「お燐は、覚り妖怪である私のこと、どう思っていますか?」
地霊殿の自室で、飲みかけの紅茶を片手に、私は、お燐こと火焔猫燐に問いかけました。
「へ?」
予想外の質問に戸惑うお燐。
いきなり呼ばれて、こんな質問をされたんですから、当然の反応でしょう。
『なんでこんなこと聞くんだろう?』という心の声が、少し遅れて聞こえてきます。
「なんで――
「少し、思うところがありまして」
心の声をそのまま外に出そうとしていたお燐を食い気味に制し、私は続けます。
「正直に、答えてくれませんか?……まあ、答えなくとも同じですが」
私は心を読む覚り妖怪。嘘や虚言は通じません。
お燐もそれをわかっているので、背筋をビンと震わせます。
緊張したり、びっくりした時のこの子の癖です。
「ええっと、さとり様のことは、その……」
どうやら、自分の感情を言葉にするのに苦戦しているみたいですね。
彼女から読み取れる感情は、『親愛』、『尊敬』、そして、それにコーティングされた少しの『恐怖』。
……そうですね、言葉にするならさしずめ、
「『好きでいたいけど、やっぱり少し怖い』ですか、ありがとうございます。私は嬉しいですよ。お燐のその気持ち」
私に、そんな好意的な感情を向けてくれる相手なんて、今まで何人居たでしょうか。
彼女はネガティブな言葉を使うのが苦手な優しい子だから、私に向って『怖い』とは言わず、もっと別の言葉を探していたようでした。
自分のためではなく、ちゃんと私のために。
けれどそんな彼女の努力を私が断ち切ったのは、どうしようもなく彼女が苦しんでいたから。これ以上見ていられなかったから。
「ち、ちが……わないです、けど」
「すみませんねお燐、こんなことで呼び出してしまって。仕事に戻っていいですよ」
「……はい、さとり様」
心にもやもやした何かを残したまま、部屋を出るお燐。
さすがにここまで抽象的な心情は、私にも翻訳できませんでした。
無理やり言葉にするなら『悔しさ』に似た何か、でしょうか。
もう少し話をすれば、そのもやもやの正体をつかむことができたでしょう。
ですが私は、これ以上、お燐と向き合うことを避けたかったんです。
少しだけ、彼女に嘘をついてしまいましたから。
正直に言うと、結構期待していました。
この力のせいで、皆から避けられている私ですが、それでもお燐なら、と。
そうですよね、怖くないわけ、ないですよね。
心を見透かされるのが、怖くない人なんて、何も考えていない人か、純粋無垢な人だけ――
『その通りよ。流石、会話いらずね!』
『いいじゃねえか。心が読めるのは本当みたいだな。今はもう戦う事しか考えてないぜ!』
脳裏に蘇る、あのときの人間の言葉。
私に期待を抱かせた、あの二人の言葉。
紅白のおめでたい服装をした巫女、博麗霊夢と、
白黒のいかにもな服装をした魔法使い、霧雨魔理沙。
二人とも、何も考えていないわけではないし、まして純粋無垢だなんてとんでもない。
平気で、倒すとか盗むとか、そんな欲にまみれたことを考えるくせに。
でもなぜか、私が心を読む妖怪だと知っても、あの二人は恐れなかった、嫌わなかった。
片方なんか、「会話する手間が省けて楽」だなんて、本気で思ってる。
そんな人間がいるんだって知ったら、期待しちゃうに決まってるじゃないですか。
……本当に、どうして?
まだただの猫だったころからの付き合いであるお燐ですら、怖いと思っているのに。
100歩譲って、霊夢さんはあのマイペースさですし、私に心を読まれることなんて気にしてないとしましょう。
でも、魔理沙さんはそうじゃない。
異変の時、彼女は、私に心を読まれることに対して、よくない感情を抱いていました。
なのに、それが私に対する恐れだとか嫌悪だとかに繋がらない。
こんな人、今まで見たことありません。
……もう一度会って、話をすれば、その理由がわかるんでしょうか。
そう思ったら、体が自然と動いてしまいました。
飲みかけの紅茶を、そのままにしてしまったと気づいたのは、地霊殿を出た後のことです。
コン コン コン
私は、霧雨邸のドアに、規則正しくノックをしました。
人里で、魔理沙さんの家が魔法の森と呼ばれる場所にある、という情報を手に入れて、探し回りました。
人里では、たいていの人が魔理沙さんを知っていたみたいなので、情報収集自体は簡単でした。そこから魔法の森で魔理沙さんの家を探すのに時間がかかりましたが。
魔理沙さんって、人里じゃ人気者なんですね。私とは正反対。
だからこそ、私には彼女のことがわからないのでしょうか。
少しして、「キィィ」と音を立ててドアが開きました。
「誰だ?呼びかけもなくノックするだけなんて、よほどの珍客と見たぜ」
「こんにちは、魔理沙さん」
魔理沙さんは私の顔を見た瞬間、大層驚いた、という顔をしました。
どうやら私のことを覚えてくれていたみたいです。
『あ、地底のときの、えっと、たしかナメクジ――』
……。
「ナメクジじゃありません。古明地です。こ・め・い・じ・さ・と・り。どこをどう間違えたらそうなるんですか。」
「いや、だって――
「『ナメクジみたいに陰湿な奴だったから』って、いくら何でも失礼じゃありません?」
「おお、懐かしいなこの感じ。地底異変以来だぜ」
ナメクジみたいだなんて言われて、さすがの私も傷つきました。いや、言われてはないんですが。
まあ、異変の時にきちんと名乗っていない私も悪いといえば悪いんですけど。
それにしても「懐かしい」ですか。どうやら、彼女にとっては地底異変も、私と話したことも嫌な思い出ではないようです。
あの時はただ単に異変でテンションが上がっていて、私に対する恐怖を忘れていた、ということもあり得ると思っていました。
しかし、どうやらそうではないようです。
「今日は魔理沙さんに聞きたいことがあって伺いました」
「なに?お前が私にか?」
「はい、今日はそのことを聞くために、ここまできたんです」
「ほーう、あんまり積極的な奴じゃないと思ってたんだが、そうでもないのか?それとも、それほど大事なことなのか?」
「後者ですよ。私、陰湿なナメクジなので」
「そいつは気になるな、よし、質問することを許可するぜ」
魔理沙さんの期待が、だんだん膨れ上がっていきます。そのたびに、
『面白そう』『退屈してたしちょうどいい』『面倒ごとなら霊夢に投げよう』
そんな思考が次々と流れていきます。
やっぱりおかしい。
私には、その欲にまみれた思考も、全部筒抜けだって知ってるはずなのに。
普通なら、知られたくないことのはずなのに。どうして?
