「見て鈴仙! あんなところにフェニックス!」
純狐さんと竹林を散歩していたら、何やら火の鳥めいた現象と遭遇しちゃいました。
まあ、どうせ藤原妹紅なんでしょうけどね。他に燃えるようなモノなんて無いし。
「ウオオオオオオオオオォ! 死ねぇ輝夜ウオオオオオオオオオォ!」
「カグヤというのは、鈴仙の飼い主である蓬莱山輝夜のことなのです?」
「えッ……アンタ誰? つうかあんまり見ないでほしいな。練習してるトコ見られるのって恥ずかしいし……」
真っ昼間から何の練習をしているのか、このクレイジーサイコフェニックスは。
あと、そんな乙女チックに恥ずかしがるのはやめろ。ワイルドな風貌と相まって気味が悪いわ。袖破れてるぞ。
「私の名は純狐。鈴仙のことを気に入ってしまったので、いずれ隙を見て子作りに励もうと企む仙霊である」
「あっそ。私は人呼んで藤原妹紅。蓬莱山輝夜に仇なす復讐者である」
「ほう……復讐者というのです?」
妹紅ってば反応薄くね? つうか人呼んでって、お前それ紛う事無き本名だろ。変にカッコつけようとするのはよせ。
それから、純狐さんの前で復讐とか口にするのはやめてほしいな。早速興味を示しちゃったじゃん。面倒な事にならなきゃいいけど。
「悪いことは言いません。復讐などという不毛な行為は、金輪際やめてしまいなさい!」
「ブフーッ!? ごふっ、げほっ……エエ~ッ!?」
「ど、どうしたの鈴仙ちゃん。いきなり胃液めいた液体を吐き出したりして」
いや、そりゃ驚かずにはいられないって。
復讐という言葉が服を着て歩いているような存在が、何をどう間違えばこんな言葉を口にするというのか。
それともアレか。そんな純狐さんだからこそ、復讐の虚しさを他人に説くことが……やっぱ違和感バリバリですわ。
「いいこと? もし仮に復讐を遂げたとしても、アナタの子供は戻って来ないのですよ?」
「子供なんて居ないし……私はただ、父上の無念を晴らしたいだけだし……」
「復讐心に囚われたアナタの姿を見て、お父上が喜ぶとでも思っているのですか!」
「うぅ……それはそうかもしれないけど……」
ダメ。もう駄目。限界だ。
純狐さんが妹紅を諌める言葉を口にする度に、吐き気だか笑いだかよく解らんモノが込み上げてくる。
わかった。これはきっと夢だ。いわゆる狂夢というヤツなんだ。ドレミー・スイート仕事しろ。
「今更そんなこと言われたってさぁ……人生の大半を復讐に費やしてきた私に、一体どうしろと……」
「大事なのは相手を許す心なのです。復讐心が慈悲によって和らぎうる事を学べば、きっと明るい未来が開けるでしょう」
「う~ん……なんか難しいコト言ってるけど、所詮は他人事だから言えるんでしょ? イマイチ説得力に欠けるっていうか」
「他人事ではありません。私も昔は復讐者でしたが、膝にルナティックガンを受けてしまってね……」
二人の視線が私に集まる。
なんか文句あんのか、コラ。
「鈴仙に打ち負かされたその瞬間に、私は愛こそ正義と知ったのです」
「えーっと……いわゆるMってヤツなのかな?」
「否定はしません」
しろよ!
「終わりの無い復讐、決して晴らされる事の無い怨み……知らず知らずの内に、私は自らを亀甲縛りにしていたのだと悟りました」
「うーん……なんだか身につまされる話だわ」
なにが亀甲縛りだ。如何わしい方向に話を持っていくのはやめろ。
妹紅も真面目につきあってどうする。同類視されても構わないというの?
「私の復讐も終わりそうにないし……ここはひとつ、アンタの勧めに従ってみるのも悪くないかもね」
「おお、分かってくれましたか! それは重畳であることですね」
「じゃあ、そういう訳だから鈴仙ちゃん。私の膝に銃弾を撃ち込んでくれ」
「……うひょっ!?」
いや、何がどういう訳なんだよ。思わず変な声が出てしまったわ。
「ホラ、早くしろって。そしたら私もお前への愛に目覚めるんだろ? やれよ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! アナタは私の話をちゃんと聞いていなかったというのです!?」
「聞いてたよ。私達のような度し難いドM復讐者は、コイツみたいな究極ドS生命体の手によって、法悦境へと導かれるんでしょ?」
「誰がそんなコト言った!? ……いや、確かにそのような解釈も出来ようが……うーむ」
純狐さん諦めんなよ! アナタが招いた誤解なんだから、責任を持って解いて頂戴よ!
なんか私まで極端なキャラ付けされちゃってるし……ホントどうしてこうなった。
「撃ちたくないなら別に構わないよ。私はもう、鈴仙ちゃんを愛することに何ら躊躇いを抱かないから」
「どうしてそーなるのです!? 鈴仙は既に私のモノなので、アナタは誰か他の人を見つけなさいよ!」
「イヤだね。ここで譲ってしまったら、私はまた復讐者に逆戻りしてしまうんだ。新たな一歩を踏み出さなければ……」
踏み出すのは結構だけど、できれば他の方向に行ってほしいな。
つうか妹紅、アンタ何股かけりゃあ気が済むのよ。私が知る限りでも二、三人はキープしている筈だ。
「鈴仙ッ! アナタはどちらを選ぶというのです!?」
「正直な話、どっちもお断りしたいっていうか……」
「なるほど、条件は五分という訳だ」
「そのようですね」
どっちもどっちも……どっちもどっちも!
何でそうポジティブに捉えちゃうかなぁ! 復讐などというネガティブな生き方をしてきた反動ってヤツか!?
