※一部キャラ崩壊等が見受けられるかもしれませんのでご了承下さい。
「屠自古ちゃんのスカートの中に住みたいのだけれど」
季節は真夏、照り付ける日差しが身を焦がすような昼下がり。
ここ神霊廟も例外ではなく、夏の脅威に晒されていた。
「はぁ?」
私は青娥の口から放たれた理解の出来ない、したくない言葉に呆気にとられ、間抜けな声で返すとともに右ストレートを放ってしまった。
「危なっ!迷いがなさすぎるでしょ!」
「青娥、よく聞こえなかったんだがもう一度言ってくれるか?」
「屠自古ちゃんのスカートの中の御家賃はいくらかしらって」
「らぁ!!」
「ノーモーション!?」
自然体から攻撃の体勢に入ることなく放たれるノーモーションパンチは確実に青娥の不意を突くものであったはずだが、これも青娥は身を翻して躱してみせる。
前々から思っていたがこいつ、回避能力が高すぎる。
青娥は危ないじゃない!とぷんぷん怒り出したが、怒る前に自分の発言を見直してほしいところである。
「で、話を戻すが私のスカートの中は賃貸住宅じゃない、というか家じゃない」
「大丈夫、住めば都というじゃない」
「そもそも住めないって言ってんだよこのタコ」
何を言っているのだこいつは。
暑さでついにやられたか。
呆れ果てた目で見ていると、まぁ聞いてちょうだいと説明を始めた。
「だって最近暑いじゃない?」
「まぁそうだな」
「屠自古ちゃんひんやりしてるじゃない?」
「まぁそうらしいな」
「住みたくなるじゃない?」
「なんねぇよアホ仙人」
どうやら論理的思考能力に支障をきたしているらしい。
確かにここ最近茹だる様な暑さが続いており、霊体の身にはあまり気温を感じないのだが、見ているだけでもあぁ暑いんだなと分かるほどにはお天道様はご機嫌な様子であった。
そんなわけで、気が滅入るほどの暑さに、思考に力が入らなくなるのは分からなくもないのだが、行きつく先が私のスカートの中に住む、という点に関してはさっぱり理解出来ない。
その実、私の体温は幽霊である故か人のそれよりも低い。特に下半身、つまりは霊体部分は特に低いらしい。
らしい、というのも自分ではよく分からないので周りの声を聴いての判断だが。
まぁだからといって私を納涼のネタにされても困るわけで、恐らく脳味噌が完全に溶けきってしまったのであろう可哀想な邪仙さんには一刻も早く諦めてもらいたいところである。
「戸締りはちゃんとするから!鍵はちゃんと掛けるから!!」
「私のスカートに鍵はついてねぇ!というかそういう問題じゃねぇ!!」
「芳香ちゃんに番犬もさせるから!」
「だからそういう問題じゃ……、ちょっと待てお前芳香も住まわせるつもりなのか!?」
私のスカート内の広さを過大評価し過ぎだ。
残念ながら私のスカートの中には二人はおろか人ひとり住めるスペースすらないわけである。
いや、別に残念でもないが。
「……というか芳香がいるじゃないか。芳香だって体温低いだろ」
「芳香ちゃん夏はすぐ腐っちゃうのよ」
青娥は、後ろに引き連れていた少し悲しそうな顔をした芳香を、よしよしと慰めながらそう言った。
まぁ、死体には厳しい季節か。
「というわけで、おじゃまし……」
「待て待て待てどういうわけだ!許可してねぇよ!!」
「えぇ!?」
「えぇ!?じゃない!!」
マイペースに暴走を続ける青娥。
早くどうにかせねば、身が持たん。
しかしここで焦りは禁物である。
焦燥感に駆られて行動してもつまらぬミスを招くだけだ。
一つずつ諭していくのだ、冷静沈着だ私。
「あのな青娥、お前は今までスカートの中に住んでいる人を見たことがあるか?」
「あるわけないでしょ、何言ってるのよ屠自古ちゃん」
「はったおすぞお前」
駄目だった。
何なのだこいつは私に喧嘩を売っていたのか?
