Coolier - 新生・東方創想話

富士山量産計画

2017/01/13 20:45:04
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「富士山を作ってください」


 ドレミー・スイートの言葉に、藤原妹紅と蓬莱山輝夜は顔を見合わせた。お互いに眉をしかめ、首を傾げた。二人の様子を気にしていないのか、ドレミーは続けた。
「とりあえず三百山ほど」
「三百」
 妹紅と輝夜はもう一度、顔を見合わせた。そして二人は何も言わず、肌寒い風が彼女たちの間を通り過ぎた。先に口を開いたのは妹紅だった。
「……輝夜。ごめんけど頬をつねってくれないか?」
「分かったわ」
 言うが早いか、輝夜は手を上にかざした。すると妹紅の頭上に無数の光の玉が形成される。そして妹紅が避ける間もなく、上空より弾幕が叩きつけられた。きらびやかな金閣寺の一枚天井は、先ほどまで妹紅が座っていた場所に轟音をたてて突き刺さった。噴煙が周囲を覆い、それを避けるため輝夜は服の裾で口を隠した。一方のドレミーは目を見開いたまま、崩れ落ちる金閣の様子を見つめている。
 しばらくして煙がはれると、そこには血だらけになった妹紅が、頭に血管を浮き上がらせて立っていた。妹紅が来ていたモンペは、先ほどの衝撃のためか擦り切れ、黒ずんでいた。
「……頬をつねれ、って言ったよな?」
「こっちの方が確実に確かめられるでしょう?」
「よく言った。じゃあ死ね!」
 妹紅は空中へ飛び上がると、体の内より炎を纏う。さながら不死鳥のように紅く輝き、掲げる手からは身の丈を超える炎の渦が立ち昇る。一方、地上より相対する輝夜は周囲に輝く球を浮かびあがらせ、空を飛ぶ妹紅を睨む。
 今にもぶつかりあおうとする二人を前にして、ドレミーは近づくと声を張り上げた。
「ちょっと! ここは夢の世界ですよ! 私がいるのを見れば分かるでしょう!?」
 そう言われて、妹紅と輝夜は辺りを見回した。
 二人がいたのは地上ではなく、異次元のような空間だった。上空には星空が広がり、その中に異様に大きな月が輝いていた。辺りには格子状に光が照らされ、たしかにまるで宇宙の中に飛ばされたかのようだった。輝夜の立つ、地面と思しき場所にも土は見えず、傍目には三人とも中空に浮かんでいるように見える。
「そういえばドレミーは獏だったな」
「ええ。獏だったわね」
 同時に頷く輝夜と妹紅に対し、ドレミーは深くため息を吐いた。


「ところであなたは、今日が何月何日か覚えていますか?」
 ドレミーの前に立った輝夜と妹紅は首を傾げた。ため息を吐いてドレミーは口を開いた。
「1月1日です。……ああ、そろそろ2日になったでしょうか」
「1月1日……あ」
 妹紅が声を上げた。その隣で輝夜は頷いた。
「1月1日の夢。つまりここは初夢の中ってことね」
「その通りです。ところで、初夢で見ると縁起が良いとされるものがありますよね?」
「一富士二鷹三茄子、ってこと?」
 輝夜はドレミーに尋ねた。富士山、鷹、茄子は昔から初夢で見ると縁起が良いものとして珍重されている。そのため人里に住む者の中には、これらを見ようと祈りながら、初夢にのぞむ人も存在した。
 ドレミーは頷くも、二人に対してうつむいた。
「ところが私の富士山工場でトラブルがありまして……」
「富士山工場」
「このままでは正月用の富士山が間に合わないのです」
「正月用の富士山」
「そこであなたには富士山を作っていただきたいのです」
 頭を下げるドレミーに、妹紅は詰めよった。
「富士山を作るって、そんなのできるわけないでしょ!?」
「蓬莱の薬です。あれを使えば富士山の量産も可能です」
「量産」
 輝夜は呆けたように呟くも、それを無視してドレミーは続けた。
「富士山の元々の名前は不死山。かつて不死の薬を帝が山の上で焼き捨てたことが由来となっています。つまり山の上で蓬莱の薬で燃やせば、その山は富士山になるんです」
「いやいやいやいや!?」
「こじつけすぎるだろ!?」
 輝夜と妹紅は同時に声を張り上げるが、ドレミーは肩をすくめた。その拍子に頭の赤いサンタ帽が揺れる。
「良いんですよ適当で。それっぽく見せれば良いんですよ。だいたい最近は正月用の鏡餅だって本物じゃな……」
「あー! 分かりました。やりますやります!」
 輝夜はドレミーに割り込み、大声をあげた。それ以上続けると、何かとんでもないことを言い出しそうな予感が輝夜にはあった。
 その横で妹紅は肩を落とし、深く息を吐きつつ言った。
「ところで、富士山にした山はどうするのさ?」。
「あとで私が回収しますよ」
「どうやって?」
 妹紅の問いに、ドレミーは笑いかけた。彼女の白黒のワンピースが、風に揺られてふわりと動いた。
「幻想郷の全ての生き物は、夢でつながっています。ですから富士山を空の彼方に吹き飛ばせば、こちらに運んでこれます」
「富士山を吹き飛ばす」
「そして他の人の夢に投げてやれば、空から富士山が落ちてくるでしょう」
「富士山が落ちてくる」
 頭を抱えて妹紅はうずくまった。輝夜はといえば、何も言わずに妹紅の肩に手を置いた。そして励ますように何度か優しく肩を叩いた。


