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#01 黒煙
同僚を助け起こしたが、手遅れであることは頭の隅で分かっていた。彼女は血を吐き出しながら呻き声を上げた。漆黒の翼は燃え尽き、骨を残すばかりになっていた。濁った瞳は空に向けられていた。蜷局(とぐろ)を巻いた黒煙が幾筋も天を走っていた。文は手首まで血まみれになるのも構わずに彼女を抱いていた。瞳から光が消え、握っていた手から力が抜けると、遺体を背負いあげてその場を後にした。
火球の直撃を喰らって墜落した鴉天狗は、仲間内では〝焼き鳥〟と揶揄される。死に方としては最も不名誉なものだからだ。その日、文が所属していた部隊では六人が〝不名誉な殉職〟を遂げた。太陽を背にした上空からの奇襲攻撃で、下方の森林ばかり警戒していた寄せ集めの部隊は、ひとたまりもなく壊滅した。
翼をもがれ、きりもみ回転しながら岩場に叩きつけられたひとりの天狗は、ちょうど俎板に思いきり投げつけられたひと粒のブドウのようになった。その天狗の四肢や肉片が粘土細工のように弾け散るのを、文は遠目に見た。
目覚めたとき、外では雨が降っていた。
文は頭を左右に振り、手の甲で汗を拭った。洗面所に行き、蛇口からコップに注がれる流水をじっと見つめていた。水を飲んだ後、煙草をパッケージから取り出し、窓を開け放った。雨音を聴きながら片手でマッチの火を点けた。吐き出した煙が雨粒に溶けこんでゆくのを、ぼうっと眺めていた。
デスクには書きかけの原稿が広げてあった。文は朱筆でバツ印を描くと、管理規定に従い寮の廊下に設置してある裁断機に吸いこませた。二本目の煙草を吸い終えると、珈琲を淹れるためにキッチンへ向かった。
#02 奴の勲章
姫海棠だか北海道だか知らないけど、私は貴方を特別扱いする気はないからね。
初対面で云われた台詞がこれだった。
奴は続けて、新聞は貴方の日記帳じゃないのよ、とも云った。
隣に座っていた天狗がトレイを持ち上げて別の席に移った。食堂の誰もが私たちに注目していた。私は茶碗を置いてテーブルに頬杖をついてみせた。
「そう、恥をかかせたいってわけ?」
奴は眼も合わせずに答えた。「質問されたから、思った通りを云ったまでよ」
「率直なご意見をどうもありがとう」
「どういたしまして、――お嬢様」
私はお箸を投げつけてやろうかと思った。立ち上がった拍子に椅子が倒れた。「批評は真摯に受け止めるわ」その場の全員に聴こえるように云い放った。「でも、私をお嬢さん呼ばわりするのは金輪際やめてもらえる?」
奴はようやく顔を上げた。左胸を飾る勲章が電灯の光を反射するのが見えた。
「じゃあ、なんて呼べば好いのよ」
「私は、はたてよ。……ただのはたて」
「分かった」
奴は煙草を取り出して口にくわえた。私は煙草の煙が大嫌いだ。今夜はキャラメル・マキアートをしこたま飲んで、この苦い想いを中和してやらなければならない。
「ほんとに分かってんの……?」
奴が私を名前で呼んだことは、ただの一度もない。だから、私も呼んでやらないんだ。
#03 レーション・チケット
文は机に配給切符を並べて枚数を確認した。手帳を取り出し、カレンダーとにらめっこしながら暗算をしていた。部屋を出て寮の電信室に入り、知人の鼻高天狗と連絡を取った。
「生きてる?」
『縁起でもない挨拶は止めてください』
「配給、何とかならないの。もう残り少ないんだけど」
『勘弁してくださいよ。いくら貴方の頼みでも――』
「このままだと二、三ヶ月はお粥だけの生活になる」
『私なんてここ三年、人の肉を口にしていません。規格外の米や雑穀を混ぜ砕いて湯に溶かすんですが、この配合率が意外と奥深くって』
文は受話器を持ち替えた。「……勲章なんて何の役にも立たないわね」
『煙草や珈琲といった嗜好品でしたら、まだ融通は利きますよ』
「そうね」
『私らでさえこれですから、白狼の連中はもっと悲惨でしょうね。あいつらは雑食じゃないですし』
「〝同胞喰らい〟の噂は本当なの?」
『まさか、そこまで恥知らずじゃないでしょう』
文は邪魔したことを詫びて電信を切った。溜め息をついて頭を左右に振り、窓辺に寄って煙草を三本吸った。
広場では翼を焼き切られた捕虜たちの処刑が行われていた。文はその様子を手帳に黙々と写し取った。書いているうちに記事の文面が頭に浮かんできた。
捕虜全員が死亡すると、執行官が合図し、木に留まっていた他の鴉たちが一斉に肉塊へ群がった。辺りは死臭と鴉の喚き声で満たされた。しばらくして、大鉈を肩に担いだ白狼天狗が歩み出て、九相図の噉(たん)食想のようになった遺体の首を打ち落とした。文は執行官に近づいて質問した。
「なんで最初は六羽だけなの?」
彼は右手を挙げて敬礼してから答えた。「簡単な話です。苦痛を長引かせるためですよ。いちばん持ちこたえたので六一分くらいだったかな。この一時間越えの記録は未だ破られていません」
「正確なのね」
彼は記録簿に視線を落とした。「仕事ですから。給料も好いですし」
#04 草庵の姉妹
御山の冠はすでに白雪を戴いている季節だった。秋静葉は紅葉の絨毯から柿を拾い上げると、検分してから背中の籠に放りこんだ。天狗団扇による神風や、火球による延焼によって、広葉樹は枝と幹ばかりになっている。道をそれて山奥に進むと、白骨化した天狗の骸が木のそばで草むしているのが見えた。静葉は大腿骨らしきものを手に取り、喰いこんだ鉛色の矢じりをじっと見つめていた。
自宅では、穣子がテーブルに組んだ両腕に顔を埋めていた。静葉は籠を下ろして、部屋の窓をそっと閉めた。採ってきた柿を妹の前に置いて、対面の椅子に腰かけた。冷えた焙じ茶に楓の葉を一枚浮かべて、湯呑みを両手で包みこんだ。
静葉は云った。「……駄目だったみたいね、その様子だと」
穣子は顔を伏せたまま頷いた。
「しょうがないわよ。今の私たちの信仰じゃ――」
「見えなかったの」
静葉は湯呑みから視線を移した。「どういう意味?」
「私のことが見えなかったの、誰も」
「……そう」静葉は繰り返した。「そう」
妹が顔を上げた。腫れた目蓋が痛々しかった。「他に何かないわけ?」
「ごめんなさいね。なんて声をかければ好いのか分からなくて」
「そうでしょうとも」彼女は立ち上がった。「これじゃ、神様なのか幽霊なのか分かんないよねっ」
「落ち着きなさい」
「落ち着けって? 落ち着けって云ったの?」
穣子は柿を握って壁に投げつけようとしたが、寸前で振るいかけた腕を留め、熟した果実を口のなかに押しこんだ。
「……うんめぇ」
「食べごろよ。――久々ね、ちゃんとしたものを頂くのは」
「里なんてもっと酷いよ。人喰いを見たのは久しぶりだわ」
「雛様は商売大繁盛ね」
「そういう云い方、きらい」
「悪かったわよ」
柿を食べ終えると、妹はテーブルの縁に子犬のように顎を乗せた。「まだ終わらないの?」
静葉は窓越しに曇り空を見上げた。「あと少しよ」
「なんで戦ってるのさ」
「前も云ったでしょう。鬼がいなくなって権力の空白が生まれたの。外の世界では〝パワー・バキューム〟とか、〝パワー・ヴォイド〟って書き表すそうよ。――でも、本当の理由なんて、もう誰も覚えてないんじゃないかしら」
「……詳しいね、お姉ちゃんは」
「貴方と違って本を読んでるからね」
穣子は「また馬鹿にしてくれちゃってさ」と云った。それを合図に二人は笑いあったが、長くは続かなかった。静葉は焙じ茶を飲み干すと、湯呑みの底にへばりついた楓の葉に視線を落とした。
#05 取材と記事、そしてブラック・コーヒー
河童の機械でマキアートを作っていると、呼び鈴が鳴った。訪問客は奴だった。私はガムテープでドアを目貼りしてやろうかと思った。奴は玄関先で遠慮なく鼻をすんすんといわせた。
「甘い香り」
「あんたの分はないけどね」
「甘いのは苦手」
「私だって煙草なんか吸ってる奴の気持ちは理解できない」
奴の紅い瞳が瞬いた。「用意をして。すぐに。出かけるわよ」
「なんであんたと? 班が違うじゃない」
「今日は特別よ。上からの指示でね」奴は付け加えて云った。「親切な方が、便宜を図ってくださったんでしょう」
私は少し考えてから答えた。「……お父様?」
「さぁね」
「親父ィ!」私は叫んだ。「〝自由にやってよろしい、ただし手助けは一切しない〟とか云ってた癖に!」
奴の唇の端が歪んだ。「愛されてるのね。こんな不良娘を持って、姫海棠様、……なんと御労(おいたわ)しい」
「黙んなさいよ」
「貴方のことが心配だから、一介の鴉天狗に任せたくなかったんでしょうよ」ドアノブをつかんで奴は云った。「私、外で待ってるから。さっさと準備するのよ、新人さん」
河童から〝新兵器〟の説明を受けたが、私にはちんぷんかんぷんでまともなメモすら取れなかった。録音機でなんど再生したって理解できないだろう。マイクロウェーヴ? 指向性エネルギー? なんじゃそりゃ。
「早い話が〝即席・焼き鳥製造マシーン〟だよ」河童のにとり嬢は作業台に広げた図面を指さしながら云った。「……失礼」
「いえ、お構いなく」奴は答えた。「そういう云い回し、嫌いじゃないので」
「激痛を引き起こす割には後遺症が残りにくいんだ。――ああでも、眼球が蒸発しちゃったら不味いかもしれない」
へぇ。
「なるべく傷つけずに捕虜にできそうね」
「まだ試作段階だよ。完成する前に御山争いが終わっちゃうんじゃないかな。実験でも期待通りの成果は出ていない」
奴が手帳を閉じた。
「ありがとう。邪魔をしたわね」
にとり嬢は図面に視線を戻した。「新兵器ってのは、使わずに済むのがいちばん好いんだけどね」
「どうまとめるの、あんたなら」
私は奴に珈琲のブラックを、自分にはマキアートを作ってリビングのソファに座った。奴は鳩が飛び出す仕掛けの柱時計から視線を引き離した。「記事のこと?」
「そう。あの〝新兵器〟とやらの原理をさ、どう分かりやすく購読者に伝えるべきかなって」
奴は珈琲をすすり、淡々と答えた。「原理なんて書いても紙面の無駄よ」
「無駄って、じゃあ何を書くのよ」
「これで御山争いの終結が早まるし、こっちの損害も減るだろうって書けば好い」
「あんたね」私は身を乗り出した。「話を聞いてなかったの? 終戦までに完成が間に合わないかもしれないし、第一、にとりさんは使う気がなさそうだったじゃない。開発者の意向を汲まなくっちゃ――」
「私達が本当に汲むべきなのは大衆の感情であって、現場の意見じゃない」
「ふぅん、……ご高説を伺おうかしら」