「どうして魔理沙さんは、私を嫌わないんですか?」
意を決して、私は質問を投げかけました。
「は?」
それを聞いた魔理沙さんは、口を「は」の形にしたまま固まりました。
どうやら思考が完全にフリーズしたようです。
……よっぽど予想外だったようですね。
「……それだけ――
「それだけです。これと別に本題なんかありませんし、何かの前提の質問でもありません」
数瞬の後、氷河期を脱した魔理沙さんの思考を先に制して、質問に答える様に促します。
「そんなに大事なことなのか?」
しかし、魔理沙さんは私の質問の真意を測りかねているようで、さらに質問を重ねてきました。
彼女の心にあるのは、だたひたすら戸惑いと疑心ばかり。
真意も何も、そのままの意味なんですが、彼女は心が読めるわけではないので、言葉にして言わなければなりません。
「はい、私にとってはとても。魔理沙さんは、心を読まれることに関しては、ある程度の嫌悪感を抱いている。それなのに、その大本の私には、そういう感情がない。どうしてですか?どうしてそんなことができるんですか?」
どうしてって言われてもな、と魔理沙さん。
ようやく私が真面目にこの質問をしているのだと理解してくれたようで、顎に手を当てて考える仕草を見せてくれます。
しかし頭の中では言葉にならない何かが煙のようになんとなくそこにあるだけ。
もうすでに、言葉にできない領域では、私も覗けないような心の奥底の無意識では、答えは出ているのでしょう。
しかし、それを言葉として自覚できる形にするというのは、無意識という広大な海から一つ一つパーツを選んでつなぎ合わせるような、
それはもう大変な事なのだと、悩んでいる魔理沙さんを見て初めて理解できた気がします。
「えっと、だな」
まだ、魔理沙さんの心にあるのは、言葉にできないもやもやだけ
そんな状態から、どうやら彼女は話し始めるようです。
先が読めない話なんて、いつぶりでしょうか。
「まず、お前の言う通り、心を読まれることは、私はあまり好きじゃない。私だって人間だ。知られたくないことの一つや二つあるさ。それを表に晒されて、いい気分にはならんな」
私にというより、自分に言い聞かせるための事実確認。
少しずつ、魔理沙さんのもやもやが輪郭を帯び始めてきました。
「お前に隠し事したってしょうがないから言うけど、私だって落ち込むことくらいあるんだよ。魔法の研究が滞ったときとか、霊夢に弾幕ごっこでコテンパンにされたときとかな。
そういう時は特に、誰にも見られたくないって思うね。でも、そんな私がいなかったら、今の私にはなれなかったわけだ」
輪郭は明確になっていき、ついには私でも言葉にできるくらい明瞭なものになりました。
私には、これから魔理沙さんがなんと言うか大体わかります。
一言一句違わないとなると難しいですか、要点は外さないでしょう。
いつもの私なら、ここで『わかりました。もう結構です』と言って切り上げていたはずです。
しかし今回は、そんな気になれませんでした。
ここでそれをしてしまうのは、なんだかすごくもったいないことのような気がして。
「そんな感じでさ、今までの全部が、今の私に繋がってるんだ。覗かれるのは趣味じゃないが、嫌いになったりするほどじゃないぜ」
ほんの少しの恥ずかしさを見せながら、魔理沙さんはそう言い切りました。
それは、私が事前に想像していた言葉とは、少しだけ違っていました。
眩しさを湛えたそれは、私の心に震えを伴って響き渡り、小さな陽だまりを作ります。
面と向かって、嫌いじゃないって言われることが、こんなにうれしいことだったなんて。
今更ながら、もったいないとなんとなく思っていたわけがわかりました。
私は、魔理沙さんの言葉で、その気持ちを聞きたかったんですね。
「あっ」
私の脳裏に蘇るのは、地霊殿で見たお燐との一件。
お燐はあの時、必死に気持ちを伝えるための言葉を探していました。
見ていられないからと、その気持ちを勝手に言葉にしてしまった私は、もしかしてとんでもない事をしてしまったんじゃないでしょうか。
あんなに必死に、伝えようとしてくれたのに、それを私はひょいっと取り上げてしまったんじゃないでしょうか。
お燐が最後に見せたあのもやもやした気持ちは、自分の言葉で伝えられなかったという悔しさではないでしょうか。
考えれば考えるほど、その通りな気がして、いてもたってもいられなくなってきました。
早く地霊殿に帰って、謝らなきゃ。
と、そこまで考えて、こちらをのぞき込んでいる魔理沙さんに気が付きました。
どうした?と魔理沙さん。
「魔理沙さん、素敵な答えをありがとうございます。真に申し訳ありませんが、地霊殿に急用ができましたので、私はこれで」
「案外あわただしい奴だな、そのうち禿げるぜ」
「そしたら、妹とおそろいの帽子でもかぶりますよ」
最後にそんなやり取りをして、私は霧雨邸を後にしました。
地霊殿のさらに地下、灼熱地獄にて、怨霊の管理をするのが、お燐に私が与えた仕事です。
ただでさえ地霊殿という建物は広いのに、その地下はそれ以上で、それこそその中からお燐を探すという行為は、
お世辞にも体力があるだなんて言えない私の息を切らす程度には重労働でした。
灼熱地獄の名を冠しているだけあって非常に熱く、それが輪をかけて私の体力を奪っていきます。
