「……暑いな」
命蓮寺の中庭へと続く長い縁側を行きながら、差し込む陽光にぼやいてみたものの、じんわりと浮かび始めた汗が引くはずもなかった。
よく晴れた日。晴天だけれど、この季節特有の薄い霞がかったような空が広がる午後。
漂う空気はまだ涼しく夜ともなれば肌寒さすら感じるというのに、昼間の日光はこの上なく暑い。
まったく……まだ梅雨にもなっていないというのに、この暑さ。
本格的に暑くなったとなれば、どうなるものか想像したくもない。
「はぁ……」
季節感の狂った暑さを感じ始めてから数日、いい加減、薄手の服を用意しておいた方がいいだろうか。
ちらりと自分の服に視線を向ければ、あぁ、確かに、先ほどナズーリンがげんなりしていたのもうなずけるくらいの重ね着だ。
うーん、寅の腰巻は外せないとしてもだ……やはり一枚くらいは減らしておきたいところか……。
「うん?」
そんなことを考えながら、のそのそと歩いて角を曲がった先。
中庭の景色が広がったかと思ったら、中庭の片隅にしゃがみ込んでいるぬえの姿を見つけた。
珍しいこともあるものだ。
日差しが更に強くなり始めた時刻、さすがに暑いのか麦わら帽子をかぶったぬえは背を向けてなにやら作業をしているようだ。
彼女はこちらに気が付くこともなく、自身の周りに乱雑に置かれた掌のほどある大きさの石を手にしては一帯を囲うように配置している。
近くに三つほどあるパンパンに膨れた麻袋の見覚えもないから、石同様、ぬえがどこかから持ってきたようだ。
「ぬえ」
何をしているのか疑問に思うよりも先に、私は外履きの草履をつっかけて庭先に降りて、ぬえに声をかけていた。
容赦なく降る日差しの下に出ると、思わず目を細める。
やはり、暑い……。
そんな風に思っていると、ぬえはゆっくりとした動きでわずかに反応を示した。
面倒くさそうな雰囲気満載で肩越しに視線を向けて「なんだ、星か」と言い出しそうな表情を浮かべる。
しかし、予想していた言葉もなく彼女はぷいっと視線を戻した。
「……ぬえ、返事くらいしてくれてもいいだろう……」
彼女の素っ気ない態度に呆れたものの、すぐにそれもいつものことかと思って小さく息を吐いてみせる。
ぬえが率先して何かしているときは、大抵そうだ。
いや、こういう態度をとるときは見つかりたくなかったとか知られたくなかったというときか。
恥ずかしがっているということなのだろうけれど、そんなに怒ったようにしなくてもいいと思う。
しかも今回は誰の目にもつく庭先なのだから、誰だって声をかけたくなるものだろうに。
先ほどとは違った意味合いで呆れながら、ぬえの隣に立った。
「ぬえ、何をしているんだ?」
「……べっつに」
再度の声に、見ればわかるでしょなんてぶっきらぼうな感じで、ぬえはようやく小さな返事をした。
思わず人差し指で頬を掻きながら笑ってみせるけれど、ぬえがこちらに視線を向けることはなかった。
あー、いや、土をいじっていることはわかるのだ。
子供一人がすっぽり入ってしまいそうなくらいの小さな範囲で土が耕されて、石で囲われているし。
ここから見れば、麻袋は濃い色をした土が入っていることが見て取れるから、耕した土と混ぜているとも想像できる。
ただ、ぬえが土をいじっていることはどうにも……似合わないというか想像がつかないというか……。
こうして、土を混ぜ始めたぬえを眺めていてもいまいち実感がわかない。
まじまじと様子を見ていると、ぬえはちらりとこちらに視線を向けて小さく息を吐いた。
とにもかくにも私がどこかに行く意思はないと悟ったらしい。
「……風見って花畑にいたヤツから、花の種もらったの」
「花の種……」
渋々と吐き出された言葉は意外なものだった。
聞き覚えのない人物の名前が出てきたことも意外だったけれど、それ以上に花の種を撒こうとしているなんて。
花……とは。
彼女には悪いけれど、やはりどうにも結びつかない。