「記事の中身の真実性はさして問題にならない。重要なのは、如何に読者の耳に心地好く響くか。最低限のリアリティの保証は、写真という便利なツールに担ってもらえば好い。記事は写真と見出しで九割が決まる。そこに〝多角的な視点〟だとか、〝多様性の尊重〟とかいった複雑なことを書いてはならない。大衆は論理よりも情感を貴ぶ。ポイントを絞って、同じ言葉を繰り返した方が好い」
奴はそこまでをひと息に云った。
私は思わず笑いそうになった。
「……そういうのをね、〝プロパガンダ〟って云うのよ」
私達はそれっきり無言になった。午後三時になり、柱時計から鳩が飛び出した。私はカップを手に取ったが、指が微かに震えていた。対面に腰かける彼女はすでに珈琲を飲み干していた。ひと言も感想を述べずに。
「――貴方のお父様から頼まれたからね」奴は呟いた。「先輩として、アドバイス」
「そんな助言、要らない」
「貴方が尋問を受けずに済んでいるのは、姫海棠の名前のおかげよ。組織に属しているんだったら、部品であることの自覚を少しは持った方が好い。老婆心からの忠告よ」
私は何も答えることができずに、今日の取材で見つけた念写を流し見していった。奴が立ち上がって画面を覗きこんできた。
「なに、ケータイが珍しいの?」
「……これ、貴方が撮った写真じゃないわよね」
私は自分の能力について簡単に説明した。
彼女はしばらく考えこんでいた。紅い瞳の輝きが増したように見えた。
「これは、使えるわ」
「は?」
「腫れ物から、金の卵になれる大チャンスよ」
#06 供養
鍵山雛が玄武の沢で佇んでいると、終焉の神様が木立から姿を現した。繕いだらけの紅葉のドレスに、藁で編まれた籠を背負い、やつれた顔を地面に向けていた。「お久しぶりね」と声をかけると、彼女は初めてこちらに気づいたように顔を上げた。
「ごきげんよう」
雛は微笑んだ。「大変そうね」
「信仰がないからね、自分で生きる糧を見つけないと」
「それ以上は近づかない方が好いわ」
「平気よ。……これ以上、悪くなりっこないもの」
垂直に切り立った岩壁の底には、太陽の光も届かない。互いの表情が読み取れないほどだった。沢のせせらぎに心を浸せば、不思議と沈黙も気にならなくなる。棲んでいた河童たちも、多くは死ぬか、立ち去るかして、今では自分のような厄神しか好んで立ち寄る者はいない。
雛は澄んだ水面に顔を映した。「こんな山奥までご苦労様。沢蟹や小魚が目当てなら、残念だけど……」
「食べ尽くされちゃったかしら」
「この寒さも原因ね。去年に続いて冷夏、秋の長雨、天災の頻発。おまけに戦争だもの。この前、上の方から大量の血が流れてきたわ。沢が真っ赤に染まって底も見えなかった」
静葉は脱力したように籠を下ろした。「こんな終焉、私だって願い下げね」
「昨日ね、久々に麓に降りたのよ」雛は語った。「厄を溜めこんだ雛人形が、川の何処かに引っかかってないかと思ってね。人形の代わりに人間の赤ん坊が流れてきたわ。埋めてお墓を立ててあげた」
「食べられてないだけ幸運ね。今のご時世では貴重よ、同じ人間の肉でも」
雛は右手を開いた。手のひらに乗っていたのは赤ん坊のへその緒だった。終焉の神様は、青黒く染まったその物体を横目で見てから、川面に視線を戻した。
雛は云った。「川は何でも運んでくれるわ。流し雛も、血も、憎悪も」
「寂しさもね」
静葉は立ち上がり、籠を背負い直した。
「付き合ってくれてありがとう。ここは寒いわね」
「今は何処でも寒いわよ」
彼女は頷いた。そして歩き出した。後ろ姿を見ていた雛は呼び止めた。「貴方、――靴はどうしたの?」
静葉が振り返った。「穣子に貸してるわ。あの子ったら、飛べなくなってるのに裸足で麓の圃場まで歩いて行こうとするんだもの。見ていられないわよ。痛々しくて」
「妹さん想いなのね」
「あの子のことだけじゃないわ。私達の御山はこれからどうなるんだろうって、気がかりで」
「ええ、私もよ」
静葉は楓の髪飾りに指で触れた。瞬きを何度か挟んだ。咳払いをしてから立ち去った。彼女の影が木立に消えるまで、雛は見守っていた。へその緒を両手で包みこみ、胸に引き寄せ、頭(こうべ)を垂れた。
#07 適材適所
諜報畑の上役から電信があった。文は送話器を手に取る前に呼吸を入れた。しばらく近況を話し合った後、彼は云った。『――お前が推薦してきた姫海棠なんだが』
「はい」
『逸材だよ、彼女の念写能力。もっと早くに知っていれば、斥候部隊の死者も今の半分程度で済んでいただろうに』
文は送話器を両手で握った。「お役立て頂けたのなら何よりです」
『〝役立つ〟なんてものじゃない。おかげで敵の動きが手に取るように分かったよ。彦山豊前方の補給基地の場所も判明した。本日夕刻に、白狼との混成部隊で強襲をかけるそうだ』
「混成部隊、ですか」
『お前が元いた部隊だ』上役はしばし間を空けた。『……白峯方としては初めての試みだった。鴉天狗が絶滅しかねない勢いで死んだからな。そこに所属している奴は白狼の兵卒としては最古参になる。その分だけ部隊内でかなり軋轢もあったみたいだが、実際あいつらの嗅覚や視力は侮れん。奴隷として置いておくにはあまりに惜しい存在だ』
「同感です」
『戦争が終わった暁には、あいつらにも何らかの恩賞が与えられるだろうな』
「それは何よりです」
『お前もこっちには慣れたか』
「ええ、実戦よりも報道部隊の方が私には合っています」
彼は言葉を結んだ。『作戦が終わったら現地に飛んで記事を書いてくれ。士気も上がるだろう。――最適の健闘を』
「はい、最適の健闘を」
#08 転がる果実
長雨が降りしきる中で略式裁判が開かれ、捕らえられた者は全員が処刑された。犬走椛は盤刀を振るい、跪かせた捕虜の首を順番に飛ばしていった。流血はすぐに雨によって洗われた。敵方にも白狼天狗がいて、懇願するようにこちらを見上げてきた。椛は無視した。
手続が完了すると、臨律に従い、死んだ鴉天狗の翼と、白狼天狗の尻尾を切り落とした。遺体は雨ざらしのなか放置された。落とされた首はすでに鬱血を始めて赤黒い色に染まりかけていた。まるで幼子がお遊戯に用いるブロックが無造作に転がっているかのような光景だった。
鴉天狗の隊員と部隊長が、処刑を見物しながら話を交わしていた。
「手こずりましたね」
「うちは捕虜を取らないからな。そりゃ抵抗も激しくなるさ」
「昔はそうでもなかったんでしょう?」
「皆が節度を守っていた頃はな。負けが込みだした側が最初に禁忌を犯すんだ。いつの時代も変わらん」
部隊長がご苦労、と云うように頷いたので、椛は頭を下げた。隊員は肩を叩いてきた。「お前の眼のおかげで助かったよ」
報道部隊の連中が取材にやってきた。先頭は射命丸文。部隊長以下、作業の手を止めて敬礼した。撮影を終えてから、彼らは部隊員の話を書きとめ始めた。文は手帳を出さなかった。こちらに視線を向けてきたが、椛は無視した。
「奇遇ね」と彼女は云った。「お久しぶり」
椛は答えた。「そうですね」
会話は続かなかった。文は歯切れ悪く何か云おうとしていたが、言葉は出てこなかった。椛はその場を離れた。
報道部隊が去り、他の隊員たちの眼が基地内へ向いている隙に、椛は処刑した鴉天狗の死体からいくつか見繕って腕や足を切断し、油紙に包んできつく縛ってから背嚢に仕舞いこんだ。それから白狼天狗の遺骸の瞼を閉じてやると、合掌してから物資の搬送作業に加わった。
#09 代償
食堂の隅ではたてが端末を操作していた。独りぼっちだった。文は近況を訊ねようと近づいた。魅せられたように画面を覗きこんでいたので、文は横から視線を走らせた。はたてが気づいてのけ反った。
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
文は腰に手を当てて、声を低めた。「なんで食事中に死体の写真なんか見てるのよ。悪趣味ってレベルじゃ――」
「違う……」
「それにこの写真」端末を取り上げて凝視する。「私がこの前に撮ったやつじゃない。先達の技術を盗もうって姿勢は立派だけど、何もこんなものまで参考にしなくても」
はたてはうつむいた。サイドにまとめた髪が膝の上で丸まった。
「あのね、……作戦、大成功だったじゃない?」
「ええ、貴方のお手柄よ」
彼女は首を振った。「それで私も本格的な記事を書こうと思って念じたの。そしたらその写真が出てきて」
「死体は撮影も掲載も厳禁よ。私が撮ってるのは気まぐれだけど。……誰にも云わないでね。写真の捕虜みたいに、首が物理的に胴から離れちゃうから」
「私がつかんだ情報で、天狗がたくさん死んだんだって思うと」
なるほど、と文は呟いた。そういう考え方をするタイプか。
「捕虜の処遇に関する臨律は、貴方も知ってるわよね」
彼女は再び首を振った。「お父様は、捕えられた天狗は丁重に扱われているって……」
「そんな訳ないじゃない。報道部隊を志望してるんだから新聞くらい読んでるでしょう? この十年でいったい何万の天狗が死んだと思ってんのよ」
「御山争いが始まってからは読ませてもらってないわよ。ただ、報道部隊って自由でなんとなく恰好よさそうだったから」
文は眩暈がして額を押さえた。そうか、これが〝今時〟ってやつか。眼をそらして窓越しに外を見た。長雨は続いていた。深呼吸してからはたての向かいに座り、少しためらってから、彼女の手を包みこむように両手で握った。姫海棠家の娘は顔を上げた。
文は云い聞かせた。「今の時代じゃ、誰もが〝同胞殺し〟よ。貴方も外の空気を吸いたいってんなら、同族の血で成り上がる覚悟くらい持たなくちゃならないわ。それとも夢を諦めて、暖かいお家に逃げ帰るの?」
はたては黙って文の手を見つめていた。
#10 御山のために
折からの秋雨は大規模な土砂崩れを引き起こした。被災範囲には、戦死者の遺体をまとめて投げこんでおいた共同墓地が含まれていた。
それは椛がこれまで生きてきたなかでも最低最悪のご奉公だった。泥水を含んだ死体は重く、腐敗のために膨張しているので持ちあげにくいことこの上なかった。下手に力をこめると、骨から肉がはがれ落ち、湯がいたフランクフルトのように皮がべろりとはがれた。こびり付いた腐臭は一生取れないのではないかと思われた。何人もの白狼天狗が作業から離れて嘔吐し、そのまま動けなくなった。
腐ってしまえば白狼も鴉もいっしょだな、と椛は思った。
回収作業は何日も続いた。椛を始めとして駆り出された白狼天狗は、進行度に応じた腐敗の態様についてひと通りの見識を身につけていた。今回は食事の特別配給さえなかった。あらゆる物資が底を尽いていた。比較的に新しい骸を解体し、仲間と囲んで焼いて食べた。鴉天狗の多くは遣いの統制をすでに喪失しているらしく、主人のもとを離れた何千羽という鴉が山積みになった遺体を目当てに集まってきた。