「私には輝夜様のペットという大事なお役目がありますので、アナタ達の愛には応えられません。潔く諦めてくださいよぉ」
「ふむ……つまりお前を私のモノにしてしまえば、輝夜への復讐も果たせて一石二鳥というワケだ」
「復讐やめるんじゃなかったの!?」
「はっはっは、そんな簡単にやめられる訳ないだろう。そう思うだろ? アンタも」
「えッ……」
妹紅に同意を求められて、何やら戸惑った様子の純狐さん。
即座に否定しないって事は、まだ復讐を諦めてないってコト?
「ひとたび復讐に身を窶した者は、死ぬまでその運命から逃れられないのさ。私は死んでも変わらないけどね……」
「私は……いいえ、もう復讐はしないと……」
「なあ、素直になろうぜ? アンタが誰をどんな理由で怨んでいるのかは知らないが、別に我慢する必要なんて無いじゃないか」
「しかし……」
「じゃあこうしよう。私は輝夜に復讐するから、アンタはその手伝いをするんだ。それなら何も問題ない」
「確かに……」
オイオイちょっと待て。なんか話がヤバイ方向に向かってないか?
アホの妹紅だけなら兎も角として、純狐さんまで敵に回ってしまうとなると……危険すぎる。
「蓬莱山輝夜に怨みは無いのだけれど……やはり私は、月の民とは相容れぬ運命(さだめ)なのですね」
「いいコト言うねえ。月の民がどんだけ偉いっていうんだ。ここらで一回痛い目に遭うべきなんだよアイツは」
「ふっふっふ……鈴仙を奪われる痛みを知れば、あの者達もきっと心を入れ替えるでしょう」
「ま、そんなトコだね。じゃあ、そういう訳だから……」
どういう訳だ、などと言い返そうとする私に、やたらとイイ笑顔を向けてくる妹紅。
思わず後ずさると、いつの間にやら背後にまわっていた純狐さんに受け止められてしまったではないか。
前門の妹紅、後門の純狐さん。最強にして最凶の二人に囲まれた、私の運命や如何に。
「鈴仙……お前さえよければ私の生涯の肉便器にしてやってもいいぞ……いや、なれ!」
「……ア……ア……ア……?」
最低だ。プロポーズなのか何なのか知らないが、幾ら何でも肉便器はねーよ。
アホちゃうか、と言ってやろうとしたのだが、あまりにアホ過ぎて言葉が出てこなかったわ。
「……鈴仙……よかったわね」
そんな私の背中を、純狐さんがそっと押してくれやがる。
よかないよ。アンタら私を何だと思ってんのよマジで。
「妹紅も純狐さんも、いい加減にしてください!」
「済まない、言い過ぎた」
私がナントカ言い返した途端に、妹紅は掌をこちらに向けて謝ってきた。
なんだ、今更ただの冗談だとでも言うつもりなのか? 正直な話、そうして貰えると助かります。腹が立つことに変わりはないけど。
「しかし現状報告をしておくと、大事なペットが他人に奪われようとしていても、それに気付かないのがお前の飼い主様だ!」
「藤原妹紅の言う通りです。鈴仙はそういう者達に飼われている兎なのよ」
「心配するな、鈴仙ちゃんだってたっぷり可愛がってやる……私、包容力ってのあるつもりだからさ」
しまった、やっぱりコイツらサイテーだ!
つうか妹紅、アンタそれ何の自慢よ?
「そうと決まれば、早速この場で“頂いて”しまいましょうか」
「おっ、ノリがいいねえアンタ。今宵の青姦は、鈴仙ちゃんのトラウマになるよ……!」
「うっふっふ……さあ鈴仙、準備はよろしくて?」
よろしかないよ! なに提案してくれてんのよ純狐さんはっ!
それと妹紅、まだ昼なのに今宵は無いでしょ! 出来れば青姦の方を無しにして欲しいけどね!
……などと言い返す気力すら湧かない。相変わらずNOと言えないウドンゲなのでした。
「鈴仙や」
何者かの声が響き渡った瞬間、妹紅と純狐さんが弾かれた様に飛び退いた。
いや、何者かなど勿体つける必要はない。我が尊き御主人様、蓬莱山輝夜様その人がお出ましになったのだ!
しかし、よくもまあ間一髪間に合ってくれたものだわ。私の日頃の行いが良かったからかな?
「そろそろ洒落で済まなくなりそうだったから、思わず物陰から飛び出して来ちゃったわ」
「えッ、それじゃあ輝夜様は……ずっと見ておられたのですか?」
「うん。二人が散歩に出た直後から、ずっと後をつけていたの」
……何というか、この人はホントに……まあいいや一生ついていきますっ!
ともあれ、これで一安心ね。輝夜様が居られる以上、復讐者共もおいそれと私に手は出せないはず。たぶん。きっと。
「蓬莱山輝夜! ペットの危機に高みの見物とは、些か傲慢に過ぎることですね?」
「傲慢かもしれないけれど、これだけは言わせて貰うわ。鈴仙の事を一番大事に思っているのは、他ならぬこのワ・タ・シ。おわかり?」
「かっ、輝夜様ぁ……!」
「おおっと、騙されちゃイカンぜ鈴仙ちゃんよぉ!」
感激に咽ぶ私であったが、妹紅のアホが無粋にも水を差してきやがった。
アンタ如きうすっぺらな藁の家が、永遠なる愛の「私と輝夜様」の砦に踏み込んで来るんじゃあないよ。
「何かしら妹紅。似合わないちゃん付けなんかしちゃって」
「余計なお世話だ。お前いま『鈴仙を一番大事に思っている』とか言っちゃったけど、じゃあお前が『一番大事に思っている相手』ってのは誰なんだ?」
「……どういう意味かしら?」
「長い付き合いだから、私はちゃーんと知ってるんだよ……お前にとっての一番は、後にも先にも八意永琳ただ一人だって事をなぁ!」
「なっ……」
な、何よその理屈は。論点のすり替えも甚だしい。
輝夜様には、ここらでビシッと言い返して頂き……あれ? なんか動揺してらっしゃる? ナンデ?
