Coolier - 新生・東方創想話

レミリアは夏が好き?

2017/07/05 07:59:28
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 夏は嫌いよ。
 だって、ただでさえ苦手な太陽が、生意気にも一番元気な時期だから。
 その太陽から激しく射す光に熱された空気は、図々しく館の中まで侵入して来るし、この土地特有のジメジメとした湿気とも相まって、座っているだけでも汗をかく。そんな環境で温かい紅茶でも飲もう物なら拷問も良い所。
 咲夜は気を使ってアイスティーでも、と勧めてくるけど、私から言わせれば冷たい紅茶だなんて邪道。とても飲めた物じゃない。
 それに、太陽からギラギラと放たれる強烈な熱線はまるで隙間の無い弾幕のようにそこら中に降り注いで、私は昼の間は館の外に出る事はおろか、外の空気を入れようと窓を開ける事すらままならないでいる。
 それに引き換え妹のフランときたら、今までは私と同じような事を言って夏を嫌がって居たと言うのに、今年に限っては朝っぱらから外に繰り出してはそこらの妖精達と一日中戯れて、夕方には体中をこんがりと小麦色に焼いて帰ってくる日々を送っている。
 吸血鬼は日光を浴びると灰になる。なんて迷信を未だどれほどの人が信じているのかは知らないけれど、それが払拭されるのも時間の問題かもしれない。
 
「お姉さまー!」

 噂をすれば、部屋の扉の向こうからフランの声と、廊下をこちらに向かって走る音が聞こえて来る。
 時計を見ると時刻は十八時半。大方、また外で日差しをたっぷり浴びて遊んで、ただでさえ真っ黒な肌の色を一段と濃くして帰って来たといった所だろう。
 今日こそはキツく言わなければ。
 本来、吸血鬼というのは、私の様に日光を嫌い、昼間は暗がりに身を潜め、夜になれば、妖しい月明かりを浴びながら華麗に空を飛び回ってこそというもの。
 それが吸血鬼という種族の宿命であり、何より私の美学なのだから、妹のフランがそれを破る事等は断じて許される事ではない。
 今まではフランの楽しげな笑顔に負けてつい甘やかし続けてしまっていたけど、今日こそ、今日こそは灸を据えてやらなければ。
 私はそう決心してフランがこちらの部屋まで来るのを待つ。
 しかし、私のその決心は、ノックも無しに乱暴に開け放たれたドアの音と共に、いつもとは違う形で崩れ去る事となった。

「……フラン、それは?」

 そこにはいつもと同様に、まるで太陽が目の前に現れたのかと思う程の眩しい笑顔を向けるフランの姿があった。憶測通り、肌は昨日見た時より更に黒くなっていた。しかしフランはその肌の色よりも目を引く色を身に纏って部屋に入ってきたのだった。
 ひらひらと揺れる淡い水色の布に、小さな赤と白が泳いでいる。細く幾重にも重なる銀の輪は水色に動きを持たせ、傍らには一輪の太陽がまぶしく咲いていた。

「これね、ゆかたって言うんだって! 美鈴に作ってもらったの!」

 涼しげに泳ぐ金魚と、明るい配色で描かれたひまわり。そんな絵柄の浴衣を着て、嬉しそうに披露しているフランの様子を見て、私はひどく動揺した。あの門番にそんな特技が? という驚きもかなりあったが、それ以上に事態がかなりマズい方向に発展している事に私は動揺したのだ。
 その浴衣は、色もデザインも、健康健全を具現化したと言っても過言ではない物で、本来吸血鬼にはまるで似つかわしく無いはずものだ。しかし、それを纏っているフランの小麦色の肌は、浴衣にとても馴染んでいて、似つかわしく無いどころかその明るいイメージを更に助長してしまってまでいる。ここまで来るともはや私の求める吸血鬼らしさ等どこへやら。
 手遅れか、と落ちかけた気持ちを何とか奮い立たせ、私はフランを徹底的に叱りつける決意をする。

「フラン、そんなくだらない物、さっさと」「これね、お姉さまのもあるの」 

 私の言葉が終わる前にフランの言葉が重なり、そしてフランの言葉が終わる前に、体に僅かな衝撃を感じた。

「わー! お姉さまやっぱりよく似合ってる」

 フランが目を輝かせて視線を送る先は、先程衝撃を感じた私の体だ。
 そこには、月夜の空にも似た深い藍色の生地に、それに対を成す明るい色合いの紫陽花が、まるで弾けるようにして描かれている浴衣を着た自分の姿があった。

