Coolier - 新生・東方創想話

自分勝手な人間と妖怪

2017/06/03 09:08:34
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「あ、来た来た! おーい、マミさーんっ! こっちこっちー!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねては大きく手を振った。突如大声を上げた私に周囲の人が驚いたように一瞥してくるが、常識の枠外に存在する世界に何度も出入りしている私にとっては、多少目立つくらいのことは大した問題とは思わない。
 大通りの人の多さにおろおろと彷徨うばかりだった目的の人物は私の声に気がつくと、ほっとしたように息を漏らしていた。
 人ごみをかき分けてやってくるその人物を、私はにこにこと上機嫌に待ち受ける。やがて私のすぐそばまでやってきたその人物――ちょっと古くさい服装が特徴の女性、ニッ岩マミゾウは、疲れたような顔をして背後の人並みを振り返った。

「はぁ、あいかわらず外の世界は無駄に人が多いのう。ちょっと出かけるだけでも一苦労じゃ。お前さんはよくそんな元気でいられるのう」
「あはは、だってマミさんとこっちで会えるんだもの。これが嬉しくないわけないじゃない」
「ふーむ、若さというやつか。儂ももう歳ということかな」

 儂、なんて古くさいどころじゃない一人称を使っているせいで相当な年寄り感がにじみ出ているが、はたから見れば、今のマミさんはほんの二十代前半の美人にしか見えない。
 事実、周りの人たちがマミゾウさんにちらちらと視線を送っているのが横目に見えていた。私一人の時には一目すら見てこなかったのに。年頃の女子高生を陰湿にいじめてそんなに楽しいか。ちくしょう。

「っていうか、妖怪に寿命とかそんな概念あるんですか?」

 妖怪。そう、マミさんは妖怪、化け狸の妖怪だ。今は人間に化けているが、本来の彼女には可愛らしい丸いお耳と、大きくてふわふわで気持ちのよさそうな尻尾が生えている。
 ちなみに容姿そのものは大して変わっていないので、この美麗さはやはり素のものということになる。ちょっと妬ましい……。

「これこれ、こんな人通りの多いところで妖怪がどうとか口に出すでない」

 声を潜めてマミさんが私に注意する。そんなことしなくても、私以外の人間が妖怪の実在なんて信じるはずもないのに。
 そんな私の思考さえマミさんにはお見通しのようで、こつんっ、と軽く額を小突かれる。

「お前さんが変な目で見られるじゃろう。幻想郷と違い、外の世界において異物とは排斥されるべきもの。お前さんはあくまで人間なんじゃ。この世界にいる時くらい慎ましく暮らせ」
「私を心配してくれてるんですかっ? わー嬉しいー!」
「いや、これは忠告と言ってな」
「マミさんってなんだかんだ優しいですよね! でも大丈夫ですよ! 元々私って結構浮いてる方ですから! それが今更ちょっとくらい飛んだって大して変わりませんもん!」
「それは大丈夫とは言わんと思うんじゃが……はぁ、まぁいいわい。お前さんにはなにを言っても無駄そうじゃ。最近の若者は年寄りの言うことというものを聞かんからのう。嘆かわしいことじゃて」

 やれやれと首を横に振るマミさんに、それは違いますよ、と私も頭を左右に振った。

「年寄りがどうとかじゃなくて、説教が嫌いなんですよ。誰かになにかを強制されるとかストレスしかたまらないし。現代の若者は皆反抗期なんです。私たちは生まれた時から自由なんだって前に読んだ巨人の妖怪が出る漫画にも書いてましたよ?」
「自由、か。しかし、先の見えない道を歩くのは苦しかろう。先人の知恵というものは、その道の先に光を灯すことと同義なんじゃよ。その道を経験してきたからこそ助言を呈することができる」
「誰かの格言ですか?」
「おりじなるじゃ、おりじなる。とにかく、儂らにできることは助言まで。実際に歩くのはお前さんら若者じゃ。強制なんぞしとるつもりはないわい」
「へー」
「……お前さん、半分以上聞いとらんじゃろ」
「聞いてますよー。私も例に漏れず説教は嫌いですけど、でも、マミさんのことは好きですよ。マミさんの言うことなら信用できます」
「それなら先の忠告も聞いてほしいもんじゃが」
「あはは。悪いですけど、それは無理ってもんです。だって私は秘封倶楽部(ひみつをあばくもの)ですから。常識の枠内にいて秘密に迫ることなんてできませんもん」
「はぁ……ま、それがお前さんの道ならもうなにも言うまい。険しかろうと、自ら歩むと決めたのならな」
「わー、なんかかっこいい! マミさんって難しい言い回し好きですよねー。私もそれくらい国語ができたらなぁ」
「その前に授業中に眠るのをやめんか」
「えへへー」
「えへへじゃないわい……」

