噂に聞く総菜屋はじゅうじゅうという揚げ物が弾ける音と、少なくない種類のスパイスが入り混じった香りで満たされていた。
几帳面に並べられた商品たちに、思わず喉が鳴る。
諏訪子様より賜った御神託(夕飯はから揚げがいい)に従い、本日、私は人里にまで足を延ばしていた。
せっかくなので以前から信者さんたちの間で話題になっていた総菜屋に来てみたのだが、予想以上の客の多さに私は少し驚いていた。
実に客を舐めた店だと聞いている。
営業時間は16時から20時までの4時間で、土曜日曜は定休日。
しかも開店前に人が並んでいれば追い散らし、閉店時間に客が残っていれば店の外へ叩き出してしまうらしい。
そんな外の世界では考えられないほど偏屈な店なのだが、それでもなお途絶えることのないこの客足が店に並ぶ惣菜の質の高さを期待させてくれた。
さてしかしながら、どうやら諏訪子様には残念なお知らせをしなければならないようだ。
というのも、ご所望のから揚げ、その最後の品が私の目の前でかすめ取られてしまったからである。
半端に伸ばしかけた私の手が力無く宙を掻くが、そのまま降ろす以外に道は無い。
これもめぐり合わせ故、致し方なし。
そんな風にあっさりとから揚げを、もとい諏訪子様の笑顔を諦めた私であった。
そんな私がふと顔をあげると、最後の1パックを取り上げた少女と目が合った。
妖怪だろうか、頭に小さな角を生やし、前髪を一部だけ赤く染めるというロックな、というか世の流行にとことん逆らうかのようなちぐはぐな格好の少女であった。
その少女は手に持った商品と私の顔を見比べ、ズイ、と押しやるようにその手を伸ばしてくる。
私に譲ってくれるというのだろうか。
いやいやそんな申し訳ないよと手を振ってアピールしてみたが、少女は私の遠慮など気にも留めない様子でこう言ってきた。
「ゲームで決めよう」
「……はい?」
「日常には刺激が必要だ。たまたま総菜屋で出会った見知らぬ女とひと時の児戯に興じるのも一興さ。それに実を言えば、から揚げそんなに好きじゃない」
私に勝ったらから揚げを買う権利をやろう、とその少女は言う。
そこに邪念は感じられず、純粋に余興としてのお遊びを欲しているだけのように見えた。
ならばこの風祝、お相手仕ろう。
諏訪子様のためにも、諏訪子様の機嫌を取る神奈子様のためにも。
「そこまで言うのでしたら、受けて立ちます」
「よろしい、では私から○×クイズを2問出そう。両方正解したらお前の勝ち。片方でも不正解なら私の勝ちだ」
「……両方とも?」
「負けてもノーリスクなんだ、このくらいはご愛嬌だと思ってくれ。その代わりあてずっぽうで当てても正解としよう」
つまりどんな難問でも4分の1の確率で私が勝つということだ。
彼女の言う通り私は負けても何もない、それを考えれば妥当な条件に思えた。
「制限時間は30秒な」
「1問につきですか?」
「そうだ」
「わかりました」
「では第1問」
そして少女は何に気負う様子も無く、身構える私に向かって悪質極まりない問題を突き付けてきた。
「25枚のコインがある」
「はい?」
「これを2人の人間が交互に拾っていくのだが、拾う枚数は1枚から3枚とする。これをコインが無くなるまで続け、最後の1枚を拾った方を負けとする場合、このゲームは先手必勝である。○か×か」
「……こっ」
こんなの、クイズじゃない!
