Coolier - 新生・東方創想話

山彦は外の世界に行ってみて。

2017/03/13 05:22:48
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「ねえ、お母さん。またあのお話、聞かせて?」
 この子はいつもこういう時、あの話を聞きたがる。
 そして、私もこの話を忘れないために繰り返し聞かせてやるのだ。物語というのは、そう、繰り返さなければ移ろい、忘れ去られてしまう、大変曖昧なものなのだから。

 人にとっては、少し昔。妖怪にとってはついさっきのこと。
 ある町に、一人ぼっちの女の子が住んでいました。お母さんはいつも朝早くにお仕事から帰ってきてすぐ眠って、だから女の子は「おはよう」を言えずに学校に行くのでした。
 学校に着いて「おはよう」と言っても、だれも女の子に返事をしてくれません。理由はよく分からなかったけれど、「バイキンがつく」からだったそうです。

 女の子はある日、学校の図書室である本を読みました。その本には、山に住んでいるまじめな妖怪のお話が書いてあるものでした。なんでもその様かいは、必ずあいさつしたらかえしてくれるのだとか。それを読んで、さっそく女の子は近くの山へ遊びに行きました。本当は子どもが一人で行くには少し遠いところだったけれど、お母さんはついてきてくれないし、一緒に行ってくれるお友だちもなかったので、一人で行くことにしました。


―――そうね、ここらで少し、面白いことをしてみるのも良いかしら。例えば、逆神隠し、とかね――


 本当は、妖怪なんているわけない、やまびこなんて、ただの音の反射だ。女の子にだって、わかってはいたのです。でも、やっぱり、やってしまうのです。
「お…おはよーございまーす!」
 ずっと誰かに言いたかった言葉。返してほしかった言葉。でも、誰も返してくれなかった言葉。やまびこさんは、返してくれるだろうか。半分どきどき、半分あきらめで言った女の子の声に聞こえてきたのは、
「おはよーございまーす!」
自分の声じゃなくて、知らない女の子の、元気な声でした。
 女の子は、それはそれはおどろきました。だって、女の子に向かってあいさつを返してくれたのは、少し人とは違った見た目をした、でも、人間の女の子に見えなくもないふしぎな子だったのだからです。
 おどろいて口をぱくぱくさせる女の子に、そのふしぎな子は声をかけてきました。
「だいじょうぶ?おどろかせてごめんね。わたしはきょうこ、やまびこの女の子だよ。悪いことはしないよ。いじめないよ。よろしくね。」
 きょうこというやまびこさんが手を差し出してきたので、女の子もおそるおそる手を差し出すと、やまびこさんはぎゅっとその手を握ってくれました。学校では誰も触ってくれないのに。女の子が触ったものはみんな、バイキンがつくなんて言われるのに。なのにやまびこさんは、そんなことちっとも気にしていないようでした。やまびこさんの手は、とても温かくて、妖怪というほど怖くはありませんでした。まるで…そう、気のせいとか、そういうのに近いものでした。

 そうそう、お母さん、あまり妖怪に詳しいってわけじゃないんだけど、やまびこに似た生き物に、「木霊」っていうのがいるそうなの。木の妖精さんみたいなものよ。もしかしたらその山彦さんも、妖怪というよりは、妖精みたいなものだったのかしらね。山彦も木霊も、山に向かって話しかけると、返してくれるのよ。

 女の子とやまびこさんは、自己紹介をしたのですが、やまびこさんはなんと、その山に来たばかりで、一人ぼっちで何も分からなかったそうなのです。買い物のしかたも、電車の乗り方も、何も。だから女の子は約束しました。
「お買い物できないんだったら、ご飯も変えないよね?おなか空かない?わたし、毎日おにぎりもってきてあげる。」
 それを聞いてやまびこさんはあせりました。だって、女の子の家とやまびこさんの山とは、電車で二時間かかるくらい離れていたんです。
「毎日はムリだよ、時々もじゅうぶん嬉しいよ。」
と言うやまびこさんに、女の子は、
「だいじょうぶだよ。お小遣いはたくさんあるし、学校は行っても楽しくないから、お休みするもん。お母さんだって、学校行かなくても怒らないと思うし。」
 と答えました。
 そうして次の日から、女の子の学校サボりと、山通いが始まりました。

 毎日毎日、女の子とやまびこさんは色々な話をして楽しくすごしました。やまびこさんは女の子の知らない世界のふしぎなお話をしてくれたし、逆に女の子がする平凡な毎日の話が、やまびこさんには大変めずらしくおもしろかったようでした。
 それから、やまびこの力を使って遊んだり、やまびこさんが女の子に勉強を教えたり。やまびこさんも特に勉強が得意なわけではなかったのですが、くり返し聞いて覚えるのは得意だったようで、国語や社会の教科書を少し貸したら、全部歌いながら覚えた!と楽しそうに教えてくれました。二人して、都道府県の名前の歌を、楽しく歌いました。


