その夕暮、博麗霊夢は神社の縁側にて茶を啜りながら庭先に降る雪を眺めていた。
今朝より降り始めた細雪は幾度となく弱まれど止まずして降り続き、日も暮れよう時分ともなると境内全域を白く染めてしまっていた。立ち込める深雪の芳香は寂寞たる冷厳だ。
パキリパキリと、積雪した大地から微かな音が響く。雪下にて為される溶解と再結合の反復反応、幻惑的な雪結晶の音色。庭は冬の閑かな喧しさに埋め尽くされている。
冬の当節に枯れ肌を晒す緘黙なる庭の木々は、この寄る辺ない雪ひらに抗うすべを知らず、総じて雪の華をその痩せさらばえた老身に纏っている。
されど『華』と呼ぶには重さの在るそれは枯れ痩せた木々には負担でしか無く、頓に、内の一本が自重を支えきれずに枝をポキリとさせた。
ドサリと虚しいくらいに大きな音を立て、後に続くは余韻の引き絞られた静寂。場を呑み込む見事なフォルテ・ピアノ。枝は死んだ、舞台上でライトの中に眠る役者のように。
あれは誰しもの未来であろう、と。霊夢は物静かに想った。そうして自分の未来でもあるはず、とも。
霊夢は折れ伏した枝に優しい眼を向けて口元を綻ばせた。――その時だ。背後の、居間の障子が閉まる音がした。
「木の枝が折れたのが、そうまで面白いの?」と、声の主は諧謔めかして告げた。「なら庭に在る総ての木を手折って見せてあげようかしら」
「止してよ」不意の客に、霊夢は緩んでいた口元を正す。「あんたはやりかねないのよ」
半身に振り返り、相手を見る。常日頃と変わりない、含み笑いした表情が眼に入った。
「こんばんは、霊夢」
「……こんばんは」
断りもなしに構内に上がり込んでいたらしく、ままズカズカと我が物顔に入り側を闊歩する女、幽香は、空模様の調子を目陰に見つつ霊夢のすぐ隣に腰を下ろした。
「こんな雪の日に何の御用?」と、訊ねはしたものの良識在る返事など期待するはずもない。ただ等閑に訊ねた。
「別に深い用事はないわ。ただ神社に咲いた雪の華を堪能させてもらおうと思ったの」
「んなのは、どこにでも咲いてんでしょ」霊夢は首を振った。「自分ちの庭を見なさいよ」
「それより私にもお茶を煎れなさいよ」話頭を変えて、幽香はどこ吹く風に要求した。
かくも厚かましいヤツなのだ、こいつは。霊夢は若干の不条理に口元を歪ませつつ、幽香の要望に従ってやった。もう一杯の茶を煎れに厨へと足を運ぶ。
来客用の茶葉を漉した急須と新たな湯呑みを盆に乗せ、霊夢は縁側へと戻った。すると待つのに飽いたらしい幽香は残されていた霊夢の茶を勝手に啜っていた。
「ぬるいわねえ」
「それはもう冷えてるのよ。ほら、新しいの煎れたげたから」
相手の気儘への呆れと世話焼きの入り混じった声でそう言いながら、霊夢は盆上の急須を取って湯呑みに茶を注ぎ、湯気立つそれを差し出してやった。
ところが幽香はそれに応じず、さも当然のように霊夢愛用の湯呑みを差し出す。
ふてぶてしいまでに妖怪的な態度――これにどれほど翻弄されてきたことやら。霊夢は多少ならぬ反感を覚えたが、それでも客用湯呑みを盆に戻し、急須を取って注いでやった。
幽香は微笑のままそれを受けると、すぐに口に運んだ。婀娜な唇から艶めかしい水音、それと同時に彼女の身体からは馥郁たる香散見の香りが膨れ上がるようにして広がった。
湯呑みに『それ』が移るじゃないか、と霊夢は睨んだ。口には出さなかったが。
巫女の視線に、幽香はこそばゆさを得たらしい。にこやかに、いかにも彼女らしい風雅と悪辣の混濁した微笑を向けてくる。
「ねえ、霊夢」
「何よ」
「さっきの話」と、幽香が話頭を戻した。「どうして折れた枝を見て笑ったの?」
「別に深い意味は無いわ」相手のために煎れたほうの茶を啜りながら、霊夢は平静に告げた。
雪は時に縁側にまで及んでいた。肩口にひらりと戯れられるのは日が沈むに連れてなかなかに冷たく、どこか索然たる気分とさせられてしまう。
そろそろ居間に戻るべきか、と、そんな思惑とは裏腹に、幽香が身を乗り出してきた。
「可愛い巫女さんは、あの木が嫌いだったのかしら?」などと、まだ問答を続けようとする。
思念の裏まで覗き込もうとする花妖の紅瞳に当てられ、霊夢は咄嗟に顔を背けた。
「そんなんじゃないわよ。みんな同じよ、木なんて」素気なしを心がけて返す。
幽香は呆れたように息を吐き、首を振った。
霊夢はそれを寧ろ誇るように鼻をツンと反らせて見せた。
「博麗の巫女はね、総てを平等に扱うのよ。えこひいきはしないの」
