「もしかして、今私って貞操の危機だったりする?」
茶を吹き出しかけた。
「げほっ……いきなり何を言い出してんのあんた」
「いや、だってさあ……妖怪にさらわれた若い娘のその後とか想像するに、ねえ」
「どっちかというと、食料的な意味での危機を感じるべきだと思うけど」
「ヒメちゃんも人食いなの?」
「妖怪ってのは大体そうよ。あとその呼び方やめれ」
「えー、だって可愛いじゃんヒメちゃん」
このあまりにも緊張感のない態度。服を剥ぎ取るぐらいやった方がいいのだろうかという気にもなる。やらないけど。
「私の名前は『はたて』よ。なんでヒメなのよ」
「姫海棠、でしょ? はたて、ってなんか発音しにくいし」
スマホというらしいケータイをもて遊びながら、臆面もなくそんな事を言う。
さらわれてきたという自覚があるのなら、もう少しそれらしくできないものか。
ため息をつきながら、机の上の資料兼命令書を手に取る。
命令書の内容はこうだ。『昨今神社に現れた人間を監視せよ』
人間の名前は宇佐見菫子。資料によれば、外の世界の人間である。
いわゆる外来人という事だが、どうも他の外来人には見られない特徴がいくつもある。
通常、外来人というのはいわゆる神隠しにあい、幻想郷に迷い込んだ者をいう。
それらの者は、大抵は結界の管理者たちの手によって元の世界へ戻される。
そうでなければ、妖怪たちの胃の中に収まる。
外来人は幻想郷の事など知らないし、妖怪たちをお話の中の存在だと思っている。
だから、いざ幻想郷に迷い込めばひどく狼狽え、戻ればその経験は夢だと思い込む。
だが、この娘は違う。
こいつは幻想郷の存在を知覚しており、妖怪たちの事も知っている。
そして、自らも常人にはない特異な能力を身につけており、幻想郷と外の世界を行き来する事が可能である。
他に類を見ない、極めて異質な存在だ。
だからこその監視任務ということなのだろう。
……私からすれば、こんな時にこんな任務をあてがわれるってのは、不幸でしかないのだけど。
「それにしても、みんな何だか随分慌ただしいわねえ。霊夢さんもカセンちゃんも出払ってたし」
普段の彼女は幻想郷にいる間、博麗の巫女か山の仙人のどちらかといる事が大半だ。
彼女に近づこうとする妖怪は恐らく多いと思うが、そのせいでなかなかチャンスは訪れない。
しかし、今は違う。その二人をして菫子に関わっている余裕が無くなる事態が起こっている。その為に、今が好機とばかりに私へと監視任務が下ったのだ。
先日、殺しがあった。人里の中で、だ。
被害者は無論、人間。そして、犯行は妖怪の仕業と言われている。
人里は今、この事件の話で持ち切りだ。
博麗の巫女や山の仙人、妖怪たちまでもが、こぞってこの事件を追っている。
人間にしてみれば、妖怪から身を守れる安全地帯であるはずの人里で、人間が妖怪に殺されたという事で。
妖怪にしてみれば、人里の人間を襲ってはならないという、絶対の原則に逆らう者が現れたという事で。
どちらにとっても、今後の立場を脅かす事態なのだ。
「この事件の顛末を記事にできれば、売上アップ間違いなしなのになあ」
こんな時に仕事が降ってくるなんて不幸極まりない。が、そもそもこんな時だから菫子に近づく事ができるわけで、世の中はうまく回ってるんだなあという気にもなる。できれば、もう少し私に優しい世の中だとなお良いのだが。
「そういや、ヒメちゃんって新聞記者なんだっけ?」
当の監視対象は、花果子念報のバックナンバーを勝手に引っ張り出して眺めている。
「ふーん、意外と真面目に記者やってるんだね」
「どういう意味だコラ」
「いやだって、天狗の新聞って適当なことばっかり書いてるんでしょ?」
これである。その天狗を前にしてよくもまあ言ったものだ。
いっそいい度胸だと評価してやってもいいくらいだ。
「これ読んだ感じだと、ヒメちゃんの記事ってなんか真面目ぶってて、煽ってセンセーショナルにしようって風じゃないよね」
「微妙に貶されている感があるんだけど」
「こっちの方がいいと思うよ。最近じゃ見出しで不安を煽ったりして記事に誘導しようっていうのばっかりでさー。似たような煽りの見出しがたくさん並ぶから、どれが重要なんだかよくわかんなくなるのよね」
インパクト重視の見出しで目を引くのは記事作りの基本とも言える。が、それも過ぎると良くないという事だろうか。外の世界は幻想郷より遥かに情報の拡散が早いというから、人々の目にするニュースも多様になるのだろうし。
「まあどうあれ、記事には情報の鮮度と確度が何より求められるからね。その頃の新聞は、まだまだ鮮度に問題があった頃よ」
「そうなの?」
「私は念写ができるから、それで写真を用意して記事を作っていたんだけどね。念写できるのは誰かがすでに写真に取ったものだけだから、撮影されてある程度時間が経ったものになる。そうなると、その写真を元に作る記事も、当然古い情報って事になっちゃうのよ」
「なんか微妙な能力ね」
「だから、最近はきちんと足で情報を追いかけて記事にするの。今回の事件だって本当なら直接取材したかったのに……」
「今回の事件って?」
あ、しまった。こいつは事件のこと聞いてないのか。
……まあ別に隠すことでもないか。
「殺人事件……!?」
事件のあらましを聞いた菫子は、驚愕を表情に映した。
同じ人間が殺されたと聞いて、さすがに呑気にはしていられないようだ。
「……面白そうね」
「おいこら」
まだ呑気にしてた方がマシな反応だった。
もうちょっとしおらしくとかできないのか。
「だって、外じゃ殺人なんて毎日のように起きてるし」
「そうなの? 外の世界も物騒なのねえ」
それだけ事件がいっぱいなら記事書き放題だ……と思ったけど、頻繁に起きてるんじゃ対して注目もされないのだろうか。
「でもこっちの事件だったら、民間人が調査したっていいはずよね?」
「まあ、多分他にも勝手に調査を進めてるヤツはいると思うけど……」
「だったら、私たちが犯人を突き止めちゃえばいいのよ! ついでにそれを記事にすれば大スクープ間違い無し、じゃない?」
「むう」
言ってることは理解できる。というか、事件の取材ができるなら私にすれば願ったりだ。
しかし、仮にも監視の任務を受けている最中、こいつを連れ回したりしていいものだろうか?
「…………」
改めて命令書を手に取る。
命令の内容は監視。それだけだ。
監視の意味とは、対象がどのような行動を取るかを記録することだ。故に対象の行動を阻害してはならない。対象がやろうと言っていることなら、むしろ進んで協力するべきだ。そうに違いない。
「まあ、側を離れなければ問題はないはずよね、うん」
「そうそう。という訳で、殺人事件捜査本部の結成よ!」
「そういう訳で、天狗の里にやってきたのである」
「人里じゃないの?」
天気は良好。抜けるような青空がどこまでも広がる秋の日和。絶好の捜査日和だ。
こんな日にはきっといくつもの死体が上がり、スクープが濡れ手で粟のように掘り出されることだろう。
「物騒過ぎるわ」
おっと考えが口に漏れていたようだ。気をつけないと。
「まあさておき、事件の調査だからっていきなり現場に行くのは浅はかと言うものよ」
「現場以上に重要な調査場所なんて無い気がするけど……」
「それは間違ってないけど、そもそも事件から一週間以上も過ぎてるからね。そして事件を調べているのは私たちだけじゃない。だったら、まず他の者たちがどんなことを調べ上げたかを聞いて回るのが手っ取り早いでしょう?」
「他力本願だなあ」
どうも早く現場に向かいたいらしい菫子は不満げだが、何事にも順序というものがある。
事件の調査は天狗も行っているはずだ。何も掴んでいないということは無いだろう。何しろ、こういう調査にうってつけの、鼻と目の利く白狼天狗がいるのだ。
早速、白狼天狗たちの詰め所に向かう。取材の裏取りのために何度も訪ねた場所なので、勝手知ったるという所だ。
同行する菫子に何度か訝しむような目線を向けられたものの、わざわざ烏天狗を相手に意見をしようという気にはならないのか、何も言われる事はなかった。こういうところが白狼天狗の下っ端気質というか、もう少し堂々とすればいいのにと思うところではある。いや、今はありがたいんだけど。
ともあれ、こういう調査なら白狼天狗に命令が出ているはずだし、進捗を聞けば調査の大体は終わるはず。
……そう思っていたのだけど。
「……どういうこと? まだ調査は出てないってことなの?」
「いや、出てないわけじゃないんですが……」
その辺の白狼天狗を捕まえて聞いてみるも、なんとも要領の得ない返事が帰ってきた。
「事件の調査班ですか? ええ、聞いています。……え、いや、誰がとかまではちょっと」
いくらか聞いて回った限りでは、人里の事件についての調査班はすでに作られていたようだ。
しかし、誰が調査班の一員なのかというところからして不透明だった。
調査班ならあいつです。いやいや私じゃありません。多分あの人だと思います。いいえ違いますあの子ですよ。こんな具合だ。
指示が全員に周知されていないらしく、そもそも調査班の存在自体を知らない者までいたくらいだ。
天狗のコミュニティは縦社会だ。いい加減な仕事は厳しく罰せられる。だというのに、このグダグダっぷりはなんだ? 一応は上の立場に属する烏天狗として、叱りつけたりしたほうがいいのだろうか。
しかしよくわからないのは、そもそも命令書が出回っている様子が無いことだ。間違いなくここに指令が下ったはずなのに、誰もが伝聞レベルでしか話を聞いていない。機密性の高い任務ならそういうこともあるだろうが、今回の事件にそんな意味合いがあるとも思えない。
「もう直接調べに行った方が早いんじゃない?」
と、菫子がいうのもむべなるかな。
結局大した話も出てこないまま、妙な疑問だけが増えた詰め所を後にした。
「う~ん……よくわからん」
茶をすすりながら首を傾げるという、我ながら器用なことをしながら独りごちる。
人里での調査は首尾よく進んだ。それはもう何の苦労もなく。
被害者は男性。年の頃は四十を数えるほど。小さな風呂屋を営んでおり、自宅件店舗の庭で死んでいるのを朝方発見された。その日、ちょうど里に来ていた薬売りが騒動を見咎め、死体の様子を不審に思い永遠亭の医者をつれてきて検分させたそうだ。
死因は絞殺。それも医者の見立てでは、道具は用いず手で直接首を絞められていた。そして、その力は明らかに常人のそれではなく、喉が潰れ骨が砕けるほどの握力で行われていた。故に、下手人は妖怪と断定されたのだ。
妖怪の仕業となれば人間の手には負えない。すぐさま博麗の巫女に話が向かい、事件の調査と犯人確保は彼女の手に委ねられた。山の仙人や白黒魔法使いも一緒になって調査を進めているらしい。
ここまでの情報は、その辺の通りがかりに聞くだけであっさりと出てきた。日の高い内に始めた調査が、日の沈む前に終わるというあっけなさ。饅頭屋の軒先で一服する余裕すらあるという有様だ。
別に、調査が滞りなく進むのは良い。ただ、これほど簡単に情報が出て来る事件であるなら、なおのこと白狼天狗たちは真っ先に情報収集に努めていなければならないはずだ。犯人が何者であるかによって今後の展開は変わるだろうが、情報において遅れを取る事は、天狗全体の立場を不利にしかねない。
「……それとも、実は秘密裏に調査は進められている? でも身内にすら隠すような意味があるとは……」
「だったら、意味があるからそうしてるんじゃないの?」
「どんな意味よ」
「さあ、わかんない。でも、分からない事は無い事の理由にはならないでしょう」
饅頭を頬張りながら正論っぽいことを言われてしまった。
まあ確かに、今の時点で分からない事をいくら考えても仕方がない。情報は足で稼ぐもの。そして足の速さこそが烏天狗の売りだ。
気にはなるが、まずは事件の調査が先決。隣で「饅頭ウマー」とにやけている菫子を引っ張り、私たちは永遠亭へと向かった。
あいにく問診中という事で、件の医者である永琳女史への取材は断られてしまったが、部下である薬売りの鈴仙から話を聞く事ができた。こういう時のために鈴仙に一通りの情報を伝えておいたらしい。
死因についての裏は取れた。やはり犯人が人間ではありえないほどの力でもって殺害したのは間違いないとの事だ。それに加えて、いくらか新情報も上がってきた。
被害者の男性だが、風呂屋というのは表向きの商売で、裏では身寄りのない娘やら未亡人やらを囲って客を取らせていた、いわゆる女衒だったようだ。「女衒ってなに?」と聞いてくる菫子に答えてやっていいのか疑問だったが、まあ別にいいかと解説しておく。
囲われていた娘はそんなに多くはないようだが、事情が事情なのでそもそも誰がそうだったのかも明瞭ではなく、今現在どうなっているのかは良くわからない。事件に前後して住み込みの仕事を探す女性が増えていたらしい、という情報がある程度だ。
……と、この辺は全て鈴仙が語ってくれた事で、どうせ取材が来るのだからと永琳女史に言われて調査していた結果らしい。
「……ふうん。それだと、その囲われていた娘さんの誰かが犯人だったり? 望まないエンコーさせられて恨みのあまりにー、とか」
「エンコー? ……動機としちゃ悪くはないけど、下手人は妖怪って話だからねえ」
囲っていた娘の中に妖怪がいた? ……可能性が無いとは言えないが、人間に混じってわざわざそんな事をする理由、力で劣る女衒にあえて従っていた理由、今になってその女衒を殺す理由、と腑に落ちない点が多すぎる。
まあ少なくとも、商売上殺意を向けられる理由は何かしらあったのだろう。娘の関係者とか、同業者との揉め事とかあってもおかしくはない。
「……ふむ、その路線でひとまず記事にできそうね」
「犯人わかってないのに記事にするの?」
「別に犯人逮捕の報だけがニュースじゃないでしょう? 事件のあらましや調査の進展具合を速報として記事にするのも新聞の役目よ。見た限りじゃこの事件はまだ記事になっていないし……」
…………。
何か、私は今おかしな事を言ったような。
「……戻るわよ」
「え? ヒメちゃん、ちょっと?」
覚えた違和感を確かめるため、私は菫子を引っ張って天狗の里へと足を向けた。
天狗の里には大規模な印刷所がある。外の世界の技術を参考に、河童の協力を得て作られたものだ。主な刊行物は、もちろん新聞。というか、ほぼ新聞を印刷するために存在するような場所だ。そのため、ここには全ての新聞を総括する管理局がある。定期刊行されている新聞の最新号は、ここで一通りチェックする事が可能だ。
「……やっぱり、無い」
菫子にも手伝わせて確認を終え、嘆息する。
人里で妖怪によると思われる殺しがあり、犯人の正体はようとして知れない。人間のみならず妖怪にとっても捨て置けない事件。特に、妖怪たち全体にとって強い影響力を持つ天狗にとっては尚の事。
そして、被害者の情報は、人里に出向けば容易く手に入る。犯人についての確かな情報は無いとはいえ、記事にするには充分過ぎる情報がすでに存在する。
だというのに、何故、誰もこれを記事にしていない?
