「ねえ、鴉は空を飛ぶらしいよ?」
「そんなの当り前じゃない。私たちだって…」
「いやね、私たちが飛んでるのは土の下の空間で…」
「…何が言いたいの?」
途端に慣れているはずの地底の空気が煙たく感じられて、一瞬返答に詰まった後には、彼女の姿はもうなかった。
私はまただ、と落胆するのにはもう飽きていたはずだ。なのに、私はまだだ、と諦められずにいた。
私は地底の熱を保つ、地獄鴉の一匹でそれ以上でも以下でもない。…と、自らに言い聞かせるなんてことを、周りの連中は
きっとしていないだろう。ゴミを運び、炉に落とす。その単純作業を生きがいとも、役割とも、懲役とも思っていないだろう。
そうでなければ、ここはもっと涼しい場所のはずだ。
少なくとも私は、そのいずれだとしても、はち切れんばかりの疑問を抱いてしまう。作業が滞るほどに。
ゴミだって、一つもゴミに見えたことはなかった。雑誌の切れ端には叡智があり、ぼろ布には歴史の温かみがあった。
私は周りの連中に、自分の疑問をぶつけてみることがよくある。彼らには、私に無い余裕が見られた。
作業そのものにも、精神的にも。でも、私の疑問はとことん無視された。彼らの余裕は、鴉が素で持つ美しさから来ているようで、
鏡を覗けばやがて分かるはずのことだった。
自分の配慮が足りなかった。そう思うことで、彼らに疑問をぶつける価値自体に、疑問を持たないようにしてきた。
私には、それだけ疑問にこだわる理由があった。
私は、はたしてこの中に混ざっていていい、ものなのか。
結局は、全てそんな疑問だった。
私は私自身を彼らの仲間だと捉えられない。見えないところの差が、埋まらない。
心とも、感情とも、言い切れない何か。
だから、周りの連中などと捉えている。
そんなことを徹底して行けば、私が鴉であることさえぐらつくのだった。
私は何者なのか。
いつも死体を運んでくる、火車に尋ねてみた。
「私には鴉としておかしなところがあるのでしょうか」
「んー、鴉か。はぐれたのかな?」
一瞬、的確な答えが返ってきたような気がして驚いたが、すぐに言葉自体が通じてないことに気づいた。
地底に住むほかの者たちにも尋ねてみたが、結果は同じ、そもそも尋ねられなかった。
そして私はこのことを持っても、自身が鴉であり、連中の仲間であると納得できなかった。
私はある時、自分以外の鴉が皆ロボットである、なんてことを考えついた。
熱く、煙たい中でひたすらゴミを扱う。そんなことに感情はいらないはずだ。あればむしろ障害になるだろう。身をもって実感できた。
しかし、それ以上は進まなかった。もしそうだとして、私はそれをどう確認すべきなのか。なぜ私だけ生身なのか。
そんな疑問を、ロボットにぶつける気は起きなかった。
朝の慌ただしい雰囲気にいらぬ疑問は流されたかと思えば、日暮れ、疑問を膨らました自分に気づき、寂然とした夜がそれを濃く縁取る。
疑問を持つことに、疑問を持ち、それをさらに疑問に思うようになった頃。
それは、突然やってきた。
「この中で一番強い力を持つのはどの鴉だい?」
風に乗っているかのように、響く声だった。皆作業をやめ、炉の縁をなぞるように止まる。
しかし、誰一人名乗り出るものはいない。
私はその中央に浮く、人間とも、鬼とも違う力を放つ者に目を向けた。背負っているのは、植物だろうか。もう少し下がれば自然発火してしまう程の高温が待ち構えているのに、彼女は涼しい顔をしていた。熱風は作業を止めたため上がっていないはず。
なのに、彼女は風をまとっていた。
風の吹かない地底で、なぜ?…と、
「風を起こすなんてちゃちなもんじゃない、もっとすごい夢のエネルギーを私は与えにきたのさ」
まるで私の疑問を拾ったかのような声が響き、わずかに慄くのと同時に、彼女と目が合った。
「お前が疑問を抱くのは、その力が絶対的でないから。風じゃなくても、火でも、水でもいいじゃないか。そんな疑問さ。」
「へ?え?」
言葉が、いや、心が通じている!私は仲間という単語が頭の端に浮かびつつも、目を丸くすることしかできない。
