「あら」
人里からの買い物帰り、雨宿りをしていた十六夜咲夜さんは、そう声を上げました。視線の先には小さい黒猫。こちらを見上げてにいにいと鳴いています。その横では、母猫でしょう、今にも力尽きそうな猫の姿がありました。
のほほんとしているとはいえ、妖怪化生が跋扈する幻想郷です。今のままでは、そう遠くないうちに猫の親子は飢えて死ぬか、何者かの腹の中に入ることになるでしょう。
咲夜さんは瀟洒です。周りにの者たちは人妖問わずそう思われていますし、咲夜さん自身もそうあるように常に努力を続けています。ですが、案外どうでもいいことに興味を示してしまうような、そんな人間性を持ち合わせてもいました。だからでしょうか、親猫を担ぎ、子猫を空いた手で抱きかかえると、それまで気にしていた雨などものともせずに、咲夜さんは空を飛び屋敷へと戻りました。
道中、主になんと説明しようかとふと考えましたが、まあ、どうにかなるだろうときれいさっぱり忘却しました。
「で、なんでコイツ等を連れてきたのかしら?」
咲夜さんが連れ帰った猫達を見て、咲夜さんの主であるレミリア・スカーレットさんは言いました。その膝の上では子猫がにいにいとレミリアさんに何かを訴えています。母猫は治療のために地下の図書館に連れていかれましたが、命に別状はないようです。
咲夜さんは普段の完璧な態度とは違い、目を何度か瞬かせてから返しました。
「……何故でしょう?」
そんな咲夜さんの返答に、レミリアさんは頭を押さえるのでした。
・咲夜さんと猫
朝。猫たちは咲夜さんの部屋で目を覚まします。なんやかんやがありましたが、館で飼ってもいいとのことでした。
『猫は人に飼われずに、家に飼われるとも言うしね。気に入ったなら住み着くでしょうし、ここが気に入らないなら勝手に出ていくでしょう』
レミリアさんが言った言葉です。その膝の上では、撫でられて寝息を立てている子猫の姿がありました。もしかしたら気に入ったのかもしれませんが、咲夜さんにはわかりません。
咲夜さんは自分の部屋に、バスケットを使って猫たちの寝床を用意しました。ベッド横のサイドテーブルに置かれ、今では猫達も気に入った様子です。
トイレを筆頭に、簡単なしつけは地下図書館の魔女さんが魔法を使ってくれました。魔法の中には、それこそ猫の言っていることがわかるようなものもあるらしいのですが、そこまではしていません。魔女さん曰く「風情がない」とのことでした。咲夜さんにはその風情というものが何なのかはよく理解できませんでしたが。
咲夜さんが軽く体を伸ばすと、つられて猫達も体を伸ばします。それが終わると、猫たちは咲夜さんをじいっと見上げました。
「朝ごはん、食べましょうか」
母猫はにゃあと鳴き、子猫はにいと鳴きます。咲夜さんはその姿を見て微笑むと、一緒に食堂へ向かうのでした。
・門番と子猫
美鈴さんが軽く体を動かしていると、小さな気配が近づいてきます。どこか開いていたのでしょうか、子猫がやってきました。
「あら、一緒に門番してくれるのかしら」
美鈴さんの言葉に、子猫はとりあえずにいと鳴き返します。そのまま、近くの草木を眺めたり、美鈴さんが用意した猫じゃらしと戯れるなどをして、一緒にに門番の役目を果たしました。その様子を他の者が見たのならば確実に戯れているだけに見えるでしょうが。
「おうい、猫飼い始めたんだって?見に来たぜ」
それからしばらく経った後に、黒白魔法使いの魔理沙さんがやってきました。普段ならば大体弾幕勝負が始まるのですが、今日は立ち止まると、美鈴さんと一緒に門番業務という名の昼寝をしている子猫を見ます。美鈴さんが唇に軽く指をあてたので、魔理沙さんは静かに猫に近づきました。
しっかりと毛繕いされた黒い毛並みが太陽に当たって艶を放ちます。寝ている子猫は、お日様の光を吸収しているようにも見えます。魔理沙さん子猫を起こさぬようにその身体を軽く撫でると、満足して館の中に入っていきました。
「いい仕事したわね」
美鈴さんは子猫を起こさぬように、笑いながらそう呟くのでした。
・魔女と母猫
紅魔館の地下にある大図書館。その主である魔女のパチュリーさんは、客人たちと静かに議論を楽しんでいます。客人のうち、魔理沙さんが質問を投げかけもう一方の客人、人形遣いのアリスさんとパチュリーさんで、考えを述べます。