「私が木ごとの華を愛するように?」
「……そうまで立派なもんじゃないけど」
そこでまた二人して茶を啜る。水音は雪景色の厳粛を穿ち、降雪に散って溶けて行く。
折れた枝は既に半ばまで降雪に埋もれていた。このまま行けばきっと雪解けまであの枝が日の目を見ることは在るまい。やもすれば雪解けしても、あんなボロ枝なのだから、その融雪の際の勢いに傾れて崩れてしまうかも知れない。
そういうものだ。霊夢は理解している。博麗の巫女の末路など、それくらい惨めなほうがちょうど良い。
「ねえ、幽香」ふと、思い付きに、霊夢は傍らの妖怪へ呼びかけた。
「なあに」と、幽香が応ずる。
「私は……私って巫女は、どんなふうに折れるのかしら」
「妙なことを考えるのね」吐息に、微かな白けが乗った。「そんなの貴女次第でしょう」
香散見の香りが雪に荒ぶ。少し空の勢いが強くなってきたかも知れない。
「じゃあ私を折ろうとしたことはある?」
「お望みなら」と、幽香は眉を淡きにそばだてて告げた。「今すぐにでも」
さもあらん、と頷く。かくあるべし、と願う。霊夢は眼を伏せて茶を啜った。
――旧くより、霊夢には悪趣味な癖が在る。ぼんやりと自分の死を想い耽ることだ。
死を軽んじているわけではない。霊夢とて人間なのだ、我が身の死を怖れぬこともない。
だが『博麗の巫女』という役割の峻厳さを胸中に僅かにも覚えた時、巫女としての『自分』の存在、或いはその『命』までもが途方もなく安っぽいものに感じられてしまう。
その結果、どこか自分の生死に客観的な感覚を持ってしまうわけだ。何せ霊夢は、幻想郷の維持という責任こそ重い役割を、その巫職を通して一任された人間でしかないのだ。
仮に霊夢が死んだならば、きっと誰かが、例えば同じ神職に在る早苗辺りが博麗を代わるだろう。下戸なれど一本気なあの風祝は、ひとたび博麗という職責を得たならば存外に卒なく演じてみせるに違いない。下戸なれど。
ともあれ博麗として周囲からそれなりの視線を浴びておきながら、その実では霊夢など所詮は代替の利く依代である。雪に折れれば他枝に眼を逸らされる、そんな程度の存在でしかない。
時が来れば霊夢はその命を役目に捧げねばならぬことが在るだろう。
もちろん生に執着するつもりはない。人間到る処に青山有り――と、幻想郷の秩序を護る者にはその精神が求められる。その定めをこそ旨とせねばならない。
「私はね、あの枝のようで在りたいの」殊更に、執拗に、霊夢は言う。「あの枝のように、雪の重みに力尽きて雪に埋もれて、二度と日の目が見られなくても構わなくて――」
「それって割と惨めよねえ」軽口に、幽香が応ずる。
「その通りよ」霊夢は無残な想定を衒い、笑った。「けど惨めでも構わないの。最後まで巫女としての重責を担い、博麗の面目を保ったまま死にたい」
そう口にしてみれば何だか不思議と胸が反った。勇壮が膨れた、息苦しいほどに。
「あの枝の散りざまに、私は将来の自分を見たのかも知れない」
「だから笑ったの?」
「そうよ。親近感っていうか愛着が湧いたの」
霊夢はお茶を啜った。横目に幽香の様子を伺う――と、やおら彼女が立ち上がった。
「何よ、どうしたの」
怪訝に、霊夢は呼びかけた。だが幽香は一顧も与えてくれなかった。比類なくも高邁なその微笑みを口元に浮かべた彼女は、そのまま銀色の濃い大地へと降り立った。
元より室内に入り込んでいたためか、彼女は全くの素足であった。愛用の傘も今は持たない。なのに『冷え切った雪上に裸足で降り立つ』という仕草の、その端々に至るまで、逡巡という俗悪な醜さが見出されることは無かった。
霜風(フロスト)は無造作に歩き出す花妖を覆い囲んで苛めた。だが彼女は微笑を崩さない。雪の凜冽ふぜいが、どうして自分の風骨に変化を及ぼせようかと嘲笑うかのように。
旋風に舞う雪片に纏い付かれながらも、ただ一点を見据えているその視線は、その笑みが高飛車たらんとすればするだけ却って一途な熱れとなった。巫女も思わず制止を忘れるほどの高潔とした威風である。
向けられしは雪に伏した惨めな枝である。その視線を受けるに値せぬボロ枝である。
「この枝が貴女?」と、やがて幽香はその枝を拾った。
自己を投影していた枝を手慰みに振るわれ、漸く霊夢は我に返った。
「だったら何よ」
「そうね、相応に可愛がってあげなくちゃ」
よもや叩き折るつもりか、との想定が咄嗟に頭に浮かび、霊夢は幽香を上眼に睨んだ。