「戦争が悲惨になるのは好いことだよ」同僚の一人が吐き捨てた。「じゃないと、俺たちはそれを待ち望むようになっちまうからな」
以前にも似たようなことを聞いたな、と椛は思った。それは鴉天狗の部隊長の言葉だった。敵方の集落を皆殺しにした時分のことだ。彼は火を点ける前に、身を寄せ合った天狗の家族に云った。
「君たちは我々を非難する。だが先に戦端を開いたのはそちらであることを忘れないでもらいたい。私は、御山で平和に暮らしていた女子供の死体が何百と散らばっているのをこの眼で見た。今や、戦争は君たちの喉元までやってきたのだ。ずいぶん違った気分になったのではないかね」
それから彼は右手を振って合図した。
「なんでいるんですか」椛は訊ねた。「ただの土木工事、何の宣伝材料にもならないでしょう」
休憩中にやってきた射命丸文は、車座になった白狼天狗たちを写真に収めた。一同は疲労のあまり敬礼もできなかったが、彼女は気にしなかった。椛が足を引きずって離れると鴉天狗は付いてきた。
椛は立ち止まった。「何の用ですか」
「……ひと言、詫びを入れようかと」
「詫び?」
「私の代わりに貴方が補充されたと聞いたとき、これは申し訳ないことになったなと思っていたので」
椛は盤刀の柄に手を置いた。再び歩き出して云った。「私は自分から希望して入ったまでです。貴方のように前線から逃げ出したチキンの申し開きなんて要りません」
「ち、チキンだって?」
彼女の翼が左右に広がった。
椛は構わずに文を指弾した。「名誉の負傷って報道も捏造でしょう。貴方はどこにも怪我なんてしていない。仲間を見捨てて、今も元気にあちこち飛び回っている」
文が何事かを口にしたが、椛は聞こえないふりをした。倒木に腰を下ろすと、背嚢から油紙で包んだ干肉を取り出し、文の目の前で食べ始めた。彼女の肩が一瞬だけ震えたのが見えた。
椛は肉を噛み切りながら云った。「勲章持ちの恩給が羨ましいです」
「……別に、煙草の配給が少し増えるくらいよ」
「へえ、少しなら分けられますよ」
「同胞の肉を食らうほど落ちぶれちゃいないわ」
「それなら申し上げますがね」椛は嚥下して云った。「私にとっての同胞は白狼天狗であって、鴉天狗じゃない」
文は、すでに蛋白源となってしまった同胞を見つめていた。片手で口を覆った。肩の震えは隠しきれないほど激しくなっていた。煙草を一本パッケージから抜き出したが、指に力が入っておらず、取り落とした。
椛は、数千もの鴉に食い散らかされた遺体の山を顧みた。「あれくらい、貴方も散々見慣れているはずでは」
「ちがう」文は呟いた。「そうじゃないの」
椛は逆立てていた尻尾を地面に落ちつけ、周囲を見渡した。晩秋の御山は実りと豊かさ、そして優しい寂寥感の象徴のはずだった。木の実や山菜、川魚や牡鹿など、この季節は仲間たちと競って冬の蓄えを集めて回った。今、椛の瞳に映るのは枯れ木と泥濘、そして、そのどちらとも見分けがつかないほどに変色した肉塊の葬列だった。何の感情も湧いてこなかった。憎悪さえも。
「私たち白狼は〝御山を守るためなら命さえ投げ出す〟と奉公の誓いを立てさせられるのですが」椛は呟いた。「こうして見ると、いったい誰が御山をここまで破壊したのか分からなくなってきませんか、――ねぇ、文さん」
#11 奴の写真,私の記事
書蔵院から借りてきた奴の新聞のバックナンバーを読み漁った。初期の論調が批判的だったのは意外だった。そこには御山争いに対する抗議の声が行間から滲み出ていた。
以後、水に絵の具を一滴ずつ落としてゆくように、『文々。新聞』は体制の色に染まっていった。それに伴って発行部数は飛躍的に伸びた。今やその人気は留まるところを知らない。他の弱小新聞も奴のやり方に追随した。写真と見出しが全て。記事はポイントを絞ってスローガンのように繰り返す。理性よりも感情に訴えかけるよう表現に気を配る。
私はマキアートの代わりに珈琲のブラックを淹れた。苦いものが欲しかった。ファイルを閉じると、ソファに腰かけて念写を始めた。念じた分だけ犠牲者の写真は端末に映し出された。そのほとんど、もしかしたら全てが奴の撮影によるものなのかもしれない。
ペンを取り上げては、また置いた。埃を被っていたワープロを引っ張り出したが、一文字も打てなかった。背もたれに身を預けて、天井に呟きを投げかけた。「〝同族の血で成り上がる覚悟〟か」
奴は私の電信に応じてくれた。
『諜報部の仕事はどうしたのよ』
「特別休暇、……作戦成功のお祝いに」
『好かったじゃない。ゆっくり羽を伸ばしなさい』奴はひと呼吸を置いて云った。『推薦した私も鼻が高いわ。貴方のおかげよ』
「励ましてくれてるの?」
『そりゃ、貴方のお父様に頼まれたようなものだからね』
「あんたは――」私は云い直した。「文は、どうして報道部隊に移ったの? なんで隠れて遺体の写真なんか撮ってるのさ」
文は黙っていた。私は送話機を左手に持ち替え、また右手で持った。柱時計の音が背中をちくちくと刺してくる。
『……いい?』文は低い声で云った。『まず、電信でそんな話を持ち出さないで。傍聴されてるかもしれないのよ』
「ごめんなさい。でも――」
『いくら功を立てても死んだら元も子もないからね。チキンと呼んでくれても好い。戴いた勲章を有効に使わせてもらってるだけ』
「それは後ろの質問の答えになってないじゃない」
『記事を書くのよ、はた――っ』文は云いよどんだ。『……自分の身を守るためには、上の立場にいくしかないの。御山争いはまだ続くわ。今の部署で生き延びて、親に立派な姿を見せてやりなさい。そのために家を飛び出したんでしょう?』
私は瞳を閉じて息を吐き出した。
「書くよ。――書くから、ちゃんと見届けてよね」
『何だか大げさね。私の書き方を模倣すれば好いのよ』彼女は付け加えて云った。『貴方なら、大丈夫』
通話は途絶えた。私は外出の準備を始めた。
#12 河童の本懐
河城にとりが書庫の整理をしていると呼び鈴が鳴った。来客は椛だった。ドア越しに「ちょっと待ってて」と伝えてから、工房にもどり、腰に巻いていた作業着に袖を通すと、洗面台に向かった。顔を洗い、髪を整え、鏡をにらんでから来客を中に通した。
挨拶を済ませて椛は云った。「前の対局、まだ残してる?」
「いんや、でも写真に撮っておいたから、暇ができたら続きをしよう」
「そう、ありがとう」
にとりは冷蔵庫からラップに包んだキュウリを取り出すと、塩をかけてぽりぽりと食べ始めた。椛がじっと見つめてきたので、勧めると、最初は断ってきた。「――いや、たまには野菜も好いね」
工房の屋根に打ちつける雨の音を聴きながら、二人は無言でキュウリをかじり続けた。椛の身体からは隠しきれない死臭がしていたが、にとりは眉ひとつ動かさず、指摘もしなかった。
「美味しかった」椛は云った。「生き返ったよ」
「お粗末様。最近は何してたの」
「この前の土砂崩れの後始末」
「私もそっちの対応に追われていたよ」
椛は顔を上げて先を促してきた。
にとりは云った。「河童の里がひとつ呑まれたんだ」
友人はうつむいた。「……そうだったのか」
「木がたくさん燃えたり伐採されたりしたから、土壌が緩んでたんだ。我々河童も、協力の形でいろいろ開発したり、実験させられたからね。御山が見逃してくれるはずもなかったのさ。天罰だよ」
「――実験?」
にとりはワーク・ベンチの上に放り出していた写真を何枚か選んで椛に渡した。彼女は写真をめくりながら眉間に皺を寄せ、指を唇に寄せた。にとりは帽子を両手で握りしめながら、つばの先に付着している血痕をじっと見ていた。
椛が呟いた。「時どき、捕虜をその場で処分せずに、後方に移送するよう命令されることがあったけど――」
「そう、ご推察の通り」
「……教えてくれてありがとう」
にとりは黙っていた。
二人はそれからも雑談しようと試みたが、会話は昔のようには弾まなかった。やがて友人は暇を告げた。にとりも見送りに出て、別れ際に云った。
「人づてに聞いたんだけど、御山争いが終わったら、これまでの労に報いようってことで、白狼天狗にもいろいろと恩賞が与えられるそうだよ」
椛は云った。「戦争のおかげで社会進出か……」
「ごめん、余計だったね」にとりは呟いた。「本当にごめん」
にとりはソファに座った。膝に両肘をつき、指を組み合わせて口を覆った。奥歯を噛みしめた。瞬きを何度も挟んだ。鼻をすすった。最初の涙を皮切りに、嗚咽が漏れた。作業着の袖で目じりを拭った。後から後から涙はあふれ出た。しばらくそうしていると呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、目の前に鴉天狗がいた。
「あんた、この前の……」
「ええ、取材を引き受けてくれてありがとう。――単刀直入で悪いんだけど、個人用の印刷機を用立ててもらいたいの」
にとりは外を見まわしてから、彼女を中に引きいれた。
「在庫はあるよ。だけどごめんね、印刷業は山伏天狗が独占してるんだ。彼らを通さないと新聞は発行できない。検閲もあるしね」
「知ってるわ。それを承知で頂きたいのよ。リスクに見合った代金はちゃんと支払うから」
にとりは天狗の顔を注意深く見つめた。「ねえ、それをやったら私は非常に厄介な立場に追いこまれるんだ。命は惜しいよ」
彼女は頭を下げた。「お願い、貴方しか頼れるひとがいないの」
にとりは顔をそむけて、椛が置いてそのままになっている写真の裏面を見つめた。それから一族で撮った集合写真が収められているフォト・フレームに視線は移った。眺めていると、熱い塊で再び喉が塞がったので、眼をそらした。大きく深呼吸して云った。
「……分かった。入手先は云わないでね」
天狗の少女は顔を上げた。「ありがとう、本当に」
「何をするのか知らないけど、健闘を祈ってるよ」
彼女は何度も頷いた。
#13 父の記憶
姫海棠氏は部屋の扉をノックした。返事があったので中に入ると、娘は窓辺に寄って空を熱心に見つめていた。
「はたて、窓を閉めなさい。危ないから」
彼女は云った。「お父様、――あのひと、誰だか分かる?」
姫海棠氏は娘の隣に立ち、窓から顔を出さないよう注意しながら頭上を眺めた。「あれは射命丸さんの娘だね」
「下の名前は?」
「文、だったかな」
「あや?」
「そう。女性の身だが、前線での働きが認められて叙勲の栄を授かったんだ。今は一線を退いて報道部隊に属しているそうだよ」
「新聞ね。凄いなぁ」
「あの家もいろいろあったからな。娘を傍に置いておけなくなったんだろう。受勲は本当に立派なことだが、可哀そうな子だ」
「そんなことないと思う」はたてが視線をこちらに移した。「自分の力で身を立てたのよ。私なんかとは大違い。憧れるわ」