「魔理沙、貴女は物事を考えるときにもう少し違う視点を……アリス。どうしたのかしら」
パチュリーさんが聞くと、アリスさんは視線をパチュリーさんの足元に向けます。その視線を追いかけると、足元では母猫がパチュリーさんの足元にたたずんでいました。じいっと見上げながら、にゃあと一言鳴きます。何をせがまれているのか理解したパチュリーさんは、黒猫を膝上へ招きました。ぐるぐると喉を鳴らしながら、猫は丸くなります。
「魔女と黒猫、ね。絵になるじゃない」
「喘息は大丈夫なのか?」
「咲夜が手入れしているおかげでね、そこまでの影響はないわよ」
パチュリーさんの膝の上が母猫のお気に入りの場所なのでしょう。微かに寝息を立て始めたその身体を薄く撫でながら、パチュリーさんは視線を二人に戻します。そんな二人の視線は、こころなしかにやけているようにも見えました。お茶を淹れに来た小悪魔さんがアリスさんに耳打ちをすると、
「ねえパチュリー」
「なによ」
「可愛い?」
アリスさんの問いかけにパチュリーさんは寝ぼけ眼の母猫を抱きかかえます。
「こちらとしてはたまったものじゃないのだけれど。読書の邪魔はしてくるしお昼寝に膝を使われちゃうし。ほんとうにもう」
ですがパチュリーさんの口元は微かに緩んでいます。人形遣いのアリスさんは知っています。この魔女が、存外甘いことを。少しにやけていた口元を注意してあげると、パチュリーさんは「むきゅん」と顔を伏せてしまいました。
・猫と妖精とホフゴブリン
妖精たちは、猫たちにとっては格好の遊び相手です。多分自然の具現だからなのでしょう、猫達も経過することなく、妖精メイドたちと遊びます。
妖精たちと追いかけっこをして疲れた時は、二匹はある場所へ向かいます。ホフゴブリンたちが詰めている屯所です。いつでも少しだけ開いている扉をすり抜け、テーブルに飛び乗ります。そこに作られた簡素のベッドで、母猫は身を丸めました。時折工房から聞こえてくる甲高い金属音や熱気のようなものに最初こそ驚きましたが、今では心地よいリズムとなって、母猫の眠気を誘います。
一方で子猫は、工房の中をとことこと歩き回ります。一匹のホフゴブリンの肩にぴょんと飛び乗りました。台所で使うのでしょう、肩に乗られたホフ二郎は、猫のことを気も止めず、打ち終わった包丁をゆっくりと研いでいます。研ぐ音に合わせるように、子猫の尻尾がホフ二郎の首にぺしぺしと当たるのです。くすぐったくて、ホフ二郎はゴブゴブと笑うのでした。
・妹様と子猫
日も暮れたころ、咲夜さんは子猫と妹様が一緒にいるのを目撃しました。しかし、どこか様子がおかしく見えたので、近づいてみました。緊張した様子の妹様を、猫は警戒しています。何があったのか咲夜さんは妹様に尋ねました。
「触ってみたいんだけどね、怪我させちゃうかもしれないじゃない」
妹様は、己の力の強さを知っています。それでいろいろなものを壊してきたのですから。だからこそ、臆病になっているのでしょう。そうは言っても触りたい欲求とも闘っているようで、そんな心の機微を子猫は感じ取っているのです。咲夜さんは薄く微笑みながら、妹様に話しかけます。
「妹様、猫は気配に敏感な動物です。ですから、まずは触りたいではなく、ご自身の緊張を解くことから始めましょう。そうすれば、この子はきっと妹様に応えてくれますよ」
妹様は「本当に?」と聞き返します。咲夜さんが本当ですよと返したことで勇気が出たのでしょう、妹様は極力子猫を意識しないように、その場に立ちました。目を閉じて、可愛らしく静かに深呼吸をしています。
深呼吸を続ける吸血鬼と、それを警戒している子猫。咲夜さんの目にはとても可愛らしく見えましたが、変化が訪れます。段々と子猫が妹様に近づいていくのです。すんすんと足首の匂いを嗅いだかと思うと、その頭を妹様の足に擦り付けます。妹様の顔を見ると、驚きと喜びを足して二で割らない、とてもとても素敵な表情をしていました。
「さくやっ、さくやっ」
「よかったですね、妹様」
妹様がおそるおそる子猫に触ったのを確認して、咲夜さんは業務に戻ります。あとはおゆはんの準備と簡単な夜の引継ぎ確認だけです。後のほうから妹様の可愛らしい悲鳴が聞こえてきましたが、咲夜さんは聞いていないことにしておきました。
