Coolier - 新生・東方創想話

王女たちの為の輪舞曲

2017/01/13 12:56:34
最終更新
サイズ
30.72KB
ページ数
1
閲覧数
2265
評価数
2/5
POINT
350
Rate
12.50

分類タグ

 王女たちの為の輪舞曲 



 一.吸血鬼の死因

「私には凍死が似合うと思うんだよね」

 我が妹フランドールが不意にそんなことを言った。それは夜の雪の降る景色を姉妹二人、ベランダで眺めながらお茶を飲んでいる時の事だった。
「突然どうしたのよ」
 外では月を隠す忌々しい鈍重な灰の空から白い粒が絶え間なく落ちてきて、紅魔館の庭を埋め尽くしていた。近くに置かれている魔法のストーブにくべられた薪がぱちりと不穏な音を立てる。私は怪訝に思って眉を顰め、妹をじっと見詰めた。
「お姉様はどう? 私には凍死が似合うとは思わないかしら?」
「脈絡がなさすぎて意味が分からないわ」
「いえね、今雪が降っているでしょう? 雪って冷たいじゃない? 冷たさと言えば凍死でしょ? で、私には凍死が似合うなぁって思ったの」
「連想が物騒ね。そして私が聞きたいのはHowではなくWhyよ。どうして我が妹は突然自分の死因について語り出したのかということ」
 フランドールはそこで穏やかに微笑んだ。この子の微笑みはいつ見ても愛らしい物だが、それを浮かべる時の状況はいつだっておかしい。
「ふふ、考えてみて。どうして凍死なのかも含めてね」
 まるで子供が謎々を出したみたいに、フランドールは無邪気に笑っていた。
 私にはこの子がどうしてそんな風に笑えるのか、まるで分からなかった。


 二.重罪の手

 どうして私に凍死が似合うのか?
 それは私が〝罪人〟であるからに他ならない。
 そして私の一部にしてこの忌々しい右手こそ罪人である証。
 この右手が――いや全てを含めた私という存在が――姉の重荷であることは周知の事実だと思う。重荷という表現ですら生温い。足枷、呪縛、爆弾、いっそ癌細胞と言っても良いかもしれない。とにかく私は姉に迷惑を掛け続けてきて、これからもそうなっていく。永遠に彼女に纏わりつく不運の鎖、厄介事なのだ。
 罪人は罰せられるべきである。滅されるべきである。消えるべきである。
 そして罰は重く、痛ましく、惨たらしくなければならない。
 では何故凍死なのか。
 これについて、吸血鬼への効果的な対処法などといった事情は一切含まれてはいない。だが一応言い含めておくと、寒さが吸血鬼に対して有効なのは事実である。体温が無くなれば動けなくなる。動けなくなるだけで、死にはしないが。
 重要なのは〝温もり〟である。
 この場合の温もりとは、単純な温度の話ではなく、繋がりによって齎される物を指している。思い遣りとか、人情味とか、仁愛などで生まれる〝温もり〟である。
 足手まといである私を、姉は事の他気にかけてくれる。姉だけではなく、彼女の親友も従者たちも、私に慈愛を注いでくれる。微笑みかけてくれる。受け入れてくれる。その温度が、私を満たして心地良くさせてくれる。

 けれど、それでは駄目なのだ。

 私にそれを享受する資格はない。権利がない。私は穢れの固まりなのだ。命を吸い過ぎてぶくぶくに肥えた醜い怪物――罪人だ。
 そんな物に温かさを与えては、いつまで経っても罰せられることはない。贖罪の時はやってこない。私は永遠に許されない。
 だから拒絶する。
 私は彼女たちからの温かさを拒否する。それを見せつけ、明示する。

 故に凍死。

 寒さに凍え、冷たさに震え、熱を奪われ、一人さもしく死ね。
 施しも憐みも救いも――命も捨てろ。
 気にもされず、忘れ去られるように死んでいく様こそお前に相応しい。

