霊夢が焚き火をしていた。
「海が見えてね」「ほう」「そこらでほわーって光の玉が浮かんでて」「ん?」「ああ、悪くないもんだなって思ったわけ」「うん」「ゆらーゆらーって、周りのものが揺れながら近付いてきてね」「ん?」「木とかが手を振ってるわけ」「ん……?」「じーっと見てたの、動いてるから。そしたら、目があって、ずんずん広がって目になって」「…………」「私をじーっと見ながら近付いてくるから、私、目をそらしたら負けだと思ってじっと睨み返してて」「お前、眠たいのか」「…………え?」
霊夢の様子はおかしかった。箒を抱えて、しゃがみ込んで、焚き火をじっと眺めていたのだ。焚き火は見ていたが目は虚ろ、何も見ていないようだった。
私は、何となく心配になって、霊夢の隣で同じようにしゃがんで、同じように日を眺めた。火が揺れるのが、まるで波のように見えて、オレンジから白く、それから青く変わっていった。まるで、山奥の渓流の底がこんな色だ。青と緑の入り交じった色。波が砕けて、荒れ狂う大波となって、視界が波で埋まり、視界の端がぎゅうっと上へ吊り上がり、頭上で繋がる。視界の端が全て波になり、視界が円形になって、中心が空洞になった。波が寄せるたび中心に青が集い、そして離れた。
何かおかしい、と思って顔を振った。あたりの様子は、いつもの神社と変わりなかった。だけど、焚き火の色は青色をしていた。渓流の色とも違う、金属を燃やした時のような青だ。近くに、一つの人影があった。サイケデリックな色合いの服を着て、帽子を被り、松明を持っている。
「火、足りてる?」
「お前の仕業か」
ドラム缶を拾ってきて、底に穴を空け、直視するのを避けるようにした。霊夢はまだ眺めすぎていたせいかぼーっとしていて、だけどあまり火に近いと危ないから縁側へ運んできた。箒を持ったまま、ぼんやりしていた。
「お前、どこ行ってたの」
「トイレ借りてた。変なトイレ! 穴空いてるの」
「ああ。月人だもんな。……いや、違うのか?」
クラウンピースは松明を地面に突き刺して手を空けている。
ドラム缶の上から、ぱちぱちと火の粉が吹き上がってる。缶があると、火が燃えて空気の流れができるから、上に吹き上がる。不思議と心が安らぐ感じがする。危ないから、消した方がいいかなと思ったけど、暖かいのでなんとなくつけっぱなしにしてしまった。吹き飛ぶ火の粉の色は赤い。
「お前の火、青色にもできんの」
「できるよ。あの巫女、狂気に入ってたでしょ」
「狂気って言うか……トリップ?」
狂気と言っても、アップテンポでハイな感じじゃなくって、ずーんと沈んだ感じで、でも気分が良さそうな狂い方だった。表情を変えずに人を刺せそうなテンション。
「盛り上がる時は赤いままだけど、盛り下がる時は青色にする。その方が分かりやすいから」
「あの色、利便的なものだったんだ……」
「そういうこと。……なんか盛り下がってきたからテンション上げよっか」
「やめろ」
「やめろったってねえ」
クラウンピースが立ち上がり、松明を取り上げた。私も立ち上がって、八卦炉を構えた。あいつにあんな大暴れをされたらまた大変なことになる。松明の端から土がぱらぱらこぼれた。すちゃっとクラウンピースが構えると、しゅっと札が飛んでクラウンピースに突き刺さった。
「アウッ」
霊夢はぼーっとしたままだったけど、妖怪退治の基本は変わらないようだった。クラウンピースは転げ回った。
「いったーい! なんなのさ! ほんともう、怒るよ!」
「やめとけって言ったろ。そいつは怖いんだ。食べ物とか焼いてやるから、止めようぜ」
「マジ?」
「マジだよ」
わっほい、と飛び上がって、痛みも忘れたようにクラウンピースは立ち上がる。ぴょんぴょん飛び跳ねて、クラウンピースは元の縁側に戻った。気分の変動も素早くて、ああ妖精だなと言う感じがする。妖精ってのは、元々がすぐ生まれてすぐ死ぬ、あぶくみたいなものだから、沸騰しているような勢いというか狂気というか、そういうのが必要不可欠な感じがする。人間が妖精と同じような時間で生きるならば、すぐさま死ぬことを覚悟する狂気が必要に違いない。
台所からかっぱらってきたリンゴとか、ジャガイモとかサツマイモを火の側にくべた。
「これでできんの?」
「できるできる」
「ほほー。月じゃ燃える火は珍しいからなあ」
「それ、それ」