 マミさんのあきれ顔もすっかり見慣れてしまった。
 以前、マミさんは私のような若者と話していると疲れると言っていた。でもその割にこうして結構会ってくれているので、マミさんはいい人だなぁ、と私の中の好感度は出会うたびに上昇している。このままでは菫子攻略ルートに入ってしまいそうだ。きゃー。
 なんて、ちょっとお花畑な思考に囚われつつ、マミさんと連れ立ってやってきたのは、私の家。
 今日はマミさんを私の家に招待するために待ち合わせていた日だったのだ。

「ささ、どうぞどうぞ上がってください。質素でつまらない家ですがー」
「ふむ、お邪魔するぞい」

 マミさんは家に上がると、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
 どうしたのかな。首を傾げていると、マミさんが靴箱を見ながら、不思議そうに口を開いた。

「菫子よ。お前さん、両親はいないのかい? 家に上がるからには挨拶せねばならんのじゃが」
「あぁー、そういうことですか。今ちょっといないので勝手に入ってくれていいですよ。っていうか私が許可出してますし」
「いない? まさかとは思うんじゃが……」
「あはは、別に亡くなったとかそういうんじゃないですよ。魑魅魍魎はびこる幻想郷じゃないんですからそんな頻繁に身近な人がいなくなったりとかしませんって。海外赴任です、海外赴任。なので大体私一人なんですよ。漫画や小説みたいでしょ?」
「最近の読み物は詳しくないが、なんじゃ。割と寂しい生活を送っとるんじゃな。妙に人懐っこいのも人恋しいゆえか」
「それはマミさんが優しいからですって」
「霊夢にも割と懐いてると聞いたが」
「もう、私を動物かなにかみたいに言わないでくださいよー。霊夢さんはなにかと世話を焼いてくれますし、なんだかんだマミさんと同じで優しいですから、そりゃ慕っちゃりしちゃいますって」
「あやつが優しいとな……」

 目元をひくひくと引きつらせながら、マミさんが言いにくそうにする。霊夢さんは妖怪退治が生業らしいし――その割にいろんな妖怪と仲良くしてるみたいだけど――マミさんも退治されかかったことがあるのかもしれない。
 というか私も人間のはずなのに退治されかかったというか、殺されかけたというか……いや、あとで誤解とわかったけど、あの時は本当に怖かった。追い詰められすぎて一度は死ぬ覚悟まで固めちゃったくらいだ。
 結局、霊夢さんはそんな覚悟ごと打ち砕いて私を救ってくれたけれど。

「こっちの世界の人間は皆冷たいんです。誰に対しても無関心なんですよ。そしてそれが当然だと思ってる。私みたいな得体の知れない外来人のためにいつも護衛してくれる霊夢さんが優しくないわけないじゃないですか」
「そういうもんかのう」
「そういうものですよー」

 話を切り上げて、マミさんを今度こそ家に上げる。向かうのは私の部屋だ。
 ちょっと散らかってますけど、なんて前置きしてから扉を開ける。マミさんは興味深そうに部屋の中を見回していたが、私の部屋にはそう変わったものなんて置いていない。せいぜい妖怪について特集した雑誌とか図鑑とか、あとはデスクトップパソコンくらいが、マミさんが興味を持ちそうなものだ。
 私の予想通り、マミさんの視線は妖怪に関しての書物に向いていた。読みます? と差し出してみたところ「いや」とフラれてしまったけれど。
 いわく、せっかく遊びに来たのに本なんて読んでいたらつまらんじゃろう、とか。うーん、どこに行ってもスマホをいじってばかりの最近の若者に聞かせてやりたい。そんな小さな画面の中に隣の友人と話す以上に素晴らしいことがあるのだろうか。

「あ、そういえばこの前面白い映画見つけたんですよ。まぁゲテモノですけどね。一緒に見ましょうよ」
「映画か。ふむ、お前さんはそれでいいのかい?」
「大丈夫です大丈夫です。私は何度見たって楽しめますから。っていうかマミさんと感想の言い合いっことかしてみたいです。私友達いないですからそういうの結構憧れなんですよー」
「そ、そうか。それならよいが……」
「うーん? なんでそんなかわいそうな人でも見る目するんです?」
「き、気のせいじゃ、気のせい」
「そうかなぁ……ま、いっか」

 今はマミさんに映画を見せることの方が重要だ。確かまだブルーレイレコーダーに入ったままだったから、テレビの電源を入れてリモコンを……。
 ……あれ?