その高踏とした仕草が総て嫌がらせに在るのだとすれば、如何に雅致な風情であれど、それは巫女が唾棄すべき魔性であろう。
しかし幽香の行いは思惑とは別の方向へと転げた。
紅梅色のその唇をそっと窄め、枝に息を吹きかける。
幾許か離れた縁側にまで届く鮮烈な香散見の芳芬。幽香の吐息を浴びた枝は矢庭に生気を帯びた。水気を漲らせて霜を払い、やがて節々が芽吹き、蕾み、倏忽にして華開いた。
氷姿雪魄の嫋やかな白梅だ。折れたボロ枝の節々に花弁が連なった。
楚々と慎ましい華だった。平凡な白桃色の花弁は恐らくこれまで神社に咲いた白梅らと大差も無かった。だがそれでも、その開花を目撃した霊夢は愕然とせざるを得なかった。
否、愕然以上の何かを感じたのだ。知らず、ふらりと立ち上がってしまうほどの得体の知れぬ衝動である。目眩とも区別付かぬ情動的な視界の歪みが霊夢の眼を晦ませる。
「ほうら、華が咲いたわよ」と、白梅を嬉しんでいた幽香のその視線が霊夢に向いた。
幽香が自分に何を言わんとしているか、霊夢とて気付かぬはずも無かった。
彼女は『ならば自分はこうするだろう』と、折れ枝の開花を以って喩えたのだ。
「綺麗ね、霊夢」洗練された紅の眼。銀世界を背景に鮮やかな双眸が光り映える。
頬が紅潮した。幽香の視線に髄する熱味が顔の中心に伝染し、鼻がツンと痛む。
「……ざっけんじゃないわよ」と、歯向かう言葉のその威勢とは裏腹に、声は酷く掠れた。「あんたに私の何が分かるってのよ。妖怪が巫女を忖度するなんて――」
「僭越?」
「そうよっ!」無理に大声を捻り出す。するとヒステリックな鼻声となった。
少女的な、あまりに少女的な感情の氾濫。不覚といえばこれ以上の不覚もない。声を荒げたところで相手が怯むはずもないではないか。
何せ、その激情を浴びて尚も幽香は微笑していた。その双眸の香り立つような赫灼。
歯を食い縛り、霊夢はその気取った頬面を張り付けてやろうとして縁側を飛び降りた。
だが雪面の不安定に足を滑らせ、転げた。柔らかくも冷たい白雪に鼻先から突っ込んだ。
「あら、莫迦ねえ。そんなに慌てるものじゃないわ」と、からかい半分に幽香が告げる。ただその残りの半分には揶揄と異なる示唆が在る。……霊夢は気付かぬふりをした。
雪の冷気は皮膚を貫き、骨髄にまで凍みていた。肩をくすぐる雪の一ひらが酷く重い。
渾身に両肘を踏ん張らせ、雪まみれの反骨の顔を上げる――と、覆い被さるような香りと足音。幽香がこちらへと歩み寄ってくるのが視界に入った。
その赫奕たる視線が巫女の強がりの眼と交錯した。胸を衝くは戦慄であり恐慌である。断ち切れぬ感情の面映さと狂わんばかりの昂ぶりである。
仮に自分があの白梅の枝の如く扱われてしまえば、それが博麗の巫女としての『名折れ』になることを霊夢は理解している。なのに反面、それを乞う気持ちが蛇首のように擡げており、そこに歯噛みしたいくらいの口惜しさが在る。
前髪から雪が垂れ、鼻頭にかかる。顔を揺さぶれば、鼻孔には暗香が一層に染み入った。
「近寄らないでっ」と、漸くにして立ち上がった時には、もう彼女は目前に居た。
「貴女からこちらに来ようとしていたように見えたけれど」と言いつつ、初めて、幽香はその唇を憂いに曲げた。「雪だらけじゃない、霊夢」
幽香は両掌を口元に当てると、かじかむ手を労る時の仕草でホウと息を吐いた。
そうして拒む間も与えず、その両方の掌を霊夢の頬に当てた。香散見の芳藹の、温もりの手だ。鎖で繋げぬ博麗の心を、頬を、いとも容易く包んで見せる。
その掌に抗おうとは思えど、もはや赤子の愚図りよりも力が無い。
「これで」弱々しく、霊夢は犬儒的に口を曲げた。「巫女にも華を咲かせてやったつもり?」
「もう立派に咲いているもの」幽香は無為に告げた。その声はどこか耳をくすぐるようで。「咲いているものね、霊夢」
なればこのまま散らすつもりか、と霊夢は笑ってしまおうとした。笑い飛ばして、幽香の思惑など総て拒絶してやろうとした。さもなくば博麗の巫女として平仄が合わぬ。
それなのに強いて開いた口から出たのは相手を呼ぶ泣声だった。
「幽香っ……」何を求めての呼名か、その自覚すらできぬまま、ただただ喉を奮わせる。「幽香っ……幽香っ……」と、その名を呼ぶたびに強張っていた肩肘は弛緩していった。
「なあに」と、花妖が応ずる。常日頃と変わりない、その穏やかな声音で。
粉雪散らす寒さに積もられ、足の感覚は失われていた。自分一人ではまた雪上に倒れ伏してしまいそうで、霊夢はとうとう相手の懐に縋り付いた。まま、鼻を突っ伏す。思い切り押し付ける。昂ぶりと鎮まりの狭間に眼を閉じて揺蕩う。