もういっそそうであってくれ、遠慮なく拳で解決しに行ける。
……いやいや落ち着け屠自古、深呼吸深呼吸。
拳が出そうになるのをグッと堪え、スーハ―スーハーと息を整える。
これは修行だと思え。
怒りっぽいのが私の短所だ。
それを直す修行なのだこれは。
なるべく、平和に解決するのだ、頑張れ私。
「つまりはそういうわけで、スカートの中に住もうとするってのは誰もやってない頭のおかしい行動なんだぞ、分かるか?」
「人は誰しも挑戦者よ!今こそ足跡のない道へ踏み出す時!!」
「挑戦のベクトルもタイミングも何もかも間違えてんだよ!」
「屠自古ちゃんの前人未踏の地も開拓しちゃうわようっひっひ!」
「お前はおっさんか!」
「お願いこの通り!」
「どの通りだ!!」
「むむむ……」
「むむむ、じゃない!!!」
「……、こうなったら……」
「な、なんだよ……」
ジリッと青娥が距離を詰めてくる。
なんだか嫌な予感がする……。
「こうなったら!!実力行使よーーー!!!うがーーーーーーーー!!!!」
「なっ!?」
がっ、と青娥がいきなり掴みかかってくる。
吹っ切れやがったこんちくしょう!
「意地でも移住してやるわ!!」
「あっ、ちょっ、こら!裾を掴むな裾を!!」
「大丈夫だからね?屠自古ちゃんは何もしなくていいから……!!痛くしないから、痛くしないから!!!」
「そういう問題じゃねぇ!!離せコラァ!!!」
「お願いちょっとだけでいいから!!!ね、悪いようにはしないから!!!!」
「もう十分悪いようになってるわ!!だ、誰かぁ!!!誰かいないのかぁ!!!!」
「コラ屠自古ちゃ……、屠自古ぉ!!!暴れんなコラァ!!!!」
「強気になってきた!?!?」
ぎゃあぎゃあとそんなやり取りをしている私達を、芳香は雨模様のような表情で眺めていた。
まぁ、主がこんなことをしてたら泣きたくもなるわな。つーか私も泣きたい。
しかしながら止めに入ってこないあたり、何かしら行動制限が掛けられているのだろう。
止めたくても止められず、ただ主の奇行を傍観するしかないとはな。
新手の拷問かこれは。
延々と、青娥とすったもんだを繰り返し、やはり暴力で解決するしかないかと握りこぶしを作ろうかと思った矢先。
「青娥」
と横槍を入れるひと声が上がった。
「誰よ五月蝿いわねぇ……ってゲェ!?!?神子様!?!?!?」
「騒がしいと思ってきてみれば……、一体何をやっているんだ?」
「あわわわ……、違うの神子様これはね?……どうしましょう屠自古ちゃん!!弁解の余地がない!!!」
「とりあえず私のスカートの裾を離すとこから始めたらどうだ?」
やってきたのは我らが太子様であった。
顔を青くして慌てふためく青娥を前に私はホッと胸を撫で下ろした。
目標達成、なんとか拳を出さずに済んだ。
修行、と呼ぶにはあまりにもおぞましい内容であったが喉元過ぎればなんとやら、あとは青娥が太子様に裁かれるのを待つだけだ。
「これはその……、そう!遊んでいただけですわ!!ね、屠自古ちゃんね!!!」
「無理矢理関係を迫られていました」
「屠自古ちゃん!?」
「いやむしろ何で私が同調すると思ったんだ……」
「わーー!!違うんです違うんです違くないけど違うんですーーー!!!私はただ避暑地を求めて屠自古ちゃんのスカートの中に住もうとしただけなんですーーーー!!!!」
「太子様、この通り意味不明な理屈を並べてまして……」
「ふーむ、情状酌量の余地有りと言ったところか」
「今の言動のどこにその余地が!?」
「まぁ許さないんだけどね、お仕置きしなければなるまい」
「そんなーーー!!!」
どこに情状酌量の余地を見出したのかは知らないが、無事裁きの対象となったようだ。よかったよかった。
「というかそもそも私を差し置いて屠自古のスカートの中に住もうっていうのが差し出がましい。屠自古のスカートの中、というか屠自古自体私のものだ。私が住む」
……………………ん?
