ろうそくの明かりを灯した頃、魔理沙が顔を出した。
「よっ」
「なんだい」
「酒、飲みに来たぜ」
「うちは飲み屋じゃないんだが。それに、ツケはきかないよ」
「別に、無料で飲ませろとは言ってないだろう。ほら、土産だって」
そう言って魔理沙は、右手に持った紙袋を掲げた。紙袋には朱墨で「肉」の文字が、図象化して描かれている。
「吉左のとこのか。中身はなんだい?」
「兎だぜ。マタギから良いのが入ったんだと」
魔理沙は喋りながら、くるくるとマフラーを解いていく。室内はストーブの力で暖かいが、外は雪がちらちらと舞っていた。
「なー、香霖」
「ああ、濡れたものはストーブの近くで乾かしてくれ。着替えは今持ってくる。くれぐれも、濡れた服を商品にかけないようにしてくれ」
「おう、さんきゅー」
僕が奥から着替えを手に戻ってくると、魔理沙は肌着にドロワーズ、なんて格好でストーブにあたっていた。
「一体、なんて格好でいるんだい。ほら、早く着なさい」
とさり、と頭の上に着替えを乗せる。魔理沙はきゃーだのうわーだの叫びながら着替えをした。
僕はその間に酒の肴の準備だ。決して見るなと追い出されたわけでは、ない。
「おう、酒の準備は出来てるぜ」
魔理沙はまだ少しぶすくれていたが、さっきに比べればだいぶマシだ。もこもことした寝巻きの上に、僕のどてらを着込んでいる。
機嫌を直した魔法の薬は……食卓に置かれたほっそりとしたグラスの中身、血よりも紅いそれに相違ない。既にグラスは空だが。
「魔理沙、何の準備が出来たって?」
「酒の準備さ。準備は準備でも、私の腹に収まる準備だけどな」
くすくすと笑いながら、魔理沙は言った。既に酔いが回り始めているらしい。あまり強くもないのに、一気に流し込んだのだろう。
「あまり、飲み過ぎないでくれよ」
魔理沙が選んだ(というか、隠していたのに勝手に出してきた)今日の酒は、漂流物の赤葡萄酒だ。里や神社でも酒は造っているが、ほとんどは米を醸した日本酒だ。葡萄酒やウヰスキーなどの舶来品は漂流物から探すか、紅魔館の夜会で出されるもののお相伴に預かるくらいだ。もっとも、あの場で出される血のような葡萄酒を、平然と飲める神経の持ち主は少ないけれど。
結論。その赤葡萄酒は貴重品なのだ。
「んなこと言って、飲まなきゃ酒がかわいそうだろ~」
頬を林檎のように赤く染め、魔理沙がうそぶく。まあ、確かにそうではあるが。
「で、兎は?」
「ああ、いま置く。卓を片付けてくれ」
「あいあい」
僕は慎重にごとり、と炬燵の天板の上に土鍋を据えた。蓋を開けると、ふわり、と香料が鼻をくすぐる。兎鍋はどんな味付けでも大丈夫だが、今回は酒との相性も考えて洋風の味付けにしてある。
「おおっ、美味そうだな」
「美味そう、でなく、美味いんだよ」
鼻をひくつかせる魔理沙に、僕は言った。取り皿と箸も用意する。魔理沙の箸は黒地に星が描かれたものだ。先の方に、滑り止めの溝が刻まれている。
全ての用意を整え、ようやく僕は炬燵に入った。
「魔理沙、頼む」
グラスの口を魔理沙に向けて言う。魔理沙はにまにまと、仕方ないなあ、とでもいうような仕草で葡萄酒を注いでくれた。ついでに、自分のグラスにも注ぐ。
「「乾杯」」
ちりん、と鈴のような軽やかな音が鳴った。
酔っ払った魔理沙は饒舌で、いろんな事を話し続けた。新しく出来た甘味処の羊羹が中々だ、妖精の間で背中に雪を入れるいたずらが流行ってる、電気あんかというのを試したがやたらに温かい、などなど。
魔理沙は話し続けた。そうして、僕はそれを聞き続ける。いつまでも、いつまでも。
「なあなあ、香霖」
「なんだい、魔理沙」
葡萄酒の瓶はあっという間に空になってしまっていたけれど、僕はそれを惜しいとは思わなかった。
