宝の地図はどこにあるのだろう。
宝の場所を知るために、宝の地図があるのなら、その地図の場所を知るための地図は、その辺に転がっているべきではないだろうか。
光の三妖精のリーダーである、サニーミルクは不意にそんな事を思った。
「ねぇ、ルナ、スター、宝の地図か、宝の地図の地図を拾ってたりしない?」
思ったので聞いてみた。
「唐突だなぁ。そんな面白いものは持ってないよ。」
「宝の地図の地図だって大事なものなんだから、きっとどこかに隠されているんじゃないかしら。」
新聞から目を離さずにルナチャイルドが答え、温めの紅茶を楽しみながらスターサファイアが答えた。
「地図の地図を隠していたら、それを探すための地図がいるじゃない。終わらないじゃん。」
「地図を辿っていってもまた別の地図。たらい回しにされて、ついには諦めてしまうんだわ。」
「迷宮入りね」
迷宮入りである。始まってもいないのに。
考えたくない事ではあるが、既に他の誰かによって、お宝もその地図も回収されているんじゃないだろうか。
この地に残されたのは、もはや存在しない『宝の地図』という言葉だけ、とか。
サニーミルクはしょんぼりした。
「う~ん、見てみたいなぁ、宝の地図。」
特に生活に困っているわけでも、富や名誉が欲しいわけでもない(貰えるなら貰う)が、妖精から好奇心を取ったらお仕舞いだ、とサニーミルクは思っている。
ただ生きているだけならば、それは植物と変わりは無い、と無駄に高尚な事を考えていた。
サニーミルクは日の光の妖精、アグレッシブの権化なのだ。
「……そうだ! いい事を思いついたわ。 革新的でイノベーティブでパイオニア的な発想よ!」
ずい、と机に身を乗り出して、無駄にハードルをあげて喋る妖精の目は、お日様の様に輝いていた。
◇ ◇ ◇ ◇
タイムカプセル、というものがある。
頑丈な容器にその時代のものや未来へのメッセージなどを入れて地中に埋め、一定の年月が経過した後に掘り出す事で当時を思い出して懐かしい気分に浸る、というレクリエーションだったはず……。
家の前でなぜそんな事を考えているかというと…目の前にあるからだ。
『タイムカプセル、ご自由にお入れ下さい』と書かれた紙が貼られた壺が。
魔法の森に住む割と善良な方の魔法使い、アリス・マーガトロイドは、壺に罠や危険物が入れられてないかを慎重に確認した。
「特に仕掛けはないようね。中身もガラクタばっかりだし。」
壺の中身は、色の違うガラス玉三つ、ドングリのネックレスが一つ、肩叩き券が三枚だった。誰が叩くというのか。
「魔理沙 、じゃあないわね。アイツはガラクタ大好きだもの」
一瞬、新手のたかりか、とヒドイ事を考えた善良なはずの魔女さんだったが、少し考えて、家の中から小さなゴーレム人形を持ってくると、壺の中に入れ、壺から充分な距離をとった後、くるっと後ろを向いて目をつぶる。
それから魔女さんは一分程数えると目を開き、自宅の前から壺が消えている事を確認して、満足そうな表情を浮かべるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
続いて謎のタイムカプセルは、紅魔館が誇る美しい庭園に出現した。
通路の中央に置かれた不審物は、見回りをしていたメイド妖精達にすぐに発見され、庭で遊んでいたメイド妖精達にも発見され、シエスタを済ませた紅魔館の門番にも発見されて、着々とその中身を増やしていった。
「あら、美鈴、とメイド達。そんな所に集まってどうしたの?」
「ああ咲夜さん、みんなでタイムカプセルに色々詰め込んでいたところですよ。今回は木彫りのパンダを入れてみました!」
手作りです! とドヤ顔する門番に合わせて、周りのメイド妖精達も無い胸を張った。