喉まで出かかった言葉を飲み込み、私は頭に火を入れた。
無情なるカウントダウンを始める少女から目を外し、あごに手を当てて考える。
似たような問題は外の世界で聞いたことがある。
25枚目を取ってはいけないなら、24枚目を取れば勝ち。
24枚目を取るには、20枚目を取ればいい。
たしかそんな要領だったはずだ。
マリオRPGでやったことがある。
「×です」
「そのこころは?」
「後手に必勝法があるので、先手必勝ではありえません。後手は取ったコインの合計数が4の倍数になるように取るだけです」
「素晴らしい、完璧だ」
ありがとう任天堂。
少女は手にから揚げを持っていなければ拍手でもしそうな勢いであったが、私は構わず2問目に備えた。
どうせまたクイズとは呼べないような問題が飛び出してくるのだ。
「では第2問」
そして少女は涼しげに、そしてほんのりと楽しげに運命の第2問を口にした。
これがまた、凶悪極まりない問題であった。
「縦5枚、横5枚に並べられた25枚のコインがある。これを2人の人間が交互に拾っていくのだが、拾い方は『1枚』か『縦横2枚の4枚』か『縦横3枚の9枚』で、すでにコインが拾われている場所を含めて4枚、9枚とすることはできない。これをコインが無くなるまで続け、最後の1枚を拾った方を『勝ち』とする場合、このゲームは先手必勝である。○か×か」
「あうぅ?」
……とりあえず言っている事の意味はなんとか理解できた。
縦横5枚の状態で始まる。
取り方は1枚か4枚か9枚。
でもちゃんと4枚9枚残っているところでしか4枚取り9枚取りはできない。
最後を取った方が勝ち。
「29……、28……、27……」
サディスティックなカウントダウンを始める少女から目を外し、あごに手を当てて考える。
ちょっと考えたがあまりにもパターンが多すぎた。
しかも取り方によって後半の選択肢が減る。
こんなのどう解けというのか。
問題が一次元から二次元に格上げされただけでここまで複雑になるものなのか。
「16……、15……、14……」
少女は嫌味ったらしくのんびりとカウントダウンを続ける。
それが私の負けん気に火を点けた。
勝ちたい。
もうから揚げとかどうでもいいからこの少女に勝ちたい。
ただその一心で頭を回した。
その邪念を捨てた集中力が奇跡を呼び寄せたのか、私の頭にふとあるイメージが沸き上がった。
これはもう、神の啓示にも等しいタイミングであった。
「4……、3……」
「○です!」
私は確信を持って回答したし、少女もどうやらそれを察しているようだった。
そう、このゲームは先手必勝だ。
「そのこころは?」
「初手、真ん中1枚、あとは後手に合わせて点対称」
それはさながら太極図のように。
初手で中心を取り、あとは相手が何枚取ろうと反対側を取ればいい。
どうよ。
「素晴らしい、正解だ」
「あは、どんなもんです!」
「初手真ん中9枚でもよかったがな」
「……え?」
最初に真ん中9枚ってことは、……残るのは外周のコインだけ。
そうか、それならもう1枚ずつしか取れなくなるのか。
14枚を1枚ずつでそのまま詰みか。
スマートだ。
「まあいい、約束だ。持っていけ」
「あ、ホントにいいんですか?」
「遠慮はいらん。お前の勝ちだ、受け取ってくれ」
「……では、遠慮なく」
私は少女から賞品を受け取った。
それはすでに冷めきり、油が固くなってしまっていたが、私はそれを宝物のように抱きしめた。
これには勝利の2文字が染み込んでいる。
その素敵な調味料は、この少女によってもたらされたものだ。
「それでは、失礼しますね」
「おう」
さあ、残りの買い物を済ませよう。
そう思ってその場を後にしようとしたところ、ふいに少女が声をあげた。
「素晴らしい、時間ぴったりだ」
「はい? 何がですか?」
「5時だ」
言われて腕時計を確認する私をよそに、少女はもう1度時間ぴったりだと言った。
ここの店主はいつも時間ぴったりだと。
どういう意味なのか聞こうとするよりも先に、バタンという音と共にスタッフ用の通路が開いた。
中から出てきたのはいかにも神経質そうな顔の男性で、その手に抱えたトレイには山積みになったから揚げのパックが乗っていた。
「は?」
「ぴったり1時間おきだ、覚えときな」
そう言って少女は並べられたばかりのアツアツのから揚げを手に取ると、絶句する私をよそに会計へと向かって行ってしまった。
「……」
棚の方に向き直る。
揚げたてのから揚げに群がる歴戦の主婦たち。
腕組みしたまま成り行きを見守る店主。
気に入らない客は店の外へ叩き出すとかいう店主。
手の中のから揚げに視線を落とす。