誰に依らず倒れ伏すのが博麗の本分であると、それくらいのことなど重々承知していたが、もはやそれでも縋らずにはいられなかったのだ。
当の花妖は泰然としてその総てに従容を保っていた。
ただ「『今日は』私の勝ちね」と、だけ。その玲瓏な宣告は心なしか弾んでいた。
周囲に蔓延する霜風から護るようにして、背中に両腕が回される。抱えられたものか、はたまた囚えられたものか。翼覆嫗煦の温柔な抱擁には香散見の総てが満ちていた。
その芳香を口一杯に銜むよう懸命に呼吸する。自分の口より漏れる痩せ犬の喘鳴めいた情けない息遣い。その感情は誰かに見咎められればもう反論の余地の無いものだ。
「霊夢」耳朶に唇を触れんばかりに、幽香が問うた。「貴女は一体何を怖れているの?」
「私が怖いのは――」と、霊夢は初めて鬼胎を打ち明けた。「皆に失望されて後ろ指を指されること。その糾弾してくる指を想うと凄く怖いの。心細いの」
「そんな指は総て手折ってしまうと、皆に言ってやれば良いのよ」と、花妖はその暴君じみた機知を戯れめかして巫女に示した。「『私達』ならやりかねないって、きっと皆そう思うわ。そうでしょう?」
その通りだ、と霊夢は胸裏に肯定した。そうして食い縛っていた口元を緩ませた。
事そこに至り、とうとう霊夢は甘ったれた言葉を物した。
「――私ね、不安なことが一杯で、何だか自分が過去のどの巫女よりも臆病なんじゃないかって気がするの」
「そうね、そうかもね」幽香が嗤う。「だからきっと迎えに行くわよ。今みたいに」
ホロリ、と頬が濡れた。それが雪か涙か幸い定かならず、ただ冷気は身を火照らせた。
「約束するわ、霊夢。だから貴女、もう少し気長にやんなさいな。それが幻想郷でしょう」
胸にうずまる霊夢の無防備な頬を、その手で、幽香は再び撫で付けた。
「そうね、どうしても心細いのなら、まずは木ごとの華を眺めることから始めなさい。誰にでも平等に興味を持たないのではなくて誰にでも平等に興味を持つの。そうすればいつしか生きとし生ける木ごとの華を愛せるようになるわ」
「木毎の華なら」とうに私は――と、霊夢は危うく告げかけた。辛うじて口を噤んだ。
しかし生憎と通じたらしい。幽香は優雅に、誠に彼女らしく嗜虐的に眼を細めた。
「私もよ、霊夢。私も」
そう言って、幽香は胸元のむず痒さを堪えきれぬとばかりにクツクツと笑い始めた。
霊夢は唇を噛んで赤面した。梅の酒に酩酊したような甘い余韻の恥じらいだった。
雪の夕暮れが過ぎ、夜が更けた。
降雪けぶる障子の寝屋、ひま洩る風より隠れ、霊夢は布団に包まる。
深々と神社を照らす銀光の降雪は静寂を虚空の音曲とした巫覡の演舞さながらに、天地の狭間を束ねて纏い、その身を阿吽に巡らせて今尚も矢鱈と踊っている。
その饗宴まで距離一畳。極寒の霜風は孤影なれど颯々と、しじま唯一の物音たりて声高に巫女を呼ぶ。
だが霊夢は寝床を離れない。己れの身髄にまで染み付いたその梅香を吹き飛ばさせて堪るものか。まま、鼻を突っ伏す。思い切り押し付ける。昂ぶりと鎮まりの狭間に眼を閉じて揺蕩う。
幼心への郷愁か。そうかも知れぬ。魅入られているのか、或いはそうやも知れぬ。
それでも、もはやフロストへの衝迫はない。霊夢は約束の揺籠を得た。
芬芳に眠る、この心地を想えば、きっと最期まで精一杯に歩き続けられるだろう。
木毎の華を愛でるその道程は馥郁たりて厳かな芳醇なる森である。
それが誰の森であるものか、霊夢はとうに知っている。
森は愛おしくも幽かなりて暗香疎影の深々たる情景を孕む。
その宵闇の森を確かに霊夢は歩まねばならぬ。守るべき大切な約束のために。
華胥の郷(くに)での、その数マイル。彼女に臨む数マイル。
今朝より降り始めた細雪は幾度となく弱まれど止まずして降り続き、日も暮れよう時分ともなると境内全域を白く染めてしまっていた。立ち込める深雪の芳香は寂寞たる冷厳だ。
パキリパキリと、積雪した大地から微かな音が響く。雪下にて為される溶解と再結合の反復反応、幻惑的な雪結晶の音色。庭は冬の閑かな喧しさに埋め尽くされている。
冬の当節に枯れ肌を晒す緘黙なる庭の木々は、この寄る辺ない雪ひらに抗うすべを知らず、総じて雪の華をその痩せさらばえた老身に纏っている。
されど『華』と呼ぶには重さの在るそれは枯れ痩せた木々には負担でしか無く、頓に、内の一本が自重を支えきれずに枝をポキリとさせた。