それでもなお、私は走り続けます。
彼女に会って、ごめんなさいを伝えるまでは止まるわけにはいかないという使命感が、私を突き動かします。
そして、そろそろ肩で呼吸をするのも苦しくなってきたあたりで、身に覚えのある黒いワンピースのような服装が目に留まります。
ようやく見つけました。ぜえぜえと息を吐きだす私に気付いたお燐が、こちらを振り返ります。
見つめあってしばらく沈黙が続き、その間お燐は、息を切らしていた私を心配してくれたり、
どうしてここに来たのかを考えたりしていましたが、何一つとして言葉を発しませんでした。
私が話し出すのを待っているようです。
「お燐」
「さとり様、あの、」
お燐はうつむいてそう答えます。どうやら私がここに来た理由は、今朝の質問にあると思っていて、
それについてはその通りなのですがどうやら彼女は自分が悪いことをしてしまったと思っているようで、
私が怒っているんじゃないかなんて見当違いの心配をしているみたいです。
謝らなきゃいけないのは私のほうなのに、このままだと先にごめんなさいを言われてしまいそうで。
でもそれだけはダメだと思った私は、つかむには少々高い位置にある肩の代わりに彼女の両手を握って、お燐、ちがうの、とまくし立てます。
「謝るのは、私のほう。ごめんねお燐、ひどいこと、しちゃいましたよね、私、あんなに一生懸命、言葉を探してくれていたのに」
「え……っと、怒って、ないん、ですか」
私を怖いと思ってしまったことを、と心の中で続けるお燐。
怒るわけないじゃないですか。仮に私のことなんて大っ嫌いなんて言われたとしても、怒れるわけないじゃないですか。
思えば私は、お燐が妖怪になったあたりから、あまり話という話をしてこなかったと思います。
話せば嫌われると思ったから、人の心と言葉を備えた彼女と話せば、拒絶されると思ったから。
だから彼女は、私のことを知る機会なんかほとんどなくて、心を読める私だけが、彼女のことを知っていて。
だからそんな私を、彼女が怖いと思うのも、怒っているんじゃないかなんて見当違いの心配をするのも当たり前のことだったんです。
私が、彼女と言葉を交わしてこなかったから。
「怒ってなんかないですよ、嬉しかったって言うの、本当ですから。……でも正直に言うと、少し寂しかったんです。お燐にも、怖いと思われているんだなって。
でも、当然ですよね、私、自分のこと、ほとんどお燐に話してないのに、それでもわかってもらおうだなんて勝手なこと、思っていたんだから」
「あの……」
「今朝の続きを、聞いてもいいですか?」
「つづ、き?」
「お燐は、私のこと、どう思っているんですか?お燐の言葉で、聞かせてください」
きっと私は、今とてもひどいことをお燐に強いているのでしょう。
終わったはずの問答を掘り起こして、結論が一度出たそれをもう一度だなんて。
それにこれは今度こそ、怖いという気持ちを言葉にして私に伝えろと言っていることに他なりません。
私には筒抜けの感情を、私の前で言葉にしろだなんて。
あまつさえそれは愛の告白のような甘ったるいものでは決してなく、どう取り繕ったって殺傷力を隠し切れない恐怖という感情で。
つまり私はお燐に、『私を傷つけるかもしれない言葉を、そうと知りながら私の前で言ってほしい』なんてふざけたことを言っているのです。
彼女からすれば、突然私を傷つけてほしい、とナイフか何かを渡された感覚に近いでしょう。
優しい彼女にとって、それは耐えがたい苦痛なはずです。
それでも私は、お燐の言葉を聞きたいんです。聞くためにここに来たんです。
魔理沙さんが教えてくれました。心を読むだけじゃわからないことがあると、言葉にしなければ届かないことがあると。
「すぅ~、はぁ~」
覚悟を決めるために深呼吸をするお燐。
彼女の心にあるのは、今朝とほとんど同じ、けれどほんの少しだけ違う感情でした。
それはもうすでに私でも言葉にできるもので、しかし私は何も言わず、お燐の言葉に耳を傾けます。
果たして彼女は、どのような言葉を選ぶのでしょうか。
「さとり様のこと、怖かったです。今まで、ほんの少しだけ。でもそれ以上に好きですよ、あたいは。今日ここで話してて、思い出しました。そういえばこの人は、寂しがり屋だったなって。
今朝の質問、受け入れて、ほしかったんですよね。怖くないって、言ってほしかったんですよね。でも、すみません。やっぱり心を読まれるのは、怖いです。
それでも、さとり様のことはもう怖くないです。これが今のあたいの、素直な気持ちです。」
涙が、出そうになりました。
自分の心が、とても温かいもので満たされていくのを感じます。
それは確実に、私が望んだ言葉ではなかったはずなのに。
心を読むことも含めて、受け入れてほしいなんて思っていたのに。
お燐の言葉は、私が今朝お燐に期待していた言葉なんかよりもずっと暖かいものでした。
「嬉しいです。今度は一欠片も、嘘じゃありません。ありがとう、お燐。私もあなたのこと、大好きよ」
「へへへっ、なんだか照れますね。」
久しく見ていなかったお燐の笑顔。そういえば彼女は、こんな風に笑う子でしたね。
それを見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってきます。