「よっ」
「なんだい」
「酒、飲みに来たぜ」
「うちは飲み屋じゃないんだが。それに、ツケはきかないよ」
「別に、無料で飲ませろとは言ってないだろう。ほら、土産だって」
そう言って魔理沙は、右手に持った紙袋を掲げた。紙袋には朱墨で「肉」の文字が、図象化して描かれている。
「吉左のとこのか。中身はなんだい?」
「兎だぜ。マタギから良いのが入ったんだと」
魔理沙は喋りながら、くるくるとマフラーを解いていく。室内はストーブの力で暖かいが、外は雪がちらちらと舞っていた。
「なー、香霖」
「ああ、濡れたものはストーブの近くで乾かしてくれ。着替えは今持ってくる。くれぐれも、濡れた服を商品にかけないようにしてくれ」
「おう、さんきゅー」
僕が奥から着替えを手に戻ってくると、魔理沙は肌着にドロワーズ、なんて格好でストーブにあたっていた。
「一体、なんて格好でいるんだい。ほら、早く着なさい」
とさり、と頭の上に着替えを乗せる。魔理沙はきゃーだのうわーだの叫びながら着替えをした。
僕はその間に酒の肴の準備だ。決して見るなと追い出されたわけでは、ない。
「おう、酒の準備は出来てるぜ」
魔理沙はまだ少しぶすくれていたが、さっきに比べればだいぶマシだ。もこもことした寝巻きの上に、僕のどてらを着込んでいる。
機嫌を直した魔法の薬は……食卓に置かれたほっそりとしたグラスの中身、血よりも紅いそれに相違ない。既にグラスは空だが。
「魔理沙、何の準備が出来たって?」
「酒の準備さ。準備は準備でも、私の腹に収まる準備だけどな」
くすくすと笑いながら、魔理沙は言った。既に酔いが回り始めているらしい。あまり強くもないのに、一気に流し込んだのだろう。
「あまり、飲み過ぎないでくれよ」
魔理沙が選んだ(というか、隠していたのに勝手に出してきた)今日の酒は、漂流物の赤葡萄酒だ。里や神社でも酒は造っているが、ほとんどは米を醸した日本酒だ。葡萄酒やウヰスキーなどの舶来品は漂流物から探すか、紅魔館の夜会で出されるもののお相伴に預かるくらいだ。もっとも、あの場で出される血のような葡萄酒を、平然と飲める神経の持ち主は少ないけれど。
結論。その赤葡萄酒は貴重品なのだ。
「んなこと言って、飲まなきゃ酒がかわいそうだろ~」
頬を林檎のように赤く染め、魔理沙がうそぶく。まあ、確かにそうではあるが。
「で、兎は?」
「ああ、いま置く。卓を片付けてくれ」
「あいあい」
僕は慎重にごとり、と炬燵の天板の上に土鍋を据えた。蓋を開けると、ふわり、と香料が鼻をくすぐる。兎鍋はどんな味付けでも大丈夫だが、今回は酒との相性も考えて洋風の味付けにしてある。
「おおっ、美味そうだな」
「美味そう、でなく、美味いんだよ」
鼻をひくつかせる魔理沙に、僕は言った。取り皿と箸も用意する。魔理沙の箸は黒地に星が描かれたものだ。先の方に、滑り止めの溝が刻まれている。
全ての用意を整え、ようやく僕は炬燵に入った。
「魔理沙、頼む」
グラスの口を魔理沙に向けて言う。魔理沙はにまにまと、仕方ないなあ、とでもいうような仕草で葡萄酒を注いでくれた。ついでに、自分のグラスにも注ぐ。
「「乾杯」」
ちりん、と鈴のような軽やかな音が鳴った。
酔っ払った魔理沙は饒舌で、いろんな事を話し続けた。新しく出来た甘味処の羊羹が中々だ、妖精の間で背中に雪を入れるいたずらが流行ってる、電気あんかというのを試したがやたらに温かい、などなど。
魔理沙は話し続けた。そうして、僕はそれを聞き続ける。いつまでも、いつまでも。
「なあなあ、香霖」
「なんだい、魔理沙」
葡萄酒の瓶はあっという間に空になってしまっていたけれど、僕はそれを惜しいとは思わなかった。