考えを巡らせようとしてはみたものの、あまりに関連付けができず、お寺で花を植えた記憶はなかったなとか、育てた野菜の種類は覚えているのだけれどと関係のないことばかりが頭に浮かぶ。
うーん、と腕組みをして考えていると、ぬえはまた息を吐いた。
「植えてみたいって話になったら土まで持っていけって言われてさー。メンドーだけど、もらっておいて咲かないのもシャクじゃん」
「……うーむ」
「なに?」
「あっ、いやっ、なんでもない」
気が付くとぬえが睨むように視線を送ってきていた。
思考と組んでいた腕をばっと解いて彼女に向けるけれど、いぶかしむ視線に押されてしまう。
「な、なんでもないんだ、本当に……」
「……ふーん」
確かに意外ではあるけれど、不可思議というわけではないはずなのだ。
ぬえが花をどうのという連想ができないだけで、 キライとかいうことを言っていたこともないはずだ。
慌てて取り繕おうとしてみせるけれど、ぬえにそんなことをしても今更のようだった。
彼女はわかりやすくため息を吐き出して、わずかに怒ったようにしてみせる。
「私が花を植えてるなんて笑っちゃうでしょ?」
「い、いいや、そんなことはないよ」
「顔に書いてあるんだけど?」
「えっ、あ……その……確かに意外だと思ったけれど……」
「……うっさい、バカ寅」
しまった……。
つられて意外と言ってしまったのはまずかっただろう。
口を尖らせてしまったぬえに、ごまかすみたいな笑みをむけるけれどもう遅い。
彼女はすねた表情でまた土をいじりはじめた。
こういう時、どう言葉をかけたものだろうか……。
言葉が浮かんでこないのはいつものこと。
私はあきらめて息を吐き出すと、彼女にならうようにしてしゃがみ込む。
そうして、真似るように土に触れた。
濃い土の混ざった庭の土は柔らかで、よく混ざっていることがわかる。
ぬえは面倒くさそうな様子で作業をしているものの、実際面倒くさいというわけではないんだろう。
混ぜて、広げて、指で一定間隔に浅く穴を開けていく。
そのどれもが丁寧に感じられた。
彼女の動きに合わせて手を動かしつつ、ぼんやりと視線を送っていると、
「そこ」
「えっ!?」
「もうちょっと、浅い方がいいんだって」
「あ、そ、そうか、わかった」
声をかけられるとは思っていなかった。
思わず裏返ってしまいそうな声音で返すとぬえはわずかに笑った気がした。
指摘されたとおりにわずかに浅く穴を開ける。
「えっと、その……そういえば、なんの花なんだ?」
「……知らない」
「知らないってお前……」
「名前とか知らないしさ、 別に名前になんて興味ないし」
「よくそれで話をしてきたものだな……」
「ぶらぶらしてたら、たまたま見かけて気になったからさー」
「想像は……できるな」
「うっさいなぁ、いいでしょ」
穴を開け終えて、彼女の手の平からわずかに種を摘み取りながら言葉を交わす。
そうしていると、先ほどのことも忘れてしまったみたいになって、私たちはなんでもない会話を続けながら種を撒いた。
どうしてか視線は合わせることはなかったけれど。
ちらりと彼女の横顔をうかがう。
今までにないことを始めたとは思えないほどいつも通り。
あまり興味があるという感じではない表情だ。
ぽつりぽつりと交わす言葉だって興味がなさそうなものばかりだから、本当にどうして種なんてもらってきたのだろうかと不思議に思わなくもない。
いや、おそらく気まぐれではあるんだろう。
ぬえが言っていた通り、偶然見つけて気になったというだけ。
「……お前は本当に興味があるのだろうか」
小さくこぼしてやる。
「まー、星が言うみたいに興味はないんだけどね」
土に作った穴に一粒ずつ種を入れながら、彼女は興味なさそうに言ってのける。
けれど、端まで種をまき終えると、土を眺めながら緩やかに動きを止めた。