「っ! 咲夜の仕業ね? 咲夜、早く服を戻しなさ」「お姉さま、付いて来て」

 またも私が喋り切る前に、フランの声が重ねられる。しかも今度は強引に手を引かれ、部屋の外へ連れ出される始末だ。

「ちょっとフラン、離しなさい」

 わざわざそう言わなくとも、無理やり手を解く事は容易なはず。しかしそれをしない辺り、私はやはりフランにはまだまだ甘いのかもしれない。
 何故今そんな事をとっさに考えたのか、自分で可笑しく思えた。短時間で様々な事が起こって、どうやら私は混乱しているようだ。
 そうしているうちにも、フランは私の手をグイグイと引っ張り、廊下の角をいくつも曲がりながら進み続ける。

「フラン待って、この先ってまさか」
「そう、お外」

 行き先を悟り、私は手を振り解こうと抵抗する。しかしフランはそれをさせまいと、信じられないほどの握力を発揮して私の手を掴んで離さない。
 手を振り解く事など容易? その言葉は撤回する。
 私はやむなく、フランに連れられて館の庭に引きずり出される事となった。
 
「ま、まぶしい!」
「お姉さま何言ってるの? もう日はほとんど暮れちゃってるんだから、まぶしくなんてないでしょ」
「え?」

 目を閉じたまま外に出た私は、フランに言われるまで、太陽が既に山の影にすっぽりと隠れ、今では空が薄っすらと明るいだけになっていた事にも気付かず、我ながら間抜けな体勢で身構えてしまっていた。
 いくら太陽が苦手とは言え、妹の前であまりにも無様な醜態を晒して、私はうつむいて適当な言い訳をした。何を言ったかは覚えていない。
 うつむいた拍子に、自分が着ている浴衣が目に入る。館の中で見た時はあまりにもシンプル過ぎると思っていたデザインだったけど、外の明かりの下で見てみると、とても細い銀の刺繍がキラキラと輝いているのが分かった。その銀の線は縦に何本も引かれていて、それが紫陽花に降り注ぐ涼しげな雨を表現している様に見えた。

「きれいでしょ。お姉さまはそういうちょっとだけ地味なのが好きだと思って生地を選んだんだ」
「地味とは失礼ね、品があると言ってちょうだい」

 フランの表現は仕方ないとして、何も考えていないようで私の事をそれなりに理解してくれている妹の言葉に、思わず胸が熱くなる。そんな愛妹が選んでくれた浴衣となれば、当然それに対して嫌な気は起きなくなる。私はまたフランを甘やかす事となった。

「でもまあ、悪くはないわ。それより、これは一体何なの?」

 私は今度は庭を見渡してフランに尋ねる。
 館の広い庭は古典的なイングリッシュガーデン様式のもので、私達が立っている館の付近には芝生が広く敷き詰められ、その上には立派なガーデンテーブルが一セット置かれているのみで広々としている。そして、そこからずっと奥には、そのまま飲める程にきれいな水を湛える噴水を中心にして、様々な種類の花や木々が計算し尽くされた配置で贅沢に植えられ、美しくも堂々とした、立体的な幾何学模様を作り出している。
 それが普段通りの庭なのだが、今目の前にある庭はそうはなっていなかった。
 芝生の上にあったテーブルは幾つか増設され、六人程の人数なら余裕を持って座れるようにされていて、そのテーブルを広く取り囲むように、背の高い杭が四本と、それをつなぐロープがぐるりと設置されていた。

「えへへ、実はまだこれで完成じゃないの」

 漠然とした質問に、まるで見当違いな答えが帰ってくる。相手がフランなら仕方のない事だろう。それにしても、これから何が始まろうとしているのか、何を完成させようとしているのやら、これではまったく理解ができない。私はまず、何から聞くべきか、どう聞くべきか、という段階から頭を悩ませる事となった。しかし、その答えを導き出す前に、それが不要である事を私は悟った。背後に咲夜の気配を感じたからだ。