私は松明を指差して言った。「これ?」とクラウンピースは松明を指差す。
「これは特別品だよ。狂気の火はね、空気が無くても燃えるの。そのためのものだしね。月は炎がないから、勢いがないんだよ。それに勢いをつけるわけ」
松明を翳したので、「おいやめとけよ」と私は言った。「分かってるよ」とクラウンピースは言葉を返す。金髪を揺らして、松明を振り上げた。
「火は色んな物を加速させるんだよ。命も動きも、それから文明もさ。自然とは一線を分かつ、明確な狂気とやらなのさ。……と、いうのは、ご主人様が言ってたんだけども」
「火は安らぎでもあるけど、昂ぶりをももたらすよね。そういうことで、こういうこともできるわけ」
そう、クラウンピースは言って、霊夢を指差した。霊夢はもう長いことぼんやりしていて、心配になるほどだ。まあ、魔力的な外傷には強いから、そのうちなんとか戻るだろう。
「アッパーとダウナー? みたいな? 気分を盛り上げたい時は盛り上がるし、落ち着きたい時には落ち着くために燃やすんだよね。あはは」
そうやってるとやっぱりテンションが上がってくるみたいだった。ごおおー、と言って、松明を振る。松明に魔力が注がれて、オレンジはオレンジのままでも、どことなく魔力的なものを放つようになる。そうなると、また札がしゅっと飛んでくる。私はもう、大袈裟に反応することもなくて、焼いた芋やらを調べた。
芋やらリンゴやらが焼けると、妖怪や妖精が寄ってくる。霊夢がいるとうるさい。神社なのに妖怪なんて、と言うけど、目の前で悪さでもしてない限り退治もしない。変に嫌われても厄介だからだ。ぶつぶつ言うだけで、結局は目こぼしする。長いこと居着こうとすると追い出しにかかる。霊夢は迷惑そうにしてるけど、私は妖怪やらも好きだ。妖怪になろうだなんてのは思わないけれど、やかましいのは好きだ。一人でいるよりはよっぽどいい。火を囲んでいる私たちを見て、妖怪や妖精どもは遠巻きにしていたけど、ルーミアが怖いものなしにほいほいやってきて、アルミホイルを剥がして芋を囓り始めると、他の連中もおどおどやってきた。やってきた妖怪どもにも分けてやっていると、あっという間に品物は売り切れた。
クラウンピースももちろん芋を一つ確保して食べていた。
「うまっ、うまっ。何これ。土ついてるし形は変だけどうまっ」
「お前らがどこに住んでるのか知らないが」
「ご主人様の家だよ」
「ああそうか。お前の住んでるとこでも、食い物は清潔なのか?」
「知らない。でも月の食料庫から時々盗んでくるらしいよ。芋は全部同じ形してる」
形も一緒って、そんなこともできるのか。人が皆身長や体重が違ったり、顔が違うように、芋だって皆形が違うもんだ。妖精の言うことだから今ひとつ信用できないが。きっと、三角と丸の違いも今ひとつ分かっていないだろうし。
「よーし、食べ物も食べてテンション上がったし、いっちょやりますか」
「何をだよ……こんなところでやめとけって。記者は来るし、記者が来たら霊夢は怒るんだぞ。面倒だし紫が聞いたら嫌だって」
「何? 目立てるの? なおさらやる気が湧いてきたわ! 対処法は分かったわよ。まずは、あの半端ボケになった巫女からやっつければいいんだわ!」
おいちょっと、と私はルーミアを呼んで暗闇を放たせた。魔力を吹き込まれた炎が、燃え盛ろうとしたところで闇に包まれて真っ黒になった。
「アアッ! 何これ!規制かけられたみたいになってる! 放送禁止になるやつ!」
「何語だよ」
「ちょっと! 何やってるの!」
「よしよしよくやったルーミア。おやつあげような」
小瓶に入った金平糖をくれてやると、「何それ」と言いながらクラウンピースもやってきた。ちょろいやつだ。ルーミアはさっそくガリガリ食べ始めたが、クラウンピースは空にかざして眺めていた。ちょうだい、ちょうだい、と妖怪どもがやってきて、子供にやる用の私の金平糖はすっからかんになってしまった。
「それで、お前、何しに来たの」
「私? ご主人様が退屈そうにしてたから、面白いことをして差し上げようと思って」
「ふーん?」
「本当のところは、私も退屈だったから何かしたかっただけなんだけど。それでね、外の世界に行ってみたわけ」
「どうやって」
「ご主人様から貰ったロケットを改造してぶーんとね。なあに、ちょっとした旅行だと思ってるからご主人様はたぶん気にしてないぜ。あっ、ご主人様には内緒ね。怒られるかも」