呆れたような、どこか力を抜いたようなそんな息を吐き出して、
「でもさ、何が咲くかわかんないなとか考えると、面白いかなって思ってさ」
わからないからいいんだ、とぬえは続けた。
わからないから、面白そうじゃん、と。
その表情はどこか誇らしげにも感じられて、私は思わず言葉を無くした。
あぁ……確かに。
そういう楽しみ方はぬえらしいなと思う。
そういう自由なところ、私では敵わないとも思ってしまった。
「……」
「なに?」
「あぁ……いや……」
「どーせ、また変なこと言ってるとか思ったんでしょ?」
「いいや」
口を尖らせる彼女に、私は小さく笑ってみせる。
「ぬえらしいなと思った」
言葉を返すと、ぬえは急に言葉に詰まったようになった。
わずかに頬が赤くなったかと思ったら、残念なことにぷいとそっぽを向いてしまった。
「……バカ寅、さっさとそっちにも蒔け」
「ん、あ、あぁ、わかった」
ごまかす様に差し出された手。
そこからパラパラと落とす様に手渡される種を受け取る。
確認するように種に目を落としていると、ぬえは一度だけ覗き見るようにこちらに視線を向けて、やっぱり恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……面白い、か」
私は独り言をこぼしながら開いた穴にひとつ、ひとつと種を落とす。
そうして、土を被せて作業を終えて、それでも、その一帯を眺めていた。
なにが咲くかわからないからいい……。
彼女の言葉を反芻する。
こうして、作業を終えた今、確かにそれを想像するのは少し楽しみに思える。
もしかしたら、花ではない種を渡されているかもしれないなどとおかしな想像さえできるほど。
……。
そんなことを考えて、ふと。
咲いてしまったら、どうなるんだろうと思ってしまった。
なにが咲くかわかってしまったら、どうなるのだろう。
咲いてしまったら……わからないことがわかってしまったら、その楽しみはもうなくなってしまうんだろうか。
そんなことを思う。
「――――何が咲くかわかってしまったら?」
そんな疑問を私は率直に口にしていた。
「え?」
私の言葉に、ぬえは振り向いた。
合わせた視線。
ぬえはちょっと驚いたように瞳を開いたけれど、それも束の間。
「別に。いいじゃん、それでも」
考える素振りもなく、当たり前のように返答をしてみせた。
今度は私が驚かされる番だった。
ぬえは土を被せたあたりをポンポンと撫でながら……わずかに笑った。
「だってさ、どんな風に咲いていくかとか、どんな色でどんな形になるかとかさ、一つひとつが違うでしょ。ひょっとすると咲かないかもしれないしさ、咲く前に枯れちゃうかもしれないし」
「それで、ちゃんと咲いたとしても、また種になって、おんなじだけど違う花を咲かして……だから、わかってもまだわからないことばっかでさ……だから、別にいいじゃん」
ぬえは、歌うみたいに言った。
少し楽しそうな。
少し寂しそうな。
そんな声で。
浮かべる表情だって、そう。
楽しみにしているのか、憂いているのか、そのどちらもなのか。
こうして見つめていても読み取ることはできなかった。
はっきりと言葉にしたにも関わらず、けれど、どこか曖昧な言葉。
正体不明というほどではないけれど、彼女はそうやって正体をぼやかした。
ただ、それでも、先を見つめていることは、ちゃんとわかる。
そんな彼女の様子に私はどこか安心したようだった。
ぬえは、やっぱりぬえだ。
どうしてか、そう思った。
はっきりと言葉にできないけれど、はっきりと思う。
言葉にできないのは返事も同様で、彼女の歌うような言葉になんと返せばよいだろうか。
言葉を忘れてしまったみたいに、どうにもまとまらない。
結局、喉まで出かかっている想いは言葉になることもなかった。
だから、諦めるように息をはいて、
「……きれいに咲くだろうか」
思うままに、ごまかすようにつぶやく。