「えっちょっ、太子様何言ってるんです?」
「はぁ!?いきなり何を言い出すんですか神子様!?!?」
「はぁー!?言葉の通りだが!?!?私の屠自古に迫らないでもらえないかなぁ!?!?!?」
「はぁーー!?なに所有者ぶってるんですか!?!?私が屠自古ちゃんと仲が良いからって嫉妬でもしてるんですか!?!?!?」
「はぁーーー!?嫉妬なんてしてませんけど!?!?どれだけ仲が良かろうと、私と屠自古の間に割って入ってこれるわけじゃないし、全然嫉妬なんてしてませんけど!?!?!?」
「あーあ!!みっともないですねぇ!!!嫉妬に駆られて人を裁こうなんて為政者に有るまじき行為なんじゃないんですかーーー!?!?」
「はぁーーーーー!?!?!?!?」
「はぁーーーーー!?!?!?!?」
なんだこれは。どうしてこうなった。
しまいに取っ組み合いを始める二人を見て、私はただただドン引きすることしか出来なかった。
「おー、二人が屠自古を取り合ってるぞー!よかったな!!」
「微塵も嬉しくない!」
芳香が茶化すがこの状況で喜ぶような奴は相当な変態だろう。
救いの手だと思われた太子様だったが、残念ながらこちらも脳がとろけてしまっているらしい。
馬鹿が増えただけだった。
更に悪化したこの状況に胃がキリキリと痛むのを実感し、熱々の某は喉元を過ぎても今度は胃を痛めるだけであることを学んだ。
どんどん激化していく二人を前に呆然と立ち尽くすことしかできない。
足がないのに立ち尽くすとはな!お笑い草だ!!ははっ……。
などと打ちひしがれていると、玄関先のほうからパタパタと足音が聞こえた。
「ただいま帰ったぞー……、ってなんじゃこの騒ぎは」
「何でこのタイミングで帰ってくるかなぁこの馬鹿は!!」
「帰って早々酷い言われ様!?」
駆けつけてきたのは布都だった。
要するに騒がしいのが増えてしまったというわけだ。
「……屠自古ぉ、ひょっとして怒ってらっしゃる?」
小首をかしげ心配そうな顔でこちらを見てくる。
これ以上事態を悪化させられては困るので喋ってくれるな、関わってくれるな。
と言いたいところだが、流石に心配してくれてるところ何の説明もなしに突っぱねるのは気が引けるので説明をしてやることにした。
「実はだなぁ……」
かくかくしかじか。
「……というわけなんだ」
「屠自古、おぬし気は確かか?」
「まぁそうなるわな」
布都が可哀想なものを見る目をこちらに向けてきた。
普段なら怒るところだが、今回ばかしは説明した内容が内容だけにそんな目で見られても仕方がないだろう。
むしろ話がおかしいと気付いてくれただけで有り難いと感じてしまう。
こいつはまだ熱で脳がやられていない、まともな状態のようだ。
感謝するぞ布都。
「うーむ。しかし何でまた冷蔵庫なぞに住もうと……?」
「ちょっと待てお前私を何だと思っている」
前言撤回、こいつはくそやろうだ。
こいつはこいつで私を電化製品だと思っているらしい。
一瞬でも感謝した私が馬鹿だった。
ギロリと睨むと、布都は冗談じゃ冗談、と言った。
よくもまぁこんな状況で冗談を言えたな。
その度胸だけは認めてやる。
「まぁ落ち着け屠自古。太子様も青娥殿も聡明なお方だ。すぐに片が付くに決まっておる」
「……私は話に片を付けてほしいんじゃなくてやめてほしいんだがな」
「お、落ち着け屠自古。太子様も青娥殿も聡明なお方だ。すぐにおかしい話をしてると気付く……、はず…………」
「……気付けるならもっと早い段階で気付いてると思うがな」
「……た、太子様を信じるのじゃ屠自古!何事も信頼することからだぞ!!だから、そのー、屠自古さん?その握りこぶしを解いて、な?」
「……」