「む、どうかしたか?」
「いえ、リモコンが見当たらなくて……うーん、最後どこに置いたんだっけ……」

 がさがさと辺りを探してみるが、やっぱり見つからない。マミさんも軽く周囲を探してくれていたが、成果はないようだった。

「おかしいなぁ。いつもこの辺にしか置かないし、部屋の中にはあるはずなんだけど……」
「…………む?」

 ふいに、マミさんがなにかに気づいたように顔を上げる。なにやら、くんくんと鼻を動かしていた。

「え、どうしました? も、もしかして私の部屋、変なにおいがしたりとか……?」
「いや、そういうわけではなくてな……そうか」

 マミさんが納得したように呟く。むー、と頬を膨らませて無言で抗議すると、マミさんは小さく苦笑いをした。

「いやなに、そのりもこんがない原因が儂にあることがわかってしまってな。申しわけない限りじゃ」
「え? マミさんが? でもマミさん私のあとに部屋に入りましたし、リモコンを隠してたりとかは……」
「儂が原因ではあるが、儂が隠したわけではない。おそらく儂の妖気に当てられたんじゃろう。少々哀れじゃが……」
「当てられた? 哀れ? もう、私にもわかるように言ってくださいよー」

 ぷんぷん。軽く怒ったふりをしてみせる。この時はまだことの重大さに気がついていなかった。
 マミさんはふざけている私にあきれるでもなく、むしろちょっとだけ神妙な表情になって、その決定的な言葉を言い放った。

「妖怪じゃ。今この部屋に、妖怪がおる。もちろん、儂以外のな」
「……え?」

 ぱちぱちと目を瞬かせる。
 妖怪? マミさん今妖怪って言ったの? ここは幻想郷じゃないのに?
 霊夢さんから聞いたことがある。幻想郷は外の世界にとっての常識を非常識とし、非常識を常識とすることで成り立っている世界だと。だからこそこっちの世界で存在が否定された妖怪が幻想郷には大量に存在していて、こっちの世界にはわずかに生き残った妖怪がほそぼそと暮らしているか、マミさんみたいに特別な妖怪だけが二つの世界を行き来することができる。
 でも、マミさんが冗談を言うとは到底思えない。
 マミさん以外の妖怪がこの部屋にいる。その事実は私の危機感を大きく揺さぶり、私の中に眠る力――『超能力を操る程度の能力』のスイッチを入れた。
 ――まずは透視と千里眼で隠れてるやつの居場所を突き止めて、見つけたら即座にテレキネシスで押し潰す。
 立ち上がって力を行使しようとした私を、しかしマミさんが私の肩をおさえて押しとどめた。

「待て。そんな物騒な力でなにをするつもりじゃ」
「なにって……この部屋に妖怪がいるんでしょう? マミさんは優しいし私が招いたからいいけど、ここは私の家の私の部屋なのよ。不法侵入者にはさっさと出ていってもらわないと困るわ」

 そう言い返しながら、透視と千里眼も並行して行使していた。
 ――見つけた。テレビの裏にこそこそと動く影がある。
 早速テレキネシスを使おうとした私を、やはりマミさんが止めてくる。かざしかけた手を私よりも先に掴んで止め、もう片方の手も同じように抑えつけてきた。

「なにするんですかっ」
「それはこっちのセリフじゃ。お前さん、なにか勘違いしていないかい? 儂が言った言葉を本当の意味で理解できとるのか?」
「なにそれ。勘違い? 本当の意味? そんなこと言って、この部屋に妖怪がいるってことは間違いないんでしょ?」
「あぁ、間違いない。しかしよく聞け。その妖怪はとても貧弱で、お前さんを害することなんぞできやしない。できることなぞ、せいぜいリモコンを部屋の隙間に隠す程度。基本的には無害じゃ」

 リモコンを隠す妖怪。聞いたことがある。その名の通り、妖怪リモコン隠し。置いておいたはずのリモコンがいつの間にかどこかに行ってしまうことを、ふざけて妖怪の仕業だとしてしまっただけの、マミさんのような昔ながらの妖怪とは違った低級の妖怪だ。
 確かにそれなら危険はないかもしれない。でも、私の部屋に妖怪がいることには変わりないじゃないか。