―――うーん、何だか面白くなくなってきたわね―――


 二人は、とっても仲良くなりました。とても仲の良いお友だちでした。それなのに、ある日、突然、やまびこさんはいなくなってしまったのでした。
 もしかしたら、妖怪退治の人に退治されてしまったのかもしれません。それを思うと、女の子は毎日、悲しくてしかたがありませんでした。ですが、やまびこさんがいなくなったすぐ後、遠くへ引っ越しという、女の子にとっては一大イベントが行われたのです。引っ越してすぐの頃こそ、あの山のこと、あの山で会ったやまびこさんとのことを思い出してはいたのですが、女の子もだんだん引っ越し先に慣れて、人間のお友だちができて、大きくなって、中学生になって、もっと大きくなって、高校生になって、もっと大きくなるにつれ、すっかりやまびこさんのことを忘れていったのでした。ただ一つ、女の子が忘れなかったことと言えば、「おはよう」を元気に言えば、人はそれだけで元気になれること、それだけでした。

―――――――――
「ひどいですよ、紫さま!気まぐれで外の…しかも過去に飛ばして、せっかく良いお友だちになれたのに、すぐにこっちに戻すなんて!」
「そんなこと言われても…仕方ありませんわ。貴方をあまり外に出しているわけにはいかなかったし。まして、過去に居続けても良いことが起きるわけがありませんもの。」
「だって、わたし…なら、せめて、今のあの子に会わせてくださいっ!藍さん以上にこき使っていただいても構いません!ですから…」
…仕方ないわねぇ、ま、たまには藍にも休みが必要でしょうし。
「少しだけよ?」
「はい!」
 何故この子は、人間に対して、こんなに真摯に向き合うことができるのだろう。羨ましいのが半分、だが、それ以上に、私は知っている。一人の人間に執着し続けるこの気持ちを、どこかで。
―――――――――
「ここが、あのおはなしの、山びこさんと女の子がであったお山なの?」
 久々にとれた休み。私は遠路はるばる、あの山を、あの不思議な友だちとの思い出の場所を訪ねた。ただ、今回は一人ではない。
 あのね、響子ちゃん。わたし、紹介したい子がいるの。
「やまびこさん、わたしのあいさつにもこたえてくれるかな…?」
 不安げに私を見るこの子の顔は、本当にあの頃のわたしによく似ていると思う。
「さあ…もしかしたら、もうこの山にはいないのかもしれないし…。」
「だったらさみしいな…。」
「でも、やまびこさんがいなくても、山が音を反射してくれるのは本当だよ。さ、やってみな?」
「う…うん」
 恥ずかしがり屋のこの子は、いつも大きな声で話をすることができない。だから、友だちができない、さびしいと言っては、いつもぐすぐす泣いている。そんなわけで、私は澪のおとぎ話をこの子に聞かせてあげるのだ。
「…おはよーございまーす…」
 とても小さな声。これじゃあとても、山まで声など届きやしない。
「ダメダメ。やまびこさんは山奥に住んでるんだ。もっと…」
大きな声で言わなきゃ。そう言いかけたその時、
「おはよーございまーす!!!」
とても元気な声が聞こえてきた。…まさか、とは思うが…。
「幽谷響子、ただ今戻ってきました!それにしても、びっくりしたよ、あなた、全然大きくなってないんだもん…っていうか、逆に小さくなっちゃった?その人、だあれ?お母さん?そっくりだけど…。」
 あ…そっか…。あれから二十年近く、妖怪である彼女にとっては、何の姿も変えないような、そんな短い間だったのだろうけど…。ううん、よそう。大人である私は、もう妖怪と遊んでいてはいけないんだ。
「はじめまして、響子さん。いつもこの子がお世話になって…。」
 そう、「はじめまして」でいいんだ。そうしたら、この子は私の言った言葉を繰り返してくれるのだから、やっぱり「はじめまして」って返してくれるのだから。
「はい、はじめまし…て…?」
 そこで響子ちゃんは不思議そうな顔をしてから、私の顔をまじまじと見つめた。
 そして。
「…じゃないよね。そっか。あなたはもう、一人ぼっちじゃないんだね。」
 そう言って、響子ちゃんは涙を浮かべながら微笑んで、それからまるで夢幻だったかのように、急に姿を消してしまった。私の大切なこの子には、何の言葉も残さずに。
 どこかで誰かの妖しい笑い声を聞いたような気がした。


―――ほうら、やっぱり、外の人間に妖怪なんて、必要ないのよ―――


 「久々に」会ったあの子は、わたし無しでも立派にやっていけたんだ。そのことが悲しいよりも、むしろ嬉しかった。
 人間は弱い。皆はそう言うけど、わたしはそうは思わない。人間は強いよ、紫さま。だから、あの子がわたし無しでも大丈夫だったように、あの子だって大丈夫。わたし、もう外に行きたいなんて言わない。だって妖怪がもう一度跋扈し始めたら、人間は再び弱くなってしまうかもしれないもの。
 だからわたしは、外の人間を、一人ぼっちの人たちを、心の奥で応援しつつ、今日も幻想郷で生きてゆきます。


―――ふうん…それはそれで、つまらない結果になったわね―――
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
cotha
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コメント



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4.80南条削除
面白かったですけど紫さんがなんでそんなことしたのかわからなかったです
5.70名前が無い程度の能力削除
種族によって時間の流れは違う。
それを噛み締めながらも健気に生きようとする響子を応援したくなりました。