Coolier - 新生・東方創想話

ある日のこーまり

2017/02/27 23:10:22
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 ろうそくの明かりを灯した頃、魔理沙が顔を出した。

 「よっ」

 「なんだい」

 「酒、飲みに来たぜ」

 「うちは飲み屋じゃないんだが。それに、ツケはきかないよ」

 「別に、無料で飲ませろとは言ってないだろう。ほら、土産だって」

 そう言って魔理沙は、右手に持った紙袋を掲げた。紙袋には朱墨で「肉」の文字が、図象化して描かれている。

 「吉左のとこのか。中身はなんだい?」

 「兎だぜ。マタギから良いのが入ったんだと」

 魔理沙は喋りながら、くるくるとマフラーを解いていく。室内はストーブの力で暖かいが、外は雪がちらちらと舞っていた。

 「なー、香霖」

 「ああ、濡れたものはストーブの近くで乾かしてくれ。着替えは今持ってくる。くれぐれも、濡れた服を商品にかけないようにしてくれ」

 「おう、さんきゅー」

 僕が奥から着替えを手に戻ってくると、魔理沙は肌着にドロワーズ、なんて格好でストーブにあたっていた。

 「一体、なんて格好でいるんだい。ほら、早く着なさい」

 とさり、と頭の上に着替えを乗せる。魔理沙はきゃーだのうわーだの叫びながら着替えをした。 
 僕はその間に酒の肴の準備だ。決して見るなと追い出されたわけでは、ない。

 「おう、酒の準備は出来てるぜ」

 魔理沙はまだ少しぶすくれていたが、さっきに比べればだいぶマシだ。もこもことした寝巻きの上に、僕のどてらを着込んでいる。
 機嫌を直した魔法の薬は……食卓に置かれたほっそりとしたグラスの中身、血よりも紅いそれに相違ない。既にグラスは空だが。

 「魔理沙、何の準備が出来たって?」

 「酒の準備さ。準備は準備でも、私の腹に収まる準備だけどな」

 くすくすと笑いながら、魔理沙は言った。既に酔いが回り始めているらしい。あまり強くもないのに、一気に流し込んだのだろう。

 「あまり、飲み過ぎないでくれよ」

 魔理沙が選んだ(というか、隠していたのに勝手に出してきた)今日の酒は、漂流物の赤葡萄酒だ。里や神社でも酒は造っているが、ほとんどは米を醸した日本酒だ。葡萄酒やウヰスキーなどの舶来品は漂流物から探すか、紅魔館の夜会で出されるもののお相伴に預かるくらいだ。もっとも、あの場で出される血のような葡萄酒を、平然と飲める神経の持ち主は少ないけれど。
 結論。その赤葡萄酒は貴重品なのだ。

 「んなこと言って、飲まなきゃ酒がかわいそうだろ~」

 頬を林檎のように赤く染め、魔理沙がうそぶく。まあ、確かにそうではあるが。

 「で、兎は?」

 「ああ、いま置く。卓を片付けてくれ」

 「あいあい」

 僕は慎重にごとり、と炬燵の天板の上に土鍋を据えた。蓋を開けると、ふわり、と香料が鼻をくすぐる。兎鍋はどんな味付けでも大丈夫だが、今回は酒との相性も考えて洋風の味付けにしてある。

 「おおっ、美味そうだな」

 「美味そう、でなく、美味いんだよ」

 鼻をひくつかせる魔理沙に、僕は言った。取り皿と箸も用意する。魔理沙の箸は黒地に星が描かれたものだ。先の方に、滑り止めの溝が刻まれている。
 全ての用意を整え、ようやく僕は炬燵に入った。

 「魔理沙、頼む」

 グラスの口を魔理沙に向けて言う。魔理沙はにまにまと、仕方ないなあ、とでもいうような仕草で葡萄酒を注いでくれた。ついでに、自分のグラスにも注ぐ。

 「「乾杯」」

 ちりん、と鈴のような軽やかな音が鳴った。

 酔っ払った魔理沙は饒舌で、いろんな事を話し続けた。新しく出来た甘味処の羊羹が中々だ、妖精の間で背中に雪を入れるいたずらが流行ってる、電気あんかというのを試したがやたらに温かい、などなど。
 魔理沙は話し続けた。そうして、僕はそれを聞き続ける。いつまでも、いつまでも。

 「なあなあ、香霖」

 「なんだい、魔理沙」

 葡萄酒の瓶はあっという間に空になってしまっていたけれど、僕はそれを惜しいとは思わなかった。

こたつむりになって生きていきたい
おふとんごろごろ目おふとんから出たくない科のいきものになりたい
くしなな
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コメント



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いい雰囲気ですね。日常の何気ない部分を違和感なく切り取ってあってよかったです。