「そもそも、リモコンを隠してる時点で無害じゃないですよ」
「……お前さんは妖怪を……いや、もうよいか。もうじゅうぶん、時間が経った。経ってしまった」

 マミさんが私の手を離す。不思議に思いつつも、とりあえず目的の妖怪を確保しようと手をかざした瞬間、あれ? と首を傾げた。
 妖怪がいない。さきほどまで確かにいたはずの、透視と千里眼で見えていた小さな影が、跡形もなく消え去っている。
 もしかしたらそういう能力を持っているんじゃないか。そう思ってじりじりとテレビに近寄って、そっと隙間に手を伸ばしてみたけれど、そこにあったリモコンに問題なく手が届いてしまった。
 手の中でリモコンのあちこちを見る。いつものリモコンだ。特にいたずらされた様子はない。

「……どういうこと?」

 どこかに隠れているというわけでもない。私の超能力は、今ここには私とマミさんしかいないのだと告げている。もちろん、私の家の中にも。
 直前のマミさんの言いようからして、彼女にはこの異様な現象の原因がわかっているのだろう。私のすぐ隣まで歩み寄ってくると、そっと、私が持っているリモコンを撫でた。

「儂には今の妖怪がどういうものかはわからぬが、おそらく、これを隠すために生まれた架空の妖怪なのじゃろう」
「……はい。確かこういうの、妖怪リモコン隠しって言うらしいです」
「なるほど、名の通りじゃな」

 マミさんは小さく微笑むと、リモコンから手を離して私をじっと見つめた。

「よいか菫子。妖怪とは、人の思いから生まれるもの。それは儂も、そしてこのりもこん隠しも例外ではない。しかし儂とその妖怪とでは絶対的に違うものが一つだけある」
「違うもの、ですか?」
「そうじゃ。かつて人は夜の闇の恐怖を妖怪に例えた。しかしこのりもこん隠しは違う。おそらくは人が自己完結するために生まれた、架空であることを前提とした妖怪じゃろう」
「架空であることを前提とした妖怪? うーんと、それってつまり、最初からいないことが確定してるってことですか? いや妖怪なんて現代人にとっては全部いないも同然ですけど」

 いないことが確定している。だけど、さっきまでその妖怪は確かにそこにいた。矛盾している。つまり?
 うんうんと唸る私に、マミさんは言った。

「初めからいないということは、自我が確立されないということ」
「えっと、その心は?」
「要は、長くは生きられないということじゃよ。生まれては消える。ただそれだけの存在ということじゃ」

 誰にも望まれず、生まれては消える。いや、誰にも望まれないどころじゃない。リモコンを隠す、そんなはた迷惑なことだけをして、幻のように消えてしまう。
 マミさんと一緒に映画を見ようとしたのにリモコンを隠されて燻っていた胸の内の怒りが、ぷしゅー、と萎えていくようだった。

「……なんだか、ちょっとかわいそうですね」
「かわいそう、か。しかし菫子、お前さんはさきほどまで出ていってもらわないと困るなどと言っとったじゃろう」
「そりゃ、すぐ消えちゃうのが決まってる妖怪だなんて知らなかったからですよ。知ってたら……」
「知ってたら?」

 知ってたら、どうしてたんだろう。放っておいた? 無理にリモコンを奪った? 奪ったというか元々私のだけど。
 でもなんとなく、したいようにさせてあげてたんじゃないかと思う。人間っていうのは同情する生き物だから。

「……はぁー。ほんと、人間って汚い」
「まぁ、お前さんが気にすることではないさ。そのりもこん隠しも、りもこんを隠すという己の存在意義を果たせたんじゃ。不満なんぞないだろうよ。もっとも、不満を抱くほどの心も持っとらんじゃろうが」
「……もしかしてマミさんは、その存在意義っていうのをあの妖怪に果たさせてあげるために、私を止めたんですか?」
「さてな。ただ一つ言っておくと、儂とお前さんは友人ではあるが、儂はあくまでも妖怪の味方じゃ。どちらかにつけと言われれば、お前さんの敵に回る。そういう薄情な友人じゃよ、儂は」
「あはは、なに言ってるんですか。私がリモコン隠しのことをなんにも知らずに消しちゃって後悔する前に止めてくれたマミさんが薄情なわけないじゃないですか。むしろ今回のでさらに好感度アップですよ。そろそろ菫子ちゃんルートが解放する頃かもしれませんねー」
「お前さんは本当にポジティブじゃのう……」

 マミさんがいつものように、あきれたように肩をすくめた。

 ――結局、その日は映画を見なかった。





 マミさんが帰った後、私はリモコンを持って、家の庭に出ていた。
 空には少し雲に隠れた月が輝きを放っている。星の数は幻想郷ほど多くはない。地上の光が空の光を打ち消してしまっているのだろう。
 マミさんは私のことをポジティブだと言った。それは、あの時に限っては間違いだった。
 私はただ、明るく見せていただけ。必死に暗い気持ちを隠していただけ。
 もしかしたら、マミさんにはそれさえも筒抜けで、気づかないふりをしてもらっていただけだったのかもしれないけど。