姫海棠氏は沈黙していた。
娘は云う。「お許しをくれるなら、私も新聞記者になりたいな。自分のやりたいことを見つけなさいって云ったのはお父様よ」
そうだなぁ、と生返事をして、姫海棠氏は考え事をしていた。
「新聞記者、か」
#14 プロパガンダ
自室で、射命丸文は『花果子念報』の最新号を手にしていた。記事を読む前から丸まっていた背筋は伸びていた。文は掲載されている写真を呆然と見つめていた。それは自分が密かに撮影した戦死者や犠牲者の遺体だった。写真のキャプションの末尾には、「撮影者:発行者に同じ」と書かれていた。
#15 冬の足音
「――ええ、はい。かしこまりました。はい、仰せの通りに。この度は大変なご迷惑をおかけしまして、誠に……、――はい、承知しております。――最適の健闘を」
諜報部長は電信機に向かって深々と頭を下げて、通話を切った。姫海棠はたてを横目で見つめてから、手拭いで汗をふいた。彼女は席に座って項垂れていた。溜め息をつこうとしたが寸前で我慢し、河童の機械で珈琲を淹れた。自分にはブラックを、部下には砂糖とミルクを加えて。彼女のデスクにカップを置くと、彼は立ったまま珈琲を飲んだ。
「……本当に残念だよ、本当に」彼は云った。「だが感情論を持ち出しても始まらない。建設的に行こう。――なぜ、あんな新聞を出した?」
はたては黙っていた。
彼はまるで娘を叱る父親のような気持ちになった。
「自前の印刷機で、検閲もなしにバラまいて、使われている写真も記事の内容も気の滅入るものばかりだ。――お前は、いや、君はいつの間に反戦運動家の敗北主義者になったんだ? 私はこれからあと何回頭を下げればこの埋め合わせができると思う? 姫海棠家では奉公の〝ほ〟の字も教えないのか?」
いかんな、と思って頭を振った。彼は残りの珈琲を一気に飲んで舌を火傷した。はたての横に立って口吻を抑えて云った。「短い〝自由〟だったな。君は、君が最も望んでいたものを、自分から手放したんだぞ。本来なら極刑になっているところだ」
彼は続けた。「――上役と、姫海棠様とで話がついた」
はたてが僅かに顔を上げた。
「君は自宅で蟄居処分になる。期間は二十年だ」
彼は、はたての耳元に顔を近づけた。「二十年だぞ」
消沈している少女から離れて、彼は椅子に腰を落ち着けた。
「……君の書いたことは、真実だ。我々の御山はすっかり変わってしまった」独り言のように云った。「だが、この部署にいて君も学んだだろう。情報というのは真実であることが必ずしも正しいとは限らんのだ。我々は勝たなければならないんだよ。勝たなければ……」
言葉が続かなくなり、彼は再び立ち上がった。コートを羽織り、はたての肩に手を置いて、部屋の出口に向かった。扉を閉める前に振り返って云った。
「これからまた、冬がやってくる。寒くなるぞ。落ち着いたら早めに自宅を引き払って、元いた籠に戻りなさい。少なくとも、そこは安全だ」
せめて、〝御山を愛している〟というたったひとつの想いが、我々の間で共有されうる真実であったことを願っているよ。
外のあまりの寒さに彼は身震いした。今年の御山にとって、あるいはこの世界にとって、この風は木枯らしではなく子枯らしになるだろうと彼は思った。
坂を降りようとしたところで射命丸文に出くわした。彼女は右手を挙げて敬礼したが、彼は答礼しなかった。左手を伸ばして文の右腕をそっとつかむと、元の通りに腰の付近へ下ろした。それから口を開いた。
「あの写真は、姫海棠が撮影したものではない」
文の身体が凍りついた。
「ずっと諜報畑でやってきたんだ。お前の写真の癖も、お前の趣味嗜好も私は熟知している。――まさか、バレないと思っていたのか?」
彼女は動かなかった。
「……私はこれ以上、自分の立場を悪くしたくはない。お前があの子をそそのかしたわけでもないと信じたい。だから、お前は何も云うな。口を閉じているんだ。――その勲章の重みを忘れるな」
彼は首を振って道を開けてやった。文は頭を下げて建物の中に駆けこんでいった。彼はその背中が消えてからも、しばらくの間、振り返った姿勢のまま固まっていた。聞こえてきた泣き声を合図に、彼はコートのポケットに手を入れて、晩秋の曇り空を見上げながら立ち去った。
#16 終戦
春先になって、椛が所属する連隊は最後の攻勢に参加した。敵方は急いでかき集められた新兵ばかりで、千里眼の前では動きが筒抜けだった。
「左右へ扇形に広がって展開しろとのことだ」部隊長の鴉天狗は云った。「ちょうど両の翼を広げるようにな。敵を捉えたら蓋をして、後は包囲殲滅。――いいか、こんなところまできて死ぬんじゃないぞ」
それは一方的な虐殺になった。谷間で奇襲を受けた敵は逃げることもできずに壊滅した。夕刻前に戦いは終わり、椛はいつも通り、仲間の白狼天狗と共に後始末をすることにした。しばらくの間、椛たちは作業を始めることができなかった。斃れた遺骸のほとんどが、老人と少年だったからだ。
「俺たちはこのまま西進し、集落を破壊して回る」部隊長が声をかけてきた。「略奪は好きに行っていいとのことだ。犬走も来るか。お前まで裏方の仕事を手伝わなくても好いんだぞ」
椛は振り返って答えた。「申し訳ありませんが、ここに残ります」
「そうか」彼はためらいながら云った。「……なぁ、お前が入ってきてからというもの、俺は部隊から戦死者を出さずに済んでいる。御山争いは終わりだ。あいつらを無事に家族へ会わせてやれる。お前のおかげだよ。何かあったら頼ってくれ。かならず味方になると約束する」
「ありがとうございます」
「最適の健闘を」
「――あの」
立ち去りかけた部隊長の背中に、椛は呼びかけた。
彼はすぐに振り返った。「どうした?」
「あ、――いえ、……すみません。忘れました」
彼は笑みを浮かべて頷いた。
遺骸はどれも軽かった。いつかの労苦が嘘のようだった。だが椛を始めとして、誰も以前のように肉を頂戴することはできなかった。作業は黙々と進んでいった。春の夕陽が谷間に沈んでゆくのが見えた。柔らかな光を背中に浴びながら、白狼天狗たちは夜になるまで働き続けた。
#17 エピローグ: ダブル・スポイラー
文が通りすがると風が起き、紅葉は誘われるように枝や地面からその身を放った。御山は冬支度を始めていたが、まだ秋は続いていた。色とりどりに化粧をした葉が、鏡のように泉に映りこむと、水面はまるで万華鏡のように絵を塗り替えた。乾いた石の表面に刻まれた模様、そのひとつひとつに命が宿っているかのように思われた。鳥は高いところを飛び、青雲はさらに遥かを泳ぎ、夜になれば星が瞬いた。誰もが寿ぐような秋だった。天狗も、河童も、神々も。
文は畦道に佇んでいる豊穣の神を見つけた。速度を緩めて近くに降り立った。
「こんにちは、射命丸です。――豊作のようですね」
穣子は振り向いて笑った。「文句なしよ。まさに実りの秋ね」
「お姉さんも頑張られたようで」
「ええ」彼女は山々を見上げる。「いつになく機嫌が好かったわ。地の性格は変わんないけどね」
「おかげ様で好い写真が撮れます。よろしくお伝えください」
「私たちのことを記事にしても、つまらないんじゃない?」
文は少し考えてから云った。「暗いニュースは記事にしたくないので、ちょうど好いですよ」
「そうね、それなら私のご利益について、うんと書き立ててもらおうかしら」
穣子は得意げに胸を張ってみせた。
人里、――待ち合わせのカフェに入ると、姫海棠はたてが新聞から顔を上げた。
「遅かったね」
「貴方が早すぎるだけ。――それ、私の新聞じゃない」
「カフェに置いてあったの。あんたの号外バラ撒き戦術、私も真似してみようかな」
はたての向かいに座り、記者キャップを鞄の上に置いてメニューを手に取った。
彼女が新聞を睨みながら云う。「文ってさ、相変わらず記事よりも写真に関心があるのね」
「大衆は記事そのものよりも事件の質に惹かれるのよ。写真が六割、見出しが三割……」
「ちっとも成長してない」
「この前だって、せっかく終末論に一石を投じようと記事を書いたのに、どいつもこいつも斜め読みの勘違いをしてばかり。むしろ〝末法思想を助長してる〟って巫女に怒鳴りこみをされる始末よ」
「それ、あんたの書き方が悪いんじゃないの?」
文は呼び鈴を鳴らしてキャラメル・マキアートを注文した。はたてが「えっ」と声を上げた。
「文っ、――あんた、甘いもの嫌いじゃなかったの?」
「たまには好いじゃない」
「変わったんだか変わってないんだか」はたては微笑んだ。「……少なくとも、昔に比べて部数は格段に落ちたわね。かつての栄光は何処にいったのやら」
文は視線をそらした。「部数が何よ。その代わり〝里に最も近い天狗〟って呼び名をもらってるんだから」
「それ、自慢になるの?」
「私にとってはね。――貴方こそ少しは引きこもりの性格、治ったの?」
別に好きで引きこもってたんじゃないし、と声を漏らして、はたてはポシェットから煙草のパッケージを取り出した。文は手を伸ばして取り上げた。
「何すんのよ、ここは喫煙席よ!」
「貴方に煙草はまだ早い」文は云い直した。「――いや、貴方に煙草は似合わない」
「勝手に決めやがって!」
文がじっと見つめていると、はたては頬杖を突いてそっぽを向いた。「ふんだっ」
二人でマキアートやケーキに親しむと、代金を支払って外に出た。文は手帳を取り出し、往来を眺め渡した。
「条件を確認するわね」文は云った。「取材の制限時間は夕刻まで。執筆と校正は今週中。より多くの部数を売った方が勝ち」
「うん、それで好いわ」
「貴方が先に吹っかけてきたってことを忘れないように。負けたらいろいろ奢ってもらうから覚悟しなさい」
「望むところよ。今度こそぎゃふんと云わせてやる。――次に対抗新聞(スポイラー)になるのは、あんたよ!」
先手必勝、とばかりに彼女は里の中心に向かって駆けていった。文はその背中を見送った。表情がふっと緩んだ。
「あがいてみせなさい、……はたて」
文は瞳を閉じてマキアートの味を思い返した。そして煙草に火を点けると、携帯灰皿を片手に歩き出した。澄み渡った空に視線を移し、口から煙を吐き出して大気に溶かした。記者キャップを被りなおすと、吸い終えた煙草を灰皿に放りこみ、カメラを手に歩き続けた。カメラには海棠の花がプリントされたストラップがぶら下がっていた。文は薄紫の花びらに視線を落とすと、再び微笑みを浮かべた。やがてその背中は雑踏に消えた。
(引用元)
William Somerset Maugham:Cakes and Ale, William Heinemann Ltd., 1930.