「……お、怒りっぽいのがお主の欠点じゃぞー、屠自古ー。ほ、ほら!深呼吸じゃ!!」
「……」
二人に対する信頼感は、絶賛地べたに這いつくばっているレベルにまで落ちており、信じようがない状態であるのだがしかし、心配そうな顔を向けてくる布都に免じて今回はこの馬鹿二人の争いに決着が着くまで待つことにした。
数回深呼吸をし、心をなるべく無に近づける。
持ってくれよ、私の精神、もとい堪忍袋。
「ぜぇ……、ぜぇ……、こ、このままでは埒があきませんわ……」
「ぜぇ……、ぜぇ……、お、大人しく引き下がったらどうだ……?」
「……」
「まさか!……でも、妥協案を出すことはできますわ……!」
「ほぅ……、言ってみるがいい……!」
「…………」
「外の世界にはルームシェア、というものがありますわ!!!」
「!それだ!!!」
太子様と青娥ががっちりと握手を交わす。
と、同時にプツン、と私の中で何かが切れる音がした。
あ、もう駄目だこれ。
「「というわけでお邪魔しま……」」
「………………こんの馬鹿共がぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
青空の下にけたたましく雷鳴が轟いた。
これぞ正に青天の霹靂。
布都はぴぃ、と悲鳴を上げ、芳香はおーっ、と感嘆の声を上げた。
雷に打たれた二人からは断末魔すら上がらなかった。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
「あー、すっきりした」
「む、むごいのぅ……」
「口で収まらないから仕方ないだろう、妥当な結末だ」
「凄かったぞー屠自古!」
「ありがとな芳香」
私の怒りを乗せた雷撃は、見事に馬鹿二人を捉えまっ黒焦げの消し炭へと変えてしまった。
ついでに居間も吹っ飛んだ。
この後処理、つまりは片付けには時間がかかりそうだが、私の気分は連日の空模様のように晴れ晴れとしていた。
「にしてもやりすぎではないか……?」
「これぐらいやらんと分からないだろう、仕方あるまい」
馬鹿は死んでも治らないとは言うが、馬鹿に付ける薬もないのだ。
手の施しようがないのならいっそ黙らせてしまった方が楽だ。
「ひぇぇ、これが屠自古の物件に関わった者の末路か……」
「だから私は物件じゃないっての!」
消し炭となった二人を尻目に、布都はヤレヤレとこう続けた。
「……これがホントの事故物件じゃな!」
「やかましいわ!」
おあとがよろしいようで。
「屠自古ちゃんのスカートの中に住みたいのだけれど」
季節は真夏、照り付ける日差しが身を焦がすような昼下がり。
ここ神霊廟も例外ではなく、夏の脅威に晒されていた。
「はぁ?」
私は青娥の口から放たれた理解の出来ない、したくない言葉に呆気にとられ、間抜けな声で返すとともに右ストレートを放ってしまった。
「危なっ!迷いがなさすぎるでしょ!」
「青娥、よく聞こえなかったんだがもう一度言ってくれるか?」
「屠自古ちゃんのスカートの中の御家賃はいくらかしらって」
「らぁ!!」
「ノーモーション!?」
自然体から攻撃の体勢に入ることなく放たれるノーモーションパンチは確実に青娥の不意を突くものであったはずだが、これも青娥は身を翻して躱してみせる。
前々から思っていたがこいつ、回避能力が高すぎる。
青娥は危ないじゃない!とぷんぷん怒り出したが、怒る前に自分の発言を見直してほしいところである。
「で、話を戻すが私のスカートの中は賃貸住宅じゃない、というか家じゃない」
「大丈夫、住めば都というじゃない」
「そもそも住めないって言ってんだよこのタコ」
何を言っているのだこいつは。
暑さでついにやられたか。
