Coolier - 新生・東方創想話

嫌われ者のフィロソフィー

2017/06/11 13:38:08
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ねえ、誰しも一度は"悪の正義"なんてものに憧れたことがあるでしょう?
正直者は正直に、ひねくれ者はひねくれ者らしく。
必要悪なんて呼ばれるからにはギブ&テイクなわけで、なんだかんだで自分の行くべき唯一無二の道を指し示してくれるような。
倒されて然るべき存在で、倒されることで本人も救われるなんて、とっても単純で素敵。

でもね、私がなりたいのは誰からも必要とされない、"嫌われ者"なの。
私が必要と思うからなるんだけど、私がそれになるときには私はそれを演じているわけで、本物の私はどこにもいない。
だから結局、誰からも必要とされない、嫌われ者。



古明地さとり、おねえちゃん。私が物心ついた時から知っている、私以外で唯一の覚妖怪。
他人の心を読んでは、ずけずけと言ってのける。一度心を覗かれれば、目を閉じようと耳を塞ごうともうお構いなし。
知ってるような口を叩かれて気に食わない。けれど心を読まれている以上、本当はそれが正しいようで、他人が言っていることのはずなのに、
本物の自分を自分以上に見られている気がする。本物の自分から目を背け、耳を塞ぐ自分が嫌いだ。
……なんて思考が廻ったあとに、落ち着いて、遠ざかってみて、覚妖怪が大嫌いになるんじゃないかな。
ちょっと、今の私には分からないんだけど。

「悪い奴じゃないんだけどね、やっぱり覚だから……」なんておねえちゃんのことを庇う奴もいる。
でも、そんな奴に限っていざおねえちゃんと対峙すれば「あなたは誰も嫌わない自分が好きなんですね」なんて言われて口籠っちゃうに決まってる。

物腰が柔らかい?争いを好まない?……そんな良いらしい面の全てがどうでもよくなるくらい、どうしようもない、関わりたくない存在。
つまりは嫌われ者。それが私が知っている覚妖怪の姿であって、おねえちゃんの姿。

でもこれはある一面の話。
おねえちゃんはそこらの妖怪からは嫌われているけど、動物や、妖怪より偉いらしい閻魔なんかには気に入られてるの。
動物は心を分かってもらえるのが嬉しくて、閻魔は力を持っている存在が好きらしくて。
今、大量のペットに慕われているのも、旧地獄の管理を任されているのも、おねえちゃんが覚妖怪だからこそみたい。


昔の私は、当然、動物に囲まれてゆったりと日々を過ごす方の覚妖怪、おねえちゃんに憧れていた。
ううん、今もそんな姿が羨ましいのは変わらないんだけど、ちょっと色々あって、今は単純には言えないんだ。


「おねえちゃん、"好き"の反対は"嫌い"じゃなくて"無関心"なんだってー」

昔、私がおねえちゃんに言った言葉。無為に、本か何かで拾った言葉を投げてみただけ。
聞いてなかったのかな。なら別にいいや。長い沈黙が挟まって、そんな考えに落ち着いた頃。
おねえちゃんは突然口を開いて、

「反対っていう感覚が分からなくなってきてるから、そんなのどうだっていいわ」

なんて返してきた。おねえちゃんはいつもは嫌になるくらい私のことを心配してたんだけど、
その時の言葉はそんなおねえちゃんが放ったものとは思えないくらい、なんの感情も帯びていなかった。でも、すごく重かった。
普段は、覚妖怪どうしでも心をうまく読み合えたなら、おねえちゃんも心配性にうんざりしている私に気づいてくれるのかな。
なんて思ったりもしてたんだけど、そんな必要がないと思えるくらい、私の心は真っ白になって、おねえちゃんの心が真っ黒になるのがはっきりと分かった。

「……おねえちゃんは、覚妖怪が楽しい?」

私も同じくらい沈黙したあとに、聞いてみた。

「ええ、楽しいわ。動物たちに囲まれて毎日をゆっくりと過ごせる身分なんてそう無いものよ」

今度は悩まずに答えてくれた。
同時に、少し困ったような笑みを私に向けてきて、あとはもういつものおねえちゃんに戻っちゃった。
通り雨というより通り嵐って呼んだ方がいいくらい、見えないものはとても荒んでいてあっという間にどこかに行っちゃったの。

そんなことがあった日の夜。
私は、広間の机で眠り込んでいるおねえちゃんを見つけたんだ。
本に熱中している間に眠くなってきて、結局ここで寝ちゃったんだろうな。
頭の前に本を突き出して突っ伏してる姿が可笑しくて、悪戯したくなった私は、おねえちゃんの耳元に口を近づけて……
息を吹きかけようとしたその時、おねえちゃんの閉じた真っ赤な第三の眼が私の目に止まったの。