勝利の2文字が染みついたから揚げ。
冷めたから揚げ。
油が固くなったから揚げ。
しかし私にこれを棚に戻す勇気は無かった。
そう言えば店に入った時に何かを揚げるような音がしていたなと、今更のように思い出す。
「……ファック」
思わずこぼれた私の言葉は、誰にも届くことは無かった。
了
几帳面に並べられた商品たちに、思わず喉が鳴る。
諏訪子様より賜った御神託(夕飯はから揚げがいい)に従い、本日、私は人里にまで足を延ばしていた。
せっかくなので以前から信者さんたちの間で話題になっていた総菜屋に来てみたのだが、予想以上の客の多さに私は少し驚いていた。
実に客を舐めた店だと聞いている。
営業時間は16時から20時までの4時間で、土曜日曜は定休日。
しかも開店前に人が並んでいれば追い散らし、閉店時間に客が残っていれば店の外へ叩き出してしまうらしい。
そんな外の世界では考えられないほど偏屈な店なのだが、それでもなお途絶えることのないこの客足が店に並ぶ惣菜の質の高さを期待させてくれた。
さてしかしながら、どうやら諏訪子様には残念なお知らせをしなければならないようだ。
というのも、ご所望のから揚げ、その最後の品が私の目の前でかすめ取られてしまったからである。
半端に伸ばしかけた私の手が力無く宙を掻くが、そのまま降ろす以外に道は無い。
これもめぐり合わせ故、致し方なし。
そんな風にあっさりとから揚げを、もとい諏訪子様の笑顔を諦めた私であった。
そんな私がふと顔をあげると、最後の1パックを取り上げた少女と目が合った。
妖怪だろうか、頭に小さな角を生やし、前髪を一部だけ赤く染めるというロックな、というか世の流行にとことん逆らうかのようなちぐはぐな格好の少女であった。
その少女は手に持った商品と私の顔を見比べ、ズイ、と押しやるようにその手を伸ばしてくる。
私に譲ってくれるというのだろうか。
いやいやそんな申し訳ないよと手を振ってアピールしてみたが、少女は私の遠慮など気にも留めない様子でこう言ってきた。
「ゲームで決めよう」
「……はい?」
「日常には刺激が必要だ。たまたま総菜屋で出会った見知らぬ女とひと時の児戯に興じるのも一興さ。それに実を言えば、から揚げそんなに好きじゃない」
私に勝ったらから揚げを買う権利をやろう、とその少女は言う。
そこに邪念は感じられず、純粋に余興としてのお遊びを欲しているだけのように見えた。
ならばこの風祝、お相手仕ろう。
諏訪子様のためにも、諏訪子様の機嫌を取る神奈子様のためにも。
「そこまで言うのでしたら、受けて立ちます」
「よろしい、では私から○×クイズを2問出そう。両方正解したらお前の勝ち。片方でも不正解なら私の勝ちだ」
「……両方とも?」
「負けてもノーリスクなんだ、このくらいはご愛嬌だと思ってくれ。その代わりあてずっぽうで当てても正解としよう」
つまりどんな難問でも4分の1の確率で私が勝つということだ。
彼女の言う通り私は負けても何もない、それを考えれば妥当な条件に思えた。
「制限時間は30秒な」
「1問につきですか?」
「そうだ」
「わかりました」
「では第1問」
そして少女は何に気負う様子も無く、身構える私に向かって悪質極まりない問題を突き付けてきた。
「25枚のコインがある」
「はい?」
「これを2人の人間が交互に拾っていくのだが、拾う枚数は1枚から3枚とする。これをコインが無くなるまで続け、最後の1枚を拾った方を負けとする場合、このゲームは先手必勝である。○か×か」
「……こっ」
こんなの、クイズじゃない!
喉まで出かかった言葉を飲み込み、私は頭に火を入れた。
無情なるカウントダウンを始める少女から目を外し、あごに手を当てて考える。
似たような問題は外の世界で聞いたことがある。
25枚目を取ってはいけないなら、24枚目を取れば勝ち。
24枚目を取るには、20枚目を取ればいい。
たしかそんな要領だったはずだ。
マリオRPGでやったことがある。
「×です」
「そのこころは?」
「後手に必勝法があるので、先手必勝ではありえません。後手は取ったコインの合計数が4の倍数になるように取るだけです」
「素晴らしい、完璧だ」
ありがとう任天堂。
少女は手にから揚げを持っていなければ拍手でもしそうな勢いであったが、私は構わず2問目に備えた。
どうせまたクイズとは呼べないような問題が飛び出してくるのだ。
「では第2問」
そして少女は涼しげに、そしてほんのりと楽しげに運命の第2問を口にした。
これがまた、凶悪極まりない問題であった。