「さて。じゃあ始めますか」
 輝夜の見上げた先には夜闇の中にそびえ立つ大きな山があった。妖怪の山、と言われる幻想郷最大の山の頂は、雲のはるか向こうにあり、地上からでは見ることが出来ない。元々は八ヶ岳と呼ばれ、かつては富士山よりも大きかったと言われており、富士山量産化計画の手始めとしては相応しい山であった。
 輝夜の隣では妹紅が俯き、地面を見ていた。
「なんでアンタと一緒にやらないといけないんだ……」
「私だって嫌よ」
 言い返す輝夜に妹紅は視線を向け、半目でにらんだ。
「……顔、笑っているぞ」
「富士山作るとか面白そう」
「……そいつは良かったな」
 呆れ顔を浮かべる妹紅を尻目に、輝夜は空へと浮かび上がった。空には綿雲が漂い、その合間から穏やかな月の明かりが落ちてくる。雲の向こうには星明かりが瞬いており、意外と辺りは明るい。夢の中とはいえ、空を飛ぶには良い夜だった。
 山裾を覆う木々は、暫く飛ぶ内に背丈が小さくなり、次第に岩肌が目立ってくる。眼下にのびる渓流が、月明かりを反射して水面を光らせている。その上を通り過ぎつつ妹紅が口を開いた。
「なあドレミーって夢を司るんだよな?」
「そうだけど?」
 輝夜は答えた。地上はともかく、月ではドレミーはよく知られた存在であった。夢は全ての生き物がつながっているという。そのため月の者が地上へ移動する際は、夢を介して転移を行っている。最近、月のうさぎが地上に訪れたときも、夢の通路を通ったと輝夜は聞いている。ドレミーは夢の住人であり、番人でもあった。だからこそ月の住人にとっては重要な存在だった。
「わざわざ私達に頼まなくても、自分で富士山くらい作れるんじゃないのか? これも夢なんだし」
 妹紅の言葉に輝夜は首を傾げた。
「そう言われればそうだけど……。でもあの子なりの考えがあるのでしょう。ここは黙って従うべきね」
「本音は?」
「富士山作りたい」
「だと思った」
 肩を落とす妹紅をよそに、輝夜は高度を上げていく。空を昇るほどに空気は薄まり、体に当たる風も冷たさを増していく。妹紅は身震いをしながら、腕をさする。すると顔の前に漂う、白い霧に目が止まった。前方へと視線を向けると、山肌にそって霧は上空を漂っている。
「雲の中に入ったわね」
 妹紅の真横で輝夜が呟いた。腰まで届くほどに伸ばした彼女の黒髪は、湿気を吸ってか桃色の着物にまとわりついている。しかし輝夜は気にもしないのか、その顔には笑みを浮かべていた。
「本当に高いな。いったいどこまであるんだ?」
 輝夜は顔にかかった前髪を払いつつ、振り返った。
「行ったことないの?」
「無いな。長い間、竹やぶから出なかったから。お前は?」
「あなたと同じよ」
 輝夜は妹紅から顔を背け、上空を見上げた。幻想郷の誰よりも長く行きているのに、彼女には知らないものが数え切れないほどあった。山間を流れる小川に、高地にしぶとく生える草花。そして雲の向こうにあるはずの山の頂。輝夜にとっては話にしか聞いたことの無いものばかりだった。
「……本当に楽しそうだな」
「え?」
 霧の中で妹紅が頬を釣り上げ、皮肉げに笑った。
「顔がにやけている。気持ち悪い」
「うるさい。馬鹿者」
 輝夜は手の上に光の玉を浮かばせ、勢い良く妹紅に投げつけた。予想していなかったのか、妹紅は避ける間もなく顔面に球をぶつけ、悲鳴をあげて落ちていく。輝夜は妹紅を見返すこと無く、上へと飛んでいった。
 澄んだ空気の中を飛ぶ輝夜の周りには雲が広がり、その隙間には天の川がきらめいている。山裾からは段々と岩肌が見えなくなり、代わりに何も書かれていない紙のような、白一色の雪原が現れる。夜とはいえ星明りに照らされて、雪原は宝石のように輝いていた。
「……あと少しね」
 呟いた輝夜は山を見上げて更に加速した。
 しかし飛べども飛べども、雲は中々はれることは無かった。横を見ると、雪原はどこまでも雲の向こうに広がっていた。時が経つほどに輝夜の顔は陰っていく。
「おい。そろそろ止めないか?」
 いつの間に追いついたのか、輝夜のすぐ後ろに妹紅が飛んでいた。その顔には雪の欠片が、厚くこびりついていてた。それほどまでに長い間、二人は山頂に向かって飛んでいた。
「でも、あと少しで頂上に……」
「行けると思うか? なんかおかしいぞ、この山」
 反論しようとしたのか、寒さでこわばった唇を開こうとした輝夜だが、妹紅が輝夜の足を掴むのが早かった。
「良いから降りるぞ! 山なんて、ここじゃなくてもいいだろ!」
「ちょっと、私は昇るの!」
「はいはい。時間がないから後にしてくれ。もう一時間くらいたっているだろ!」
 有無を言わさず輝夜の体は、急降下を始めた。山頂は最後まで見えることは無かった。