おねえちゃんが寝ているから、繋がっている第三の眼も寝ているわけで、閉じているのは別に不思議じゃないんだけど、
閉じたときに出来る線が、妙に歪んでいることに気づいたんだ。ところどころ、引っ張られたように瞼が伸びていて、変な曲線を描いていた。
少しでこぼこしているようで、怪我の跡みたいに見えてなんだか痛々しくて。それで、私はおねえちゃんに何もしないですっと離れて、
自分の第三の眼を見てみたの。私の眼は夜なのに爛々としていた。あの後考え事をするつもりが、お昼寝になっちゃって。
それでまだ眠くなかったんだけど、第三の眼を閉じてみたの。そしたらやっぱり私の目が作る線は真っ直ぐで、でこぼこしてもいなかった。

何があったんだろう。気になるけど、聞きづらいことのような気もして。
ああ、やっぱり覚りどうしでも心が読めたらな。なんて思いながら、私はおねえちゃんの第三の眼にそっと手を乗せてみたの。
そしたらね、

「さとり、何をしているの!やめなさい!」
「嫌だ、いやだ!もう誰の心も聞きたくない!知りたくない!」
「辛い時があるのも、怖い時があるのも母さんにはよく分かる!でも、さとりにはどうしても、覚でいて欲しいの!」
「意味が分からない!分かりたくもない!」
「覚りをやめた覚妖怪が、どうなってしまうか、私は知っているの!覚は、生きる意味を覚ることでしか見出せないのよ!」
「そんなことない!私は、覚りをやめて、強く生きるの!」
「強く生きることと生きる意味を持つことは別なの、分かって頂戴!」
「やっぱり意味が分からない!分かりたくもない!」

「……さとりが何と言おうと、私がどうなろうと、母さんは分かってもらうしかないの」
「……え?」
「さとり、こいし、ごめんなさい。私は、あなたたちにずっと覚でいてもらうため、覚をやめます」
「……何を言ってるの?お母さん?」
「……」
「お、お母さん!何してるの―――」


読めたのは、おねえちゃんの夢の世界だったみたい。
……いや、違う。記憶そのもの。夢がこんなに流暢なはずがないもの。
……でも、最後は夢のようにぼやけていて……
……お母さんって?私のお母さんは旅をしてるんじゃなかったっけ?おねえちゃんが言ってなかったっけ?
……お母さんの、第三の眼は……

……全部、一人で考えなきゃ。そんな気がしたの。
悪戯する気がすっかり無くなっちゃった私は、おねえちゃんを起こさないように、そーっと……

「ん、こいし?」
「あ、起きた」

立ち去ろうとしたんだけど、

「何してたの?」
「えっとね、考え事」
「何のことか、教えてくれる?」
「あ、えっと……お母さんの事、とか」

やっぱり抱えきれなくて。おねえちゃんの心配そうな顔のせい。

「ごめんね、お母さんの事は私もあんまり覚えてないの」
「……どうして?」
「なんていうか、理由は分からないんだけど、お母さんの記憶が曖昧になってて、最後に会ったときすら思い出せないの」
「夢みたいになってきてるってこと?」
「うーん、そんな感じ、かも」
「じゃあさ、それは良い夢?怖い夢?」
「……分からないわ」

やっぱり。

「怖い夢じゃないのが、ダメなんだよ」
「……え?」
「おねえちゃん、ごめんね。私、心を読むの、もう飽きちゃった」
「……何を言っているの、こいし?」

記憶にそっくりだった。でも、それじゃあだめ。

「曖昧なところを、治してあげるの。私は覚りをやめるの、お母さんみたいに」
「お、お母さんは……」
「お母さんがやった事は、おねえちゃんがやろうとした事は、第三の眼を閉じることでしょ?」
「な、なんでこいしがそれを」
「おねえちゃんの眼の傷。そこからおねえちゃんの記憶と夢の間に、私は、お母さんの閉じた第三の眼をはっきり見たの」
「それは……ああ、やめて、こいし!」

うろたえるおねえちゃん。曖昧な部分が見えてきた。

「安心して、おねえちゃん。私は、お母さんと同じにはならないから」
「どんな理由でもやめて、こいし!」
「お母さんは、覚りをやめた、生きる意味を失った覚になったんでしょ。だから、とっても曖昧な存在になっちゃって、お互いに認識することができなくなっちゃった。お母さんが急にいなくなっちゃうなんて、幼いおねえちゃんからしたらどれだけ怖かったか。私は、物心がつく前だったみたいで、分からないんだけど」
「そう、怖かったわ。はっきりと言える!だから、こいしも消えるようなことはしないで!」
「だから、お母さんとは同じにならないって言ってるじゃん。私は、眼を閉じても曖昧な存在にはならない!私は、絶対的な"嫌われ者"になるの!」
「嫌われ者?そんなの、私だけで十分よ!」

おねえちゃんはきっとこのままじゃ、お母さんみたいになってしまう。そんな考えが私を引っ張って、気づいたら言い放っていた。
おねえちゃんこそ、嫌われ者なのに。
だけど。