「でも、私がもたらす力はそんなものとは違います。核はそれでなければならない、唯一の力。最高にクリーンで、強力。訳を考えるまでもなく、それを利用する道を、狂信的に、盲信的に、選ぶしかないのです」
その声が響くと、周りの連中は一斉に飛び立った。入り乱れる個々の声は聞き取れないが、その力を奪いあっていることだけははっきりと分かった。
炉への落とし合い。ここが地獄であったことを再認識させる、むごい景色。私は高く飛びあがり、自身が鴉でないことを願った。
なぜ私は…続かない、小さい声を思わず漏らした。
その時、視界が一瞬で、光る粒に覆われた。弾幕。まさにそう表現できた。炉の上からそれを目にした私は瞬発的に目をつぶった後、開くと、
そこにはもう、私と、依然力を放つ彼女しかいなかった。
「お前に力を与えよう。作業効率を上げるためでも、周りを統べるためでもない。お前のためさ」
聞きたいことは沢山あった。迷っている暇はない。
「何故、私なのですか?私はまだ、空を飛んだことも…」
「そんなこと。私はね、革新、革命といった言葉が好きでね。人口の天変地異、今までの地は空になり、空が地となる。
空はお前。地はこの旧地獄。お前、いいえ、あなたに神格を持たせるため、名を与えます。
霊烏路空。あなたがあなたであることに意味を持つように。」
どうでもいい、とは違う、安心感のようなものが沸き上がると同時に、私の疑問はすべて浄化されてしまった。
ああ、力とは、力を持つとは、こういうことなのか。自然と強張りが解けた腕に、足に、力の重みが加わり、現実味を帯び始めた。
思うがままに、腕の力を高める。まもなく、炉の温度は上がり始め、どこからともなく鴉を呼び寄せた。
力の主は、もういなくなっていた。いや、私に変わったのだ。それで、疑問に昇華することはなかった。
私はもう、悩まない。
「そんなの当り前じゃない。私たちだって…」
「いやね、私たちが飛んでるのは土の下の空間で…」
「…何が言いたいの?」
途端に慣れているはずの地底の空気が煙たく感じられて、一瞬返答に詰まった後には、彼女の姿はもうなかった。
私はまただ、と落胆するのにはもう飽きていたはずだ。なのに、私はまだだ、と諦められずにいた。
私は地底の熱を保つ、地獄鴉の一匹でそれ以上でも以下でもない。…と、自らに言い聞かせるなんてことを、周りの連中は
きっとしていないだろう。ゴミを運び、炉に落とす。その単純作業を生きがいとも、役割とも、懲役とも思っていないだろう。
そうでなければ、ここはもっと涼しい場所のはずだ。
少なくとも私は、そのいずれだとしても、はち切れんばかりの疑問を抱いてしまう。作業が滞るほどに。
ゴミだって、一つもゴミに見えたことはなかった。雑誌の切れ端には叡智があり、ぼろ布には歴史の温かみがあった。
私は周りの連中に、自分の疑問をぶつけてみることがよくある。彼らには、私に無い余裕が見られた。
作業そのものにも、精神的にも。でも、私の疑問はとことん無視された。彼らの余裕は、鴉が素で持つ美しさから来ているようで、
鏡を覗けばやがて分かるはずのことだった。
自分の配慮が足りなかった。そう思うことで、彼らに疑問をぶつける価値自体に、疑問を持たないようにしてきた。
私には、それだけ疑問にこだわる理由があった。
私は、はたしてこの中に混ざっていていい、ものなのか。
結局は、全てそんな疑問だった。
私は私自身を彼らの仲間だと捉えられない。見えないところの差が、埋まらない。
心とも、感情とも、言い切れない何か。
だから、周りの連中などと捉えている。
そんなことを徹底して行けば、私が鴉であることさえぐらつくのだった。
私は何者なのか。
いつも死体を運んでくる、火車に尋ねてみた。
「私には鴉としておかしなところがあるのでしょうか」
「んー、鴉か。はぐれたのかな?」
一瞬、的確な答えが返ってきたような気がして驚いたが、すぐに言葉自体が通じてないことに気づいた。
地底に住むほかの者たちにも尋ねてみたが、結果は同じ、そもそも尋ねられなかった。
そして私はこのことを持っても、自身が鴉であり、連中の仲間であると納得できなかった。