言葉を交わしあうという行為は、私が本来必要としないそれはしかし、心を読むよりずっと多くのことを伝えてくれる。
私が魔理沙さんの言葉を最後まで聞きたいと思ったように、お燐が私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ感情の形を変えたように、なにより私がお燐の言葉を聞いて、こんなにも嬉しいように。
言葉というのは、相手の心を動かす力を秘めた、とても尊いものなのだと、私は知りました。教えてもらいました。
お燐の中にはまだ、心を読まれることに対する恐怖が残っている。
けれど、たくさん言葉を重ねていけば、それはいつかきっと別の何かに変わるんじゃないかって、彼女の笑顔をみて、そう思いました。
青空9割、雲1割という晴天の中、私は、博麗神社を訪ねていました。
慣れない直射日光が、容赦なく私を貫きます。
「あんた、アレよね、地底の、たしかナメクジ――
「古明地です!こ・め・い・じ・さ・と・り!2人そろって同じ間違いをしないでください」
「2人?まあ、どうでもいいけど、何の用よ」
「霊夢さんとお茶でも飲みながら世間話をと思いまして」
「帰れ、というかさりげなくお茶を要求すんな、帰れ、こっちは暇じゃないのよ」
「さっきまでそれはもう暇そうに空を眺めていた人が何を、心配しないでください、何か企んでるとかじゃなくて、ただ純粋に話がしたいだけなんですって」
「だとしてもお断りよ。あんたと話すことなんて何もないじゃない」
「まあまあ、そう言わずお願いしますよ、今日はそのために来たんですから」
「い・や・よ。あんたが私に何を期待してるか知らないけど、そうゆう気分じゃないの、今は。だから帰れ」
「……なんというか、不思議な人ですよね、霊夢さんって」
「ああん?いきなり現れて話をしようだなんて言ってきてあまつさえお茶まで要求するような奴が、どうゆう思考回路をたどれば私を変人扱いできるわけ?」
「私、さっきから拒絶の言葉しか言われてないはずなのに、そしてそれはあなたの本心であるはずなのに、何故だかちっとも嫌な気持ちになりません。どうしてでしょう?不思議ですね、霊夢さんの言葉は」
「なにそれ?ほめてるわけ?けなしてるわけ?ってかそれ、あんたが図々しいだけでしょ、私のせいみたいに言わないでよ」
「褒めてますし、私はこれでも結構繊細ですよ?」
「はっ!どの口がそんなこと、繊細な奴ってのはね、神社に来てお賽銭の1つも入れずにお茶をねだったりしないのよ」
「では、お茶はいりませんので話をしましょう?」
「そういう問題じゃないっての!ってかあんた、私の心読めるんでしょーが、帰ってほしいってのがわかんないわけ?」
「わかっていますよ。でも霊夢さんと話していると、なんだかここにいてもいい気がして」
「……ねえ、確認してもいい?私、帰れって言ったのよ?なんで逆の意味になるわけ?」
「だって、口でも心でも帰れ帰れといいながら、こうして私と話してくれるじゃないですか。それはつまり、無理やり追い出したり、無視したりするほど嫌じゃないってことですよね?」
「……あんた、異変の時と比べて、なんか変わった?私の中じゃ一日中しかめっ面してたイメージなんだけど」
「そうですか?そうかもしれませんね。最近とても嬉しいことがありまして」
「そ、よかったじゃない。ってことで帰ってくれない?」
「釣れない人ですね。まあわかりました。今日のところは帰りますよ」
「急に聞き分けが良くなったじゃない。初めからそうすればいいのよ」
「でも私、また来ますから、今日霊夢さんと話して、もっと霊夢さんの言葉を聞きたいと思いました。乱暴だけど、不思議と柔らかいあなたの言葉を」
「……はあ、よくわかんないけど、来るなって言っても、どうせ来るんでしょ?」
「ええ」
「それじゃ、今度はお茶菓子の一つでも持ってきなさい。そしたら、お茶1杯分くらいはあんたとそのくだらない問答をしてあげるから」
ちりん、と風鈴の鳴る音が聞こえました。
地霊殿の自室で、飲みかけの紅茶を片手に、私は、お燐こと火焔猫燐に問いかけました。
「へ?」
予想外の質問に戸惑うお燐。
いきなり呼ばれて、こんな質問をされたんですから、当然の反応でしょう。
『なんでこんなこと聞くんだろう?』という心の声が、少し遅れて聞こえてきます。
「なんで――
「少し、思うところがありまして」
心の声をそのまま外に出そうとしていたお燐を食い気味に制し、私は続けます。
「正直に、答えてくれませんか?……まあ、答えなくとも同じですが」
私は心を読む覚り妖怪。嘘や虚言は通じません。
お燐もそれをわかっているので、背筋をビンと震わせます。
緊張したり、びっくりした時のこの子の癖です。
「ええっと、さとり様のことは、その……」
どうやら、自分の感情を言葉にするのに苦戦しているみたいですね。
彼女から読み取れる感情は、『親愛』、『尊敬』、そして、それにコーティングされた少しの『恐怖』。
……そうですね、言葉にするならさしずめ、
「『好きでいたいけど、やっぱり少し怖い』ですか、ありがとうございます。私は嬉しいですよ。お燐のその気持ち」
私に、そんな好意的な感情を向けてくれる相手なんて、今まで何人居たでしょうか。