「まあ、お嬢様。とても良くお似合いで」

 自分で着せておいて何を白々しい。とよっぽど思ったが、わざわざ指摘するのが億劫に感じ、それには目をつぶる。しかし私はそれ以上に咲夜自身の服装が気になり、返事の替わりにそれを指摘する。

「あなたも、浴衣なのね」

 そう、私やフランだけで無く、咲夜もまた同じように浴衣を着ているのだった。
 慣れない格好で照れくさそうにしている咲夜だったが、その浴衣は白と藍の市松模様、というとてもありきたりな、つまらないデザインのものだった。

「随分と地味な浴衣だこと」

 私は咲夜にそう言った。しかしそのままの意味を伝えた訳では無い。
 私。つまり主に仕える従者と言うものは、いかなる事柄においても常に主よりも劣っている必要がある。主を立てるためだ。
 咲夜はそれをわきまえた上で、場に合わせた服装をしつつも、あえて地味な物を選んで着用して、私を立てているのだ。そして私はそれを指摘する事で労いの言葉としているのだった。

「恐れ入ります」

 私の本意をくみ取り、そう返事をする咲夜の顔はとても嬉しそうにほころんでいる。まったく、本当に優秀なものだ。

「さくやー、早く完成させようよ」

 フランが咲夜の浴衣を引っ張りながら催促を始め、咲夜はそれに適当に愛想をしながらこちらに顔を向ける。私は無言でうなずき返事をした。
 相変わらず何をしようとしているのかは分からないままだけど、私の自慢の従者にこの後の成り行きを任せるのだから、不安などは全く無い。私は側にあったベンチに腰掛けて、庭にある何かの行く末を見届ける事にした。



 しばらく待つこと半時、山の影に隠れていた太陽がやっとの事で地平の彼方へ沈んで辺りが闇に包まれた頃、大量のロウソクで明るく照らされた庭に、フランの嬉しそうな声が大きく響き渡る。

「……で?」

 私は咲夜に解説を求めた。
 完成だというそれを前にしても、相も変わらず私にはその趣旨が理解できなかった。
 頭上に張り巡らされたロープには、紐が通されたガラスの器が幾つもぶら下げられ、ジャラジャラとうるさい音を出している。テーブルの上には縦に割かれた太い竹が緩やかな傾斜を付けて据え置かれ、その中を同じく竹を利用して噴水から引いた水が流れて、そのままの庭の池へと捨てられていた。

「まあまあ、とにかくあちらへお座りになって下さい。今、他の方達も呼んで参りますから」

 そう言い残して咲夜は消えてしまった。咲夜が答えをはぐらかした事で、より一層不信感が増したが、先にテーブルの前の椅子に座っていたフランに手招きをされ、拒む理由も無い私はおずおずとフランの横に座る。
 目の前には竹の中を流れ続ける水だけがあり、それを眺めるフランはとても嬉しそうだった。

「フラン、これは何なの?」
「えー? みんなが来るまでないしょ」

 ダメ元でと思って聞いてみたけど、今度は内緒ときたものだ。
 私は考えるのを諦め、流れ続ける水をフランと共にしばらく眺める事にした。
 そうしていると突然、その水の中に白く細長い物が現れ、それが次から次へと上流から流れて来るのに気付いた。私がそれに驚いていると、フランもそれに気付いたらしく、あっと叫んで立ち上がる。

「待って! まだまだ、まだはやいよ!」

 フランは噴水の方へ向かって大きな声をしたかと思うと、流れてきた白い物体を慌ててかき集め始める。訳がわからないまま、私も一緒になって立ち上がりそれを集めていると、噴水の脇にある茂みから誰かが出てくるのが見えた。

「門番?」

 そこには片手に大きなザルを抱え、挙動不審にビクビクしながらこちらの様子を伺っている美鈴の姿があった。いつからそこに居たのか、体のあちこちに蚊に刺された痕があるのが遠くからでも確認できた。

「だめ! めーりんは隠れてて!」
「何なに? もう始まっちゃってる訳?」

 フランに言われて門番が再び茂みに隠れたのと時を同じくして、今度は背後から別の声が聞こえる。

「あ、パチュリー、こあ。二人ともおそいよ!」
「すみません。パチュリー様が途中で息を切らしてしまって何度も休憩してたもんですから」
「あんたは余計なこと言わないの」