・お嬢様と母猫
夜。おゆはんも終わり、レミリアさんは紅魔館の屋根の上に腰かけていました。少しお行儀が悪いようにも見えますが、レミリアさんはあまり気にしていません。
神社の巫女さんの影響で人間と同じ生活リズムで暮らしているレミリアさんにとって、月が澄んだ夜の時はこの場所で温かいお酒を飲むことが、密かな楽しみの一つでした。
今日は雲一つない素晴らしい夜空です。夜空を大きく照らす真ん丸なお月様を眺めていると、後ろから気配がします。レミリアさんが空いていた右手を横にかざすと、ざらりとした感触が指先に広がります。
「主の指を舐めるなんて、忠誠心があるのかないのか」
それでも悪い気はしないようで、レミリアさんは母猫の頭をそっと撫でます。母猫は鳴かず、じいっと月を見上げています。その様子が少しばかり絵になりすぎていて、レミリアさんはふふと笑うのでした。
・猫と咲夜さん
一日の業務も終わり、咲夜さんは軽く伸びをして身体をほぐすと、ベッドに潜り込みました。サイドテーブルに置かれたバスケットの中では、母猫と子猫が一つの大きな毛玉のようになって、寄り添いながら寝ています。目を瞑ると、微かにですが猫達の寝息が聞こえてきます。自分以外のものが近くにいながら就寝することも、いまではすっかり慣れました。
そうして咲夜さんがうとうととしていると、もぞもぞと音が聞こえます。首元に、温かい感触が二つ。はあとため息を吐いた咲夜さんの顔は、少し笑っていました。
主がいて、妹様がいて、門番がいて、魔女がいて。他にも沢山の住人たちがいて、そして猫の親子が増えました。明日もきっと騒がしくなるのでしょう。ですが、咲夜さんはとても幸せなのでした。
朝、咲夜さんが軽く体を伸ばすと、つられて猫達も体を伸ばします。それが終わると、猫たちは咲夜さんをじいっと見上げました。
「朝ごはん、食べましょうか」
母猫はにゃあと鳴き、子猫はにいと鳴きます。咲夜さんはその姿を見て微笑むと、一緒に食堂へ向かうのでした。
人里からの買い物帰り、雨宿りをしていた十六夜咲夜さんは、そう声を上げました。視線の先には小さい黒猫。こちらを見上げてにいにいと鳴いています。その横では、母猫でしょう、今にも力尽きそうな猫の姿がありました。
のほほんとしているとはいえ、妖怪化生が跋扈する幻想郷です。今のままでは、そう遠くないうちに猫の親子は飢えて死ぬか、何者かの腹の中に入ることになるでしょう。
咲夜さんは瀟洒です。周りにの者たちは人妖問わずそう思われていますし、咲夜さん自身もそうあるように常に努力を続けています。ですが、案外どうでもいいことに興味を示してしまうような、そんな人間性を持ち合わせてもいました。だからでしょうか、親猫を担ぎ、子猫を空いた手で抱きかかえると、それまで気にしていた雨などものともせずに、咲夜さんは空を飛び屋敷へと戻りました。
道中、主になんと説明しようかとふと考えましたが、まあ、どうにかなるだろうときれいさっぱり忘却しました。
「で、なんでコイツ等を連れてきたのかしら?」
咲夜さんが連れ帰った猫達を見て、咲夜さんの主であるレミリア・スカーレットさんは言いました。その膝の上では子猫がにいにいとレミリアさんに何かを訴えています。母猫は治療のために地下の図書館に連れていかれましたが、命に別状はないようです。
咲夜さんは普段の完璧な態度とは違い、目を何度か瞬かせてから返しました。
「……何故でしょう?」
そんな咲夜さんの返答に、レミリアさんは頭を押さえるのでした。
・咲夜さんと猫
朝。猫たちは咲夜さんの部屋で目を覚まします。なんやかんやがありましたが、館で飼ってもいいとのことでした。
『猫は人に飼われずに、家に飼われるとも言うしね。気に入ったなら住み着くでしょうし、ここが気に入らないなら勝手に出ていくでしょう』
レミリアさんが言った言葉です。その膝の上では、撫でられて寝息を立てている子猫の姿がありました。もしかしたら気に入ったのかもしれませんが、咲夜さんにはわかりません。
咲夜さんは自分の部屋に、バスケットを使って猫たちの寝床を用意しました。ベッド横のサイドテーブルに置かれ、今では猫達も気に入った様子です。