彼女はネガティブな言葉を使うのが苦手な優しい子だから、私に向って『怖い』とは言わず、もっと別の言葉を探していたようでした。
自分のためではなく、ちゃんと私のために。
けれどそんな彼女の努力を私が断ち切ったのは、どうしようもなく彼女が苦しんでいたから。これ以上見ていられなかったから。
「ち、ちが……わないです、けど」
「すみませんねお燐、こんなことで呼び出してしまって。仕事に戻っていいですよ」
「……はい、さとり様」
心にもやもやした何かを残したまま、部屋を出るお燐。
さすがにここまで抽象的な心情は、私にも翻訳できませんでした。
無理やり言葉にするなら『悔しさ』に似た何か、でしょうか。
もう少し話をすれば、そのもやもやの正体をつかむことができたでしょう。
ですが私は、これ以上、お燐と向き合うことを避けたかったんです。
少しだけ、彼女に嘘をついてしまいましたから。
正直に言うと、結構期待していました。
この力のせいで、皆から避けられている私ですが、それでもお燐なら、と。
そうですよね、怖くないわけ、ないですよね。
心を見透かされるのが、怖くない人なんて、何も考えていない人か、純粋無垢な人だけ――
『その通りよ。流石、会話いらずね!』
『いいじゃねえか。心が読めるのは本当みたいだな。今はもう戦う事しか考えてないぜ!』
脳裏に蘇る、あのときの人間の言葉。
私に期待を抱かせた、あの二人の言葉。
紅白のおめでたい服装をした巫女、博麗霊夢と、
白黒のいかにもな服装をした魔法使い、霧雨魔理沙。
二人とも、何も考えていないわけではないし、まして純粋無垢だなんてとんでもない。
平気で、倒すとか盗むとか、そんな欲にまみれたことを考えるくせに。
でもなぜか、私が心を読む妖怪だと知っても、あの二人は恐れなかった、嫌わなかった。
片方なんか、「会話する手間が省けて楽」だなんて、本気で思ってる。
そんな人間がいるんだって知ったら、期待しちゃうに決まってるじゃないですか。
……本当に、どうして?
まだただの猫だったころからの付き合いであるお燐ですら、怖いと思っているのに。
100歩譲って、霊夢さんはあのマイペースさですし、私に心を読まれることなんて気にしてないとしましょう。
でも、魔理沙さんはそうじゃない。
異変の時、彼女は、私に心を読まれることに対して、よくない感情を抱いていました。
なのに、それが私に対する恐れだとか嫌悪だとかに繋がらない。
こんな人、今まで見たことありません。
……もう一度会って、話をすれば、その理由がわかるんでしょうか。
そう思ったら、体が自然と動いてしまいました。
飲みかけの紅茶を、そのままにしてしまったと気づいたのは、地霊殿を出た後のことです。
コン コン コン
私は、霧雨邸のドアに、規則正しくノックをしました。
人里で、魔理沙さんの家が魔法の森と呼ばれる場所にある、という情報を手に入れて、探し回りました。
人里では、たいていの人が魔理沙さんを知っていたみたいなので、情報収集自体は簡単でした。そこから魔法の森で魔理沙さんの家を探すのに時間がかかりましたが。
魔理沙さんって、人里じゃ人気者なんですね。私とは正反対。
だからこそ、私には彼女のことがわからないのでしょうか。
少しして、「キィィ」と音を立ててドアが開きました。
「誰だ?呼びかけもなくノックするだけなんて、よほどの珍客と見たぜ」
「こんにちは、魔理沙さん」
魔理沙さんは私の顔を見た瞬間、大層驚いた、という顔をしました。
どうやら私のことを覚えてくれていたみたいです。
『あ、地底のときの、えっと、たしかナメクジ――』
……。
「ナメクジじゃありません。古明地です。こ・め・い・じ・さ・と・り。どこをどう間違えたらそうなるんですか。」
「いや、だって――
「『ナメクジみたいに陰湿な奴だったから』って、いくら何でも失礼じゃありません?」
「おお、懐かしいなこの感じ。地底異変以来だぜ」
ナメクジみたいだなんて言われて、さすがの私も傷つきました。いや、言われてはないんですが。
まあ、異変の時にきちんと名乗っていない私も悪いといえば悪いんですけど。
それにしても「懐かしい」ですか。どうやら、彼女にとっては地底異変も、私と話したことも嫌な思い出ではないようです。
あの時はただ単に異変でテンションが上がっていて、私に対する恐怖を忘れていた、ということもあり得ると思っていました。
しかし、どうやらそうではないようです。
「今日は魔理沙さんに聞きたいことがあって伺いました」
「なに?お前が私にか?」
「はい、今日はそのことを聞くために、ここまできたんです」
「ほーう、あんまり積極的な奴じゃないと思ってたんだが、そうでもないのか?それとも、それほど大事なことなのか?」
「後者ですよ。私、陰湿なナメクジなので」
「そいつは気になるな、よし、質問することを許可するぜ」
魔理沙さんの期待が、だんだん膨れ上がっていきます。そのたびに、
『面白そう』『退屈してたしちょうどいい』『面倒ごとなら霊夢に投げよう』
そんな思考が次々と流れていきます。
やっぱりおかしい。
私には、その欲にまみれた思考も、全部筒抜けだって知ってるはずなのに。
普通なら、知られたくないことのはずなのに。どうして?