「縦5枚、横5枚に並べられた25枚のコインがある。これを2人の人間が交互に拾っていくのだが、拾い方は『1枚』か『縦横2枚の4枚』か『縦横3枚の9枚』で、すでにコインが拾われている場所を含めて4枚、9枚とすることはできない。これをコインが無くなるまで続け、最後の1枚を拾った方を『勝ち』とする場合、このゲームは先手必勝である。○か×か」
「あうぅ?」
……とりあえず言っている事の意味はなんとか理解できた。
縦横5枚の状態で始まる。
取り方は1枚か4枚か9枚。
でもちゃんと4枚9枚残っているところでしか4枚取り9枚取りはできない。
最後を取った方が勝ち。
「29……、28……、27……」
サディスティックなカウントダウンを始める少女から目を外し、あごに手を当てて考える。
ちょっと考えたがあまりにもパターンが多すぎた。
しかも取り方によって後半の選択肢が減る。
こんなのどう解けというのか。
問題が一次元から二次元に格上げされただけでここまで複雑になるものなのか。
「16……、15……、14……」
少女は嫌味ったらしくのんびりとカウントダウンを続ける。
それが私の負けん気に火を点けた。
勝ちたい。
もうから揚げとかどうでもいいからこの少女に勝ちたい。
ただその一心で頭を回した。
その邪念を捨てた集中力が奇跡を呼び寄せたのか、私の頭にふとあるイメージが沸き上がった。
これはもう、神の啓示にも等しいタイミングであった。
「4……、3……」
「○です!」
私は確信を持って回答したし、少女もどうやらそれを察しているようだった。
そう、このゲームは先手必勝だ。
「そのこころは?」
「初手、真ん中1枚、あとは後手に合わせて点対称」
それはさながら太極図のように。
初手で中心を取り、あとは相手が何枚取ろうと反対側を取ればいい。
どうよ。
「素晴らしい、正解だ」
「あは、どんなもんです!」
「初手真ん中9枚でもよかったがな」
「……え?」
最初に真ん中9枚ってことは、……残るのは外周のコインだけ。
そうか、それならもう1枚ずつしか取れなくなるのか。
14枚を1枚ずつでそのまま詰みか。
スマートだ。
「まあいい、約束だ。持っていけ」
「あ、ホントにいいんですか?」
「遠慮はいらん。お前の勝ちだ、受け取ってくれ」
「……では、遠慮なく」
私は少女から賞品を受け取った。
それはすでに冷めきり、油が固くなってしまっていたが、私はそれを宝物のように抱きしめた。
これには勝利の2文字が染み込んでいる。
その素敵な調味料は、この少女によってもたらされたものだ。
「それでは、失礼しますね」
「おう」
さあ、残りの買い物を済ませよう。
そう思ってその場を後にしようとしたところ、ふいに少女が声をあげた。
「素晴らしい、時間ぴったりだ」
「はい? 何がですか?」
「5時だ」
言われて腕時計を確認する私をよそに、少女はもう1度時間ぴったりだと言った。
ここの店主はいつも時間ぴったりだと。
どういう意味なのか聞こうとするよりも先に、バタンという音と共にスタッフ用の通路が開いた。
中から出てきたのはいかにも神経質そうな顔の男性で、その手に抱えたトレイには山積みになったから揚げのパックが乗っていた。
「は?」
「ぴったり1時間おきだ、覚えときな」
そう言って少女は並べられたばかりのアツアツのから揚げを手に取ると、絶句する私をよそに会計へと向かって行ってしまった。
「……」
棚の方に向き直る。
揚げたてのから揚げに群がる歴戦の主婦たち。
腕組みしたまま成り行きを見守る店主。
気に入らない客は店の外へ叩き出すとかいう店主。
手の中のから揚げに視線を落とす。
勝利の2文字が染みついたから揚げ。
冷めたから揚げ。
油が固くなったから揚げ。
しかし私にこれを棚に戻す勇気は無かった。
そう言えば店に入った時に何かを揚げるような音がしていたなと、今更のように思い出す。
「……ファック」
思わずこぼれた私の言葉は、誰にも届くことは無かった。
了
普通の幻想郷ならメタになりがちな発言も、早苗さんならあら不思議。こいつ絶対スーファミ好きだ。
しっかり弄んで勝利を与えた後に叩き落とすのが天邪鬼流。正邪らしさに溢れてました
ああ、これ石拾いだな。どうやると勝てるんだっけと。オチを読んで物語の冒頭に再度戻ったり。いやはや、流石天邪鬼。ご馳走様でした。
クイズは正直バカなので理解できませんでしたが、
最後のしてやられた感は好きです!
そしてとてもお腹の空いてくる作品でした
最後のキョトンとしてる早苗の表情が眼に浮かぶ…
御飯が温かければ良いじゃないですか、若い人にはそれが分からんのです。
実に見事な展開でした。