 姉は、これを理解してくれるだろうか。
 いやしないだろう。だから答えを教えるつもりはない。  
 でもいつか、分かってくれるかもしれない。
 
 きっと、その時私はもう、いないのだろうけど。



 三.不自然な距離

 片方の答えなどとうに分かっていた。
 どうして突然「凍死が似合う」などとのたまったのか――それはフランドールが〝死にたがり〟だからだ。それを私は嫌というほど知っていた。
 次の日、夕刻に目を覚ました私はすぐさま我が紅魔館の門番にして庭師の従者、紅美鈴を呼び付けた。彼女もまた、フランドールが〝死にたがり〟であることを知っている。そしてこれに関する問題で直接立ち合ったのは、彼女と私だけだった。
 事が事なだけに、私は紅茶を入れさせた後に咲夜を下げさせた。場所も自室ではなく客室を使っての面談にした。紅魔館の外は今も変わらず雪が降っていて、氷点下で肉体労働をしていた美鈴はけれど疲れた様子もなく、いつも通り朗らかな笑みを浮かべていた。一方で私の心は苦痛なほどに時化ていた。目覚める前からずっとフランドールの出したもう片方の質問に気を揉んでいた。
「妹様に凍死が似合う理由、ですか……」
 対面に座り私から事情を聞いた美鈴はぼんやりと呟いて、しばらく腕を組んで唸っていた。
 それから「ふむ」と納得したように頷き、一言発する。
「分かりません」
 最悪な肩透かしである。私は意味あり気な仕草をわざとしたのだろう彼女に向かって、近くにあった万年筆を投げつけた。彼女はそれを苦笑しながら受け取った。
「頼むよ美鈴。フランについては知らないお前じゃあないだろう」
 昔、フランドールと大喧嘩した時に共に対処にあたったのが彼女である。私が勝利した後に関係を修復してくれたのも、彼女であった。
 美鈴は、一度紅茶を口に含んで会話に一拍間を置いた。
「そもそも火葬、水葬、杭打ち……吸血鬼を殺す方法として、凍死というのはどうも決定打に欠けますよね」
「確かにねぇ」
 凍死なら、天候が変わったり野生動物に食われたりさえすれば我々はそこからあらゆる方法で再生することができる。どのやり方でもそうだが、基本的に人間が吸血鬼を殺す――いや殺しきる事は、実は不可能なのだ。
 彼らがとっている方法は、あくまで一時的な封印措置に過ぎない。その中でもただの凍死はまだ回復の可能性が残る。
 私は美鈴に倣って紅茶を口に含み、乾いていた唇を湿らした。
「フランと凍死、か……」
 すでに『何故凍死の話をしたのか』の理由は分かっている。しかし『何故フランドールに凍死が似合うのか』という疑問に答えられなければ、あの歪曲した性根の妹を満足させる事は出来ないだろう。
 片方だけでは、無意味なのだ。
 両方揃えて、意味が有る。
「お嬢様もそうですけど、特に妹様の思考は、複雑で怪奇がすぎる……」
 どうしてあの子がそうなってしまったのか、私には分からない。けれど気付いた時にはもう、フランドールはあのような物だった。彼女の心の中にはカオスが渦巻き、それがあらゆる場所から滲みでている。それを情緒不安定と言う者もいるかもしれないが、そんな生易しい物ではない。そのカオスは爆薬で、とてつもない爆発を起こすのだから。経験から語るが、巻き込まれればただでは済まない。
「……凍死といえばマッチ売りの少女ですよね」
 美鈴はふと、思い出したように呟いた。
「童話じゃないか。それがどうした?」
「マッチ売りの少女は売れなかったマッチで暖を取り幸福な幻影を見て、最後は亡き祖母に導かれて天へ昇り、凍死するわけですが……」
 美鈴は少し言葉を選ぶように間を置いて、その話を続けた。
「妹様はその逆で、寒さに対して幻影を見ているのかもしれません」
 幻影を――死の幻影を――見ている。
 急に背筋が冷たくなって、私の身は無意識に打ち震えた。あの子を失うことを考えると、途端に恐怖にかられ、足元が覚束なくなるほどに冷静さをなくしてしまう。揺らいだ気分を落ち着けるように、私は密かに一度深呼吸する。
「幻影というか、幻想というか……口ぶりからして、憧れに近い何かを含めているような気もするのですが」
 つまり寒さに対して何かしらの憧憬がある? 
 それとも意味を――意義を見出しているのだろうか。
「とにかく私が推察できるのはここまです。あとはお嬢様自身でお考えください」
「なんだ、一緒に考えてくれないのか」
 私は寂しくなって、つい子供っぽく甘えるみたいに美鈴に言ってしまった。そしてこれはミスだったとすぐさま自省した。美鈴もそれを察してか、珍しくその眼が鋭く細まり、私を睨め付ける。
「これはお嬢様たちの問題でしょう。私は深入り出来ません――したくても出来ません。ですからどうか、真剣にお考えください。易々と他者を巻き込んではいけません。巻き込んでも……私のように、中途半端に終わるだけだと思います」
 諭すように言われてしまった。私は安易だった自分を恥じた。
 そう、これは私とフランの問題なのだ。私たちが解決しなければいけない問題で、頼むにしてももっと真摯な態度を取らなければならない問題だった。
 美鈴だって本当はもっと踏み込みたいだろうに。けれども彼女はその線引きを理解していた。いやもしかしたら、それは今までフランと接してきた中で痛感した線であったかもしれない。なおのこと今の状況は彼女にとって無念なはずだ。
「ごめん……ちゃんと結論は自分で出すよ」
 気を引き締めて、私は頷く。しかし安心するでもなく、美鈴は少し苦悩する表情になった。まだ言い足りていないのか、私は彼女の言葉を待った。
 いくらか迷った末に、結局美鈴は言うことにしたようだった。私の方を、自らの言葉通り真剣な眼差しで見据え、声を低くする。
「こんなことを言うべきではないと思いますが、お許しを……お二人は、肝心なところで遠慮しすぎている嫌いがあります。普段はそれこそ好き放題言い合っていますが、その実絶対に触れない部分をお互いに持っておられる。不自然な距離を保ち続けている。今回はそれが明るみになってしまっています」
 有難いことに、それは、彼女なりに心配してくれている言葉だった。
 けれど。
 けれど私はその指摘を、とても不愉快に感じ取ってしまって、思わず眉間に皺を寄せていた。「……分かってるよ」と荒々しく答えて、それからそっぽを向いてしまった。言葉を続けようとしていた美鈴が威圧されて思わず閉口する。でも言外に逃げるなと責められている気がして、私は酷く苛立ってしまって気にする事が出来なかった。それこそ、今はこんなことを思うべきではなかったのに。
「……すみません、失言でした」
 美鈴が頭を深く下げて謝った。正しい事を言ったと私も分かっている。けれど素直に認められるような気分じゃない。私は自分の餓鬼さ加減を甚だ嫌悪した。
「……別に」
 