 妖怪の山に登れなかったのが嘘のように、他の山にはあっさり登ることができた。
 月が少しずつ傾く中で、二人は山の頂に立っていた。幻想郷はいくつもの山に囲まれているが、二人がいるのも、その中の一つだった。木々は無く、薄っすらと雪をかぶった草原を、冬の冷たい夜風が通り抜ける。
 輝夜は何も言わず懐から、蓬莱の薬が入った小包を取り出し、雪の上に置いた。そして後ずさり、隣りにいる妹紅に頷く。そして妹紅が手をかざすと、小包がいきなり発火し、黒い煙を出しつつ辺りを明かりで照らした。
 立ち昇る煙を目にしつつ、輝夜は満足気に頷いた。
「はい。これで二十番目の富士山ね」
「富士山……」
 横に立つ妹紅は空に消えていく煙を見上げ、静かにつぶやいた。炎に照らされた妹紅の目は、細く、氷のように冷たい。先ほど、山に登り始めたころから、口数が少なくなり、考え込むように俯きがちになった。そして次第に表情も暗くなっていった。
 妹紅の様子を訝しんでいるのか、輝夜は首を傾げた。
「どうしたのよ。さっきまで嬉々と私の宝を燃やしていたじゃない」
「何か、嫌な予感がするんだよ」
「嫌な予感、って何よ?」
 妹紅は何も言わずに輝夜から目をそらした。夜の暗闇を帯びた妹紅の顔に、輝夜は何も言えないのか、静かに口を閉じた。