行方昭夫 訳(邦題『お菓子とビール』),岩波文庫,2011年。
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Cigarettes and Caffè macchiato
……胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。その部屋ではぐくまれた希望、未来の明るい夢、若者の燃える情熱、後悔、幻滅、疲労、諦めなど、人間のあらゆる感情がその部屋であらゆる人の胸に宿ったのであり、そのためか部屋全体が妙に悩ましい、謎めいた性格を帯びてしまったようだった。……僕が曖昧に(やや恥ずかしそうに)感じたことが、ハドソン小母さんにも自然に伝わったようで、彼女はちょっと笑い声をあげ、それからいつもの癖で、大きな鼻をこすった。
「まったくの話さ。人間ってものはへんちくりんだねえ。ここで暮らした男の人たちを思い出してみるとね、わたしがあの人たちについて知ってることを話しても、あなたはとても信じてくれないだろうね。誰もかれも奇妙なんだからね。ベッドに入って寝付く前に、時どき思い出すんだけど、吹き出してしまうんですよ。笑うのはいいことで、時どき思い切り笑えないんだったら、世の中もつまんないでしょうけどさ。下宿人てのは、何とも面白い連中なんだから」
「まったくの話さ。人間ってものはへんちくりんだねえ。ここで暮らした男の人たちを思い出してみるとね、わたしがあの人たちについて知ってることを話しても、あなたはとても信じてくれないだろうね。誰もかれも奇妙なんだからね。ベッドに入って寝付く前に、時どき思い出すんだけど、吹き出してしまうんですよ。笑うのはいいことで、時どき思い切り笑えないんだったら、世の中もつまんないでしょうけどさ。下宿人てのは、何とも面白い連中なんだから」
――サマセット・モーム『お菓子とビール』より。
#01 黒煙
同僚を助け起こしたが、手遅れであることは頭の隅で分かっていた。彼女は血を吐き出しながら呻き声を上げた。漆黒の翼は燃え尽き、骨を残すばかりになっていた。濁った瞳は空に向けられていた。蜷局(とぐろ)を巻いた黒煙が幾筋も天を走っていた。文は手首まで血まみれになるのも構わずに彼女を抱いていた。瞳から光が消え、握っていた手から力が抜けると、遺体を背負いあげてその場を後にした。
火球の直撃を喰らって墜落した鴉天狗は、仲間内では〝焼き鳥〟と揶揄される。死に方としては最も不名誉なものだからだ。その日、文が所属していた部隊では六人が〝不名誉な殉職〟を遂げた。太陽を背にした上空からの奇襲攻撃で、下方の森林ばかり警戒していた寄せ集めの部隊は、ひとたまりもなく壊滅した。
翼をもがれ、きりもみ回転しながら岩場に叩きつけられたひとりの天狗は、ちょうど俎板に思いきり投げつけられたひと粒のブドウのようになった。その天狗の四肢や肉片が粘土細工のように弾け散るのを、文は遠目に見た。
目覚めたとき、外では雨が降っていた。
文は頭を左右に振り、手の甲で汗を拭った。洗面所に行き、蛇口からコップに注がれる流水をじっと見つめていた。水を飲んだ後、煙草をパッケージから取り出し、窓を開け放った。雨音を聴きながら片手でマッチの火を点けた。吐き出した煙が雨粒に溶けこんでゆくのを、ぼうっと眺めていた。
デスクには書きかけの原稿が広げてあった。文は朱筆でバツ印を描くと、管理規定に従い寮の廊下に設置してある裁断機に吸いこませた。二本目の煙草を吸い終えると、珈琲を淹れるためにキッチンへ向かった。
#02 奴の勲章
姫海棠だか北海道だか知らないけど、私は貴方を特別扱いする気はないからね。
初対面で云われた台詞がこれだった。
奴は続けて、新聞は貴方の日記帳じゃないのよ、とも云った。
隣に座っていた天狗がトレイを持ち上げて別の席に移った。食堂の誰もが私たちに注目していた。私は茶碗を置いてテーブルに頬杖をついてみせた。
「そう、恥をかかせたいってわけ?」
奴は眼も合わせずに答えた。「質問されたから、思った通りを云ったまでよ」
「率直なご意見をどうもありがとう」
「どういたしまして、――お嬢様」
私はお箸を投げつけてやろうかと思った。立ち上がった拍子に椅子が倒れた。「批評は真摯に受け止めるわ」その場の全員に聴こえるように云い放った。「でも、私をお嬢さん呼ばわりするのは金輪際やめてもらえる?」
奴はようやく顔を上げた。左胸を飾る勲章が電灯の光を反射するのが見えた。
「じゃあ、なんて呼べば好いのよ」
「私は、はたてよ。……ただのはたて」
「分かった」
奴は煙草を取り出して口にくわえた。私は煙草の煙が大嫌いだ。今夜はキャラメル・マキアートをしこたま飲んで、この苦い想いを中和してやらなければならない。
「ほんとに分かってんの……?」
奴が私を名前で呼んだことは、ただの一度もない。だから、私も呼んでやらないんだ。
#03 レーション・チケット
文は机に配給切符を並べて枚数を確認した。手帳を取り出し、カレンダーとにらめっこしながら暗算をしていた。部屋を出て寮の電信室に入り、知人の鼻高天狗と連絡を取った。
「生きてる?」
『縁起でもない挨拶は止めてください』
「配給、何とかならないの。もう残り少ないんだけど」
『勘弁してくださいよ。いくら貴方の頼みでも――』
「このままだと二、三ヶ月はお粥だけの生活になる」
『私なんてここ三年、人の肉を口にしていません。規格外の米や雑穀を混ぜ砕いて湯に溶かすんですが、この配合率が意外と奥深くって』
文は受話器を持ち替えた。「……勲章なんて何の役にも立たないわね」
『煙草や珈琲といった嗜好品でしたら、まだ融通は利きますよ』
「そうね」
『私らでさえこれですから、白狼の連中はもっと悲惨でしょうね。あいつらは雑食じゃないですし』
「〝同胞喰らい〟の噂は本当なの?」
『まさか、そこまで恥知らずじゃないでしょう』
文は邪魔したことを詫びて電信を切った。溜め息をついて頭を左右に振り、窓辺に寄って煙草を三本吸った。
広場では翼を焼き切られた捕虜たちの処刑が行われていた。文はその様子を手帳に黙々と写し取った。書いているうちに記事の文面が頭に浮かんできた。
――【意志の勝利、翼を高く掲げよ】 霜月の四日、白峯の広場で捕虜十七名の処刑が実行された。刑の内容は臨律に基づき風隗刑が選択され、一人につき六羽の鴉が捕虜の肉体を啄んだ。捕虜の死亡が最後に確認されたのは、刑を開始してから凡そ三二分後であると執行官の鴉天狗は話した。
捕虜全員が死亡すると、執行官が合図し、木に留まっていた他の鴉たちが一斉に肉塊へ群がった。辺りは死臭と鴉の喚き声で満たされた。しばらくして、大鉈を肩に担いだ白狼天狗が歩み出て、九相図の噉(たん)食想のようになった遺体の首を打ち落とした。文は執行官に近づいて質問した。
「なんで最初は六羽だけなの?」
彼は右手を挙げて敬礼してから答えた。「簡単な話です。苦痛を長引かせるためですよ。いちばん持ちこたえたので六一分くらいだったかな。この一時間越えの記録は未だ破られていません」
「正確なのね」
彼は記録簿に視線を落とした。「仕事ですから。給料も好いですし」
――先の攻勢で石鎚山法起坊の天狗方が降伏し、これで四十八天狗のほぼ全てが白峯宮の傘下に入ったことになる。本営の関係者によると、来年春には終戦の調印式が開かれる見通し。遠からず我らの闘争は貫徹され、長きに渡る生存圏獲得の戦いに終止符が打たれる。一つの種族、一つの御山、一人の天魔。我々は、我々の子供たちの毎日の食事のために、最後まで格闘し続けなければならない。
#04 草庵の姉妹
御山の冠はすでに白雪を戴いている季節だった。秋静葉は紅葉の絨毯から柿を拾い上げると、検分してから背中の籠に放りこんだ。天狗団扇による神風や、火球による延焼によって、広葉樹は枝と幹ばかりになっている。道をそれて山奥に進むと、白骨化した天狗の骸が木のそばで草むしているのが見えた。静葉は大腿骨らしきものを手に取り、喰いこんだ鉛色の矢じりをじっと見つめていた。
自宅では、穣子がテーブルに組んだ両腕に顔を埋めていた。静葉は籠を下ろして、部屋の窓をそっと閉めた。採ってきた柿を妹の前に置いて、対面の椅子に腰かけた。冷えた焙じ茶に楓の葉を一枚浮かべて、湯呑みを両手で包みこんだ。
静葉は云った。「……駄目だったみたいね、その様子だと」
穣子は顔を伏せたまま頷いた。
「しょうがないわよ。今の私たちの信仰じゃ――」
「見えなかったの」
静葉は湯呑みから視線を移した。「どういう意味?」
「私のことが見えなかったの、誰も」
「……そう」静葉は繰り返した。「そう」
妹が顔を上げた。腫れた目蓋が痛々しかった。「他に何かないわけ?」
「ごめんなさいね。なんて声をかければ好いのか分からなくて」
「そうでしょうとも」彼女は立ち上がった。「これじゃ、神様なのか幽霊なのか分かんないよねっ」
「落ち着きなさい」
「落ち着けって? 落ち着けって云ったの?」
穣子は柿を握って壁に投げつけようとしたが、寸前で振るいかけた腕を留め、熟した果実を口のなかに押しこんだ。
「……うんめぇ」
「食べごろよ。――久々ね、ちゃんとしたものを頂くのは」
「里なんてもっと酷いよ。人喰いを見たのは久しぶりだわ」
「雛様は商売大繁盛ね」
「そういう云い方、きらい」
「悪かったわよ」
柿を食べ終えると、妹はテーブルの縁に子犬のように顎を乗せた。「まだ終わらないの?」
静葉は窓越しに曇り空を見上げた。「あと少しよ」
「なんで戦ってるのさ」
「前も云ったでしょう。鬼がいなくなって権力の空白が生まれたの。外の世界では〝パワー・バキューム〟とか、〝パワー・ヴォイド〟って書き表すそうよ。――でも、本当の理由なんて、もう誰も覚えてないんじゃないかしら」
「……詳しいね、お姉ちゃんは」
「貴方と違って本を読んでるからね」
穣子は「また馬鹿にしてくれちゃってさ」と云った。それを合図に二人は笑いあったが、長くは続かなかった。静葉は焙じ茶を飲み干すと、湯呑みの底にへばりついた楓の葉に視線を落とした。
#05 取材と記事、そしてブラック・コーヒー
河童の機械でマキアートを作っていると、呼び鈴が鳴った。訪問客は奴だった。私はガムテープでドアを目貼りしてやろうかと思った。奴は玄関先で遠慮なく鼻をすんすんといわせた。
「甘い香り」
「あんたの分はないけどね」
「甘いのは苦手」
「私だって煙草なんか吸ってる奴の気持ちは理解できない」
奴の紅い瞳が瞬いた。「用意をして。すぐに。出かけるわよ」
「なんであんたと? 班が違うじゃない」
「今日は特別よ。上からの指示でね」奴は付け加えて云った。「親切な方が、便宜を図ってくださったんでしょう」
私は少し考えてから答えた。「……お父様?」
「さぁね」
「親父ィ!」私は叫んだ。「〝自由にやってよろしい、ただし手助けは一切しない〟とか云ってた癖に!」
奴の唇の端が歪んだ。「愛されてるのね。こんな不良娘を持って、姫海棠様、……なんと御労(おいたわ)しい」
「黙んなさいよ」
「貴方のことが心配だから、一介の鴉天狗に任せたくなかったんでしょうよ」ドアノブをつかんで奴は云った。「私、外で待ってるから。さっさと準備するのよ、新人さん」
河童から〝新兵器〟の説明を受けたが、私にはちんぷんかんぷんでまともなメモすら取れなかった。録音機でなんど再生したって理解できないだろう。マイクロウェーヴ? 指向性エネルギー? なんじゃそりゃ。
「早い話が〝即席・焼き鳥製造マシーン〟だよ」河童のにとり嬢は作業台に広げた図面を指さしながら云った。「……失礼」
「いえ、お構いなく」奴は答えた。「そういう云い回し、嫌いじゃないので」