その言葉にぬえはもう一度、土を愛でてから私に視線を向けた。
そうして、赤い瞳をどこかイタズラに曲げてみせると、
「当然」
それはそれは楽しそうに、ぬえは言った。
それはそれは楽しそうな笑顔で、ぬえは言った。
そんな彼女に惹き込まれるようにして、私は彼女を見つめていた。
ややあって、彼女は立ち上がると暑いと言って、私の袖を軽く引いて屋内へ戻ろうと合図をする。
もう興味がないみたいな様子でぬえは早々とその場を離れた。
私も彼女に続いて緩やかに立ち上がる。
ほうと熱に浮かされたようにぼんやりと真新しい『花壇』を眺めていると、なぜだか綺麗に色付いた花々が想像できた。
「しょーう、はやくー」
「あ……あぁ」
けれど、ぬえの呼び声に、あっさりと花々は姿を消す。
そうして、耕された土が広がるだけ。
もうそんな想像を浮かべてしまうとは呆れたものだ。
私は呆れて笑うと、ゆっくりと縁側へと向かった。
――――種は、いつ芽吹くだろうか。
背中越しにそんな風に思う。
知る由もないことを、考えても仕方のないことを思う。
けれど、それを考えるのは確かに楽しかった。
いつしか芽吹き、咲く花々。
それが、どうにも待ち遠しくて仕方ない。
この花壇が咲き誇ったなら。
その時。
その時は、また……。
ぬえは笑うだろうと思うから。
とても楽しそうに、満足したように笑うと思う。
先ほどの『当然』と言ったような、ぬえの花のような笑顔がまた見れるだろうと思う。
そんな彼女に私はきっとまた惹きつけられたようになるに違いない。
そう、思えた。
「おーい、しょー」
「うん、今、行くとも」
今年はまだまだ暑くなるんだろう。
雨の季節が来る。
暑い季節も、来る。
流れる四季に想いを馳せて。
――――花は、いつ咲くだろうか。
そうして、小さな楽しみをひっそりとしまって、足取りも軽く、彼女の待つ縁側へと向かった。
命蓮寺の中庭へと続く長い縁側を行きながら、差し込む陽光にぼやいてみたものの、じんわりと浮かび始めた汗が引くはずもなかった。
よく晴れた日。晴天だけれど、この季節特有の薄い霞がかったような空が広がる午後。
漂う空気はまだ涼しく夜ともなれば肌寒さすら感じるというのに、昼間の日光はこの上なく暑い。
まったく……まだ梅雨にもなっていないというのに、この暑さ。
本格的に暑くなったとなれば、どうなるものか想像したくもない。
「はぁ……」
季節感の狂った暑さを感じ始めてから数日、いい加減、薄手の服を用意しておいた方がいいだろうか。
ちらりと自分の服に視線を向ければ、あぁ、確かに、先ほどナズーリンがげんなりしていたのもうなずけるくらいの重ね着だ。
うーん、寅の腰巻は外せないとしてもだ……やはり一枚くらいは減らしておきたいところか……。
「うん?」
そんなことを考えながら、のそのそと歩いて角を曲がった先。
中庭の景色が広がったかと思ったら、中庭の片隅にしゃがみ込んでいるぬえの姿を見つけた。
珍しいこともあるものだ。
日差しが更に強くなり始めた時刻、さすがに暑いのか麦わら帽子をかぶったぬえは背を向けてなにやら作業をしているようだ。
彼女はこちらに気が付くこともなく、自身の周りに乱雑に置かれた掌のほどある大きさの石を手にしては一帯を囲うように配置している。
近くに三つほどあるパンパンに膨れた麻袋の見覚えもないから、石同様、ぬえがどこかから持ってきたようだ。
「ぬえ」
何をしているのか疑問に思うよりも先に、私は外履きの草履をつっかけて庭先に降りて、ぬえに声をかけていた。
容赦なく降る日差しの下に出ると、思わず目を細める。
やはり、暑い……。
そんな風に思っていると、ぬえはゆっくりとした動きでわずかに反応を示した。
面倒くさそうな雰囲気満載で肩越しに視線を向けて「なんだ、星か」と言い出しそうな表情を浮かべる。
しかし、予想していた言葉もなく彼女はぷいっと視線を戻した。