トイレを筆頭に、簡単なしつけは地下図書館の魔女さんが魔法を使ってくれました。魔法の中には、それこそ猫の言っていることがわかるようなものもあるらしいのですが、そこまではしていません。魔女さん曰く「風情がない」とのことでした。咲夜さんにはその風情というものが何なのかはよく理解できませんでしたが。
咲夜さんが軽く体を伸ばすと、つられて猫達も体を伸ばします。それが終わると、猫たちは咲夜さんをじいっと見上げました。
「朝ごはん、食べましょうか」
母猫はにゃあと鳴き、子猫はにいと鳴きます。咲夜さんはその姿を見て微笑むと、一緒に食堂へ向かうのでした。
・門番と子猫
美鈴さんが軽く体を動かしていると、小さな気配が近づいてきます。どこか開いていたのでしょうか、子猫がやってきました。
「あら、一緒に門番してくれるのかしら」
美鈴さんの言葉に、子猫はとりあえずにいと鳴き返します。そのまま、近くの草木を眺めたり、美鈴さんが用意した猫じゃらしと戯れるなどをして、一緒にに門番の役目を果たしました。その様子を他の者が見たのならば確実に戯れているだけに見えるでしょうが。
「おうい、猫飼い始めたんだって?見に来たぜ」
それからしばらく経った後に、黒白魔法使いの魔理沙さんがやってきました。普段ならば大体弾幕勝負が始まるのですが、今日は立ち止まると、美鈴さんと一緒に門番業務という名の昼寝をしている子猫を見ます。美鈴さんが唇に軽く指をあてたので、魔理沙さんは静かに猫に近づきました。
しっかりと毛繕いされた黒い毛並みが太陽に当たって艶を放ちます。寝ている子猫は、お日様の光を吸収しているようにも見えます。魔理沙さん子猫を起こさぬようにその身体を軽く撫でると、満足して館の中に入っていきました。
「いい仕事したわね」
美鈴さんは子猫を起こさぬように、笑いながらそう呟くのでした。
・魔女と母猫
紅魔館の地下にある大図書館。その主である魔女のパチュリーさんは、客人たちと静かに議論を楽しんでいます。客人のうち、魔理沙さんが質問を投げかけもう一方の客人、人形遣いのアリスさんとパチュリーさんで、考えを述べます。
「魔理沙、貴女は物事を考えるときにもう少し違う視点を……アリス。どうしたのかしら」
パチュリーさんが聞くと、アリスさんは視線をパチュリーさんの足元に向けます。その視線を追いかけると、足元では母猫がパチュリーさんの足元にたたずんでいました。じいっと見上げながら、にゃあと一言鳴きます。何をせがまれているのか理解したパチュリーさんは、黒猫を膝上へ招きました。ぐるぐると喉を鳴らしながら、猫は丸くなります。
「魔女と黒猫、ね。絵になるじゃない」
「喘息は大丈夫なのか?」
「咲夜が手入れしているおかげでね、そこまでの影響はないわよ」
パチュリーさんの膝の上が母猫のお気に入りの場所なのでしょう。微かに寝息を立て始めたその身体を薄く撫でながら、パチュリーさんは視線を二人に戻します。そんな二人の視線は、こころなしかにやけているようにも見えました。お茶を淹れに来た小悪魔さんがアリスさんに耳打ちをすると、
「ねえパチュリー」
「なによ」
「可愛い?」
アリスさんの問いかけにパチュリーさんは寝ぼけ眼の母猫を抱きかかえます。
「こちらとしてはたまったものじゃないのだけれど。読書の邪魔はしてくるしお昼寝に膝を使われちゃうし。ほんとうにもう」
ですがパチュリーさんの口元は微かに緩んでいます。人形遣いのアリスさんは知っています。この魔女が、存外甘いことを。少しにやけていた口元を注意してあげると、パチュリーさんは「むきゅん」と顔を伏せてしまいました。
・猫と妖精とホフゴブリン
妖精たちは、猫たちにとっては格好の遊び相手です。多分自然の具現だからなのでしょう、猫達も経過することなく、妖精メイドたちと遊びます。
妖精たちと追いかけっこをして疲れた時は、二匹はある場所へ向かいます。ホフゴブリンたちが詰めている屯所です。いつでも少しだけ開いている扉をすり抜け、テーブルに飛び乗ります。そこに作られた簡素のベッドで、母猫は身を丸めました。時折工房から聞こえてくる甲高い金属音や熱気のようなものに最初こそ驚きましたが、今では心地よいリズムとなって、母猫の眠気を誘います。
