それは突然告げられた。
あいつはいつだって掴みどころの無い奴で、突飛な言動なんて慣れっこだった。
でも、今回ばかりはあんまりだ。
「魔理沙」
泣き付く私を抱きしめ髪を撫でながら、あいつは私の名前を優しく囁やいた。
あいつが思い付いた様に幻想郷を発ってからどれ位経っただろう。
あまり定かではないのは、あいつの事を忘れてしまったからじゃ無い。絶えず想い、ずっと側に感じているからだ。
「はー。今日も一日疲れたぜ」
私は家に帰るや否や、ベッド脇にある低い棚の上に置いてある機械の電源を入れる。
これはあいつが旅立つ前に置いていった…… 名前は何だったか。
とにかく、この機械のお陰で、私はあいつが近くに居なくとも、寂しい思いをせずに済んでいた。
機械を操作してしばらく待っていると、プツプツという音の後に、間の抜けたあいつの声が聞こえて来る。
軽く挨拶を交わしたあと、私は向こうの言葉には適当に生返事で返して、今日あった事をダラダラと愚痴を交えながら一方的に話した。
一通り話して私の気が済むと、あいつはそれを見計らったように会話をしめ括る。
「じゃあな、明日もこのくらいの時間になると思うぜ」
私はそう言って機械の電源を落とす。それが日課になっていた。
前みたいに顔を合わせて食事をしたり、頬に触れ、吐息を感じたりはできないけど、あいつの声を聞けるだけで私は満足だった。
桜の下で宴会をした事、夕立の豪雨で雨漏りした事、落ち葉で焼いた芋が美味かった事、凍ったクモの巣が宝石みたいに輝いて綺麗だった事。
他愛の無い事を話せるだけで幸せだった。
そんな毎日が続いたある日、機械から聞こえてくるあいつの声に、突然ノイズが混じるようになった。
そのノイズは日に日に酷くなる一方で、私はそれが不安で落ち着かない日々を過ごした。
それなのにあいつときたら、大丈夫だとか、元気出せだとか、そんなのん気な事を言うばかりだった。
それでも私はやっぱり居てもたってもいられずに、思いつく全ての場所の本を読み漁って、ノイズが混じる原因を調べ続けた。
でも、どの本を開いても、あの機械にまつわる文献は結局見つける事はできなかった。
次に私は、里や山のありとあらゆる工務店や道具屋を訪ね歩いた。絶縁している、道具屋を営んでいる実家の親にだって頭を下げた。
そこまでやっても、それでもやっぱり、この機械を直す手がかりを得る事はできなかった。
焦りに焦った私は、ついには肉屋や八百屋、見知らぬ通行人にまで片っ端から声をかけ歩いた。
我ながらどうかしているとは思った。でもそれが幸を奏して、ようやくその機械の事を知っている人物に巡り合う事ができたのは、あいつの声が完全にノイズに埋もれてしまってからの事だった。
その人物は里で喫茶店をやっている初老の男で、店で似た物を使っているらしく、私はもう日が落ちかけているにも関わらず、すぐさまその喫茶店を訪ねた。
店に入ると、目の前のカウンターには例の男が立っていて、傍らには家にあるのとよく似た機械が置かれていた。
男は私をカウンターの席に促すと、一杯の珈琲を煎れてそれを差し出す。私は内心、悠長に珈琲なんて飲んでいる暇なんて無いと苛立ちを感じたが、男の大らかな立ち振る舞いや店の落ち着いた雰囲気を前に、それを面に出す事をためらった。
男は、私が珈琲を一口すするのを見てから機械の説明を始める。機械の名前、使い方、仕組みや性質。とてもわかり易く、丁寧な説明だった。
そして、その説明の最中、私はこみ上げる感情を抑えきれずに肩を震わせた。
男は何も言わず、代わりに冷め切った珈琲を煎れ直して私に差し出した。
家に帰り、私は打ちひしがれた思いのまま、いつものように機械の電源を入れる。
聞こえてくるのはやはり、耳障りなノイズだけだ。