「……ぬえ、返事くらいしてくれてもいいだろう……」
彼女の素っ気ない態度に呆れたものの、すぐにそれもいつものことかと思って小さく息を吐いてみせる。
ぬえが率先して何かしているときは、大抵そうだ。
いや、こういう態度をとるときは見つかりたくなかったとか知られたくなかったというときか。
恥ずかしがっているということなのだろうけれど、そんなに怒ったようにしなくてもいいと思う。
しかも今回は誰の目にもつく庭先なのだから、誰だって声をかけたくなるものだろうに。
先ほどとは違った意味合いで呆れながら、ぬえの隣に立った。
「ぬえ、何をしているんだ?」
「……べっつに」
再度の声に、見ればわかるでしょなんてぶっきらぼうな感じで、ぬえはようやく小さな返事をした。
思わず人差し指で頬を掻きながら笑ってみせるけれど、ぬえがこちらに視線を向けることはなかった。
あー、いや、土をいじっていることはわかるのだ。
子供一人がすっぽり入ってしまいそうなくらいの小さな範囲で土が耕されて、石で囲われているし。
ここから見れば、麻袋は濃い色をした土が入っていることが見て取れるから、耕した土と混ぜているとも想像できる。
ただ、ぬえが土をいじっていることはどうにも……似合わないというか想像がつかないというか……。
こうして、土を混ぜ始めたぬえを眺めていてもいまいち実感がわかない。
まじまじと様子を見ていると、ぬえはちらりとこちらに視線を向けて小さく息を吐いた。
とにもかくにも私がどこかに行く意思はないと悟ったらしい。
「……風見って花畑にいたヤツから、花の種もらったの」
「花の種……」
渋々と吐き出された言葉は意外なものだった。
聞き覚えのない人物の名前が出てきたことも意外だったけれど、それ以上に花の種を撒こうとしているなんて。
花……とは。
彼女には悪いけれど、やはりどうにも結びつかない。
考えを巡らせようとしてはみたものの、あまりに関連付けができず、お寺で花を植えた記憶はなかったなとか、育てた野菜の種類は覚えているのだけれどと関係のないことばかりが頭に浮かぶ。
うーん、と腕組みをして考えていると、ぬえはまた息を吐いた。
「植えてみたいって話になったら土まで持っていけって言われてさー。メンドーだけど、もらっておいて咲かないのもシャクじゃん」
「……うーむ」
「なに?」
「あっ、いやっ、なんでもない」
気が付くとぬえが睨むように視線を送ってきていた。
思考と組んでいた腕をばっと解いて彼女に向けるけれど、いぶかしむ視線に押されてしまう。
「な、なんでもないんだ、本当に……」
「……ふーん」
確かに意外ではあるけれど、不可思議というわけではないはずなのだ。
ぬえが花をどうのという連想ができないだけで、 キライとかいうことを言っていたこともないはずだ。
慌てて取り繕おうとしてみせるけれど、ぬえにそんなことをしても今更のようだった。
彼女はわかりやすくため息を吐き出して、わずかに怒ったようにしてみせる。
「私が花を植えてるなんて笑っちゃうでしょ?」
「い、いいや、そんなことはないよ」
「顔に書いてあるんだけど?」
「えっ、あ……その……確かに意外だと思ったけれど……」
「……うっさい、バカ寅」
しまった……。
つられて意外と言ってしまったのはまずかっただろう。
口を尖らせてしまったぬえに、ごまかすみたいな笑みをむけるけれどもう遅い。
彼女はすねた表情でまた土をいじりはじめた。
こういう時、どう言葉をかけたものだろうか……。
言葉が浮かんでこないのはいつものこと。
私はあきらめて息を吐き出すと、彼女にならうようにしてしゃがみ込む。
そうして、真似るように土に触れた。
濃い土の混ざった庭の土は柔らかで、よく混ざっていることがわかる。
ぬえは面倒くさそうな様子で作業をしているものの、実際面倒くさいというわけではないんだろう。