人里向けの新聞を刊行している文々。新聞までもが、この事件を扱っていない。
誰もが注目しているはずのこの事件を、捨て置く理由はなんだ?
「姫海棠の」
頭に疑問符を浮かべていると、野太い声で呼びつけられた。
それが上司に当たる人物の声であると、一瞬気づくのが遅れたのは迂闊だった。
「飯綱三郎様! こちらにいらっしゃるとは思いませんでした」
とりあえず言い訳っぽい事を言いつつ背筋を正す。
「こんな所で何をしておる?」
「監視対象が天狗の新聞に興味があるようでしたので」
言い訳をしつつチラと見やると、菫子は文々。新聞のバックナンバーを読み漁っていた。よくやった。
「何か問題がありましたか?」
「……いや」
何やら歯切れの悪い様子だった。菫子の監視を命じたのもこの方なのだが、何か思うところがあったのだろうか?
「まあよい。引き続き監視に努め、何かあれば貴様の判断にて対応するように」
「……? はあ……」
今度はこっちが歯切れの悪い返事をしてしまった。去りゆく背を見送って、新聞を戻す場所を間違えそうになっている菫子を見やる。
考えてみたら、何故この仕事が私に降りてきたのだろう。
監視を名目に私は菫子の側に付いている訳だが、常に目を離さない事が求められているのなら、それこそ千里眼を操る白狼天狗らに任せたほうがずっと良い。菫子は能力こそ常人で無いとはいえ、その身体能力は並だ。逃がさないためだとしても、わざわざ側について常時監視するほどのことでもない。
そもそも、彼女を監禁する事は不可能だ。彼女は自身の見る夢を通じて幻想郷に入り込み、目を覚ます事で幻想郷から外の世界へと帰還するという。その話の真偽はさておき、彼女が忽然と目の前から消える事象を私は体験している。少なくとも、彼女にいかなる拘束も無意味であるという事実は認めなければならないだろう。
ただ見張るだけなら、それこそ側に付かなくても監視できる者に任せるのが一番良い。私に千里眼の能力はない。だから、巫女や仙人がいない隙を狙って彼女を連れ去る必要があった。
……巫女や仙人がいない時を。
彼女を害する目的がある者にすれば、今はその絶好の機会となりうる。
あるいはそれこそが、このタイミングで私に命令が下った理由なのだろうか?
「ヒメちゃーん、戻らないの?」
「ん、あ、そうね、戻りましょうか」
いつの間にか菫子がこちらに寄ってきていた。新聞を読み漁っていたのは、私の用事が終わるまでの暇つぶしだったようだ。
二人で印刷所を後にする。知らず強く握られる拳を、私は意識して解かねばならなかった。
「へー、結構スゴイのね。念写って言ってもほとんど普通の写真と変わらないみたい」
いたって脳天気な様子の菫子にちょっとだけイラッとする。
事件のこと。菫子のこと。スクープのこと。命令のこと。
不可解なことが色々と多く、その不可解がどこかで繋がっているような気もして、しかし、答えに結びつけるには情報が足りない。
喉のあたりで何かがつっかえているみたいな気持ち悪さがあり、だからだろうか、記事の作成は遅々として進まない。
誰もこの事件を記事にしていないのなら、それは大きなチャンスという事ではある。第一報を私が、この花果子念報が獲得できるという事だからだ。
同じ事件を追うのであれば、最初に記事にしたというアドバンテージは非常に大きい。事件について最新の情報を求める者は、自然と最初に記事にした新聞をチェックするからだ。他所が情報量や販路の多さで対抗しようとしても、速度のアドバンテージは揺るがし難い。
それ自体は良い。問題は、記事にしてよいのか? という事だ。
一日や二日ならまだしも、事件発生から一週間以上も過ぎている。この期に及んで誰も記事にしておらず、調査の具合もあやふや。普通であれば、そんな事はありえない。
つまり、普通でない何かが起きている。そしてそれが、事件を記事にしない事の理由であるとすれば、事情を知らない私が記事を発行する事は何らかの問題を招く可能性がある。
「……ねぇ、ヒメちゃんちょっと」
しかし、一体全体なにが起きているのか、というところがどうにも判然としない。やはり事件の裏を探る必要が――
「ヒメちゃんってば!」
「おう!? あー、ごめんごめん、何?」
いけないいけない。どうもさっきから考え事に没頭してばかりで、菫子に注意を払えていない。下手したらこっそり逃げられても気づかなかったかもしれない。
「もー、しっかりしてよ。……で、さ、この写真なんだけど」
そう言って菫子が差し出したのは、私がこの事件にまつわる映像を念写したものだ。つまり、誰かがこの事件に関連して撮影した写真と同じもの。
念写できた写真は、被害者の自宅、寄り付く野次馬、倒れて絶命している被害者その人など色々だ。菫子が手にしているのは、被害者の遺体を写したものだった。見ると、菫子の顔は少し青ざめていた。
「外来人には、死体の写真はちと刺激が強かったんじゃないの?」
「う、まあ……それはともかく、これ、よく見て」
自分が見て青ざめるような写真をよく見てくれとは、随分な話だ。が、菫子が示したのは死体ではなく、その側にいくつか散っている葉だった。
「それさ、ブナの木だよね。この山にいっぱい生えてるみたいだけど」
「? そうね、低山帯を中心に、割とあちこちにある樹木のはずよ」
「……人里にも、ある?」
「いや、ブナは山地に生えるから……」
一瞬、思考が止まる。
それから、ここまで言われないと気づかない自分の頭脳に呆れる。
席を立ち、家の扉を乱暴に開けて地面を蹴る。
これでも烏天狗の私だ。その気になれば、山を超えるなんて瞬きの間に終わる。
見張りの白狼天狗が私を見咎めたようだったが、無視して速度を上げる。
文字通り瞬く間に、私は被害者の自宅屋根に降り立った。
まだ完全に日は落ちていない。黄昏の朱が里の風景を染める。
里の中にも色々な樹木が立ち並ぶ。低地の人里に生える、山とは違った樹木たち。
ブナの木はここには生えていない。
葉が落ちていることも、ない。
ふわりと、屋根から飛び立つ。
徐々に速度を上げる。風をも追い越さんばかりに。
再び私を見咎めただろう見張りの脇を通り抜け、私は白狼天狗の詰め所へ降り立ち、扉を乱暴に開く。
下っ端たちがぎょっとした顔でこちらを見るのに構わず、手近にいた一人を捕まえる。
「犬走椛を呼んで頂戴」
「はっ……犬走様ですか? ええと、いったいどういう……」
鈍い下っ端の肩に、軽く爪を食い込ませる。
「私は呼べと言ったのだけど、貴女には質問して良いと聞こえたの?」
「も、申し訳ありません! すぐに呼んでまいります!」
駆けてゆく下っ端の背を見送り、詰め所の長椅子に腰掛ける。近くに座っていた天狗は恐れをなしたように席を離れ、遠巻きに私を見ていた。下っ端を怖がらせても無意味だが、まあ仕方ない。こういう時に感情を抑えるのが私は苦手だった。
程なく、見慣れた白の装束が目の前に立つ。
「あまり部下を脅かしてほしくはないのですけど」
「私なんかを怖がってちゃまだまだって事よ」
立ち上がり、椛の正面で対峙する。私のほうが若干背が高いので、少し見下ろすような形になる。
「……考えてみたら、当たり前の話ではあったのよね」
怪訝な表情を浮かべる椛に構わず、話し始める。
「情報をいち早く拾い、下っ端にまで周知することで、私たち天狗は社会を作ってきた。今回のような、妖怪全体に関わりうる事件を見逃すなんてあり得ないことだし、出てきた情報を拡散しないのはもっとあり得ない」
事件、という言葉に椛は僅かに眉を引きつらせた。
「それが唯一あり得るのは、身内の醜聞を隠蔽するため」
それでも眼をそらすことは無い椛に、私は一歩詰め寄る。
「下手人は、天狗ね? それも恐らく、白狼天狗」
その言葉に、椛は眉一つ動かさなかった。
周囲の下っ端たちは首をかしげる者、動揺する者、色めき立つ者と様々だった。
反応が一様でない事からして、知っている者と知らない者がいたようだ。
「遺体の側に、人里には無いブナの葉があった。それをわざわざ写真に撮るのは、天狗以外にいない。つまり、あんたらは下手人が山の関係者だと知っていたはず。そこまで分かっていて、なお足取りを掴み損ねる程にあんたたちが無能だとは思わないわ」
「……評価されているのだと思っておきましょう」
「足取りを追えているのなら、その情報が出回らない理由は一つしかない。情報が広まる事が天狗の不利になるから、意図的に隠蔽されたという事。そして、そんな重要な任務は、あんたぐらいの立場でなければ与えられない」
そこで椛が目を伏せ、ふうと息をついた。
「一つ訂正があります」
腕を組み、やや疲れた様子で話し始める。
「私たちはヤツの足取りを、完全には追えていません。ご推察の通り、相手は白狼天狗。それも、警戒網の死角を熟知するそれなりのベテランです。もっとも、未だ巡回任務に充てがわれていたように、あまり優秀とは見られていませんでしたが」
「そんな相手を、未だに捕まえられない、と」
その言葉に椛は返答せず、側にいた下っ端に何やら指示を出した。
慌てて駆けていった下っ端が程なく戻ってくる。その手には、袋に入れられた幾つかの物品。
「件の天狗が残していった物品です。予定を記した手帳、連絡用の笛、普段使いの下駄。このうち下駄は犯行の現場に片方だけが残されていました」
椛は袋を受け取って床に置く。中身は乱雑としており、ペンやら帽子やら色んなものが詰め込まれている。
「こんな物を残していくほどに迂闊な奴です。計画的に逃げる準備をしていたとも思われない。今は普段のヤツの行動範囲を調べ、警戒網の死角をしらみつぶしに探しているところ。確保にそう時間はかからないでしょう」