一方で子猫は、工房の中をとことこと歩き回ります。一匹のホフゴブリンの肩にぴょんと飛び乗りました。台所で使うのでしょう、肩に乗られたホフ二郎は、猫のことを気も止めず、打ち終わった包丁をゆっくりと研いでいます。研ぐ音に合わせるように、子猫の尻尾がホフ二郎の首にぺしぺしと当たるのです。くすぐったくて、ホフ二郎はゴブゴブと笑うのでした。
・妹様と子猫
日も暮れたころ、咲夜さんは子猫と妹様が一緒にいるのを目撃しました。しかし、どこか様子がおかしく見えたので、近づいてみました。緊張した様子の妹様を、猫は警戒しています。何があったのか咲夜さんは妹様に尋ねました。
「触ってみたいんだけどね、怪我させちゃうかもしれないじゃない」
妹様は、己の力の強さを知っています。それでいろいろなものを壊してきたのですから。だからこそ、臆病になっているのでしょう。そうは言っても触りたい欲求とも闘っているようで、そんな心の機微を子猫は感じ取っているのです。咲夜さんは薄く微笑みながら、妹様に話しかけます。
「妹様、猫は気配に敏感な動物です。ですから、まずは触りたいではなく、ご自身の緊張を解くことから始めましょう。そうすれば、この子はきっと妹様に応えてくれますよ」
妹様は「本当に?」と聞き返します。咲夜さんが本当ですよと返したことで勇気が出たのでしょう、妹様は極力子猫を意識しないように、その場に立ちました。目を閉じて、可愛らしく静かに深呼吸をしています。
深呼吸を続ける吸血鬼と、それを警戒している子猫。咲夜さんの目にはとても可愛らしく見えましたが、変化が訪れます。段々と子猫が妹様に近づいていくのです。すんすんと足首の匂いを嗅いだかと思うと、その頭を妹様の足に擦り付けます。妹様の顔を見ると、驚きと喜びを足して二で割らない、とてもとても素敵な表情をしていました。
「さくやっ、さくやっ」
「よかったですね、妹様」
妹様がおそるおそる子猫に触ったのを確認して、咲夜さんは業務に戻ります。あとはおゆはんの準備と簡単な夜の引継ぎ確認だけです。後のほうから妹様の可愛らしい悲鳴が聞こえてきましたが、咲夜さんは聞いていないことにしておきました。
・お嬢様と母猫
夜。おゆはんも終わり、レミリアさんは紅魔館の屋根の上に腰かけていました。少しお行儀が悪いようにも見えますが、レミリアさんはあまり気にしていません。
神社の巫女さんの影響で人間と同じ生活リズムで暮らしているレミリアさんにとって、月が澄んだ夜の時はこの場所で温かいお酒を飲むことが、密かな楽しみの一つでした。
今日は雲一つない素晴らしい夜空です。夜空を大きく照らす真ん丸なお月様を眺めていると、後ろから気配がします。レミリアさんが空いていた右手を横にかざすと、ざらりとした感触が指先に広がります。
「主の指を舐めるなんて、忠誠心があるのかないのか」
それでも悪い気はしないようで、レミリアさんは母猫の頭をそっと撫でます。母猫は鳴かず、じいっと月を見上げています。その様子が少しばかり絵になりすぎていて、レミリアさんはふふと笑うのでした。
・猫と咲夜さん
一日の業務も終わり、咲夜さんは軽く伸びをして身体をほぐすと、ベッドに潜り込みました。サイドテーブルに置かれたバスケットの中では、母猫と子猫が一つの大きな毛玉のようになって、寄り添いながら寝ています。目を瞑ると、微かにですが猫達の寝息が聞こえてきます。自分以外のものが近くにいながら就寝することも、いまではすっかり慣れました。
そうして咲夜さんがうとうととしていると、もぞもぞと音が聞こえます。首元に、温かい感触が二つ。はあとため息を吐いた咲夜さんの顔は、少し笑っていました。
主がいて、妹様がいて、門番がいて、魔女がいて。他にも沢山の住人たちがいて、そして猫の親子が増えました。明日もきっと騒がしくなるのでしょう。ですが、咲夜さんはとても幸せなのでした。
朝、咲夜さんが軽く体を伸ばすと、つられて猫達も体を伸ばします。それが終わると、猫たちは咲夜さんをじいっと見上げました。
「朝ごはん、食べましょうか」
母猫はにゃあと鳴き、子猫はにいと鳴きます。咲夜さんはその姿を見て微笑むと、一緒に食堂へ向かうのでした。