「激痛を引き起こす割には後遺症が残りにくいんだ。――ああでも、眼球が蒸発しちゃったら不味いかもしれない」
へぇ。
「なるべく傷つけずに捕虜にできそうね」
「まだ試作段階だよ。完成する前に御山争いが終わっちゃうんじゃないかな。実験でも期待通りの成果は出ていない」
奴が手帳を閉じた。
「ありがとう。邪魔をしたわね」
にとり嬢は図面に視線を戻した。「新兵器ってのは、使わずに済むのがいちばん好いんだけどね」
「どうまとめるの、あんたなら」
私は奴に珈琲のブラックを、自分にはマキアートを作ってリビングのソファに座った。奴は鳩が飛び出す仕掛けの柱時計から視線を引き離した。「記事のこと?」
「そう。あの〝新兵器〟とやらの原理をさ、どう分かりやすく購読者に伝えるべきかなって」
奴は珈琲をすすり、淡々と答えた。「原理なんて書いても紙面の無駄よ」
「無駄って、じゃあ何を書くのよ」
「これで御山争いの終結が早まるし、こっちの損害も減るだろうって書けば好い」
「あんたね」私は身を乗り出した。「話を聞いてなかったの? 終戦までに完成が間に合わないかもしれないし、第一、にとりさんは使う気がなさそうだったじゃない。開発者の意向を汲まなくっちゃ――」
「私達が本当に汲むべきなのは大衆の感情であって、現場の意見じゃない」
「ふぅん、……ご高説を伺おうかしら」
「記事の中身の真実性はさして問題にならない。重要なのは、如何に読者の耳に心地好く響くか。最低限のリアリティの保証は、写真という便利なツールに担ってもらえば好い。記事は写真と見出しで九割が決まる。そこに〝多角的な視点〟だとか、〝多様性の尊重〟とかいった複雑なことを書いてはならない。大衆は論理よりも情感を貴ぶ。ポイントを絞って、同じ言葉を繰り返した方が好い」
奴はそこまでをひと息に云った。
私は思わず笑いそうになった。
「……そういうのをね、〝プロパガンダ〟って云うのよ」
私達はそれっきり無言になった。午後三時になり、柱時計から鳩が飛び出した。私はカップを手に取ったが、指が微かに震えていた。対面に腰かける彼女はすでに珈琲を飲み干していた。ひと言も感想を述べずに。
「――貴方のお父様から頼まれたからね」奴は呟いた。「先輩として、アドバイス」
「そんな助言、要らない」
「貴方が尋問を受けずに済んでいるのは、姫海棠の名前のおかげよ。組織に属しているんだったら、部品であることの自覚を少しは持った方が好い。老婆心からの忠告よ」
私は何も答えることができずに、今日の取材で見つけた念写を流し見していった。奴が立ち上がって画面を覗きこんできた。
「なに、ケータイが珍しいの?」
「……これ、貴方が撮った写真じゃないわよね」
私は自分の能力について簡単に説明した。
彼女はしばらく考えこんでいた。紅い瞳の輝きが増したように見えた。
「これは、使えるわ」
「は?」
「腫れ物から、金の卵になれる大チャンスよ」
#06 供養
鍵山雛が玄武の沢で佇んでいると、終焉の神様が木立から姿を現した。繕いだらけの紅葉のドレスに、藁で編まれた籠を背負い、やつれた顔を地面に向けていた。「お久しぶりね」と声をかけると、彼女は初めてこちらに気づいたように顔を上げた。
「ごきげんよう」
雛は微笑んだ。「大変そうね」
「信仰がないからね、自分で生きる糧を見つけないと」
「それ以上は近づかない方が好いわ」
「平気よ。……これ以上、悪くなりっこないもの」
垂直に切り立った岩壁の底には、太陽の光も届かない。互いの表情が読み取れないほどだった。沢のせせらぎに心を浸せば、不思議と沈黙も気にならなくなる。棲んでいた河童たちも、多くは死ぬか、立ち去るかして、今では自分のような厄神しか好んで立ち寄る者はいない。
雛は澄んだ水面に顔を映した。「こんな山奥までご苦労様。沢蟹や小魚が目当てなら、残念だけど……」
「食べ尽くされちゃったかしら」
「この寒さも原因ね。去年に続いて冷夏、秋の長雨、天災の頻発。おまけに戦争だもの。この前、上の方から大量の血が流れてきたわ。沢が真っ赤に染まって底も見えなかった」
静葉は脱力したように籠を下ろした。「こんな終焉、私だって願い下げね」
「昨日ね、久々に麓に降りたのよ」雛は語った。「厄を溜めこんだ雛人形が、川の何処かに引っかかってないかと思ってね。人形の代わりに人間の赤ん坊が流れてきたわ。埋めてお墓を立ててあげた」
「食べられてないだけ幸運ね。今のご時世では貴重よ、同じ人間の肉でも」
雛は右手を開いた。手のひらに乗っていたのは赤ん坊のへその緒だった。終焉の神様は、青黒く染まったその物体を横目で見てから、川面に視線を戻した。
雛は云った。「川は何でも運んでくれるわ。流し雛も、血も、憎悪も」
「寂しさもね」
静葉は立ち上がり、籠を背負い直した。
「付き合ってくれてありがとう。ここは寒いわね」
「今は何処でも寒いわよ」
彼女は頷いた。そして歩き出した。後ろ姿を見ていた雛は呼び止めた。「貴方、――靴はどうしたの?」
静葉が振り返った。「穣子に貸してるわ。あの子ったら、飛べなくなってるのに裸足で麓の圃場まで歩いて行こうとするんだもの。見ていられないわよ。痛々しくて」
「妹さん想いなのね」
「あの子のことだけじゃないわ。私達の御山はこれからどうなるんだろうって、気がかりで」
「ええ、私もよ」
静葉は楓の髪飾りに指で触れた。瞬きを何度か挟んだ。咳払いをしてから立ち去った。彼女の影が木立に消えるまで、雛は見守っていた。へその緒を両手で包みこみ、胸に引き寄せ、頭(こうべ)を垂れた。
#07 適材適所
諜報畑の上役から電信があった。文は送話器を手に取る前に呼吸を入れた。しばらく近況を話し合った後、彼は云った。『――お前が推薦してきた姫海棠なんだが』
「はい」
『逸材だよ、彼女の念写能力。もっと早くに知っていれば、斥候部隊の死者も今の半分程度で済んでいただろうに』
文は送話器を両手で握った。「お役立て頂けたのなら何よりです」
『〝役立つ〟なんてものじゃない。おかげで敵の動きが手に取るように分かったよ。彦山豊前方の補給基地の場所も判明した。本日夕刻に、白狼との混成部隊で強襲をかけるそうだ』
「混成部隊、ですか」
『お前が元いた部隊だ』上役はしばし間を空けた。『……白峯方としては初めての試みだった。鴉天狗が絶滅しかねない勢いで死んだからな。そこに所属している奴は白狼の兵卒としては最古参になる。その分だけ部隊内でかなり軋轢もあったみたいだが、実際あいつらの嗅覚や視力は侮れん。奴隷として置いておくにはあまりに惜しい存在だ』
「同感です」
『戦争が終わった暁には、あいつらにも何らかの恩賞が与えられるだろうな』
「それは何よりです」
『お前もこっちには慣れたか』
「ええ、実戦よりも報道部隊の方が私には合っています」
彼は言葉を結んだ。『作戦が終わったら現地に飛んで記事を書いてくれ。士気も上がるだろう。――最適の健闘を』
「はい、最適の健闘を」
#08 転がる果実
長雨が降りしきる中で略式裁判が開かれ、捕らえられた者は全員が処刑された。犬走椛は盤刀を振るい、跪かせた捕虜の首を順番に飛ばしていった。流血はすぐに雨によって洗われた。敵方にも白狼天狗がいて、懇願するようにこちらを見上げてきた。椛は無視した。
手続が完了すると、臨律に従い、死んだ鴉天狗の翼と、白狼天狗の尻尾を切り落とした。遺体は雨ざらしのなか放置された。落とされた首はすでに鬱血を始めて赤黒い色に染まりかけていた。まるで幼子がお遊戯に用いるブロックが無造作に転がっているかのような光景だった。
鴉天狗の隊員と部隊長が、処刑を見物しながら話を交わしていた。
「手こずりましたね」
「うちは捕虜を取らないからな。そりゃ抵抗も激しくなるさ」
「昔はそうでもなかったんでしょう?」
「皆が節度を守っていた頃はな。負けが込みだした側が最初に禁忌を犯すんだ。いつの時代も変わらん」
部隊長がご苦労、と云うように頷いたので、椛は頭を下げた。隊員は肩を叩いてきた。「お前の眼のおかげで助かったよ」
報道部隊の連中が取材にやってきた。先頭は射命丸文。部隊長以下、作業の手を止めて敬礼した。撮影を終えてから、彼らは部隊員の話を書きとめ始めた。文は手帳を出さなかった。こちらに視線を向けてきたが、椛は無視した。
「奇遇ね」と彼女は云った。「お久しぶり」
椛は答えた。「そうですね」
会話は続かなかった。文は歯切れ悪く何か云おうとしていたが、言葉は出てこなかった。椛はその場を離れた。
報道部隊が去り、他の隊員たちの眼が基地内へ向いている隙に、椛は処刑した鴉天狗の死体からいくつか見繕って腕や足を切断し、油紙に包んできつく縛ってから背嚢に仕舞いこんだ。それから白狼天狗の遺骸の瞼を閉じてやると、合掌してから物資の搬送作業に加わった。
#09 代償
食堂の隅ではたてが端末を操作していた。独りぼっちだった。文は近況を訊ねようと近づいた。魅せられたように画面を覗きこんでいたので、文は横から視線を走らせた。はたてが気づいてのけ反った。
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
文は腰に手を当てて、声を低めた。「なんで食事中に死体の写真なんか見てるのよ。悪趣味ってレベルじゃ――」
「違う……」
「それにこの写真」端末を取り上げて凝視する。「私がこの前に撮ったやつじゃない。先達の技術を盗もうって姿勢は立派だけど、何もこんなものまで参考にしなくても」
はたてはうつむいた。サイドにまとめた髪が膝の上で丸まった。
「あのね、……作戦、大成功だったじゃない?」
「ええ、貴方のお手柄よ」
彼女は首を振った。「それで私も本格的な記事を書こうと思って念じたの。そしたらその写真が出てきて」
「死体は撮影も掲載も厳禁よ。私が撮ってるのは気まぐれだけど。……誰にも云わないでね。写真の捕虜みたいに、首が物理的に胴から離れちゃうから」
「私がつかんだ情報で、天狗がたくさん死んだんだって思うと」
なるほど、と文は呟いた。そういう考え方をするタイプか。
「捕虜の処遇に関する臨律は、貴方も知ってるわよね」
彼女は再び首を振った。「お父様は、捕えられた天狗は丁重に扱われているって……」
「そんな訳ないじゃない。報道部隊を志望してるんだから新聞くらい読んでるでしょう? この十年でいったい何万の天狗が死んだと思ってんのよ」
「御山争いが始まってからは読ませてもらってないわよ。ただ、報道部隊って自由でなんとなく恰好よさそうだったから」
文は眩暈がして額を押さえた。そうか、これが〝今時〟ってやつか。眼をそらして窓越しに外を見た。長雨は続いていた。深呼吸してからはたての向かいに座り、少しためらってから、彼女の手を包みこむように両手で握った。姫海棠家の娘は顔を上げた。
文は云い聞かせた。「今の時代じゃ、誰もが〝同胞殺し〟よ。貴方も外の空気を吸いたいってんなら、同族の血で成り上がる覚悟くらい持たなくちゃならないわ。それとも夢を諦めて、暖かいお家に逃げ帰るの?」
はたては黙って文の手を見つめていた。
#10 御山のために
折からの秋雨は大規模な土砂崩れを引き起こした。被災範囲には、戦死者の遺体をまとめて投げこんでおいた共同墓地が含まれていた。
それは椛がこれまで生きてきたなかでも最低最悪のご奉公だった。泥水を含んだ死体は重く、腐敗のために膨張しているので持ちあげにくいことこの上なかった。下手に力をこめると、骨から肉がはがれ落ち、湯がいたフランクフルトのように皮がべろりとはがれた。こびり付いた腐臭は一生取れないのではないかと思われた。何人もの白狼天狗が作業から離れて嘔吐し、そのまま動けなくなった。
腐ってしまえば白狼も鴉もいっしょだな、と椛は思った。