「どうして魔理沙さんは、私を嫌わないんですか?」
意を決して、私は質問を投げかけました。
「は?」
それを聞いた魔理沙さんは、口を「は」の形にしたまま固まりました。
どうやら思考が完全にフリーズしたようです。
……よっぽど予想外だったようですね。
「……それだけ――
「それだけです。これと別に本題なんかありませんし、何かの前提の質問でもありません」
数瞬の後、氷河期を脱した魔理沙さんの思考を先に制して、質問に答える様に促します。
「そんなに大事なことなのか?」
しかし、魔理沙さんは私の質問の真意を測りかねているようで、さらに質問を重ねてきました。
彼女の心にあるのは、だたひたすら戸惑いと疑心ばかり。
真意も何も、そのままの意味なんですが、彼女は心が読めるわけではないので、言葉にして言わなければなりません。
「はい、私にとってはとても。魔理沙さんは、心を読まれることに関しては、ある程度の嫌悪感を抱いている。それなのに、その大本の私には、そういう感情がない。どうしてですか?どうしてそんなことができるんですか?」
どうしてって言われてもな、と魔理沙さん。
ようやく私が真面目にこの質問をしているのだと理解してくれたようで、顎に手を当てて考える仕草を見せてくれます。
しかし頭の中では言葉にならない何かが煙のようになんとなくそこにあるだけ。
もうすでに、言葉にできない領域では、私も覗けないような心の奥底の無意識では、答えは出ているのでしょう。
しかし、それを言葉として自覚できる形にするというのは、無意識という広大な海から一つ一つパーツを選んでつなぎ合わせるような、
それはもう大変な事なのだと、悩んでいる魔理沙さんを見て初めて理解できた気がします。
「えっと、だな」
まだ、魔理沙さんの心にあるのは、言葉にできないもやもやだけ
そんな状態から、どうやら彼女は話し始めるようです。
先が読めない話なんて、いつぶりでしょうか。
「まず、お前の言う通り、心を読まれることは、私はあまり好きじゃない。私だって人間だ。知られたくないことの一つや二つあるさ。それを表に晒されて、いい気分にはならんな」
私にというより、自分に言い聞かせるための事実確認。
少しずつ、魔理沙さんのもやもやが輪郭を帯び始めてきました。
「お前に隠し事したってしょうがないから言うけど、私だって落ち込むことくらいあるんだよ。魔法の研究が滞ったときとか、霊夢に弾幕ごっこでコテンパンにされたときとかな。
そういう時は特に、誰にも見られたくないって思うね。でも、そんな私がいなかったら、今の私にはなれなかったわけだ」
輪郭は明確になっていき、ついには私でも言葉にできるくらい明瞭なものになりました。
私には、これから魔理沙さんがなんと言うか大体わかります。
一言一句違わないとなると難しいですか、要点は外さないでしょう。
いつもの私なら、ここで『わかりました。もう結構です』と言って切り上げていたはずです。
しかし今回は、そんな気になれませんでした。
ここでそれをしてしまうのは、なんだかすごくもったいないことのような気がして。
「そんな感じでさ、今までの全部が、今の私に繋がってるんだ。覗かれるのは趣味じゃないが、嫌いになったりするほどじゃないぜ」
ほんの少しの恥ずかしさを見せながら、魔理沙さんはそう言い切りました。
それは、私が事前に想像していた言葉とは、少しだけ違っていました。
眩しさを湛えたそれは、私の心に震えを伴って響き渡り、小さな陽だまりを作ります。
面と向かって、嫌いじゃないって言われることが、こんなにうれしいことだったなんて。
今更ながら、もったいないとなんとなく思っていたわけがわかりました。
私は、魔理沙さんの言葉で、その気持ちを聞きたかったんですね。
「あっ」
私の脳裏に蘇るのは、地霊殿で見たお燐との一件。
お燐はあの時、必死に気持ちを伝えるための言葉を探していました。
見ていられないからと、その気持ちを勝手に言葉にしてしまった私は、もしかしてとんでもない事をしてしまったんじゃないでしょうか。
あんなに必死に、伝えようとしてくれたのに、それを私はひょいっと取り上げてしまったんじゃないでしょうか。
お燐が最後に見せたあのもやもやした気持ちは、自分の言葉で伝えられなかったという悔しさではないでしょうか。
考えれば考えるほど、その通りな気がして、いてもたってもいられなくなってきました。
早く地霊殿に帰って、謝らなきゃ。
と、そこまで考えて、こちらをのぞき込んでいる魔理沙さんに気が付きました。
どうした?と魔理沙さん。
「魔理沙さん、素敵な答えをありがとうございます。真に申し訳ありませんが、地霊殿に急用ができましたので、私はこれで」
「案外あわただしい奴だな、そのうち禿げるぜ」
「そしたら、妹とおそろいの帽子でもかぶりますよ」
最後にそんなやり取りをして、私は霧雨邸を後にしました。