「……なむあみだぶつ」

 テレキネシスで掘った穴にリモコンをそっと入れて、手を合わせる。かじっただけのその単語に、だけど気持ちだけは精一杯込める。
 人間は、自分勝手な生き物だ。自分の過失を妖怪の仕業にして、そのせいで生まれた妖怪が虚しい運命をたどることも知らずに、いろんなことを自分以外のなにかのせいにし続ける。
 あのリモコン隠しはただ、自分の役割を果たそうとしていただけだった。生きる意味を果たそうとしていただけだった。それは私たち人間にとっては迷惑で自分勝手なものでしかなかったかもしれないけれど、そもそも、その理不尽を妖怪に押しつけたのは私たちなのだ。
 人間と妖怪。本当に自分勝手なのはどちらなのだろう。

「まぁ、私にはそんな難しいことよくわかんないけど」

 じゅうぶんに思いは込められたはずなので、手を合わせるのをやめると土をかける。どうでもいいけど、リモコンを埋めてるところなんて見られたら奇人変人扱いされてしまいそうである。

「明日新しいリモコン買いに行かなくちゃなー」

 平坦な地面に戻ってしまった庭の一角を眺めて、一人呟く。
 人間は、自分勝手な生き物だ。きっと私もそうなんだろう。こんなところにリモコンを埋めたって、なんの意味もない。
 だけど自分勝手でも、ただの自己満足でも、なにかを思う気持ちだけは否定したくなかった。
 妖怪でも、私はマミさんが好きだ。彼女が本当は人間の敵で、人間という存在に害しか及ぼさない妖怪なのだとしても、それでも好きなのだ。
 これもまた、自分勝手な思い。だけど、誰かを大切に思うこの気持ちが間違いだなんて、私は思いたくない。
 どうせ人は自分の思いでしか生きられないのだから。ならばせめて自分の抱いた気持ちだけは大切にして生きていくことが、自分勝手な人生に対する唯一の報い方だと思うから。

「うふふ、私にしてはなかなか哲学的な答えだわ。これなら明日の国語のテストも割といけるかも」

 九〇点は余裕で確定として、九五はいけるかな? それとも一〇〇目指す? 目指しちゃう?
 小さく笑って、空を見上げる。さきほどまで少し隠れていた月が、今や完全に顔を出していた。
 綺麗だなぁ。
 んー、と伸びをする。今日は気持ちよく寝られそうだ。寝たら幻想郷につくし、そうしたら今度はあっちでマミさんに会いに行こうかな。また目一杯遊んでもらおう。マミさんは疲れた顔をさらに引きつらせるだろうけど。
 いつの間にか、私の中にあった薄暗い感情は消えていた。むしろ今は清々しい。さっきまでリモコンを供養していたというのに、自分勝手なことで。
 リモコンを埋めた場所に踵を返す。それから、なんとなく思う。
 私があれを掘り返すことはないだろう。だけどもしかしたら、私の先祖があれを見つけることがあるかもしれない。そうしたらその人はあのリモコンを見て、どう思うだろうか。どう感じるだろうか。
 リモコン隠しのことを知ったからこそ私がした行動。リモコン隠しが生まれたからこその未来の改変。生まれては消える虚しい運命が創り出した、はるか未来へ続く軌跡。
 あぁ――やっぱり妖怪って素晴らしい。
 そんなことと、これからマミさんと遊ぶ情景を思い浮かべながら、私は家の中に戻っていったのだった。
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コメント



0.40簡易評価
1.50名前が無い程度の能力削除
作者の思想をキャラクターに言わせているだけのように感じました
2.70名前が無い程度の能力削除
私の先祖→私の子孫の間違いですかね
3.60名前が無い程度の能力削除
この話のきもは菫子とまみぞうとの掛け合いでしょう
普通に敬語の菫子もよかったですよ
5.20名前が無い程度の能力削除
外の世界にケチつけるばかりで鬱陶しい。
他を下げることを自分が上がっていると勘違いしてる人の作品でした。
6.100南条削除
若者を諭しながらも決して強くは言わないマミゾウと案外素直な菫子のキャラが良かったです
話の主題にはいまいち共感できませんでしたが、菫子が嫌味の無い程度にいい子だったので非常に読みやすかったです
7.80名前が無い程度の能力削除
現代のそれこそ何でもない事に思いともののあはれすら見出す、これは良い菫子
オチの風景のちょっとした錯綜感が印象的だった