「なあ、知ってたか? これ、もう直らないんだってよ。針が円盤をすり減らして、全部消えて無くなっちゃうらしいぜ」
私はベッドの脇に置いてある機械に向かって、泣きながらそう報告した。
床に座り、機械が据え置かれている低い棚に体を預け、機械に寄り添うように顔を近づけると、そのにぶく光るボディに自分の顔が歪んで写る。きっとあの時も、今と同じ顔をしていたんだろうな。お前が突然、自分の命がもう永くないと告げてきた、あの時も。
お前はあの日を境にどんどんと弱っていって、私の前からあっという間に居なくなってしまった。この蓄音機を遺して。
始めは絶対に聞いてやるもんかと思っていた。レコードの中に録音されているのが、もう居なくなったお前の声だと分かっていたから。私を悲しませないための、大丈夫だとか、元気出せだとか、そういう言葉が用意されていると分かっていたから。当然だ。お前が私の事を誰よりも理解してくれていた様に、私はお前の事を誰よりも理解していたのだから、そんなのはお見通しだ。
そしてお前もまた同じように、私が悩みに悩んだ末に、結局このレコードを聞く事になると見通していて、そしてまんまとその通りになった。
「よお、元気か? 私はおソラの上で元気びんびんだぜ」
私は蓄音機から発せられるノイズの僅かな音の揺れにあわせて声を出す。
あいつらしくも無い、おどけて私の口調を真似て言った言葉。レコードの中身は全部覚えている。
あいつの声が聞きたくて、でもその言葉が私には重く辛すぎて、言葉を言葉として理解しないように、私からも話しかけて誤魔化し続けていたのに。
私は蓄音機に寄り添ったまま言葉をなぞり続けた。そうしている内に、私はいつしか眠りに落ちていて、気がつくともう朝になっていた。
「流石に夢に出てくるんじゃないかと期待したんだけどなあ」
赤く腫れたまぶたをこすりながら、夢に姿を表さなかったあいつに向かって愚痴をこぼす。
私は勢いをつけて床から起き上がると、蓄音機からレコード盤を取り外して、そのまま外へ向かった。
外へ出て向かったのは東の端、博麗神社のある山の中腹にあるひらけた場所。
「よお、久しぶり。元気してたか?」
幾重にも並ぶ無機質な石柱の中から、あいつの名前が刻まれた石柱を見つけて、私達は挨拶を交わす。ここへ来るのは初めてだった。
「これ、返すぜ」
手にしていたレコード盤を石柱に立てかけると、次に私は見せ付けるように胸を張って見せる。
「ようやく気がついたんだ。お前が居なくなった時、私の手元にはお前の声と言葉だけが残って、私はそれに必死にすがり付いて今まで生きてきた。そして私はそれを無くす事を恐れ続けた。私とお前を繋ぐものが無くなれば、お前が本当に無になってしまうと思ってた。でも、いざそれを無くしてもそうはならなかった。声でも言葉でも無い、お前を想う私の心がちゃんと残ってたんだ」
我ながら機転の速さに若干呆れそうだった。その上クサイ事をぬけぬけと言ったもんだと思った。言うにしても、どこぞの本で見かけるような、もっとロマンチックな言葉も選べたはずだけど、これが私の飾りの無い、率直で素直そのものな言葉だった。
「不思議だよな。昨日まであんなにお前の事重く引きずってたのに、今じゃ心がとても軽やかだぜ。 ……きっと、レコード盤と同じようにすり減りすぎて軽くなったのかもな」
私はそのまま振り返らずに墓地を後にした。山を下る階段の途中、見上げた空は高く広く晴れ渡っていて、その空を一羽の渡り鳥が飛んで、私の知らない遠い空の彼方へと消えていった。
あいつはいつだって掴みどころの無い奴で、突飛な言動なんて慣れっこだった。
でも、今回ばかりはあんまりだ。
「魔理沙」
泣き付く私を抱きしめ髪を撫でながら、あいつは私の名前を優しく囁やいた。