地霊殿のさらに地下、灼熱地獄にて、怨霊の管理をするのが、お燐に私が与えた仕事です。
ただでさえ地霊殿という建物は広いのに、その地下はそれ以上で、それこそその中からお燐を探すという行為は、
お世辞にも体力があるだなんて言えない私の息を切らす程度には重労働でした。
灼熱地獄の名を冠しているだけあって非常に熱く、それが輪をかけて私の体力を奪っていきます。
それでもなお、私は走り続けます。
彼女に会って、ごめんなさいを伝えるまでは止まるわけにはいかないという使命感が、私を突き動かします。
そして、そろそろ肩で呼吸をするのも苦しくなってきたあたりで、身に覚えのある黒いワンピースのような服装が目に留まります。
ようやく見つけました。ぜえぜえと息を吐きだす私に気付いたお燐が、こちらを振り返ります。
見つめあってしばらく沈黙が続き、その間お燐は、息を切らしていた私を心配してくれたり、
どうしてここに来たのかを考えたりしていましたが、何一つとして言葉を発しませんでした。
私が話し出すのを待っているようです。
「お燐」
「さとり様、あの、」
お燐はうつむいてそう答えます。どうやら私がここに来た理由は、今朝の質問にあると思っていて、
それについてはその通りなのですがどうやら彼女は自分が悪いことをしてしまったと思っているようで、
私が怒っているんじゃないかなんて見当違いの心配をしているみたいです。
謝らなきゃいけないのは私のほうなのに、このままだと先にごめんなさいを言われてしまいそうで。
でもそれだけはダメだと思った私は、つかむには少々高い位置にある肩の代わりに彼女の両手を握って、お燐、ちがうの、とまくし立てます。
「謝るのは、私のほう。ごめんねお燐、ひどいこと、しちゃいましたよね、私、あんなに一生懸命、言葉を探してくれていたのに」
「え……っと、怒って、ないん、ですか」
私を怖いと思ってしまったことを、と心の中で続けるお燐。
怒るわけないじゃないですか。仮に私のことなんて大っ嫌いなんて言われたとしても、怒れるわけないじゃないですか。
思えば私は、お燐が妖怪になったあたりから、あまり話という話をしてこなかったと思います。
話せば嫌われると思ったから、人の心と言葉を備えた彼女と話せば、拒絶されると思ったから。
だから彼女は、私のことを知る機会なんかほとんどなくて、心を読める私だけが、彼女のことを知っていて。
だからそんな私を、彼女が怖いと思うのも、怒っているんじゃないかなんて見当違いの心配をするのも当たり前のことだったんです。
私が、彼女と言葉を交わしてこなかったから。
「怒ってなんかないですよ、嬉しかったって言うの、本当ですから。……でも正直に言うと、少し寂しかったんです。お燐にも、怖いと思われているんだなって。
でも、当然ですよね、私、自分のこと、ほとんどお燐に話してないのに、それでもわかってもらおうだなんて勝手なこと、思っていたんだから」
「あの……」
「今朝の続きを、聞いてもいいですか?」
「つづ、き?」
「お燐は、私のこと、どう思っているんですか?お燐の言葉で、聞かせてください」
きっと私は、今とてもひどいことをお燐に強いているのでしょう。
終わったはずの問答を掘り起こして、結論が一度出たそれをもう一度だなんて。
それにこれは今度こそ、怖いという気持ちを言葉にして私に伝えろと言っていることに他なりません。
私には筒抜けの感情を、私の前で言葉にしろだなんて。
あまつさえそれは愛の告白のような甘ったるいものでは決してなく、どう取り繕ったって殺傷力を隠し切れない恐怖という感情で。
つまり私はお燐に、『私を傷つけるかもしれない言葉を、そうと知りながら私の前で言ってほしい』なんてふざけたことを言っているのです。
彼女からすれば、突然私を傷つけてほしい、とナイフか何かを渡された感覚に近いでしょう。
優しい彼女にとって、それは耐えがたい苦痛なはずです。
それでも私は、お燐の言葉を聞きたいんです。聞くためにここに来たんです。
魔理沙さんが教えてくれました。心を読むだけじゃわからないことがあると、言葉にしなければ届かないことがあると。
「すぅ~、はぁ~」
覚悟を決めるために深呼吸をするお燐。
彼女の心にあるのは、今朝とほとんど同じ、けれどほんの少しだけ違う感情でした。
それはもうすでに私でも言葉にできるもので、しかし私は何も言わず、お燐の言葉に耳を傾けます。
果たして彼女は、どのような言葉を選ぶのでしょうか。
「さとり様のこと、怖かったです。今まで、ほんの少しだけ。でもそれ以上に好きですよ、あたいは。今日ここで話してて、思い出しました。そういえばこの人は、寂しがり屋だったなって。
今朝の質問、受け入れて、ほしかったんですよね。怖くないって、言ってほしかったんですよね。でも、すみません。やっぱり心を読まれるのは、怖いです。
それでも、さとり様のことはもう怖くないです。これが今のあたいの、素直な気持ちです。」