「そ、そんな事は……」
「おっ、否定するんだな? じゃあお前、永琳の前でも同じこと言えるか? 『私にとっての一番は鈴仙であって、永琳ではありませーん!』ってよぉ!」
「うっ……」
「なるほど……如何に言葉を飾ったところで、所詮鈴仙はペットに過ぎないという事なのです?」
妹紅のゴリ押しに、純狐さんまでもが便乗して……なんかヤバそう。
頑張って輝夜様! 私は別に、一番になれなくてもいいですから!
……うーん、分かっちゃいるけど、ハッキリ言われたらチョット辛いかも。
「一番ついでに言わせてもらうと、鈴仙ちゃんの事を一番に思っている奴なんて、永遠亭には一人も居やしないのさ!」
「そっ、そんな事は無いわ! 永琳はまあ兎も角として……てゐが居るじゃない!」
「因幡てゐ? アイツは確か……ノンケじゃん?」
「あー……ダイコク様ひと筋のエンシェント乙女だったわね……」
永琳様は輝夜様が最優先だし、てゐは……ぶっちゃけ私のこと嫌ってない? 背中ドーンしてくるし。
そう考えると、果たして私は永遠亭にとって必要な存在なのだろうか? って思えてくる。
二番じゃダメなんです! とか言うつもりは毛頭無いけれど、それでも何というか……モヤモヤするね。
「それを言うなら妹紅! アナタだって鈴仙の他に大事な人が居るでしょうに!」
「まあ、否定はしないぜ」
「つまり……鈴仙を一番に思っている者は、この私をおいて他に居ないという事ですね?」
「純狐、アナタそれヘカーティア・ラピスラズリの前でも同じこと言える? 彼女たぶんブチ切れるわよ」
「ふっ、ヘカーティアはそのようなUTSUWAの小さい女神ではありません。我が友を見縊って貰っては困るというものよ」
「もしくは、マジ凹みして号泣するか……」
「……むむむ」
何がむむむだ。そこも否定しておいてやれよ。
ともあれ、これでハッキリとした事がある。この鈴仙・優曇華院・イナバは、誰にとっての一番にもなれなかったという事だ。
永遠の二番手、三番手……すこぶる都合の良い、言い換えればチョロい兎。それが私なのね……。
「ところで、鈴仙にとっては誰が一番なのです?」
人知れずヘコんでいる私に、純狐さんがいきなり話を振ってきた。
似たような質問を、さっきもされたような……まあ、状況は大分変化しているけれど。
妹紅も輝夜様も、興味深そうにこちらを覗き込んでくる。何にせよ、私の回答はひとつしかありえないのだが。
「それは勿論、輝夜様に決まって……」
「……鈴仙」
単純明快な私の返答は、他ならぬ輝夜様の呼びかけによって遮られた。
なんだろう。間違った答えを選んだつもりは無いのだけれど……一体なぜ?
「私に遠慮する必要は無いわ。アナタが本当に好きな相手を選びなさい」
「えッ……ですが、私は本当に」
「どんな時でもペットの事を一番に思ってあげられないようでは、飼い主失格だもの……ううっ」
ああっ、輝夜様ったら御袖を目元にあてて……泣いていらっしゃるのか!?
なんということだ。私ときたら自分の事ばかり考えていて、輝夜様が劣勢に立たされた時、何も言って差し上げられなかった。
これは誰がどう見ても私が悪い。なんか妹紅が小声で「ウソ泣きだぞ」とか言ってるような気もするけど、私には何も聞こえません。
「鈴仙が月に帰ろうとした時も、私のわがままで引き止めてしまって……今になって思えば、私は間違った事をしてしまったのかもしれないわね……」
「そ、そんなことはありません! 輝夜様のお蔭で私は楽しく暮らせていますし、巡り巡って月の都も救われたんです!」
「んー? という事はつまり……私の復讐が失敗したのは、蓬莱山輝夜の所為なのです!?」
「純狐さんは黙っていてください!」
「あっハイ」
私が地上に残った事が間違いだったって? ありえない。
こんな悲しい言葉を、他ならぬ輝夜様に言わせてしまうなんて……これでは誰の一番になれないのも当たり前、自業自得というものだ。
許せない……不甲斐無い自分が許せない。そう思うと自然に身体が動いて、気付いた時には輝夜様に顔を思いっきり近づけていた。
「……鈴仙?」
「今日は大切な事を学びました。相手にどう思われているかではなくて、私自身が相手をどう思っているかが大事なのですね」
「それなら……改めてもう一度、アナタの想いを聞かせて頂戴」
「わかりました。私が一番大事に思っているのは……」
妹紅、純狐さん、そして輝夜様が見つめる中、私は答えを口にした。
「一番大事なのは……私自身です!」
「……………………えっ?」
私の回答が予想外だった為か、輝夜様の御目が点になってしまわれた。
他の二人も口を半開きにして、やはり同じ様な目をしていらっしゃる。
「あの……鈴仙? それって、どういう……」
「誰も私を一番に思っていないのなら、せめて私だけでも私の一番になってあげなければ、私が余りにも可哀想じゃありませんか」
「それはまあ、そうだろうけれど……そうなのかしら?」
そうなのですよ。
思い返してみれば、私はいつだって自分の為だけに生きてきた。
月の都から逃げ出した事も、永遠亭で働いている事も、全ては私自身が決めた事だ。
「輝夜さぁ、素直に現実を受け止めるべきじゃない? 鈴仙ちゃんはお前の事なんかどーでもいいって言ってるよ?」
「一番でなければ価値が無いだなんて、誰も言った覚えはないのだけれど?」
「なっ」
便乗してきた妹紅に対し、私はぴしゃりと言い捨てる。
確かに、私は誰の一番にもなれてはいない。だが、それでも私のことを大事に思ってくれる人は存在する。
そういう人達との絆は、決して軽んじてはならない。誰の為でもない、私自身の為に!
