紅い館のお姫様
あるところにお姫様がいました。
お姫様は、それはそれはきれいな《金色の髪》と《虹色の翼》を持っていました。
けれど、彼女を見た人々は、怯え、彼女をはげしく罵りました。
「その子は忌み児。我々に不幸を齎す」
その者たちにとって、彼女の、七色の結晶をまるでブドウのように実らせた翼は、とても歪に見えたのです。
彼女の父と母は、それでも彼女を愛していました。
だから周囲の反対を押し切り、親しい者だけを連れて、彼らは北の大地に旅立ちました。
けれども、その後お姫様を見た者は、誰もいなかったそうです。
Ⅰ
「暇だなぁ」
ほの暗い部屋の真ん中におかれた、豪華なベッドで横たわっていたお姫様はぼやきました。その部屋の天井はドーム状になっていて、まるで卵の内側のようで、豪華なベッドに垂れる薄い布は膜のようでした。
お姫様の七色の翼が、ゆらゆらしゃららと揺れながら音を鳴らします。
「暇すぎて死にたくなってきた」
「死ねばいーじゃーん。殺してあげよーかー?」
「痛いのヤダよぅ。死ぬなんて言わないでよぅ。悲しいよぅ」
「そんな事よりプロレスしよプロレス! 死んだら負けね!」
お姫様の言葉に、お姫様の前にいたお姫様と同じ姿の三人のお姫様たちが答えました。お姫様と同じ魂の、そのカケラを持つ人形たちです。
しゃらしゃらしゃらしゃら、ガラスのツリーチャイムが合唱します。
「うるさいなぁ。三人一遍に喋らないでよ、頭が痛くなってくる」
「やだやだー喋る喋るー。そんでもっと頭痛くさせるー」
「ご、ごめんなさい! 全然わざとじゃなくて……!」
「こいつらが勝手に合わせてきてるだけだから! 私は悪くないから!」
お姫様が言っても、残りのお姫様が言葉を聞くことはありません。何故ならそれがお姫様と同じ存在だったからです。
お姫様は煩わしくなったので人形たちを「消えろ」と言って消し去りました。
静かになった部屋で、ぼんやりと天井を見上げながら嘯きます。
「こんな日はお姉様で遊ぶに限るわ」
同意するように、お姫様の翼の結晶たちが独りでに揺れて音を鳴らします。
ケータイデンワを手にとって、お姫様は嬉しそうな微笑を浮かべながらお姉様へと電話します。
「お姉様ごきげんよう。いま暇でしょう遊びましょう?」
それだけ告げて、お姫様は電話を切ります。受話器の向こうで何か言われた気がしましたが、無視しました。
Ⅱ
お姫様のお姉様は、すぐにお姫様の部屋へと現れました。
「姉を呼びだすとはいい身分だな。いつからお前は私より偉くなったんだ?」
お姫様のお姉様、レミリア・スカーレットは不満げな顔で言いました。
お姫様はそんな姉の不機嫌さなど気にも留めず、嬉しそうに微笑みます。
「それでもちゃんと来てくれるのがお姉様の優しさね。そんなところがだいすき」
「……それで、何をして遊びたいんだ?」
少し照れるように頬を染めて、レミリアは問います。お姫様はそんな姉の照れた表情が実はかなり好きなのでした。
「お絵かきをしましょう? 絵具はお姉様の血よ」
ばしゅん、とベッドが爆発して、お姫様が飛び出しました。そのままレミリアの顔を掴み、扉へと叩きつけてしまいます。普通の人であれば頭部が炸裂して脳漿をぶちまけたでしょうが、レミリアは普通ではありませんでした。なので壁が壊れる程度で済みました。
「いきなりご挨拶だなフランドール。姉への礼儀がなってないんじゃないか?」
顔を握られたまま、レミリアは平然とした声で言います。
「五〇〇年閉じ込め続けた相手に対する礼儀としては真っ当だと思うけど?」
「では五〇〇年閉じこもり続けた妹に、礼儀を教えてやるとするか」
レミリアが黒い、それはそれは黒い翼を広げます。タールのような、影のような、闇をそのまま空間に落としたようなその翼が、お姫様の手首を切り裂き、そのままお姫様へと襲いかかります。けれどお姫様はすぐにその場を離れたので、その翼が当たることはありませんでした。
「酷いわお姉様。私の手首を切り落とすなんて。これじゃあ恋人と手を繋ぐ事も出来ない」
「恋人なんてお姉ちゃんは認めないよ! 一〇〇年早いわ!」
「生き遅れにするつもりなんて性悪な姉ですこと」
