛情表現であるとは気づく事は出来なかった………その時の事を―――は後年にあって後悔する事になる………過ぎ去った日々はもう二度とは戻っては来ないのだ………
###
太陽が世界を照らし、闇が世界を呑み込むのを幾度となく繰り返すうちにルーミアとのすれ違いの逢瀬の回数は少なくなり、やがてその闇には似つかわしくない暖かい陽だまりのような感情は日に日に冷たく暗いものになっていく
ルーミアの顔が、何時もの笑顔が、日に日に、色あせていく
どうしてなのか…―――は答えの出ない迷宮に自身を溺れさせる
ふと、ルーミアの言葉―あの日最低にも彼女の気持ちに気付いてあげられなかった時の言葉―を思い出す
もし、自身の都合の良いように解釈するなら…
もし、あの言葉がルーミアの精一杯の気持ちなら…
もし、あの時気づいてあげられたなら…
俺は、最低だ……だけど、まだ間に合う
決意、走る、闇へと、暗く、それでいて暖かい、闇へと
曇天、月が見えない
球体の闇、ルーミアが見えない
それでも…声なら届く、思いは伝えられる
俺はあえて、あの時と同じ言葉を使う
彼女が伝えたかった言葉を
―今夜は、月がきれいだな
###
―闇の中、深い闇の中
ルーミアは彼のこと―あの陽のぬくもりを教えてくれた彼のこと―を思う
夜の闇は、心地が良い
暗く冷たい、まるで夜の湖に自身を投げ出したような感覚は、生きている証である体温をそれと同化させ、孤独とともに自身を溶かしていく
私は、闇だった
何時だったか、闇の中にいた私に一条の光が差し込んだ
闇であった私には、その光は毒だ
眩しい、見えない、苦しい、痛い――
――暖かい――
私は、闇ではなかった
私を包む球体は、深淵を体現するものではなく、ただ光を浴びた事の無いただの丸い塊にしか過ぎなかった
光へと手を伸ばす
その光に、触れてみたかった
その光を、感じたかった
灼かれても構わない、この瞳が限界を超えたって良い
ただ、彼に触れたかった
――結果は、遼遠
成功でも失敗でもない、その距離
彼との距離は、私が腕を伸ばしたくらいでは埋まらなかった
いや、埋まるはずもなかった
私は、また溺れていく
ふと、気配を感じた
誰なのか…いや、もうどうでも良い
もう、私には関係ない
ただ、私の意思とは裏腹に、その声―私がずっと聞きたかったその声―は、多少乱暴に…あの時と同じように…私の"闇"を簡単に崩していく
―今夜は、月がきれいだな
###
闇の中、ルーミアは聞こえていたのだろうか
刹那と永遠が同じ場で時を刻む
暫時の沈黙の後、ルーミアは答える
曰く、今夜は曇っている、と
知っている、今日は一面の曇天だ
世界を、闇が包んでいる
それでも…俺は笑う
―月なら見えている、目の前に
困惑、逡巡、微苦笑
―ああ、本当に彼は、―――は度し難い
目の前にあるのはただの孤独の塊だ
美しさなんて微塵もない
ただ、彼はこんなものでも、こんな私でも月だと言ってくれている
それなら…彼に教えてあげよう
眩しくも愛おしい彼に、月についての蘊蓄を伝えてあげよう
―月は、陽の光があるから輝いているのだ―と
月と陽は決して交わることはない
交わったのなら、世界の秩序は悉く乱れてしまう
ただ、この瞬間、月と陽はお互いを求め、そして交わる
お互いが存在する意味となり、この世界を照らす
何時しか雲はどこかへ
空には、月が少し照れているかのようにその身を闇へと輝かせている
ああ、文学かぶれはそれしか知らないから流行るも何も無いのか