「今まで通り、私は私の為に生きる。それが永遠亭、ひいては地上全体の為にもなるというのであれば、大いに結構!」
「地上全体って……お前それ幾ら何でもスケールでか過ぎじゃない?」
「いいえ、鈴仙はそれ位の気概を持つべきなのです。この私が認めた戦士なのだから……」
呆れ顔の妹紅と、ご満悦の純狐さん。反応は人それぞれといったところか。
だが、一番重要な人を忘れてはならない。私のビッグマウスを、輝夜様はどのようにお受け止めになられるのだろうか。
「……もう鈴仙は、私達だけの兎(イナバ)ではないのね」
「輝夜様……」
「少し寂しい思いもあるけれど……永遠亭の主として、アナタの意思は最大限尊重させて貰うわ」
輝夜様のありがたいお言葉を受け、思わず涙腺が緩みそうになる。
地上に来てからというもの、私にとっては永遠亭こそが生活の全てだった。しかし、これからはそうも言ってはおられまい。
永遠亭が中立を決め込むような異変が起きても、私まで中立ではいられない。
なぜならば! 私は既に、地上の異変が生活に影響する、地上の兎の一匹なのだから!
「それはそうと、ここに居る三人の中で、鈴仙にとっては誰が一番なのです?」
純狐さん……アナタまだそんな事を……。
空気読めや! とばかりに睨みつけようとしたら、輝夜様と妹紅が私をじっと見つめている事に気がついた。
何だこの空気……ひょっとして、空気読めていないのは私の方?
「あー、その……この話はまた後日ということで……」
「駄目よ。これだけは聞いておかなければ、私の気が済まないというモノですね?」
純狐さんの背後に、例の尻尾めいたオーラが立ち上る。
これ、あかんヤツや。聞きたいこと以外は耳に入らないモードだ。
「そうだな。いい加減ここらでハッキリさせとこうや。なァ鈴仙ちゃんよォ?」
妹紅の背中から、例の不死鳥めいた炎が噴き上がる。
なにチャッカリ加わろうとしているのよ。私がアンタを選ぶ事なんて……無いとも言い切れないのが悔しい。
「アナタ達、あまり鈴仙を困らせるものではないわ」
「かっ、輝夜様ぁ……うおっ、まぶしっ!」
後光だ。メッチャメチャ後光が差しておられる。輝夜様尊い……まさに神……神ってるよぉ……。
まあ、妹紅や純狐さんに対抗しておられるだけだろうけどね。つまり、選んでくれてもいいのよ? ってことだ。
「さっきも言ったけれど、私に遠慮する必要は無いからね? 鈴仙が本当に好きな相手を選びなさい」
「けっ、殊勝なセリフを吐きやがって。自分が選ばれなかった時の顔が見物だぜ」
「辿り着くべき答えは既に決まっている筈。時間を掛ける必要など皆無! 絶対的皆無!」
この中の誰を選んだとしても、厄介な事態は避けられそうにない。
いっそ逃げてしまおうか? 相手が相手だから、逃げても別に恥ではない。
しかし、無事に逃げ切れるだろうか? もし仮に逃げ切れたとしても後が怖いし……ええい、役に立たない選択肢だ!
「……わかりました。一度しか言いませんから、ちゃんと聞いておいてくださいね」
わざわざお願いするまでもなく、三人は私の言葉を神妙に待っている。
こうなったら覚悟を決めるしかない。私は永遠亭を……否! 地上のすべてを背負って立たねばならぬ存在なのだ!
「私が大事に思っている相手……それは! アナタ達全員です!」
……うん。分かってる。思いつく限りで一番最低にして最悪な答えだってことは。
だが、これでいいのだ。こんな情けない発言をされたら、百年の恋も冷めてしまうというモノよ。
すべては今日という日を生き延びるため……どんなに冷めた目で見られようと、私さえ無事であるならそれで……ん?
「つまり、私のことが大事だというのね! ありがとう鈴仙! 信じていたわ!」
「ふっ……まったく鈴仙ちゃんったら、最初から素直にそう言えば良かったんだ。私のことが大事だってな」
「その言葉を待っていました……! 不倶戴天の敵、嫦娥よ聞いているか? 鈴仙は私のことが大事だと言ったぞ!」
「……うっそ~ん」
この人達ときたら、ホントにもう……どんだけ都合のいい耳と脳ミソしてらっしゃるのよ!
かくなる上は逃げの一手しかない。今さら逃げるのは恥でしかないが、せめて役に立って貰おうじゃないの。
いざ脱兎! ……あっ駄目だ捕まった。輝夜様メッチャ速い。須臾パネェっす。さすが私の御主人様……って言ってる場合じゃないね。
「ナイスだ輝夜! 今だけは褒めてやらんでもないぜ」
「ええ、飼い主の務めを立派に果たしたことですね?」
「べ、別にアナタ達の為にやった訳じゃないんだからね!」
輝夜様の貴重なツンデレ的発言……いや、以前どこかでやったっけか。
しかしこの人達、ノリノリである。もう誰が一番かなんて、どうでもよくなってない?