 お前に何が分かる――思わずそう口走りそうになって、私は下唇を噛んだ。



 四.拘束するための運命

 フランドール・スカーレットには前科がある。彼女は自ら死を望み、そしてそれを隠し続け、姉であるレミリア・スカーレットとの決別を演じ、命を狙い、罰として自らの死を乞い、そして負けたことがある。それは遠い昔の記憶。世界中を飛び回って勃発した傍迷惑な姉妹喧嘩。そしてもう、終わり、許された筈の話。

 ささくれ立った心を静め、レミリア・スカーレットは意見を求めて館中を歩き回った。
 美鈴の忠告通り、安易に彼女とその妹の問題に巻き込まぬよう質問を虚飾して。
「吸血鬼に凍死が似合うとして、それはどんな理由だと思う?」
 けれどその質問は、レミリア・スカーレットにとって触れて欲しくない場所を隠すための誤魔化しであり、単なる自己防衛の一種で、そこに他人への配慮などは微塵もあるはずがなく、それを自覚している彼女の心情はじわじわと落ち込んでいった。
 レミリアの従者にして紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が答える。
「火葬や杭打ちと違って、傷の無い綺麗な死だからではありませんか? 吸血鬼は美男美女ばかりだと言いますし、死んで尚美しさを見せつけるためでしょうか」
 親友にして知識人の魔女、パチュリー・ノーレッジが答える。
「……孤独な死に方だからじゃない? ほら凍死って、他の人がいないから助からないわけで。孤高な吸血鬼は孤独に死ぬのが相応しい、とか」
 魔女の使い魔、図書館の司書である小悪魔が答える。
「吸血鬼も生き物と一緒で寒さに弱いという種族的な皮肉でしょうか」
 妖精メイドやホフゴブリンにも聞いて、レミリア・スカーレットは多くの意見を集めた。それから彼女は自室のソファでそれらを精査し、材料とし、解を導いていった。
 
 レミリア・スカーレットは恐れている。フランドール・スカーレットを失うことを。
 それはどうしようもない事実であり、曲げられない真実である。
 彼女はレミリアの片割れだ。人生の――魂の片割れだ。
 それを失ってしまった時、レミリア・スカーレットは壊れるだろう。壊れ続けるだろう。壊れ果てるだろう。無様に、滑稽に、一遍の誇りもなく崩壊するだろう。
 それが避けられない運命である事は、運命を操る彼女の能力を持ってして、間違いなかった。
 
 やがて、レミリアは答えを出す。これが正しいかどうかは正直自信がない。けれどうかうかしてはいられない。彼女は早速自室を出て、真っ直ぐにフランドールの部屋へと向かった。
 辿り着き、ノックして、返事を待つ。だがしばらくしても返事がなかった。もしかしたら既に遅かったのかもしれない。レミリアは浮足立って扉のノブに手を掛けたようとした。しかしその時丁度ノブがぐいっと回って、扉が開かれた。中からフランドールが不思議そうに顔を覗かせた。
「あ……」
 出鼻をくじかれて、レミリアは思わず言葉に窮してしまう。
「なんだお姉様じゃない。何? 昨日の質問の答えを用意できたの?」
 フランドールはいつも通りだった。困っているような姉を見てニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。その相変わらずさにしばらく呆けていたレミリアだったが、やがて「ん」と少しばかり喉を鳴らして気を改める。
 そして彼女へ提案した。
「フラン、今日は久しぶりに、お姉ちゃんの部屋で一緒に寝ないか?」
 予想外という風に、フランドールが呆けて「はぁ?」と間の抜けた返事をした。それから「なんでそうなるの?」と言って、にわかに嫌がった。