ドサリと虚しいくらいに大きな音を立て、後に続くは余韻の引き絞られた静寂。場を呑み込む見事なフォルテ・ピアノ。枝は死んだ、舞台上でライトの中に眠る役者のように。
あれは誰しもの未来であろう、と。霊夢は物静かに想った。そうして自分の未来でもあるはず、とも。
霊夢は折れ伏した枝に優しい眼を向けて口元を綻ばせた。――その時だ。背後の、居間の障子が閉まる音がした。
「木の枝が折れたのが、そうまで面白いの?」と、声の主は諧謔めかして告げた。「なら庭に在る総ての木を手折って見せてあげようかしら」
「止してよ」不意の客に、霊夢は緩んでいた口元を正す。「あんたはやりかねないのよ」
半身に振り返り、相手を見る。常日頃と変わりない、含み笑いした表情が眼に入った。
「こんばんは、霊夢」
「……こんばんは」
断りもなしに構内に上がり込んでいたらしく、ままズカズカと我が物顔に入り側を闊歩する女、幽香は、空模様の調子を目陰に見つつ霊夢のすぐ隣に腰を下ろした。
「こんな雪の日に何の御用?」と、訊ねはしたものの良識在る返事など期待するはずもない。ただ等閑に訊ねた。
「別に深い用事はないわ。ただ神社に咲いた雪の華を堪能させてもらおうと思ったの」
「んなのは、どこにでも咲いてんでしょ」霊夢は首を振った。「自分ちの庭を見なさいよ」
「それより私にもお茶を煎れなさいよ」話頭を変えて、幽香はどこ吹く風に要求した。
かくも厚かましいヤツなのだ、こいつは。霊夢は若干の不条理に口元を歪ませつつ、幽香の要望に従ってやった。もう一杯の茶を煎れに厨へと足を運ぶ。
来客用の茶葉を漉した急須と新たな湯呑みを盆に乗せ、霊夢は縁側へと戻った。すると待つのに飽いたらしい幽香は残されていた霊夢の茶を勝手に啜っていた。
「ぬるいわねえ」
「それはもう冷えてるのよ。ほら、新しいの煎れたげたから」
相手の気儘への呆れと世話焼きの入り混じった声でそう言いながら、霊夢は盆上の急須を取って湯呑みに茶を注ぎ、湯気立つそれを差し出してやった。
ところが幽香はそれに応じず、さも当然のように霊夢愛用の湯呑みを差し出す。
ふてぶてしいまでに妖怪的な態度――これにどれほど翻弄されてきたことやら。霊夢は多少ならぬ反感を覚えたが、それでも客用湯呑みを盆に戻し、急須を取って注いでやった。
幽香は微笑のままそれを受けると、すぐに口に運んだ。婀娜な唇から艶めかしい水音、それと同時に彼女の身体からは馥郁たる香散見の香りが膨れ上がるようにして広がった。
湯呑みに『それ』が移るじゃないか、と霊夢は睨んだ。口には出さなかったが。
巫女の視線に、幽香はこそばゆさを得たらしい。にこやかに、いかにも彼女らしい風雅と悪辣の混濁した微笑を向けてくる。
「ねえ、霊夢」
「何よ」
「さっきの話」と、幽香が話頭を戻した。「どうして折れた枝を見て笑ったの?」
「別に深い意味は無いわ」相手のために煎れたほうの茶を啜りながら、霊夢は平静に告げた。
雪は時に縁側にまで及んでいた。肩口にひらりと戯れられるのは日が沈むに連れてなかなかに冷たく、どこか索然たる気分とさせられてしまう。
そろそろ居間に戻るべきか、と、そんな思惑とは裏腹に、幽香が身を乗り出してきた。
「可愛い巫女さんは、あの木が嫌いだったのかしら?」などと、まだ問答を続けようとする。
思念の裏まで覗き込もうとする花妖の紅瞳に当てられ、霊夢は咄嗟に顔を背けた。
「そんなんじゃないわよ。みんな同じよ、木なんて」素気なしを心がけて返す。
幽香は呆れたように息を吐き、首を振った。
霊夢はそれを寧ろ誇るように鼻をツンと反らせて見せた。
「博麗の巫女はね、総てを平等に扱うのよ。えこひいきはしないの」
「私が木ごとの華を愛するように?」
「……そうまで立派なもんじゃないけど」
そこでまた二人して茶を啜る。水音は雪景色の厳粛を穿ち、降雪に散って溶けて行く。
折れた枝は既に半ばまで降雪に埋もれていた。このまま行けばきっと雪解けまであの枝が日の目を見ることは在るまい。やもすれば雪解けしても、あんなボロ枝なのだから、その融雪の際の勢いに傾れて崩れてしまうかも知れない。
そういうものだ。霊夢は理解している。博麗の巫女の末路など、それくらい惨めなほうがちょうど良い。
「ねえ、幽香」ふと、思い付きに、霊夢は傍らの妖怪へ呼びかけた。
「なあに」と、幽香が応ずる。
「私は……私って巫女は、どんなふうに折れるのかしら」
「妙なことを考えるのね」吐息に、微かな白けが乗った。「そんなの貴女次第でしょう」