どこぞのお土産の熊よろしく、口には鮭の代わりに笹がくわえられている。
しかしその全身は茶一色であり、白黒してないパンダはパンダといえるだろうか、と十六夜咲夜にどうでもいい事を考えさせた。
「それはまあ、いいか。どうでも。でもタイムカプセルは去年も埋めたでしょ? 毎年やるようなものじゃないわ。お中元じゃないんだから。」
「あれっ!? これお嬢様主催じゃないんですか?」
驚いて謎の構えをとる美鈴と一緒に、メイド妖精達も謎の構えをとった。妖精は基本その場のノリで生きてる節がある。
「そうねぇ…私は聞いてはいないけど…それじゃあ今から聞いてくれば良いわね。ちょっと待ってって。」
そういうとメイド長は突然にふっと消えた。
電光石火のメイド長の言うちょっととは、大抵が本当にちょっとであるから、美鈴としてはその場で大人しく待つばかりである。
「ああっ!! あんな所に謎の空中都市!」
「え! どこどこ。蜃気楼?」
隣のメイド妖精が指差した方角を美鈴があわてて見やるが、向けられた空には羊のような雲がぷかぷかと浮かんでいるだけであった。
気がつくとメイド妖精が一人減っていて、足元にあったはずのタイムカプセルも無くなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
風見幽香は意外と優しい妖怪である。
その優しさで育てたヒマワリ畑は、強くて、逞しく、そして生命力に溢れていた。
そんな彼女が最近ハマっているのは、家庭菜園である。お気に入りは紫のニヒルボーイ、ナス。
ふにゃっとしたヘタが可愛いが、考えている事はずっと大人、というギャップが可愛いと彼女の中でもっぱらの評判である。
ナスの一区画隣には、菜園の姉妹アイドル、輝く赤が眩しいトマトと妹のプチトマト。
反対側には、辛かったり甘かったり、切る時涙流したりする忙しい野菜のタマネギ。
ナスボーイとタマネギは幼馴染みであるが、最近はトマトとナスの仲の良さにモヤモヤとした気持ちを抱えているようだ。
それぞれにあった土を考え、水や肥料の量に気を使い、ちょっぴり魔法でズルしたりして完成させた菜園は、誰に見せるでもないが、彼女自慢の出来であった。
そんな菜園に怪しい壺が置かれている。
タイムカプセル、というのはよくわからないが、何かしらをご自由に入れて欲しい事は良くわかった。
壺を覗けば、中には折り紙で出来た兎、バラの香りのする巾着、木彫りの熊などが見てとれる。
「妖精の仕業ね…」
即座に下手人を言い当てた幽香は、縄張りに入ってきた妖精を叱りつけるだろうか。
いやいや、そんな事はない。
妖精が自然の権化であり、どこにでも出現して、悪意無く良くわからない事をするなんて事を、幽香は良く知っているのだ。
彼女はポケットからヒマワリの種を取り出すと、壺の中にダイレクトにざらざらと入れる。
今は休眠中の種であるが、種を覆う程の水に浸けると瞬く間に芽を出し、周囲のものをエネルギーに変えて、問答無用で花を咲かせる力強い種である。
種を入れ終わると、壺を菜園の外に移動させ、もう用は無いとばかりに背を向けて、ナス達が発するラブコメの波動を楽しみ始めた。
しばらくして壺が見えなくなったのを、ヒマワリとナスとトマトが見ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
カプセルに入っていないタイムカプセルは、満を持して博麗神社にも出没した。見た目は一抱えほどの壺である。
「それで、これを封印しろっての?」
神社の素敵な巫女は、そう妖精達に聞いた。
「そうです! 封印してもらった壺を私達が隠し、その在り処を書いた地図をお渡しするので、十年後に掘り出してもらうという遊びなのです。」
「それはまた、気の長い遊びねぇ…」