「私より先に結婚したら呪ってやるから」
「お姉様は色々子供過ぎるのよ……」
お姫様とレミリアは言い合いながらじゃれました。肉が弾けて、臓物が飛び散り、血がそこら中を彩りました。熱気と臭気と魔力がいっしょくたになって世界を作ります。二人だけの世界で、二人は仲睦まじい姉妹のやり取りを続けました。
Ⅲ
「いい加減にしてください!」
お姫様とレミリアは怒られてしまいました。姉妹の遊びの所為で散らかった部屋を、お世話係の十六夜咲夜に見られてしまったからです。咲夜の前で二人は正座をし、小さくなっています。
部屋は、まるで嵐が起きたかのようにぼろぼろのグチャグチャでした。血や臓物がないだけまだマシです。お姫様とレミリアは血を操ったりできるので、そこだけはなんとかなるのです。
ですが壊れたものを直すことは出来ません。
「どうしてこんなになるまで止めなかったのですか。魔理沙でもこんな汚い部屋には住んでいませんよ」
魔理沙とはお姫様たちの知り合いの魔法使い(人間)です。よく泥棒にやってきます。コソ泥です。
ともあれ、お姫様は怒っている咲夜の顔を見ないようにしながら、ぶつぶつと言い訳を始めます。
「だって、お姉様が手加減しないから……」
「おま!? お前だって手加減しなかったでしょう! フラン、お姉ちゃん人の所為にするのはよくないって思うなー?」
「私は手加減してましたー。五パーセントしか出してません~」
「おいおいおい! 嘘吐け、あれで五パーってどんだけ設定盛ってるんだよ、絶対六割くらいは出してたね!」
「え~うっそ~お姉様あれで6割なのぉ? よわ~い」
「ぶっ飛ばすぞお前!」
「それで手加減が出来ないから部屋を壊してもしょうがないと言うつもりですか?」
びくりとお姫様たちは背筋を伸ばしました。咲夜が本当に怒っていることに気付いたのです。咲夜はもう何を言っても弁解不可能モードになっていました。
「せ、折角の姉妹の団欒なんだからハメを外したっていいじゃない! それとも咲夜は従者のくせに文句をつけるのかしら!?」
それでもと発したお姫様の言い訳に、咲夜は溜息を吐きました。
「遊ばれるのはもちろん良いのですが、少しは後片づけをする私たちのことも考えて頂けませんか」
「片付けなくて良いよ。これくらい散らかっている方が私好みだし」
「この前は逆に汚い部屋になんて住めないと仰られてましたよね」
「そうだっけ?」
お姫様は可愛らしく首を傾げます。これはすっとぼけたわけではなく、本当に覚えていないのでした。お姫様は些細なことを気にしないのです。そして、それを十六夜咲夜は分かっていました。分かっているからこそ叱る気も抜かれてしまいます。
「とにかくお部屋が元に戻るまで、妹様は地上の客室をお使いください」
「えーいいよーこのままでー」
「そういうわけにはいきませんわ。いずれはお部屋を片付けねばなりませんし」
「じゃあ私が片付けるよ」
「いけません、それは私たちの仕事です」
「いいの。やってみたい気分なの」
お姫様の我儘に、咲夜は顔を曇らせます。
「お姉様も一緒にやってもらうから」
「はぁ!?」
レミリアは嫌がりましたが、咲夜がしぶしぶ頷いたのでそれは決定してしまいました。
Ⅳ
「なーんで私が妹の部屋を掃除しなくちゃいけないのよ……」
「自分でやったことの後始末をつけるのは当然のことだと思うんだけど」
二人は壊れた物と壊れていない物を分別します。ですが飽き性なのでなかなか進みません。
「あのねぇ、先に喧嘩を売ってきたのは誰だったかしら? 貴女よね。だから私が片付ける理由はないわよね」
「だって暇だったんだもの。これは私を暇にさせたお姉様の所為よ、間違いない」
「少しは自分で暇を潰そうとは思わないの? 外にはもっと暇をつぶせる物がごろごろ転がってるわよ」
「嫌よ面倒臭い。外にそういう物があるならお姉様が持ってくれればいいでしょ」
「私はお前の召使いじゃないんだが」
「お姉ちゃんは妹のお願いを聞く物だって知ってた?」
「お前は限度ってものを知りなさい」
不毛な会話でした。そもそも五〇〇年を共に生きてきた二人にとって、今更接し方を変えろと言っても聞かないというのは当たり前。これと似たような会話も、実は一〇年くらい前にしていたのでした。