「時間をかければ他所に勘付かれる危険が増す、と。で? 見つけて、それでどうするの?」
「どうもせん。其奴は最初からいなかった事になる」
割り込んできた声に、下っ端たちがこぞって背筋を正す。
椛はそれにやや遅れて、私はさらに遅れて、声の主を振り返る。
「……飯綱三郎様」
「姫海棠よ。記者魂も結構だが、任務を疎かにするのは頂けんな」
ぐ、と言葉に詰まる。何もないだろうとは思っても、菫子の監視を放棄して良い理由はない。
だが、今ばかりは引くわけにはいかない。
「……真実を伝えるが新聞の役割ならば、これを捨て置いて良いとは思いません」
「貴様が天狗である前に記者であるというのなら、それも良かろう。個よりも全が天狗の信。それを否定し、誠に殉ずるが貴様の望みか?」
「天狗の社会を否定しようとは思いません。ですが、限度があるでしょう。不都合を覆い隠してばかりでは、いずれ覆えぬ程に肥大化して足元を取られます」
「その物言いは些か礼を失するな。貴様は、その思慮なくして我らが決断を下したと思うのか?」
「っ…………」
また言葉に詰まる。今度は、次の句は出てこなかった。
それはそうだ。私ごときが思い至るような事、上の方々が考えていないはずはない。
人里の人間に手を出さないという、絶対の約定を天狗が破った。天狗の地位を脅かしうる一大事だ。当然、有力者が一堂に会して何度も議論を重ねたはず。その末の決断よりも、私のほうがより正しい決断ができるなどと、思い上がる事はできない。
「……他になければ、各員任務に準ぜよ。姫海棠、監視対象はどうしておる?」
「……私の家に。何も問題を起こす様子はありません」
「ならばよいがな。せっかく邪魔がおらぬのだ。今のうちにせいぜい仲良くしておけ」
「…………はい」
くそったれ、と言わなかった自分を褒めてやりたい。
仲良くしておけ、だって? 仲良くするのになんで他の者が邪魔になるのだ。
邪魔、要するに巫女や仙人が側にいない内に、できる事をしておけと。
あいつらが側にいたらできない事をしろと。
手篭めにするか、脅かして手綱を握れ。
できないなら、殺せ。
醜聞は隠さねばならない。
一方で、騒ぎになっているのは都合が良い。今のうちに、後の厄介になりそうな外来人をなんとかしておきたい。
けど、おおっぴらに命令はできない。彼女は博麗の保護対象だ。それを害する命令を下したと知れたら問題になる。
だから、曖昧な命令に含みを持たせ、もし露見しても私の独断専行とできるようにする。
そういうことかい。
冗談じゃない。ふざけやがって。
詰め所を後にして家に戻る道すがら、通りがかる誰もが私を避けるように道をそれた。
それぐらい、私は不機嫌を隠せずにいたのだろう。
「……ヒメちゃん、顔怖いよー」
戻ってみれば菫子にまでそんな事を言われてしまった。
両手で自分の顔を挟んでぐにぐに。眉間をもみもみ。それでようやく、しかめっぱなしの顔がほぐれたような気がする。
「あーあ、組織の一員なんてなるもんじゃないわ」
「なんかサラリーマンみたいなこと言ってる……」
ほぐれたはずの顔がまた渋面を作っているような気がしたが、もういいやと諦める。
結局、件の天狗が何故殺人を犯したのかは分からない。
しかし、理由がどうであろうと、一介の妖怪が人里で殺しをする免罪符とはなりえない。
下手人は秘密裏に処理され、表立っては妖怪に成りかけの半端者あたりの犯行として喧伝されるのだろう。
詳細が明らかになって人々は安心し、事態の収集に一役買ったという事で天狗の評価も上がる。
本当のところは、誰も知る由もない。下手人の思惑も含めて。
「あーやだやだ」
何度目か呟きながら、私は古びた手帳を手に取る。
「ヒメちゃん、それ何?」
「んー? なんか犯人の遺留品らしいわよ」
正確には現場にあったものではなく、下手人が家に残した私物なのだが。
「え、スゴイじゃん。じゃあ犯人ってもう分かったの?」
「……ん、えーと……まあ、近いうちに捕まるんじゃないかなー」
この手帳は椛が見せてくれた物品の中からくすねてきたものだ。
別に、持ってきた事に大した意味はない。新たに調べた所で先に下手人を見つけられるとは思えない。単なる嫌がらせ程度の事だ。
そもそも袋に乱雑に放り込まれていた事からして、すでにこれについての検分は終わっているのだろうし。
「なんか随分適当ねえ……ね、それ、ちょっと借りていい?」
言うが早いが返事も待たずに菫子は手帳を奪い取る。
「……まあ別にいいけど、大した情報は出てこないわよ?」
「ふっふーん、それはどうかしらね」
菫子は何を思ったのか、手にした手帳を開くことはせず、両手で胸に抱えるように持つ。
「試したことは無いんだけど、多分できると思う。いや、できないはずがないのよ。幻想郷に来るようになって超能力の調子も良いし」
「……何の話?」
「超能力の一つにね、物体に秘められた記憶を読み取るってのがあるの。それによって持ち主の体験、行動を調べる事ができる。この能力をサイコ」
菫子が言葉を途中で切った。
急に立ち上がった私が、彼女の肩を掴んだからだろう。
「……メトリー、って、言うんだけど、えーと」
「マジ?」
「……マジ。あの、ヒメちゃん、ちょっと、肩痛い」
疾風を纏い瞬速をもって空を駆ける。それが烏天狗の能である。どこぞのゴシップ新聞記者はとりわけ巧みに風を操るが、そうでない私にしてみても、追跡の眼を振り切る速度で飛ぶ事はできる。
地面のスレスレで急停止。その風圧で木の葉が渦を巻いて高く飛び上がる。
出来得る限りの速度を出した。椛や飯綱三郎様ならともかく、下っ端の白狼天狗では私の姿を捉えられなかっただろう。今しばらくは、ここに追跡の手は及ばないはずだ。
「……し……死ぬかと思った……」
両手を地について菫子がぐったりする。
妖力で風圧からは守っていたはずだが、人の身には体験し得ない速度だっただろうし、目を回すくらいはやむを得ないところだろうか。
「……さて」
眼前に広がるのは、天然の洞穴。入り口は人が一人なんとか潜れる程度。しかし、菫子が見た事が正しければ、内部は入り口よりもかなり広がっているはず。
菫子の言うサイコメトリーなる超能力によって、下手人の手帳から読み取った記憶。はたしてその中に、今持って下手人が身を潜めているであろう隠れ場所の情報は見つかった。下手人はこの手帳を肌身離さず持ち歩いていたらしく、事件に至るまでの彼の行動を詳細に知る事ができた。
まだ少しふらついている菫子に手を貸して立たせ、洞穴の入り口を潜る。
カツン、カツン、とわざと大きな足音を立てて。
すぐに、奥から身を竦める気配。
中は小さな松明で照らされていた。
その側に、人影が一つ。
満足な食事も無いまま何日も過ごしたのだろう、頬は痩せ衣類は薄汚れていた。
弱々しい瞳で侵入者――私たちを見つめている。
人間の、女。
「花恵、でよかったかしら」
私のかけた声に、女はびくりと身体を震わせた。
その名前は、彼女が客を取る時に使っていた名前だ。
今事件の被害者である女衒の男性。
彼は身寄りのない女性らを囲って客を取らせてはいたが、女の扱いはあくまでも丁寧で必要以上の無理をさせない、この手合にしては比較的まともといえる男だった。
しかし、ある時から人が変わったように凶暴になり、表の顔であるはずの銭湯を閉めて日夜女たちを酷使し、悪い客に当たって手ひどく扱われる者も増えた。娘たちは心身ともにボロボロになり、倒れる者も何人も出た。
彼女もその一人であり、扱いに耐えかねて逃げ出したのだった。
逃げ出したはいいが行く宛もない彼女。少し考えれば里の中にも逃げ込むべき場所はあったのだろうが、道具のように扱われ尊厳を踏みにじられ続ける日々は正常な判断力を失わせ、彼女は里を出て妖怪の山へと踏み込んでしまった。
その時に見張りに出ていたある天狗が、彼女を見咎めた。本来ならば攫って食うなり、気が向けば人里へ返したりするところ、尋常ならざる様子を見た彼は事情を聞くことにした。そして、その境遇に同情した。
天狗は女――花恵を秘密の隠れ家に案内し、自身は夜の闇に紛れ女衒の元へ向かった。人外の姿をもって脅かし、日々の振る舞いに反省を促して女たちの扱いを改善させる腹積もりだった。ところが、天狗を前にした女衒は怯えるどころか騒ぎ始め、天狗に対して掴みかかるという行動に出た。
常軌を逸した様子の女衒に対し、天狗は逃げることもできた。もとより里からは遠い妖怪の身。離れてしまえばそれで、少なくとも自分の身は安全になる。
しかし、天狗はそうしなかった。逃げては花恵を助ける事ができないと思ったのだろうか。暴れる女衒を押さえつけ、ついには首を絞めて殺してしまった。
人里の襲撃はご法度。ましてや忍び込んで中の者を殺すなど、露見すれば天狗全体の地位を脅かす大罪だ。
天狗はしばし呆然と死体を眺め、下駄を片方落とした事にも気づかないほどに狼狽したまま、その場を後にした。
「……最初は、出頭して罪を洗いざらい白状するつもりだったのかもしれない。しかし家に戻ってから、彼は自分の異変に気がついた。まともにものを考える事ができなくなっていく間隔。己が己でなくなっていく間隔。彼は事態に慄きながら、回らぬ頭で必死にここへと戻ってきたのでしょう。一人残してきた女を気にかけて」
傍らに座り込む花恵が息を呑む音が響いた。
そのまま、私はさらに奥へと踏み込む。
がち、がちと金属の鳴らす音。
全身を鎖で岩に巻きつけた姿は、恐らく自分で自分を拘束したのだろう。
血走った眼の奥は暗闇であり、そこに理性の光はない。爪が鉤爪のように伸び、痩せこけた頬も手足も変色して黒ずんでいる。