「ふむふむ、それで」
「外の世界に行ってみたわけ。でも、だめだったから、こっちに来たわけ」
「外の世界はなんでダメだったんだ? お前の松明があれば、キチガイみたいにできるだろ」
「ダメよ。外の世界の人間は、火なんてみんな持ってるもの」
「ん……?」
「夜になっても、外は明るいの。わかる?」
「月だってそうだろ」
「月の灯りは、人に害がないのよ。……って、ご主人様が言ってた。だから、私の火を見ると気が昂ぶって、変になるんだって。それが月の人は嫌なのよ。で、地上の人は変になる光を見てるわけ。夜中、ずっと。街中光だらけだし、一人一人火を持ってるのよ。明るくて、それさえあれば行動が便利になって……」
「良いことじゃないか」
「ええ。でも、私がそういう風に出来たらもっと楽しかったのに!もう、私の火程度じゃ効かない。みんな、みーんな、気が違っちゃって、そのまま死ぬまで動いてるの」
「怖い話だ」
「それで、こっちは闇が多かったから、こっちに来たわけ。こっちで、あっ……」
「何だよ」
「ううん、なんでもないの。これ以上喋ったら、私が何しようとしてるかバレちゃう。だから内緒よ」
そうかそうか、と私は言った。それから、ルーミアを呼び寄せた。
「よしルーミア、よしルーミア良い子だ。今度からあいつを付け狙って回って、あいつが火を起こそうとしたら真っ暗にしてやろうな」
「ちょっと! やめてよ!」
私はルーミアの肩に腕を回して、ルーミアを説得した。ルーミアは阿呆みたいに口を開けて、うんうんと頷いていた。言うこと聞けばまたおやつがもらえるとでも思っているんだろう。
本来はコイツは怖い奴なんだろうなと思った。というより、妖怪は皆怖いものなんだ。こいつはその闇の末端に過ぎない。妖怪がいるから闇の中は動かないようにしよう、と言うように、妖怪はちょっとばかりの炎程度なら掻き消してしまう。妖怪の加護のようなものだ。夜は閉じこもっていれば良いのだ、と教えてくれるのだ。その、妖怪の加護のようなものを失ったから、ちょっとした炎で月の都はパニックになったりする。潔癖過ぎる保護主義が、こういったことをもたらすんだろう。
ちょっとした月の妖精が来たくらいでは、幻想郷は大丈夫なことだろう。でも、万が一があるといけないから、今度寺にいるダウザー鼠と一緒に、ロケット探しをしようと思った。見つければクラウンピースを脅かして、見つからなければ月に帰ったということだ。私も幻想郷を愛する人間の端くれ、ちょっとは幻想郷の役に立たないとな。
それで、クラウンピースは「嫌がらせばかりして! 人間のバーカ!」と真っ黒にされた松明を握り締めて逃げていった。
「二度と来るなよー。ほらルーミア、ご褒美をあげような」
「ほんとにねえ。二度と来ないでほしいわ」
霊夢が口を開いた。「うわっ」私はびっくりした。
「お前、狂気に中てられてダウナーになってたんじゃ」
「あんたが相手してくれてたから、放っといただけよ。あんなの相手するの、面倒臭い」
「なんだ、普段からダウナーなだけか。何か言ってたのも、素じゃないよな」
「は? 何が?」
「素じゃないならいい」
それより、と霊夢はルーミアがビスケットをガリガリかじっているのを見て、言った。
「私にはないの。それ。そいつが食べてるやつ」
「何だよ。食べたいのかよ。食べたいなら食べたいって言えよな」
「何言ってんのよ。あんた、勝手に私の芋取ったでしょ。高いからね。あんたのおやつ貰ったくらいじゃ、全然足りないわ」
まったく、と私は呟いた。「素直じゃないやつだぜ」と続けて言うと、結構本気ぎみの力で頭部を殴打されて、目の前にちかちか光が見えて、まるで幻覚みたく見えた。
全体としてほのぼのしていて、読んでいてほっこりした気持ちになります。面白かったです。
このくだりでちょいと肝が冷えました
軽妙な会話が読んでて心地よかったです
唐突に差し込まれる、外の世界の風刺にぐさりと来ました。
ルーミアとクラピって案外いいコンビになれる気がしてきました
そういったものが妖精らしからぬ鋭さと、妖精らしい軽さで語られたいい作品でした
冬のひんやりとした静かな空気を感じさせる淡々とした書かれ方もあっていて好きです
ルーミアとクラウンピースは確かに合ってるかも