 けれど彼女は嫌がりこそすれ、結局レミリアの提案を拒絶することはなかった。



 五.この世界でたった二人だけの吸血鬼

「それではお二人とも、お休みなさいませ」
 部屋の明かりを消して、咲夜が丁寧に礼をしてから下がった。
 夕食後、軽いお茶をしてから私とフランドールは床に就いた。棺桶で寝るのはさすがに狭いので退かし、枕を並べて添い寝している。外はいつの間にか吹雪いており、凍死するには絶好の天気だった。荒んだ風が窓を揺らして不気味な音を立てる。それらの音は、私の不安を際限なく煽り続けていた。
「ねぇお姉様、なんで急に一緒に寝ようなんて言ってくれたの?」
 口元を布団で隠したフランドールが、私を横目に見てそう聞いてきた。私は少し返答に迷った。どう切り出した物か、柄にもなく緊張してしまっているようで、何だかおかしな気分だ。
 そんな自分を笑ってやりたくなったので、ふっと頬を緩ませて私はフランドールへ顔を向けた。
「質問、答えてあげようと思って」
「うん」
「まぁ、これが私の答えなんだけどさ」
 そう言ってフランドールの右手を優しく握った。温かくて、柔らかくて、愛おしい右手だ。離したくない、離してなるものか。私は強くそう思った。
「……どういうこと?」
「フラン、今の生活は楽しい?」
「うん、まぁ、それなりにはね」
「寂しくない?」
 フランドールは怪訝な表情を浮かべる。あんまり素直に答えてくれない私に業を煮やしているに違いない。
 私も踏み込めない自分に情けなさを感じていた。彼女の事になると、私は途端に臆病風に吹かれてしまう。
「寂しくはないよ、不自由もない」
「なら……」
 ならどうしてお前は死にたがるんだ――そう言おうとして、けれど声が詰まって話せなくなった。開いた口が渇いていく。
 そこまで触れたくない。
 そこまで深く触れてしまったら、また彼女が目の前から消えてしまうようで、もう取り返しがつかなくなりそうで、私は何よりそれを恐れていた。
「なら、いいんだ」
 私は臆病者だった。
「答えになってないんだけど。お姉様、実は答え分かってないんじゃないの?」
「いや……どうして凍死が似合うのかは考えたよ」
 フランドールの目が挑発するように笑った。彼女は「へぇ」と相槌を打つ。

「お前は私に見せつける気だろう。一人で死んで、それを私に見せつけて、そうやって困らせる気だろう」

 不意を突かれたように、フランドールは驚いた顔になった。
「凍死というのは他者がいれば助かるし、他の死に方より傷がつく可能性がない。しかも人間と同じような死だ。そうやって死ねば、吸血鬼という種族を特別視する私が、まるでお前を見離しているような形になる。それが私への当てつけになる。違う?」
 訊ねると、フランドールは穏やかな目つきになって「ふふふ」と声を漏らして笑った。正解かどうかはその反応からは分からなかった。多分正否を教えてはくれないだろう。相変わらず捻くれた妹である。
「だから、これが答えなんだ」
 私はフランドールの右手を少し強めに握る。彼女が忌み嫌っているはずの右手。切り離そうとした右手。私は知っている。それでも私は、大好きな右手だ。
「お前を死なせたりなんかしないよ」
 私が守ってやらなければだなんて傲慢な心ではなく。
 私が守りたいから守るんだよ。
「不満があるなら言ってくれ。隠し事は無しにしよう。何があってもお前を守ると誓う。お前の願いを叶えると誓う。だからどうか、私を困らせないでおくれ。私の手の届く位置にいてくれ、フラン」
 だってお前は、この世界でたった一人の妹なんだから。

 だって私たちは、この世界で立った二人だけの姉妹なんだから。

「……うん」
 フランドールは目を伏せてそれを肯定した。嬉しそうでもなく、恥ずかしそうでもなく、その眼が寂しそうに見えたのは何故だろう。
 私の言葉が届かなかったのか。一瞬不安になった。けれどフランドールは私を見て無邪気そうに笑う。
「嬉しい」
 その一言に、私はどれだけの幸福を感じたのだろう。つられて私も破顔する。これは夢かもしれない。彼女とこんなに近しい距離で笑い合ったのは、本当に久しぶりな気がした。
「でも……いつまでも子供扱いしないでよね」
「私にとっては、お前はいつまでも子供だよ」
「最近はお姉様の方が子供じゃん」
「大人になるのはつまらない事なんだよ。お姉ちゃんを見習いな」
 他愛ない話が続いていく。囁き声の談笑は流れる川のように絶え間なく、いつの間にか私の不安は消え失せていた。緊張が解けて、ゆっくりと弛緩する。
 近くに、ずっとずっと近くにフランドールの存在を感じていた。
 それは私にとって、途方もなく幸せで何にも代えがたい時間だった。


 六.許されない者

 まさか見抜かれるとは思ってもみなかった。
 といっても「見せつける」という部分だけで、その理由については頓珍漢な事を言っていたが。私は別に姉を困らせたいんじゃない、救いたいんだ。

 私という、呪いからの解放。その為なら、私は姉を泣かせる事も厭わない。

 隣で眠った姉の顔にそっと左手を添えて、良く眠れる魔法を掛けてあげる。ふわりと掌が蛍のように淡い緑に発光して、その光がお姉様に滲み込んだ。これできっと良い夢が見れるはずだ。これが私からの最後のプレゼント。喜んでくれるといいな。
「おやすみお姉様。良い夢を」
 私は、私の右手に乗っているお姉様の手をゆっくり退かしてベッドから這い出る。
 物音を立てないように浮かびながら移動して、静かにドアへ向かう。
「フラン……」
 不意にお姉様が私を呼んだ。きっと寝言だろう、気付いた様子はなかった。でも嬉しくなって、私は微笑む。
「ばいばい、お元気で」
 私は決意して部屋を出た。