香散見の香りが雪に荒ぶ。少し空の勢いが強くなってきたかも知れない。
「じゃあ私を折ろうとしたことはある?」
「お望みなら」と、幽香は眉を淡きにそばだてて告げた。「今すぐにでも」
さもあらん、と頷く。かくあるべし、と願う。霊夢は眼を伏せて茶を啜った。
――旧くより、霊夢には悪趣味な癖が在る。ぼんやりと自分の死を想い耽ることだ。
死を軽んじているわけではない。霊夢とて人間なのだ、我が身の死を怖れぬこともない。
だが『博麗の巫女』という役割の峻厳さを胸中に僅かにも覚えた時、巫女としての『自分』の存在、或いはその『命』までもが途方もなく安っぽいものに感じられてしまう。
その結果、どこか自分の生死に客観的な感覚を持ってしまうわけだ。何せ霊夢は、幻想郷の維持という責任こそ重い役割を、その巫職を通して一任された人間でしかないのだ。
仮に霊夢が死んだならば、きっと誰かが、例えば同じ神職に在る早苗辺りが博麗を代わるだろう。下戸なれど一本気なあの風祝は、ひとたび博麗という職責を得たならば存外に卒なく演じてみせるに違いない。下戸なれど。
ともあれ博麗として周囲からそれなりの視線を浴びておきながら、その実では霊夢など所詮は代替の利く依代である。雪に折れれば他枝に眼を逸らされる、そんな程度の存在でしかない。
時が来れば霊夢はその命を役目に捧げねばならぬことが在るだろう。
もちろん生に執着するつもりはない。人間到る処に青山有り――と、幻想郷の秩序を護る者にはその精神が求められる。その定めをこそ旨とせねばならない。
「私はね、あの枝のようで在りたいの」殊更に、執拗に、霊夢は言う。「あの枝のように、雪の重みに力尽きて雪に埋もれて、二度と日の目が見られなくても構わなくて――」
「それって割と惨めよねえ」軽口に、幽香が応ずる。
「その通りよ」霊夢は無残な想定を衒い、笑った。「けど惨めでも構わないの。最後まで巫女としての重責を担い、博麗の面目を保ったまま死にたい」
そう口にしてみれば何だか不思議と胸が反った。勇壮が膨れた、息苦しいほどに。
「あの枝の散りざまに、私は将来の自分を見たのかも知れない」
「だから笑ったの?」
「そうよ。親近感っていうか愛着が湧いたの」
霊夢はお茶を啜った。横目に幽香の様子を伺う――と、やおら彼女が立ち上がった。
「何よ、どうしたの」
怪訝に、霊夢は呼びかけた。だが幽香は一顧も与えてくれなかった。比類なくも高邁なその微笑みを口元に浮かべた彼女は、そのまま銀色の濃い大地へと降り立った。
元より室内に入り込んでいたためか、彼女は全くの素足であった。愛用の傘も今は持たない。なのに『冷え切った雪上に裸足で降り立つ』という仕草の、その端々に至るまで、逡巡という俗悪な醜さが見出されることは無かった。
霜風(フロスト)は無造作に歩き出す花妖を覆い囲んで苛めた。だが彼女は微笑を崩さない。雪の凜冽ふぜいが、どうして自分の風骨に変化を及ぼせようかと嘲笑うかのように。
旋風に舞う雪片に纏い付かれながらも、ただ一点を見据えているその視線は、その笑みが高飛車たらんとすればするだけ却って一途な熱れとなった。巫女も思わず制止を忘れるほどの高潔とした威風である。
向けられしは雪に伏した惨めな枝である。その視線を受けるに値せぬボロ枝である。
「この枝が貴女?」と、やがて幽香はその枝を拾った。
自己を投影していた枝を手慰みに振るわれ、漸く霊夢は我に返った。
「だったら何よ」
「そうね、相応に可愛がってあげなくちゃ」
よもや叩き折るつもりか、との想定が咄嗟に頭に浮かび、霊夢は幽香を上眼に睨んだ。
その高踏とした仕草が総て嫌がらせに在るのだとすれば、如何に雅致な風情であれど、それは巫女が唾棄すべき魔性であろう。
しかし幽香の行いは思惑とは別の方向へと転げた。
紅梅色のその唇をそっと窄め、枝に息を吹きかける。
幾許か離れた縁側にまで届く鮮烈な香散見の芳芬。幽香の吐息を浴びた枝は矢庭に生気を帯びた。水気を漲らせて霜を払い、やがて節々が芽吹き、蕾み、倏忽にして華開いた。
氷姿雪魄の嫋やかな白梅だ。折れたボロ枝の節々に花弁が連なった。
楚々と慎ましい華だった。平凡な白桃色の花弁は恐らくこれまで神社に咲いた白梅らと大差も無かった。だがそれでも、その開花を目撃した霊夢は愕然とせざるを得なかった。
否、愕然以上の何かを感じたのだ。知らず、ふらりと立ち上がってしまうほどの得体の知れぬ衝動である。目眩とも区別付かぬ情動的な視界の歪みが霊夢の眼を晦ませる。