 二十一番目の山を登るころには二人共無口になっていた。
 妹紅は暗い表情のまま何も言わない。輝夜の言葉に反応も示さず、次第に輝夜の口数も少なくなっていった。
 山頂に登った輝夜は先ほどのように小包を地面に置く。そして妹紅は何も言わずにそれを燃やす。木は生えておらず、一面を雪で覆われた山頂より、一筋の煙が空へと上がっていく。
 輝夜は隣に立つ妹紅の顔を、横目で見ながら言った。
「次、行くわよ」
「なあ輝夜」
 妹紅は煙が立ち上る様を、真剣な表情で見つめていた。
「あの煙ってどこに行くんだろうなあ」
「妹紅?」
 妹紅は正面から輝夜の目を見つめた。妹紅の方が背が高いせいだろうか、輝夜には妹紅の様子が威圧的に思えた。何も言わない輝夜に対し、妹紅は静かに見下ろした。
「お前のことだ。気づいていないわけじゃないだろう?」
「……何を言っているの?」
 妹紅は答えず、輝夜に詰め寄る。吐息がかかるほど近い距離に、妹紅は立っていた。
「答えろよ。あの煙はどこに行くんだ?」
「言っていることがわからないわ」
「お前は大量に永遠の薬を燃やした。その煙は夢の世界に漂っていく。そしてドレミーは言っていたよな、全ての生き物は夢で繋がっているって」
 妹紅の頬は、雪の寒さのせいか、それとも傍らで燃える炎のせいか、赤々としていた。輝夜は眉をしかめ、その顔を見上げた。
「……何が言いたいの?」
「もっと早く気づくべきだった。私はとんでもないことをやってしまった!」
 叫ぶ妹紅の姿を見て、輝夜は困惑したような表情で見つめた。妹紅は絞り出すように言った。
「夢で全ての生き物が繋がっているということは、蓬莱の薬の煙が、他の夢に伝搬する可能性がある。そして例え煙とは言え蓬莱の薬を吸えば……」
「不死になる……」
 そう言うと輝夜は押し黙った。妹紅はそんな輝夜を鋭くにらんだ。
「単刀直入に言うぜ。これはお前が仕組んだんだろ。みんなを不死者にするために」
「な……!」
「お前は月の住人だから、ドレミーを味方に引き込むのも簡単だったろうさ。そして富士山を量産するという名目で蓬莱の薬をばらまく。しかも今日は正月だ。今頃は初夢を見るために、幻想郷は寝静まっているだろう。よく出来た計画だよ」
「違う! なんでそんなことをしなくちゃいけないのよ!」
「さあな。寂しいからじゃないか? 永遠の命を持っているお前に、ついてこれるのは永琳くらいだろうからさ」
 妹紅の視線は厳しさを増していった。隣で燃えていた小包の炎は、いつの間にか小さくなり、辺りは寒々とした闇が戻っていた。二人はしばらくにらみ合い、そして輝夜は、妹紅に対して言葉を吐き出した。
「待って。妹紅だって同じことが言えるじゃない」
「私が?」
「あなただって永遠を行きているわ。でも一人じゃ寂しいから、みんなを不死にしたいんじゃないの?」
「馬鹿げている。第一、私はドレミーに頼めるわけないだろ」
 ドレミーは月とは関わりが深い。月の住人は夢を介して移動する方法を知っているため、ドレミーに面識がある者も存在する。しかし地上に住む妖怪や人間は、そのほとんどがドレミーの姿を見たことは無い。そのため妹紅がドレミーを利用することは難しい。
 しかし輝夜は首を振った。
「もしここが妹紅の夢だったとしたら、ドレミーに頼む必要なんて無いわ」
「どういうことだ?」
「あなたは蓬莱の薬がどういうものかを知っている。だから夢の中で作り出すなんて簡単じゃない?」
 藤原妹紅はその手に蓬莱の薬を持ったことがある。そしてその効果を身をもって知っている。仮に夢の中で作ろうとしても、妹紅ならば造作もなかっただろう。
 しかし妹紅は反論した。
「じゃあ、あのドレミーはなんだよ?」
 輝夜の顔に、妹紅の吐息がかかった。輝夜は考え込むように目を閉じ、そしてゆっくりと開くと、妹紅を見上げた。
「……ドレミーも私も本物じゃないとしたら?」
「は!?」
「これはあなたが見ている夢だとしたら? 自身の行動を納得させるために、あなたの深層心理が見せた夢。そうでないと言い切れるかしら?」
 妹紅は一歩、後ずさった。輝夜は、能面のように冷ややかに、表情を廃していた。固く結ばれた唇を、妹紅は見つめた。
「驚いたな。自分を偽物だと普通言うか?」
 輝夜はゆるやかに頷いた。
「……たぶん私かあなたのどちらかは偽物よ」
「どういうことだ?」
「さっき思い出したの。ドレミーは私たちに対して『あなた』としか言わなかった。『あなた達』とは言わなかった」
 妹紅は口を開いたが、そこから言葉は出てこなかった。そして何も言わずに口を閉じ、頷いた。確かにドレミーは、まるで一人に話しかけるように会話をしていた。
「妹紅。もしドレミーが本物だとしたら、私達のどちらか一方を夢が見せる幻と見抜いていたから、そんなことを言ったのよ」
「じゃあドレミーが偽物なら?」
「同じことよ。この夢を見ている者は、本当は私達のどちらかが偽物だと知っている。だからドレミーの口を借りて言ったのよ。本物は一人だけだって」
「けっきょく変わらないってことか」
 輝夜は口を閉じ、妹紅を見つめた。対する妹紅も、輝夜を見返した。妹紅の紅白のリボンが、少しだけ風にゆれる。雲が出てきたのか、月明かりが陰り、山頂は更に暗くなった。
 妹紅はため息を吐いた。
「だが、自分が偽物なんて確かめる方法無いぞ。どうするんだよ」
「無くはないわ。本物らしくない行動や、本物が知っているはずのものを知らなかったりすれば、それは偽物よ。でも……」
「……だからか」
 妹紅のつぶやきに、輝夜は目をひそめる。妹紅は輝夜を見返して、言った。
「妖怪の山の山頂に登れなかっただろう。あれは山頂がどのようになっているか知らなかったからじゃないか?」
「でも他の山には登れたわよ」
「他の山は書籍や絵で目にすることはあるからな。けれど妖怪の山は、山頂が高すぎて見えないし、数えるほどの人間や妖怪しか一番上まで登ったことはない。だから私達も『知識のない』妖怪の山のてっぺんには行くことができなかったんだ」
「知らないことは、私達には行けない。そういうわけね」
 そう輝夜が言ったとき、妹紅は声を潜めて口を開いた。
「……待て。じゃあ、本物が知らないはずのことを知っていれば、どうなる?」
「何が言いたいの?」
 聞き返しても妹紅は答えなかった。妹紅は口の端をあげ、微かに笑っていた。いや、笑おうとしていた。口元が引きつり、奇妙な表情を浮かべていた。
 輝夜は、妹紅、と問いかけた。輝夜を見下ろす目は、周りが闇に覆われているせいか、どこまでも暗かった。
 妹紅は言った。