私はある時、自分以外の鴉が皆ロボットである、なんてことを考えついた。
熱く、煙たい中でひたすらゴミを扱う。そんなことに感情はいらないはずだ。あればむしろ障害になるだろう。身をもって実感できた。
しかし、それ以上は進まなかった。もしそうだとして、私はそれをどう確認すべきなのか。なぜ私だけ生身なのか。
そんな疑問を、ロボットにぶつける気は起きなかった。
朝の慌ただしい雰囲気にいらぬ疑問は流されたかと思えば、日暮れ、疑問を膨らました自分に気づき、寂然とした夜がそれを濃く縁取る。
疑問を持つことに、疑問を持ち、それをさらに疑問に思うようになった頃。
それは、突然やってきた。
「この中で一番強い力を持つのはどの鴉だい?」
風に乗っているかのように、響く声だった。皆作業をやめ、炉の縁をなぞるように止まる。
しかし、誰一人名乗り出るものはいない。
私はその中央に浮く、人間とも、鬼とも違う力を放つ者に目を向けた。背負っているのは、植物だろうか。もう少し下がれば自然発火してしまう程の高温が待ち構えているのに、彼女は涼しい顔をしていた。熱風は作業を止めたため上がっていないはず。
なのに、彼女は風をまとっていた。
風の吹かない地底で、なぜ?…と、
「風を起こすなんてちゃちなもんじゃない、もっとすごい夢のエネルギーを私は与えにきたのさ」
まるで私の疑問を拾ったかのような声が響き、わずかに慄くのと同時に、彼女と目が合った。
「お前が疑問を抱くのは、その力が絶対的でないから。風じゃなくても、火でも、水でもいいじゃないか。そんな疑問さ。」
「へ?え?」
言葉が、いや、心が通じている!私は仲間という単語が頭の端に浮かびつつも、目を丸くすることしかできない。
「でも、私がもたらす力はそんなものとは違います。核はそれでなければならない、唯一の力。最高にクリーンで、強力。訳を考えるまでもなく、それを利用する道を、狂信的に、盲信的に、選ぶしかないのです」
その声が響くと、周りの連中は一斉に飛び立った。入り乱れる個々の声は聞き取れないが、その力を奪いあっていることだけははっきりと分かった。
炉への落とし合い。ここが地獄であったことを再認識させる、むごい景色。私は高く飛びあがり、自身が鴉でないことを願った。
なぜ私は…続かない、小さい声を思わず漏らした。
その時、視界が一瞬で、光る粒に覆われた。弾幕。まさにそう表現できた。炉の上からそれを目にした私は瞬発的に目をつぶった後、開くと、
そこにはもう、私と、依然力を放つ彼女しかいなかった。
「お前に力を与えよう。作業効率を上げるためでも、周りを統べるためでもない。お前のためさ」
聞きたいことは沢山あった。迷っている暇はない。
「何故、私なのですか?私はまだ、空を飛んだことも…」
「そんなこと。私はね、革新、革命といった言葉が好きでね。人口の天変地異、今までの地は空になり、空が地となる。
空はお前。地はこの旧地獄。お前、いいえ、あなたに神格を持たせるため、名を与えます。
霊烏路空。あなたがあなたであることに意味を持つように。」
どうでもいい、とは違う、安心感のようなものが沸き上がると同時に、私の疑問はすべて浄化されてしまった。
ああ、力とは、力を持つとは、こういうことなのか。自然と強張りが解けた腕に、足に、力の重みが加わり、現実味を帯び始めた。
思うがままに、腕の力を高める。まもなく、炉の温度は上がり始め、どこからともなく鴉を呼び寄せた。
力の主は、もういなくなっていた。いや、私に変わったのだ。それで、疑問に昇華することはなかった。
私はもう、悩まない。
でもそれに疑問を覚えて不満足になったとして果たしてその時私たちはどうなのか。
手を伸ばせるのだったら喜んで不満足に身を投じたいですね。
面白いお話でした。
二次でありがちなアホっぽいお空ではなく、真剣に自分のありようを考える姿はとても眩しい。
群像の一から個人としての一にするべく、神奈子が名を与えたというのも自分は知らない発想でした。みじかくとも、面白かったです。
これが6ボスの風格…
囚われていた輪から飛び抜けたお空の解放感が良かったです