混ぜて、広げて、指で一定間隔に浅く穴を開けていく。
そのどれもが丁寧に感じられた。
彼女の動きに合わせて手を動かしつつ、ぼんやりと視線を送っていると、
「そこ」
「えっ!?」
「もうちょっと、浅い方がいいんだって」
「あ、そ、そうか、わかった」
声をかけられるとは思っていなかった。
思わず裏返ってしまいそうな声音で返すとぬえはわずかに笑った気がした。
指摘されたとおりにわずかに浅く穴を開ける。
「えっと、その……そういえば、なんの花なんだ?」
「……知らない」
「知らないってお前……」
「名前とか知らないしさ、 別に名前になんて興味ないし」
「よくそれで話をしてきたものだな……」
「ぶらぶらしてたら、たまたま見かけて気になったからさー」
「想像は……できるな」
「うっさいなぁ、いいでしょ」
穴を開け終えて、彼女の手の平からわずかに種を摘み取りながら言葉を交わす。
そうしていると、先ほどのことも忘れてしまったみたいになって、私たちはなんでもない会話を続けながら種を撒いた。
どうしてか視線は合わせることはなかったけれど。
ちらりと彼女の横顔をうかがう。
今までにないことを始めたとは思えないほどいつも通り。
あまり興味があるという感じではない表情だ。
ぽつりぽつりと交わす言葉だって興味がなさそうなものばかりだから、本当にどうして種なんてもらってきたのだろうかと不思議に思わなくもない。
いや、おそらく気まぐれではあるんだろう。
ぬえが言っていた通り、偶然見つけて気になったというだけ。
「……お前は本当に興味があるのだろうか」
小さくこぼしてやる。
「まー、星が言うみたいに興味はないんだけどね」
土に作った穴に一粒ずつ種を入れながら、彼女は興味なさそうに言ってのける。
けれど、端まで種をまき終えると、土を眺めながら緩やかに動きを止めた。
呆れたような、どこか力を抜いたようなそんな息を吐き出して、
「でもさ、何が咲くかわかんないなとか考えると、面白いかなって思ってさ」
わからないからいいんだ、とぬえは続けた。
わからないから、面白そうじゃん、と。
その表情はどこか誇らしげにも感じられて、私は思わず言葉を無くした。
あぁ……確かに。
そういう楽しみ方はぬえらしいなと思う。
そういう自由なところ、私では敵わないとも思ってしまった。
「……」
「なに?」
「あぁ……いや……」
「どーせ、また変なこと言ってるとか思ったんでしょ?」
「いいや」
口を尖らせる彼女に、私は小さく笑ってみせる。
「ぬえらしいなと思った」
言葉を返すと、ぬえは急に言葉に詰まったようになった。
わずかに頬が赤くなったかと思ったら、残念なことにぷいとそっぽを向いてしまった。
「……バカ寅、さっさとそっちにも蒔け」
「ん、あ、あぁ、わかった」
ごまかす様に差し出された手。
そこからパラパラと落とす様に手渡される種を受け取る。
確認するように種に目を落としていると、ぬえは一度だけ覗き見るようにこちらに視線を向けて、やっぱり恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……面白い、か」
私は独り言をこぼしながら開いた穴にひとつ、ひとつと種を落とす。
そうして、土を被せて作業を終えて、それでも、その一帯を眺めていた。
なにが咲くかわからないからいい……。
彼女の言葉を反芻する。
こうして、作業を終えた今、確かにそれを想像するのは少し楽しみに思える。
もしかしたら、花ではない種を渡されているかもしれないなどとおかしな想像さえできるほど。
……。
そんなことを考えて、ふと。
咲いてしまったら、どうなるんだろうと思ってしまった。
なにが咲くかわかってしまったら、どうなるのだろう。
咲いてしまったら……わからないことがわかってしまったら、その楽しみはもうなくなってしまうんだろうか。
そんなことを思う。