かつて天狗だった男の、成れの果て。
「怨霊に憑かれると、妖怪はその本質を変化させられる。別個の存在へと成り代わってしまう。人間の場合は肉体が変化したりはしないけど、まるで別人となってしまうのは同じ事。かつてこいつに取り憑かれ、女衒は人が変わったように冷酷で凶暴になった。そして、それを殺した事で、今度はこの男が怨霊に取り憑かれた。花恵を襲う前に自らを拘束したのは、最後の抵抗という事なのでしょうね」
「……あ、の」
花恵の声は、蚊の鳴くようにか細く弱々しいものだった。
「……彼を……どうするんですか。お願いです……彼を……殺さないで」
「それは私じゃあなくて、怨霊に言うべきだった。聞くわけ無いだろうけれど」
花恵がはらりと涙を零す。何とはなしに、理解はしているのだろう。
自分を救ってくれた男が、もうどこにもいないのだという事を。
若い娘だった。子供と言ってもいいかもしれない。小さな体躯は労働に難儀するだろうし、境遇を思えば学を修める機会もなかったのだろう。同情する気持ちも、分からないではない。
そんな事を考えていたのが悪かったのだろうか。
ほんの一瞬、反応が遅れてしまった。
鎖の拘束を引きちぎった男が、菫子へと飛びかかるのに。
「菫子!!」
とっさに声を上げたのと、どちらが早かったか。
男は左の貫手を、まっすぐに菫子の顔めがけて繰り出した。
鎖の拘束は、限界まで引き絞られた弓。
貫手はその矢となって、鋭い音と共に洞窟の壁へと突き立った。
「…………っ」
びしり、と岩壁にひび割れが広がる。
菫子の顔は、その貫手の軌道からぎりぎり横に逸れていた。
周囲に広がる、景色を歪ませる力場のようなもの。それは菫子の超能力だ。菫子がとっさに展開し、攻撃を僅かに逸らしたのだろう。
男が次撃を構える。だがそれよりも早く、私の手が男の首に届く。
加減なしに力いっぱい引き込み、男の身体が浮いて反対側の壁に叩きつけられた。
はあ、と息をつく。
菫子はへたりと座り込んだが、外傷は無い事を見て取る。
先程まで男を拘束していた鎖を見やる。
引きちぎるというより、拘束自体がすでにかなり緩んでいたようだ。
力づくで振りほどく事は、多分、難しくない。
男は花恵には目もくれず、菫子へと襲いかかった。
怨霊は人間の悪意の塊であり、人間を強く憎悪する。怨霊に憑かれたこいつもまた、同じはず。
それでもこいつは、花恵だけは襲わずにいたのだ。この有様となってもなお、鋼の意思によって。
「……あんたは、立派な天狗ではなかった。でも、立派な男だったのね」
だけど、私はあんたに何もしてやれない。
それを言葉にする事もできない。
ぐ、と歯噛みして、男にかざした手を握る。
その動きが生み出した小さな空気の渦が、どんどん大きくなっていく。やがてそれは風と、疾風となり、渦の中に無数の真空波を生み出す。
その内に巻き込んだ男の身体を、切り裂き、引きちぎり、無数の肉片へと変えながら、風は真紅の台風となって立ち上った。
長く、長い悲鳴が洞穴の中を満たした。
それに続いて、パタリと人の倒れる音。花恵が失神して倒れた音だった。
恩人が細切れになり、おびただしい量の血溜まりと化す姿は、生半可なショックではないだろう。
私だって、できるなら生命を賭けてでも阻止したいと思う。
だけど、まだ終わりじゃない。
「触るな!!」
ふらつきながら花恵の元に歩み寄った菫子に、鋭く言い放つ。
菫子は大げさなくらいに驚いて、差し出そうとした手を引っ込めた。
「……怨霊は由を辿る。家族、宿敵、恋人、師弟、そして恩人。正規の手順で祓われない限り、由を通じて人々の間を漂い続ける」
ガクン、と花恵の身体が揺れた。
そのまま、痙攣するように大きく身体を跳ねさせる。
「こいつの元を離れれば、当然、次はそっち」
きぃぃ、と甲高く不快な音が花恵の喉から漏れた。
ぐるんと目を剥いて、ゆっくりと立ち上がる。明らかに、正気ではない。
「ヒ、ヒメちゃん、これって」
「離れなさい!」
さて、とは言ったもののどうするか。
ここまで完全に憑かれていると、押さえつけるのも困難だ。腕の一二本を折った程度では駄目かもしれない。
……いよいよとなれば、殺すしかないか。
よだれを垂らし唸り声を上げ、花恵がこちらに向き直る。
今しも飛びかからんとして、牙を剥く。
その瞬間、視界の端が、高速で飛来するお札を捉えた。
それは花恵の周囲に展開し、地面に方陣を描き出す。
お札がそれぞれ光を放ち、地面から立ち上って光の檻を成す。
その中に囚われた花恵が頭を抱えてうめき出す。その背から黒い影――怨霊が少しずつ引き剥がされてゆく。
やがて花恵が倒れ、引き剥がされた怨霊は怨嗟の声を放ちながら、光の中に溶けるように消えていった。
「……随分と遅い到着だこと」
知らず低くなった声を、入り口の方に向ける。
札を放った巫女――博麗霊夢は、険しい顔でこちらを睨んでいた。
傍らの菫子をちらりと見て、またこちらに視線を送る。
その背後から、霊夢より頭一つ背の高い女性。山の仙人、茨歌仙だ。更に後ろには椛の姿も見える。
皆が一様に険しい顔をして、私を睨んでいた。多分、その顔の理由はそれぞれ違ったのだろうけど。
巫女と仙人は、それぞれ天狗を見張っていたらしい。巫女は勘で、仙人は状況を推理して、天狗を怪しんでいたようだ。
警戒態勢を取る白狼天狗たちに動きがあった事を察知し、陣頭指揮を取る椛を捕まえて同行したのだった。
しかし実際には、それを出し抜いて現場に駆けつけた私と菫子によって、すでに事態は収まりつつあった。
怨霊に取り憑かれていた女衒によって、苦しめられていた一人の娘。
同情したある野良妖怪が、女衒を殺す。
それによって怨霊に取り憑かれた妖怪が、山に隠れ潜む。
そして、居場所を突き止めた私――姫海棠はたての手で葬られた。
怨霊は今度は娘に取り憑いたものの、駆けつけた博麗の巫女によって祓われた。
野良妖怪の正体が天狗であったという事を除き、ほぼ事実に沿って語られた物語。
腑に落ちない点はあるだろう。巫女も仙人も訝しむような顔をしたが、それ以上は椛に聞いてくれと投げた。
おおよそ、想定通りの結果となったのだ。疑惑を向けられても誤魔化すための言い訳はいくらでも用意しているだろう。
何しろ、死体は細切れの肉片だ。もう確認する術は無い。
永遠亭に運ばれて介抱された花恵は、程なく目を覚ましたが、ショックでひどく混乱していた。どうにも記憶が曖昧になっているらしい。
彼女は恐らく、自分を助けてくれた相手が天狗だと知っている。しかし、この分では彼女から真実が広まる事もなさそうだ。大天狗様の神通力を頼る必要も無いだろう。場合によっては口を封じねばならない可能性もあったのだから、多分、これが一番良い。
私は自前の手帳を眺める。事の顛末が一通り書き記されている。
そのページを束ねてちぎり取り、赤々と燃え上がる目の前の焚き火にくべた。
結局、私も天狗の一員だ。それ以上でも、それ以下でもない。
上も下も、そのようにある事を定められた歯車でしかない。そうやって私たちは生きている。
「……あー、焚き火してる」
いつものような、いや、そのように装った声音で、菫子が声をかけてくる。
声もに表情にも、隠しきれない憔悴が窺えた。
「焼き芋あるけど、食べる?」
「いやー……さすがにちょっと、しばらく食欲わかない」
軽く口元を押さえて菫子は言った。
事件は終わった。だけど、一つだけ、胸の中で片付かずに渦巻いている想いがある。
霊夢から菫子と一緒にいる事を問いただされて、その時に聞いた話によると、彼女は幻想郷に入ってきた時に妖怪に追い回されたそうだ。
命の危機を感じて逃げ回り、そのあと霊夢と戦ったりして、なんやかんやあって今に至る(この辺はあまり詳しく聞けなかった)。
そして、とんでもない話だが、こいつは自分から幻想郷に入ってきたのだそうだ。人間でありながら。
私の家で呑気に新聞を読み漁っていた姿。
殺人事件を喜々として捜査に乗り出す姿。
悪霊に憑かれた天狗の一撃を、とっさに回避してのける姿。
そして今、私の前で憔悴した姿を見せる。人の姿を取った者を、バラバラに切り刻んで殺傷した私の前で。
「……あんたさ、ここに来るの止めたら?」
「え?」
「いつか死ぬわよ。今日だって危なかったじゃないの」
こちらを見返す菫子の目には、疲れといくらかの怯えが窺えた。
「うー……気が滅入ったのは事実だけど、でも駄目よ」
菫子はやおら立ち上がると、鼻息も荒く真っ直ぐに前を見つめた。
「神秘を暴くのが私の、秘封倶楽部の使命だもの。こんな事で参ってられないわ!」
……ああ、やっぱりそうなのか。
この娘は大胆だが、恐れを知らないわけではない。
恐れによって足を止める事が、できないだけなのだ。
誰にそっぽを向かれても、ただ神秘を追い求める。
己の身に迫る危機さえも、その歩みを止める理由とならない。
この若さにして、彼女は自分が何者であるのかを、定義してしまっている。
それに殉ずると、決断してしまっている。
それは、狂気だ。
そう思えば、彼女が人と違う能力を身につけているのも、その狂奔の結果なのではないかと思える。
実際に、彼女は結界を飛び越えてしまった。自在に幻想郷に踏み入る能力すらも、身につけてしまった。
彼女が持つ外の技術は、妖怪たちのパワーバランスを崩しうる。
外とここを行き来する彼女の能力は、幻想郷の存在が露見する可能性を孕む。
その事実以上に、この狂気こそが、彼女の存在が危惧される最大の理由ではないのか。
それを考慮して、私は決断を下さなくてはならない。
私は、こいつを、殺すべきなのではないか?