「重要なのは、私達が鈴仙のことを大事に思っているという事実。ただそれだけよ」
「そ、そうっすか。これは光栄です……」
「んでもって、鈴仙ちゃんも私達のことを大事に思っているんだろう? ならそれでイイじゃないか」
「一人が皆のために、皆が一人のために……大一大万大吉というのです?」
純狐さんが言うと、むしろ大キチって感じが……いや、あえて言うまい。
そんなこんなで、私は白昼堂々おいしく“頂かれて”しまいましたとさ。
めでたし、めでた……くねーよ! チクショウいつか逃げてやる。
純狐さんと竹林を散歩していたら、何やら火の鳥めいた現象と遭遇しちゃいました。
まあ、どうせ藤原妹紅なんでしょうけどね。他に燃えるようなモノなんて無いし。
「ウオオオオオオオオオォ! 死ねぇ輝夜ウオオオオオオオオオォ!」
「カグヤというのは、鈴仙の飼い主である蓬莱山輝夜のことなのです?」
「えッ……アンタ誰? つうかあんまり見ないでほしいな。練習してるトコ見られるのって恥ずかしいし……」
真っ昼間から何の練習をしているのか、このクレイジーサイコフェニックスは。
あと、そんな乙女チックに恥ずかしがるのはやめろ。ワイルドな風貌と相まって気味が悪いわ。袖破れてるぞ。
「私の名は純狐。鈴仙のことを気に入ってしまったので、いずれ隙を見て子作りに励もうと企む仙霊である」
「あっそ。私は人呼んで藤原妹紅。蓬莱山輝夜に仇なす復讐者である」
「ほう……復讐者というのです?」
妹紅ってば反応薄くね? つうか人呼んでって、お前それ紛う事無き本名だろ。変にカッコつけようとするのはよせ。
それから、純狐さんの前で復讐とか口にするのはやめてほしいな。早速興味を示しちゃったじゃん。面倒な事にならなきゃいいけど。
「悪いことは言いません。復讐などという不毛な行為は、金輪際やめてしまいなさい!」
「ブフーッ!? ごふっ、げほっ……エエ~ッ!?」
「ど、どうしたの鈴仙ちゃん。いきなり胃液めいた液体を吐き出したりして」
いや、そりゃ驚かずにはいられないって。
復讐という言葉が服を着て歩いているような存在が、何をどう間違えばこんな言葉を口にするというのか。
それともアレか。そんな純狐さんだからこそ、復讐の虚しさを他人に説くことが……やっぱ違和感バリバリですわ。
「いいこと? もし仮に復讐を遂げたとしても、アナタの子供は戻って来ないのですよ?」
「子供なんて居ないし……私はただ、父上の無念を晴らしたいだけだし……」
「復讐心に囚われたアナタの姿を見て、お父上が喜ぶとでも思っているのですか!」
「うぅ……それはそうかもしれないけど……」
ダメ。もう駄目。限界だ。
純狐さんが妹紅を諌める言葉を口にする度に、吐き気だか笑いだかよく解らんモノが込み上げてくる。
わかった。これはきっと夢だ。いわゆる狂夢というヤツなんだ。ドレミー・スイート仕事しろ。
「今更そんなこと言われたってさぁ……人生の大半を復讐に費やしてきた私に、一体どうしろと……」
「大事なのは相手を許す心なのです。復讐心が慈悲によって和らぎうる事を学べば、きっと明るい未来が開けるでしょう」
「う~ん……なんか難しいコト言ってるけど、所詮は他人事だから言えるんでしょ? イマイチ説得力に欠けるっていうか」
「他人事ではありません。私も昔は復讐者でしたが、膝にルナティックガンを受けてしまってね……」
二人の視線が私に集まる。
なんか文句あんのか、コラ。
「鈴仙に打ち負かされたその瞬間に、私は愛こそ正義と知ったのです」
「えーっと……いわゆるMってヤツなのかな?」
「否定はしません」
しろよ!
「終わりの無い復讐、決して晴らされる事の無い怨み……知らず知らずの内に、私は自らを亀甲縛りにしていたのだと悟りました」
「うーん……なんだか身につまされる話だわ」
なにが亀甲縛りだ。如何わしい方向に話を持っていくのはやめろ。
妹紅も真面目につきあってどうする。同類視されても構わないというの?
「私の復讐も終わりそうにないし……ここはひとつ、アンタの勧めに従ってみるのも悪くないかもね」
「おお、分かってくれましたか! それは重畳であることですね」
「じゃあ、そういう訳だから鈴仙ちゃん。私の膝に銃弾を撃ち込んでくれ」
「……うひょっ!?」
いや、何がどういう訳なんだよ。思わず変な声が出てしまったわ。
「ホラ、早くしろって。そしたら私もお前への愛に目覚めるんだろ? やれよ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい! アナタは私の話をちゃんと聞いていなかったというのです!?」
「聞いてたよ。私達のような度し難いドM復讐者は、コイツみたいな究極ドS生命体の手によって、法悦境へと導かれるんでしょ?」
「誰がそんなコト言った!? ……いや、確かにそのような解釈も出来ようが……うーむ」
純狐さん諦めんなよ! アナタが招いた誤解なんだから、責任を持って解いて頂戴よ!
なんか私まで極端なキャラ付けされちゃってるし……ホントどうしてこうなった。
「撃ちたくないなら別に構わないよ。私はもう、鈴仙ちゃんを愛することに何ら躊躇いを抱かないから」
「どうしてそーなるのです!? 鈴仙は既に私のモノなので、アナタは誰か他の人を見つけなさいよ!」
「イヤだね。ここで譲ってしまったら、私はまた復讐者に逆戻りしてしまうんだ。新たな一歩を踏み出さなければ……」
踏み出すのは結構だけど、できれば他の方向に行ってほしいな。
つうか妹紅、アンタ何股かけりゃあ気が済むのよ。私が知る限りでも二、三人はキープしている筈だ。
「鈴仙ッ! アナタはどちらを選ぶというのです!?」
「正直な話、どっちもお断りしたいっていうか……」
「なるほど、条件は五分という訳だ」
「そのようですね」
どっちもどっちも……どっちもどっちも!
何でそうポジティブに捉えちゃうかなぁ! 復讐などというネガティブな生き方をしてきた反動ってヤツか!?
「私には輝夜様のペットという大事なお役目がありますので、アナタ達の愛には応えられません。潔く諦めてくださいよぉ」
「ふむ……つまりお前を私のモノにしてしまえば、輝夜への復讐も果たせて一石二鳥というワケだ」
「復讐やめるんじゃなかったの!?」
「はっはっは、そんな簡単にやめられる訳ないだろう。そう思うだろ? アンタも」
「えッ……」
妹紅に同意を求められて、何やら戸惑った様子の純狐さん。
即座に否定しないって事は、まだ復讐を諦めてないってコト?