呆れ果てた目で見ていると、まぁ聞いてちょうだいと説明を始めた。
「だって最近暑いじゃない?」
「まぁそうだな」
「屠自古ちゃんひんやりしてるじゃない?」
「まぁそうらしいな」
「住みたくなるじゃない?」
「なんねぇよアホ仙人」
どうやら論理的思考能力に支障をきたしているらしい。
確かにここ最近茹だる様な暑さが続いており、霊体の身にはあまり気温を感じないのだが、見ているだけでもあぁ暑いんだなと分かるほどにはお天道様はご機嫌な様子であった。
そんなわけで、気が滅入るほどの暑さに、思考に力が入らなくなるのは分からなくもないのだが、行きつく先が私のスカートの中に住む、という点に関してはさっぱり理解出来ない。
その実、私の体温は幽霊である故か人のそれよりも低い。特に下半身、つまりは霊体部分は特に低いらしい。
らしい、というのも自分ではよく分からないので周りの声を聴いての判断だが。
まぁだからといって私を納涼のネタにされても困るわけで、恐らく脳味噌が完全に溶けきってしまったのであろう可哀想な邪仙さんには一刻も早く諦めてもらいたいところである。
「戸締りはちゃんとするから!鍵はちゃんと掛けるから!!」
「私のスカートに鍵はついてねぇ!というかそういう問題じゃねぇ!!」
「芳香ちゃんに番犬もさせるから!」
「だからそういう問題じゃ……、ちょっと待てお前芳香も住まわせるつもりなのか!?」
私のスカート内の広さを過大評価し過ぎだ。
残念ながら私のスカートの中には二人はおろか人ひとり住めるスペースすらないわけである。
いや、別に残念でもないが。
「……というか芳香がいるじゃないか。芳香だって体温低いだろ」
「芳香ちゃん夏はすぐ腐っちゃうのよ」
青娥は、後ろに引き連れていた少し悲しそうな顔をした芳香を、よしよしと慰めながらそう言った。
まぁ、死体には厳しい季節か。
「というわけで、おじゃまし……」
「待て待て待てどういうわけだ!許可してねぇよ!!」
「えぇ!?」
「えぇ!?じゃない!!」
マイペースに暴走を続ける青娥。
早くどうにかせねば、身が持たん。
しかしここで焦りは禁物である。
焦燥感に駆られて行動してもつまらぬミスを招くだけだ。
一つずつ諭していくのだ、冷静沈着だ私。
「あのな青娥、お前は今までスカートの中に住んでいる人を見たことがあるか?」
「あるわけないでしょ、何言ってるのよ屠自古ちゃん」
「はったおすぞお前」
駄目だった。
何なのだこいつは私に喧嘩を売っていたのか?
もういっそそうであってくれ、遠慮なく拳で解決しに行ける。
……いやいや落ち着け屠自古、深呼吸深呼吸。
拳が出そうになるのをグッと堪え、スーハ―スーハーと息を整える。
これは修行だと思え。
怒りっぽいのが私の短所だ。
それを直す修行なのだこれは。
なるべく、平和に解決するのだ、頑張れ私。
「つまりはそういうわけで、スカートの中に住もうとするってのは誰もやってない頭のおかしい行動なんだぞ、分かるか?」
「人は誰しも挑戦者よ!今こそ足跡のない道へ踏み出す時!!」
「挑戦のベクトルもタイミングも何もかも間違えてんだよ!」
「屠自古ちゃんの前人未踏の地も開拓しちゃうわようっひっひ!」
「お前はおっさんか!」
「お願いこの通り!」
「どの通りだ!!」
「むむむ……」
「むむむ、じゃない!!!」
「……、こうなったら……」
「な、なんだよ……」
ジリッと青娥が距離を詰めてくる。
なんだか嫌な予感がする……。
「こうなったら!!実力行使よーーー!!!うがーーーーーーーー!!!!」
「なっ!?」
がっ、と青娥がいきなり掴みかかってくる。
吹っ切れやがったこんちくしょう!