秘密を暴く事は、嘘と欺瞞を許さない事は、幻想郷の存在を否定するに等しい。
組織の一員として、それ以上に幻想郷の一住人として、生命を賭けてでもこいつを排除するべきではないのか。
「…………? ヒメちゃん?」
ぐい、と顔を覗き込む。
菫子が狼狽して下がると、同じだけ前に出て距離を詰める。
何度かそれを繰り返すと、菫子の背中が樹木にぶつかる。
下がれなくなった菫子の顔に、さらに近づく。息が触れるほど、鼻先がこすれるほどに。
「……あんたさ」
口を開くと、菫子は目に見えて動揺した。
じっと、私の次の句を待っている。
「意外と可愛い顔してるわね」
「…………はあっ!?」
頬を染めた菫子の顔から離れる。
「な、な、何言ってんの急に!」
「いやあ、妖怪的には攫うなら美人の方が良いし、考えてみたら割と役得だったかなあ、と」
「女の子同士じゃないの!」
「妖怪って精神的な存在だからねえ。その辺わりとどうでもいいっていうか、せっかくだし今からでも……」
「ぎゃー、助けて霊夢さーん!」
逃げ出した菫子の背に、カラカラと笑い声を送る。
私は組織の一員で、歯車の一つだ。
だけど、それだけが私の全てではない。
それを疎む私も、またここにいる。その私は、革新を求めている。
この決断は、幻想郷を壊すだろうか。
私は滅びの道を選んだのだろうか。
それまでのあり方を否定して、誰かを助けようと思って、生命を落とした天狗のように。
先のことは分からない。だが、彼女の存在は何かを変え、何かを壊すだろう。
それを知ってなお、私は彼女を止めない事を選んだ。彼女を守る事を。
そのためになら、狂人とも呼ばれよう。
神秘を求めて結界をも超えた彼女のように、信じよう。
全ての過ぎ去ったものたちは、未来を創造することによって救済されるのだと。
茶を吹き出しかけた。
「げほっ……いきなり何を言い出してんのあんた」
「いや、だってさあ……妖怪にさらわれた若い娘のその後とか想像するに、ねえ」
「どっちかというと、食料的な意味での危機を感じるべきだと思うけど」
「ヒメちゃんも人食いなの?」
「妖怪ってのは大体そうよ。あとその呼び方やめれ」
「えー、だって可愛いじゃんヒメちゃん」
このあまりにも緊張感のない態度。服を剥ぎ取るぐらいやった方がいいのだろうかという気にもなる。やらないけど。
「私の名前は『はたて』よ。なんでヒメなのよ」
「姫海棠、でしょ? はたて、ってなんか発音しにくいし」
スマホというらしいケータイをもて遊びながら、臆面もなくそんな事を言う。
さらわれてきたという自覚があるのなら、もう少しそれらしくできないものか。
ため息をつきながら、机の上の資料兼命令書を手に取る。
命令書の内容はこうだ。『昨今神社に現れた人間を監視せよ』
人間の名前は宇佐見菫子。資料によれば、外の世界の人間である。
いわゆる外来人という事だが、どうも他の外来人には見られない特徴がいくつもある。
通常、外来人というのはいわゆる神隠しにあい、幻想郷に迷い込んだ者をいう。
それらの者は、大抵は結界の管理者たちの手によって元の世界へ戻される。
そうでなければ、妖怪たちの胃の中に収まる。
外来人は幻想郷の事など知らないし、妖怪たちをお話の中の存在だと思っている。
だから、いざ幻想郷に迷い込めばひどく狼狽え、戻ればその経験は夢だと思い込む。
だが、この娘は違う。
こいつは幻想郷の存在を知覚しており、妖怪たちの事も知っている。
そして、自らも常人にはない特異な能力を身につけており、幻想郷と外の世界を行き来する事が可能である。
他に類を見ない、極めて異質な存在だ。
だからこその監視任務ということなのだろう。
……私からすれば、こんな時にこんな任務をあてがわれるってのは、不幸でしかないのだけど。
「それにしても、みんな何だか随分慌ただしいわねえ。霊夢さんもカセンちゃんも出払ってたし」
普段の彼女は幻想郷にいる間、博麗の巫女か山の仙人のどちらかといる事が大半だ。
彼女に近づこうとする妖怪は恐らく多いと思うが、そのせいでなかなかチャンスは訪れない。
しかし、今は違う。その二人をして菫子に関わっている余裕が無くなる事態が起こっている。その為に、今が好機とばかりに私へと監視任務が下ったのだ。
先日、殺しがあった。人里の中で、だ。
被害者は無論、人間。そして、犯行は妖怪の仕業と言われている。
人里は今、この事件の話で持ち切りだ。
博麗の巫女や山の仙人、妖怪たちまでもが、こぞってこの事件を追っている。
人間にしてみれば、妖怪から身を守れる安全地帯であるはずの人里で、人間が妖怪に殺されたという事で。
妖怪にしてみれば、人里の人間を襲ってはならないという、絶対の原則に逆らう者が現れたという事で。
どちらにとっても、今後の立場を脅かす事態なのだ。
「この事件の顛末を記事にできれば、売上アップ間違いなしなのになあ」
こんな時に仕事が降ってくるなんて不幸極まりない。が、そもそもこんな時だから菫子に近づく事ができるわけで、世の中はうまく回ってるんだなあという気にもなる。できれば、もう少し私に優しい世の中だとなお良いのだが。
「そういや、ヒメちゃんって新聞記者なんだっけ?」
当の監視対象は、花果子念報のバックナンバーを勝手に引っ張り出して眺めている。
「ふーん、意外と真面目に記者やってるんだね」
「どういう意味だコラ」
「いやだって、天狗の新聞って適当なことばっかり書いてるんでしょ?」
これである。その天狗を前にしてよくもまあ言ったものだ。
いっそいい度胸だと評価してやってもいいくらいだ。
「これ読んだ感じだと、ヒメちゃんの記事ってなんか真面目ぶってて、煽ってセンセーショナルにしようって風じゃないよね」
「微妙に貶されている感があるんだけど」
「こっちの方がいいと思うよ。最近じゃ見出しで不安を煽ったりして記事に誘導しようっていうのばっかりでさー。似たような煽りの見出しがたくさん並ぶから、どれが重要なんだかよくわかんなくなるのよね」
インパクト重視の見出しで目を引くのは記事作りの基本とも言える。が、それも過ぎると良くないという事だろうか。外の世界は幻想郷より遥かに情報の拡散が早いというから、人々の目にするニュースも多様になるのだろうし。
「まあどうあれ、記事には情報の鮮度と確度が何より求められるからね。その頃の新聞は、まだまだ鮮度に問題があった頃よ」
「そうなの?」
「私は念写ができるから、それで写真を用意して記事を作っていたんだけどね。念写できるのは誰かがすでに写真に取ったものだけだから、撮影されてある程度時間が経ったものになる。そうなると、その写真を元に作る記事も、当然古い情報って事になっちゃうのよ」
「なんか微妙な能力ね」
「だから、最近はきちんと足で情報を追いかけて記事にするの。今回の事件だって本当なら直接取材したかったのに……」
「今回の事件って?」
あ、しまった。こいつは事件のこと聞いてないのか。
……まあ別に隠すことでもないか。
「殺人事件……!?」
事件のあらましを聞いた菫子は、驚愕を表情に映した。
同じ人間が殺されたと聞いて、さすがに呑気にはしていられないようだ。
「……面白そうね」
「おいこら」
まだ呑気にしてた方がマシな反応だった。
もうちょっとしおらしくとかできないのか。
「だって、外じゃ殺人なんて毎日のように起きてるし」
「そうなの? 外の世界も物騒なのねえ」
それだけ事件がいっぱいなら記事書き放題だ……と思ったけど、頻繁に起きてるんじゃ対して注目もされないのだろうか。
「でもこっちの事件だったら、民間人が調査したっていいはずよね?」
「まあ、多分他にも勝手に調査を進めてるヤツはいると思うけど……」
「だったら、私たちが犯人を突き止めちゃえばいいのよ! ついでにそれを記事にすれば大スクープ間違い無し、じゃない?」
「むう」
言ってることは理解できる。というか、事件の取材ができるなら私にすれば願ったりだ。
しかし、仮にも監視の任務を受けている最中、こいつを連れ回したりしていいものだろうか?
「…………」
改めて命令書を手に取る。
命令の内容は監視。それだけだ。
監視の意味とは、対象がどのような行動を取るかを記録することだ。故に対象の行動を阻害してはならない。対象がやろうと言っていることなら、むしろ進んで協力するべきだ。そうに違いない。
「まあ、側を離れなければ問題はないはずよね、うん」
「そうそう。という訳で、殺人事件捜査本部の結成よ!」
「そういう訳で、天狗の里にやってきたのである」
「人里じゃないの?」
天気は良好。抜けるような青空がどこまでも広がる秋の日和。絶好の捜査日和だ。
こんな日にはきっといくつもの死体が上がり、スクープが濡れ手で粟のように掘り出されることだろう。
「物騒過ぎるわ」
おっと考えが口に漏れていたようだ。気をつけないと。
「まあさておき、事件の調査だからっていきなり現場に行くのは浅はかと言うものよ」
「現場以上に重要な調査場所なんて無い気がするけど……」
「それは間違ってないけど、そもそも事件から一週間以上も過ぎてるからね。そして事件を調べているのは私たちだけじゃない。だったら、まず他の者たちがどんなことを調べ上げたかを聞いて回るのが手っ取り早いでしょう?」
「他力本願だなあ」
どうも早く現場に向かいたいらしい菫子は不満げだが、何事にも順序というものがある。
事件の調査は天狗も行っているはずだ。何も掴んでいないということは無いだろう。何しろ、こういう調査にうってつけの、鼻と目の利く白狼天狗がいるのだ。
早速、白狼天狗たちの詰め所に向かう。取材の裏取りのために何度も訪ねた場所なので、勝手知ったるという所だ。
同行する菫子に何度か訝しむような目線を向けられたものの、わざわざ烏天狗を相手に意見をしようという気にはならないのか、何も言われる事はなかった。こういうところが白狼天狗の下っ端気質というか、もう少し堂々とすればいいのにと思うところではある。いや、今はありがたいんだけど。
ともあれ、こういう調査なら白狼天狗に命令が出ているはずだし、進捗を聞けば調査の大体は終わるはず。
……そう思っていたのだけど。
「……どういうこと? まだ調査は出てないってことなの?」
「いや、出てないわけじゃないんですが……」
その辺の白狼天狗を捕まえて聞いてみるも、なんとも要領の得ない返事が帰ってきた。
「事件の調査班ですか? ええ、聞いています。……え、いや、誰がとかまではちょっと」
いくらか聞いて回った限りでは、人里の事件についての調査班はすでに作られていたようだ。
しかし、誰が調査班の一員なのかというところからして不透明だった。
調査班ならあいつです。いやいや私じゃありません。多分あの人だと思います。いいえ違いますあの子ですよ。こんな具合だ。
指示が全員に周知されていないらしく、そもそも調査班の存在自体を知らない者までいたくらいだ。
天狗のコミュニティは縦社会だ。いい加減な仕事は厳しく罰せられる。だというのに、このグダグダっぷりはなんだ? 一応は上の立場に属する烏天狗として、叱りつけたりしたほうがいいのだろうか。
しかしよくわからないのは、そもそも命令書が出回っている様子が無いことだ。間違いなくここに指令が下ったはずなのに、誰もが伝聞レベルでしか話を聞いていない。機密性の高い任務ならそういうこともあるだろうが、今回の事件にそんな意味合いがあるとも思えない。
「もう直接調べに行った方が早いんじゃない?」
と、菫子がいうのもむべなるかな。
結局大した話も出てこないまま、妙な疑問だけが増えた詰め所を後にした。
「う~ん……よくわからん」
茶をすすりながら首を傾げるという、我ながら器用なことをしながら独りごちる。
人里での調査は首尾よく進んだ。それはもう何の苦労もなく。
被害者は男性。年の頃は四十を数えるほど。小さな風呂屋を営んでおり、自宅件店舗の庭で死んでいるのを朝方発見された。その日、ちょうど里に来ていた薬売りが騒動を見咎め、死体の様子を不審に思い永遠亭の医者をつれてきて検分させたそうだ。
死因は絞殺。それも医者の見立てでは、道具は用いず手で直接首を絞められていた。そして、その力は明らかに常人のそれではなく、喉が潰れ骨が砕けるほどの握力で行われていた。故に、下手人は妖怪と断定されたのだ。
妖怪の仕業となれば人間の手には負えない。すぐさま博麗の巫女に話が向かい、事件の調査と犯人確保は彼女の手に委ねられた。山の仙人や白黒魔法使いも一緒になって調査を進めているらしい。
ここまでの情報は、その辺の通りがかりに聞くだけであっさりと出てきた。日の高い内に始めた調査が、日の沈む前に終わるというあっけなさ。饅頭屋の軒先で一服する余裕すらあるという有様だ。
別に、調査が滞りなく進むのは良い。ただ、これほど簡単に情報が出て来る事件であるなら、なおのこと白狼天狗たちは真っ先に情報収集に努めていなければならないはずだ。犯人が何者であるかによって今後の展開は変わるだろうが、情報において遅れを取る事は、天狗全体の立場を不利にしかねない。
「……それとも、実は秘密裏に調査は進められている? でも身内にすら隠すような意味があるとは……」
「だったら、意味があるからそうしてるんじゃないの?」
「どんな意味よ」
「さあ、わかんない。でも、分からない事は無い事の理由にはならないでしょう」
饅頭を頬張りながら正論っぽいことを言われてしまった。
まあ確かに、今の時点で分からない事をいくら考えても仕方がない。情報は足で稼ぐもの。そして足の速さこそが烏天狗の売りだ。
気にはなるが、まずは事件の調査が先決。隣で「饅頭ウマー」とにやけている菫子を引っ張り、私たちは永遠亭へと向かった。
あいにく問診中という事で、件の医者である永琳女史への取材は断られてしまったが、部下である薬売りの鈴仙から話を聞く事ができた。こういう時のために鈴仙に一通りの情報を伝えておいたらしい。
死因についての裏は取れた。やはり犯人が人間ではありえないほどの力でもって殺害したのは間違いないとの事だ。それに加えて、いくらか新情報も上がってきた。
被害者の男性だが、風呂屋というのは表向きの商売で、裏では身寄りのない娘やら未亡人やらを囲って客を取らせていた、いわゆる女衒だったようだ。「女衒ってなに?」と聞いてくる菫子に答えてやっていいのか疑問だったが、まあ別にいいかと解説しておく。
囲われていた娘はそんなに多くはないようだが、事情が事情なのでそもそも誰がそうだったのかも明瞭ではなく、今現在どうなっているのかは良くわからない。事件に前後して住み込みの仕事を探す女性が増えていたらしい、という情報がある程度だ。
……と、この辺は全て鈴仙が語ってくれた事で、どうせ取材が来るのだからと永琳女史に言われて調査していた結果らしい。
「……ふうん。それだと、その囲われていた娘さんの誰かが犯人だったり? 望まないエンコーさせられて恨みのあまりにー、とか」
「エンコー? ……動機としちゃ悪くはないけど、下手人は妖怪って話だからねえ」
囲っていた娘の中に妖怪がいた? ……可能性が無いとは言えないが、人間に混じってわざわざそんな事をする理由、力で劣る女衒にあえて従っていた理由、今になってその女衒を殺す理由、と腑に落ちない点が多すぎる。
まあ少なくとも、商売上殺意を向けられる理由は何かしらあったのだろう。娘の関係者とか、同業者との揉め事とかあってもおかしくはない。
「……ふむ、その路線でひとまず記事にできそうね」
「犯人わかってないのに記事にするの?」
「別に犯人逮捕の報だけがニュースじゃないでしょう? 事件のあらましや調査の進展具合を速報として記事にするのも新聞の役目よ。見た限りじゃこの事件はまだ記事になっていないし……」
…………。
何か、私は今おかしな事を言ったような。
「……戻るわよ」
「え? ヒメちゃん、ちょっと?」
覚えた違和感を確かめるため、私は菫子を引っ張って天狗の里へと足を向けた。
天狗の里には大規模な印刷所がある。外の世界の技術を参考に、河童の協力を得て作られたものだ。主な刊行物は、もちろん新聞。というか、ほぼ新聞を印刷するために存在するような場所だ。そのため、ここには全ての新聞を総括する管理局がある。定期刊行されている新聞の最新号は、ここで一通りチェックする事が可能だ。
「……やっぱり、無い」
菫子にも手伝わせて確認を終え、嘆息する。
人里で妖怪によると思われる殺しがあり、犯人の正体はようとして知れない。人間のみならず妖怪にとっても捨て置けない事件。特に、妖怪たち全体にとって強い影響力を持つ天狗にとっては尚の事。
そして、被害者の情報は、人里に出向けば容易く手に入る。犯人についての確かな情報は無いとはいえ、記事にするには充分過ぎる情報がすでに存在する。
だというのに、何故、誰もこれを記事にしていない?