「ひとたび復讐に身を窶した者は、死ぬまでその運命から逃れられないのさ。私は死んでも変わらないけどね……」
「私は……いいえ、もう復讐はしないと……」
「なあ、素直になろうぜ? アンタが誰をどんな理由で怨んでいるのかは知らないが、別に我慢する必要なんて無いじゃないか」
「しかし……」
「じゃあこうしよう。私は輝夜に復讐するから、アンタはその手伝いをするんだ。それなら何も問題ない」
「確かに……」
オイオイちょっと待て。なんか話がヤバイ方向に向かってないか?
アホの妹紅だけなら兎も角として、純狐さんまで敵に回ってしまうとなると……危険すぎる。
「蓬莱山輝夜に怨みは無いのだけれど……やはり私は、月の民とは相容れぬ運命(さだめ)なのですね」
「いいコト言うねえ。月の民がどんだけ偉いっていうんだ。ここらで一回痛い目に遭うべきなんだよアイツは」
「ふっふっふ……鈴仙を奪われる痛みを知れば、あの者達もきっと心を入れ替えるでしょう」
「ま、そんなトコだね。じゃあ、そういう訳だから……」
どういう訳だ、などと言い返そうとする私に、やたらとイイ笑顔を向けてくる妹紅。
思わず後ずさると、いつの間にやら背後にまわっていた純狐さんに受け止められてしまったではないか。
前門の妹紅、後門の純狐さん。最強にして最凶の二人に囲まれた、私の運命や如何に。
「鈴仙……お前さえよければ私の生涯の肉便器にしてやってもいいぞ……いや、なれ!」
「……ア……ア……ア……?」
最低だ。プロポーズなのか何なのか知らないが、幾ら何でも肉便器はねーよ。
アホちゃうか、と言ってやろうとしたのだが、あまりにアホ過ぎて言葉が出てこなかったわ。
「……鈴仙……よかったわね」
そんな私の背中を、純狐さんがそっと押してくれやがる。
よかないよ。アンタら私を何だと思ってんのよマジで。
「妹紅も純狐さんも、いい加減にしてください!」
「済まない、言い過ぎた」
私がナントカ言い返した途端に、妹紅は掌をこちらに向けて謝ってきた。
なんだ、今更ただの冗談だとでも言うつもりなのか? 正直な話、そうして貰えると助かります。腹が立つことに変わりはないけど。
「しかし現状報告をしておくと、大事なペットが他人に奪われようとしていても、それに気付かないのがお前の飼い主様だ!」
「藤原妹紅の言う通りです。鈴仙はそういう者達に飼われている兎なのよ」
「心配するな、鈴仙ちゃんだってたっぷり可愛がってやる……私、包容力ってのあるつもりだからさ」
しまった、やっぱりコイツらサイテーだ!
つうか妹紅、アンタそれ何の自慢よ?
「そうと決まれば、早速この場で“頂いて”しまいましょうか」
「おっ、ノリがいいねえアンタ。今宵の青姦は、鈴仙ちゃんのトラウマになるよ……!」
「うっふっふ……さあ鈴仙、準備はよろしくて?」
よろしかないよ! なに提案してくれてんのよ純狐さんはっ!
それと妹紅、まだ昼なのに今宵は無いでしょ! 出来れば青姦の方を無しにして欲しいけどね!
……などと言い返す気力すら湧かない。相変わらずNOと言えないウドンゲなのでした。
「鈴仙や」
何者かの声が響き渡った瞬間、妹紅と純狐さんが弾かれた様に飛び退いた。
いや、何者かなど勿体つける必要はない。我が尊き御主人様、蓬莱山輝夜様その人がお出ましになったのだ!
しかし、よくもまあ間一髪間に合ってくれたものだわ。私の日頃の行いが良かったからかな?
「そろそろ洒落で済まなくなりそうだったから、思わず物陰から飛び出して来ちゃったわ」
「えッ、それじゃあ輝夜様は……ずっと見ておられたのですか?」
「うん。二人が散歩に出た直後から、ずっと後をつけていたの」
……何というか、この人はホントに……まあいいや一生ついていきますっ!
ともあれ、これで一安心ね。輝夜様が居られる以上、復讐者共もおいそれと私に手は出せないはず。たぶん。きっと。
「蓬莱山輝夜! ペットの危機に高みの見物とは、些か傲慢に過ぎることですね?」
「傲慢かもしれないけれど、これだけは言わせて貰うわ。鈴仙の事を一番大事に思っているのは、他ならぬこのワ・タ・シ。おわかり?」
「かっ、輝夜様ぁ……!」
「おおっと、騙されちゃイカンぜ鈴仙ちゃんよぉ!」
感激に咽ぶ私であったが、妹紅のアホが無粋にも水を差してきやがった。
アンタ如きうすっぺらな藁の家が、永遠なる愛の「私と輝夜様」の砦に踏み込んで来るんじゃあないよ。
「何かしら妹紅。似合わないちゃん付けなんかしちゃって」
「余計なお世話だ。お前いま『鈴仙を一番大事に思っている』とか言っちゃったけど、じゃあお前が『一番大事に思っている相手』ってのは誰なんだ?」
「……どういう意味かしら?」
「長い付き合いだから、私はちゃーんと知ってるんだよ……お前にとっての一番は、後にも先にも八意永琳ただ一人だって事をなぁ!」
「なっ……」
な、何よその理屈は。論点のすり替えも甚だしい。
輝夜様には、ここらでビシッと言い返して頂き……あれ? なんか動揺してらっしゃる? ナンデ?