「なぜ私はドレミーを知っているんだ?」


 輝夜は息を飲んだ。そもそも地上の人間でドレミーの存在を知るものは、八雲紫など限られた者にすぎない。そして竹林からほとんど出ていかない藤原妹紅は、他の人間以上にドレミーの存在を知る機会は無い。
 だから藤原妹紅がドレミーを知っているはずはなかった。
 妹紅は喉元から絞り出すように言った。
「私が、偽物だ」
「待って、妹紅」
 呼び止め、肩を掴んだ。手の中に、妹紅の体の熱を感じた。けれどそれは今すぐにでも消えていきそうに思えた。妹紅は輝夜の方を向き、笑った。どこか寂しそうに輝夜には思えた。
「これが、お前が望んだ夢なんだな」
「待って!」
 何か言わないといけない。そう思い輝夜は口を開いた。けれど何を言うべきか思い浮かばず、気がつけば周りは黒い闇で覆われていた。そこに山は無く、星も無く、妹紅もいなかった。
「妹紅!」
 叫んだ声は闇の中に吸い込まれ、消えた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「姫様、どうなされました」
「え?」
 瞬きをすると、私の目の前に永琳の顔があった。永遠亭の医者は、寝起きの輝夜の横で心配そうな表情を浮かべていた。
「随分うなされていましたよ。悪い夢でも見られましたか?」
「ええ、そうね」
 布団から起き上がろうとしたが、そのまえに永琳が正座を崩し、立ち上がった。
「少々お待ちを。今、お水を持ってきます」
「良いの、永琳。それより一人にしてくれない」
「しかし」
 心配で仕方ない。そう顔に書いてある永琳に対し、私は笑いかけた。我ながら無理のある表情だったと思う。
「良いから」
「……分かりました」
 それでも永琳は頷き、部屋を出ていってくれた。
 私は布団を頭から被り、目蓋を閉じた。しばらく一人でいたかった。