あいつが思い付いた様に幻想郷を発ってからどれ位経っただろう。
あまり定かではないのは、あいつの事を忘れてしまったからじゃ無い。絶えず想い、ずっと側に感じているからだ。
「はー。今日も一日疲れたぜ」
私は家に帰るや否や、ベッド脇にある低い棚の上に置いてある機械の電源を入れる。
これはあいつが旅立つ前に置いていった…… 名前は何だったか。
とにかく、この機械のお陰で、私はあいつが近くに居なくとも、寂しい思いをせずに済んでいた。
機械を操作してしばらく待っていると、プツプツという音の後に、間の抜けたあいつの声が聞こえて来る。
軽く挨拶を交わしたあと、私は向こうの言葉には適当に生返事で返して、今日あった事をダラダラと愚痴を交えながら一方的に話した。
一通り話して私の気が済むと、あいつはそれを見計らったように会話をしめ括る。
「じゃあな、明日もこのくらいの時間になると思うぜ」
私はそう言って機械の電源を落とす。それが日課になっていた。
前みたいに顔を合わせて食事をしたり、頬に触れ、吐息を感じたりはできないけど、あいつの声を聞けるだけで私は満足だった。
桜の下で宴会をした事、夕立の豪雨で雨漏りした事、落ち葉で焼いた芋が美味かった事、凍ったクモの巣が宝石みたいに輝いて綺麗だった事。
他愛の無い事を話せるだけで幸せだった。
そんな毎日が続いたある日、機械から聞こえてくるあいつの声に、突然ノイズが混じるようになった。
そのノイズは日に日に酷くなる一方で、私はそれが不安で落ち着かない日々を過ごした。
それなのにあいつときたら、大丈夫だとか、元気出せだとか、そんなのん気な事を言うばかりだった。
それでも私はやっぱり居てもたってもいられずに、思いつく全ての場所の本を読み漁って、ノイズが混じる原因を調べ続けた。
でも、どの本を開いても、あの機械にまつわる文献は結局見つける事はできなかった。
次に私は、里や山のありとあらゆる工務店や道具屋を訪ね歩いた。絶縁している、道具屋を営んでいる実家の親にだって頭を下げた。
そこまでやっても、それでもやっぱり、この機械を直す手がかりを得る事はできなかった。
焦りに焦った私は、ついには肉屋や八百屋、見知らぬ通行人にまで片っ端から声をかけ歩いた。
我ながらどうかしているとは思った。でもそれが幸を奏して、ようやくその機械の事を知っている人物に巡り合う事ができたのは、あいつの声が完全にノイズに埋もれてしまってからの事だった。
その人物は里で喫茶店をやっている初老の男で、店で似た物を使っているらしく、私はもう日が落ちかけているにも関わらず、すぐさまその喫茶店を訪ねた。
店に入ると、目の前のカウンターには例の男が立っていて、傍らには家にあるのとよく似た機械が置かれていた。
男は私をカウンターの席に促すと、一杯の珈琲を煎れてそれを差し出す。私は内心、悠長に珈琲なんて飲んでいる暇なんて無いと苛立ちを感じたが、男の大らかな立ち振る舞いや店の落ち着いた雰囲気を前に、それを面に出す事をためらった。
男は、私が珈琲を一口すするのを見てから機械の説明を始める。機械の名前、使い方、仕組みや性質。とてもわかり易く、丁寧な説明だった。
そして、その説明の最中、私はこみ上げる感情を抑えきれずに肩を震わせた。
男は何も言わず、代わりに冷め切った珈琲を煎れ直して私に差し出した。
家に帰り、私は打ちひしがれた思いのまま、いつものように機械の電源を入れる。
聞こえてくるのはやはり、耳障りなノイズだけだ。
「なあ、知ってたか? これ、もう直らないんだってよ。針が円盤をすり減らして、全部消えて無くなっちゃうらしいぜ」
私はベッドの脇に置いてある機械に向かって、泣きながらそう報告した。