「そ、そんな事は……」
「おっ、否定するんだな? じゃあお前、永琳の前でも同じこと言えるか? 『私にとっての一番は鈴仙であって、永琳ではありませーん!』ってよぉ!」
「うっ……」
「なるほど……如何に言葉を飾ったところで、所詮鈴仙はペットに過ぎないという事なのです?」
妹紅のゴリ押しに、純狐さんまでもが便乗して……なんかヤバそう。
頑張って輝夜様! 私は別に、一番になれなくてもいいですから!
……うーん、分かっちゃいるけど、ハッキリ言われたらチョット辛いかも。
「一番ついでに言わせてもらうと、鈴仙ちゃんの事を一番に思っている奴なんて、永遠亭には一人も居やしないのさ!」
「そっ、そんな事は無いわ! 永琳はまあ兎も角として……てゐが居るじゃない!」
「因幡てゐ? アイツは確か……ノンケじゃん?」
「あー……ダイコク様ひと筋のエンシェント乙女だったわね……」
永琳様は輝夜様が最優先だし、てゐは……ぶっちゃけ私のこと嫌ってない? 背中ドーンしてくるし。
そう考えると、果たして私は永遠亭にとって必要な存在なのだろうか? って思えてくる。
二番じゃダメなんです! とか言うつもりは毛頭無いけれど、それでも何というか……モヤモヤするね。
「それを言うなら妹紅! アナタだって鈴仙の他に大事な人が居るでしょうに!」
「まあ、否定はしないぜ」
「つまり……鈴仙を一番に思っている者は、この私をおいて他に居ないという事ですね?」
「純狐、アナタそれヘカーティア・ラピスラズリの前でも同じこと言える? 彼女たぶんブチ切れるわよ」
「ふっ、ヘカーティアはそのようなUTSUWAの小さい女神ではありません。我が友を見縊って貰っては困るというものよ」
「もしくは、マジ凹みして号泣するか……」
「……むむむ」
何がむむむだ。そこも否定しておいてやれよ。
ともあれ、これでハッキリとした事がある。この鈴仙・優曇華院・イナバは、誰にとっての一番にもなれなかったという事だ。
永遠の二番手、三番手……すこぶる都合の良い、言い換えればチョロい兎。それが私なのね……。
「ところで、鈴仙にとっては誰が一番なのです?」
人知れずヘコんでいる私に、純狐さんがいきなり話を振ってきた。
似たような質問を、さっきもされたような……まあ、状況は大分変化しているけれど。
妹紅も輝夜様も、興味深そうにこちらを覗き込んでくる。何にせよ、私の回答はひとつしかありえないのだが。
「それは勿論、輝夜様に決まって……」
「……鈴仙」
単純明快な私の返答は、他ならぬ輝夜様の呼びかけによって遮られた。
なんだろう。間違った答えを選んだつもりは無いのだけれど……一体なぜ?
「私に遠慮する必要は無いわ。アナタが本当に好きな相手を選びなさい」
「えッ……ですが、私は本当に」
「どんな時でもペットの事を一番に思ってあげられないようでは、飼い主失格だもの……ううっ」
ああっ、輝夜様ったら御袖を目元にあてて……泣いていらっしゃるのか!?
なんということだ。私ときたら自分の事ばかり考えていて、輝夜様が劣勢に立たされた時、何も言って差し上げられなかった。
これは誰がどう見ても私が悪い。なんか妹紅が小声で「ウソ泣きだぞ」とか言ってるような気もするけど、私には何も聞こえません。
「鈴仙が月に帰ろうとした時も、私のわがままで引き止めてしまって……今になって思えば、私は間違った事をしてしまったのかもしれないわね……」
「そ、そんなことはありません! 輝夜様のお蔭で私は楽しく暮らせていますし、巡り巡って月の都も救われたんです!」
「んー? という事はつまり……私の復讐が失敗したのは、蓬莱山輝夜の所為なのです!?」
「純狐さんは黙っていてください!」
「あっハイ」
私が地上に残った事が間違いだったって? ありえない。
こんな悲しい言葉を、他ならぬ輝夜様に言わせてしまうなんて……これでは誰の一番になれないのも当たり前、自業自得というものだ。
許せない……不甲斐無い自分が許せない。そう思うと自然に身体が動いて、気付いた時には輝夜様に顔を思いっきり近づけていた。
「……鈴仙?」
「今日は大切な事を学びました。相手にどう思われているかではなくて、私自身が相手をどう思っているかが大事なのですね」
「それなら……改めてもう一度、アナタの想いを聞かせて頂戴」
「わかりました。私が一番大事に思っているのは……」
妹紅、純狐さん、そして輝夜様が見つめる中、私は答えを口にした。
「一番大事なのは……私自身です!」
「……………………えっ?」
私の回答が予想外だった為か、輝夜様の御目が点になってしまわれた。
他の二人も口を半開きにして、やはり同じ様な目をしていらっしゃる。
「あの……鈴仙? それって、どういう……」
「誰も私を一番に思っていないのなら、せめて私だけでも私の一番になってあげなければ、私が余りにも可哀想じゃありませんか」
「それはまあ、そうだろうけれど……そうなのかしら?」
そうなのですよ。
思い返してみれば、私はいつだって自分の為だけに生きてきた。
月の都から逃げ出した事も、永遠亭で働いている事も、全ては私自身が決めた事だ。
「輝夜さぁ、素直に現実を受け止めるべきじゃない? 鈴仙ちゃんはお前の事なんかどーでもいいって言ってるよ?」
「一番でなければ価値が無いだなんて、誰も言った覚えはないのだけれど?」
「なっ」
便乗してきた妹紅に対し、私はぴしゃりと言い捨てる。
確かに、私は誰の一番にもなれてはいない。だが、それでも私のことを大事に思ってくれる人は存在する。
そういう人達との絆は、決して軽んじてはならない。誰の為でもない、私自身の為に!