「それともお姉様はいい加減私のことが煩わしくなったのかしら?」
お姫様は微笑を浮かべて言いました。それは今日で一番優しげな、純粋な慈しみのみを宿した、陽だまりのように温かい微笑みでした。
レミリアは彼女が何故そんな笑みを浮かべるのか、分かりませんでした。言っている事とやっている事が一致しない、無茶苦茶過ぎる――ですが、それがお姫様の性格でした。
「……煩わしいと言って私を困らせることを止める奴じゃないだろう、お前は」
「良いのよ、無理しなくて。一言でていけと言えば、私は喜んでこの鳥籠を出ていくわ。だってお姉様の言葉ですもの。誰だって逆らえないわ」
「…………」
レミリアは困ったように溜息を吐いて、それから諦めたように肩を落としてもう一度だけ溜息を吐きました。
「……わかった。私が悪かった、お前を暇にさせてしまって悪かったよフランドール。だから私を困らせないでおくれ、機嫌を直しておくれ」
お姫様は心に一瞬だけ悲しみを滲ませましたが、レミリアはそれに気付かなかったでしょう。顔にも声にも出すようなお姫様ではないのですから。
「嫌だわお姉様。何を勘違いしているのか知らないけれど、私は今上機嫌なのよ」
「姉を謝らせて上機嫌とは良い趣味をしているな」
「いいえ違うわ。今日はとっても良いことがあったからよ」
「そうなのか?」
「ええ」
お姫様は笑いました。
「だってこうして、お姉様と一緒にお部屋のお掃除をしているんですもの。こんなことって、滅多にないでしょう? 珍しくて、嬉しいわ」
レミリアも釣られて笑ってしまいます。まぁ確かに、部屋の掃除など滅多にしません。
「そうだな。どうせなら見違えるほど綺麗にして咲夜を驚かしてやろうか」
「それは良いアイディアだね」
二人は一緒になって片づけをしました。楽しそうに鼻歌を歌ったりしながら、ゆっくりと。
しかし、結局また喧嘩になって暴れ、二人は仲良く一緒に咲夜に怒られるのでした。
おしまい
あるところにお姫様がいました。
お姫様は、それはそれはきれいな《金色の髪》と《虹色の翼》を持っていました。
けれど、彼女を見た人々は、怯え、彼女をはげしく罵りました。
「その子は忌み児。我々に不幸を齎す」
その者たちにとって、彼女の、七色の結晶をまるでブドウのように実らせた翼は、とても歪に見えたのです。
彼女の父と母は、それでも彼女を愛していました。
だから周囲の反対を押し切り、親しい者だけを連れて、彼らは北の大地に旅立ちました。
けれども、その後お姫様を見た者は、誰もいなかったそうです。
Ⅰ
「暇だなぁ」
ほの暗い部屋の真ん中におかれた、豪華なベッドで横たわっていたお姫様はぼやきました。その部屋の天井はドーム状になっていて、まるで卵の内側のようで、豪華なベッドに垂れる薄い布は膜のようでした。
お姫様の七色の翼が、ゆらゆらしゃららと揺れながら音を鳴らします。
「暇すぎて死にたくなってきた」
「死ねばいーじゃーん。殺してあげよーかー?」
「痛いのヤダよぅ。死ぬなんて言わないでよぅ。悲しいよぅ」
「そんな事よりプロレスしよプロレス! 死んだら負けね!」
お姫様の言葉に、お姫様の前にいたお姫様と同じ姿の三人のお姫様たちが答えました。お姫様と同じ魂の、そのカケラを持つ人形たちです。
しゃらしゃらしゃらしゃら、ガラスのツリーチャイムが合唱します。
「うるさいなぁ。三人一遍に喋らないでよ、頭が痛くなってくる」
「やだやだー喋る喋るー。そんでもっと頭痛くさせるー」
「ご、ごめんなさい! 全然わざとじゃなくて……!」
「こいつらが勝手に合わせてきてるだけだから! 私は悪くないから!」
お姫様が言っても、残りのお姫様が言葉を聞くことはありません。何故ならそれがお姫様と同じ存在だったからです。
お姫様は煩わしくなったので人形たちを「消えろ」と言って消し去りました。
静かになった部屋で、ぼんやりと天井を見上げながら嘯きます。
「こんな日はお姉様で遊ぶに限るわ」
同意するように、お姫様の翼の結晶たちが独りでに揺れて音を鳴らします。
ケータイデンワを手にとって、お姫様は嬉しそうな微笑を浮かべながらお姉様へと電話します。