 パチェが館の外に出てくる事は全く無い訳ではない無いけれど、とても珍しい事だ。しかも使い魔の小悪魔まで引っさげてやって来るだなんて前例が無い。でもそれ以上に目を見張ったのは、私達や咲夜の例に漏れず、二人共ちゃっかりと浴衣を着ている事だった。

「レミィもフランも水色や藍色と、普段と印象がかなり違ってるけど、二人共中々似合っているわね」
「そう言うパチェのはあんまり雰囲気が変わらないわね」
「派手なのは嫌いなの」

 パチェの着ている浴衣は絵柄等が一切無い、普段着ている服と似通った色の生地を何色か使っただけというシンプルな浴衣だった。脇にいる小悪魔も同じく、普段とあまり印象が変わらない落ち着いた配色のものを着ている。普通なら柄の無い浴衣だなんて、安っぽい寝間着みたいで着れた物では無いはずなのだけど、パチェの性格を考えると、そういった生地を選ぶのは自然な事だったのかもしれない。それに、普段と同じような配色が手伝ってか、あまり悪い印象も感じなかった。

「お待たせしました、早速始めましょう」

 いつの間にか庭に戻って来ていた咲夜に声をかけられ、私達は立ち話をやめて席に着く。座ったテーブルには茶色いスープの入った器や箸等が配膳されていて、これから食事が始まるのだと私は漸く理解する。
 スープの入った器は青い差し色の入った透明なガラスでできていて、中の茶色く透き通ったスープと共に、辺りを照らすろうそくの光を複雑に反射させて美しくきらめいていた。
 私がそれに見とれていると、咲夜はおもむろに足元から石を一つ拾い上げる。その石をどうするのだろう、と不思議に思っていると、咲夜はそのまま噴水のある方向に向き直り、突然その石を豪速球で噴水脇の茂みへと投げつけた。
 着弾点から鈍い音がしたのを確認すると、咲夜は満足そうな表情をして、ごゆっくり。と私に告げてその場から去ってしまう。

「お姉さま、早くはしを持って」

 フランに言われるまま箸を持つ。流石にここまでくれば、この後は先程流れてきた白い麺をすくって食べるのだろうと察しは付いたのだけれど、フランを始め、パチェや小悪魔が余裕な顔をして座っているあたり、これが何なのかを知らないのはもしかすると私だけなのかもしれない。

「来た来た!」

 フランは嬉しそうにしながら流れてきた麺をすくい上げ、それをおもむろにガラスの中のスープに浸けて食べ始める。それを見て私はぞっとした。
 もう少し麺が流れてくるのが遅ければ、器の中身をただのスープだと思って、そのまま飲んでしまう所だった。
 泳ぐ目をまぶたで隠し、ほっとしながら再び目を開けて周りを見ると、パチェや小悪魔もフランと同じようにして麺を口に運んでいる。
 もう迷う事は無い。私は例に習って流れてきた麺を華麗にすくい上げ、それをスープの中に浸すと、できるだけ上品な所作でそれを口に運ぶ。

 言葉が出なかった。

 質素とすら感じていた単純な印象のスープは、その見た目からは想像もできない程の深い芳醇な香りを口の中いっぱいに展開させ、少し強めに効いている塩気は甘みのある麺と絡む事で程よい味わいとなって、適度に味覚を刺激する。
 しっかりと味わいながら咀嚼して、飲み込んだ時のひんやりとした感触や、きめ細やかな喉ごしはくせになりそうだ。
 そして、目の前の流れる水の清涼感も手伝ってか、一口また一口と食べるごとに、とても爽やかな気分になれる。こんな感覚は初めてだ。

「お姉さま、おいしい?」
「ええ、とっても。それに、こうやって流れてくる麺を追って食べるのも、最初は子供騙しにも思えたけど案外楽しいものね」
「流しそうめんって言うのよ。あ、ごめんなさい、レミィはそのくらい知っていたわよね」

 助け舟のつもりか、私をからかっているのか、はたまたその両方か。パチェは得意げに麺をすくい上げながら、見透かした視線を送ってくる。
 いつもの私ならここで意地を張って知ったかぶりをする所なのだけど、そういう気は不思議と起こらなかった。