「――――何が咲くかわかってしまったら?」
そんな疑問を私は率直に口にしていた。
「え?」
私の言葉に、ぬえは振り向いた。
合わせた視線。
ぬえはちょっと驚いたように瞳を開いたけれど、それも束の間。
「別に。いいじゃん、それでも」
考える素振りもなく、当たり前のように返答をしてみせた。
今度は私が驚かされる番だった。
ぬえは土を被せたあたりをポンポンと撫でながら……わずかに笑った。
「だってさ、どんな風に咲いていくかとか、どんな色でどんな形になるかとかさ、一つひとつが違うでしょ。ひょっとすると咲かないかもしれないしさ、咲く前に枯れちゃうかもしれないし」
「それで、ちゃんと咲いたとしても、また種になって、おんなじだけど違う花を咲かして……だから、わかってもまだわからないことばっかでさ……だから、別にいいじゃん」
ぬえは、歌うみたいに言った。
少し楽しそうな。
少し寂しそうな。
そんな声で。
浮かべる表情だって、そう。
楽しみにしているのか、憂いているのか、そのどちらもなのか。
こうして見つめていても読み取ることはできなかった。
はっきりと言葉にしたにも関わらず、けれど、どこか曖昧な言葉。
正体不明というほどではないけれど、彼女はそうやって正体をぼやかした。
ただ、それでも、先を見つめていることは、ちゃんとわかる。
そんな彼女の様子に私はどこか安心したようだった。
ぬえは、やっぱりぬえだ。
どうしてか、そう思った。
はっきりと言葉にできないけれど、はっきりと思う。
言葉にできないのは返事も同様で、彼女の歌うような言葉になんと返せばよいだろうか。
言葉を忘れてしまったみたいに、どうにもまとまらない。
結局、喉まで出かかっている想いは言葉になることもなかった。
だから、諦めるように息をはいて、
「……きれいに咲くだろうか」
思うままに、ごまかすようにつぶやく。
その言葉にぬえはもう一度、土を愛でてから私に視線を向けた。
そうして、赤い瞳をどこかイタズラに曲げてみせると、
「当然」
それはそれは楽しそうに、ぬえは言った。
それはそれは楽しそうな笑顔で、ぬえは言った。
そんな彼女に惹き込まれるようにして、私は彼女を見つめていた。
ややあって、彼女は立ち上がると暑いと言って、私の袖を軽く引いて屋内へ戻ろうと合図をする。
もう興味がないみたいな様子でぬえは早々とその場を離れた。
私も彼女に続いて緩やかに立ち上がる。
ほうと熱に浮かされたようにぼんやりと真新しい『花壇』を眺めていると、なぜだか綺麗に色付いた花々が想像できた。
「しょーう、はやくー」
「あ……あぁ」
けれど、ぬえの呼び声に、あっさりと花々は姿を消す。
そうして、耕された土が広がるだけ。
もうそんな想像を浮かべてしまうとは呆れたものだ。
私は呆れて笑うと、ゆっくりと縁側へと向かった。
――――種は、いつ芽吹くだろうか。
背中越しにそんな風に思う。
知る由もないことを、考えても仕方のないことを思う。
けれど、それを考えるのは確かに楽しかった。
いつしか芽吹き、咲く花々。
それが、どうにも待ち遠しくて仕方ない。
この花壇が咲き誇ったなら。
その時。
その時は、また……。
ぬえは笑うだろうと思うから。
とても楽しそうに、満足したように笑うと思う。
先ほどの『当然』と言ったような、ぬえの花のような笑顔がまた見れるだろうと思う。
そんな彼女に私はきっとまた惹きつけられたようになるに違いない。
そう、思えた。
「おーい、しょー」
「うん、今、行くとも」
今年はまだまだ暑くなるんだろう。
雨の季節が来る。
暑い季節も、来る。
流れる四季に想いを馳せて。
――――花は、いつ咲くだろうか。
そうして、小さな楽しみをひっそりとしまって、足取りも軽く、彼女の待つ縁側へと向かった。
さぐりさぐり距離を詰めていく2人がいじらしかったです
2人とも絶妙に不器用でいいなぁ