「お姉様ごきげんよう。いま暇でしょう遊びましょう?」
それだけ告げて、お姫様は電話を切ります。受話器の向こうで何か言われた気がしましたが、無視しました。
Ⅱ
お姫様のお姉様は、すぐにお姫様の部屋へと現れました。
「姉を呼びだすとはいい身分だな。いつからお前は私より偉くなったんだ?」
お姫様のお姉様、レミリア・スカーレットは不満げな顔で言いました。
お姫様はそんな姉の不機嫌さなど気にも留めず、嬉しそうに微笑みます。
「それでもちゃんと来てくれるのがお姉様の優しさね。そんなところがだいすき」
「……それで、何をして遊びたいんだ?」
少し照れるように頬を染めて、レミリアは問います。お姫様はそんな姉の照れた表情が実はかなり好きなのでした。
「お絵かきをしましょう? 絵具はお姉様の血よ」
ばしゅん、とベッドが爆発して、お姫様が飛び出しました。そのままレミリアの顔を掴み、扉へと叩きつけてしまいます。普通の人であれば頭部が炸裂して脳漿をぶちまけたでしょうが、レミリアは普通ではありませんでした。なので壁が壊れる程度で済みました。
「いきなりご挨拶だなフランドール。姉への礼儀がなってないんじゃないか?」
顔を握られたまま、レミリアは平然とした声で言います。
「五〇〇年閉じ込め続けた相手に対する礼儀としては真っ当だと思うけど?」
「では五〇〇年閉じこもり続けた妹に、礼儀を教えてやるとするか」
レミリアが黒い、それはそれは黒い翼を広げます。タールのような、影のような、闇をそのまま空間に落としたようなその翼が、お姫様の手首を切り裂き、そのままお姫様へと襲いかかります。けれどお姫様はすぐにその場を離れたので、その翼が当たることはありませんでした。
「酷いわお姉様。私の手首を切り落とすなんて。これじゃあ恋人と手を繋ぐ事も出来ない」
「恋人なんてお姉ちゃんは認めないよ! 一〇〇年早いわ!」
「生き遅れにするつもりなんて性悪な姉ですこと」
「私より先に結婚したら呪ってやるから」
「お姉様は色々子供過ぎるのよ……」
お姫様とレミリアは言い合いながらじゃれました。肉が弾けて、臓物が飛び散り、血がそこら中を彩りました。熱気と臭気と魔力がいっしょくたになって世界を作ります。二人だけの世界で、二人は仲睦まじい姉妹のやり取りを続けました。
Ⅲ
「いい加減にしてください!」
お姫様とレミリアは怒られてしまいました。姉妹の遊びの所為で散らかった部屋を、お世話係の十六夜咲夜に見られてしまったからです。咲夜の前で二人は正座をし、小さくなっています。
部屋は、まるで嵐が起きたかのようにぼろぼろのグチャグチャでした。血や臓物がないだけまだマシです。お姫様とレミリアは血を操ったりできるので、そこだけはなんとかなるのです。
ですが壊れたものを直すことは出来ません。
「どうしてこんなになるまで止めなかったのですか。魔理沙でもこんな汚い部屋には住んでいませんよ」
魔理沙とはお姫様たちの知り合いの魔法使い(人間)です。よく泥棒にやってきます。コソ泥です。
ともあれ、お姫様は怒っている咲夜の顔を見ないようにしながら、ぶつぶつと言い訳を始めます。
「だって、お姉様が手加減しないから……」
「おま!? お前だって手加減しなかったでしょう! フラン、お姉ちゃん人の所為にするのはよくないって思うなー?」
「私は手加減してましたー。五パーセントしか出してません~」
「おいおいおい! 嘘吐け、あれで五パーってどんだけ設定盛ってるんだよ、絶対六割くらいは出してたね!」
「え~うっそ~お姉様あれで6割なのぉ? よわ~い」
「ぶっ飛ばすぞお前!」
「それで手加減が出来ないから部屋を壊してもしょうがないと言うつもりですか?」
びくりとお姫様たちは背筋を伸ばしました。咲夜が本当に怒っていることに気付いたのです。咲夜はもう何を言っても弁解不可能モードになっていました。
「せ、折角の姉妹の団欒なんだからハメを外したっていいじゃない! それとも咲夜は従者のくせに文句をつけるのかしら!?」
それでもと発したお姫様の言い訳に、咲夜は溜息を吐きました。
「遊ばれるのはもちろん良いのですが、少しは後片づけをする私たちのことも考えて頂けませんか」