ナガシ・ソゥメンか、気に入った。

「パチュリー様ー、全部取らずに私の方にもちょっとは流して下さいよ」
「弱肉強食よ。自分の力で何とかしなさい」
「そんなー」

 他愛のないやり取りに自然と笑い声が木霊する。私達は時間が経つのも忘れ、心行くまでナガシ・ソゥメンを楽しんだ。
 


「ふう、もうお腹いっぱいよ」
「私はまだ食べたかったです」

 パチェと小悪魔は麺が流れて来なくなるまでずっと同じ調子だった。
 フランもまた、下流に居るパチェが小悪魔と同じセリフを吐いてしまう程に、最後まで箸の速度を衰えさせる事無く旺盛に食べ続けた。それに対して私は終盤になると、まだ食べたい、まだ楽しみたい、という気持ちを必死に抑えこんで、早めに箸を置いていた。
 
「失礼します。デザートをお持ちしました」

 しめしめ。そう来ると思って食べる量を加減したかいがあった。私は平常心を装いつつ、心の中で歓喜の声を上げる。
 食後のデザートを楽しまずして何の人生ぞや、というものだ。

「どうぞ、スイカで御座います」

 スイカか、悪くない。
 スイカは、夏が嫌いな私が唯一知っている夏の風物詩。好物と言ってもいいだろう。
 私は目の前に置かれた、三角形に切り分けられている真っ赤なスイカの中から一番甘そうに見える一切れを早速手に取ると、そのまま遠慮も無しにかじり付く。
 心地よい歯ごたえを感じたと同時に、口の中は期待を裏切らないしっかりとした甘味で満たされ、それだけでは飽き足らず貪欲に果肉を噛み締めると、そこからはたっぷりとした果汁が溢れ出して、私の喉を潤していった。

「美味しいわね」

 私が感想を述べても、返事をする者は居なかった。周りを見ると、皆一様にしてスイカを口いっぱいに頬張り、顔をほころばせそれを噛み締めている。
 この幸せな気持ちを共有するのに、余計な言葉は不要だったのだ。
 我ながら無粋な事をした。と少しばかり反省してから、私は手元に意識を戻して最初の一切れを食べ進め、食べ終えると間髪入れずに次の一切れに手を付ける。
 うん、やはりスイカは一切れ目だろうが二切れ目だろうが、てっぺんの一口目が一番だ。一口目も去ることながら、皮の近くの硬い果肉の歯ごたえというのもなかなか乙な物で、はしたないとは思いながらも私はいつも味のしない白い果肉ギリギリまでつい食べ進めてしまう。しかも目の前にはそんなに私を愉しませて止まないスイカたちが食べきれない程並べられている。
 至福のひとときとは正にこの事だ。
 しかし、残念ながらそれを先ほどから台無しにしているものがあった。
 私達の頭上に無数に吊るされている、ガラスの器達だ。
 確かフウリンというものだったか、この時期に神社の軒先や人里でよく見かけるようになる物だ。
 どう言う意図で設置されているのかは知らないけど、あのガラスが出す音が私はどうも好きになれない。
 あのフウリンは決まって夏が近づくとそこかしこに現れ始め、涼しい夜でさえもその音のせいで夏の日差しを連想させて暑苦しく感じる。しかも今はそれが頭上に所狭しと並んでけたたましく鳴り続けているのだ、例えフウリンに悪い印象を持って居なくとも、鬱陶しく思わずには誰しも居られないだろう。
 私はスイカをかじりつつ、不快感を露わにしながら頭上にあるそれらを見上げた。
 するとその瞬間、無色透明だったフウリンが、突然赤く光った様に見えた。
 その光はフウリンの輪郭を超えて小さな粒状になりながら更に放射状に広がり続け、うっすらとした煙の軌道を残しながら消えて行った。そこでようやく私はフウリン自体が光ったのでは無く、その奥の空に光が走ったのだと気がついた。
 突然の事に驚き空を見上げ続けていると、光よりも遅れてやってきた地響きの様な凄まじい音が体を襲った。

「花火……?」

 初めは敵襲にでも遭ったのかと焦ったけど、フランや他の二人は空を見上げて喜んでいるし、何より側に居た咲夜も落ち着いた様子でその光を眺めていたので私は安心した。
 光や音はその後も色や形を変えながら次々と空高くに展開し、瀬戸黒の空を明るく彩り続ける。
 そのまましばらくは綺麗だな、などと悠長にそれを眺めていたけれど、その光と音は次第に身に危険を感じる程に激しさを増して、更には猛烈な勢いでこちらに近づいて来た。