回収作業は何日も続いた。椛を始めとして駆り出された白狼天狗は、進行度に応じた腐敗の態様についてひと通りの見識を身につけていた。今回は食事の特別配給さえなかった。あらゆる物資が底を尽いていた。比較的に新しい骸を解体し、仲間と囲んで焼いて食べた。鴉天狗の多くは遣いの統制をすでに喪失しているらしく、主人のもとを離れた何千羽という鴉が山積みになった遺体を目当てに集まってきた。
「戦争が悲惨になるのは好いことだよ」同僚の一人が吐き捨てた。「じゃないと、俺たちはそれを待ち望むようになっちまうからな」
以前にも似たようなことを聞いたな、と椛は思った。それは鴉天狗の部隊長の言葉だった。敵方の集落を皆殺しにした時分のことだ。彼は火を点ける前に、身を寄せ合った天狗の家族に云った。
「君たちは我々を非難する。だが先に戦端を開いたのはそちらであることを忘れないでもらいたい。私は、御山で平和に暮らしていた女子供の死体が何百と散らばっているのをこの眼で見た。今や、戦争は君たちの喉元までやってきたのだ。ずいぶん違った気分になったのではないかね」
それから彼は右手を振って合図した。
「なんでいるんですか」椛は訊ねた。「ただの土木工事、何の宣伝材料にもならないでしょう」
休憩中にやってきた射命丸文は、車座になった白狼天狗たちを写真に収めた。一同は疲労のあまり敬礼もできなかったが、彼女は気にしなかった。椛が足を引きずって離れると鴉天狗は付いてきた。
椛は立ち止まった。「何の用ですか」
「……ひと言、詫びを入れようかと」
「詫び?」
「私の代わりに貴方が補充されたと聞いたとき、これは申し訳ないことになったなと思っていたので」
椛は盤刀の柄に手を置いた。再び歩き出して云った。「私は自分から希望して入ったまでです。貴方のように前線から逃げ出したチキンの申し開きなんて要りません」
「ち、チキンだって?」
彼女の翼が左右に広がった。
椛は構わずに文を指弾した。「名誉の負傷って報道も捏造でしょう。貴方はどこにも怪我なんてしていない。仲間を見捨てて、今も元気にあちこち飛び回っている」
文が何事かを口にしたが、椛は聞こえないふりをした。倒木に腰を下ろすと、背嚢から油紙で包んだ干肉を取り出し、文の目の前で食べ始めた。彼女の肩が一瞬だけ震えたのが見えた。
椛は肉を噛み切りながら云った。「勲章持ちの恩給が羨ましいです」
「……別に、煙草の配給が少し増えるくらいよ」
「へえ、少しなら分けられますよ」
「同胞の肉を食らうほど落ちぶれちゃいないわ」
「それなら申し上げますがね」椛は嚥下して云った。「私にとっての同胞は白狼天狗であって、鴉天狗じゃない」
文は、すでに蛋白源となってしまった同胞を見つめていた。片手で口を覆った。肩の震えは隠しきれないほど激しくなっていた。煙草を一本パッケージから抜き出したが、指に力が入っておらず、取り落とした。
椛は、数千もの鴉に食い散らかされた遺体の山を顧みた。「あれくらい、貴方も散々見慣れているはずでは」
「ちがう」文は呟いた。「そうじゃないの」
椛は逆立てていた尻尾を地面に落ちつけ、周囲を見渡した。晩秋の御山は実りと豊かさ、そして優しい寂寥感の象徴のはずだった。木の実や山菜、川魚や牡鹿など、この季節は仲間たちと競って冬の蓄えを集めて回った。今、椛の瞳に映るのは枯れ木と泥濘、そして、そのどちらとも見分けがつかないほどに変色した肉塊の葬列だった。何の感情も湧いてこなかった。憎悪さえも。
「私たち白狼は〝御山を守るためなら命さえ投げ出す〟と奉公の誓いを立てさせられるのですが」椛は呟いた。「こうして見ると、いったい誰が御山をここまで破壊したのか分からなくなってきませんか、――ねぇ、文さん」
#11 奴の写真,私の記事
書蔵院から借りてきた奴の新聞のバックナンバーを読み漁った。初期の論調が批判的だったのは意外だった。そこには御山争いに対する抗議の声が行間から滲み出ていた。
以後、水に絵の具を一滴ずつ落としてゆくように、『文々。新聞』は体制の色に染まっていった。それに伴って発行部数は飛躍的に伸びた。今やその人気は留まるところを知らない。他の弱小新聞も奴のやり方に追随した。写真と見出しが全て。記事はポイントを絞ってスローガンのように繰り返す。理性よりも感情に訴えかけるよう表現に気を配る。
私はマキアートの代わりに珈琲のブラックを淹れた。苦いものが欲しかった。ファイルを閉じると、ソファに腰かけて念写を始めた。念じた分だけ犠牲者の写真は端末に映し出された。そのほとんど、もしかしたら全てが奴の撮影によるものなのかもしれない。
ペンを取り上げては、また置いた。埃を被っていたワープロを引っ張り出したが、一文字も打てなかった。背もたれに身を預けて、天井に呟きを投げかけた。「〝同族の血で成り上がる覚悟〟か」
奴は私の電信に応じてくれた。
『諜報部の仕事はどうしたのよ』
「特別休暇、……作戦成功のお祝いに」
『好かったじゃない。ゆっくり羽を伸ばしなさい』奴はひと呼吸を置いて云った。『推薦した私も鼻が高いわ。貴方のおかげよ』
「励ましてくれてるの?」
『そりゃ、貴方のお父様に頼まれたようなものだからね』
「あんたは――」私は云い直した。「文は、どうして報道部隊に移ったの? なんで隠れて遺体の写真なんか撮ってるのさ」
文は黙っていた。私は送話機を左手に持ち替え、また右手で持った。柱時計の音が背中をちくちくと刺してくる。
『……いい?』文は低い声で云った。『まず、電信でそんな話を持ち出さないで。傍聴されてるかもしれないのよ』
「ごめんなさい。でも――」
『いくら功を立てても死んだら元も子もないからね。チキンと呼んでくれても好い。戴いた勲章を有効に使わせてもらってるだけ』
「それは後ろの質問の答えになってないじゃない」
『記事を書くのよ、はた――っ』文は云いよどんだ。『……自分の身を守るためには、上の立場にいくしかないの。御山争いはまだ続くわ。今の部署で生き延びて、親に立派な姿を見せてやりなさい。そのために家を飛び出したんでしょう?』
私は瞳を閉じて息を吐き出した。
「書くよ。――書くから、ちゃんと見届けてよね」
『何だか大げさね。私の書き方を模倣すれば好いのよ』彼女は付け加えて云った。『貴方なら、大丈夫』
通話は途絶えた。私は外出の準備を始めた。
#12 河童の本懐
河城にとりが書庫の整理をしていると呼び鈴が鳴った。来客は椛だった。ドア越しに「ちょっと待ってて」と伝えてから、工房にもどり、腰に巻いていた作業着に袖を通すと、洗面台に向かった。顔を洗い、髪を整え、鏡をにらんでから来客を中に通した。
挨拶を済ませて椛は云った。「前の対局、まだ残してる?」
「いんや、でも写真に撮っておいたから、暇ができたら続きをしよう」
「そう、ありがとう」
にとりは冷蔵庫からラップに包んだキュウリを取り出すと、塩をかけてぽりぽりと食べ始めた。椛がじっと見つめてきたので、勧めると、最初は断ってきた。「――いや、たまには野菜も好いね」
工房の屋根に打ちつける雨の音を聴きながら、二人は無言でキュウリをかじり続けた。椛の身体からは隠しきれない死臭がしていたが、にとりは眉ひとつ動かさず、指摘もしなかった。
「美味しかった」椛は云った。「生き返ったよ」
「お粗末様。最近は何してたの」
「この前の土砂崩れの後始末」
「私もそっちの対応に追われていたよ」
椛は顔を上げて先を促してきた。
にとりは云った。「河童の里がひとつ呑まれたんだ」
友人はうつむいた。「……そうだったのか」
「木がたくさん燃えたり伐採されたりしたから、土壌が緩んでたんだ。我々河童も、協力の形でいろいろ開発したり、実験させられたからね。御山が見逃してくれるはずもなかったのさ。天罰だよ」
「――実験?」
にとりはワーク・ベンチの上に放り出していた写真を何枚か選んで椛に渡した。彼女は写真をめくりながら眉間に皺を寄せ、指を唇に寄せた。にとりは帽子を両手で握りしめながら、つばの先に付着している血痕をじっと見ていた。
椛が呟いた。「時どき、捕虜をその場で処分せずに、後方に移送するよう命令されることがあったけど――」
「そう、ご推察の通り」
「……教えてくれてありがとう」
にとりは黙っていた。
二人はそれからも雑談しようと試みたが、会話は昔のようには弾まなかった。やがて友人は暇を告げた。にとりも見送りに出て、別れ際に云った。
「人づてに聞いたんだけど、御山争いが終わったら、これまでの労に報いようってことで、白狼天狗にもいろいろと恩賞が与えられるそうだよ」
椛は云った。「戦争のおかげで社会進出か……」
「ごめん、余計だったね」にとりは呟いた。「本当にごめん」
にとりはソファに座った。膝に両肘をつき、指を組み合わせて口を覆った。奥歯を噛みしめた。瞬きを何度も挟んだ。鼻をすすった。最初の涙を皮切りに、嗚咽が漏れた。作業着の袖で目じりを拭った。後から後から涙はあふれ出た。しばらくそうしていると呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると、目の前に鴉天狗がいた。
「あんた、この前の……」
「ええ、取材を引き受けてくれてありがとう。――単刀直入で悪いんだけど、個人用の印刷機を用立ててもらいたいの」
にとりは外を見まわしてから、彼女を中に引きいれた。
「在庫はあるよ。だけどごめんね、印刷業は山伏天狗が独占してるんだ。彼らを通さないと新聞は発行できない。検閲もあるしね」
「知ってるわ。それを承知で頂きたいのよ。リスクに見合った代金はちゃんと支払うから」
にとりは天狗の顔を注意深く見つめた。「ねえ、それをやったら私は非常に厄介な立場に追いこまれるんだ。命は惜しいよ」
彼女は頭を下げた。「お願い、貴方しか頼れるひとがいないの」
にとりは顔をそむけて、椛が置いてそのままになっている写真の裏面を見つめた。それから一族で撮った集合写真が収められているフォト・フレームに視線は移った。眺めていると、熱い塊で再び喉が塞がったので、眼をそらした。大きく深呼吸して云った。
「……分かった。入手先は云わないでね」
天狗の少女は顔を上げた。「ありがとう、本当に」
「何をするのか知らないけど、健闘を祈ってるよ」
彼女は何度も頷いた。
#13 父の記憶
姫海棠氏は部屋の扉をノックした。返事があったので中に入ると、娘は窓辺に寄って空を熱心に見つめていた。
「はたて、窓を閉めなさい。危ないから」
彼女は云った。「お父様、――あのひと、誰だか分かる?」
姫海棠氏は娘の隣に立ち、窓から顔を出さないよう注意しながら頭上を眺めた。「あれは射命丸さんの娘だね」
「下の名前は?」
「文、だったかな」
「あや?」
「そう。女性の身だが、前線での働きが認められて叙勲の栄を授かったんだ。今は一線を退いて報道部隊に属しているそうだよ」
「新聞ね。凄いなぁ」
「あの家もいろいろあったからな。娘を傍に置いておけなくなったんだろう。受勲は本当に立派なことだが、可哀そうな子だ」
「そんなことないと思う」はたてが視線をこちらに移した。「自分の力で身を立てたのよ。私なんかとは大違い。憧れるわ」
姫海棠氏は沈黙していた。
娘は云う。「お許しをくれるなら、私も新聞記者になりたいな。自分のやりたいことを見つけなさいって云ったのはお父様よ」
そうだなぁ、と生返事をして、姫海棠氏は考え事をしていた。
「新聞記者、か」
#14 プロパガンダ
――この戦争は、「御山争い」という言葉の意味を根底から突き崩してしまった。それは、天狗の実力者同士の小競り合いでも、立身出世を夢見る若者たちの荒々しい冒険譚でもなくなった。この世界が外界から永遠に隔絶され、増えすぎた天狗たちが行き場を失くし、鬼という抑えが利かなくなったその時、互いに最後の血の一滴まで搾り出して争い合う総力戦が始まったのである。