人里向けの新聞を刊行している文々。新聞までもが、この事件を扱っていない。
誰もが注目しているはずのこの事件を、捨て置く理由はなんだ?
「姫海棠の」
頭に疑問符を浮かべていると、野太い声で呼びつけられた。
それが上司に当たる人物の声であると、一瞬気づくのが遅れたのは迂闊だった。
「飯綱三郎様! こちらにいらっしゃるとは思いませんでした」
とりあえず言い訳っぽい事を言いつつ背筋を正す。
「こんな所で何をしておる?」
「監視対象が天狗の新聞に興味があるようでしたので」
言い訳をしつつチラと見やると、菫子は文々。新聞のバックナンバーを読み漁っていた。よくやった。
「何か問題がありましたか?」
「……いや」
何やら歯切れの悪い様子だった。菫子の監視を命じたのもこの方なのだが、何か思うところがあったのだろうか?
「まあよい。引き続き監視に努め、何かあれば貴様の判断にて対応するように」
「……? はあ……」
今度はこっちが歯切れの悪い返事をしてしまった。去りゆく背を見送って、新聞を戻す場所を間違えそうになっている菫子を見やる。
考えてみたら、何故この仕事が私に降りてきたのだろう。
監視を名目に私は菫子の側に付いている訳だが、常に目を離さない事が求められているのなら、それこそ千里眼を操る白狼天狗らに任せたほうがずっと良い。菫子は能力こそ常人で無いとはいえ、その身体能力は並だ。逃がさないためだとしても、わざわざ側について常時監視するほどのことでもない。
そもそも、彼女を監禁する事は不可能だ。彼女は自身の見る夢を通じて幻想郷に入り込み、目を覚ます事で幻想郷から外の世界へと帰還するという。その話の真偽はさておき、彼女が忽然と目の前から消える事象を私は体験している。少なくとも、彼女にいかなる拘束も無意味であるという事実は認めなければならないだろう。
ただ見張るだけなら、それこそ側に付かなくても監視できる者に任せるのが一番良い。私に千里眼の能力はない。だから、巫女や仙人がいない隙を狙って彼女を連れ去る必要があった。
……巫女や仙人がいない時を。
彼女を害する目的がある者にすれば、今はその絶好の機会となりうる。
あるいはそれこそが、このタイミングで私に命令が下った理由なのだろうか?
「ヒメちゃーん、戻らないの?」
「ん、あ、そうね、戻りましょうか」
いつの間にか菫子がこちらに寄ってきていた。新聞を読み漁っていたのは、私の用事が終わるまでの暇つぶしだったようだ。
二人で印刷所を後にする。知らず強く握られる拳を、私は意識して解かねばならなかった。
「へー、結構スゴイのね。念写って言ってもほとんど普通の写真と変わらないみたい」
いたって脳天気な様子の菫子にちょっとだけイラッとする。
事件のこと。菫子のこと。スクープのこと。命令のこと。
不可解なことが色々と多く、その不可解がどこかで繋がっているような気もして、しかし、答えに結びつけるには情報が足りない。
喉のあたりで何かがつっかえているみたいな気持ち悪さがあり、だからだろうか、記事の作成は遅々として進まない。
誰もこの事件を記事にしていないのなら、それは大きなチャンスという事ではある。第一報を私が、この花果子念報が獲得できるという事だからだ。
同じ事件を追うのであれば、最初に記事にしたというアドバンテージは非常に大きい。事件について最新の情報を求める者は、自然と最初に記事にした新聞をチェックするからだ。他所が情報量や販路の多さで対抗しようとしても、速度のアドバンテージは揺るがし難い。
それ自体は良い。問題は、記事にしてよいのか? という事だ。
一日や二日ならまだしも、事件発生から一週間以上も過ぎている。この期に及んで誰も記事にしておらず、調査の具合もあやふや。普通であれば、そんな事はありえない。
つまり、普通でない何かが起きている。そしてそれが、事件を記事にしない事の理由であるとすれば、事情を知らない私が記事を発行する事は何らかの問題を招く可能性がある。
「……ねぇ、ヒメちゃんちょっと」
しかし、一体全体なにが起きているのか、というところがどうにも判然としない。やはり事件の裏を探る必要が――
「ヒメちゃんってば!」
「おう!? あー、ごめんごめん、何?」
いけないいけない。どうもさっきから考え事に没頭してばかりで、菫子に注意を払えていない。下手したらこっそり逃げられても気づかなかったかもしれない。
「もー、しっかりしてよ。……で、さ、この写真なんだけど」
そう言って菫子が差し出したのは、私がこの事件にまつわる映像を念写したものだ。つまり、誰かがこの事件に関連して撮影した写真と同じもの。
念写できた写真は、被害者の自宅、寄り付く野次馬、倒れて絶命している被害者その人など色々だ。菫子が手にしているのは、被害者の遺体を写したものだった。見ると、菫子の顔は少し青ざめていた。
「外来人には、死体の写真はちと刺激が強かったんじゃないの?」
「う、まあ……それはともかく、これ、よく見て」
自分が見て青ざめるような写真をよく見てくれとは、随分な話だ。が、菫子が示したのは死体ではなく、その側にいくつか散っている葉だった。
「それさ、ブナの木だよね。この山にいっぱい生えてるみたいだけど」
「? そうね、低山帯を中心に、割とあちこちにある樹木のはずよ」
「……人里にも、ある?」
「いや、ブナは山地に生えるから……」
一瞬、思考が止まる。
それから、ここまで言われないと気づかない自分の頭脳に呆れる。
席を立ち、家の扉を乱暴に開けて地面を蹴る。
これでも烏天狗の私だ。その気になれば、山を超えるなんて瞬きの間に終わる。
見張りの白狼天狗が私を見咎めたようだったが、無視して速度を上げる。
文字通り瞬く間に、私は被害者の自宅屋根に降り立った。
まだ完全に日は落ちていない。黄昏の朱が里の風景を染める。
里の中にも色々な樹木が立ち並ぶ。低地の人里に生える、山とは違った樹木たち。
ブナの木はここには生えていない。
葉が落ちていることも、ない。
ふわりと、屋根から飛び立つ。
徐々に速度を上げる。風をも追い越さんばかりに。
再び私を見咎めただろう見張りの脇を通り抜け、私は白狼天狗の詰め所へ降り立ち、扉を乱暴に開く。
下っ端たちがぎょっとした顔でこちらを見るのに構わず、手近にいた一人を捕まえる。
「犬走椛を呼んで頂戴」
「はっ……犬走様ですか? ええと、いったいどういう……」
鈍い下っ端の肩に、軽く爪を食い込ませる。
「私は呼べと言ったのだけど、貴女には質問して良いと聞こえたの?」
「も、申し訳ありません! すぐに呼んでまいります!」
駆けてゆく下っ端の背を見送り、詰め所の長椅子に腰掛ける。近くに座っていた天狗は恐れをなしたように席を離れ、遠巻きに私を見ていた。下っ端を怖がらせても無意味だが、まあ仕方ない。こういう時に感情を抑えるのが私は苦手だった。
程なく、見慣れた白の装束が目の前に立つ。
「あまり部下を脅かしてほしくはないのですけど」
「私なんかを怖がってちゃまだまだって事よ」
立ち上がり、椛の正面で対峙する。私のほうが若干背が高いので、少し見下ろすような形になる。
「……考えてみたら、当たり前の話ではあったのよね」
怪訝な表情を浮かべる椛に構わず、話し始める。
「情報をいち早く拾い、下っ端にまで周知することで、私たち天狗は社会を作ってきた。今回のような、妖怪全体に関わりうる事件を見逃すなんてあり得ないことだし、出てきた情報を拡散しないのはもっとあり得ない」
事件、という言葉に椛は僅かに眉を引きつらせた。
「それが唯一あり得るのは、身内の醜聞を隠蔽するため」
それでも眼をそらすことは無い椛に、私は一歩詰め寄る。
「下手人は、天狗ね? それも恐らく、白狼天狗」
その言葉に、椛は眉一つ動かさなかった。
周囲の下っ端たちは首をかしげる者、動揺する者、色めき立つ者と様々だった。
反応が一様でない事からして、知っている者と知らない者がいたようだ。
「遺体の側に、人里には無いブナの葉があった。それをわざわざ写真に撮るのは、天狗以外にいない。つまり、あんたらは下手人が山の関係者だと知っていたはず。そこまで分かっていて、なお足取りを掴み損ねる程にあんたたちが無能だとは思わないわ」
「……評価されているのだと思っておきましょう」
「足取りを追えているのなら、その情報が出回らない理由は一つしかない。情報が広まる事が天狗の不利になるから、意図的に隠蔽されたという事。そして、そんな重要な任務は、あんたぐらいの立場でなければ与えられない」
そこで椛が目を伏せ、ふうと息をついた。
「一つ訂正があります」
腕を組み、やや疲れた様子で話し始める。
「私たちはヤツの足取りを、完全には追えていません。ご推察の通り、相手は白狼天狗。それも、警戒網の死角を熟知するそれなりのベテランです。もっとも、未だ巡回任務に充てがわれていたように、あまり優秀とは見られていませんでしたが」
「そんな相手を、未だに捕まえられない、と」
その言葉に椛は返答せず、側にいた下っ端に何やら指示を出した。
慌てて駆けていった下っ端が程なく戻ってくる。その手には、袋に入れられた幾つかの物品。
「件の天狗が残していった物品です。予定を記した手帳、連絡用の笛、普段使いの下駄。このうち下駄は犯行の現場に片方だけが残されていました」
椛は袋を受け取って床に置く。中身は乱雑としており、ペンやら帽子やら色んなものが詰め込まれている。
「こんな物を残していくほどに迂闊な奴です。計画的に逃げる準備をしていたとも思われない。今は普段のヤツの行動範囲を調べ、警戒網の死角をしらみつぶしに探しているところ。確保にそう時間はかからないでしょう」
「時間をかければ他所に勘付かれる危険が増す、と。で? 見つけて、それでどうするの?」
「どうもせん。其奴は最初からいなかった事になる」
割り込んできた声に、下っ端たちがこぞって背筋を正す。
椛はそれにやや遅れて、私はさらに遅れて、声の主を振り返る。
「……飯綱三郎様」
「姫海棠よ。記者魂も結構だが、任務を疎かにするのは頂けんな」
ぐ、と言葉に詰まる。何もないだろうとは思っても、菫子の監視を放棄して良い理由はない。
だが、今ばかりは引くわけにはいかない。
「……真実を伝えるが新聞の役割ならば、これを捨て置いて良いとは思いません」