 紅魔館の裏手から外に出る。幸い夜間警備の妖精メイドとも出くわさず、私は誰にも悟られずにあの場所を脱出することが出来た。外は猛烈に吹雪いていた。これならパチュリーの魔法の雨も使えまい。吹き荒ぶ向かい風はあらゆる音を上書きし、闇夜は夜の王たる吸血鬼でさえ見通すことが出来ず、頼りとなる明かりもない。そんな中を寝間着姿のまま、私は一歩一歩と進んでいく。まるで荒野を突き進み道を切り開く旅人のようだった。飛ばなかったのは、風で煽られて方向が狂う可能性を排除するためだった。
 温まっていた身体も薄着の所為ですぐに悴んだ。殴りつけるように私に着弾する雪の冷たさが肌身を突き刺した。歯ががちがちと耳障りな音を立てる。手先も痛んだ。足先はずっと雪に触れているからもう痛みを通り越して感覚がない。吸血鬼の回復力でも間に合わない速度で、私の身体は傷付けられていった。
 何処へ向かっているかも分かっていない。でもとにかく真っ直ぐ紅魔館から離れようと、私は必死に歩き続けた。遠くに行けばいくほど、私の拒絶の意思を表せる。あの場所に居たくないというメッセージになる。だから私は遠くを目指す。
 積雪に埋もれていく子供の足を、吸血鬼の力に任せて我武者羅に動かした。行けども行けども雪と暗闇の世界は続く。私は心底その地獄のような光景を歓迎していた。愛おしいとさえ思った。その愛おしさが私を突き動かした。
 
 どれだけ歩いただろう。気付けば身体の全ての感覚がほとんど無くなっていた。霞む視界と意識の中で、私はまるでそう定められた生き物のように歩き続けていた。吹雪は一向に止む気配がない。一歩、一歩と動く速度は遅くなっていった。もういいだろう。私は最後の力を振り絞る。寒さで凍りついていた私の羽根の七色結晶が、びきびきと音を立てて肥大化する。翼を広げ膝を曲げ、私は渾身の力を込めて地面を蹴った。

 向かい風の吹雪の中を、私は一直線に飛んだ。

 一瞬にして地面が消える。何も見えない暗闇の空の中で、吹きつける吹雪がどこか心地良かった。もう身体には力も入らない。あとは勢いに身を任せる。眠るように目を瞑って、私は地面にぶち当たるのを待った。自然と笑みが零れた。もう何も考えなくて良い、何も悩まなくていいと思うと、最高に救われた気分だった。
 それから雪の敷き詰まった地面が見えたのも、一瞬だった。
 がしゃんと、ガラスが割れるような音がした。
 どぽんと、くごもった音も聞いた。
 私の全身に温い液体が纏わりついた。それは水だった。私は地面に張った氷を突き破って着水したらしい。驚いて思わず空気を吐き出してしまった。一気に肺にまで水が到達し、鋭い冷たさが私を内から突き刺した。咳き込んで残りの空気を吐き出す。吸血鬼は泳げない。水の中では身動きも取れない。これでは凍死ではなく溺死だ。私は沈んでいく一方だった。
 神様は残酷だ、こんなちっぽけな少女の願い一つも叶えてくれないなんて。
 でも、もしかしたらこれで良かったのかもしれない。水底なら、誰かに見つかる確率も下がるだろう。予定通りではなかったが、これも罪人の運命か。
 私は体内にある魔力を放出し、加えて自分に放熱の魔法も掛けた。
 すぐに皮膚の上が凍結し始めた。私の死体には魔力も、少しの温度も残さない。私には何もいらない。
 迫る死期を感じ取って、私は微笑する。
 最後ぐらい、純粋に笑って死のう。
 それが出来なくて、何がレミリア・スカーレットの妹か。
 意識が遠退いていく。もう何も残っていない。これでいい。
 
 ばいばい幻想郷。ばいばい紅魔館。ばいばいお姉様。

 私はやっと死ねて幸せでした
 どうか皆の幸せを祈ります



 …………
 ………
 ……



 どぽん



 七.王女たちの涙

 唐突に目が覚めた。カーテンの隙間から日が差し込み、どこかで鳥のさえずりが聞こえた。壁に掛けられた振り子時計で時間を確認すると、今は朝の九時だった。こんなに早く目覚めるのは珍しかった。
 起き上がると、隣にフランドールがいない事に気付いた。
「フラン……?」
 私は昨日の事を大急ぎで脳内から手繰り寄せようとした。彼女と談笑したことは覚えている。そしていつの間にか、私は眠ってしまったようだ。フランドールよりも先に。
 私は猛烈に後悔した。せめてフランドールより後に寝るべきだった。
 ねばつく不安が私の心臓にこびりついて早鐘を打たせた。大丈夫、きっと自室に戻ったとか、先に起きているとか、そんな程度だ。そうやって自らを落ち着かせようとするほど、私の不安は増長した。
 がちゃり、とノブが回って扉が勢いよく開かれる。「フラン!?」しかし息を切らして掛け込んできたのは咲夜だった。
「お、お嬢様。起きてられましたか」
 息を整えて咲夜が佇まいを正した。それからきっちりと礼をする。でもそんなことはどうでもいい。膨らんでいく嫌な予感を振り払うように、私は咲夜に問う。
「どうした、何があった」
 フランドール――咲夜の口から彼女の名前が飛び出した瞬間、全身の肌が粟立った。