「今まで通り、私は私の為に生きる。それが永遠亭、ひいては地上全体の為にもなるというのであれば、大いに結構!」
「地上全体って……お前それ幾ら何でもスケールでか過ぎじゃない?」
「いいえ、鈴仙はそれ位の気概を持つべきなのです。この私が認めた戦士なのだから……」
呆れ顔の妹紅と、ご満悦の純狐さん。反応は人それぞれといったところか。
だが、一番重要な人を忘れてはならない。私のビッグマウスを、輝夜様はどのようにお受け止めになられるのだろうか。
「……もう鈴仙は、私達だけの兎(イナバ)ではないのね」
「輝夜様……」
「少し寂しい思いもあるけれど……永遠亭の主として、アナタの意思は最大限尊重させて貰うわ」
輝夜様のありがたいお言葉を受け、思わず涙腺が緩みそうになる。
地上に来てからというもの、私にとっては永遠亭こそが生活の全てだった。しかし、これからはそうも言ってはおられまい。
永遠亭が中立を決め込むような異変が起きても、私まで中立ではいられない。
なぜならば! 私は既に、地上の異変が生活に影響する、地上の兎の一匹なのだから!
「それはそうと、ここに居る三人の中で、鈴仙にとっては誰が一番なのです?」
純狐さん……アナタまだそんな事を……。
空気読めや! とばかりに睨みつけようとしたら、輝夜様と妹紅が私をじっと見つめている事に気がついた。
何だこの空気……ひょっとして、空気読めていないのは私の方?
「あー、その……この話はまた後日ということで……」
「駄目よ。これだけは聞いておかなければ、私の気が済まないというモノですね?」
純狐さんの背後に、例の尻尾めいたオーラが立ち上る。
これ、あかんヤツや。聞きたいこと以外は耳に入らないモードだ。
「そうだな。いい加減ここらでハッキリさせとこうや。なァ鈴仙ちゃんよォ?」
妹紅の背中から、例の不死鳥めいた炎が噴き上がる。
なにチャッカリ加わろうとしているのよ。私がアンタを選ぶ事なんて……無いとも言い切れないのが悔しい。
「アナタ達、あまり鈴仙を困らせるものではないわ」
「かっ、輝夜様ぁ……うおっ、まぶしっ!」
後光だ。メッチャメチャ後光が差しておられる。輝夜様尊い……まさに神……神ってるよぉ……。
まあ、妹紅や純狐さんに対抗しておられるだけだろうけどね。つまり、選んでくれてもいいのよ? ってことだ。
「さっきも言ったけれど、私に遠慮する必要は無いからね? 鈴仙が本当に好きな相手を選びなさい」
「けっ、殊勝なセリフを吐きやがって。自分が選ばれなかった時の顔が見物だぜ」
「辿り着くべき答えは既に決まっている筈。時間を掛ける必要など皆無! 絶対的皆無!」
この中の誰を選んだとしても、厄介な事態は避けられそうにない。
いっそ逃げてしまおうか? 相手が相手だから、逃げても別に恥ではない。
しかし、無事に逃げ切れるだろうか? もし仮に逃げ切れたとしても後が怖いし……ええい、役に立たない選択肢だ!
「……わかりました。一度しか言いませんから、ちゃんと聞いておいてくださいね」
わざわざお願いするまでもなく、三人は私の言葉を神妙に待っている。
こうなったら覚悟を決めるしかない。私は永遠亭を……否! 地上のすべてを背負って立たねばならぬ存在なのだ!
「私が大事に思っている相手……それは! アナタ達全員です!」
……うん。分かってる。思いつく限りで一番最低にして最悪な答えだってことは。
だが、これでいいのだ。こんな情けない発言をされたら、百年の恋も冷めてしまうというモノよ。
すべては今日という日を生き延びるため……どんなに冷めた目で見られようと、私さえ無事であるならそれで……ん?
「つまり、私のことが大事だというのね! ありがとう鈴仙! 信じていたわ!」
「ふっ……まったく鈴仙ちゃんったら、最初から素直にそう言えば良かったんだ。私のことが大事だってな」
「その言葉を待っていました……! 不倶戴天の敵、嫦娥よ聞いているか? 鈴仙は私のことが大事だと言ったぞ!」
「……うっそ~ん」
この人達ときたら、ホントにもう……どんだけ都合のいい耳と脳ミソしてらっしゃるのよ!
かくなる上は逃げの一手しかない。今さら逃げるのは恥でしかないが、せめて役に立って貰おうじゃないの。
いざ脱兎! ……あっ駄目だ捕まった。輝夜様メッチャ速い。須臾パネェっす。さすが私の御主人様……って言ってる場合じゃないね。
「ナイスだ輝夜! 今だけは褒めてやらんでもないぜ」
「ええ、飼い主の務めを立派に果たしたことですね?」
「べ、別にアナタ達の為にやった訳じゃないんだからね!」
輝夜様の貴重なツンデレ的発言……いや、以前どこかでやったっけか。
しかしこの人達、ノリノリである。もう誰が一番かなんて、どうでもよくなってない?
「重要なのは、私達が鈴仙のことを大事に思っているという事実。ただそれだけよ」
「そ、そうっすか。これは光栄です……」
「んでもって、鈴仙ちゃんも私達のことを大事に思っているんだろう? ならそれでイイじゃないか」
「一人が皆のために、皆が一人のために……大一大万大吉というのです?」
純狐さんが言うと、むしろ大キチって感じが……いや、あえて言うまい。
そんなこんなで、私は白昼堂々おいしく“頂かれて”しまいましたとさ。
めでたし、めでた……くねーよ! チクショウいつか逃げてやる。
なんでラグーン語であとがきを締めたのかわかんなくて夜も眠れねえなこれ
そんなわちゃわちゃ感のする平安座さんの作品が大好きです
今回も楽しませていただきました
…もしかしたらここの鈴仙のcv.はガッキーかも?
とても面白かったです。
ひどい
あまりにもテンポよく意味不明な方に話が転がっていってたまらなかったです
笑いながら読んでました
楽しませてもらいました