自室で、射命丸文は『花果子念報』の最新号を手にしていた。記事を読む前から丸まっていた背筋は伸びていた。文は掲載されている写真を呆然と見つめていた。それは自分が密かに撮影した戦死者や犠牲者の遺体だった。写真のキャプションの末尾には、「撮影者:発行者に同じ」と書かれていた。
#15 冬の足音
「――ええ、はい。かしこまりました。はい、仰せの通りに。この度は大変なご迷惑をおかけしまして、誠に……、――はい、承知しております。――最適の健闘を」
諜報部長は電信機に向かって深々と頭を下げて、通話を切った。姫海棠はたてを横目で見つめてから、手拭いで汗をふいた。彼女は席に座って項垂れていた。溜め息をつこうとしたが寸前で我慢し、河童の機械で珈琲を淹れた。自分にはブラックを、部下には砂糖とミルクを加えて。彼女のデスクにカップを置くと、彼は立ったまま珈琲を飲んだ。
「……本当に残念だよ、本当に」彼は云った。「だが感情論を持ち出しても始まらない。建設的に行こう。――なぜ、あんな新聞を出した?」
はたては黙っていた。
彼はまるで娘を叱る父親のような気持ちになった。
「自前の印刷機で、検閲もなしにバラまいて、使われている写真も記事の内容も気の滅入るものばかりだ。――お前は、いや、君はいつの間に反戦運動家の敗北主義者になったんだ? 私はこれからあと何回頭を下げればこの埋め合わせができると思う? 姫海棠家では奉公の〝ほ〟の字も教えないのか?」
いかんな、と思って頭を振った。彼は残りの珈琲を一気に飲んで舌を火傷した。はたての横に立って口吻を抑えて云った。「短い〝自由〟だったな。君は、君が最も望んでいたものを、自分から手放したんだぞ。本来なら極刑になっているところだ」
彼は続けた。「――上役と、姫海棠様とで話がついた」
はたてが僅かに顔を上げた。
「君は自宅で蟄居処分になる。期間は二十年だ」
彼は、はたての耳元に顔を近づけた。「二十年だぞ」
消沈している少女から離れて、彼は椅子に腰を落ち着けた。
「……君の書いたことは、真実だ。我々の御山はすっかり変わってしまった」独り言のように云った。「だが、この部署にいて君も学んだだろう。情報というのは真実であることが必ずしも正しいとは限らんのだ。我々は勝たなければならないんだよ。勝たなければ……」
言葉が続かなくなり、彼は再び立ち上がった。コートを羽織り、はたての肩に手を置いて、部屋の出口に向かった。扉を閉める前に振り返って云った。
「これからまた、冬がやってくる。寒くなるぞ。落ち着いたら早めに自宅を引き払って、元いた籠に戻りなさい。少なくとも、そこは安全だ」
せめて、〝御山を愛している〟というたったひとつの想いが、我々の間で共有されうる真実であったことを願っているよ。
外のあまりの寒さに彼は身震いした。今年の御山にとって、あるいはこの世界にとって、この風は木枯らしではなく子枯らしになるだろうと彼は思った。
坂を降りようとしたところで射命丸文に出くわした。彼女は右手を挙げて敬礼したが、彼は答礼しなかった。左手を伸ばして文の右腕をそっとつかむと、元の通りに腰の付近へ下ろした。それから口を開いた。
「あの写真は、姫海棠が撮影したものではない」
文の身体が凍りついた。
「ずっと諜報畑でやってきたんだ。お前の写真の癖も、お前の趣味嗜好も私は熟知している。――まさか、バレないと思っていたのか?」
彼女は動かなかった。
「……私はこれ以上、自分の立場を悪くしたくはない。お前があの子をそそのかしたわけでもないと信じたい。だから、お前は何も云うな。口を閉じているんだ。――その勲章の重みを忘れるな」
彼は首を振って道を開けてやった。文は頭を下げて建物の中に駆けこんでいった。彼はその背中が消えてからも、しばらくの間、振り返った姿勢のまま固まっていた。聞こえてきた泣き声を合図に、彼はコートのポケットに手を入れて、晩秋の曇り空を見上げながら立ち去った。
#16 終戦
春先になって、椛が所属する連隊は最後の攻勢に参加した。敵方は急いでかき集められた新兵ばかりで、千里眼の前では動きが筒抜けだった。
「左右へ扇形に広がって展開しろとのことだ」部隊長の鴉天狗は云った。「ちょうど両の翼を広げるようにな。敵を捉えたら蓋をして、後は包囲殲滅。――いいか、こんなところまできて死ぬんじゃないぞ」
それは一方的な虐殺になった。谷間で奇襲を受けた敵は逃げることもできずに壊滅した。夕刻前に戦いは終わり、椛はいつも通り、仲間の白狼天狗と共に後始末をすることにした。しばらくの間、椛たちは作業を始めることができなかった。斃れた遺骸のほとんどが、老人と少年だったからだ。
「俺たちはこのまま西進し、集落を破壊して回る」部隊長が声をかけてきた。「略奪は好きに行っていいとのことだ。犬走も来るか。お前まで裏方の仕事を手伝わなくても好いんだぞ」
椛は振り返って答えた。「申し訳ありませんが、ここに残ります」
「そうか」彼はためらいながら云った。「……なぁ、お前が入ってきてからというもの、俺は部隊から戦死者を出さずに済んでいる。御山争いは終わりだ。あいつらを無事に家族へ会わせてやれる。お前のおかげだよ。何かあったら頼ってくれ。かならず味方になると約束する」
「ありがとうございます」
「最適の健闘を」
「――あの」
立ち去りかけた部隊長の背中に、椛は呼びかけた。
彼はすぐに振り返った。「どうした?」
「あ、――いえ、……すみません。忘れました」
彼は笑みを浮かべて頷いた。
遺骸はどれも軽かった。いつかの労苦が嘘のようだった。だが椛を始めとして、誰も以前のように肉を頂戴することはできなかった。作業は黙々と進んでいった。春の夕陽が谷間に沈んでゆくのが見えた。柔らかな光を背中に浴びながら、白狼天狗たちは夜になるまで働き続けた。
#17 エピローグ: ダブル・スポイラー
文が通りすがると風が起き、紅葉は誘われるように枝や地面からその身を放った。御山は冬支度を始めていたが、まだ秋は続いていた。色とりどりに化粧をした葉が、鏡のように泉に映りこむと、水面はまるで万華鏡のように絵を塗り替えた。乾いた石の表面に刻まれた模様、そのひとつひとつに命が宿っているかのように思われた。鳥は高いところを飛び、青雲はさらに遥かを泳ぎ、夜になれば星が瞬いた。誰もが寿ぐような秋だった。天狗も、河童も、神々も。
文は畦道に佇んでいる豊穣の神を見つけた。速度を緩めて近くに降り立った。
「こんにちは、射命丸です。――豊作のようですね」
穣子は振り向いて笑った。「文句なしよ。まさに実りの秋ね」
「お姉さんも頑張られたようで」
「ええ」彼女は山々を見上げる。「いつになく機嫌が好かったわ。地の性格は変わんないけどね」
「おかげ様で好い写真が撮れます。よろしくお伝えください」
「私たちのことを記事にしても、つまらないんじゃない?」
文は少し考えてから云った。「暗いニュースは記事にしたくないので、ちょうど好いですよ」
「そうね、それなら私のご利益について、うんと書き立ててもらおうかしら」
穣子は得意げに胸を張ってみせた。
人里、――待ち合わせのカフェに入ると、姫海棠はたてが新聞から顔を上げた。
「遅かったね」
「貴方が早すぎるだけ。――それ、私の新聞じゃない」
「カフェに置いてあったの。あんたの号外バラ撒き戦術、私も真似してみようかな」
はたての向かいに座り、記者キャップを鞄の上に置いてメニューを手に取った。
彼女が新聞を睨みながら云う。「文ってさ、相変わらず記事よりも写真に関心があるのね」
「大衆は記事そのものよりも事件の質に惹かれるのよ。写真が六割、見出しが三割……」
「ちっとも成長してない」
「この前だって、せっかく終末論に一石を投じようと記事を書いたのに、どいつもこいつも斜め読みの勘違いをしてばかり。むしろ〝末法思想を助長してる〟って巫女に怒鳴りこみをされる始末よ」
「それ、あんたの書き方が悪いんじゃないの?」
文は呼び鈴を鳴らしてキャラメル・マキアートを注文した。はたてが「えっ」と声を上げた。
「文っ、――あんた、甘いもの嫌いじゃなかったの?」
「たまには好いじゃない」
「変わったんだか変わってないんだか」はたては微笑んだ。「……少なくとも、昔に比べて部数は格段に落ちたわね。かつての栄光は何処にいったのやら」
文は視線をそらした。「部数が何よ。その代わり〝里に最も近い天狗〟って呼び名をもらってるんだから」
「それ、自慢になるの?」
「私にとってはね。――貴方こそ少しは引きこもりの性格、治ったの?」
別に好きで引きこもってたんじゃないし、と声を漏らして、はたてはポシェットから煙草のパッケージを取り出した。文は手を伸ばして取り上げた。
「何すんのよ、ここは喫煙席よ!」
「貴方に煙草はまだ早い」文は云い直した。「――いや、貴方に煙草は似合わない」
「勝手に決めやがって!」
文がじっと見つめていると、はたては頬杖を突いてそっぽを向いた。「ふんだっ」
二人でマキアートやケーキに親しむと、代金を支払って外に出た。文は手帳を取り出し、往来を眺め渡した。
「条件を確認するわね」文は云った。「取材の制限時間は夕刻まで。執筆と校正は今週中。より多くの部数を売った方が勝ち」
「うん、それで好いわ」
「貴方が先に吹っかけてきたってことを忘れないように。負けたらいろいろ奢ってもらうから覚悟しなさい」
「望むところよ。今度こそぎゃふんと云わせてやる。――次に対抗新聞(スポイラー)になるのは、あんたよ!」
先手必勝、とばかりに彼女は里の中心に向かって駆けていった。文はその背中を見送った。表情がふっと緩んだ。
「あがいてみせなさい、……はたて」
文は瞳を閉じてマキアートの味を思い返した。そして煙草に火を点けると、携帯灰皿を片手に歩き出した。澄み渡った空に視線を移し、口から煙を吐き出して大気に溶かした。記者キャップを被りなおすと、吸い終えた煙草を灰皿に放りこみ、カメラを手に歩き続けた。カメラには海棠の花がプリントされたストラップがぶら下がっていた。文は薄紫の花びらに視線を落とすと、再び微笑みを浮かべた。やがてその背中は雑踏に消えた。
~ おしまい ~
(引用元)
William Somerset Maugham:Cakes and Ale, William Heinemann Ltd., 1930.
行方昭夫 訳(邦題『お菓子とビール』),岩波文庫,2011年。
.
情景描写が美しくとても読み応えがありました。
ありがとうございました。
まあ文も半ば椛の言葉に動かされた節はありそうですが、誰も彼もが幻想郷という流れと都合に振り回されていて、原作では見られない彼女たちの生々しい過去を書ききった筆力に感嘆とさせられました。
とても面白かったです。
>「貴方に煙草はまだ早い」文は云い直した。「――いや、貴方に煙草は似合わない」
>「勝手に決めやがって!」
ここがとても可愛かったです。二人とも。
はたての行動も、意味は無いとわかっていながらもやらずにはいられなかったのかと思うといたたまれない気持ちになります
時間を忘れられました
私の中の幻想郷とはかけ離れていて、なのに、だからこそ引き込まれました。圧倒的な文章力に、脳みそを殴られました。
ほうじ茶ラテが好きです
全てを諦めてるような文ですが椛のチキン発言に
思いっきり動揺してる所がクスリと来て可愛いです
陰惨なのに不快にならないのはCabernetさんの技量なのでしょうね
陰惨さがあるからエピローグが輝くのでしょうね
幸不幸の触れ幅が大きいのに、それをすんなり表現出来るのは才能なのか努力なのか、文字一つ一つに意味と息遣いを感じます。
面白かったです。