「お嬢様!」
「!!!」

 咲夜の声が届くが先か、本能が逃げろと囁くが先か、私は座っていた椅子から半ば転げ落ちるようにして目の前で炸裂する衝撃を間一髪でかかわした。

「あんた、今回ばっかりは絶対許さないわよ」
「そのセリフ、そのままそっくりお返しするぜ。私の大事なガラクタコレクションに今夜ここへ来いとかなんとかいう落書きするだなんて、いくらお前でも許しては置けないぜ!」
「だからそんなの知らないってば。あんたこそ私が大事に隠しといた大福全部食べた上で、置き手紙でこんな所に呼び出すだなんて意味わかんないわよ!」
「だーかーら、大福なんて食べて無いっつうの!」
 
 衝撃の中心から現れた紅白と白黒の二人が目の前で罵倒し合い、それらが再び空へ舞い上がると、そこからまた光と音が生まれ始める。

「うわー、二人とも楽しそう。私も私も!」

 そうはしゃいでフランは空に居る二人の元へとすっ飛んで行き、空を彩る弾幕の花火はより大きく複雑な造形を見せ始めた。

「お嬢様、お怪我は!」

 呆気に取られて今だ地面に崩れていた私の元に咲夜が駆け寄ってくる。

「大丈夫よ。それより」

 私は自分の身の心配よりも、周囲の被害を案じた。
 先ほどまで目の前にあったはずのテーブルは、その下にある芝生や地面もろとも粉々に砕け散って見る影もなく、テーブルの上にあったスイカも無残に散らばっている。あれほど沢山あったフウリンは今ではたった一つを残して全て吹き飛んでいて、その一つもまた欠けたりヒビが入る等して、今では聞くに耐えない惨めな音を出すようになっていた。
 すぐ横に居たパチェは寸前の所で結界か何かを張ったらしく、椅子に座ったままの状態で涼しい顔をしていて、小悪魔もその影に隠れて無事な様だった。門番の姿は見えないけど多分大丈夫だろう。

「咲夜、ここまで事になった以上、いい加減何がどうなってるのか説明してもらうわよ」

 浴衣に付いた砂を払いつつ、私は咲夜に詰め寄る。しかし咲夜はそれに答えずに困った顔をするばかりで、私はそれが気に入らず苛立った。

「フランの願いよ」

 中々答えようとしない咲夜を一喝しようとしたその瞬間、背後からパチェの声がして、私はそちらに向き直る。

「フランの?」
「パチュリー様、それは妹様に……」
「今更内緒も何も無いでしょ。それに、本意が伝わらないままぐだぐだで終わらせられたんじゃ、ただのくたびれ損じゃない。そんなのはイヤよ、私もフランも」

 そう吐き捨てるように言ってパチェはそっぽを向いてしまった。咲夜もそれでようやく観念して、重たい口を開き始める。

「実は、妹様にお嬢様が夏を好きになる方法は無いかと相談をされまして」
「夏を好きに? どうしてそんな事を」
「始まりは確か、春先の曇りの日でした。厚い雲に太陽が隠れて、地上に射す日差しが弱いのを見計らって、妹様が外に遊びに出られた際、湖の畔にたまたま居た妖精達を遊びに誘った所、紅魔館の住人は館に篭りっきりで血色が悪くて根暗っぽいから好きになれない。と遊びの申し出を断られたそうで」
「下賤な妖精らしい、浅はかな発想ね」
「私も妖精の言う事など気にする必要は無いと言ったのですが、妹様にはそれがかなりショックだった様で、お嬢様の前では気丈に振舞われていましたが、かなり落ち込んでいたご様子でした」
「……」
「その日から、妹様は晴れた日でも頻繁に外出するようになりました。時には慣れない日差しにやられて体調を崩す事もあり、私は何度も止めに入ったのですが、妹様は館の悪いイメージを払拭したいからと言って、私の言葉に耳を傾けてはもらえませんでした。そうしている内に、妹様の努力は少しずつ実を結び、今ではお嬢様もご存知のように、妹様は真夏の日差しにも負ける事無く、以前遊びを断られた妖精達とも交友を育む様にまでなったのです。しかし、それだけでは妹様自身の印象が変わっただけで、」「もういいわ、だいたい分かった」