「意地でも移住してやるわ!!」
「あっ、ちょっ、こら!裾を掴むな裾を!!」
「大丈夫だからね?屠自古ちゃんは何もしなくていいから……!!痛くしないから、痛くしないから!!!」
「そういう問題じゃねぇ!!離せコラァ!!!」
「お願いちょっとだけでいいから!!!ね、悪いようにはしないから!!!!」
「もう十分悪いようになってるわ!!だ、誰かぁ!!!誰かいないのかぁ!!!!」
「コラ屠自古ちゃ……、屠自古ぉ!!!暴れんなコラァ!!!!」
「強気になってきた!?!?」
ぎゃあぎゃあとそんなやり取りをしている私達を、芳香は雨模様のような表情で眺めていた。
まぁ、主がこんなことをしてたら泣きたくもなるわな。つーか私も泣きたい。
しかしながら止めに入ってこないあたり、何かしら行動制限が掛けられているのだろう。
止めたくても止められず、ただ主の奇行を傍観するしかないとはな。
新手の拷問かこれは。
延々と、青娥とすったもんだを繰り返し、やはり暴力で解決するしかないかと握りこぶしを作ろうかと思った矢先。
「青娥」
と横槍を入れるひと声が上がった。
「誰よ五月蝿いわねぇ……ってゲェ!?!?神子様!?!?!?」
「騒がしいと思ってきてみれば……、一体何をやっているんだ?」
「あわわわ……、違うの神子様これはね?……どうしましょう屠自古ちゃん!!弁解の余地がない!!!」
「とりあえず私のスカートの裾を離すとこから始めたらどうだ?」
やってきたのは我らが太子様であった。
顔を青くして慌てふためく青娥を前に私はホッと胸を撫で下ろした。
目標達成、なんとか拳を出さずに済んだ。
修行、と呼ぶにはあまりにもおぞましい内容であったが喉元過ぎればなんとやら、あとは青娥が太子様に裁かれるのを待つだけだ。
「これはその……、そう!遊んでいただけですわ!!ね、屠自古ちゃんね!!!」
「無理矢理関係を迫られていました」
「屠自古ちゃん!?」
「いやむしろ何で私が同調すると思ったんだ……」
「わーー!!違うんです違うんです違くないけど違うんですーーー!!!私はただ避暑地を求めて屠自古ちゃんのスカートの中に住もうとしただけなんですーーーー!!!!」
「太子様、この通り意味不明な理屈を並べてまして……」
「ふーむ、情状酌量の余地有りと言ったところか」
「今の言動のどこにその余地が!?」
「まぁ許さないんだけどね、お仕置きしなければなるまい」
「そんなーーー!!!」
どこに情状酌量の余地を見出したのかは知らないが、無事裁きの対象となったようだ。よかったよかった。
「というかそもそも私を差し置いて屠自古のスカートの中に住もうっていうのが差し出がましい。屠自古のスカートの中、というか屠自古自体私のものだ。私が住む」
……………………ん?
「えっちょっ、太子様何言ってるんです?」
「はぁ!?いきなり何を言い出すんですか神子様!?!?」
「はぁー!?言葉の通りだが!?!?私の屠自古に迫らないでもらえないかなぁ!?!?!?」
「はぁーー!?なに所有者ぶってるんですか!?!?私が屠自古ちゃんと仲が良いからって嫉妬でもしてるんですか!?!?!?」
「はぁーーー!?嫉妬なんてしてませんけど!?!?どれだけ仲が良かろうと、私と屠自古の間に割って入ってこれるわけじゃないし、全然嫉妬なんてしてませんけど!?!?!?」
「あーあ!!みっともないですねぇ!!!嫉妬に駆られて人を裁こうなんて為政者に有るまじき行為なんじゃないんですかーーー!?!?」
「はぁーーーーー!?!?!?!?」
「はぁーーーーー!?!?!?!?」
なんだこれは。どうしてこうなった。
しまいに取っ組み合いを始める二人を見て、私はただただドン引きすることしか出来なかった。
「おー、二人が屠自古を取り合ってるぞー!よかったな!!」
「微塵も嬉しくない!」
芳香が茶化すがこの状況で喜ぶような奴は相当な変態だろう。
救いの手だと思われた太子様だったが、残念ながらこちらも脳がとろけてしまっているらしい。
馬鹿が増えただけだった。
更に悪化したこの状況に胃がキリキリと痛むのを実感し、熱々の某は喉元を過ぎても今度は胃を痛めるだけであることを学んだ。
どんどん激化していく二人を前に呆然と立ち尽くすことしかできない。
足がないのに立ち尽くすとはな!お笑い草だ!!ははっ……。
などと打ちひしがれていると、玄関先のほうからパタパタと足音が聞こえた。
「ただいま帰ったぞー……、ってなんじゃこの騒ぎは」
「何でこのタイミングで帰ってくるかなぁこの馬鹿は!!」
「帰って早々酷い言われ様!?」