「中々面白い事を考えるじゃないか! ほら霊夢も書けよ。宛て先は十年後の自分だぜ。夢のある話じゃあないか」
遊びに来ていた自称善良な魔法使い、霧雨魔理沙と、タイムカプセルの立役者、光の三妖精達が、神社の縁側でわいのわいのと騒いでいる。
宝の地図が無いのなら、自分達で宝を集めて地図を作れば良い、というのがサニーミルクが思いついた考えである。
「思いのほか上手くいったわね!」
「お宝を提供してくれた人達にも、宝の地図を渡さないといけないわね!」
「シンプルながらも難解で、ユーモアに富んだ地図にしましょう!」
「地図を作るなら、この方眼紙を使うといい。最新の地図は方眼紙とタッチペンなるもので作られるそうだ。」
がやがや、わいのわいの、かしましかしまし。
一通り騒いで、身近にあった特にいらないものを詰め込み、メッセージカードも入れて、霊夢によって壺は完全密封、結界も張られて、ついにタイムカプセルは完成した。
「それでは私達はこれを隠してきますので。地図は後ほど持ってきます。」
「十年後に持ってきたらどうかしら。悪い魔法使いに捕られてしまうかもよ?」
「おいおい、聞き捨てなら無いな。魔法使いは他人の夢を壊したりしないぜ。何よりすぐに掘り出しちゃあ情緒のカケラもない」
少しだけ警戒した三妖精であったが、魔理沙の言葉に納得したのか、協力して壺を持ち、姿も消さずに飛んでいった。
「……あっちは紅魔館のある方だな。妖精メイド達とつるんでいるのか?」
「詮索するのは十年後でしょ?」
「捜索はしないが詮索はするさ。それで、霊夢は何て書いたんだ?」
霧雨魔理沙は好奇心の塊である。
神聖と静寂を尊ぶ神社が、こんなにも賑やかなのは大体こいつのせいであろう。
麗らかな日差しが届く縁側で、博麗霊夢は隣に座る白黒を見る。
「……教えない。」
「そうか、それは……確かめたくなってきたな。」
「情緒はどうしたのよ情緒は。それからアンタは何て書いたのよ。」
「未来の自分への賛辞だよ。十年後にゃあ大魔法使いになってるだろうからな。」
十年後、博麗霊夢と霧雨魔理沙の関係がどうなっているかは霊夢にはわからない。
裏表なく明るく笑う魔法使いに、素敵な巫女さんもつられて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
それから一年も経たない冬の事。
灯台下暗しの精神で、博麗神社の地下に埋められたタイムカプセルは……地獄から来た妖精、クラウンピースによって発見され、その主人である女神、ヘカーティア・ラピスラズリの手に渡っていた。
「これは……アレね。深宇宙探査機が持ってたアレ。宇宙人に向けてのメッセージ。」
地球の、主に仲の良い学生達によって行われる文化的な活動には疎い女神様であったが、壺の封印を破る事なく、その中身を感じ取る技術と、自ら宇宙空間を漂っていた時に見た経験がユニゾンし、タイムカプセルは広い意味でのタイムカプセルとして、一段上の存在に変貌を遂げた。
「ボイジャーのゴールデンディスク……あれ、パイオニアだっけ? まあいいや。これはあるべき場所に戻しておきましょう。」
なぜそんなものが神社の地下に埋まっていたのか……そんな些細な事は気にしないおおらかさと、持ち前の確固たる実力によって……無事にタイムカプセル(広義)は太陽系の外へ向けてすっ飛んでいった。
大気圏を越え、火星木星その他天体の軌道を横切り、外縁天体を突破し、遂にはヘリオポーズさえも通過して……
◇ ◇ ◇ ◇
時が経ち、十年後。
宝の地図が示す場所には、また宝の地図があり、たらい回しにされた挙げ句、最後の地図が示していた神社の地下からも、見つかるものは何も無かった。
こうして件のタイムカプセルの在り処は、迷宮入りとなった。
面白かったです!
こういう話、割りと好き