「ほうら、華が咲いたわよ」と、白梅を嬉しんでいた幽香のその視線が霊夢に向いた。
幽香が自分に何を言わんとしているか、霊夢とて気付かぬはずも無かった。
彼女は『ならば自分はこうするだろう』と、折れ枝の開花を以って喩えたのだ。
「綺麗ね、霊夢」洗練された紅の眼。銀世界を背景に鮮やかな双眸が光り映える。
頬が紅潮した。幽香の視線に髄する熱味が顔の中心に伝染し、鼻がツンと痛む。
「……ざっけんじゃないわよ」と、歯向かう言葉のその威勢とは裏腹に、声は酷く掠れた。「あんたに私の何が分かるってのよ。妖怪が巫女を忖度するなんて――」
「僭越?」
「そうよっ!」無理に大声を捻り出す。するとヒステリックな鼻声となった。
少女的な、あまりに少女的な感情の氾濫。不覚といえばこれ以上の不覚もない。声を荒げたところで相手が怯むはずもないではないか。
何せ、その激情を浴びて尚も幽香は微笑していた。その双眸の香り立つような赫灼。
歯を食い縛り、霊夢はその気取った頬面を張り付けてやろうとして縁側を飛び降りた。
だが雪面の不安定に足を滑らせ、転げた。柔らかくも冷たい白雪に鼻先から突っ込んだ。
「あら、莫迦ねえ。そんなに慌てるものじゃないわ」と、からかい半分に幽香が告げる。ただその残りの半分には揶揄と異なる示唆が在る。……霊夢は気付かぬふりをした。
雪の冷気は皮膚を貫き、骨髄にまで凍みていた。肩をくすぐる雪の一ひらが酷く重い。
渾身に両肘を踏ん張らせ、雪まみれの反骨の顔を上げる――と、覆い被さるような香りと足音。幽香がこちらへと歩み寄ってくるのが視界に入った。
その赫奕たる視線が巫女の強がりの眼と交錯した。胸を衝くは戦慄であり恐慌である。断ち切れぬ感情の面映さと狂わんばかりの昂ぶりである。
仮に自分があの白梅の枝の如く扱われてしまえば、それが博麗の巫女としての『名折れ』になることを霊夢は理解している。なのに反面、それを乞う気持ちが蛇首のように擡げており、そこに歯噛みしたいくらいの口惜しさが在る。
前髪から雪が垂れ、鼻頭にかかる。顔を揺さぶれば、鼻孔には暗香が一層に染み入った。
「近寄らないでっ」と、漸くにして立ち上がった時には、もう彼女は目前に居た。
「貴女からこちらに来ようとしていたように見えたけれど」と言いつつ、初めて、幽香はその唇を憂いに曲げた。「雪だらけじゃない、霊夢」
幽香は両掌を口元に当てると、かじかむ手を労る時の仕草でホウと息を吐いた。
そうして拒む間も与えず、その両方の掌を霊夢の頬に当てた。香散見の芳藹の、温もりの手だ。鎖で繋げぬ博麗の心を、頬を、いとも容易く包んで見せる。
その掌に抗おうとは思えど、もはや赤子の愚図りよりも力が無い。
「これで」弱々しく、霊夢は犬儒的に口を曲げた。「巫女にも華を咲かせてやったつもり?」
「もう立派に咲いているもの」幽香は無為に告げた。その声はどこか耳をくすぐるようで。「咲いているものね、霊夢」
なればこのまま散らすつもりか、と霊夢は笑ってしまおうとした。笑い飛ばして、幽香の思惑など総て拒絶してやろうとした。さもなくば博麗の巫女として平仄が合わぬ。
それなのに強いて開いた口から出たのは相手を呼ぶ泣声だった。
「幽香っ……」何を求めての呼名か、その自覚すらできぬまま、ただただ喉を奮わせる。「幽香っ……幽香っ……」と、その名を呼ぶたびに強張っていた肩肘は弛緩していった。
「なあに」と、花妖が応ずる。常日頃と変わりない、その穏やかな声音で。
粉雪散らす寒さに積もられ、足の感覚は失われていた。自分一人ではまた雪上に倒れ伏してしまいそうで、霊夢はとうとう相手の懐に縋り付いた。まま、鼻を突っ伏す。思い切り押し付ける。昂ぶりと鎮まりの狭間に眼を閉じて揺蕩う。
誰に依らず倒れ伏すのが博麗の本分であると、それくらいのことなど重々承知していたが、もはやそれでも縋らずにはいられなかったのだ。
当の花妖は泰然としてその総てに従容を保っていた。
ただ「『今日は』私の勝ちね」と、だけ。その玲瓏な宣告は心なしか弾んでいた。
周囲に蔓延する霜風から護るようにして、背中に両腕が回される。抱えられたものか、はたまた囚えられたものか。翼覆嫗煦の温柔な抱擁には香散見の総てが満ちていた。
その芳香を口一杯に銜むよう懸命に呼吸する。自分の口より漏れる痩せ犬の喘鳴めいた情けない息遣い。その感情は誰かに見咎められればもう反論の余地の無いものだ。