駆けつけてきたのは布都だった。
要するに騒がしいのが増えてしまったというわけだ。
「……屠自古ぉ、ひょっとして怒ってらっしゃる?」
小首をかしげ心配そうな顔でこちらを見てくる。
これ以上事態を悪化させられては困るので喋ってくれるな、関わってくれるな。
と言いたいところだが、流石に心配してくれてるところ何の説明もなしに突っぱねるのは気が引けるので説明をしてやることにした。
「実はだなぁ……」
かくかくしかじか。
「……というわけなんだ」
「屠自古、おぬし気は確かか?」
「まぁそうなるわな」
布都が可哀想なものを見る目をこちらに向けてきた。
普段なら怒るところだが、今回ばかしは説明した内容が内容だけにそんな目で見られても仕方がないだろう。
むしろ話がおかしいと気付いてくれただけで有り難いと感じてしまう。
こいつはまだ熱で脳がやられていない、まともな状態のようだ。
感謝するぞ布都。
「うーむ。しかし何でまた冷蔵庫なぞに住もうと……?」
「ちょっと待てお前私を何だと思っている」
前言撤回、こいつはくそやろうだ。
こいつはこいつで私を電化製品だと思っているらしい。
一瞬でも感謝した私が馬鹿だった。
ギロリと睨むと、布都は冗談じゃ冗談、と言った。
よくもまぁこんな状況で冗談を言えたな。
その度胸だけは認めてやる。
「まぁ落ち着け屠自古。太子様も青娥殿も聡明なお方だ。すぐに片が付くに決まっておる」
「……私は話に片を付けてほしいんじゃなくてやめてほしいんだがな」
「お、落ち着け屠自古。太子様も青娥殿も聡明なお方だ。すぐにおかしい話をしてると気付く……、はず…………」
「……気付けるならもっと早い段階で気付いてると思うがな」
「……た、太子様を信じるのじゃ屠自古!何事も信頼することからだぞ!!だから、そのー、屠自古さん?その握りこぶしを解いて、な?」
「……」
「……お、怒りっぽいのがお主の欠点じゃぞー、屠自古ー。ほ、ほら!深呼吸じゃ!!」
「……」
二人に対する信頼感は、絶賛地べたに這いつくばっているレベルにまで落ちており、信じようがない状態であるのだがしかし、心配そうな顔を向けてくる布都に免じて今回はこの馬鹿二人の争いに決着が着くまで待つことにした。
数回深呼吸をし、心をなるべく無に近づける。
持ってくれよ、私の精神、もとい堪忍袋。
「ぜぇ……、ぜぇ……、こ、このままでは埒があきませんわ……」
「ぜぇ……、ぜぇ……、お、大人しく引き下がったらどうだ……?」
「……」
「まさか!……でも、妥協案を出すことはできますわ……!」
「ほぅ……、言ってみるがいい……!」
「…………」
「外の世界にはルームシェア、というものがありますわ!!!」
「!それだ!!!」
太子様と青娥ががっちりと握手を交わす。
と、同時にプツン、と私の中で何かが切れる音がした。
あ、もう駄目だこれ。
「「というわけでお邪魔しま……」」
「………………こんの馬鹿共がぁーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
青空の下にけたたましく雷鳴が轟いた。
これぞ正に青天の霹靂。
布都はぴぃ、と悲鳴を上げ、芳香はおーっ、と感嘆の声を上げた。
雷に打たれた二人からは断末魔すら上がらなかった。
・
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「あー、すっきりした」
「む、むごいのぅ……」
「口で収まらないから仕方ないだろう、妥当な結末だ」
「凄かったぞー屠自古!」
「ありがとな芳香」
私の怒りを乗せた雷撃は、見事に馬鹿二人を捉えまっ黒焦げの消し炭へと変えてしまった。
ついでに居間も吹っ飛んだ。
この後処理、つまりは片付けには時間がかかりそうだが、私の気分は連日の空模様のように晴れ晴れとしていた。
「にしてもやりすぎではないか……?」
「これぐらいやらんと分からないだろう、仕方あるまい」
馬鹿は死んでも治らないとは言うが、馬鹿に付ける薬もないのだ。
手の施しようがないのならいっそ黙らせてしまった方が楽だ。
「ひぇぇ、これが屠自古の物件に関わった者の末路か……」
「だから私は物件じゃないっての!」
消し炭となった二人を尻目に、布都はヤレヤレとこう続けた。
「……これがホントの事故物件じゃな!」
「やかましいわ!」
おあとがよろしいようで。
テンポの良い面白い話でした。
こういう常識人と策士(?)を兼ね備えたのって好きですw
テンポよく進んでいく話が小気味良かったです
キレそうでキレない結局少しキレる屠自古が屠自古らしかったです