床に座り、機械が据え置かれている低い棚に体を預け、機械に寄り添うように顔を近づけると、そのにぶく光るボディに自分の顔が歪んで写る。きっとあの時も、今と同じ顔をしていたんだろうな。お前が突然、自分の命がもう永くないと告げてきた、あの時も。
お前はあの日を境にどんどんと弱っていって、私の前からあっという間に居なくなってしまった。この蓄音機を遺して。
始めは絶対に聞いてやるもんかと思っていた。レコードの中に録音されているのが、もう居なくなったお前の声だと分かっていたから。私を悲しませないための、大丈夫だとか、元気出せだとか、そういう言葉が用意されていると分かっていたから。当然だ。お前が私の事を誰よりも理解してくれていた様に、私はお前の事を誰よりも理解していたのだから、そんなのはお見通しだ。
そしてお前もまた同じように、私が悩みに悩んだ末に、結局このレコードを聞く事になると見通していて、そしてまんまとその通りになった。
「よお、元気か? 私はおソラの上で元気びんびんだぜ」
私は蓄音機から発せられるノイズの僅かな音の揺れにあわせて声を出す。
あいつらしくも無い、おどけて私の口調を真似て言った言葉。レコードの中身は全部覚えている。
あいつの声が聞きたくて、でもその言葉が私には重く辛すぎて、言葉を言葉として理解しないように、私からも話しかけて誤魔化し続けていたのに。
私は蓄音機に寄り添ったまま言葉をなぞり続けた。そうしている内に、私はいつしか眠りに落ちていて、気がつくともう朝になっていた。
「流石に夢に出てくるんじゃないかと期待したんだけどなあ」
赤く腫れたまぶたをこすりながら、夢に姿を表さなかったあいつに向かって愚痴をこぼす。
私は勢いをつけて床から起き上がると、蓄音機からレコード盤を取り外して、そのまま外へ向かった。
外へ出て向かったのは東の端、博麗神社のある山の中腹にあるひらけた場所。
「よお、久しぶり。元気してたか?」
幾重にも並ぶ無機質な石柱の中から、あいつの名前が刻まれた石柱を見つけて、私達は挨拶を交わす。ここへ来るのは初めてだった。
「これ、返すぜ」
手にしていたレコード盤を石柱に立てかけると、次に私は見せ付けるように胸を張って見せる。
「ようやく気がついたんだ。お前が居なくなった時、私の手元にはお前の声と言葉だけが残って、私はそれに必死にすがり付いて今まで生きてきた。そして私はそれを無くす事を恐れ続けた。私とお前を繋ぐものが無くなれば、お前が本当に無になってしまうと思ってた。でも、いざそれを無くしてもそうはならなかった。声でも言葉でも無い、お前を想う私の心がちゃんと残ってたんだ」
我ながら機転の速さに若干呆れそうだった。その上クサイ事をぬけぬけと言ったもんだと思った。言うにしても、どこぞの本で見かけるような、もっとロマンチックな言葉も選べたはずだけど、これが私の飾りの無い、率直で素直そのものな言葉だった。
「不思議だよな。昨日まであんなにお前の事重く引きずってたのに、今じゃ心がとても軽やかだぜ。 ……きっと、レコード盤と同じようにすり減りすぎて軽くなったのかもな」
私はそのまま振り返らずに墓地を後にした。山を下る階段の途中、見上げた空は高く広く晴れ渡っていて、その空を一羽の渡り鳥が飛んで、私の知らない遠い空の彼方へと消えていった。
メジャーカプの強さよ……。
レコードはほんとに元も子もない。
これと似たような作品を読んだ覚えがあります。そっちは両者ともに誰なのか明言されてませんでしたね。
霖之助さんと魔理沙ちゃんで読んでました。
私はにとりだと思いました。
霊夢だと勝手に思い込んでました
と思ったら、魔理沙の相手は想像の余地がある構成だったとは…
これは上手いですね〜
色々な相手を想像しながら何度も読み返させていただきました。