 それからしばらくして私は裏の木戸を開け、外へと足を踏み出した。布団の中で目を閉じても、あの夢のことが思い浮かび、嫌な気持ちになった。気分転換のためにも私は永遠亭の外に行きたかった。
 ウサギ達は朝の準備に忙しいのか、私が屋敷から出ていこうとしているのに気づきもしない。永琳はどこかで見ているのかもしれないが、一人になりたかったので、気にせず竹林の中へとわけいった。
 早朝の竹林には薄っすらと霧がかかり、その中を陽光がにじんだような明かりで照らす。風に吹かれてささやく竹の葉と、自分の足音しか聞こえず、静かだった。
 しばらくあても無く、足の向くままに歩いた。
 穏やかな朝というのに、頭のなかには昨夜の夢が離れなかった。
 夢の中の妹紅が言ったように、里の者にも不死の煙は届いてしまったのだろうか。あるいは何ごともなく、ただの夢で終わったのだろうか。
 そして私は、本当にあの夢の通りのことを望んでいたのだろうか。
 答えの出ないまま歩いていた私は、足元にわずかばかりの段差があることを見ていなかった。気がつくと足を引っ掛け、地面に転がっていた。
「……何をやっているんだろう、私」
「本当だな。お前はいったい何をやっているんだ?」
 目の前には、いつの間にか藤原妹紅が立っていた。見下ろす彼女に、私は転ぶところをしっかりと見られてしまった。気恥ずかしさに顔を赤らめるが、今更ごまかすことなどできず、顔を背けて立ち上がった。着物の裾についた落ち葉と土を払い、妹紅に向かって言う。
「いいから放っておいて」
「そうかい」
 肩をすくめた妹紅だが、その両手から微かに炎が立ち上る。おかしいと思ったときには、炎は人の背丈ほどの大きさになっていた。
「ちょ、ちょっと待……」
 後ずさろうとした私の体を灼熱の炎が包む。辛うじて魔力で防御をするも、咄嗟のことなので服の裾や髪の先端が守りきれなかった。木の葉と布の焼ける不快な臭いを感じつつ、妹紅から距離を撮る。妹紅はといえば、悪びれる様子もなく、こちらににやけた顔を向けている。
 肩にかぶった灰を払いつつ、私はにらんだ。
「……放っておいてと、言ったよね?」
「攻撃するなとは聞いてないからな」
 頬を引きつらせて笑う妹紅を前にして、私は右手を突き出した。手のひらの前に光が集まり、スイカほどの大きさの光球が形作られる。私は笑い返しながら言った。
「よく分かったわ。死ね!」
 私は弾幕を妹紅に飛ばす。朝の竹林に爆発音が響いた。


 先ほどまで竹が無造作に並んでいた空間は、気がつくと黒茶けた更地になっていた。私が竹を吹き飛ばし、そこに妹紅の炎がうつる。青々とした竹林は、無残な荒野となっていた。その中心で私と妹紅は隣り合って倒れていた。二人の着物は傷だらけになって擦り切れ、ところどころ黒く、焦げていた。
 新年早々、私は一体なにをやっているのだろう。
 自己嫌悪を覚えつつ、目を閉じていると、隣から声が聞こえた。
「気は晴れたか」
「心配しているの?」
 妹紅のほうを振り向くと、彼女は顔をそらした。
「馬鹿。落ち込んでる奴を殺しても、寝覚めが悪い」
 私も妹紅から視線を動かし、空を見上げた。先ほどの弾幕勝負の結果か、辺りの竹は軒並み倒れ、青空を遮るものはない。天候が崩れがちな冬にしては、珍しいほど晴れ晴れとした日だった。ゆるやかに漂う綿雲は、朝日をかすめる。
 気がつけば輝夜の頬はゆるんでいた。まるでおかしい話だと思った。先ほどまで殺し合いをしていた人物と隣り合って空をみるだなんて。
 いきなり妹紅に会ったせいか、それともあの夢を見たせいか、今の自分はどこか普通じゃないように思えた。だからだろう。妹紅に話をしてみようと思ったのは。
「……嫌な夢を見たの」
 私は空を見上げたまま夢の話を口にした。