「貴様が天狗である前に記者であるというのなら、それも良かろう。個よりも全が天狗の信。それを否定し、誠に殉ずるが貴様の望みか?」
「天狗の社会を否定しようとは思いません。ですが、限度があるでしょう。不都合を覆い隠してばかりでは、いずれ覆えぬ程に肥大化して足元を取られます」
「その物言いは些か礼を失するな。貴様は、その思慮なくして我らが決断を下したと思うのか?」
「っ…………」
また言葉に詰まる。今度は、次の句は出てこなかった。
それはそうだ。私ごときが思い至るような事、上の方々が考えていないはずはない。
人里の人間に手を出さないという、絶対の約定を天狗が破った。天狗の地位を脅かしうる一大事だ。当然、有力者が一堂に会して何度も議論を重ねたはず。その末の決断よりも、私のほうがより正しい決断ができるなどと、思い上がる事はできない。
「……他になければ、各員任務に準ぜよ。姫海棠、監視対象はどうしておる?」
「……私の家に。何も問題を起こす様子はありません」
「ならばよいがな。せっかく邪魔がおらぬのだ。今のうちにせいぜい仲良くしておけ」
「…………はい」
くそったれ、と言わなかった自分を褒めてやりたい。
仲良くしておけ、だって? 仲良くするのになんで他の者が邪魔になるのだ。
邪魔、要するに巫女や仙人が側にいない内に、できる事をしておけと。
あいつらが側にいたらできない事をしろと。
手篭めにするか、脅かして手綱を握れ。
できないなら、殺せ。
醜聞は隠さねばならない。
一方で、騒ぎになっているのは都合が良い。今のうちに、後の厄介になりそうな外来人をなんとかしておきたい。
けど、おおっぴらに命令はできない。彼女は博麗の保護対象だ。それを害する命令を下したと知れたら問題になる。
だから、曖昧な命令に含みを持たせ、もし露見しても私の独断専行とできるようにする。
そういうことかい。
冗談じゃない。ふざけやがって。
詰め所を後にして家に戻る道すがら、通りがかる誰もが私を避けるように道をそれた。
それぐらい、私は不機嫌を隠せずにいたのだろう。
「……ヒメちゃん、顔怖いよー」
戻ってみれば菫子にまでそんな事を言われてしまった。
両手で自分の顔を挟んでぐにぐに。眉間をもみもみ。それでようやく、しかめっぱなしの顔がほぐれたような気がする。
「あーあ、組織の一員なんてなるもんじゃないわ」
「なんかサラリーマンみたいなこと言ってる……」
ほぐれたはずの顔がまた渋面を作っているような気がしたが、もういいやと諦める。
結局、件の天狗が何故殺人を犯したのかは分からない。
しかし、理由がどうであろうと、一介の妖怪が人里で殺しをする免罪符とはなりえない。
下手人は秘密裏に処理され、表立っては妖怪に成りかけの半端者あたりの犯行として喧伝されるのだろう。
詳細が明らかになって人々は安心し、事態の収集に一役買ったという事で天狗の評価も上がる。
本当のところは、誰も知る由もない。下手人の思惑も含めて。
「あーやだやだ」
何度目か呟きながら、私は古びた手帳を手に取る。
「ヒメちゃん、それ何?」
「んー? なんか犯人の遺留品らしいわよ」
正確には現場にあったものではなく、下手人が家に残した私物なのだが。
「え、スゴイじゃん。じゃあ犯人ってもう分かったの?」
「……ん、えーと……まあ、近いうちに捕まるんじゃないかなー」
この手帳は椛が見せてくれた物品の中からくすねてきたものだ。
別に、持ってきた事に大した意味はない。新たに調べた所で先に下手人を見つけられるとは思えない。単なる嫌がらせ程度の事だ。
そもそも袋に乱雑に放り込まれていた事からして、すでにこれについての検分は終わっているのだろうし。
「なんか随分適当ねえ……ね、それ、ちょっと借りていい?」
言うが早いが返事も待たずに菫子は手帳を奪い取る。
「……まあ別にいいけど、大した情報は出てこないわよ?」
「ふっふーん、それはどうかしらね」
菫子は何を思ったのか、手にした手帳を開くことはせず、両手で胸に抱えるように持つ。
「試したことは無いんだけど、多分できると思う。いや、できないはずがないのよ。幻想郷に来るようになって超能力の調子も良いし」
「……何の話?」
「超能力の一つにね、物体に秘められた記憶を読み取るってのがあるの。それによって持ち主の体験、行動を調べる事ができる。この能力をサイコ」
菫子が言葉を途中で切った。
急に立ち上がった私が、彼女の肩を掴んだからだろう。
「……メトリー、って、言うんだけど、えーと」
「マジ?」
「……マジ。あの、ヒメちゃん、ちょっと、肩痛い」
疾風を纏い瞬速をもって空を駆ける。それが烏天狗の能である。どこぞのゴシップ新聞記者はとりわけ巧みに風を操るが、そうでない私にしてみても、追跡の眼を振り切る速度で飛ぶ事はできる。
地面のスレスレで急停止。その風圧で木の葉が渦を巻いて高く飛び上がる。
出来得る限りの速度を出した。椛や飯綱三郎様ならともかく、下っ端の白狼天狗では私の姿を捉えられなかっただろう。今しばらくは、ここに追跡の手は及ばないはずだ。
「……し……死ぬかと思った……」
両手を地について菫子がぐったりする。
妖力で風圧からは守っていたはずだが、人の身には体験し得ない速度だっただろうし、目を回すくらいはやむを得ないところだろうか。
「……さて」
眼前に広がるのは、天然の洞穴。入り口は人が一人なんとか潜れる程度。しかし、菫子が見た事が正しければ、内部は入り口よりもかなり広がっているはず。
菫子の言うサイコメトリーなる超能力によって、下手人の手帳から読み取った記憶。はたしてその中に、今持って下手人が身を潜めているであろう隠れ場所の情報は見つかった。下手人はこの手帳を肌身離さず持ち歩いていたらしく、事件に至るまでの彼の行動を詳細に知る事ができた。
まだ少しふらついている菫子に手を貸して立たせ、洞穴の入り口を潜る。
カツン、カツン、とわざと大きな足音を立てて。
すぐに、奥から身を竦める気配。
中は小さな松明で照らされていた。
その側に、人影が一つ。
満足な食事も無いまま何日も過ごしたのだろう、頬は痩せ衣類は薄汚れていた。
弱々しい瞳で侵入者――私たちを見つめている。
人間の、女。
「花恵、でよかったかしら」
私のかけた声に、女はびくりと身体を震わせた。
その名前は、彼女が客を取る時に使っていた名前だ。
今事件の被害者である女衒の男性。
彼は身寄りのない女性らを囲って客を取らせてはいたが、女の扱いはあくまでも丁寧で必要以上の無理をさせない、この手合にしては比較的まともといえる男だった。
しかし、ある時から人が変わったように凶暴になり、表の顔であるはずの銭湯を閉めて日夜女たちを酷使し、悪い客に当たって手ひどく扱われる者も増えた。娘たちは心身ともにボロボロになり、倒れる者も何人も出た。
彼女もその一人であり、扱いに耐えかねて逃げ出したのだった。
逃げ出したはいいが行く宛もない彼女。少し考えれば里の中にも逃げ込むべき場所はあったのだろうが、道具のように扱われ尊厳を踏みにじられ続ける日々は正常な判断力を失わせ、彼女は里を出て妖怪の山へと踏み込んでしまった。
その時に見張りに出ていたある天狗が、彼女を見咎めた。本来ならば攫って食うなり、気が向けば人里へ返したりするところ、尋常ならざる様子を見た彼は事情を聞くことにした。そして、その境遇に同情した。
天狗は女――花恵を秘密の隠れ家に案内し、自身は夜の闇に紛れ女衒の元へ向かった。人外の姿をもって脅かし、日々の振る舞いに反省を促して女たちの扱いを改善させる腹積もりだった。ところが、天狗を前にした女衒は怯えるどころか騒ぎ始め、天狗に対して掴みかかるという行動に出た。
常軌を逸した様子の女衒に対し、天狗は逃げることもできた。もとより里からは遠い妖怪の身。離れてしまえばそれで、少なくとも自分の身は安全になる。
しかし、天狗はそうしなかった。逃げては花恵を助ける事ができないと思ったのだろうか。暴れる女衒を押さえつけ、ついには首を絞めて殺してしまった。
人里の襲撃はご法度。ましてや忍び込んで中の者を殺すなど、露見すれば天狗全体の地位を脅かす大罪だ。
天狗はしばし呆然と死体を眺め、下駄を片方落とした事にも気づかないほどに狼狽したまま、その場を後にした。
「……最初は、出頭して罪を洗いざらい白状するつもりだったのかもしれない。しかし家に戻ってから、彼は自分の異変に気がついた。まともにものを考える事ができなくなっていく間隔。己が己でなくなっていく間隔。彼は事態に慄きながら、回らぬ頭で必死にここへと戻ってきたのでしょう。一人残してきた女を気にかけて」
傍らに座り込む花恵が息を呑む音が響いた。
そのまま、私はさらに奥へと踏み込む。
がち、がちと金属の鳴らす音。
全身を鎖で岩に巻きつけた姿は、恐らく自分で自分を拘束したのだろう。
血走った眼の奥は暗闇であり、そこに理性の光はない。爪が鉤爪のように伸び、痩せこけた頬も手足も変色して黒ずんでいる。
かつて天狗だった男の、成れの果て。
「怨霊に憑かれると、妖怪はその本質を変化させられる。別個の存在へと成り代わってしまう。人間の場合は肉体が変化したりはしないけど、まるで別人となってしまうのは同じ事。かつてこいつに取り憑かれ、女衒は人が変わったように冷酷で凶暴になった。そして、それを殺した事で、今度はこの男が怨霊に取り憑かれた。花恵を襲う前に自らを拘束したのは、最後の抵抗という事なのでしょうね」
「……あ、の」
花恵の声は、蚊の鳴くようにか細く弱々しいものだった。
「……彼を……どうするんですか。お願いです……彼を……殺さないで」
「それは私じゃあなくて、怨霊に言うべきだった。聞くわけ無いだろうけれど」
花恵がはらりと涙を零す。何とはなしに、理解はしているのだろう。
自分を救ってくれた男が、もうどこにもいないのだという事を。
若い娘だった。子供と言ってもいいかもしれない。小さな体躯は労働に難儀するだろうし、境遇を思えば学を修める機会もなかったのだろう。同情する気持ちも、分からないではない。
そんな事を考えていたのが悪かったのだろうか。
ほんの一瞬、反応が遅れてしまった。
鎖の拘束を引きちぎった男が、菫子へと飛びかかるのに。
「菫子!!」
とっさに声を上げたのと、どちらが早かったか。