 私はそれ以上の説明を聞くのが嫌になり、咲夜の言葉を遮った。
 まったく、どうしようもなく腹が立つ。
 咲夜に腹を立てているのではない、もちろんフランにでもない。姉として、そんな事にも気付けなかった自分に腹が立った。館の主として、周囲の事など省みずに吸血鬼のプライド等という概念に支配されていた、ちっぽけな自分が許せなかった。
 とっさに空を見上げてしまったのは、やり場の無いこの感情の矛先を無意識に探していたからだろうか。視線の先には相変わらず眩い花が咲いていて、それらはどこかかすんで見えた。
 私に夏を好きになって欲しい、か。本来なら太陽の光を克服して根暗なんて言われないようになって欲しいと言うのが普通だろうに。
 それを真っ先に言わないのは私を気遣ったフランなりの優しさの現われなのだと私には痛いほど分かった。そして今日行われたのは、日が落ちた後でも私が無理なく夏に触れられるように考えられた、夏の風物詩を楽しむ会。それをきっかけに徐々に昼間に外に出る機会が増えれば、という筋書きなのだろう。
 まったく…… まったく……

 上空を彩る弾幕の花火はまた更に規模を大きくさせ、空を埋め尽くさんばかりに展開したあと、特別大きな、まるで太陽のようにまばゆく輝く大きな花を開かせて、二つの落下物を落としながら、その余韻を遠く山びこに残して終演を迎えた。

「素晴らしいグランドフィナーレだったわ」
「そうですね。あの、お嬢さ」「咲夜」
「……はい」
「明日までに、水着とサングラス、日焼け用のオイルを二人分用意しておきなさい。ハンモックやパラソル、冷たいアイスティーなんかもあるといいわね。今の花火が太陽みたいに輝いていたから、本物の太陽とどちらが素晴らしかったかをしっかりと確かめたくなったわ」
「はい! 喜んで準備致します」

 まだ日が昇るまでに半日はあろうかというのに、咲夜は早々に明日の準備をしに館へと戻ってしまい、パチェは何も言わずに席を立ち、私に顔を隠すように館の方へ歩き出す。それに続く小悪魔は鼻歌を歌ったりスキップしたりしていて、パチェはそれを注意したりはしなかった。
 一人残された広い庭に、ひとつ残ったフウリンの音が涼やかに響き渡り、それが今ではどこか心地よく感じられる。

「お姉さまー!」

 見上げた真っ暗な空から、困った愛妹の声が聞こえる。
 遠くからでも届くその笑顔は、先ほどの花火よりも、真夏に照りつける太陽よりも眩しく輝いて見えて、私はその笑顔を前に、またしてもフランを甘やかす事となったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

※※※

「まさか雨が降るとはね……」
「雨がふってても、私はお姉さまとこうやって昼間にお外にいられて楽しいよ」
「お二人とも、そんな格好で雨に打たれては風邪をひきますから今日の所は……」
「平気よ、私は夏が好きになったの、こんな活気に溢れた季節に風邪だなんて……ハックション!」
「夏風邪、ですね」
「うう、やっぱり夏は嫌いよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一行目でいきなりタイトルを完全否定するレミリアのカリスマたるや。

自分で書いていてそうめんが何度も食べたくなってしまい、しまいには卓上の流しそうめん機まで購入してしまいました。
あっという間に電池を食いますが家族にはなかなか好評です。
もなじろう
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コメント



0.150簡易評価
1.90ノノノ削除
気持ちの良い夏のssでした。最後の会話が可愛い。
家族のような紅魔館はいいですね。
2.80怠惰流波削除
流しそうめん、最高ですね。やせ我慢のお嬢様が可愛いです。門番の子かわいそう
3.70奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気のお話でした
4.70名前が無い程度の能力削除
不自然な門番いじり以外はよかったかと
6.80とらねこ削除
実は太陽光が平気なレミフラいいですね
7.100南条削除
面白かったです
なにがあろうとカリスマを維持しようとするのに、いいと思ったら考えを変えるレミリアが良かったです