「何を悩んでいるかと思ったら、くだらない」
 焼け焦げた地べたに座り込んだ妹紅は、私の話を一笑した。
 私は口を開けたまま、何も言えなかった。自分が抱えていたものを、たった一言で切り捨てられた。そのことが、何故か信じられないように思えた。
 思えば当たり前だ。妹紅は私の敵で、私は妹紅の敵だ。話をしたところでまともに聞いてくれるはずもない。なのに今の妹紅には聞いてもらえるような気がしていた。そんなこと、あるわけないのに。
 言い返す気にもなれず、俯き地面を見つめる。その上から妹紅が声をかけてきた。
「いいか、お前はな……」
 一息ためて、ゆっくりと吐き出すように妹紅は言った。


「友達を作りたいだけじゃないか?」


 思わず妹紅を見上げた。彼女の顔は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
 友達を作りたかった。そうなのだろうか? 胸の内に問いかけてみても答えは帰ってこない。けれど何か、しっくりと来るものを感じた。あの回りくどい夢は、確かに妹紅の言うとおりだったのかもしれない。
 けれど、それで済ましてはいけないことがあった。
「でも、私は蓬莱の薬をみんなの夢に飛ばしてしまった……」
「そんなわけ無いだろう。お前の夢にそんな力があるわけないさ、バーカ」
 馬鹿とまで言われた。妹紅の浮かべる呆れ顔には、殴りたくなるものがあったが、辛うじて拳を出すのを止めた。妹紅は彼女の白髪を払った。
「それに本当にそんな力があったとしても、ドレミーとかいうやつが防いでくれるんじゃないのか?」
 そう言われて私は目を見開いた。確かにドレミーであれば、どんな夢を見たところで無かったことにできる。
 私は頭を抱えた。
 先ほどまで悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。目の前の妹紅はというと、何がおかしいのか、にやにやと笑っていた。
「だいたい、お前らしくないんだよ。目的のためなら月から地上に降りてきさえするのが、蓬莱山輝夜じゃないのか?」
「……そうね。確かに、そうね」
 妹紅の言うとおりだった。自分のやりたいことをやる。それが私だったはずだ。全く、新年始まってすぐに変な夢をみてしまうから、こうして妹紅にも呆れられてしまうのだ。
 いつの間にか私も笑っていた。というか、笑うしかなかった。私たちは焼け焦げた落ち葉の上で互いに笑いあった。
 ひとしきり笑ったあと、私は改めて妹紅に向かい合った。
「もう一つだけ、私らしくないことを言うわ」
「何だ?」
「あけましておめでとう。藤原妹紅」
 妹紅は呆気にとられたように口を開き、次いでクツクツと笑った。妹紅の黒い瞳が私を見返した。
「ああ。あけましておめでとう。蓬莱山輝夜」
 私も、妹紅も笑みを浮かべた。
 きっと妹紅と私は、この後も何度も殺し合いをして、お互いに酷い目にあうことだろう。それでも思う。


 願わくば、今年が私達にとって良い年でありますように。
明けましておめでとうございます。
新年最初の作品ということで初夢を題材に書きました……が、もうかなり時期がずれている気がしますね……。
本当なら一月二日に投稿するはずだったのですが、どうしてこうなった。

それはともかく、今年もよろしくお願い致します。
maro
http://twitter.com/warabibox
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コメント



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1.無評価雪夜削除
明けましておめでとうございます!
面白かったです!

2.60大根屋削除
ノリは嫌いではなかったです
3.100名前が無い程度の能力削除
夢には抑圧された願望が表れると聞きますが、姫様の本当の願いとそれを見抜く妹紅、そのやりとり等、とても面白く、また微笑ましくてほっこりしました。
4.90名前が無い程度の能力削除
終わりかたが好きです
爽やかでした
5.90名前が無い程度の能力削除
タイトルからしてギャグと思いきやあんまギャグじゃなくてビックリ
もっと突き抜けて欲しいとは思いつつ、全体的には好きな傾向の話でした
6.100名前が無い程度の能力削除
最初のギャグそのものの空気が中盤で大きく反転して、最後に穏やかな締めがくる
読んでてとても楽しい作品でした
同じ時間を共有できてこちらことをとても良く理解してる
そんな友人が姫様に早くできることを祈っています
7.80奇声を発する程度の能力削除
読んでて面白かったです
8.90名前が無い程度の能力削除
富士山ヴォルケイノであった。