「……おねえちゃんには、嫌いな人がいる?」
「いるわ。でも、顔が浮かばない……心を読んじゃえば皆同じようなものだから」
「そうだよね、並の嫌な奴は大して記憶に残らないもの。心を読んじゃえばなおさら。でもそれは、怖い記憶でも同じなんだよ」
「……いや、でも」
「でもじゃない。幼いころのおねえちゃんにとって怖かったことも、お母さんがいないことが普通になった今では、何も怖くないでしょ」
「それは……」

おねえちゃんは、何かに気づいたように、はっとしていた。

「結局は無関心に還ってしまうの、記憶ごときでは。並の嫌な奴みたいにね。だから、私は並じゃなくて、本物の嫌われ者になるの」
「本物の、嫌われ者?」
「そう。本物の、絶対的な嫌われ者は、誰からも必要とされないの。ただ、嫌われ者自身が思うがままだから存在するだけ」
「……そんなものになって、こいしは楽しいと思うの?」
「楽しくないに決まってるじゃん。むしろ、無間地獄。誰からも必要とされないから、いつまでも自分を保つため、嫌われ者を演じ続けるの」
「じゃあ、なんで」
「私はおねえちゃんに、いつまでも今のおねえちゃんでいて欲しいの。だからね、今みたいにおねえちゃんの心が揺らいでるときに、いきなり現れて、
ああはなりたくないって思わせる存在になるの」
「私が、私であるために……?」
「そう。私も、私であるためにおねえちゃんに嫌われる必要があるの。私も嫌われるように努力するから、おねえちゃんも私を嫌ってね」

「……こいし、あなたはそれでいいの?」
「ふふふ、止めるわけじゃないんだね」
「正直なことを言わせて。私は、心が弱い覚よ。時には覚りをやめたくなるくらい。でも、こいしは違うわ。こいしは他人の心は他人のものって割り切れるから、こいしの方が私よりずっと覚に向いているように見えて、羨ましかった。だから、こいしが覚りをやめてしまうのはただ単純にもったいないと思うの。けど、そんなこいしが、あなた自身じゃなくて私にいつまでも覚でいて欲しいって言ってくれるのはとても嬉しいし、私が私であることをこいしが何より望むなら、私は何が何でも覚でいようと思うわ」
「おねえちゃん、私は覚りをやめても、私のままだよ。私は、お姉ちゃんのほうが覚りに向いていると思うの。私は覚ることに、意味を見出せないから。私は、本物の覚になれてないんだと思う。それでこれからも、なれないんだ。だから、私は覚りとはお別れして、本物の嫌われ者を目指したいの」

本物。私は、他人の心を読めてもそれを何一つ活かせない。負の方向にすら。それが負い目で。それで、深いところにはそれしかなくて。

「……私だって、本物の覚である自信はないわ。だから私が、あなたは本物よ、なんて言っても意味がないのは分かるわ。でも、本物の覚に永遠になれないなんてことはないと思うわ。むしろ、本物の覚になることが、覚妖怪の人生の終着点なんだと思う。だからね、こいし。あなたは本物の覚になることを諦めないで。本物の覚になるために、その過程で、本物の嫌われ者になりたいなら、私はそれが正しいと思うから」
「……ありがとう、おねえちゃん。私こそ、おねえちゃんが本物の覚になるため存在になってみせる!だから、ちゃんと私を嫌ってね。私のことを必要だと思うのは、全部無意識で」
「分かったわ。私もこいしがこいしであるために、あなたを嫌ってみせる!」
「うん。だから、もっと刺々しく、あんたって呼ぶのがいいんじゃない?」
「え?……そうね。じゃ、あんたに忠告するわ。"嫌い"の反対が"好き"ではないことを忘れないでね」
「分かったよ、おねえちゃん。じゃあ、お互いに、いつまでも嫌われ者でいようね!」

そのときの私の第三の眼には、今まで分からなかった変な感覚があったの。
眼を閉じる、というより封じるような感覚、力の込め方みたいな。
ずっと無意識だった感覚が、急に呼び起こされたってことは、やっぱり必要なことだったんだと思う。
あとは思うがままに眼を閉じて、おしまい。私の夢にも、おねえちゃんの夢にもならない永遠の記憶。


今の私は覚らない覚。本物の覚じゃないわ。でも、本物の覚になるっていう本懐を失ったわけじゃない。今はそれが、無意識になってるだけで。

さあ、今日は何をしようかな。神社で、何かをくすねてやろうかしら。
それとも、おねえちゃんのところに死体を持って行こうかな。


今日も嫌われ者でいなくちゃ。嫌われ者が、嫌われ者であるために。



何を目指すにせよ、外の世界からは本質が見えない"本物"になりたいもの。
ランカ
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コメント



0.60簡易評価
3.無評価名前が無い程度の能力削除
なんだろ魅力がない話だ
4.70怠惰流波削除
「おねえちゃん、"好き"の反対は"嫌い"じゃなくて"無関心"なんだってー」
これがこいしちゃんの口から飛び出ると、なんだかとても切ない気分になります。

とまれ、さとりを覚りとして維持するために瞳を閉じるこいしというのは初めての動機で新鮮でした。
母の夢を見てからこいしが瞳を閉ざすまでが少し急だった気はします。