 紅魔館地下大図書館の中央ブロックは円柱状で、いつもなら魔女の机やら研究書などが雑多に置かれているはずだった。けれど今それらは乱雑に吹き飛ばされ、今は巨大で複雑な魔法陣が描かれている。その中心に、黒檀で出来た棺が鎮座し、パチェと小悪魔が何やら作業をしていた。
 そしてその棺の中には、フランドールが横たわっていた。
「フラン!」
 棺の横で膝をついて叫ぶように呼び掛ける。すると彼女はうっすらと目を開いた。
「あぁ、お姉様……?」
 今にも消え入りそうな掠れた声で呼ばれて、私の心臓は圧搾されたように苦しくなった。フランは私に右手を伸ばしてくる。すかさずその手を取って、私は自分の顔を押し付けた。ここにいるぞと伝えたかった。彼女の右手は思わず顔を顰めるほど熱かった。
「パチェ、フランは!?」
「大丈夫よ。もう命の危険もないくらい回復してる。今は失った魔力を補充してあげてるところ」
 そう告げる魔女の顔に嘘偽りはないようで、ひとまず安堵して、私はフランドールを見る。消え入りそうなほど幽かに開いている目が合うと、フランドールは疲れたような笑みを浮かべた。
「ごめんね、死に損なっちゃった……」
 事のあらましは咲夜から聞いていた。夜、フランは一人で外に出たという。吹雪の中を寝間着姿のまま歩き続けたそうだ。そして最後に飛翔して、霧の湖に落ちたという。
 そのまま水底に沈んでいくところを、後を追ってきた美鈴が引き上げたらしい。
 彼女は引き上げたフランを紅魔館に連れ帰り、すぐさまパチェと一緒に治療に当たったそうだ。
「美鈴が余計なことするから、あとで怒ってあげなくちゃ……」
「馬鹿……ッ! この、大馬鹿っ!」
 気付けば、私は涙を流して怒鳴っていた。
 彼女の熱さに負けないくらいの熱い雫が目から零れていた。堪えることも出来ない。そんなにたくさん涙が出る自分に驚いた。そしてフランドールも驚いたようだった。
「お姉様泣いてるの……?」
「泣くさ! そりゃあ泣くさ! くそ……ッ!」
 涙を拭っても拭っても止まらない。胸の痛みは激しくなるばかりだ。
「泣かないで、お姉様……」
「ふざけるな! なんだってお前はそう、いつもいつも……!」
 手を上げて、私はフランドールの頭を叩こうとしていた。自分勝手な奴で、いつも私を困らせる。私を心配させる。どうしようもない憤りがあった。怒りで我を忘れそうになった。でも咲夜が「お嬢様!」と叫んだことで、何とか私の理性は踏みとどまれた。
 振り上げた手を、辛うじて握り拳にする。爪が皮膚を抉って血が滲むくらい強く握って、私はゆっくりと手を下ろした。
「だって……」
 フランは目を瞑って、酷く安らいだ微笑を浮かべる。どうしてそんな風に笑えるのか私には分からない。
「だって私がいたら、お姉様に迷惑が掛かっちゃうから……」
 そんなことない。そんなことない!
「私は悪い子だから、死ぬくらいでしか償えないし……」
「なんでそんなこと言うんだ! 誰がそんなこと言ったんだ!」
 私は貴女に生きていて欲しいのに。
 その願いは、いつまでも届かないのか。
「次は、もっと上手にやるから……」
 そう言って、フランは一雫の涙を流して微笑んだ。
「どうして……」
 どうして彼女はこんなにも微笑む事が出来るんだ? なんで死を望む事が正しいと錯覚してるんだ? どこで間違ったんだ、どこで捻じ曲がったんだ。
 結局私たちは分かり合えていなかった。その事実が私を打ち据えた。
 どうにもならない無情さと虚脱感が私を責め立てる。じわじわと身を炙る。
「ごめんね、お姉様……」
 フランドールの腕から力が抜けて、だらんと重くなった。私は一瞬息を詰まらせてパチェを見た。
「大丈夫。眠っただけだから」
 彼女はそう言って確かな表情で頷いてくれた。私は再び安堵する。フランドールもゆったりとした呼吸で眠っているようだった。右手を離して棺桶に戻そうとする。
 でも、離せなくなっていた。
 離そうとした私の手が、震えていた。
 離すのがたまらなく怖かった。
 フランの右手を、私はまた頬に当てて彼女の体温を直接感じ取る。今まで抱いていた不安と、恐怖と、悲しみと、緊張とのいっしょくたになって凝り固まっていた感情が少しずつ氷解して行く気がした。するとそれらが液体になって、また私の目から零れ始めた。
 やっぱり私は、妹の事となると足元が覚束なくなってしまう。
 しばらくの間私は嗚咽を我慢しながら、涙を流し続ける。
 誰が見ていようが構いはしない。ただただ妹が無事だったことに、私は感謝し続けていた。