「片付けなくて良いよ。これくらい散らかっている方が私好みだし」
「この前は逆に汚い部屋になんて住めないと仰られてましたよね」
「そうだっけ?」
お姫様は可愛らしく首を傾げます。これはすっとぼけたわけではなく、本当に覚えていないのでした。お姫様は些細なことを気にしないのです。そして、それを十六夜咲夜は分かっていました。分かっているからこそ叱る気も抜かれてしまいます。
「とにかくお部屋が元に戻るまで、妹様は地上の客室をお使いください」
「えーいいよーこのままでー」
「そういうわけにはいきませんわ。いずれはお部屋を片付けねばなりませんし」
「じゃあ私が片付けるよ」
「いけません、それは私たちの仕事です」
「いいの。やってみたい気分なの」
お姫様の我儘に、咲夜は顔を曇らせます。
「お姉様も一緒にやってもらうから」
「はぁ!?」
レミリアは嫌がりましたが、咲夜がしぶしぶ頷いたのでそれは決定してしまいました。
Ⅳ
「なーんで私が妹の部屋を掃除しなくちゃいけないのよ……」
「自分でやったことの後始末をつけるのは当然のことだと思うんだけど」
二人は壊れた物と壊れていない物を分別します。ですが飽き性なのでなかなか進みません。
「あのねぇ、先に喧嘩を売ってきたのは誰だったかしら? 貴女よね。だから私が片付ける理由はないわよね」
「だって暇だったんだもの。これは私を暇にさせたお姉様の所為よ、間違いない」
「少しは自分で暇を潰そうとは思わないの? 外にはもっと暇をつぶせる物がごろごろ転がってるわよ」
「嫌よ面倒臭い。外にそういう物があるならお姉様が持ってくれればいいでしょ」
「私はお前の召使いじゃないんだが」
「お姉ちゃんは妹のお願いを聞く物だって知ってた?」
「お前は限度ってものを知りなさい」
不毛な会話でした。そもそも五〇〇年を共に生きてきた二人にとって、今更接し方を変えろと言っても聞かないというのは当たり前。これと似たような会話も、実は一〇年くらい前にしていたのでした。
「それともお姉様はいい加減私のことが煩わしくなったのかしら?」
お姫様は微笑を浮かべて言いました。それは今日で一番優しげな、純粋な慈しみのみを宿した、陽だまりのように温かい微笑みでした。
レミリアは彼女が何故そんな笑みを浮かべるのか、分かりませんでした。言っている事とやっている事が一致しない、無茶苦茶過ぎる――ですが、それがお姫様の性格でした。
「……煩わしいと言って私を困らせることを止める奴じゃないだろう、お前は」
「良いのよ、無理しなくて。一言でていけと言えば、私は喜んでこの鳥籠を出ていくわ。だってお姉様の言葉ですもの。誰だって逆らえないわ」
「…………」
レミリアは困ったように溜息を吐いて、それから諦めたように肩を落としてもう一度だけ溜息を吐きました。
「……わかった。私が悪かった、お前を暇にさせてしまって悪かったよフランドール。だから私を困らせないでおくれ、機嫌を直しておくれ」
お姫様は心に一瞬だけ悲しみを滲ませましたが、レミリアはそれに気付かなかったでしょう。顔にも声にも出すようなお姫様ではないのですから。
「嫌だわお姉様。何を勘違いしているのか知らないけれど、私は今上機嫌なのよ」
「姉を謝らせて上機嫌とは良い趣味をしているな」
「いいえ違うわ。今日はとっても良いことがあったからよ」
「そうなのか?」
「ええ」
お姫様は笑いました。
「だってこうして、お姉様と一緒にお部屋のお掃除をしているんですもの。こんなことって、滅多にないでしょう? 珍しくて、嬉しいわ」
レミリアも釣られて笑ってしまいます。まぁ確かに、部屋の掃除など滅多にしません。
「そうだな。どうせなら見違えるほど綺麗にして咲夜を驚かしてやろうか」
「それは良いアイディアだね」
二人は一緒になって片づけをしました。楽しそうに鼻歌を歌ったりしながら、ゆっくりと。
しかし、結局また喧嘩になって暴れ、二人は仲良く一緒に咲夜に怒られるのでした。
おしまい
先に折れてあげるレミリアがいいお姉ちゃんしていました。
個人的には泥船ウサギさんのこれまでの長編の雰囲気のほうが好みかな。
前作は特に良かった。