「霊夢」耳朶に唇を触れんばかりに、幽香が問うた。「貴女は一体何を怖れているの?」
「私が怖いのは――」と、霊夢は初めて鬼胎を打ち明けた。「皆に失望されて後ろ指を指されること。その糾弾してくる指を想うと凄く怖いの。心細いの」
「そんな指は総て手折ってしまうと、皆に言ってやれば良いのよ」と、花妖はその暴君じみた機知を戯れめかして巫女に示した。「『私達』ならやりかねないって、きっと皆そう思うわ。そうでしょう?」
その通りだ、と霊夢は胸裏に肯定した。そうして食い縛っていた口元を緩ませた。
事そこに至り、とうとう霊夢は甘ったれた言葉を物した。
「――私ね、不安なことが一杯で、何だか自分が過去のどの巫女よりも臆病なんじゃないかって気がするの」
「そうね、そうかもね」幽香が嗤う。「だからきっと迎えに行くわよ。今みたいに」
ホロリ、と頬が濡れた。それが雪か涙か幸い定かならず、ただ冷気は身を火照らせた。
「約束するわ、霊夢。だから貴女、もう少し気長にやんなさいな。それが幻想郷でしょう」
胸にうずまる霊夢の無防備な頬を、その手で、幽香は再び撫で付けた。
「そうね、どうしても心細いのなら、まずは木ごとの華を眺めることから始めなさい。誰にでも平等に興味を持たないのではなくて誰にでも平等に興味を持つの。そうすればいつしか生きとし生ける木ごとの華を愛せるようになるわ」
「木毎の華なら」とうに私は――と、霊夢は危うく告げかけた。辛うじて口を噤んだ。
しかし生憎と通じたらしい。幽香は優雅に、誠に彼女らしく嗜虐的に眼を細めた。
「私もよ、霊夢。私も」
そう言って、幽香は胸元のむず痒さを堪えきれぬとばかりにクツクツと笑い始めた。
霊夢は唇を噛んで赤面した。梅の酒に酩酊したような甘い余韻の恥じらいだった。
雪の夕暮れが過ぎ、夜が更けた。
降雪けぶる障子の寝屋、ひま洩る風より隠れ、霊夢は布団に包まる。
深々と神社を照らす銀光の降雪は静寂を虚空の音曲とした巫覡の演舞さながらに、天地の狭間を束ねて纏い、その身を阿吽に巡らせて今尚も矢鱈と踊っている。
その饗宴まで距離一畳。極寒の霜風は孤影なれど颯々と、しじま唯一の物音たりて声高に巫女を呼ぶ。
だが霊夢は寝床を離れない。己れの身髄にまで染み付いたその梅香を吹き飛ばさせて堪るものか。まま、鼻を突っ伏す。思い切り押し付ける。昂ぶりと鎮まりの狭間に眼を閉じて揺蕩う。
幼心への郷愁か。そうかも知れぬ。魅入られているのか、或いはそうやも知れぬ。
それでも、もはやフロストへの衝迫はない。霊夢は約束の揺籠を得た。
芬芳に眠る、この心地を想えば、きっと最期まで精一杯に歩き続けられるだろう。
木毎の華を愛でるその道程は馥郁たりて厳かな芳醇なる森である。
それが誰の森であるものか、霊夢はとうに知っている。
森は愛おしくも幽かなりて暗香疎影の深々たる情景を孕む。
その宵闇の森を確かに霊夢は歩まねばならぬ。守るべき大切な約束のために。
華胥の郷(くに)での、その数マイル。彼女に臨む数マイル。
木ごと→木毎→梅って掛詞を使って霊夢が本当はとっくにカザミ→風見を眺めているor愛しているってオチにしたこと
頭のなかに雪が積もってくみたいな圧倒的な文体
色々と凄まじかったです
次も楽しみにさせていただきます
ゆうかれいむは好きなので良かったです
かなり文体変えてきたなあと思ったら、あなたが書く霊夢の根本は変わっていなくて愛らしかったです。くつくつと笑い出す幽香に妙な人懐っこさが感じられて、そこがかなりツボでした。
とても楽しめました、素敵な時間をくださり感謝です。
霊夢の存在がとても儚いのに、それを受け止める幽香が切なくて良かったです。
幽花は相変わらず恐ろしいですね。
以前の作品では霊夢が暖炉に鼻先を突っ込まれていたことを思い出します。
失望される事への恐れを素直に吐露する霊夢と、彼女を温かく包みこむ幽香の愛情、とうとうそれに心惹かれる霊夢の心境の変化に萌えました。
自分は『背後で爆発がした、私は思わず振り返った』程度の表現しかできないので、このような情景や心理を感じさせる文体を書ける人がうらやましいです。ではお元気で。
リズムというか歌というか、独特な文体でした
二人の幸せのありかたが浮かび上がるような、そんな話な気がしました
それでも読んで良かった
それは間違いない
これ、最後はゆうかりんが一緒に寝てるって解釈して良いんですかね
そのままの文章を使ってることが状況下の引喩になるとか、かんとか、どっかで見たんですが