 八.エピローグ

 泣き腫らした眼で図書館を後にして、廊下で掃除をしていた妖精メイドに美鈴の所在を訊ねると、どうやらいつも通り正門にいるらしく、レミリアは日傘を差して彼女の元へと向かった。
 外の空は醒めるような青さが広がっており、雲も風も一つもなく、太陽はその光線を爛々燦々と降り注がせていた。雪かきの終えられたレンガの舗道が外気に晒されていて、その道を、レミリアは沈んだ気持ちを引きずってとぼとぼと歩いていく。
 門に近づくと、門柱の上に座って鼻唄を歌い、雪を丸めて小さな達磨を作っている美鈴を発見した。その様子はあまりにもいつも通り過ぎて、猛吹雪の中フランドールを助けたとは到底信じられなかった。
「あ、お嬢様。おはようございます」
 レミリアに気付いて美鈴が地面に降りる。沈んだ気持ちのまま「おはよう……」と答える。彼女に対して感謝する自分と、昨日の態度によって生じた気まずさ、そして泣いていた自分を知られたくない恥ずかしさが、レミリアの顔を上げさせようとしなかった。
「珍しいですね。こんなに早くにお目覚めになられるなんて」
 世間話を掘り下げる気にもなれない。少しばかり沈黙を保ったレミリアは、それから自分の目元をいくから擦って泣き腫らしを誤魔化し、それからやっと美鈴を見上げた。美鈴は不思議そうな顔で己が主を見ていた。
「フランと、会ってきたよ」
「……そうですか。ここで話すのも何ですから、詰め所に行きましょうか」
 すぐに察した美鈴の顔には、嬉しさや寂しさの混じる複雑な表情が張り付いていた。