涙が、出そうになりました。
自分の心が、とても温かいもので満たされていくのを感じます。
それは確実に、私が望んだ言葉ではなかったはずなのに。
心を読むことも含めて、受け入れてほしいなんて思っていたのに。
お燐の言葉は、私が今朝お燐に期待していた言葉なんかよりもずっと暖かいものでした。
「嬉しいです。今度は一欠片も、嘘じゃありません。ありがとう、お燐。私もあなたのこと、大好きよ」
「へへへっ、なんだか照れますね。」
久しく見ていなかったお燐の笑顔。そういえば彼女は、こんな風に笑う子でしたね。
それを見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってきます。
言葉を交わしあうという行為は、私が本来必要としないそれはしかし、心を読むよりずっと多くのことを伝えてくれる。
私が魔理沙さんの言葉を最後まで聞きたいと思ったように、お燐が私の言葉を聞いて、ほんの少しだけ感情の形を変えたように、なにより私がお燐の言葉を聞いて、こんなにも嬉しいように。
言葉というのは、相手の心を動かす力を秘めた、とても尊いものなのだと、私は知りました。教えてもらいました。
お燐の中にはまだ、心を読まれることに対する恐怖が残っている。
けれど、たくさん言葉を重ねていけば、それはいつかきっと別の何かに変わるんじゃないかって、彼女の笑顔をみて、そう思いました。
青空9割、雲1割という晴天の中、私は、博麗神社を訪ねていました。
慣れない直射日光が、容赦なく私を貫きます。
「あんた、アレよね、地底の、たしかナメクジ――
「古明地です!こ・め・い・じ・さ・と・り!2人そろって同じ間違いをしないでください」
「2人?まあ、どうでもいいけど、何の用よ」
「霊夢さんとお茶でも飲みながら世間話をと思いまして」
「帰れ、というかさりげなくお茶を要求すんな、帰れ、こっちは暇じゃないのよ」
「さっきまでそれはもう暇そうに空を眺めていた人が何を、心配しないでください、何か企んでるとかじゃなくて、ただ純粋に話がしたいだけなんですって」
「だとしてもお断りよ。あんたと話すことなんて何もないじゃない」
「まあまあ、そう言わずお願いしますよ、今日はそのために来たんですから」
「い・や・よ。あんたが私に何を期待してるか知らないけど、そうゆう気分じゃないの、今は。だから帰れ」
「……なんというか、不思議な人ですよね、霊夢さんって」
「ああん?いきなり現れて話をしようだなんて言ってきてあまつさえお茶まで要求するような奴が、どうゆう思考回路をたどれば私を変人扱いできるわけ?」
「私、さっきから拒絶の言葉しか言われてないはずなのに、そしてそれはあなたの本心であるはずなのに、何故だかちっとも嫌な気持ちになりません。どうしてでしょう?不思議ですね、霊夢さんの言葉は」
「なにそれ?ほめてるわけ?けなしてるわけ?ってかそれ、あんたが図々しいだけでしょ、私のせいみたいに言わないでよ」
「褒めてますし、私はこれでも結構繊細ですよ?」
「はっ!どの口がそんなこと、繊細な奴ってのはね、神社に来てお賽銭の1つも入れずにお茶をねだったりしないのよ」
「では、お茶はいりませんので話をしましょう?」
「そういう問題じゃないっての!ってかあんた、私の心読めるんでしょーが、帰ってほしいってのがわかんないわけ?」
「わかっていますよ。でも霊夢さんと話していると、なんだかここにいてもいい気がして」
「……ねえ、確認してもいい?私、帰れって言ったのよ?なんで逆の意味になるわけ?」
「だって、口でも心でも帰れ帰れといいながら、こうして私と話してくれるじゃないですか。それはつまり、無理やり追い出したり、無視したりするほど嫌じゃないってことですよね?」
「……あんた、異変の時と比べて、なんか変わった?私の中じゃ一日中しかめっ面してたイメージなんだけど」
「そうですか?そうかもしれませんね。最近とても嬉しいことがありまして」
「そ、よかったじゃない。ってことで帰ってくれない?」
「釣れない人ですね。まあわかりました。今日のところは帰りますよ」
「急に聞き分けが良くなったじゃない。初めからそうすればいいのよ」
「でも私、また来ますから、今日霊夢さんと話して、もっと霊夢さんの言葉を聞きたいと思いました。乱暴だけど、不思議と柔らかいあなたの言葉を」
「……はあ、よくわかんないけど、来るなって言っても、どうせ来るんでしょ?」
「ええ」
「それじゃ、今度はお茶菓子の一つでも持ってきなさい。そしたら、お茶1杯分くらいはあんたとそのくだらない問答をしてあげるから」
ちりん、と風鈴の鳴る音が聞こえました。
ノイローゼ気味だったのに
おりんの勇気ある発言に感化されて
一気にくそ度胸がつく流れが好きです
言っちゃなんだが豆腐メンタルが一気に変わるあたりに妙なリアルティを感じます