男は左の貫手を、まっすぐに菫子の顔めがけて繰り出した。
鎖の拘束は、限界まで引き絞られた弓。
貫手はその矢となって、鋭い音と共に洞窟の壁へと突き立った。
「…………っ」
びしり、と岩壁にひび割れが広がる。
菫子の顔は、その貫手の軌道からぎりぎり横に逸れていた。
周囲に広がる、景色を歪ませる力場のようなもの。それは菫子の超能力だ。菫子がとっさに展開し、攻撃を僅かに逸らしたのだろう。
男が次撃を構える。だがそれよりも早く、私の手が男の首に届く。
加減なしに力いっぱい引き込み、男の身体が浮いて反対側の壁に叩きつけられた。
はあ、と息をつく。
菫子はへたりと座り込んだが、外傷は無い事を見て取る。
先程まで男を拘束していた鎖を見やる。
引きちぎるというより、拘束自体がすでにかなり緩んでいたようだ。
力づくで振りほどく事は、多分、難しくない。
男は花恵には目もくれず、菫子へと襲いかかった。
怨霊は人間の悪意の塊であり、人間を強く憎悪する。怨霊に憑かれたこいつもまた、同じはず。
それでもこいつは、花恵だけは襲わずにいたのだ。この有様となってもなお、鋼の意思によって。
「……あんたは、立派な天狗ではなかった。でも、立派な男だったのね」
だけど、私はあんたに何もしてやれない。
それを言葉にする事もできない。
ぐ、と歯噛みして、男にかざした手を握る。
その動きが生み出した小さな空気の渦が、どんどん大きくなっていく。やがてそれは風と、疾風となり、渦の中に無数の真空波を生み出す。
その内に巻き込んだ男の身体を、切り裂き、引きちぎり、無数の肉片へと変えながら、風は真紅の台風となって立ち上った。
長く、長い悲鳴が洞穴の中を満たした。
それに続いて、パタリと人の倒れる音。花恵が失神して倒れた音だった。
恩人が細切れになり、おびただしい量の血溜まりと化す姿は、生半可なショックではないだろう。
私だって、できるなら生命を賭けてでも阻止したいと思う。
だけど、まだ終わりじゃない。
「触るな!!」
ふらつきながら花恵の元に歩み寄った菫子に、鋭く言い放つ。
菫子は大げさなくらいに驚いて、差し出そうとした手を引っ込めた。
「……怨霊は由を辿る。家族、宿敵、恋人、師弟、そして恩人。正規の手順で祓われない限り、由を通じて人々の間を漂い続ける」
ガクン、と花恵の身体が揺れた。
そのまま、痙攣するように大きく身体を跳ねさせる。
「こいつの元を離れれば、当然、次はそっち」
きぃぃ、と甲高く不快な音が花恵の喉から漏れた。
ぐるんと目を剥いて、ゆっくりと立ち上がる。明らかに、正気ではない。
「ヒ、ヒメちゃん、これって」
「離れなさい!」
さて、とは言ったもののどうするか。
ここまで完全に憑かれていると、押さえつけるのも困難だ。腕の一二本を折った程度では駄目かもしれない。
……いよいよとなれば、殺すしかないか。
よだれを垂らし唸り声を上げ、花恵がこちらに向き直る。
今しも飛びかからんとして、牙を剥く。
その瞬間、視界の端が、高速で飛来するお札を捉えた。
それは花恵の周囲に展開し、地面に方陣を描き出す。
お札がそれぞれ光を放ち、地面から立ち上って光の檻を成す。
その中に囚われた花恵が頭を抱えてうめき出す。その背から黒い影――怨霊が少しずつ引き剥がされてゆく。
やがて花恵が倒れ、引き剥がされた怨霊は怨嗟の声を放ちながら、光の中に溶けるように消えていった。
「……随分と遅い到着だこと」
知らず低くなった声を、入り口の方に向ける。
札を放った巫女――博麗霊夢は、険しい顔でこちらを睨んでいた。
傍らの菫子をちらりと見て、またこちらに視線を送る。
その背後から、霊夢より頭一つ背の高い女性。山の仙人、茨歌仙だ。更に後ろには椛の姿も見える。
皆が一様に険しい顔をして、私を睨んでいた。多分、その顔の理由はそれぞれ違ったのだろうけど。
巫女と仙人は、それぞれ天狗を見張っていたらしい。巫女は勘で、仙人は状況を推理して、天狗を怪しんでいたようだ。
警戒態勢を取る白狼天狗たちに動きがあった事を察知し、陣頭指揮を取る椛を捕まえて同行したのだった。
しかし実際には、それを出し抜いて現場に駆けつけた私と菫子によって、すでに事態は収まりつつあった。
怨霊に取り憑かれていた女衒によって、苦しめられていた一人の娘。
同情したある野良妖怪が、女衒を殺す。
それによって怨霊に取り憑かれた妖怪が、山に隠れ潜む。
そして、居場所を突き止めた私――姫海棠はたての手で葬られた。
怨霊は今度は娘に取り憑いたものの、駆けつけた博麗の巫女によって祓われた。
野良妖怪の正体が天狗であったという事を除き、ほぼ事実に沿って語られた物語。
腑に落ちない点はあるだろう。巫女も仙人も訝しむような顔をしたが、それ以上は椛に聞いてくれと投げた。
おおよそ、想定通りの結果となったのだ。疑惑を向けられても誤魔化すための言い訳はいくらでも用意しているだろう。
何しろ、死体は細切れの肉片だ。もう確認する術は無い。
永遠亭に運ばれて介抱された花恵は、程なく目を覚ましたが、ショックでひどく混乱していた。どうにも記憶が曖昧になっているらしい。
彼女は恐らく、自分を助けてくれた相手が天狗だと知っている。しかし、この分では彼女から真実が広まる事もなさそうだ。大天狗様の神通力を頼る必要も無いだろう。場合によっては口を封じねばならない可能性もあったのだから、多分、これが一番良い。
私は自前の手帳を眺める。事の顛末が一通り書き記されている。
そのページを束ねてちぎり取り、赤々と燃え上がる目の前の焚き火にくべた。
結局、私も天狗の一員だ。それ以上でも、それ以下でもない。
上も下も、そのようにある事を定められた歯車でしかない。そうやって私たちは生きている。
「……あー、焚き火してる」
いつものような、いや、そのように装った声音で、菫子が声をかけてくる。
声もに表情にも、隠しきれない憔悴が窺えた。
「焼き芋あるけど、食べる?」
「いやー……さすがにちょっと、しばらく食欲わかない」
軽く口元を押さえて菫子は言った。
事件は終わった。だけど、一つだけ、胸の中で片付かずに渦巻いている想いがある。
霊夢から菫子と一緒にいる事を問いただされて、その時に聞いた話によると、彼女は幻想郷に入ってきた時に妖怪に追い回されたそうだ。
命の危機を感じて逃げ回り、そのあと霊夢と戦ったりして、なんやかんやあって今に至る(この辺はあまり詳しく聞けなかった)。
そして、とんでもない話だが、こいつは自分から幻想郷に入ってきたのだそうだ。人間でありながら。
私の家で呑気に新聞を読み漁っていた姿。
殺人事件を喜々として捜査に乗り出す姿。
悪霊に憑かれた天狗の一撃を、とっさに回避してのける姿。
そして今、私の前で憔悴した姿を見せる。人の姿を取った者を、バラバラに切り刻んで殺傷した私の前で。
「……あんたさ、ここに来るの止めたら?」
「え?」
「いつか死ぬわよ。今日だって危なかったじゃないの」
こちらを見返す菫子の目には、疲れといくらかの怯えが窺えた。
「うー……気が滅入ったのは事実だけど、でも駄目よ」
菫子はやおら立ち上がると、鼻息も荒く真っ直ぐに前を見つめた。
「神秘を暴くのが私の、秘封倶楽部の使命だもの。こんな事で参ってられないわ!」
……ああ、やっぱりそうなのか。
この娘は大胆だが、恐れを知らないわけではない。
恐れによって足を止める事が、できないだけなのだ。
誰にそっぽを向かれても、ただ神秘を追い求める。
己の身に迫る危機さえも、その歩みを止める理由とならない。
この若さにして、彼女は自分が何者であるのかを、定義してしまっている。
それに殉ずると、決断してしまっている。
それは、狂気だ。
そう思えば、彼女が人と違う能力を身につけているのも、その狂奔の結果なのではないかと思える。
実際に、彼女は結界を飛び越えてしまった。自在に幻想郷に踏み入る能力すらも、身につけてしまった。
彼女が持つ外の技術は、妖怪たちのパワーバランスを崩しうる。
外とここを行き来する彼女の能力は、幻想郷の存在が露見する可能性を孕む。
その事実以上に、この狂気こそが、彼女の存在が危惧される最大の理由ではないのか。
それを考慮して、私は決断を下さなくてはならない。
私は、こいつを、殺すべきなのではないか?
秘密を暴く事は、嘘と欺瞞を許さない事は、幻想郷の存在を否定するに等しい。
組織の一員として、それ以上に幻想郷の一住人として、生命を賭けてでもこいつを排除するべきではないのか。
「…………? ヒメちゃん?」
ぐい、と顔を覗き込む。
菫子が狼狽して下がると、同じだけ前に出て距離を詰める。
何度かそれを繰り返すと、菫子の背中が樹木にぶつかる。
下がれなくなった菫子の顔に、さらに近づく。息が触れるほど、鼻先がこすれるほどに。
「……あんたさ」
口を開くと、菫子は目に見えて動揺した。
じっと、私の次の句を待っている。
「意外と可愛い顔してるわね」
「…………はあっ!?」
頬を染めた菫子の顔から離れる。
「な、な、何言ってんの急に!」
「いやあ、妖怪的には攫うなら美人の方が良いし、考えてみたら割と役得だったかなあ、と」
「女の子同士じゃないの!」
「妖怪って精神的な存在だからねえ。その辺わりとどうでもいいっていうか、せっかくだし今からでも……」
「ぎゃー、助けて霊夢さーん!」
逃げ出した菫子の背に、カラカラと笑い声を送る。
私は組織の一員で、歯車の一つだ。
だけど、それだけが私の全てではない。
それを疎む私も、またここにいる。その私は、革新を求めている。
この決断は、幻想郷を壊すだろうか。
私は滅びの道を選んだのだろうか。
それまでのあり方を否定して、誰かを助けようと思って、生命を落とした天狗のように。
先のことは分からない。だが、彼女の存在は何かを変え、何かを壊すだろう。
それを知ってなお、私は彼女を止めない事を選んだ。彼女を守る事を。
そのためになら、狂人とも呼ばれよう。
神秘を求めて結界をも超えた彼女のように、信じよう。
全ての過ぎ去ったものたちは、未来を創造することによって救済されるのだと。
はたてが活力的で、格好良かった。わがままを言えば、女を助けた白狼天狗に、恩赦と慈悲が欲しかった。面白かったです。
最初から最後まで動き続けるはたてがかっこよかったです
謎に迫っていく過程も緊張感がありました