 詰め所に入ると温かかった。すでにストーブには薪がくべられて燃えていた。どうやら前のシフトだった門番隊の妖精が火の始末を忘れたらしい。あとで怒らなくちゃと美鈴はぼやいた。
「お茶を淹れます。しばしお待ちを」
 レミリアは詰め所に唯一置かれている丸い木製テーブルの、同じく木製の椅子に座った。咲夜に内緒で漫画を読みに来たりする時の定位置で、お気に入りのクッションを座布団みたいに引いて、白い毛布で背もたれをデコレーションしているので座り心地は悪くない。いつもならここで一冊漫画を開くのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。
 すぐにお湯が沸いて、美鈴が手慣れた手つきで紅茶を淹れていった。冬場の淹茶は温度管理が特に重要で、美鈴はちゃんとそれを分かっていた。じっくりと蒸らして抽出した紅茶を白磁のティーカップに注いで、お茶受けのクッキーと一緒にテーブルに置く。
 レミリアは紅茶が紅魔館で栽培されている物だと香りで理解した。
 二人は唇を湿らす程度にそれに口に含んだ。
「……で、どうでしたか、妹様は」
 一息置いて、最初に会話を切り出したのは美鈴だった。
 どうでしたと聞かれても、レミリアは返答に困る。フランドールは酷く衰弱していたし、自身は人目も気にせずわんわんと泣いてしまったし、それをありのまま言うのはどうにも恥ずかしく声が詰まってしまう。
 少し迷い、レミリアは曖昧な様子で言葉を紡ぎだした。
「今はもう、安全な状態だってパチェは言っていた。熱があるみたいだけど、それほど酷くはなかったよ」
「そうですか、良かった……」
 美鈴が安堵の笑みを浮かべて、ほっと張っていた肩を落とした。途中から治療をパチュリーに任せていたのでずっと心配していたのだ。魔力不足は美鈴の持つ気ではどうする事も出来ないので歯痒い思いをした。その気持ちからやっと解放されて、美鈴の中で張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。
「後で顔を見せに行ってやりなよ。きっと喜ぶから」
「それは……ちょっと出来ません」
 まさか否定されるとは。意外な言葉にレミリアは驚いた。
「なんでだよ」
「会ったら、怒っちゃいそうで……」
 申し訳なさそうに美鈴が苦笑する。怒ってしまった身であるレミリアは、彼女の言い分に痛い所を突かれていた。苦虫を噛み潰して渋い顔になってしまう。
「でも、本当に間に合ってよかった……」
 手を組んで、美鈴はいじらしそうに親指を擦り合わせた。再び肩で息を吐いて、紅茶の水面を見詰めながら微笑する。
 彼女がいなければ、フランは今頃水底に沈み、下手をしたら見つけられなかったかもしれない。レミリアはそんな想像に恐怖すると同時に美鈴に感謝した。
「ありがとう美鈴、フランを助けてくれて。それから昨日は……悪かった」
 折角の忠告を、無愛想な態度で撥ね退けてしまった。そして結局彼女に助けられてしまった。申し訳なさと感謝の気持ちで、レミリアの心はぐちゃぐちゃだった。
「やめてください。そんな事言われる立場じゃないですよ、私は」
「謙遜するなよ。お前は私の従者であるけれど、だからって私の間違いを正せないわけじゃないんだから」
 美鈴は首を振った。そうではないと、目が頑なに語っていた。
「違いますよ。だって私はまた、妹様の自殺を許してしまいましたから。私は前回から、何も成長できてませんでした」
「……あんまり言うな。私だって同じだ」
 フランドールには前科がある――壮絶な姉妹喧嘩の末に、彼女は姉であるレミリアの手によって殺されることを願った。レミリアはそれを拒絶し、彼女を鳥籠へと押し込めた。外出も禁じて、自らの掌の上で飼い、愛でることにした。
 それが幻想郷へやってきて、様々な変化が生じた。最近は、もう大丈夫だろうと安心しきっていた。
 その結果が、今の状況である。
「……やっぱり死なせてあげるべきなのか?」
 それが彼女の願いであるなら、叶えてやるべきなのか。私が我慢すれば、全てが終わるのか。レミリアは机に肘を突いて苦悩する。
 しかしフランドールを失えば、その傷はレミリアをやがて殺すだろう。両方揃えて意味が有る。片方だけでは崩れてしまう。
 美鈴はだからまた首を振った。それを力強く否定した。
「諦めてはいけません」
 子供を叱りつけるように美鈴は言った。
「これはお嬢様たちの戦いです。そして先に折れた方が負けます。私は、お嬢様を応援しますよ。咲夜さんたちもきっとお嬢様の味方です」
 それは心強いことで、レミリアはその言葉に自然と胸の裡から気力が沸いてくるのを感じていた。落ち込んでいた心が、ぐっと踏ん張って、姿勢を正すように戻ってくる。
「それに他人に意見を譲るなんて、お嬢様らしくありません。もっと我儘で、振りまわすくらいでなくちゃ」
「……私らしく、ね」
 噛みしめるように言うと、私の中で心が震えた。
 そうだった。
 何故姉である自分が妹に対して配慮しなければならないのか。
 妹は妹らしく姉の後ろをとことこついてくればいいのだ。転んでもすぐに立ち上がって遅れないようについてくればいいのだ。何かあったら、心配をかけさせるなと叱ってやればいい。
 途轍もなく自己中心的な考えだけれど、それぐらいでなくちゃ、フランドールとは対等には戦えそうもない。
 レミリアがそう思い直すと、もう彼女の頭にこびり付いていた不安や脱力感は何処か遠くに吹き飛んでいた。
 改めて紅茶を飲む。
 一息吐くと、やる気がぐんぐん沸いてきた。
「……手始めに、今回の件でフランにお仕置きしてやらないとな」
「あは、手伝いますよ」
「とりあえずしばらくは一緒に寝てやろうと思う。アイツが抜けださないように鎖でふん縛ってばってやる。それで耳元で子守唄を囁いてやる」
 そして近いうちに、どうして死にたがるのか、しっかりと話し合わなければならない。もう、遠慮は無しだ。本気で行く。レミリアはそう決意した。
「もしも抜けだしたら私が連れ戻しますよ、今回みたいに」
「あぁ、頼む」
 きっとフランドールは嫌がるだろう。恥ずかしさであったり、鬱陶しさであったり、申し訳なさであったり、色々な心情を混ぜて、誤魔化すだろう。でもそれでいい。二人の距離は、露骨に嫌がり合うぐらいが、丁度いいのだから。

 フランドールは罰を望んでいる。それが自身の、ひいては姉であるレミリアの救いになると妄信している。その信仰は、他人の言葉ではもう覆る事はないほどに頑強だ。
 だから、それは長い戦争になる。
 百年――いやひょっとしたら千年に渡って続くかもしれない。それでもいつか、きっと、この戦争を終わらせられる時が来るだろう。 
 何故ならレミリア・スカーレットが幻視したから。
 妹とともに心の底から笑い合う。そんな幸福な未来の運命を。
 そしてその未来を勝ち取るために使う力こそ、彼女の運命を操る能力の正体に他ならなかった。
 

 ―了― 
 久しぶりに文花帖を読みまして、二人して烏天狗の記者を煙に巻く様はやっぱり仲良いなぁと思いました。あと鈴奈庵ではチュパカブラを鑑賞している様子もありましたね。あれも良いものでした……。だからまぁ決して仲は悪くないと思うのですが、じゃあ何で外に出たくなかったり出したくなかったり(これはパチュリーが独自に思っている?)するのか。そんなことを考えてこの作品を書いたわけではなく、単純に「妹様がマッチ売ってたら絶対買うわ。誰だってそうする。お嬢様もそうする」っていう妄想が発端です。まぁ妹様の場合マッチで何をするのかわかりませんけどね。

 原作の設定や性格をなるべく重んじていますが、時系列や把握ミス、誤字脱字などの抜けがあるかもしれません。発見された際には、コメント等ご指摘のほどをお願い致します。
泥船ウサギ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.150簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
読み進めることが止まらなくなるほど面白い文章でした。
ご馳走様です!
4.100南条削除
面白かったです
分かり合っているようで分かり合っていないのにどことなく分かり合っているような姉妹の距離感が素晴らしかったです